伊吹すいかの酒酔い事情   作:夜未

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メリークリスマス!! 


鬼退治(始)

 茂吉が妖怪に襲われてから、一週間が何事もなく過ぎていた。

 

 襲われたというのに、まるで懲りずに、茂吉はあれからも私の所へとやってきている。

 

 しかし、鬼ごっこをしようと言うことは無くなって、もう走り回ることはなくなった。

 

 その代わりかなにか知らないが、私に対して、以前にも増して、色々なことを聞いてきた。

 

 今まで何をしていたのか、どうやって生きてきたのか。

 

 どうしてこんなところにいるのか、いつからここにいるのか。

 

 どれもこれも、知ったところでなんの意味も無いことだ。

 

 けれど、だからといって、意味もなく嘘をつくのは嫌だったから、正直に、言いにくいことは濁して、質問へと答えていく。

 

 茂吉の目は相変わらず、私をどこか尊敬しているような視線が垣間見えていたが、同時に何処か、暗いものが潜んでいる。

 

「萃香はさ、強いよね」

 

 そして突然、そんなことを私に言ってきた。

 

 それまでの会話の流れから、完全に内容が飛んでいる質問ではあったが、私はほぼ間を置くことなく、確固たる自信をもって、それに答えた。

 

「うん、鬼だからね」

 

 そう、私は強いのだ。

 

 理由なんて、鬼であるから、ということだけで充分で、私はそれを胸に抱いて生きている。

 

 そんな返答に、やはり眩しいものを見るようにして、茂吉はそっと微笑みながら、言った。

 

「だよね。なら、さ、やっぱり、人間は、弱いのかな……」

 

 茂吉のその質問は、私に問いかけているようで、どこか別の、なにかに問うているようでもあった。

 

 それに私が何かを答えようとする前に、茂吉は自身で続ける。

 

「なんて、当たり前のことだよね。人間は、弱いから……」

 

 そう言って、膝を抱えて座っている茂吉に、私は少し苛立ちを感じていた。

 

 そして、思う。

 

 あぁ、こいつは鬼の強さだけしか見えてはいないのだな、と。

 

 だから

 

「人は強いよ」

 

 同じく、確固たる意志を持って、そう断言してやった。

 

 これは、この愚かな人間に対して反抗したいから答えているわけではなく、私の中にある、一つの想いでもある。

 

「えっ?」

 

 茂吉の戸惑ったような声が聞えるが、私は内心がふつふつと煮だっていて、そんなことに構ってられない。

 

 人が弱い、なんて、ふざけるなと言ってやりたい、笑えない冗談だ。

 

 人は強い、人は賢い、人はすごい。

 

 これは、覆しようのない、私の中の一つの答えで、そして、一つの真実なのだ。

 

「人は強いよ。当り前さ、当然のことだよ。弱いなんて、人を舐めてるの?」

 

 たたみかけるように、私は言葉を吐き出していく。

 

「でも、人は……」

 

 茂吉の言葉を、睨んで止める。

 

 この、何かを勘違いしている人間に、言ってやらねばならない。

 

 別に理解も納得も求めやしないけれど、言ってやらなければ、私の気が済みそうにないのだから。

 

 本当はこの人間だけじゃない。

 

 他の妖怪だって多くの奴らは勘違いしている。

 

 人間は弱いと、笑いながら簡単に言うのだ。

 

 そんなわけがあるものか。

 

 私にそう言った奴らには、これまで絶対に言い返してきたけれど、それは大した意味もなかった。

 

 しかし、それでもいい。

 

 これはつまり、自己満足の類の話だ。

 

 だから、言う、言ってやる。

 

「人は強い。だってそうだろう? そうでなければ、遠回しに鬼である私が弱いってことになるじゃないか。人は強くて、ただ、鬼がそれより強いだけ。それが、何をとち狂ったか、人は弱いだって? 馬鹿にしてるよ、比較対象が間違ってるの。鬼と比べて弱いなんて、当然のことだよ。それだけで、人は弱いと決めつけるって、馬鹿にしてるよ」

 

 そう、鬼が人より優れているのは当たり前のことだ。

 

 人はすごい、けれど鬼はそれを凌駕していて、だからこそ、鬼はもっとずっとすごいのだ。

 

 そうでなければならない。

 

「下がすごけりゃすごいほど、その上にいるのはもっとすごい奴なんだ。ねぇ、茂吉。人は強いよ。少なくとも、私はそう思ってる。だって、そうじゃなきゃ、弱い人よりも強いだけの鬼なんて、間抜けにも程があるじゃないか。どんなに強い人よりも強いからこそ、鬼は鬼として在って、だからこそ、人は鬼を鬼と言うのさ」

 

 そう言って、言いきってやって、少し喋り過ぎたかな、なんて想いながら、酒を呑む。

 

 少し渇いていた舌と喉を、ゆっくりと潤していく。

 

 我ながら、見下した人間擁護にもほどがある。

 

 しかし、私は間違っているとは微塵も思っていない。

 

 言うだけ言って、少しすっきりした私が、横目で茂吉の方を見てみると、何やら黙り込んで俯いている。

 

 下を向いているので、表情が見えない。

 

 私はただ、なんでもないようにして話しかける。

 

「納得なんて、しなくていいさ。けど、これが私の、あんたの問いへの答えだよ。聞いといて、私の答えを勝手に決めつけないでよ。ねぇ、理解した?」

 

 実際、理解してもらうことすら、どうでも良かったし、理解できないならできないで、それでいい。

 

 まったく、質問に対する解答者としては失格であるが、結局、答えや真実なんてそういうものとしか思えない。

 

 私がわかっているだけで、私がそう思っているだけで充分なのだから。

 

 ただ、次に私の前で人は弱いなんて言ったとすれば、私は茂吉をあっさりと殺してしまうだろう。

 

 理由は単純に鬱陶しいから、といったところか。

 

 私の真実を否定したいのなら、それ相応の力を持ってするべきだ。

 

 茂吉はいまだにずっと下を向いて座っている。

 

 流石の私も少し疑問に思ってじっと見てみると、茂吉の体は震えていた。

 

 寒いのだろうか。

 

 生憎、人とは違って、鬼の身である私はそれほど気温の影響を受けはしない。

 

 なんにせよ、直接本人へ聞けばいいと考え、私は茂吉に問うていた。

 

「どうかした?」

 

 私のその言葉に、茂吉は掠れるような声で答えた。

 

「何でもないよ……なんでも、ないんだ」

 

 ずるずると、鼻をすする音が聞こえる。

 

「ふーん、そう」

 

 私には、どうして茂吉が泣いているのか、わからない。

 

 そしてまた、特にその理由を知りたいとも思わない。

 

 だから、ただ隣で、黙って、ぐびりと、瓢箪に入っている酒を呑むのだけだ。

 

 洞窟の入り口から見える空は曇って来ていて、そろそろ一雨きそうだな、なんてことを考えていた。

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 茂吉が泣いている間に、外はやはり雨が降り始めた。

 

 初めこそぽつぽつ降っているだけだったが、後に音はザーザーというものに変わり、雨独特の匂いが濃くなって鼻につく。

 

 どうやら、本格的な土砂降りになっているようだった。

 

 雨雲があることは知っていたが、ここまで激しい雨になるとは思っていなかった。

 

 降り始めたばかりなので、いっこうに止む気配は見えない。

 

 おそらく、このまま夜もぶっ通しで降り続けるのだろう。

 

「どうする? 今日はここに泊まってく?」

 

 私は泣き止み、少し目が赤く腫れている茂吉に向かって、そう言った。

 

 いくら何度も通って山道に慣れているとはいえ、この雨の中、通常よりも更に暗くなり、妖怪も活性化しているだろう道を一人で歩いていくなんて、人間の子供でしかない茂吉には少々厳しいだろう。

 

 しかし、自身の問いかけに、思わず笑ってしまいそうになる。

 

 鬼が人へ情をかけているから、ではなく、そのあまりの白々しさに、だ。

 

 こんな風にするのは、他の鬼と比べた時、おかしいと言われてしまうのだろうか、などと考えて、しかし、それも私らしいと言えばらしいだろうといった結論に落ち着く。

 

「いや、えっと。……うん。泊めてもらっても、いい、かな?」

 

 若干戸惑いつつ、こちらをチラリと見て、すぐにまた顔を逸らした茂吉が、そう答える。

 

 その反応に、あぁそうか、と得心して、私は安心させるように言ってやった。

 

「私が夜にあんたを襲って喰らうなんてことはないから、大丈夫だよ。そもそも今更な話だからね。食べるんなら、真っ向から堂々と喰らってやるさ。わざわざそんなことしやしないよ」

 

 本当に今更な話である。

 

 人肉はそれほど好みで無いという比重が大きいとはいえ、そんなことを面と向かって言うには少々柄にもないことであるし、ただ喰らうなら何するまでもなく、正面からやる、とだけ言う。

 

 嘘は言っていない。

 

「へ? ……あ、う、うん……」

 

 そんな私の言葉に、茂吉は一瞬疑問符を浮かべてた。

 

 すぐに納得したように頷いてはいたが。

 

 はて、何か私は間違ったのだろうか。

 

 まぁ、わかっていてくれるのならば、どうでもいいことだと思い直して、それ以上は触れない。

 

 そこでふと、思い出したことを茂吉に伝えておく。

 

「あ、それと、あんたが食べるような物はここにはないから。さすがにそこまで世話してやるつもりはないしね」

 

 鬼の私は人や、妖怪を喰らう。

 

 一応、普通の食事もできるのだが、そちらのほうが代謝が大きいし、何より、長いサバイバル生活が、私をそのように変えていた。

 

 また、人のように毎日食べなければならないというわけでもないので、基本的に私は食料を保存しておくことはない。

 

 保存方法を知らない、というものも、あるけれど。

 

 だからその日の食事はその日に狩るし、気分でなければ食べようとも思わない。

 

 そう言った私に、茂吉は首を振って返す。

 

「うん。それは大丈夫さ。もともと、家に戻っても食べれるものはあんまりないし、それに、最近は、あんまり食欲がないから」

 

 わかりきっていた通りの、少し引っかかるような言葉を、するりと流す。

 

「そう、ならいいよ」

 

 その言葉に、私はただ、そう言うことしかせず、それ以外のなにかをするつもりもない。

 

 そもそも、それを考えようと思う余裕すら、無くなっていたのかもしれない。

 

 手に持つ瓢箪は少し重く、その場から腰を浮かすのも面倒に感じる。

 

「萃香?」

 

 もうそろそろ、遊びは御終いだろう。

 

「なんでもないよ」

 

 訝しげにこちらを見ている茂吉にそう返して、口の中で言ってやる。

 

 「結局、鬼ごっこは私の勝ちだったね」なんて、ちっぽけな勝利宣言を。

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 それはおそらく、私の待ち望んでいたものだったのだろう。

 

 未だ外は暗く、激しい雨が降っている中、私はのっそりと、地に手をついて、起き上がった。

 

 体はとてもだるいが、相手は待ってくれないし、そもそもこの状況も、向こうの一つの成果なのだから、私は気にしないようにして立っている。

 

 茂吉はとうに奥の方で寝静まり、水滴が地を叩く音とともに聞こえてくる大勢の人の声に起きる気配もない。

 

 熱に侵されたような気分で、鉛のように重い足を動かして、洞窟の外へと出る。

 

 私がその身を雨に打たせて表に現すと、その姿を見て、少し躊躇ったかのような雰囲気が周囲を満たした。

 

「こんな夜更けの雨の中、よくまぁここまで来たね。でも、ちょっと待ちくたびれたよ。いや、文句を言うつもりはないけどさ」

 

 そう言って、塒の外に大勢集まっている人間たちに、声をかけた。

 

 月明かりすらない状態で、外の人の何人かが持つ、雨の中で必死に守っている松明の光が私を照らし出している。

 

 ざわざわといまだに私の姿を見て戸惑う者もいるが、目的はきっと変わらないだろう。

 

 つまるところ、とうとう、鬼退治が始まったのだ。

 

「狼狽えるな皆の者! あのような姿形をしていようとも、鬼は鬼! 容赦も遠慮も一切するでないぞ! 安心するがいい! 呪い師様の策によってアレは弱っている! 見ろ! 立っているだけでも辛そうではないか! さぁ、凶悪なる鬼を共に滅ぼすのだ!」

 

 心揺れている人の群れの中、1人の、村の長だろう、年配の人間がそう大きく声を上げる。

 

 それによって、人の想いが概ね一つになる。

 

『鬼退治』

 

 それは()への正しい対応で、私が鬼であるために必要なことでもあった。

 

 だから、私は甘んじてそれを受けている。

 

 一切、彼らの策へと手を出さず、その身に受け続けていたのだ。

 

 随分前から開始されていた鬼退治という策を。

 

 なにも、戦うだけが鬼退治ではないのだから。

 

 それによって、今の私は全力のうち、およそ二割程度を発揮できるかどうかも怪しい状態だ。

 

 思考はそれほど上手く回らず、身体は既に手を持ち上げることすら辛い。

 

 不利である、圧倒的に。

 

 このような弱体化の策を、早期に気付いていながら、ただ手を出さずに静観しているなど、他から言わせれば、愚かと一言で切って捨てられるものだろう。

 

 事実、自分でもどれほど狂った行いをしていたか、理解している。

 

 しかし、それでも、私は、危険だから回避する、などということをしたくなかったのだ。

 

 絶対的強者として人の上に立つのならば、その人という強さを存分に発揮させた上で、尚、それを超えていかなければならない。

 

 それでこそ、鬼と呼ばれるもので、それがきっと、鬼が人に討たれる一つの理由なのだろう。

 

 ざっと見積もって、目の前にいる人は三十人程いる。

 

 そのうちに、妖怪退治に特化したような者は見受けられないが、どこかに隠れて先程村の長らしき人が言っていた呪い師なる人間(・・)がいるはずだ。

 

 茂吉を介して私をここまで弱体化させる術を行使した者である。

 

 おそらく、只者ではないだろう。

 

 下手をすれば、このまま私は退治され、滅ぼされるかもしれない。

 

 現に、本能的に、生存の危機を悟ってはいる。

 

 しかし。

 

 そう、しかしだ。

 

「ははっ! あぁ、そうさ! 私は鬼だ! さぁ、かかってきなよ人間! 私を退治してみな! 鬼がどうして鬼なのか、その身にはっきり教えてあげるよ!」

 

 それがなんだと言うのだ?

 

「おぉおおぉおお!!」

 

 真っ先に、威勢よくこちらに飛び掛かってきた、鍬を手に持ち振るってきた青年が、目の前に迫る。

 

 反応速度がどれほど落ちているのかわからないが、それでも、全く問題ない。

 

 丁度身長差に伴って露わとなっているその青年の腹へと、振りかぶって、拳を前に突き出す。 

 

 接触した瞬間、彼の身体はくの字になって、後ろへとすっ飛んで行った。

 

 私がこんな姿だからと、やはりどこかで甘く見ていたのだろうか。

 

 全力からはかなり弱まった力だけれど、人間相手には充分で、青年はその身を盛大に背から木へと激突させ、地へと倒れて沈黙する。

 

 ぴくぴくと一応身を震わせて動いてはいるが、内臓などはおそらくほとんど破裂しているだろうから、助かることはあるまい。

 

「鬼の腹パン。相手は死ぬ。なんてね」

 

 そも、本来の力であれば、全力で殴れば身が貫通するか爆散するか、運が良くても吹っ飛んで木に激突したのなら、その身が原型を留めていることはなかっただろう。

 

 我ながら、かなり衰えていることを実感する。

 

 しかし、鬼を前にすれば、あまりにあっけなく、人は死ぬのだ。

 

「ひぃっ!」

 

 人の群れの中で、誰かが悲鳴を上げた。

 

 童女の姿であろうとも、二倍の差はあろうかという青年を殴り飛ばしたのだ。

 

 この程度の事実が、人の目には充分、異常に見える。

 

「嘘だろ……」

 

「弱ってるんじゃなかったのかよ!?」

 

 口々に恐怖が漏れ始めている。

 

 村の長もただその身を震わせ、青ざめた表情でこちらを見ていた。

 

 結局のところ、人と鬼との大きな差は、策を弄したくらいで簡単に無くなってしまうものではないのだ。

 

 私がいくら弱ろうとも、鬼であることに変わりない。

 

 どれほどの策を弄しようとも、どれほどの優位を得ようとも、鬼退治に、人は決死の覚悟を持って挑まなければならないのだ。

 

 私はそれを理解させてやるためにも、両手を広げて、雨の中、声を張り上げる。

 

「さぁさぁさぁさぁ! 始めようじゃないか。やってみなよ、成し遂げてみなよ鬼退治!」

 

 その声に触発されたのかわからないが、村の長がもう一度鼓舞する声をあげて、各々が武器を手に、向かってくる。

 

 ふらつく足に力を入れて、私はその場で迫り来る闘争へと身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クライマックスシーンが開始されました。

サンタさん、メルストのURキャラ15人下さい……

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