伊吹すいかの酒酔い事情   作:夜未

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相変わらずの展開の速さに、自らの文才の無さを感じます。読者の皆様の妄想で補完して頂けることに期待。
今回は本編にしては少々長め。


鬼退治 (偽)

 鬼と人。

 

 この両者の間には、絶対的とでも言うべき差が存在している。

 

 この世界で、木から落ちたリンゴが地に落ちるように、それは当然の如く在る。

 

 基本となる原則、根本的な部分として、人は鬼には『勝てない』のだ。

 

 ゆえに、この結果はある意味、当たり前ではあるのかもしれない。

 

 しかし、それでも、私はこう言わずにはいられなかった。

 

 これほどまでに待たされて、これほどまでに踊ってやった結果がこれでは。

 

 満足感が欲しい、なんて、贅沢なことは言わない。

 

 けれど、そうであるとはわかっていても、今までの壮大な仕込みに反して、今ある状況では、

 

「全然、足りない……」

 

 鬼退治が私へ向けて始まって、ほんの数十分ほどで、約半数以上の人間が地へと横たわっていた。

 

 ある者は気を失い、ある者は重傷で、ある者は既に絶命し、屍となっている。

 

 当然の結果だった。

 

 いくら底辺にまで弱っていようとも、人が鬼へと数に任せて挑んだところで、どうにもなりはしないのだから。

 

 そして、私に挑んだ彼らの前に、残っている人々は私から一定の距離を取り、もはやこちらの様子を窺うだけとなっている。

 

 思わず溜息が漏れそうになり、寸前でそれを堪える。

 

 それは、少し私の矜持に反することだ。

 

 しかしながら、やはりぬるい。

 

 それが、もはや近付いてすら来なくなった人間たちを見て、私の思っていたことである。

 

 ()を策により弱らせ討ち取る、という考えであったのだろうから、初めにどこか楽観視していたのは、まだ理解できた。

 

 現に私の力は大幅に落ちており、人を一撃で確殺することすら出来やしないような状態なのだ。

 

 姿形も、私は、およそ威圧感無しで恐れを抱かせる程のものではないと知っている。

 

 だからこそ、彼らは当初、勝てて当然、というような、ぬるい覚悟だったのだろう。

 

 そして、それは即座に幻想であるとわかったはずである。

 

 それだけの力を、目の前に叩き付けてやったのだから、嫌でもそんな甘ったるい幻想は壊れていることだろう。

 

 気合を入れ直して向かって来なよ、という、私からの警告と示威行為は成功していた。

 

 しかし、そこからの彼らの行動や感情が、私には、よくわからなくなってしまっている。

 

 ただ、数に任せて、闇雲に向かってくるだけ。

 

 それでも、一人一人が私を退治するのだと、決意を持っているのならば、まだいい。

 

 私がかつて受けたことのある、数度限りの鬼退治では、確かに初め、私と相対した時こそは今と同じようなものであったが、私が鬼として、人との間に広がっている差を見せつけた時、絶望感と共に悲壮感を漂わせながら尚も、死しても向かってくるような覚悟があった。

 

 負けてしまうことを頭ではっきり理解しながら、それでも心が納得できず、我武者羅になって、必死に私を、鬼を退治しようと足掻いてきた。

 

 それは、私に人の強さというものを改めて魅せ、本来なら有り得ぬだろう筈の苦戦を私に強いるような状況にまで持ち込まれたことすらあった。

 

 そして、それすらを踏み躙り、鬼として力で凌駕することによって、私という鬼の存在を大きく世界に示すことが出来たのだ。

 

 しかし、今回は、そのような覚悟どころか、まともに戦うことすらできていなかった。

 

 玉砕覚悟なのではなく、ただのぬるい自殺志願でしかない。

 

 負けて当然、という現実を唯々諾々と受け入れて、抗うことすらせずに、死んでいく。

 

 期待が少し大きかっただけに、ちょっとした肩透かしの感が強く私に圧し掛かる。

 

 思わず漏れた、呆れを含む私の言葉。

 

「なんなのさ、あんたらは……」

 

 十数人の人々は私に対し怯えながら、しかし、本気になってこちらを打ち倒そうとはしてこない。

 

 よく観察して見てみると、彼らの中にあったのは、単純な私への恐怖と諦観、そして一縷の希望があった。

 

 自分たちが立ち向かわなくとも、私を退治してくれる存在がいるという、そんな、責任を放棄して押し付けているかのような希望が。

 

 そこまでを察して、私はようやく納得した。

 

 彼らはおそらく、私をここまで弱らせた策を練り、茂吉にそのような術を掛けた存在に縋っているのだろう。

 

 自分たちが出来なくとも、その存在ならばやってくれる、と、期待を寄せ、今、自らが死地へと向かうことを忌避している。

 

 ゆえに、挑むことが死を意味していると完全に理解した今、完全にその足を止めているのだ。

 

 そのことに、私は少々落胆しながらも、彼らの縋るその存在へと期待を向けた。

 

 おそらく、相当な人物なのだろうと。

 

 人の身でありながら、私をここまで弱らせることが出来るような存在だ。

 

 英雄的な存在なのか、悪魔的な存在なのか。

 

 なんにせよ、全員の力で団結し、鬼を退治しなくてならない、などという馬鹿げた決まりは無いのだ。

 

 単にそれが最も可能性が大きいと信じられているだけで、人の強さの一つである、総力で挑みかかる必要性はない。

 

 強大な一個の人間が鬼を退治する、などと、ほとんど有り得ぬことではあると思うが、可能性は零ではないとも考えている。

 

 そこまで人を認めているから、私は鬼として、強く在るのだから。

 

 それが例え、どれほど外道な策だとしても、人は人の範疇からは『外れる』ことがないゆえに、それは人の『強さ』である。

 

 私はそれを喜んで受けて立とう。

 

 停滞してしまった鬼退治の中、私は持っている瓢箪を口に運ぶことすら億劫に感じつつも、酒を吞む。

 

 睨み合いですらない、私からすれば無駄な時間が過ぎていく。

 

 そして、そんな状況にやっと動きがあった。

 

 悪い方向に、ではあるが。

 

 じりじりと、鬼退治をしているはずの人である彼らが、退いていこうとしているのだ。

 

「ちょ、ちょっと。それはないよ?」

 

 思わず、その額に汗を滲ませ、ゆっくりとした後退を命じている村長へと声をかける。

 

 いくらなんでも、これほど簡単に鬼退治を諦めるかのような態度は頂けないだろう。

 

 しかし、返ってきたのは人々の怯えを孕んだ罵声。

 

「黙れ鬼めが! われわれは生きるためにお前を退治しようとしているのだ!」

 

「貴様の殺戮から逃れようとしているのに、どうして自らそれに身を捧げなくてはいけないんだ!!」

 

 そして、それを皮切りに、なぜか村人たちは内部ですら揉め始める。

 

「だいたいなぜ呪い師様はわれわれを戦わせようとしたんだ!」

 

「どうしてすぐに加勢してくれないんだよ!」

 

「こんなの、俺たちはただ犬死にきたようなもんじゃないか!」

 

 あまりのことに、私はそれをただ眺めていることしか出来ない。

 

 恐怖は怒りに変わり、その私の求めていた怒りは身内へ向かい、やがてその怒りが不審にまで変化し、自分たちの希望であったはずの呪い師とやらの存在へと向いていく。

 

「呪い師様は、俺たちを鬼に貢いだんじゃないのか?」

 

「俺たちはただ生贄にされただけ……?」

 

 その鬼退治とは全く違う感情が彼らの中に高まり続け、頂点に差し掛かろうとした時、

 

「やれやれ……。やはり、高位の鬼は、いくら弱らせたくらいで人が勝てる存在ではないか。まぁ、当然のことだったな……」

 

「呪い師様ッ!」

 

 私がぽかんと、今にも逃げ出そうとしている雰囲気を漂わせている村人たちを眺めていると、彼らの背後から、黒く、長い服を着て、フードですっぽりと顔を隠した人間がゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。

 

 何者か、などと、解りきったことは聞きはしない。

 

 彼がそうなのだろう。

 

 先程とはうって変わり、歓声によって迎えられる。

 

「あぁ! 呪い師様! やはりわれわれでは鬼の相手など……」

 

 その中で、申し訳なさげに言った村長を見て、呪い師なるものは、一瞥すらせずに、私だけを見つめながら答えた。

 

「もとより、そのような期待などしていない。ただ、充分役には立った。貴様らはさっさと去るがいい。あとは、こちらがやる……」

 

 その言葉を皮切りに、「申し訳ない」という村長の言葉と共に、村人たちは一斉に背を向けて去って行く。

 

 少々嫌な気分にはなるが、彼らは鬼退治の全てをこの人物に任せたのだろう。

 

 ならば、それをわざわざ追うことはしないと心に決める。

 

 そして、私はその存在を視界に収めて、じっと見つめた。

 

 少しの違和感と共に、得体の知れなさが襲ってくる。

 

 きっと、ここからが全力の鬼退治が始まるのだと思うと、私のろくに力が入らない体が熱くなっていった。

 

 

  ※  ※

 

 

 やがて、村人たちが全てその姿を消し、私と呪い師だけがその場に残る。

 

 雨は未だに止まず、私の熱っぽい体を冷まし、呪い師の顔をすっぽりと覆い隠しているフードへと叩き付けていた。

 

「やっと本命のご到着? ちょっと遅すぎるんじゃないの? もう半分以下に減っちゃってたよ?」

 

 そんな中で、私と対峙している呪い師に、呆れたように言ってやると、大して気にした風もなく、言葉を返してきた。

 

「そんなことはどうでもいい。目的を達成させることこそが重要なのだ……」

 

 村人たちとは違う、手段を選ばぬ、というその意志。

 

 鬼を相手に人間ごときが手段を選んで勝てる、などという甘い考えを捨てたそれは、私のよく知るものだった。

 

 なるほど、もしかすると、彼は一度、鬼を退治したことがあるのかもしれない。

 

 だからこそ、散々私によって殺されてしまった人々の中も、彼の無茶な命令に従おうと思ったのかもしれない。

 

 ようやくまともな鬼退治が始まる、と、私は密かに、しかし、しっかりと、期待が高まっていく。

 

「へぇ、いいね! やっぱり人は、そうでなくちゃ!」

 

 その期待は、私の中に生じた微かな違和感を打ち消してしまうには十分なものであった。

 

 今更一人でいいのか、などと無粋なことは問いはしない。

 

 勝算があるからこそ、今になって出てきたのだろうし、幾重にも罠があるのかもしれない。

 

 私の現在の弱った体で、どこまでいけるのかはわからないが、それでも、簡単にやられてやるつもりはない。

 

 私はまだ、鬼の強さを証明しきれていないのだから。

 

 猛る心を動力に、肉体に力を込める。

 

 けれど、如何なる自信か、何をするでもなく、相手は私を前にして立っているだけだった。

 

 後手に回ってやろうと、少し待ってもみるが、やはり何かしらの動きは無い。

 

 霊力を高めることも、呪符を用意する様子さえもなかった。

 

「あれ? 仕掛けてこないの?」

 

 疑問が思わず口から零れる。

 

 私の言葉に、呪い師は、言葉を返してきた。

 

「何を言っている? とうの昔に、仕掛けているぞ」

 

「はぁ?」

 

 その瞬間、私の視界は盛大に横にぶれた。

 

 遅れて、浮遊感と共に、身体に痛みが走る。

 

 脇腹を何か巨大なもので横薙ぎに払われたようで、完全に無防備な状態であった私は、何も出来ずに吹っ飛んでいった。

 

 何本かの木をへし折りながら転がった私の身体は、しかしそれよりも腹に与えられたもののほうが遥かに大きな痛みを伝えている。

 

「あー、痛い。うん、痛いよ」

 

 泥だらけで仰向けに寝転がったまま、そう呟く。

 

 私がこのように地へと横たわるのは、この短い鬼の生を歩んできて、意外と少なくはないことであるが、最近では少々久し振りのことでもある。

 

 上を向いているため、雨が口の中に入ってくる。

 

 酒以外の水分が口に入ったことも、久し振りのことであった。

 

 手に持っていた瓢箪は、なんとか手放していない。

 

 それに口を付けて、酒を吞み、泥と雨の味を押し流す。

 

 とりあえず起き上がって、元居た場所を見ると、木にぶつかったことで、それほど遠くに吹き飛ばされていないようだ。

 

 いまだ、呪い師の姿が見えるような範囲であった。

 

 歩き出そうと、一歩踏み出して、

 

「……けぷっ」

 

 口から血が出る。

 

 身体が弱っているだけはある。

 

 あまりの軟弱さに笑いが漏れそうだった。

 

 ゆっくりと、同じ場所へと戻っていく。

 

 そしてそこには、

 

「完全にあれで決まったと思ったが……。いや、やはり高位の鬼は桁外れだ……」

 

 微かに面影を残し変り果てた姿の

 

「しかし同時に嬉しいとも思う……。その鬼の力を、使役することが出来るかもしれないと思うとな。当初は人を鬼に変えるなど、期待すらしていなかったが、原料が良ければ、素晴らしいものになった」

 

 茂吉がいた。

 

 

  ※  ※

 

 

 茂吉が私の妖力を吸い取っていたことは知っていた。

 

 それも、時を経るにつれて大きくなっていき、接触した際など、まるで水をポンプで吸い上げるかの如く奪い取られたものである。

 

 普段、何も関わりなくそんなことをされていれば、普通にぶち殺して終わりの話であったが、それが鬼退治の手段、策の一つともなれば、話は別であった。

 

 私()は人の策に嵌った上で、それさえ凌駕して見せねばならない。

 

 とてつもなく傲慢この上ない私の思想が、そうさせていた。

 

 だからこそ、これまでの鬼退治で、幾度も罠に掛けられ、策に嵌り、進退窮まることも多くあったが、強引に、それら全てを踏み躙って前へ前へと進んできた。

 

 それが鬼であると、私は信じているからである。

 

 ゆえに、今回も同じように、私は茂吉に掛けられていた術を無視し、ただただいつか来るだろう鬼退治を待っていたのだ。

 

 日に日に衰えていく躰を実感しつつも、精神的にはむしろ絶好調とも言えたかもしれない。

 

 相応なストレスは溜まっていたが。

 

 そして、今その策の集大成だろうものを前にして、私は少しばかり苛々としていた。

 

 憤怒、激怒、というような感情の類ではない。

 

 それと似ているが、少し違う、ただ、ただ気に喰わない、というだけのことである。

 

 状況は明らかに不利なままであるし、それでよい(・・・・・)のだが、感情は別であった。

 

「式神使いだったの、あんた。呪い師なんて、笑わせるね」

 

 どう見ても、これは呪い師の力ではない。

 

「いや、呪い師で正しい。人を鬼へと成したのだからな」

 

「あぁ、そう」

 

 何度でも言うが、私は私が策に嵌められたことなどどうでも良い。

 

 想定外の不利など予想の範囲内であるし、私の自業自得だ。

 

 呪い師の鬼退治の理由なども、微塵も関係ない。

 

 私を退治してどうしようと、そんなものはどうでも良いことで、その後は勝手にすればいい。

 

 しかし、ただ一点。

 

 一点だけ、気に喰わないことがある。

 

「人が、鬼に成る、だって……?」

 

 茂吉を私の妖力を糧に鬼として使役し、私を退治する。

 

 確かに一石二鳥の策であろう。素晴らしい。よくやった。文句のつけようがない。

 

 それとは別に(・・・・・・)、私の感情の問題だ。

 

「本気で言ってるの? なにそれ、烏滸がましいよ、そんなのが鬼だなんて、馬鹿みたい」

 

 呪い師の横では、茂吉が変り果てた姿で低い呻り声を上げて待機している。

 

 先程の不意打ちは、私の背後、洞窟の中から飛び出して放った一撃だったのだろう。

 

 なぜか私に仕掛けてこないのは、単にいつでも出来るとでも思っているからか。

 

「今の状況を見て、よく吠える。一撃で本物の鬼をそこまでにしたのだ。そんな存在を鬼と称しても、おかしくはないだろう」

 

 確かに、私は今、血を吐き腹を押さえ、ただでさえ力の無かった状態から、もはや立っていることすらままならぬ、そんな状態にまでなっていた。

 

 おそらく、先程の接触で、さらに力を吸われたのだろう。

 

 けれど、

 

「単に姿形が変わっただけだよ。確かに強くなったし、今の私は負けそうだ。でも、ソレは鬼じゃない。人は鬼になんて成れやしない」

 

「……意味がわからんな」

 

「いくら強くなろうとも、人じゃ鬼には届かない。根本の部分が違うから。どう足掻いても無理だし、だからこそ、人の成し得る鬼退治は賞賛されて然るべきものなんだよ」

 

「だから、なにが言いたい?」

 

「だからソレは人だった者で、あんたはそれを使ってるだけ。鬼を使役してるわけじゃない」

 

「それは、貴様の思想信条か? 鬼にそんなものがあったとはな……。だが、貴様が認めるかどうかなど、どうでもいい。人から見れば、この存在は鬼と称するに足り得る。貴様が間違っているだけの話だ」

 

 そう、これは私のただの勝手な想いである。

 

 世間一般では、あのような存在は鬼とされている。

 

 けれど、しかし、その一般の認識の方が間違いであると、私はそれを、正してやろうと決めたのだ。

 

 そして、第一の話、

 

「私が生きていく中で、私の思想より大事なことなんて、この世にあるとでも思ってるの?」

 

「ふっ! くっはは!」

 

 私のその言葉に、ずっと平坦であった呪い師が嗤う。

 

「それは確かに! 認めざるを得ないな、そこだけは! まぁ、貴様のことなどどうでもいい。くだらぬ問答は終わりにしよう。力の糧に、死んでいけ」

 

「……あれ?」

 

 その声に、何か違和感を感じた。

 

 考えるが、思考が上手く定まらない。

 

 そうしている間に、呪い師が私を指さして、茂吉だった存在が吠えた。。

 

 

  ※  ※

 

 

 それまでじっと待機していた茂吉であった存在が私に向かってくる。

 

 本当に、変わり果てた姿であった。

 

 目は血走り、歯というよりも牙と称したほうが正しいものを口からむき出しにして、およそ理性などその顔からは見れはしない。

 

 身体は三メートル以上にもなり、皮膚は赤黒く、筋肉は肥大し、四肢が大人の胴ほどもある。

 

 呻りをあげて、その大きさからは有り得ないような、猛烈な速さで私に迫ってくる。

 

 今の状態の私では、それを受け止めるどころか、躱すことすら出来やしない。

 

 一歩でも動けば即座に崩れ落ちてしまいそうなほどに、弱体化している。

 

 どうやら、茂吉だったものが目の前に存在しているだけで、私は弱っていくようだ。

 

 呪い師の先程の問答も、私を確実に殺すための策であったのかもしれないと、今更ながら思った。

 

 ゆえに、抵抗することすら出来ずに殴られ、その衝撃で私はボールのように跳ね飛ばされた。

 

 空に浮いて、その身が地に落ちる前に、暴力へと晒される。

 

 反撃が出来ない。

 

 反撃するような力がもはやない。

 

「げほっ、おぇ、あぁ、くそ、強いなぁ、もう……」

 

 わかってはいたことだが、圧倒的に私は不利であった。

 

 一撃毎に、相手は私の妖力を奪い、その身の強化と私の弱体化を進めていく。

 

 そもそもの話、当初に人を一撃で絶命させることが出来ない程であったなど、弱まり過ぎて笑いが零れるほどであった。

 

 肉体の強靭さもかなり下がっている。

 

 なにせ、最初の脇腹への痛みが未だ大きく残り、今の攻撃によって、ほぼ満身創痍の状態にまで持っていかれているのだ。

 

「あっはは、弱すぎ……私」

 

 また吹き飛ばされて、地に転がる。

 

 なんとか全力で立ち上がってはみるが、あちこちから血が出ている上、酔っているのとは別に、ふらふらと足元が覚束ない。

 

「ん、」

 

 くぴっと、度重なる攻撃によっても手放さなかった瓢箪の酒を呑んで、気合を入れる。

 

 全身に染み渡る、酒の味。効果は私が酔うだけで、つまり、なにも今と変わらない。

 

「あー、美味しい……」

 

「こんな状態で酒を呑むなど、やはり、鬼、取分け貴様の精神構造は理解不能だ」

 

 呪い師が言う。

 

「吞まなきゃ、やってられないよ、こんなこと」

 

 痛みで体が動かない。

 

 そもそも力が湧いてこない。

 

 今にも倒れてしまいそうである。

 

「弱っているとはいえ、高位の鬼をこうまで一方的に出来るとは、貴様を殺し、取り込んで、鬼として完成した瞬間が楽しみだ……」

 

「だから、ソレは鬼じゃないって……」

 

 自分でも思うほど、しつこく私は食い下がる。

 

「さっさと喰われて果てるがいい」

 

 茂吉だった存在が私に迫ってくる。

 

 言葉通り、私を喰らうつもりなのだろう。

 

 もはや満足に動ける状態ではないが、とりあえず近くにあった倒木を、なんとか腕に力を込めて、投げつける。

 

 当然のように弾かれ、砕かれる。

 

 足止めにすらならない。

 

 我ながら、なんとも情けない攻撃である。

 

「年貢の納め時、かなぁ。あっけないにもほどがあるよ……」

 

 大言壮語を吐いた割りに、あっさりと退治されるなど、もはや自分に笑いがこみ上げて来てしまう。

 

 私は私の矜持を守ることによって、私の想いを世界に伝えることなく終わろうとしているのだ。

 

 なんともままならないものではあるが、しかし、私がかつて誓った、鬼の矜持を破ることなど、出来ようはずもない。

 

 茂吉だった存在が、その大きな手で私の身体を掴みあげた。

 

 もはや満足に動くことすらできず、身体の節々が悲鳴を上げる。

 

「っ……」

 

 その掌によって私はすっぽりと握り絞められた。

 

 おそらく、このまま私は喰われていくのだろう。

 

 とうとう、私が退治される時が来ただけの話であり、私が鬼であった以上、こうなることは自然なことだ。

 

 例えそれが、如何なる手段によるものであったとしても。

 

「さぁ、その鬼を喰らえ! いよいよ、長きに渡った夢が叶う!!」

 

 呪い師の、それまでで最も感情を露わにした声が聞える。

 

 脳裏に、爺様のことが思い返される。

 

 私は、あの時の誓い通りに生きてきたよ。

 

 でも、どうやら、私は、それを成し得るには少し弱かったみたい。

 

 情けないなぁ、ほんとに。

 

 目の前には、赤い舌と、並ぶ牙。

 

 このまま喰われて……

 

「!」

 

 そして、それに気が付いた。

 

 呪い師の、二度目の感情を伴ったその声に含まれていたものを完全に理解して、今まで感じていた微かな違和感が、はっきりと形を成した。

 

 朦朧としていた意識が瞬時に戻ってくる。

 

 怪我も弱体化も、今はどうでもいい。

 

 私は身体に纏わりついている邪魔なモノを力任せに引き裂いて、地に立った。

 

 後ろでは、自身の手が無惨なものとなったことに対しての悲鳴のような声が聞こえてくる。

 

 どうでもいい。

 

 突然の事態の急変に呆ける呪い師を視界に捉え、よく見る。

 

 分かり辛い。

 

 その目の前に萃まって、顔を隠している深いフードを引きちぎる。

 

「なっ!? ぐぇぁっ!」

 

 その力に連られて呪い師の身体も振り回され、丁度真横にあった木に背から激突し、せき込んでいた。

 

 今度は、はっきりとわかる。

 

 見間違えようも、感じ間違えようもない、その事実。

 

「ぐ、な、なにが……」

 

 声が聞える。

 

 人の声ではない。

 

 しかし、呪い師と呼ばれる存在から発せられるものだ。

 

「……は?」

 

 間抜けのような声を漏らしてしまった。

 

 そこに晒されていた顔は、およそ奇形という言い訳すらも出来ぬ程に人外のもの。

 

 そして、フードを千切った途端に感じられるようになったその妖気。

 

 その全てが、それを人では有り得ぬ妖怪だと伝えてくる。

 

「貴様、なにをした!?」

 

 向けられる罵声が耳に入って、認識することもなく抜けていく。

 

 しばし呆然としていた。

 

 理解が遅れてやってくる。

 

 つまりは、そういうこと。

 

 やっと全てを理解した時、私の口から言葉がポロリと漏れて出た。

 

「なにそれ」

 

 

 

 

 

 

 




 某吸血鬼漫画風に言うと、自分が知らなかっただけで、神父さんが実は初めから釘をさしていたという衝撃の事実に気付いたような感じです。
 襲ってくる虚無感が半端なさそう……。

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