伊吹すいかの酒酔い事情   作:夜未

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 ゆっくりと更新再開。
 一応第二部は完結まで書けてますが、のんびりやっていきます。

 注:名前付きのオリキャラが出ます(むしろメイン)
   タグは良く見てから読みましょう。


鬼と天狗 ~鬼の行き先~

 私がこの世界に鬼として在って、またいくつかの時が過ぎた。

 

 そのうち、二百を超えたあたりで、年月を数えることを私はいつしかやめていた。

 

 私が鬼として在ることに何年出来た、などというものには一切の達成感などなく、当然の様に在ることに、月日というものが全く関係ないと理解したからだ。

 

 私は常に鬼としてこの世界に在って、これからもそうで在り続ける。

 

 ならば、そうして幾年が過ぎようとも、意味は無いのだから。

 

 そうして、変わらぬままに過ぎていく日々の中で、私はまた、いつものように、酒盛りをしていた。

 

 しかし、それはたった一人での酒盛りではない。

 

 偶に珍しい酒を仕入れて持ってくるあの胡散臭い境界の妖怪とでもない。

 

 一匹の天狗と、私は酒盛りをしていた。

 

「ふん、貴様の酒は、変わらんな……」

 

 人間で言うところの山伏のような恰好をして、しかし人間ではない赤い顔と長い鼻をしている大柄な天狗。

 

 私の隣で足を組んで座り、その手に自身の杯を持ち、その中に私の酒を注がれて、ちびりちびりと飲んでいる。

 

 その脇には彼のいつも持っている羽団扇が置かれており、持ち主の手を離れて尚、小さく存在感を主張していた。

 

 ちょっとだけ気になったので、それに手を伸ばして手に取ろうとすると、その手が叩き落とされた。

 

「触るな」

 

 ぎろりとこちらを睨んで威嚇される。

 

「なにさー、けち」

 

「貴様の馬鹿力で壊されてはかなわん。その辺の石ころでも掴んでいろ」

 

 不貞腐れる私に目もくれず、ただゆっくりと酒を飲む彼、名を『天厳』と言い、少し前に知り合った天狗達の頭だ。

 

 鬼に匹敵するかのような傲慢さと、長き時を経て得た強大な妖力、そして『流れ』を操るという特異な能力を持った大妖怪とも言える存在である。

 

 簡単に言ってしまえば、私の喧嘩友達のような奴であり、そのさっぱりとした天狗としての在り方が、私もわりと気に入っていたのだった。

 

 未だ同胞たちとは出会うこと叶わず、さりとて別段それを気にすることも無く生きてきた私であったが、多くの同胞たちをその力と在り方によって束ねている彼には、ちょっとした敬意すら抱いていると言ってもいい。

 

 今は(・・)それを口にすることは、ないだろうけれど。

 

 そんな彼と私は、月の無い夜、数多に輝く星を眺めながら、彼の縄張りとも言える山の中で酒を飲んでいる。

 

 私にとってはある意味至福の時であったが、彼は少々、いつもとは違っていた。

 

「…………」

 

「なんだ?」

 

 じっとその横顔を眺めていると、私に顔を向けることなく彼は言った。

 

 自分でもわかっているだろうに、まるでわからないような風に言う。

 

 しかし、それでいて、表情は正直だ。

 

 そういうところが、好ましく思える。

 

「べ~つ~に~?」

 

 語尾を一音ずつ伸ばしながら、馬鹿にしたようにそう返すと、彼はちっと舌打ちをして、こちらを向いた。

 

 その表情は、はっきりと、不機嫌に歪んでいる。

 

「はっきりと言ったらどうだ。いつもの貴様()らしくな」

 

 いつもの顰めっ面を更に顰めて、彼はそう言う。

 

 けれど、私にとってはそれを言ってやる義理も無いし、彼のその苛々とした気は、いい酒の肴にもなっている。

 

 だから意地悪気な笑みを浮かべて

 

「言って欲しいの?」

 

 と、そう問い返してやれば、彼は静かに押し黙った。

 

 言って欲しいのだろう、本当は。

 

 第三者とも言える私に、それを指摘してもらいたいのだろう。

 

 けれど、それをされることには、彼の持つ誇りが許さない。

 

 ゆえに、例え私がそれを言ったところで、彼は絶対にそれを認めはしないだろう。

 

 それは、彼もしっかりと自覚しているはずだ。

 

 自分の想いが自分でわからぬほど耄碌していないが、それを認めることも出来ない。

 

 ちょっとした板挟みの状態に、彼は苛々している。

 

 妖怪として心ゆくままに行動することを、その心が邪魔をしている。

 

 妖怪にとって、それはわりと致命的なものでもあった。

 

 そのどっち付かずの天秤の拮抗を眺め、それを肴に酒を飲むのが、楽しいと思える。

 

 我ながら性格の悪いことだが、まぁ、仕方ない。

 

 私は鬼なのだから。

 

「あんたも難儀なもんだよねぇ。私は別に楽しいからいいけどさ」

 

 そう言って、見せつけるように笑って、瓢箪を呷る。

 

 天厳は私をじっと睨んでいた。

 

 それを無視して、夜空いっぱいに輝く星を眺める。

 

 さっきとは逆の構図だった。

 

 横目でちらりと様子を窺うと、天厳は口を開きかけ、閉じる、ということを何度か繰り返し、苦虫を噛み潰したかのような渋面を浮かべ、脚を揺すっていた。

 

 持っている盃には力が入り、小さな亀裂が出来ている。

 

 本当に、難儀な奴だと思う。

 

 そうして私は、少し前の、彼と私が出会い、こうしている前のことを、ゆっくりと思い返し始めていた。

 

 

  ※  ※

 

 

 私は普段、特に目的も無く、ふらふらと気のままに各所を歩き回っている。

 

 その道程には、私の気分、というものが何よりも優先され、私が行く道には寄り道や遠回りなどがあったとしても、何かを避けて通る、ということをすることはなかった。

 

 当たり前のことではある。

 

 鬼の私の行く先に、何が立ちふさがっていようとも、ただそれを粉砕し、正面から抜けていけばいいだけだからだ。

 

 ゆえに、進行方向の先に人の村が在ったとしても、何の躊躇いも無く足を踏み入れ、私を退治しようとする人間を踏み潰して進む。

 

 それは人間だけでなく、妖怪の縄張りに対しても、同じことが言えた。

 

 多くの妖怪は鬼である私がその縄張りに入ったとしても、その力の格の差を自ずと理解し、迎撃することも無く、無視する。

 

 偶にそれすら理解できない木端の妖怪が私に喧嘩を吹っかけてくることもあるが、私は喜んでそれを受け入れ、返り討ちにし、押し通っていくことを楽しみとしているのだ。

 

 そんなことを続けていると、私はちょっとだけ有名になってきているらしいことを、あの胡散臭い境界の妖怪から酒の肴に聞いた。

 

 まぁ、私にとっては唯一の目的である、人間たちに、ではなく、あくまで妖怪の間では、という注釈がつくらしいのだけれど。

 

 そんなわけで、私はそうしてふらふらと、時に人を、そして妖怪を滅ぼしながら、我が道を進んでいたある日のことだ。

 

 おそらく妖怪の縄張りであろう山に、私は足を踏み入れていた。

 

 勿論、それがかなり大きな力を持つ者の縄張りであることは知っていたし、その存在が私の身勝手な侵入を許さないだろう気質を持っているだろうことも、わかっていた。

 

 自分の領域に土足で入られて平気でいることなど、より力を持ち、それを誇りとするものであれば、許しておけるものでもないだろう。

 

 私はそれをわかっていながら、敢えてそれを侵した。

 

 端的に言ってしまえば、私はその時、ちょっと暇していたのだ。

 

 退屈しのぎに、強い奴に喧嘩でも売ってみようと、そんな気分だった。

 

 我儘ということなかれ、これは鬼の気質だ、と私は思う。

 

 紫からはちょっと唯我独尊が過ぎると言われたりもしたが、鬼とはだいたいそういうものだろう。

 

 それを通して死ぬのならば、所詮はその程度の存在であり、それを通して生きていくからこそ鬼であると、私は信じている。

 

 そうして、私がその山に足を踏み入れ、三歩と歩かぬ内に、侵入者()に対する刺客が現れた。

 

 その早さに、私は少し驚いてしまった。

 

 はっきり言って、鬼は強い。

 

 何を当たり前のことをとも言えるが、そうではなく、人間にも、そして妖怪にも共通して、『鬼は強い』という風に認識されているのである。

 

 その強さの認識が正しいものであるかどうかは別として、鬼、つまり私が強いということは皆理解しているのだ。

 

 だからこそ、これまで縄張りに私が足を踏み入れても素知らぬ顔をする妖怪もいたし、私の接近を察して一時村から避難する人間もいた。

 

 そして、そうであるがゆえに、()の迎撃は慎重に為されることがほとんどだったのだ。

 

 縄張りに踏み入れた私を襲う妖怪も、ほぼ全員がしばらく待ち、私の寝込みを襲ってくるのである。

 

 まぁ、その全てを完膚なきまでに蹂躙してきたではあるが。

 

 ゆえに、僅か三歩、つまり、私の侵入から即座に仕掛けてくるような存在はわりと稀なのだ。

 

 その力の感じから、私が鬼だとわかっているにも関わらず、襲ってくるような存在は。

 

 そうして、その刺客は、空から舞い降り、私の前に降り立った。

 

「止まれ」

 

 彼は、怯むことなく私をしっかりと見て、言った。

 

「鬼よ、貴様は我らが長、天厳様が治める地に足を踏み入れた。その由は如何に?」

 

 目の前に立つ存在は、その力の差がわからぬわけでもないだろうに、傲岸不遜な態度で、私に問う。

 

 見たところ、彼は天狗なのだろう。

 

 天狗の社会は上下関係が厳しく、また、どれほど弱い存在であっても、自身の種に絶対的な誇りを持って生きていると聞いたことがある。

 

 彼はおそらく、そんな天狗の中で哨戒の任を負い、務めを果たすために私の前に立ったのだ。

 

 下手をすれば自身が簡単に殺されると理解しながらも尚、その目には絶対の自負があった。

 

 彼にとって、仕事を為すことは、誇りなのだろう。

 

 その生き方は、私からすれば好ましい。

 

「由、理由、ここに来た理由ね……」

 

 私が口に出してそう呟く姿を、彼は見つめている。

 

 手に持つ武器は団扇ではなく槍であることからして、下っ端であると察することが出来た。

 

 ちなみに、どうでもいいことではあるが、私の妖怪に対する知識はほとんどが紫との酒の席での話が主であり、それほど妖怪については詳しくはない。

 

 しかし、天狗などのような、ある種鬼と同程度には有名とされているものは、少しは聞いたことがあるのだ。

 

 というより、紫は天狗を抱き込んでなにやらをしているよう、あるいは、しようとしているようなのである。

 

 が、その部分は特に興味も無いのでほとんどは聞き流していた。

 

 それでも、少しは彼らの特徴などは耳に入り、記憶している。

 

 目の前に立ち、私の答えを待つこの天狗の態度を、私は好ましく思っている。

 

 あぁ、確かに、その在り様は私の在り方によく似ているのだから、そんな彼らが好ましくないわけがない。

 

 これこそ妖怪、これこそ人外の在り方なのだ。

 

 しかし、だ。

 

 私は答えた。

 

「そんなの、私の気分以外にあるわけないよ。来たいからここに来て、そして、通りたいから、私はここを通るの。あんたたちの縄張りだとかそんなの、私には関係ないよね」

 

 それが彼らを害さない理由になりはしない。

 

 だって私は、鬼なのだから。

 

 そう言った瞬間、目の前の天狗は槍を構えて突っ込んできた。

 

 思い切りの良いことである。

 

 ますます好ましく思う。

 

 およそ人では有り得ぬ速度でもって、その人外の膂力を存分に発揮し、槍を突き出してくる。

 

 そこには確かに、鍛錬によって培われた技術というものが感じられた。

 

 しかしそれは人の扱う槍術ではない。

 

 天狗である彼ら人外の元で培われた、人外の扱う技術である。

 

 素晴らしいと思う。

 

 例え生まれ落ちた瞬間に持つ力の多くが決まってしまうのだとしても、精一杯足掻いてきたのだろう。

 

 天狗は確かに強い妖怪だが、その中でも格付けが為されるように、強弱というものははっきりと、むしろ他よりも激しく存在する。

 

 その中で、弱い位置に生まれたとしても尚、上を見ることを諦めず、悠久の時を鍛錬に当て、強くなろうと思ったのだろう。

 

 見事である。

 

 人が短い年月で命を燃やし尽くすかのように求める強さではない、別の強さが感じられた。

 

 それは認める。

 

 けれど、あぁ、しかし、だが、それがなんだというのだ?

 

 人であれば認識することすら困難なその閃光のような点の攻撃を、私は当然の様に、片手を前に出すことで止めた。

 

「っ!」

 

 別に、穂先を掴んだわけでもなければ、何か能力を使ったわけでもない。

 

 ただ、槍の穂先は、私の開いた掌を突き抜けることなく、止まっている。

 

 つまるところ、天狗の武器よりも私の方が強かった、それだけだ。

 

 ただ、流石は天狗の持つ武器と言うべきか、私と持ち主である天狗の板挟みとなりながらも、それが壊れることは無かった。

 

 いったいどんな鋼を加工して造られたのか少し興味が湧いたが、意味のないことだろう。

 

 必死でその槍を前に進めようと力を込める天狗を眺めながら、もう片方の手に持っていた瓢箪の酒を呷った。

 

 力だけの、技術もへったくれもないそれ。

 

 ただ、見えたものを手で遮っただけのことであるが、それで充分。

 

 未だ年若く、髭が生えていない顔をしている、槍を突き出したままの形で止められた天狗は、歯を食いしばり、元より赤い顔を更に赤くして、力を込めている。

 

 掌で遮った後に、そのまま槍の先を掴んで止めているため、彼は槍を引くことも押すことも、もちろん、薙ぐことも出来ないようだった。

 

 まぁ、つまるところ、私と彼にはそれだけの力の差があり、それだけの力を持つのが、私と言う鬼なのだ。

 

 止めていた槍の穂先を、ぐいと前に力を込めて押してやる。

 

 方向を無理矢理調節してやって、思い切り手を前に突き出してやると、彼の腕ごと後ろに向かい、槍の柄の先、石突が彼の腹に突き刺さり、そのまま後方にすっ飛んで行った。

 

 吹き飛びながらも槍から手を離さぬという意志の強さは素直に見事だと思う。

 

「…………」

 

 少し、熱さを感じて手を見ると、一点、針が刺さった様に手の中央、槍を受け止めた部分から少し血が流れている。

 

 ぺろりと、舐めれば、傷は無くなった。

 

 しかし、それでも、傷つけられた手から熱が広がる。

 

 全身へと廻ってゆっくりと火照りだし、私の中の鬼の血が熱を帯びて、久々の濃い闘争の気配に酔い始める。

 

 やはり、喧嘩と酒は良く合うものだ。

 

 改めて、そんなことを思う。

 

 私は、ぐいと上を向いて瓢箪を呷り、反れた上体に逆らうことなく、そのまま後ろにどさりと倒れこんだ。

 

 瞬間、寸前まで私の体があった場所を、上から刈るように何かが通り過ぎていく。

 

 仰向けに寝そべって空を見ると、三十を超える天狗が宙にいた。

 

 それぞれが各々の武器を持ち、私を射殺すように睨んでいる。

 

 殺気、とでもいうのだろう、これを、私はなんとも心地好い視線だと思ってしまう。

 

 ふと、ずっとそれに晒されていることを夢想して、打ち消した。

 

 平時との差でもって良いと感じるこれに慣れてしまうのは、少し勿体ないだろう。

 

 先程通り過ぎたものは、どうやら彼らの内の一匹が持っている剣のようだ。

 

 彼らの殺意に、私は深酔いしてしまいそうな気分になる。

 

 肴はそこそこ上物で、酒は自前の特上品。

 

 未だ来ていない主演までいるのだから、たまらない。

 

 さて、遊びを始めようか。

 

 久々に楽しく、この酒が飲めそうだと、私はただ、顔が笑顔を形づくっていくことを止められそうになかった。

 

 

 

 

 

 




 サブタイが思いつかなくなってきた……

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