子供と大人が遊ぶだけのお話です(ただし妖怪基準)
天狗たちの支配する山の麓で、大きく野太い声と、鈴の音のような楽しそうな笑い声が響いている。
※ ※
全力の雄叫びを上げて迫りくる天狗の一匹を、飛び跳ねるようにして躱した。
「うっふふ、あははははは!!」
口から出てくる笑いが止まらない、止められない、そして、私はそれを止める気も一切なかった。
楽しいことは楽しいのだから、仕方ない。
攻撃を躱され、即座に急上昇して一旦宙に逃げようとした天狗の足を、片手で掴んで引き止める。
「捕まえた、よっと……」
咄嗟に手に持った武器で反撃されるが、反射的に為された攻撃程度、鬼である私は気にすることも無い。
腕に少しの切り傷が出来るが、その微細な痛みすらも、私の気分を高揚させる。
彼の全力の退避行動は、余程の勢いであったのだろうが、腕の力だけでその場に押し留め、そのまま背後から隙を突くように攻めてきていた別の天狗へと振り回すようにしてぶつけてやった。
即席の武器であるが、これが存外、頑丈だ。
そこらの鋼よりも強いかもしれない。
まぁ、天狗であるなら、それも当然か。
「ぐ、ぁが……」
「ごぁ!?」
鬼の膂力によって力任せに振り回された天狗は、激突した一匹と共に縺れるようにして吹き飛んでいき、やがて勢いを失って地へと転がる。
それでも両者共にまだ息はあるようで、流石は天狗だと内心で密かに褒めてやった。
私の体の火照りは未だ冷めず、その熱の燃料を注ぐように、酒を呷る。
辺りを見渡せば、そこは死屍累々と言った体の天狗たちが転がっていた。
少し前の空には三十を超える者がいたにも関わらず、すでに無傷で空にいる者は残り数匹しか残っていない。
けれど、それでも彼らは諦めたわけでもなく、圧倒的な鬼である私との力の差を前にしても尚、隙を探っていることが窺えた。
私は常に隙だらけなのだから、さっさと来てくれればいいのに、なんて思うが、こういう焦らしもまた良いものだとすら思える。
浮かべていた笑みが濃くなることを自覚する。
あぁ、すごく、すごく、楽しい。
私はこの濃密な闘争という美酒に酔っていた。
一匹一匹が下っ端天狗とはいえ、そこら木端の妖怪など歯牙にも掛けぬ程に強い奴らで、そんな奴らが集団で私に向かってきているのである。
連携して、時に不意をついた奇襲を、たとえやられて倒れ伏しながらも、回復すれば即座に虎視眈々と隙を見つけて挑みかかってくる彼ら。
彼らがそうまでしても打倒しきれぬこの私は、やはり、鬼であるのだと、強く実感できる。
なんともはや
「あぁ、いいなぁ、これ……」
素晴らしいことではないだろうか。
と、そうして悦に浸っていた時、私にそれまでの天狗たちとは違った声が降りかかってくる。
「随分と、好き勝手やってくれたな、鬼よ」
その声だけで、わかる。
ただの言葉に内包されているその力の圧が、その密度が、はっきりと伝わって、私は更に心を躍らせた。
「当たり前さ。好き勝手しないで鬼なんて、名乗れやしないよ」
そう軽く言いながら、声の主の方を見る。
「ふん」
空には、一匹の大柄な天狗が私を睥睨していた。
力に体格など関係ないのだが、その他の天狗たちに比べ一回り程大きな体を持った天狗を見て、悟る。
こいつは、私と同じくらい強いのかもしれない、と。
天狗の強者の証である羽団扇をその手に持って、私を見下ろしているその様は、正にこの山の主に相応しい風格を持っている。
彼と本気で殺し合うのならば、私は自らの死すらも覚悟せねばならぬだろう。
「うふふ」
笑いが漏れた。
訝しげな表情を向ける大天狗に構わず、私はにやにやと笑う。
「なにがおかしい?」
いまだ空から下りることなく見下ろしながら、彼は言った。
鬼を相手におかしなことを聞くものだと思う。
「なにって、あはっ。前菜を美味しく頂いた後に、丁寧に主菜まで出てきたんだから、嬉しくない方がおかしいでしょう?」
別に、あの天狗たちが悪かったわけではない。
むしろ、そこらの半端な中級、やわな上級の妖怪よりも強かったとは素直に認めよう。
しかしそれでも、彼を前にしてしまえば、やはりそれが軽い運動程度でしかなかったのだと、そう思ってしまう。
大天狗は笑い続ける私を見て小さく「鬼め……」と呟いて、また、力の込もった声で言った。
「貴様は儂の管理する地に土足で踏み入り、どころか、警告に耳を貸さず、我が従者達を力で潰した」
あぁ、そう、その通りだ。
「うんうん。それでそれで?」
私の茶々入れに、少し苛々とした気を放ちながら、大天狗は言う。
「よって、この山の主である、儂が、この天狗の長たる
「あっはは!」
それは、とてもとても、ありがたい話だ。
あぁ、なんて、楽しいのだろう。
自身と同等か、それ以上の力を持って、こちらに向かって来る相手を見て、私はただただ愉快だと、心底そう思った。
※ ※
自分自身を圧倒的な力を持つ鬼であると自負する私にとって、闘い、戦闘などというものに思考をほとんど混ぜることはない。
勝つ方法を考える、というのはつまるところ、それを考えなければ敗北するということを裏に含んでいるからこそ成り立つものであるからだ。
だから私は、勝利のために武を磨く、などといった行為は所詮弱者の戯言であると切り捨てている。
なぜならそれは、どれほど言葉を重ねようとも結局、弱いから強くなろうとするのだから。
強くなる、それは弱い奴の特権だ。
鬼としてこの世界に在り、鬼として生きていく私が、そのような弱者であってはならない。
ゆえに、力を磨くという行為は自身の弱さを認めることに他ならず、それはつまり、私は鬼ではないと自ら証明しているにも等しいことだ。
だから私は、これまで多くの闘争の中に身を置きながらも、一切の技のようなものを身に付けてはいない。
積んできた経験は、ただ相手を力で捩じ伏せるというものだけで、言ってしまえば、私はきっと、発生したあの瞬間から、少しも強くなっていないのではないかとすら思う。
もし、強くなっているのだとしても、あの時はただ、自分の強さを理解していなかっただけで、今はそれをしっかりと理解しているという、意識の違いくらいか。
しかし、それでも私は別に、強くなろうとしている者を認めていないわけではない。
弱者が弱者ゆえに持つその権利を行使しているだけの話で、そも、それを認める認めないというものではないのかもしれないけれど。
弱い者が強くなって強い者に挑むというのであれば、私は喜んでそれを受けよう。
だって、そうして強くなった奴の上に、鬼として私は在ろうとしているのだから。
そしてまた、私にとって、戦いに勝つ、負けるなどということすらも、はっきり言ってしまえばどうでもいいものだ。
強者である私、鬼である私が、闘いという『娯楽』に求めることは一つだけ。
愉しいか、愉しくないか。
満足出来たか、出来ないか。
それだけのことである。
そういう意味では、目の前の、天狗の長たる彼、天厳は満点とも言える強さだった。
強者が上に立つという天狗という種の性質上、おそらく、彼は生まれ持ったその才覚に頼り切ったままではいられなかっただろう。
その身に受けた力を最大限まで引き伸ばしながら、上に君臨し続ける。
なんとも、素晴らしい相手ではないか。
「く、ははっ!」
今も目の前を霞めて言った目に見えぬ攻撃や、身体の動き、莫大な妖力に加え、その運用、また、彼の持つ独自の能力など、全てが練磨され、研ぎ澄まされていることが窺える。
今まで相手をしていた天狗たちとは、また一つ次元が違うレベルで、天厳は多くの強さをその身に積み上げてきたのだろう。
天晴れであると、言わざるを得ない。
彼に比べれば、私の動きなど、ただ稚拙だと一言で済まされるようなものであろう。
それでも。
それでも、だ。
如何に私が彼に武で劣っていようとも、そこに意味などないのだ。
武という力の武器を磨き、構え、使用することを切り捨てながらも、私はこうして今の今まで生きてきたのだから。
ただ、鬼に在る、その力そのもので。
それまでの天狗たちとは違い、彼は愚直に接近することをしない。
鬼と正面から相対して打ち勝てる存在など、そうはいないと知っているからだ。
しかし、遠距離からの攻撃のみで
いったいどうするのだろうか。
そんなことを思いながら、彼の力が込められた妖力の弾と、鎌鼬のような目に見えぬ風の刃の弾幕を、私は避け続ける。
周囲の木々はその弾幕を受け、折れ、切られ、既に辺り一帯はただの伐採された草原のような体に変わり果てていた。
ほとんど一方的な展開が続きながらも、私は余裕を崩すことはせず、相手も焦るような愚を犯さない。
隙を見つつ、未だ空に在る彼の傍で萃まって脅かしてやろうか、などと思っていると、突然、足がずるりと滑り、身体が後ろに流れた。
「んあ?」
思わず足元を確認するが、特に踏み付けて滑るようなものはない。
そして、一瞬、私の意識が足元へ向かい、彼から逸れた。
その一瞬で
「隙を見せたな、鬼よ」
声は私の直ぐ上から降って来た。
(うっわ、やっぱり、はや……)
馬鹿正直に、そう思う。
残像すら映す速度で私の頭上に飛来した天厳は、足を上に上げている。
そして、その勢いのまま、彼の履く一本歯の下駄を、私に向かって踏み落す。
されること自体は、それほど大げさなものではない、ただの空から為された踏みつけだ。
しかし、それは常識外の速度と力によって放たれて、未だ身体のバランスを崩している私に、避けることを許さない。
だから私は、ただ、手を前に出すことだけしか出来なかった。
※ ※
受けた衝撃に、数瞬、意識が飛んだ。
いや、それは正しくないだろう。
受けるであろう衝撃は理解していた、ゆえに、私は受けた衝撃で意識が飛ばされたわけではない。
彼の力が私の力を超えたのではなく、彼の能力、そしてその武が、私の力を超えていたのだ。
「甘い、甘いぞ、鬼よ」
私を足蹴にした状態で、天厳は言う。
途切れた意識はそれでも僅かなもので、気付いた瞬間、私は力の限り、仰向けに倒れた私の腹を踏み付けている彼の足へと腕を振るう。
しかし、それはまるで赤子の駄々のように見当違いの方へとズレ、拳が地を砕いただけだった。
「儂の生において、鬼との争いはこれが初めてではない。ゆえに、貴様らのような力の化身に真っ向から挑むことなど愚かなことは考えん」
振るう腕は全て逸れ、掠ることなく、無意味な破壊を倒れた私の周囲に振りまいている。
「貴様が避け得ぬ儂の攻撃を、その力でもって掴み、捩じ伏せようとしていたことを、理解出来ぬはずもなかろう」
子供の様にもがく。
それでも、腹の上に置かれた足に何一つ抵抗することが出来ない。
というより、そこに私の力が届かない。
「無駄だ」
そして、不可能だと断言して、私の細やかな抵抗が切って捨てられる。
「そのような力だけで、この儂相手に、どうにかなると思っているのか」
私をまるでそこらの雑魚のように見下ろしたまま、天厳はその手に持っている団扇に可視化される程強力な力が込められた、風の刃を生成する。
その刃の周りは無風状態でありながら、少し歪んで見えている。
あれに切られれば、いくら鬼の肉体が頑丈であるとはいえど、容易く切断されてしまうだろう。
今、この状況は、ある意味、絶体絶命とも言える。
「お前の負けだ、鬼よ」
だが、しかし、そう、しかし、だ。
「くく、あは、はははっ!」
どうしようもない、笑みが零れる。
私を見下ろしたまま、訝しげな表情を浮かべる彼。
しかし、それでも、笑いが抑えきれない。
ここまで一方的に嬲られ、本気の一撃をいなされ、その足に踏み付けられながら、何も出来ない。
なんたる屈辱、なんたる無様。
これまで阿呆のように無双に耽り、ただ結果の決まりきったその過程を楽しんでいた。
それが今、こうして立場が逆転している。
敗北、という結果が目の前にチラつかされ、見下され、あろうことか、足の下でもがくことしか出来ないこの状況。
まるで私が弱者のようだ。
「何がおかしい?」
さっさとその刃を振り下ろせばいいのに、そんなことを聞いてくる程に、相手には余裕がある。
そう、この私を相手に、そんな余裕があるのだ。
その言葉に、私は笑みを浮かべて答えてやった。
「ふふ、だって、久しぶりなんだもん。私が劣勢だなんて、ほんと、久しぶり……流石は天狗だよね」
意味がわからない、といった顔をして、しかし、意味を知ることも無意味であろうと、彼は、その手に持った一撃を振り下ろす。
それだけで、あっさりと、私の首は飛ぶ。
胴体と泣き別れしたことを感じながら、私は思う。
彼はここまでしてくれたのだ。
その武、力を魅せてくれた。
なら、今度は、こっちの番だろう。
けれど、相手を舐めていたことは謝らない。
だって私は、鬼なのだから。
「つくづく、理解し難いな、鬼と言うものは」
散っていく、自らの下にある存在を前に、天厳はそう吐き捨てた。
「そう? あなたが思っているよりも、ずっと私は単純だよ」
その声は、彼の後ろから。
今の今まで踏み付けられていた私は既に散り果て、そしてまた、萃まり直している。
「ふん。敢えて敵に圧され、自らの不利をわざわざ楽しむなど、儂の理解を超えているさ」
その声に、驚愕は無い。
そしてそのことに、私も驚かない。
お互いわかっている。
こんなのただのお巫山戯だ。
互いに本気であっても、全力など欠片も出していはしない。
「でも、やっぱり歳の功ってやつかな……。何もしないと勝てないね、私」
少し残念に思いながらそう言うと、天厳は馬鹿にしたように言った。
「地力だけで他を圧倒することが可能な
けれど、それは仕方ないじゃない。
「だって私は鬼だから、ね」
そう言って、振り返った彼と、今度は互いに地上で正面から対峙する。
さっきまでのはただの御遊び、そして、これからもまた、ただの御遊びだ。
両手を広げて、私は言う。
遊ぼうよ、と、我ながら幼子のようで、笑ってしまいそうだけど、けれど、私はそれでいい。
「さぁさぁさぁ、第二幕、今度は私がやるからね! さっきの屈辱、分けてあげる!」
私がそう言った瞬間、天厳はその場からの離脱を開始する。
やはり、速い。
単純な速度では勝てない。
風の如く、でもまだ足りぬ、一つの壁を超えているその速度。
しかし、そんな速さは、私に必要ないのだ。
そもそも、速度はどうして必要なのか。
敵の攻撃を回避するため?
自分の攻撃を当てるため?
そんなこと、馬鹿馬鹿しいほどくだらないと、敢えて私は一蹴してやろう。
敵の攻撃が当たったからなんなのだ。
倒れなければいいだけだ。
そして、自分の攻撃を当てることに速さなどいらない。
「じゃじゃーん!!」
圧倒的速度でもって回避していた天厳の前に、私は萃まる。
無論、ただ、萃まるだけかと言えば、そんなことはない。
「なっ!?」
距離を取るため、空へと出た天厳が見たものは、彼の治める山ほどに大きくなった私だった。
攻撃することに、速度はいらない。
だって、それなら絶対当たる攻撃をすればいいだけなのだから。
その他の諸々全てを壊して、私は彼の速度を持ってしても、一瞬での逃げ場が無いほどに大きくなった拳を振るった。
※ ※
それは、闘いというにはあまりにも遊戯的で、遊戯と呼ぶにはあまりに荒々しいものであった。
山の麓であった周囲はその様相を大きく変え、今やくず折れた木々すらも微塵に砕け、荒地のような有様となっている。
天厳の部下たる天狗たちはその様子を遠巻きから眺めるだけであったが、彼らは自らの長の勝利を全く疑っている様子はなかった。
当の天厳本人は、少し息を荒くしながら、しかし、それほど疲れた様子は窺えない。
かれこれ数時間は本気で、今度は互いに、ほとんど全力で
まったく、本当に、最高の遊び相手だと、心からそう思う。
「この状況で考え事とは、余裕だな、鬼よ」
そんな中で、能力によって萃まった巨大な私の様子を即座に嗅ぎ取った彼の観察力には、舌を巻かざるを得ないものがある。
そうやって相手のことを読み取ることは、敵わないと、そう思うのだから。
「うーん、考え事、というか……なんだろう。鬼の私が言うのも変だけど、ふと我に返っちゃった、みたいな?」
そう言うと、天厳は私の背後の気流を操りながら、呆れたように言葉を返してくる。
「はっ、なんだそれは、闘いの熱、酒の酔いでも醒めたのか?」
酔いはまだまだ醒めちゃいないし、熱だって引いてはいないけれど。
ぐるぐるぐるぐる、渦を巻いていく風、無数の気流が円を描いてぶつかって、強さを増していく。
「おー、小型台風……いや、強さ的には竜巻かな? でも、なんだろうね。なんというか、夢中で遊んでいる最中に、急に、いつまでこんな楽しい時間が続いてくれるんだろう、なんてことが、頭を過ぎっちゃうのさ」
いつまでもこんな時間が続いてくれればいい。
けれど、そんなことはなくて、なんとなく、それが悲しい
「鬼が、そんなことを考えているとはな……」
「なにさ~、それ~」
馬鹿にした風な彼の言葉に、そろそろ風の強さが、折れた木々を巻き上げる、というものから、地を裂いて砕き上げるものへと成長を遂げた竜巻を、腕を突っ込んでかき回してやることで、無理矢理中和させる。
簡単そうにやってはいるが、実はかなり痛くて無理をしたことは秘密だ。
突っ込んだ手はぼろぼろになっている。
「……ふん」
彼はその様子を、どうするでもなく、ただ黙ってこちらを見ていた。
そして、暗い夜空に瞬く無数の星にちらりと目を向け、言う。
「確かに、貴様とのつまらん小競り合いにも、飽いた。更に屈辱的なことだが、儂と貴様ではどうやら決着と言うものが着かんらしいということもな……」
確かに、その通りではあった。
私と彼、天厳との戦いは、彼の言った様に、既に小競り合いと成り果てている。
決着が着くことはお互いに無理だろうと、それこそ、全力を振り切り、本気で、己の命を顧みずに永遠と戦い続ければ着くのかもしれない。
その後に、どちらにせよ互いに死に絶えるだろうけれど。
ゆえに、もはや彼からすれば、一時的であれ有利な場を作り出し、そこで勝ち逃げのように括ってしまおうというような状況なのだろう。
「私としては、もう少し続けてもいいんだけどさ?」
不満そうに言った私の言葉を、天厳はその長い鼻で飛ばした。
「はっ! それは貴様がそれ以外に何もないから言えることで有ろうよ。儂は言った様に、この土地を治める存在なのだ。やらねばならぬことは多くある。いや、今も多く出来ている、と言ってもいい」
天厳は周囲を見渡して、巨大化した私が暴れたために崩れそうなほどにぼろぼろとなった山を見て言う。
そこを突かれると、ちょっと痛い。
「言ってくれるね……。まるで私にやることがないみたいじゃない」
「その通りだろう。 それに、
それまで、天厳の私の方を睨みつけていた視線が揺らぐ。
そして、悠々と空から地に降りていく。
あまりのことに、少し虚を付かれる。
「ちょ、ちょっと!」
なに、勝手に終わらせようとしているのだ。
まだまだ
それこそ、私の身体には熱が灯っているし、彼だってそれは同じはずだ。
ちょっと疲れたからって、このまま持て余した状態でいるのは嫌だった。
すぐさま、私も彼と元の大きさに戻り、向かい合って地に降りる。
そうして、続きをやろうとしたところで、彼は私を見て、言った。
「もう、遊びは終わりにしよう。後の余興としても、充分すぎる」
その言葉に、思わず止まる。
まぁ、確かに、充分楽しかったけれど……。
未だ少しやる気のある私から、自らの部下たちの方へと目を向けて、彼は言う。
「この鬼を、客として認めよう。宴だ。この騒ぎでも無事なら、酒を持って来い」
上からの命令を受け、天狗たちはすぐさま理解を示して、飛び去っていく。
しばらくその様子を眺めて、私は自身からも既に気が抜けてしまったことを自覚する。
だから、少し不貞腐れたような風に、言ってやった。
「うー、あんたらの酒蔵の中の酒、全部呑み尽してやる……」
恨めし気にする私を見て、彼は呆れたように言った。
「それで貴様の気が済むのなら、 俺はそのほうがいい」
疲れた様子を見せながら、不遜な態度を崩さずそう言う彼に、少し違和感を見て捉え、けれど、天狗たちが持ってきた酒を見て意識がそちらに移ってしまう。
まだ遊び足りない気はするけれど、天狗の酒の味が気になるから、今回はこのあたりでやめておこう。
そう自分を納得させて、私は口から垂れてきた涎を腕で拭った。
攻撃が避けられる?
なら、避けられても当たる範囲で攻撃すればいいじゃない(物理)