伊吹すいかの酒酔い事情   作:夜未

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鬼と天狗 ~童子~

 これまでのことを全て思い返して酒を飲む。

 

 亀裂の入った杯で、漏れた酒を気にすることなく飲んでいる天厳を見て、決めた。

 

 遊びは終わり、余興は充分。

 

 などと、随分と勝手な台詞を言ってくれたものだと思う。

 

 私があれで完全に納得したとでも思っているのなら、彼の見込みは大外れだ。

 

 こうして考えてみれば、いつか話した、あの土蜘蛛の私に対する指摘は、案外的を射ていたものだったのかもしれない。

 

 そんなことを思い出しながら、そして、私は、苛々とした気をもはや隠せてすらいない天厳に、全く気にせず声をかけた。

 

「ねぇ、天厳」

 

「なんだっ!!」

 

 名前を呼ぶと、打てば響く太鼓のように即座の反応で、彼は怒鳴った。

 

 苛々と、そして、苦しそうに。

 

 それを見て、私は笑いながら言ってやる。

 

 言って欲しかったのだろう、言って欲しくなかったのだろう、その言葉を。

 

 これまで散々惚気話を聞かされたんだから、もう、我慢なんて、してやるもんか。

 

「あんた、あの人の女に惚れてんだね」

 

 そう言った瞬間、ドッという音と共に、私はその場から吹き飛んだ。

 

 ごろごろと転がりながら、背中で木々を巻き込んで飛んでいき、やがてその勢いが失われていく中で、私は敢えてその流れに抵抗せずにいた。

 

 回転によって少しだけ起こっていた平衡感覚の狂いは、鬼の強靭さによってすぐに戻っていく。

 

 寝転がったままで吹き飛んだ方向を見て見れば、団扇を手に持ち、その場から立ち上がった天厳が風を巻き起こしたのだろうということが、鬼の視力で理解できた。

 

 いや、これは風などと生温いものではないのかもしれない。

 

 だって、私の身体に数ヵ所ほど裂傷が出来ているのだから。

 

 しかしそれでも、傷の痛みを感じながら、それでも、私は愉快で愉快で仕方がなかった。

 

「うふふ……」

 

 口から漏れた私の小さな笑いを覆い隠すようにして

 

「そんなことが、あるものか!!!」

 

 天厳は叫ぶ。

 

 私を睨みつけて、ただただ、叫んだ。

 

 妖気を体中に漲らせて、いつかの小競り合いとは天と地ほども違う彼の必死な様子が、やっぱり、ただ可笑しく見えている。

 

 倒れた身体をゆっくり起こしながら立ち上がり、天狗の癖に鬼気を感じさせる状態の天厳にまた言ってやる。

 

「本当は、今すぐにでも女のいる場所に行きたいんでしょう?」

 

 その嘲るような声を発した瞬間、また、今度はゴッと音を立てて、私は吹き飛んだ。

 

 今度は実際に目に見えないものではなく、しっかりとその原因が見えていた。

 

 どうやら私は彼に顔を蹴られたようだ。

 

 激痛、というほどでもないが、じくじくと痛む頬に手を当てて、私はますます愉しくなってきたと気分を高揚させていく。

 

 いいね、こういう容赦のなさは、嫌いじゃない。

 

 むしろ好きな部類である。

 

 そして、一つ知れたことがある。

 

 どうやら天狗の恋路に首を突っ込むと、天狗に蹴られてしまうらしい。

 

「っつ~~。容赦ないなぁ。でも、あは! 楽しい、愉快だね」

 

 そう言って、声に出して笑う。

 

 人なら即死の一撃を受けながら、それでもなお、笑ってやるのだ。

 

 私は鬼だ。

 

 ゆえに、嘘など言ってやらない。

 

 相手を思いやるなんて、鬼のやるべきことじゃないのだから。

 

 ただただ、私は鬼らしく在ればいい。

 

 これまでも、これからも、そうやって生きていくのだ。

 

 顔をあげてみれば、天厳は、いよいよ本気だった。

 

 初めに会った時のような、自分の部下の手前で演じる余裕のある様ではない、正真正銘、本気の状態……のように見えている。

 

「訂正しろ、鬼よ。儂はそのようなこと、思っておらぬ」

 

 それでも、冷静な自分を装って、平坦な口調で言葉を話すのだから、まったく、やっぱり馬鹿みたいだ。

 

「本当は言って欲しかったくせに~」

 

 図星を突かれて怒ってるの?

 

 そんな風な意味を込めた言葉は、彼を更に昂ぶらせるだろう。

 

 と、そういう風に思った通り、言葉を発した瞬間にまた、私は彼の超常の速度で迫った蹴りによって吹き飛ばされそうになる。

 

 けれど、

 

 音が聞こえて視認する、そして、それが当たるであろうその前に、私は手を前に向けて、力を込め、その場に留まった。

 

 芸も無く、ただ真っ直ぐに突き出された蹴りを手で受け止めて、にっこりと笑ってやる。

 

 同じ技が鬼に二度も通用すると思わないでもらいたい。

 

 むしろ、馬鹿正直に二度も吹き飛んでやったことに感謝して欲しいほどだ。

 

 まぁ、でも、楽しいから、それもいいのだけれど。

 

 私が手で脚を摑んでいるために、先程までよりも近くなった彼の顔に、更にずいっと顔を近づけて、物理的に目と鼻の先となった距離で言ってやる。

 

「あんたも、本当はわかってるんでしょう? 儂なんて言って、天狗の長の立場で誤魔化して、『俺』と『儂』を別けて捉えて、ばっかみたい。そんなのだから、自分のことですらわけがわかんなくなってるの」

 

 本当に、なんて馬鹿な奴なんだろうと、何度も思う。

 

 だからそれを隠さずに、声に出して言ってやった。

 

 私に片方の足を持たれて動けない愚か者に、真っ直ぐと、にやにやと笑いながら、言うのだ。

 

「ばーか」

 

「ッ――!!」

 

 彼はもう、冷静さを取り繕うことすら出来ずに、はっきりとその顔が怒りに染まってしまっている。

 

 瞬間、私の持っていた彼の足が急に跳ね上がり、私の手を離れた。

 

 おそらく、その『流れ』というものを操るという能力でも使ったのだろう。

 

 そしてそのまま、丁度上下が逆さまになった状態の彼から、腕が横薙ぎに私へと向かって振るわれる。

 

 形だけを見れば、それは裏拳、というやつが近いのだろう。

 

 彼のその拳は、鈍い音を立てて、私の腹へとめり込んだ。

 

 鬼ほどではないが、天狗の怪力で振るわれたその拳は、馬鹿げた威力で私に響いてくる。

 

 腹部の激痛とともに、血が、口に昇ってくる。

 

 けれど、私はそれを無理矢理に飲み込んで、笑う。

 

 一発いいのを当てて、即座に私の反撃を警戒したのだろう、天厳は少しばかりの距離をとっていた。

 

 そして、距離をあけても、その私の笑いが見えたのだろう。

 

 彼は私に、思わず口から漏れたようにして、問いかけてきた。

 

 それはどこか、遠くを見ているような目でもって。

 

 私を通して、私以外を見ているように。

 

 ただ、素朴に問いかけてくる。

 

「なぜ、笑う?」

 

 私が、鬼である私が、なぜ笑うのか。

 

 あの、笑顔以外を捨てられた女のことを想っているのだろうか。

 

 そんなに思い詰めるほどに想っているくせに、彼はわからないのだろう、女を想っている自分のことすらもがわかっていない。

 

 それは、どこか、最初の私の姿と似ていて、ちょっとだけ苛々とさせられる。

 

 それでも、彼の問いに、私はやはり、笑って答えた。

 

「なんで笑うのかって? そんなの決まってるよ。 私が(・・)愉しいからさ!」

 

 なぜ笑うのか、なんて問いには、はっきりとこう言おう。

 

 私が愉しいからこそ、笑うのだと。

 

 そも、他の奴のために笑うなんて阿呆にも程があるだろうに。

 

 私の感情、私の想い、それらは全て私のモノであって、他の誰のものでもないのだ。

 

 鬼である私は絶対に、誰かのためになんて笑ってなんてやるもんか。

 

 そして、そんな()だからこそ、(天狗)へと

 

「逆に聞くけど、あんたはどうして笑うのよ?」

 

 そう聞いた。

 

 あんたは違うの?

 

 違うとしたら、それはどうして?

 

 そこまで考えたのなら、そんなの、はっきりしてるでしょう?

 

 天厳は、ただただ、呆然とした表情で、阿呆のように口を開けて突っ立っていた。

 

 問いの答えを探すふりでもしてるんだろうか。

 

 見つけようともしてこなかったくせに。

 

 まぁ、何はともあれ、その姿は、少々、いや、かなり、隙だらけだった。

 

 なので、殴られっぱなしは私の性に合わないから、というか、やられっぱなしで我慢なんてしたくもないから、思い切り、全力で彼へと向かって踏み込む。

 

「儂は……いや、俺は……」

 

 そうして、何かを小さく呟いていた阿呆の顔に目掛けて、私は全力を込めて拳を振り抜いた。

 

「鬼の顔パン。相手は吹き飛ぶ。なんてね」

 

 天厳は、それまで私が二度吹き飛んで変わった距離を一気に戻すかのように、吹き飛んでいった。

 

 うん、やっぱり、やられたらやり返すというのは、気持ちがいいものである。

 

「自分が何なのかがわからないなんて……本当、馬鹿みたい。そうでしょう、爺様……」

 

 口の中に飲み込みきれずに残っていた血を吐き捨てて、私は天厳の後を追う。

 

 まだまだ、私のやりたいことはこれからで、始まってすらいないんだから。

 

 

  ※  ※

 

 

 吹き飛んでいった天厳にさっさと追い付くと、彼は仰向けに倒れたままで空を見ていた。

 

 一応、今の(・・)本気の一撃ではあったのだけど、ほとんど傷を負っていないようなのが少しショックではあった。

 

 さすがは天狗の長、というべきなのだろうか。

 

 ちょっと悔しいかもしれない。

 

 そうやって私がちょっとしたショックを受けていると、

 

「なぁ、鬼よ……」

 

 天厳は、寝転んだままで私に話しかけてきた。

 

()は、なんなのだろうな。()は、なんなのだろう……?」

 

 その馬鹿な、本当に、馬鹿で愚かな質問に、私はもやもやとしながらも答えていた。

 

 それはきっと、当たり前すぎて、だからこそ思ってしまうものだ。

 

 一番初めはきっと、それをわかっていた筈だったのに。

 

「天狗でしょ? それも、天狗の長とかいう、つよーいつよーい天狗。違うの?」

 

 あっさりとした私の言葉を聞いて、天厳は目をゆっくりと瞑る。

 

 そして、ぽつりぽつりと、言葉を吐き出していった。

 

「あぁ……()は、天狗の長、天厳だ。天が如き、天狗の中の(いつ)した存在。それが、儂なのだろうな……」

 

 瞑っていた目を開けて、天厳は空に向けて、その手を伸ばした。

 

 掲げた腕の先で、その私に比べて大きな掌が握りしめられていく。

 

 そして、握り切った後に、その手をまた下に降ろしていった。

 

 それから、堰を切ったかのように、言葉が続く。

 

「だが、では、()は、なんだ……? 天狗の長ではない、ただの一匹の天狗である、俺は、なんなのだ? 天厳という名こそ同じだろう。だが、()は……。あの女の前では、天狗の長でもなんでもない。ただの、天狗である、流されるだけの()は、なんなのだ……」

 

 それは、一つの慟哭だった。

 

 ずっと秘めていた疑問の答えを探そうとする、助けを求めるものだったのかもしれない。

 

 おそらく、天厳は自分の中に、勝手に二つの区別をつけて、それから勝手に板挟みになっているのだろう。

 

 それはいつか、致命的な間違いを犯すだろうものであった。

 

 かつての……私がそうだったように……。

 

 それは、とても簡単なことなのに、酷く、分かり難く、そして、それを理解するまで苦しいものだ。

 

 けれど、今、私はその答えを持っている。

 

 持っているから、今の私はこうして在る。

 

 多分だが、彼はそれを知るために、私がこの場にいることを許したのではないだろうか。

 

 そして、彼に私の答えを教えるのは簡単なことだった。

 

 いつかの、私の得た答えが、そっくりそのまま、彼への答えなのだから。

 

 けれど。

 

 そう、けれど、だ。

 

 そんな存在は……そんな善良な存在は、私ではない。

 

 相手に優しく答えを教えるなんて、この私がしてやるはずが無いのだ。

 

 だって私は鬼だから。

 

 彼の望みはどうでもいい。

 

 彼の願いはどうでもいい。

 

 彼の想いですら、どうでもいいと切り捨てる。

 

 私が今、ここにいる理由、それはただ一つのことがしたいから。

 

 初めて彼に会った時から思っていた、その続きをするために。

 

「ねぇ、知ってる?」

 

 彼の悲鳴のような問いかけをぶった切り、おどけた様に、言ってやる。

 

 そも、鬼とは、いったいなんなのか。

 

 鬼は人に退治される存在だ。

 

 では、鬼は、退治される鬼は、人に何をするのか。

 

 鬼は人を殺し、喰らい、壊し、畏怖させる。

 

 そして

 

 

      「鬼は」           「人を攫うんだ」

 

 

 彼を真ん中に挟み、今いる()とは逆の方向から、()が歩いてくる。

 

 その二匹目の私を見て、いや、正確には、二匹目の私の背に負われている青白い顔の人間を見て、天厳は目を見開いた。

 

「天狗様……」

 

 掠れたような、布の擦れる程度の、そんな声で、彼を呼ぶ、人の女。

 

 天厳の想い人たるその女は、私の背に背負われながら、未だ地面へと仰向けのままで転がる天厳の方を見て、笑った。

 

 それは以前に見たものとは少しだけ違う。

 

 透明なものでありながら、けれど、あらゆる密度というものを解する私にはわかる。

 

 少しの嬉しさを含んだ笑みだった。

 

 その笑みに、天厳はただただ、見惚れている。

 

 もちろん、私は別に女と天厳を会せてやるような善良な存在なんかじゃない。

 

 これで準備は整った。

 

 だから、さぁ、始めようか。

 

 だいたい私は、引き分けなんて結果が、あんまり好きじゃないんだよね。

 

 まぁ、お酒で酔って有耶無耶になるのも悪くはないんだけど、やっぱり今回は不完全燃焼気味だったのだ。

 

「ねぇ、天厳。私はあんたの『儂』だとか『俺』だとかいう一人称なんてどうでもいいよ」

 

 紛うことなき、本音である。

 

 そんなくだらないことは、勝手に悩んでればいいさ。

 

「でもね」

 

 二匹目の私が、言葉を引き継ぐ。

 

 背負った女はそのままに、その細く白い首を、撫でる。

 

 私の爪が肌に引っ掛かり、血が薄く滲んだことが、感触でわかった。

 

 女はやはり声すらあげないけれど、これで彼は私が何をやりたいのかを充分にわかってくれただろう。

 

 私は鬼だ。

 

 鬼は私だ。

 

 だから、私は私なのだ。

 

 酒を吞んだら喧嘩する、それは如何にも鬼らしく、私らしい。

 

 けれど、相手はうじうじと悩んで、どうやら本気で戦えないようだ。

 

 それはちょっと不本意だ。

 

 だから、相手に本気を出さしてあげようとするのは……

 

「鬼らしい、よね……」

 

 そうして、やっと立ち上がった天厳を見て、私は笑う。

 

 初めて、勝てないかもしれない、なんてことを思ってしまった事実が可笑しくて。

 

 けれど、勝ち負けなんて、やっぱり私にはどうでもいいんだ。

 

 それは初めの頃から思っていた。

 

 途中で終わっちゃったけれど、でも、本当はまだまだ足りなかったんだよ。

 

 だいたい、私が始めたんだから、終わらせるのも私にさせてよね。

 

 私はあんたともっとたくさんたくさん……

 

「さぁ、遊ぼうよ。楽しく! 愉快に! 盛大に! 遊びは充分? あっはは! 冗談ッ! 私はまだまだ遊び足りないね!」

 

 遊びたいな。

 

 大人の事情で勝手に遊びを終わらせて、童子()が満足するもんか。

 

 天狗(大人)の悩みなんて知らないさ。

 

 だって、私は童子()なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 





童子、童子よ

人は時として、童子を鬼畜と同義に語る
それは我欲の強さがゆえにだろうか
老いて我欲に塗れれば、それをやはり、人は童子と語る
それは我欲を抑えることが出来ぬゆえにだろうか

人の我欲は鬼なのか
ならば我とは鬼なのか
我欲が無ければ人なのか

それは、とても簡単な話なのに、人は惑う。
鬼は、ただただ鬼なのだ
それだけのことでいい

結局のところ、彼女は童子で、鬼だった
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