伊吹すいかの酒酔い事情   作:夜未

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注意:名前付きのオリキャラが出てきます。苦手な人は申し訳ありません。
   ついでに、以前から言われてましたが、空行が多くてすみません(今更
追記:誤記のご指摘ありがとうございます。


鬼と人の子

 ねぇ、と呼ぶ声が聞こえる。

 

 煩わしく、鬱陶しい、しかし、どこか懐かしい響きを持って、聞えてくるその声。

 

 おぼろげな、昔の記憶、以前の、薄れた人の頃の記憶にあった、上司に誘われた飲み屋で酔っ払った私が、逆に上司を連れまわして飲み屋の往復を明け方まで続けて、やっと帰ってきた時の話だ。

 

 弟が唐突に、自分の娘を連れて私の元へ訪ねて来た。

 

 赤ん坊のころ以外は記憶になかった幼い姪に、寝不足と酒で痛む頭を関係なしに声を掛けられた時の煩わしく、しかし、どうにも憎めないような、そんな声に似ている。

 

 半覚醒したような状態で、未だ過去の記憶を一切の感慨無く見ていると、今度は呼び声と共に、体を揺さぶられる。

 

 遠い昔のように、まだ起きぬ私を、優しく、幼い小さな手で揺すられたような、体が少し傾くようなものではなく、左右に60度ほどの角度を付けるほどの勢いであった。

 

 流石に、これには一気に覚醒へと導かれる。

 

 ぱちっと目を開けて、しかし、私は鬼ゆえに、と、焦ることも動じることもせず、ゆっくりと、声と手の主を探る。

 

 当然ながら、もう顔すら曖昧にしか覚えていない姪と、その後ろで悪戯を成功させたような弟の姿などなく、以前の、人としての基準で言う、小学校高学年ほどの見知らぬ人間の少年が、そこにいた。

 

「……誰さ、あんた?」

 

 私がそう問うと、少年は顔をしかめて、こう言った。

 

「あー、あんた、少し、ううん、結構、いや、かなり、お酒臭いね……」

 

 寝起きから、かなり失礼な少年であった。

 

 

   ※  ※  ※

 

 

「やぁ、おれは茂吉ってんだ」

 

 私がのそりと起き上がると、少年、茂吉は私に話しかけてきた。

 

 辺りを見渡すと、昨日、月を見ながら酒を呑んでいた洞窟のままである。

 

 私の傍では、瓢箪が横たわって置いてあり、中からは酒が少しずつ、ぽたぽたと流れ出ていた。

 

 それをひょいと拾い上げて、口で咥える。

 

 ぐびりと一口喉を鳴らし、酒を飲む。

 

 朝に飲む、気付けの一杯、と、無限に湧く瓢箪に対して言えるのだろうか。

 

 思考の隅でそんなどうでもいいことを考えて、寝起きでしっかり働かない頭を回す。

 

「わぁ、起きていきなり酒を飲むんだね、どおりでこんなにお酒臭いはずだよ」

 

 ぱたぱたと両手を振りながら、またも何か言ってくる少年に、私は少々辟易としながら言った。

 

「ほれで? あんはは、いっはいなひさ?」

 

 それで? あんたは、いったいなにさ?

 

 瓢箪を口にくわえながら言ったため、少し曖昧になってしまったが、もう一度言い直すのも煩わしく、少年の顔から、意味は伝わっているだろうと判断し、答えを待ちながら、酒を呑み、答えを待つ。

 

 それにしても、あぁ、やっぱり、この酒は美味い。

 

「何って、うーん、おれはただの人間だよ。それ以外に言いようが無いね。それとも、おれがそれ以外の何かに見えたりする?」

 

 目の前にいたのは、失礼なだけでなく、かなり小生意気な少年であった。

 

 私がちっとばかし睨みつけてやるも、少年は全く気にせず話しかけてくる。

 

 殺してやろうか?

 

 一瞬浮かんだそんな私の思考を遮って、少年は私に嬉々として話しかけてきた。

 

「ねぇねぇ、あんた、鬼なんだろ? 角を見ればわかるよ。あんた隠そうともしてないしね。本当は昨日の夜にここで酒を飲んでるところを見かけて、その時に話しかけようとしたんだけど、悩んでるみたいだったし、今日にしたんだ。

一応、起きるまで待とうかとも思ったんだけど、つい我慢しきれなくなってさ。幸せそうに眠ってる相手をただじっと待つだけってのも、癪だったし……」

 

 色々と、突っ込みどころのある発言だった。

 

 基本、無警戒な私がこの少年の接近に気付かなかったのはいいとして、どうやら、この少年は、私を鬼と知りつつ、このような態度であるらしい。

 

 未だ人とは闘い以外で面と向かって接したことの無い私は、このような初めての状況に少し戸惑う。

 

「……あんた、鬼相手に、こんなことして、正気? 喰われても文句言えないよ? 寝起きに朝飯代わりにばりばりといかれちまうかもしんないのにさ」

 

 私がにやりと意地悪く笑ってみせると、しかし気にした風もなく、不思議そうに質問されてしまった。

 

「あれ? 鬼って朝に何か食べるんだ。贅沢だね。おれのところは、飯なんて日に二回取れればいい方さ。そう考えると、鬼って得だよね。人を食べるんだもん。食べ物なんて、溢れるくらいにいっぱいあるしさ」

 

 どうやら、この少年の所には、まだ三食という文化が無かったらしい。

 

 確かに言われてしまえば、無数ともいえる人を喰らう鬼や妖怪の方が、食糧不足に困ることはないのだろう。

 

 しかし、喰らえるかどうかは、獲物を狩れる実力があればの話である。

 

 そう考えると、無理矢理妖怪全体を一つに括ってみれば、やはり人の食事情と大差ないかもしれない。

 

 我ながら流されている、無駄な思考だ。

 

 それにしても、この少年、私が、鬼が人を食べることも知っていて、それでもなお平然と話しかけてきているようだった。

 

 無知からくる恐れ知らずならばとっととそのまま殺してやろうと思ったが、ただの阿呆の子であったらしい。

 

 呆れが心を支配して、そんな気も少し萎えていってしまった。

 

「でもさ、でもさ、鬼と人って、食うか食われるかの関係だけじゃないよね。せっかく言葉が通じてお互いに意思を伝えられるんだ。おれを食べるのもいいけど、ちょっと語り合おうよ。おれ、鬼のことがもっと知りたいんだ」

 

 少年は、意図せずしてか、昨日私が悩んでいたことへ迫ってくる。

 

 思い悩んだそばからこれとは、些か都合が良すぎることではあるが、私はもしかすると運が良いのかもしれない。

 

 まぁ、しかし、それにしても少年は()に対して礼を欠き過ぎてるのではと思ったので、窘めた。

 

「とりあえず、あんたさ、もう少し私に礼を払いなよ」

 

 鬼と人は対等ではないのだから。

 

 そんなことを思って言った言葉であったが

 

「どうして人が鬼に礼を払わなくちゃいけないのさ?」

 

 純粋に疑問で返された。

 

 確かに、鬼と人が対等ではないとはいえ、だから人が鬼に礼を払う、というのも、なにか違う気がする。

 

 人が目上の人に礼を払うのは、同じ人と言う枠で上にいるからであって、鬼にそれは当て嵌らない。

 

 納得しかけたが、子供相手に言いくるめられるなど、情けなさすぎる。

 

 咄嗟に私は言い返した。

 

「人の基準で言えば、年上には礼を払うもんだろう? 私、年上。あんた年下。私は鬼だから年が上の奴だろうと関係なく礼なんて払わないけど、あんたは人なら、自分の人としての基準に従って礼を払いなよ」

 

 私はお前らのルールなど関係ないので守りはしないが、お前らは守れ、という、少し考えれば穴だらけの論であるが、所詮は子供、この程度の理屈で充分であろう。

 

 これでどうだと言うような顔で見てやると、少年は少し悪戯な笑みを浮かべてこう言った。

 

「だって鬼のあんたは、見た目が年上に見えないじゃないか。人の礼の基準で考えて欲しいのなら、せめて見た目をなんとかすることだね。だって、人ってなにより見た目を気にするんだから」

 

 鬱陶しい上にああ言えばこう言う、いや、かなり小賢しい少年であった。

 

 私はもう何も言い返すことをせず、鬼が人に小賢しさで負けるのはある意味当然なのだと自身をなんとか納得させて、諦めたように言う。

 

「せめて、あんた呼ばわりは何とかしてくれない?」

 

 本人にその気はないらしいが、対等であるかのように聞こえて苛々するのだ。

 

「なら、名前を教えてよ。それとも、『鬼』とでも呼べばいい?」

 

 別にそれでもいい。

 

 そうは思ったが、私は一瞬どうすればいいか迷い、結局答えた。

 

「私の名前は、萃香だよ。伊吹萃香。でも、名前を教えたからって、あんたが今言った、鬼って呼び方でも、人としてなら合ってるから、どっちで呼ぶかは好きにしなよ」

 

 そんな私の後半の言葉を聞いた風もなく、意味なく教えられた私の名前を少年は口元で繰り返していた。

 

 やっぱり殺そうか。

 

 その姿を見て、一度萎えた気持ちがもう一度再燃し始めたが、止める。

 

「…………。はぁ……面倒くさいなぁ、もう」

 

 口から溜息が零れた。

 

 私のそんな呟きも、気にした風もなく、茂吉は笑顔で私に言った。

 

「萃香、萃香ね。覚えた。うん、大丈夫さ。これでもおれ、何かを覚えてるのは得意なほうなんだ」

 

 いや、これでもも何も、あんたは普通にそういうのが得意そうだと思うよ。

 

 そんなことを思いつつ、こうして、私と人の少年、茂吉の簡単な自己紹介と出会いが終わった。

 

 

  ※  ※  ※

 

 

「あんた、昨日の夜、ここに来たって言ったよね?」

 

 互いに名乗り合うだけの自己紹介の後、私は酒で喉を潤しながら茂吉にそう確認を取った。

 

「あぁ、来たよ。あんまりに月が丸くて綺麗なもんで、山の上から見ればもっと綺麗に見えるんじゃないかと思ってさ。それで登ってたら、たまたま途中で萃香を見つけたんだ」

 

 なんでもないようにからから笑いながらそう語る少年、茂吉は、自分がどれほどとんでもないことをしていたのか、気にした風もない。

 

「茂吉っていったね、あんた、どうやって夜に、それも満月だった昨日の夜に外を出歩けたのさ? 言っちゃあなんだけど、満月の夜ってのは、どうにも人には生き延びるだけでも厳しいものだと思うんだけど……」

 

 満月の晩、活性化した妖怪たちが、一人で出歩く人間の子供を放っておくはずがない。

 

 まして、私の居る場所は小さいとはいえ山の頂上付近である。

 

 昼間でも山の木々の陰で動きまわる妖怪たちが常に獲物を狙っているかもしれぬのに、あの日の夜にここまで無事に来れるはずがないのだ。

 

 その私の問いに、茂吉はわからないと、首を傾げて言った。

 

「んー、いや、おれ全く妖怪には遭わなかったけど? きっと、おれの運が良かったんだね!」

 

 いや、そんなことは有り得ない。

 

 なんの力も持たぬ人間、ただでさえ通常の夜でさえ絶好の獲物になるだろう人の子が、満月の晩に妖怪に襲われぬことなど、あるはずがないのだ。

 

 しかし、現に茂吉の言葉から嘘は感じない。

 

 鬼は嘘を言わぬがゆえに、嘘には鈍感だ。

 

 ただでさえ自分が嘘を言わないのに、息を吐くかのように上手い嘘をつく人の言葉を見抜けるはずがない。

 

 しかし、それは一般的な鬼の話で、私の場合は少々違う。

 

 人であった記憶があり、知識があり、更には、少々特殊な能力すらも私にはある。

 

 よって、人の、茂吉の言葉がある程度嘘かどうかはわかるが、この少年は今のところ真実しか語っていなかった。

 

 ならば、

 

「そんなことも、有り得る、のかな……」

 

 有り得ないほどの可能性、天と地が逆さに成る程のものではないが、有り得ぬと思っていたことが現に目の前で起こっている。

 

 ならばそれから目を逸らして否定するのもどうかと思い、私が無理矢理に納得しようと思っていると、茂吉は何かを思い出したかのように言った。

 

「あ、でもでも、道のそこらが何かが暴れたような酷い惨状になってたね。地面に大穴が開いたり、木が真ん中からぶち折れてたり。もしかして、本当は何かすごい妖怪でもいたのかなぁ……」

 

 それを聞いた瞬間、すぐさまその原因に思い至り、私は溜息とともに言葉を吐き出した。

 

「あぁ、そう……」

 

 どうやら、それは普通に有り得そうな話であるようだった。

 

「まぁ、さすがに、自分が負けた場所にわざわざまた近寄りたくはないかもね……」

 

 茂吉のいう惨状とは、私が散々暴れていった跡であり、敵を倒していった跡である。

 

 自分が強い力を持っていると自負していた連中を敢えて見つけて叩きのめしながら山頂へと進んでいたため、弱い妖怪ならばしばらく怯えてその周辺には近寄らないだろうし、負けた強いやつらは一応生かしておいてやったのに、自分からどこか別の場所へと行ってしまった。

 

 意図せず、安全な登山道を作ってしまっていたようだ。

 

 おそらく私がこの場にいる限りの、臨時のものであろうけれど。

 

 結局、ここにこの少年がいるのはある意味私のせいでもあり、自業自得というものなのであろう。

 

「あっはっは、流石は私、流石は鬼ってところだね!」

 

 大きく笑い飛ばして自分自身に呆れていると、そんな私を不思議そうに見ていた茂吉が、突如はっとしたように空を見る。

 

 洞窟の出入り口から見える空はまだ日が高く昇っているが、そろそろ折り返しを迎えてくるだろう時刻であった。

 

 なにかあるのだろう、慌てた様子で茂吉はぱっと立ち上がる。

 

「うっわ、もうこんな時間だ! じゃあね、萃香! 俺、帰って仕事しなくちゃいけないんだ。でも、また明日もここへ来るよ! いなくなったりしないでね!」

 

 そんなことを一方的に告げると、茂吉はくるりと背を向けて、たったったっと、走り去っていってしまった。

 

 あのくらいの人間の子供にしては、なかなかに速い。

 

 走り去っていくその背を少しじっと見詰めていたが、やがて木に隠れて見えなくなった。

 

「いなくなったりしないでね、か。一応、神出鬼没って言葉があるんだけど……」

 

 でもとりあえず、しばらくはここに居てやることにしよう。

 

 そんなことを、おぼろげに決める。

 

 ここで何処かへ行ってしまっては、無条件で負けたことになりそうだからだ。

 

 しかし、成る程、私は鬼で、茂吉は人。

 

 こういう風に付き合えばいいのか、などと、気怠げながらそう思った。

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 次の日も、寝ていた私は茂吉に揺り起こされた。

 

 昨日は茂吉が帰った後、ぐだぐだと酒を呑んでただごろごろしているだけで一日を終わらせた。

 

 人で言うところの無職、それも最低の部類の生活だが、鬼である私ならば、むしろこれはごく一般的な生活である。

 

 それこそ爺様と一緒に住んでいた初めの頃は、記憶に残る、悲しい人の社畜としての性がなにかを訴えてかけてきて、暇潰しも兼ねて自身の能力についての活用法などを色々考えたりしていたのだが、長い放浪生活によって摩耗し、消えた。

 

 そもそも、鬼が研鑽を積んだり修行するなど、馬鹿げた話である。

 

 むしろ、今では日がな一日宴会を開いて騒ぎながら酒を呑んでいたいと思うほどだ。

 

 自由気ままに気の向くまま、自分勝手な毎日を送ろうとしてもできない存在は多いが、それが出来てしまうのが、鬼という存在なのである。

 

 と、そのようなことを、鬼としての生活に興味を持って私に聞いてきた茂吉に答えてやると、凄まじく呆れた顔をされた。

 

「随分とまぁ、いいご身分だよね。鬼の萃香にこんなこと言うのもなんだけど、おれら人としては羨ましいもんだよ」

 

 そんなことを言ってきたので、私も軽く鼻で笑いながら返してやる。

 

「人に劣る生活を、鬼たる私がしてるはずないだろう? 主観によっちゃ、変わるのかもしれないけど、自分でもまぁ、いい生活してるなぁ、とは思ったりするよ。だけど、あんたが言った様に、私は確かにいいご身分ってやつだからさ。なにせ……」

 

「鬼だから、ね。ほんと、羨ましいよ……」

 

 私の言葉に被せるように言って、心底からの羨望の眼差しをこちらに向けてくる。

 

 正直な話、私は、鬼を心の底から羨ましいというような人間に会ったことがなかった。

 

 なぜなら、人からすれば、鬼はただただ天敵として存在していて、退治してやろうとか会いたくないとか、そのような負の感情があっても、それに成りたい思えるようなものではなかなかないからである。

 

 ゆえに、茂吉のその感情に、私は少し戸惑い、なんと返したものかと一瞬迷ったものの、結局、何も言わずに酒を呑むことだけをした。

 

 そうして、お互いにしばしの沈黙が流れ、この小さな洞窟では、私の酒を呑む音しか聞こえない。

 

 はて、どうしたものか、と、私が迷っていると、それまでの流れなどなかったかのように、茂吉は唐突にこう言い放った。

 

「ね、遊ぼうよ。おれ、鬼とも遊んだことがないんだ。それに、鬼がどんな遊びをするのかも知りたいし」

 

「へっ?」

 

 あまりにも突拍子の無いその言葉に、私は不意を打たれ、間抜けのような声を出してしまった。

 

 しかし、茂吉はどうやらその私の声が笑いのツボにでも入ったらしく、目を真ん丸に見開いて、興奮したように笑いながら言う。

 

「すごい! あははっ、萃香のさっきの声、いつものと違ってて、すごく可愛かった! あっはははは! あんな声も出せるんだね! 萃香はすごい鬼だなぁ!」

 

「は? あ、いや、ちがっ……」

 

 私が否定の声をあげようとするも、茂吉はしきりに笑い転げて聞いていない。

 

 鬼が人からすごいと思われることは私の本意ではあるが、そのような思われ方はさすがに不本意である。

 

 しかし、拍子をつかれて間抜けな声を出してしまったことは私の不足であるのだ。

 

 私は溜息をついて、茂吉の笑いが治まるまで、いかんともしがたい微妙な気分で待つことにしたのだった。

 

 どうにも、調子が狂って仕方ない。

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 茂吉の笑いが治まった後、私たちは洞窟から外へと出た。

 

 山の中なので木に囲まれてはいるが、それも太陽光を遮るほどには密集していない。

 

 まだまだ日は高くなりかけている頃で、昨日の茂吉が言う、仕事をしなければならない時間にはまだ遠そうだった。

 

 そして、洞窟のすぐ前で、私は瓢箪片手に茂吉と向かい合う。

 

 背丈はまぁ、少し悔しいが、茂吉の方が高い。

 

 茂吉は男にしては長い黒髪を、安っぽい紐で後ろに一纏めにしている癖に、前髪は顔に垂れて片目が隠れかけている。

 

 そうして少しキリッとした顔立ちは、なかなかの美人というような造形をしていた。

 

 その顔で人懐っこくニコニコとこちらに笑いかけてくるのだ。

 

 住んでいる村でも、将来有望な男として見られているのではないだろうか。

 

 まぁ、それも、私からすればどうでもいいことである。

 

 とにかく、このどうにもおかしな少年の言葉に従って出てきたが、

 

「それで、遊ぶったって、私とあんたでなにを……」

 

「わぁ、萃香って、思ってたより小さいんだね! それに、洞窟じゃ薄暗くて顔色まではよくわからなかったけど、顔も酒に酔ったみたいにちょっと赤いんだ……もしかして、いつもその瓢箪のお酒で酔っ払ってるの?  あ、そういえばその瓢箪、ずっと飲んでるけど中身が無くなってないよね? 不思議だなぁ! やっぱり鬼の持ち物も不思議なものなんだね! でも、服はあんまり良さそうじゃないね。ただの布みたいだけど、それもなにか不思議なものなのかな?」

 

 私の言葉を遮って延々喋り出す茂吉に、私はどんどんとやる気がなくなっていく。

 

 おかしな人柄を持つこの茂吉という人と話すのは、異様に疲れるのだ。

 

 しかし、これも人間と接していく上で、人間に鬼をわからせる上で、一応は必要なことでもあると無理に自分に言い聞かせ、私は少々げんなりしながら、茂吉に問うた。

 

「だから、遊ぶって、何するのさ?」

 

 いまだ私に対して不思議に思ったことを話しかけてくるが、とにかく話を前に進めようと遮って言う。

 

 いつの間にか茂吉と遊ぶことに賛成しているようになっていると気付いたが、もうここまでくると反対することもどうでも良くなってきている。

 

「何するって、萃香は、鬼はいつも目的を作ってなにかして遊ぶの? それってなんだかつまらないよ。遊ぶっていうのは、遊ぶってことで、他に何か意味も目的も必要なんてないよ? 終わったら終わりっていうのは遊びじゃなくて、仕事か何かだよ。遊びは自発的に止めることで終わるような、終わってしまうようなものなんだからね」

 

 私はこの生意気な、恐れ知らずの少年に、少々厳しいお灸でも据えてやろうかと拳を握りしめたが、深呼吸をしてなんとか落ち着く。

 

 相手は人間の子供だ。

 

 鬼がいくら自分勝手の気紛れとはいえ、さすがにこんな理由で殺したりするのは、確実に鬼としての格を下げてしまう気がする……いや、大丈夫じゃないだろうか。

 

 だから、落ち着け、私、なに、ただの子供の戯言さ。

 

 こんなの、妖怪同士の挑発でもよくあるような……

 

「でも、そうだなぁ、何をしようか?」

 

「あんたはっ!!」

 

 その日はただそうやって意味もなく、場所を変えて喋り合っただけで時が過ぎ、茂吉は仕事があるからと言って、帰っていった。

 

 私は行き場無く溜まったストレスを吐き出すように酒を呑む。

 

 人間の子供と遊ぶのは、とても疲れるものなのだ。

 

 私はただそんなことを考えて、倦怠感を抱えながら、一人、夜の酒盛りで心を落ち着けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 長期間あけていたにも関わらず、読んでくれてありがとうございます。
 感想も、作者のうっかりでネタバレ防止のために返してはいませんが、ちゃんと読んでいます。
 誤字脱字、誤った表現や読みにくい文などの指摘がございましたら、修正していきますのでお願いします。
 
 今話は人が主なお話になります(今更

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