そこを管轄するとある鎮守府はかつてない危機に陥っていた。
「第2艦隊、修復と補給どれくらいだ!」
「あと半日ほど掛かります!」
「第1艦隊、再出撃致します!」
「ドック開けろ!第3艦隊戻ってくるぞ!」
「第4艦隊中破艦が半数超えました!」
この日、突如として深海凄艦の波状攻撃に晒されたこの鎮守府では艦娘のヘビーローテーションでなんとか壊滅を凌いでいた。
決して小さな鎮守府ではないが数で勝る相手に現状維持がやっと。ましてや岩礁を盾のように立ち回る深海凄艦に対して明らかにジリ貧。立地もあって近隣鎮守府からの支援も万全と言えず、虚しくも戦況は悪い方へと傾くばかりであった。
「提督、このまま攻撃が続けば約11時間後に1時間ほど艦隊のローテーションが切れます・・・」
「・・・っ!・・・潮時か・・・」
「許可さえ頂ければ私が出撃して時間を稼ぎます!」
「それはできない。大和、君の艤装は・・・」
この鎮守府所属の大和は、艦娘として前線立ってからすでに20年近くが経つベテラン。実力は十二分に高い。が裏を返せば20年前の規格で作られた旧式の大和となる。艦娘の進化、開発は目まぐるしく進む。その中で彼女の艤装は汎用品を除く殆どが廃盤。元々汎用品の少ない大和型艤装も相まって老朽化による性能低下が著しく後方での予備戦力兼秘書艦となっていた。
「たとえ旧式といえど大和型。1時間程度稼いでみせます。提督、許可を・・・」
戦況を考えれば情に流されず大和を出すのが提督の仕事だが、長年の相棒、ましてや伴侶の命を散らす指示など出せはしない。
だが1時間さえ稼げれば主力艦の修復が間に合うのである。
しかし現状の大和では1時間はおろか目標到達すら危ういほど性能が下がっていることは提督も大和も理解していた。
重く沈黙が流れ大和が礼をして作戦室を出ようというまさにその時。
「中将、第4兵装試験鎮守府からの返信です。」
大淀が作戦室へ駆け込んでくる。
「読んでくれ・・・」
「大和型ノ艤装、了承シマシタ・・・これは!」
「私の艤装?・・・まさか提督!」
「近隣鎮守府に腕のたつ技術屋がいたなぁと思ってな・・・ダメもとで頼んだんだ・・・」
数分後、鎮守府屋上に輸送ヘリと共に降り立つ影があった。
「接続良好・・・よし・・・いけます、大和さん。」
工廠内にて大和に新品の艤装が取り付けられていく。
「随分と形が変わっていますね・・・おまけに軽い・・・」
「申し訳ありません。うちで預かっていた試作品なのでだいぶ勝手が違うかと思います。」
「いえ・・・これで時間稼ぎになるなら!」
簡単な説明と調整を済ませて大和が着水する。
「改めて・・・約1時間。あなたの神経系が耐えれるギリギリの仕様です。貴重な試作品です。必ず持ち帰って下さい。」
「絶対に・・・帰ってこい・・・」
涙ぐむ提督を見つめながら大和が艤装の出力を上げる。
「・・・指輪を頼みます、中将・・・」
指輪を預けた大和は微笑み、久しい実戦へと戦艦大和として向かっていった。
20分ほど経ち敵との交戦が始まる。
改めて近海まで入られた事を痛感する。
敵艦載機からの至近弾には目もくれず敵主力へと突き進む大和。
「えっ・・・大和さん!どうして!」
「皆さんは撤退して補給を!ここは戦艦大和が稼ぎます。」
「でもあなたの艤装は・・・えっ!」
大和を見て2度驚く瑞鶴たちを下げ1人海原へ立つ。
決死の単艦突撃。それでも稼げるのは1時間。
(歴戦の戦艦・・・その最後がこれですか・・・)
虚しくもなる。だが顔を上げ敵を見据える。
頭痛に耐えながら主砲の照準を合わせ大きく深呼吸。
(せめて落とせるだけ落としますよ!お覚悟を!)
「戦艦大和、推して参ります!」
彼女の主砲が一斉に放たれる。
凄まじい爆音。だが大和はこんな甲高い音だったかと疑問に思った。
光輝く弾頭が大和の想定以上に真っ直ぐに、そして速く敵へ飛ぶ。
刹那、着弾せずそのまま貫通。狙った敵の後方の敵すら居抜き射線上にはまるで空間を切り取ったかのように大穴が開いていた。
「ん?」
思わず声が出る大和。
明らかに普通じゃない火力と弾速。
「ん?」
それは鎮守府でも起こっていた。
「特佐、大和につけた艤装は一体・・・?」
「大和型艦娘用電磁誘導式多段階加速砲・・・我々技術者はあれをレールキャノンと呼んでいます。ソレを扱えるだけの火器管制と機関を積んだのです。彼女の規格では1時間強で神経系の接続が不可能になってしまいますが1時間あれば充分かと。事前に説明したはずですが・・・」
目が点になる鎮守府一同。
「れーるきゃのん?この子って普通の主砲じゃなかったんですね・・・最近の艤装はハイテクですね・・・でもこれなら!」
疑問を抱きながらも大和は時間稼ぎから敵の殲滅へと目標を変え戦っていた。
そして修復の完了した艦隊が前線へ復帰。その頃には敵艦隊の2 /3程を大和が消し去るという状態。
制限時間を考慮して大和を下げても充分に前線を押し上げれる。
士気も上がった艦隊が前へ前へ突き進んでいた。
「すみません・・・身体が急に重たくって・・・」
鎮守府へ着くなり腰をついてしまった大和。
提督が駆け寄り抱きしめる。
「無事でよかった・・・ありがとう・・・ありがとう大和」
「提督・・・皆が見ています・・・」
大和の指に指輪をはめ、2人はあの男へと向き直る。
「あなたのお陰で助かりました。これで私はまた戦えます。」
「ちょっと待ってください!もう大和さんは戦えませんよ?」
「どういうことです?」
「もうあなたの神経系は艤装の使用に耐えれないんです。艤装を解除して生活する分には問題ないですが・・・この火器管制、滅茶苦茶に負担乗るんです。あなたはもう海に浮くことすらままならないですよ!」
驚く大和。若干ショックを受けつつ押し黙ってしまう。
「ならこれで秘書艦に専念できるな。改めてよろしく大和。指揮に戻るぞ。」
「前向きに考えよう」と提督に促されヨロヨロと立ち上がる大和。それを支える提督。
提督に肩を借りながら作戦室へと戻る2人。
「中将、後でラーメン、忘れないでくださいね。」
「少しは空気を読め・・・まぁありがとう・・・助かった。」
味方増援が来て勝利するまであと10分ほど・・・
「いいデータが取れた。中将には感謝しなければな!」
第4兵装試験鎮守府へ戻った提督はPCを見つめながらニヤニヤとしていた。
「うちに大和型がいればいいんだけどいないものねぇ・・・それにしても嫌なやり方したわね・・・」
提督の頬を指でグリグリしながら陸奥が絡む。
「結果として中将たち助けれたしイーブンてことにしとこうな。」
勝利の一報を聞いて喜ぶ間もなくレポートを纏める。
この鎮守府にとっては当たり前の時間が過ぎていった。