魔法少女リリカルなのは~ヘタレ転生者は仮面ライダー?~   作:G-3X

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第34話 サーキットメモリーズ【前編】

太陽が燦然と輝く晴天の中。

 

数千の……いや、或いは一万人以上が居るかもしれない多くの声援を浴びて、サーキットの中を何台ものバイクが颯爽と駆け抜けていく。

 

多くの歓声とエンジンの爆音が鳴り響くここ、海鳴ロードスタジアムでは今、日本一の覇者を決める熱い男達の戦いが遂に終焉を迎えようとしていた。

 

レースは既に終盤、先頭を行く二台のバイクが三位から下位を大きく引き離し、どちらも一歩として引きはしない鍔迫り合いが繰り広げる。

 

そして最後のカーブに差し掛かろうとしたその時……

 

……スタジアムに一つの不幸な悲劇が訪れる。

 

そしてこの悲劇は、観客席からその光景を目の当たりにした一人の幼い少年の心に、決して消える事の無い深い傷を残した……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~やっぱりバイクは男のロマンだよな!」

 

日曜日の昼下がり。

 

すっかり翠屋の常連客の仲間入りを果たした鳥羽さんが、カウンター席でバイクの特集された雑誌を片手に悦に入りながら、バイト中の俺とヤスに対して同意を求めてくる。

 

「そうですね。俺もバイクは好きですよ」

 

実質的にサークル活動だったとはいえ元暴走族なだけあってか、ヤスもバイクには中々に高い関心があるらしく、鳥羽さんの言葉に賛成の意思を示す。

 

かく言う俺もバイクには心惹かれる要素が多々あったりする。

 

伊達に前世で仮面ライダー好きだった訳ではない。

 

俺はヤスの言葉に賛同するべく、首を縦に振り同じ意見だという事を静かに主張した。

 

「男の子って本当にそういうのが大好きよね」

 

男三人が固まってバイク雑誌の記事に夢中になっていると、後ろから突如として声を掛けられる。

 

その声は俺にとって良く聞き慣れた人物のものであると同時に、このタイミングで話し掛けられた場合は大抵が厄介毎が巻き起こると、今までの経験から、俺の心の中の警戒装置が激しく点滅を繰り返す。

 

「……恵理さん」

 

俺は振り返ってその人物の名前を呼ぶ。

 

其処で雑誌に気を取られていたせいで、恵理さんの来店に気が付かなかった俺とヤスが慌てていらっしゃいませと接客を開始すると、恵理さんは気にしなくて良いとにこやかに手を振りながら、俺達が集まっているカウンター席の横に腰を下ろしてコーヒーを注文した。

 

既にお昼のピークを過ぎていた事もあり、店内には気心の知れた常連のお客さんしか居なくて気を緩めてしまっていたが、今は紛れも無く仕事中なのである。

 

この失態を迅速に挽回するべく、俺が急いで恵理さんから承った注文を伝えに行こうとするのだが……

 

「あ、純君には少し聞いてもらいたい話があるから残ってね」

 

恵理さんが俺を呼び止めた上で指名してきのだ。

 

「ヤス。代わりに頼めるか」

 

「はい。急いで行ってきます」

 

俺の頼みにヤスは二つ返事で了承して、注文のコーヒーを持ってくる為にこの場から離れていく。

 

その背中を見送りながら、恵理さんは続いて鳥羽さんの方に視線を向けると、予想外の言葉を発した。

 

「お久し振りね。鳥羽君」

 

俺はその発言に、鳩が寝起きバズーカを喰らった直後の様な、衝撃を受ける。

 

「恵理ちゃんも元気そうじゃないか。最後に会ったのは高校の卒業式以来じゃないか?」

 

脇で驚いている俺を他所に、鳥羽さんが笑顔で語り掛けた。

 

恵理さんと鳥羽さんのやり取り……

 

それはこの二人が旧知の間柄である事を示していた。

 

「え、恵理さんと鳥羽さんってお知り合いだったんですか!?」

 

昔話に花を咲かせる二人に対して未だ驚きを隠せないまま、俺が質問を投げ掛けると、恵理さんが逸早く反応を示す。

 

「まあね。鳥羽君とは同じ高校だったのよ。鳥羽君って色んな意味で目立つから、当時の同級生で彼を知らない人は誰も居なかった筈よ」

 

「恵理ちゃんだって人の事言えないだろ?」

 

恵理さんの説明に対して鳥羽さんが補足を入れるが、少なからず現在の両人の人格を知っている俺としては、二人の高校時代の教師の方々に同情の念を感じざるを得ない。

 

きっと……いや、絶対に苦労で涙を流していただろう。

 

下手をすれば、ストレス性の胃炎を発症させていたのでは無かろうか?

 

「へ、へえ……そうなんですか」

 

無難な対応をしながらも、俺が二人のスキャンダラスでバイオレンスな学生時代を想像していると、恵理さんが思い出した様に話を再開させる。

 

「あ!鳥羽君に久し振りに会ったから脱線しちゃったけど、別に昔話をしに来た訳じゃないのよ」

 

「そう言えば俺に話があるって言っていましたよね」

 

「ええ。ちょっと純君に取材の手伝いをお願いしたいのよ」

 

恵理さんは一瞬だけ鳥羽さんに一瞥すると、俺にそう切り出す。

 

そういえば恵理さんは最近取材が忙しかったらしく、先週から顔を会わせていなかったので、鳥羽さんについては何も話していなかったのだ。

 

だからこそ俺はこの場で恵理さんと鳥羽さんが高校時代の級友だった事を初めて知った訳だが、それと同時に俺が知っている現在の鳥羽さんを恵理さんに教えていないという事になる。

 

「お!何々恵理ちゃん!板橋は恵理ちゃんの助手でもしてるのか?」

 

俺と恵理さんの関係に興味が出たのか、鳥羽さんが俺の肩を軽く平手打ちしつつ、質問を投げ掛けた。

 

「まあね。毎回って訳じゃないんだけど、知り合ってからは偶に協力してもらう事があるのよ」

 

恵理さんの説明は何も鳥羽さんに対してだけの言い訳ではなく、俺が仮面ライダーだという事を知らない人達には大抵同じ事を言っている。

 

それは何時の頃からか、恵理さんがホルダーが関連しているかもしれない話を頻繁に振ってくる様になり、その光景を何度も見る事となったなのはちゃん達が不振に思ったらしく、質問された事から始まった架空の設定だ。

 

まあ、実質的にホルダーが関係していた時は俺とメカ犬が本格的に解決する為に動き出すのだから、あながち嘘を言っているという訳ではない。

 

ちなみに周囲の見解では、俺がマスメディアに興味を持っており、尊敬する恵理さんに無理を言って取材に付いて行っていると思われている様だ。

 

個人的には俺が恵理さんを尊敬していると思われている認識が激しく不本意ではあるが、ホルダーを追う上で好都合という事もあり、俺達は先程の鳥羽さんがしてきたものと同様の質問に対しては、この設定を使わせてもらっている。

 

恵理さんの説明に納得したのか、鳥羽さんは俺を見ながら何処か感慨深い表情を見せた。

 

……何を思って鳥羽さんがそんな表情をしているのか知らないが、いい加減に俺の肩を叩き続けるその手をどうにかして貰いたい。

 

本人は手加減しているつもりなのかもしれないが、このままでは冗談抜きに俺の肩が脱臼してしまうという未来が訪れそうだ。

 

俺の切実な願いが通じたのか、俺の肩を叩き続けていた鳥羽さんの手がぴたりと止む。

 

痛みから解放された事により、今までその痛みに耐えてきた俺の身体が歓喜するが、それは新たな衝撃へのレクイエムでしかなかった。

 

「板橋の将来はジャーナリストってか!夢がデカイのは良い事だぜ!!!」

 

「がほっ!?」

 

鳥羽さんは今まで以上の力で俺の背中を思い切り引っ叩いた。

 

その衝撃は先程までの比では無く一瞬息が出来なくなり、苦しさと共に自分のものとは思えない声が漏れるが、それでも俺はプロのウェイター魂で何とか愛想笑いだけは保ち続ける。

 

「……そ、それで取材のお手伝いって言っていましたけど、具体的にどんな取材をするんですか?」

 

この話題を更に引っ張り続けると、瞬間的な呼吸困難だけでは済まないと思い至った俺は、背中の痛みに耐えながらながら話を進める為に、恵理さんに質問を投げ掛けた。

 

鳥羽さんの存在にほんの一瞬だけ話す事を戸惑う素振りを見せた恵理さんだったが、それは本当に一瞬の事で直ぐに俺の質問に笑顔で答えを返す。

 

「実は最近妙な噂が、一部の関係者に出回っているらしいのよ」

 

恵理さんはそう言うと、カウンターに置かれた鳥羽さんが持参したバイクの特集雑誌を拾い上げて、おもむろにページを捲りだした。

 

俺と鳥羽さんがその様子を黙って見守っていると、やがて恵理さんのページを捲る手が止まり、開かれたページを俺達の視界に入る様に反転させる。

 

そのページはプロのバイクレーサーの紹介ページで、ライダースーツを着込んだ人達の写真とコメント文等が一面を飾っていた。

 

今回は地元を特集する企画になっているらしく、コメント文からこのページに載っている人達は皆、海鳴市出身のレーサーらしい。

 

「この記事がどうかしたんですか?」

 

恵理さんが俺達にこの記事を見せた真意を確かめる為に、俺は恵理さんに問い掛ける。

 

「まだ報道されていない情報なんだけどね。この記事に載っている人達の殆どがほぼ同時期にレーサーを引退するって声明を出したらしいの」

 

「「は!?」」

 

俺と鳥羽さんが、恵理さんの予想外な言葉に思わず声を上げる。

 

確かにこういった職種は生涯現役を貫く事が出来ないであろう事は、レーサーのレの字も知らない素人の俺でも分かる事だ。

 

大抵の人達が様々な理由で引退をするだろう。

 

だが写真を見る限りレーサーは若い人達が殆どで、全員が引退を強いられる年代とはとても思えない。

 

「全員が何か性質の悪いウィルスに集団感染したとかじゃないんですよね?」

 

「それはそれで凄い記事になりそうだけど違うわ。引退する人達は至って健康だと思うわよ。ついでに言えばバスで移動中に事故に遭って全員大怪我なんて話でも無いから」

 

恵理さんは俺が次に言おうとした内容を、先手を打って宣言してしまう。

 

年齢的な問題でも無ければ、病気、事故のいずれでも無い……

 

後はどういった理由があるというのだろうか?

 

「……恵理ちゃん。その取材、俺も付いていって良いかな?」

 

俺と恵理さんが会話を交わす今までの間、沈黙を保ち続けていた鳥羽さんが何時に無く真剣な声で恵理さんに声を掛けた。

 

「鳥羽さん?」

 

「やっぱり鳥羽君なら、この話を聞いたら黙ってない無いと思ったわ」

 

仮面ライダーとして戦う時でさへその顔に笑みを絶やさない筈の鳥羽さんが発した真剣な声に俺が驚いている中で、恵理さんは予め予測していたと思われる言葉を紡ぐ。

 

その疑問が俺の顔に出ていたのだろうか。

 

恵理さんが俺に補足となる説明を語り始める。

 

「鳥羽君にとってバイクは昔から特別な存在なのよ」

 

「特別な存在?」

 

俺が恵理さんの言葉にオウム返しで聞き返すが、その続きを聞く事は叶わなかった。

 

「良し!それじゃあ早速取材に行くとしますかあ!!!」

 

先程までの真剣な声とはうって変わり鳥羽さんの大声が店内に響き渡り、恵理さんの声は俺の耳に届かなかったのである。

 

更に鳥羽さんは俺の首根っこを掴むと、まるでUFOキャッチャーのぬいぐるみを持ち上げる様に俺を抱えて、颯爽と出口へ向かって歩き出す。

 

「……早速行くって、鳥羽君はこれから何処に取材に行くか知らないでしょ?」

 

鳥羽さんの手によってプライス景品の様な扱いを受ける俺の耳に、恵理さんの溜息交じりの声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーヒーお待たせしまし……あれ、誰も居ない?」

 

俺が鳥羽さんによって翠屋から拉致されてから程無くして、注文のコーヒーを持ってきたヤスがそんな事を呟いたというのを本人の口から聞いたのは、取材から戻ってきた翌日の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰も知らぬ存ぜずの一点張りでしたね……」

 

俺は大きな溜息を吐いた後、隣で同様に休憩をしている恵理さんに同意を求めた。

 

俺達が恵理さんに連れられてやって来た場所は、海鳴市でも大きい部類に入るサーキットで、プロの人達だけでなく、様々なイベントでの利用や、バイクやカート好きのサークルがレンタルしたりする等、多様な使われ方をしている施設だ。

 

今日はプロのバイクレーサーの人達の練習場所として開放されている様で、サーキットを何台ものバイクが走っている光景が、今もイベントが開催されている際は満員となっているであろう客席に座っている俺の視界に映っている。

 

恵理さんはこの日、この場所に引退を表明した選手達の事情を知るかもしれない人物達が集まると踏んで取材に来たのだろうが、結果は俺が冒頭で言った通り、有益な情報は得られる事は出来なかった。

 

ただ……

 

「純君の言う通り、表上はそうだったわ。でもそれは本当に知らないからだと本気で思う?」

 

恵理さんの返答に対して俺は首を横に振って、否定の意思を恵理さんに示す。

 

「いいえ。どうしてかは分らないですけど、俺にはこの場に居る全員が口裏を合わせて隠している様に見えました」

 

かなりの人数に同じ質問を繰り返したが、答えは皆同じ……それだけならばまだしろ、そう答えた人達は最後に決まって何かに怯える様な表情をしていたのだ。

 

これで何も疑うなというのは無理な話である。

 

「でも、何を隠しているのか分らない以上、有益な情報にはならないわね……」

 

考え込む恵理さんと、サーキットを走り続けるバイクを交互に眺めてから俺が更に視線を移していくと、サーキット脇で鳥羽さんが関係者らしき人達を捕まえては話し掛けている姿が視界に飛び込む。

 

「……そう言えば翠屋で鳥羽さんにとってバイクは特別な存在だって言ってましたけど、それってどういう意味なんですか?」

 

俺は翠屋で聞いた鳥羽さんの真剣な声を思い出しながら、今も休む事無く質問を続けている鳥羽さんの姿を見て、ふと脳裏に浮かんだ疑問をそのまま言葉にする。

 

「鳥羽君の家はね、鳥羽モーターズっていうバイク専門店なのよ」

 

恵理さんは俺の口から出た小さな疑問に、一旦思考を止めたのか、ゆっくりと語りだした。

 

鳥羽モーターズ。

 

その店は俺も知っていた。

 

気の良いおじさんとおばさんが経営している近所の個人経営店で、直接買い物をした事は無いが、何度か店に足を踏み入れて、パーツを眺めたりしたりした経験が俺にもある。

 

買い物をする訳でもない幼子《おさなご》なんて、お店側としては迷惑極まりない存在であったろうに、嫌な顔をするどころか、おじさんに至っては嬉々としてコアな内容のバイクの話を延々と話して聞かせてくれたものだ。

 

以前にお店のカウンターの後ろに、おじさん達の今は海外に居るという息子の小さい頃の写真が飾られていた事は知っていたが、まさかその息子が鳥羽さんだったとは、全く気付かなかった。

 

「私も鳥羽君と知り合ったのは高校からだから、当時の話は人伝に聞いただけなんだけど、そんな環境で育ったせいか、鳥羽君は小さい頃からバイクが好きで好きで仕方なかったらしいわ」

 

そんな事情があるのならば、鳥羽さんがバイク好きというのにも納得だが、しかしそれだけで今回の取材に対してここまで必死になるものだろうか?

 

「勿論バイク好きは元来のものだけど、ある時に運命的な出会いをしたそうよ」

 

「運命的な出会い?」

 

俺の考えを読んだのか、恵理さんは更に衝撃的な内容の話を語りだす。

 

「今の鳥羽君からは想像がつかないでしょうけど、鳥羽君を小さい頃から知ってる人の話では、小さい頃はいじめられっ子だったそうなの……私も初めて聞いた時は驚いたわ」

 

驚くのも当然だろう。

 

現に俺も今はその言葉に驚きすぎて、声を出す事が出来ないのだ。

 

ホルダーを目の前にしながら笑って突っ込んでいく姿を直接見ている分、余計に信じる事が出来そうに無い。

 

「そんな鳥羽君を心配した当時のおじさん、つまり鳥羽君のお父さんが、心配して気晴らしになればと思ってこの海鳴ロードスタジアムに連れらて来た時に、その人と出会ったそうよ」

 

ホルダーを目の前にしても、笑って突貫していく様なあの鳥羽さんが、昔はいじめられっ子だったという事実は俄かに信じ難い、それが真実だとしたらその当時に出会った人が鳥羽さんをあんな性格にしたという事になる。

 

そのままいじめられっ子のままで居れば良かったのにとは思わないが、現状として実害を被っている側としては、直接会う機会があれば一言文句を言いたい心境なのは否めない。

 

せめて名前を知りたいと思った俺が、恵理さんにその人の名前を教えてもらおうと声を掛けようとするが、俺の口からその言葉が発せられるよりも早く、サーキットの方から、一人の男性の【また、奴が来たぞ!】という悲鳴が俺達の耳へと届く。

 

『キンキュウケイホウキンキュウケイホウキンキュウケイホウ……』

 

その悲鳴に呼応するかの様に、俺のズボンのポケットに忍ばせてあるタッチノートが、警報を鳴らす。

 

「まさか!?」

 

タッチノートが反応した意味を感じ取った俺は、自身の心境を声に出しながら、その場に居た恵理さんと共に悲鳴の聞こえて来たサーキットに視線を向ける。

 

サーキットの中心から逃げようとするレーサーさんやスタッフの人達……

 

皆が逃げていくその逆方向には、二足歩行で闊歩するものの、人とは明らかに違う異形の存在が佇んでいた。

 

その異形は全身が濁った銀色で、遠くから見てもも分かる硬皮で覆われ、頭部はそのまま馬の造詣をしており、その頭の頂点には赤い鶏冠の様な髪が靡いている。

 

あれは間違いなくホルダーだ。

 

「早く君達も逃げるんだ!?そうしないと今度は君達が奴に勝負を挑まれる事になるかも知れないぞ!!!」

 

この場から逃げようと走り去っていく人達の中、一人の男性が足を止めて、俺と恵理さんに呼びかけてきた。

 

「貴方は、あの怪物……ホルダーについて何か知っているんですか?」

 

男性に声にすぐさま返答を返す恵理さん。

 

あのサーキットに居るホルダーから一秒でも早く逃げたいという焦りを隠そうとせずに男性は、恵理さんの質問に早口で答える。

 

「ああ。あいつは先月から偶に現れては勝負を挑んでくるんだ!拒否すれば見境無く暴れ回る上に、この事を外部に漏らせは命は無いと脅されて……兎に角君達も逃げた方が良い!!!」

 

男性はそれだけ言うと、俺と恵理さんが更に質問をするよりも早く、脱兎の如く走り去ってしまう。

 

「ホルダーが皆を脅して口止めをしていたって事ね。通りで情報が殆ど得られない筈ね……」

 

「でもホルダーが勝負を挑むって一体どういう事なんだろう?」

 

一人納得する恵理さんに続き、俺は先程男性が言っていた勝負という言葉に対して首を捻らせる。

 

親切にも声を掛けてくれた男性のお陰で断片的な情報を得る事が出来た俺と恵理さんだったが肝心の部分は今も分からずじまいだ。

 

だが今はあのホルダーをどうにかする事が先決だ。

 

俺がタッチノートでメカ犬に通信をしようとしたその時……

 

「おい!」

 

聞き覚えのある一人の男性の声がサーキットの中に響くと同時に、その声の主がホルダーの行く道を遮った。

 

其処にはホルダーから逃げ惑う人々とは反対に、悠然と立ちはだかるアタッシュケースを肩越しに背負った鳥羽さんの姿。

 

「戦りあう前に聞いておくぜ。今回のレーサーが一斉に引退するって話は、全部お前のせいか?」

 

鳥羽さんの問い掛けに、歩みを止めたホルダーは、数瞬の間を置いた後、両肩を軽く持ち上げながら侮蔑を込めた言葉を吐き出す。

 

「負け犬がどうなろうと俺の知ったことじゃないな……まあ、敢えてそうかと聞かれればそうなのかもな」

 

ホルダーの答えを聞いた鳥羽さんは、無言のまま肩に担いでいたアタッシュケースを下ろすと、その中から一本のベルトを出して、自身の腹部へと巻き付けた。

 

「それを聞けて良かったぜ……これで遠慮無くお前を殴れる!!!」

 

鳥羽さんはホルダーを前に啖呵を切ると、続けて緑色のカードケースと思わしきものを取り出す。

 

「変身!」

 

高らかに力ある声を発した鳥羽さんが、手に持ったカードケースの様なものを腹部に巻き付けたベルトの中央へと差し込む。

 

『アクセス・リンク』

 

すると機械的な音声がベルトから響き、鳥羽さんの身体の前方に、光が様々な数式が羅列された様な状態で浮かび上がりその光が瞬時に人の形へと編みあがり、鳥羽さんの身体と重なり合う。

 

その瞬間、鳥羽さんの姿は一人の戦士へと姿を変える。

 

全体的に白を基調としたフォルムに、所々緑の装飾があしらわれたデザインの戦士。

 

今の鳥羽さんの姿を知る人はこう呼ぶ、仮面ライダーアクセスと。

 

「と、鳥羽君が変身した!?」

 

鳥羽さんの変身を目の当たりにして一番に驚いたのは俺の隣で、同様にサーキットでの一連の経緯を見ていた恵理さんだった。

 

……そういえば取材で、鳥羽さんがアクセスだっていう事を説明するのを忘れていた事を、俺は今更になって気付く。

 

俺が心の中で恵理さんに小さな謝罪をしている間にも、サーキットではアクセスとホルダーの戦いが繰り広げられる。

 

「俺の邪魔をするな!!!」

 

アクセスの登場に、激昂したのかホルダーが叫びながら殴りかかって行くが、アクセスは次々と繰り出されるホルダーの攻撃を全て正面から捌き切って、カウンターに蹴りや拳を叩き込む。

 

遠めから見ても分かる実力差で、このまま勝負を続ければ間違い無くアクセスが勝利するであろうと思えた刹那。

 

ホルダーが予想外の動きを見せる。

 

「……こうなったら奥の手だ!」

 

アクセスの繰り出した拳を胸部に受けて蹈鞴を踏みながらそう言ったホルダーは、再びアクセスに向かうのではなく、明後日の方向へと走り出す。

 

一瞬逃げるつもりかと思えたが、ホルダーはサーキットのコース上で立ち止まり、レーサーが逃げる際に乗り捨てていった転倒したバイクを起こすと、素早く座席へと跨りアクセルを全開にする。

 

一体何をするつもりなのかと考える間もなく、俺達の目前でホルダーの跨ったバイクが銀色の光に包まれて、その形状を変化させていく。

 

元々はスポンサー企業のステッカーが幾重にも貼られていた通常の青いバイクだったのだが、ホルダーが乗った事で発せられた光によって、全身がホルダーと同様の濁った銀色へと変わり全体のフォルムも無骨な形状となった。

 

「バイクの形が変わった!?」

 

その様子を客席から見て俺が驚きの声を上げている間にも、そのバイクに乗ったホルダーはアクセルを回して、猛然とアクセスに向かって走り出す。

 

「おっと!?」

 

アクセスはホルダーの突進を側転する事で避けるが、ホルダーもすぐにバイクを反転させて再びアクセスの元へと特攻を再開させる。

 

「良いねえ!どうせ戦るならこれくらいじゃなきゃ張り合いが無いぜ!!!」

 

特攻するホルダーに対してアクセスは賞賛の言葉を送ると、今度は避けるのでは無く自ら正面に迫り来るホルダーに向かって走り出した。

 

ホルダーを目の前に飛び上がったアクセスがそのまま右足を突き出して、飛び蹴りを繰り出す。

 

その軌道は確実にホルダーの顔面を捉えており、このままであれば誰が見てもアクセスの蹴りがホルダーに当たると予想出来たがその予想が現実となる事は無かった。

 

「甘いんだよ!」

 

ホルダーがそう叫びながらハンドルを切ると、バイクが瞬時に反転して、その直後に体重移動をさせたのだろうか。

 

後部車輪が浮き上がり、タイヤの部分がアクセスの蹴りを受け止めてしまう。

 

「おわっ!?」

 

更にホルダーが車体を振り子の様に揺らす事で、飛び蹴りの力の向かう先をずらされたアクセスは思わず漏れたであろう声と共にバランスを崩して、明後日の方向へと転がっていく。

 

それを勝機と感じたのか、ホルダーが体制を立て直そうとするアクセスに対して、更なる猛攻を仕掛けようとするが……

 

「もう止めるんだ修司《しゅうじ》!!!」

 

一人の男性の声が、この海鳴ロードスタジアムの中に響き渡った。

 

その声がした先に居たのは、一人の初老の男性だ。

 

髪は所々白髪が混じってシルバーグレイとも言える色合いとなっており、顔はその見た目通り皺が多く見られるが彫りの深い顔立ちをしているのが分かる。

 

ブラウンのシンプルなデザインをしたジャケットに同色のスラックスと、私服としては良く見かける装いをしていた。

 

その男性は足が多少不自由なのか、右手で木製の杖で自らの左足を引き摺りながら、一歩ずつホルダーの方へと向かって歩いていく。

 

その男性に対して俺や恵理さんが危ないと声を掛けるよりも早く、男性が言葉を発した直後に動きを止めていたホルダーが静かに言葉を紡ぐ。

 

「……父さん」

 

ホルダーが発したその言葉は、あまりにも予想外のものだった……

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