『雄英高校体育祭』当日、一般来場者はもちろん全国のプロヒーローが雄英高校に見物に、あるいは会場の警備に集まり開催が宣言される前から会場は人で溢れていた。
そんな重圧の中、学校内外の者全てから特別視されている1-Aの者達が平静を保つことは難しく控え室は緊張感で満ちていた。
「おいおい何だよこの人の量は!? テレビで見てた去年まではいくら何でもこんなにいなかったぞ」
「俺たちは世間ではヴィランの襲撃を耐え抜いた期待のルーキー揃いなんて言われているからな。騒がれた分期待も高まっているのだろう」
「褒められんのは嬉しいけどよォ、もしヘマしたら一生の恥だぜこんなの……」
過剰なプレッシャーに上鳴は頭を抱える。
勿論現状に参っているのは彼だけでなく、特に緑谷や口田に至っては緊張のあまり身体を震わせていた。
「今更状況は変わりっこねぇよ、だいたいプロヒーローからすりゃ俺達が全力でやってようやく及第点ってもんだろうよ。開き直ってやるだけやろうぜ」
「えらく落ち着いてんじゃん、『選手宣誓』は大丈夫なの?」
周りが落ち着きなくそわそわとしているなか床に腰を下ろしていつものペースを崩さない千土に耳郎が首を傾げると千土は親指を立てて告げる。
「大丈夫じゃないから朝の内に心奈さんのメンタルケア受けてきた、おかげでいまは気楽なもんだ」
「せこっ!?」
「いや、個性の方は無しであくまで会話でだけどな、さすがにフェアじゃねぇし」
ケラケラといつも通り笑う千土はポケットから折りたたまれた紙を取り出してぴらぴらと動かして見せびらかす。
「それに『選手宣誓』の内容もばっちりだ。精神、準備共に万全だぜ」
『宣誓、我々選手一同は日々の教えの中で培われた知識と力の全てを出し切り、互いに競い合い高め合う仲間と共に長きに続く雄英体育祭の歴史に恥じぬ結果を刻むことを誓います』
そう書かれた紙を見て耳郎は正直な感想を抱く。
「何か逆に不安になんだけど」
「まぁ大船に乗ったつもりでいろって、そろそろ入場時間だぜ」
会場の空気が僅かに変化したのも察して千土は立ち上がる。
「緑谷、それと地城──少し良いか?」
「……何だ?」
直後、轟に呼び止められる。
その声は重い何かが含まれているようで自然と身構える
「ぼ、僕に何か用なの? 轟君」
「──地城、お前とは授業演習でも当たったことはねぇから正確には分からないが……あの一件で俺はお前が俺より強いかもしれないと思った」
「ヴィラン襲撃の事件か? お前に高評価されるのは嬉しいがあんなもんは状況が良かっただけだぜ?」
確かに結果的にヴィラン連合のキーマンである脳無の撃破こそ果たしたが、アレは向こうの油断と周りにいた仲間に救われたというのが千土の本心だ。
なんなら最初黒霧に飛ばされたのが水害エリアだったら自分はどうなっていたのかとすら思っている。
それに対して轟ならばあらゆる可能性の中でも全く同じ行動をとれていたはずで、どちらが優れているかでいえばそれは間違いなく轟だろうと千土は答える
しかし轟の方はそれでもなお考えが揺るがないのだろう、依然千土を鋭い目で見続け、今度はそれを緑谷へと移す
「──そして緑谷、客観的に見て実力はお前より俺の方が上だ、だがお前"オールマイトに目ぇかけられてるよな? "」
「っ!?」
緑谷は轟の言葉に明らかに動揺していた。
確かに緑谷とオールマイトが良く話しているのは何度か目にした、同じ増強系の個性故かと思うがそれで言うと砂藤とはあくまで教師と生徒の一般的な距離感だ。
言われてみればというのが千土の感想だった。
「その事に関して詮索する気はねぇ。だが緑谷、そして地城、お前らには勝つぞ」
先の一件で千土も目立ったが、なおクラスの№1とされる轟の方からの宣戦布告、それはクラスの全員を動揺させる。
「クラスのトップが宣戦布告ってどうなってんだよ!?」
「入場前にやめなよ!」
「仲良しこよしでやってんじゃねぇんだ、構わねぇだろ」
ただでさえクラス以外の人から目をつけられているのが現状だ、その上クラス内でも争うことに耳郎は静止をかけるが轟はそれを一蹴する。
「……だとさ緑谷、俺の答えは出てるが──お前は?」
しかし千土はそれすら気に留めず、自身の隣に立った緑谷に視線を向ける。
緑谷はこの重圧に飲まれ俯いて拳を震わせて……顔を上げる。
「確かに轟くんは僕より実力が上だ。──だけど他の科の人も本気でトップを取りに行こうとしているんだ……だから、だから僕も本気で挑む! 本気でトップを取りに行く!!」
いつも自信がなさそうに挙動不審。
それが千土が抱く緑谷のイメージ。
しかしあのヴィラン襲撃の時、そして今この瞬間、こうして目の前の試練に堂々と立ち向かう姿にヒーローの姿が重なる。
「ああ、それで良い」
轟は納得したように頷くと千土に再び視線を移す。
緑谷は示した、お前はどうなんだと。
その視線を真っ直ぐに受け止めて千土はニヤリと笑って自身のポケットから一枚の紙きれを取り出して
────ビリッ
乾いた音が教室に響く。
千土が少し前にばっちりと語った選手宣誓の言葉が刻まれた紙が散り散りになっていく。
「俺の答えは──後で聞かせてやるよ。……行こうぜ」
入場前に広がった緊張感を打ち切って千土は一足早く入場口へと進む。
▼▼▼
大歓声に包まれ会場にその歓声さえも飲み込む司会のプレゼント・マイクの声が響く
『遂に来たぜ!! 年に一度の大バトル! ヒーローの卵と侮んな!! つうかお前らの目的はこいつ等だろ!? ──ヴィラン襲撃を乗り越えた期待の卵共──A組だろォ!!』
プレゼント・マイクの言葉と共に更に高まる歓声のに包まれる。
会場だけでも千はくだらない大観衆。
自分達の注目度を叩き付けられ息を飲む。
やがて他のクラスの者達も集えば宣誓台に一人の女性が立つ。
ボンテージにガーターベルト、ヒール、そして手には鞭、くる場所間違えたのではと思わざるを得ない通称18禁ヒーロー『ミッドナイト』
「18禁なのに高校にいていいものなのか?」
「良いに決まってんだろ!!」
「これも教育の一環、必要な存在だ」
真っ当すぎるツッコみに対し峰田が吠え、千土もまた少なからず同意の言葉を漏らす。
「はいはい私語抜きに早速いくわよ! 選手宣誓!! 選手代表1‐A"地城 千土"!!」
ミッドナイトの言葉に千土は人の波をゆらりと抜けてあっという間に宣誓台に上がっていく。
先程の轟の宣戦布告に対し選手宣誓のメモを破って答えを示すと語ったことを知るA組の者達は千土の背を他の誰よりも注目する。
マイクの前に立って千土は大きく息を吸う。
一瞬の静寂、そしてそれはすぐに破られる。
『──宣誓、……の前に少しお時間を頂きます!』
立てられたマイクをあえて外して右手に持った千土のその言葉にザワッと戸惑いの声が上がる。
雄英体育祭の始まりを告げる神聖な場、それをかき乱して勝手な真似を生徒がし出したのだ。
しかし教師陣は眉を動かしながらも止めはしない、なぜなら雄英は自由こそが信条なのだから。
『先程プレゼント・マイクも言ってくれましたが、俺はヴィラン襲撃事件を乗り越えたクラスの一人です』
唐突の自慢、選手宣誓の場を自己顕示に使うのかと多くの者が目を見開くが千土の言葉は止まらない
『その事件をきっかけに"俺達"を打倒することを目標にしてくれた奴らがいた、その戦いをきっかけに"俺"に勝つことを宣言してくれた奴らがいた、そしてそんな人達に混じって自分もまたと立ち上がった奴がいた──この場を借りてそいつらに俺の答えを伝えたい!!』
用意していた言葉とまるで違う。
だけどすらすらと言葉が溢れてくる。
『その程度か? その程度の目標で挑むのか? ならこの体育祭で最後に立っているのは俺だ。──俺は一番になる! この場にいる誰よりもヒーローになりたいから! №1ヒーローとの約束を果たしたいから!』
マイクを手にした手が震える。
背を向けているから自身の後ろにいる皆には見えないが隣に控えたミッドナイトや司会席に座った相澤はその変化に気付き戸惑う。
勢い任せに始めたことの先に進むことに躊躇う自分がいるのを感じる。
この先に進めば後には退けないから。
だからこそ踏み込む。
憧れのヒーローには既に2度も誓ったことだ、だからもう退路はいらない。
『この場にいる"プロヒーロー全員に宣誓します"!! 俺は貴方達全員を超える最高のヒーローになる!! その一歩としてこの雄英体育祭を必ず優勝してみせます!!』
誰もが知っている、知らぬ者がいるはずがない。
今年からあのオールマイトが雄英の教師となってこの会場のどこかにいることを。
その彼さえも巻き込んだ宣言に皆が絶句する。
『この宣誓が俺の覚悟だ! 馬鹿な子供の戯言と笑ってくれても構わない!! だけどそんな俺に宣戦布告をした奴らの覚悟が本気ならそいつらも同じはずだ!!』
緑谷が、爆豪が、轟が、B組の生徒達が。
千土に対して闘志を抱いていた者達が息を飲む。
『俺だけじゃないはずだ! 最高のヒーローに憧れたのは!! 憧れを掴む為にこの場に立っている奴は!!』
その静寂の中でもう一度、最後の言葉を紡ぐ為大きく息を吸う。
震えも躊躇いももういらない。
──さぁ仕上げだ!!
『だからこの雄英体育祭が終わるその瞬間まで──"俺達を見ていて下さい"!! ──選手代表1-A、地城 千土!!』
生徒同士に広がっていた対抗心の渦にプロヒーローさえも巻き込んでその重みを跳ね上げる。
生徒達は自分達を巻き込んで宣言する千土に苛立ちを、そして恐怖と憧れ、あらゆる感情を抱いて言葉を失う。
(何て無茶苦茶な、これが地城君の言っていた答え……)
もしも自分があの場に立っていたら果たして自分はあれ程真っ直ぐに自分自身の覚悟を語れたか?
そんな疑問に不可能だと即答し緑谷は千土の背を見続けた。
堂々と立っているその姿に勝ちたい、その決意を秘めて。
(そうだ、それを待っていたんだ地城)
自分の宣戦布告に対しそれ以上の覚悟と共に答えを返してきた相手に轟は静かに拳を握る。
あの脳無という化け物との闘いの中、誰よりもヒーローの在り方を体現していた彼だからこそ己の覚悟を証明する相手に相応しい。そう思ったから宣戦布告なんて慣れない真似をした。
轟は自身が挑むべきその相手の姿を両目に焼き付けた。
そしてプロヒーロー達もまた絶句した。
傲慢、思い上がり、生意気。
未熟な生徒の身の程を弁えぬ愚かな言葉。
しかしそれを咎める者は誰もいない、プロのヒーローは皆マイクを掴んだ震える手を、人の恐怖と勇気を見落としたりしないから……
一瞬の静寂を破り会場が湧き上がる。
戸惑いがなくなり残ったのは闘志。
生徒達はまるで自分達より先を走っている様な男に遅れをとるまいと。
ヒーロー達は自分達に追いつき、追い抜かんとする少年とそれに刺激された若き挑戦者達から目を逸らすまいと。
歓声があらゆる方向から飛び交い出す。
『言いやがったな卵が!! 良いぜ見ててやるぜ!! もしも大会中カッコ悪ィ姿晒したら見落とさねぇで実況してやるから覚悟してやがれ!!』
「最高よ地城君! その覚悟が口先だけじゃないかたっぷり見せてもらうわよ!!」
実況のプレゼント・マイクも進行のミッドナイトも歓声に加わる。
そして生徒達が立つグランドに近い通路から覗く形で見ていたオールマイトは嬉しそうに拳を震わせる。
(やれやれ、保健室で君から2度目の宣言を受けたときどこか吹っ切れたような顔をしたと思ったがまったく……君ってやつは!!)
平和の象徴と呼ばれて何年か。
そんな自分を超えようと一人の少年がその決意に震えながらも宣言し、それに刺激された他の生徒達もまた立ち上がっている、この光景を喜ばずしていられるものか。
数多の視線を正面から受け止める千土の姿は数日前の久しぶりに自分と顔合わせることに縮こまっていた彼とは違う。
(見せてくれ地城少年! 君の覚悟のその先を!!)
会場のボルテージは下がらぬまま、雄英体育祭『第一種目_障害物競走』の開始準備が言い渡された。
▼▼▼
「……やってしまった」
「えぇ……」
あれ程の啖呵をきっていた千土がクラスの列に戻るや否やそんな一言を弱弱しく呟いた。
数秒前のお前はどこにいったのか、耳郎は頭が痛くなってしまう。
「随分と大きく出たものな……オールマイト越え発言は若気の至りとか言ってなかったか?」
「いやあれは本気、でもやりすぎた」
ヴィラン襲撃の後にオールマイトに誓ったオールマイトを越える宣言、当初はそれをこの場で表明し轟に対する答えにしようと思っていた。
それが何故か気が付けば全ヒーロー越え宣言になっていた、オールマイトがトップヒーローである以上意味合い的には変わりはないかもしれないが印象が違い過ぎる。
「ああああああ!! 馬鹿か俺は!? やっと黒歴史受け入れたと思った先からなんで更に上塗りしてんだ!? 思考回路が地に着いてねぇんだよ馬鹿野郎!!」
「落ち着け、さすがにどうかと思いはしたが結果としては成功だろう?」
「…………」
顔を覆って叫ぶ千土に障子は静止を促すも復活は困難らしく叫びはしなくなれども今度は反応が消え失せる。
何故だ、何故こんなことになった。
千土は思考の海に身を落とす。
大人しい性格の癖して轟の宣戦布告に立ち向かって空気を変えた緑谷のせいか?
いや、その原因を作った轟のせいか?
あるいはやたらプレッシャーをかけてくるB組?
いや、まずそもそもの全ての原因といったら爆豪か……
「だ──っ! 面倒くせぇ!! もう誰のせいとか知ったことか! 全員ぶっ潰して俺が優勝してやらァ!!」
「落ち着け、また黒歴史を繰り返しているぞ!?」
急に顔を上げたと思たら再び優勝宣言を叫ぶ千土に『この男に反省はないのか』と障子は驚愕と呆れの感情を抱く。
「……そもそもどう考えても自業自得だよね」
「考え無しにも限度を持つべきだな……」
理不尽な怒りを吐き散らしながら指定の位置に歩いていく千土の背中を憐れみの目で見ながら耳郎と常闇はため息をつく。
実力も覚悟も本物なのは分かっている、なのに何故彼はああも残念に映るのだろうか。
そんな疑問がどこか心地よくて笑ってしまう。
「……あそこまでいわれちゃウチらも黙ってる訳にはいかないね」
「無論、俺も全力で挑むつもりだ」
いつも隣にいる奴が前に進もうと踏み出した。
それを眺めるだけの自分にはなりたくないから。
▼▼▼
「いやはや……黒霧から名前を聞いた時はもしやと思ったが……そうか君だったのか」
照明器具の一つも働かせていない薄暗い部屋に男の声が響く。
唯一光を放つモニターには今全国の話題を支配している雄英体育祭の様子が映されていた。
「これは意外じゃ、先生はあの子供と知り合いなのか?」
「いいや僕と彼は面識もない赤の他人さドクター。ただ、ある"個性"に興味を持って調べている内に知った少年だよ」
モニターを見つめていた先生と呼ばれた男は自身を呼んだ老人にそう返事する。
──楽しんでいる。
目の前の男と深く関わっている老人はその声が楽しみに満ちていることに気付く。
「ある"個性"? 『超再生』のようなものか?」
「そうだね、もっとも『超再生』と違って本当に僕の身体を治すことも可能だろう。……まぁ、その"個性"はあまりに手にあまるものだから結局手を付けずに終わったんだけどね」
男はそう言うとモニターに映る"全てヒーローを超えると宣言した少年"に視線を戻す。
「さぁ死柄木、今の内に彼を良く見ておくと良い。彼はあるいは君の仲間になりうる存在なのだからね」
「ダメじゃよ先生。あやつならその少年が映るや否や『見たくない』と言って行ってしまったわ」
「おやおや、あの子にも困ったものだ。余程彼に負けたのが悔しかったのかな? まぁ今はまだそうやって苦悩する時期なのかもしれないね」
ほんの少し残念そうに、しかしその声はどこか優しく部屋に響く。
老人は"甘いなぁ"と思いながらもそこには触れず、むしろ疑問に思ったことについて問う。
「それにしてもあの少年が"仲間になるかもしれない"とは? わしにはとてもそうは思えんが……」
老人の警戒と疑念に満ちたその言葉に男は肩を震わせる。
「いいやドクター、彼はきっと僕達に協力してくれるよ。確かに彼の心は実に光に満ちている」
彼の信念、覚悟、夢。
あの宣誓台で語った全てがそれを物語っている。
彼は誰よりもヒーローに憧れ、誰よりもヒーローとなることを目指している
──けれど
「でもねドクター、彼が望んでいる存在は僕なんだ。彼の憧れがオールマイトや他のヒーローであろうとも彼の望みを叶え、彼を救ってあげられるのは僕だけなんだ」
──だから
「だから手を差し伸べてあげないとね。そうすればきっと彼はその手を掴んでくれる。悩みに悩んで、己の理想を捨てることに苦悩し、共に笑う友人達への裏切りに涙し、それでも彼はこちら側を選ぶはずだ」
喉に繋がっている管を咥えた口が吊り上がる。
「"地城 千土"あるいは君こそが"平和の象徴"を絶望の淵へ沈める存在になるのかもしれないね……」
少年の名を口にする。
"俺達を見ていてください"と語った少年は皮肉にも闇の底に潜む悪魔の視線さえも引き込んでしまっていた。