目の前の死神の姿に唖然としたのも束の間、元の男の個性の面影が残る鋭利な爪を死神が翳したのを見て父が自身の血がこびりついた手を地面に添える
「悪いね――少し荒くするよ!!」
地面が一気に隆起し土の槍が死神の胴体を貫く。
ヒーローに望まれる安全な拘束とは異なる対応――それは目の前の怪物の底知れぬ危険を察したが故のものだった。
「「っ!?」」
目に映る光景を疑った。
土の槍が突き刺さった胴体から血が吹き出ることはなく煙の様にただすり抜ける。
土の槍を引き抜くとその身体に空いた穴に霧散した身体の一部が集まり身体を塞ぐ。
攻撃が一切通用しない死神に呆然と立ち尽くす千土は横から伸びてきた手に引っ張られる。
「現場で思考を止めない!!出来ることをしなさい!!」
「――何を!?」
「逃げる!!空を連れてここから逃げなさい!!――できるわよね?」
そう言って母は自身の腕の中から空姉さんの腕を伸ばさせ俺の手に握らせる。
しかし、その母の顔がその言葉の真意を否応なしに理解させ――それを必死に否定する。
「父さんと母さんは?」
「――まぁ…ヒーローだからね。大切な子を守るためなら――いくらでも頑張るさ」
未だに血が治まらない肩を抑えながら父がゆっくりと前に出る。
それに続くように母もまた、空姉さんから手を離し懐から取り出した携帯で何かの操作を始める。
「千土、覚えておいてね。敵を見てるだけじゃヒーローにはなれない、ヒーローなら守りたいものをちゃんと見るんだ」
「――うん…分かってる…分かってるよ――ありがとう父さん…」
やはり自分は冷めた子供だ。
どうしてこの時父と母に掴まれなかったのだろうか、利口ぶってないで嫌だとしがみつけば良かったのに。
黒いモヤに覆われた姉の手を掴んで――俺は両親へ背を向けた。
どれだけ走り続けたのだろうか、肺が悲鳴を上げ続けていようと姉の手を引きながら必死に足を動かす。
ヒーロー事務所のある方向へ。
この位置からはまだまだ距離があるが別れる直前に母のしていた事からして恐らくヒーロー事務所には既に連絡が入っているはず。
上手くいけばヒーロー達と合流、助けてもらえるかもしれないと走り続け――背後から異様な寒気を感じた。
反射的に振り返るとそこにいるのは想像した通り――忌々しい死神の姿。
元の男の個性の面影が残る鋭利な爪には赤くぬめる血がこびりついていて…それが意味するものに息が詰まる。
「あ…あぁ…」
ずっと手を引かれるまま走っていた空姉さんもその意味に気付いたのだろう、目を見開いてうわ言の様な声を漏らす。
するりと握っていた手が抜けるのを感じ、空姉さんは両膝を地面について自身が放つモヤと死神の身体を見比べ身体を震わせていた。
「私の…私のせいなの?」
初めて死神の姿を直視し、その身体が自身の身体から漏れ出すモヤと同じもので形成されていることに気付き顔を蒼白させる。
個性の暴走、本人の意志に関わらず発動した"それ"が今自分達を殺そうとし、自身を引き取ってくれた優しい親友の両親を死なせてしまった。
「う…あぁぁ…何で?何でなの…私こんなのやだよ…」
自らも把握していない個性こそが事の元凶であると理解し顔を覆う。
絶望、罪悪感、あらゆる感情がより空想を掻き立て更にモヤの勢いが増す。
空姉さんの全身が黒いモヤに包まれると同時に死神の身体にもモヤが集まりその身体を更に増大させる。
3メートル程だった全長が5メートルを越えその威圧感を更に増している。
(空姉さんの精神状態とアイツに何かの関連があるのは間違いねぇ…くそ、何でだよ)
認めたくないが状況からしてこの予想はもはや間違いない。
そう…つまり父と母を殺したのは…
「っ!ごめん…なさい、ごめんなさい千土…私」
「落ち着け姉さん!!これは個性の暴走だ!落ち着いて」
推測を、思考を巡らせる。
あの死神が出現したのも今より強大になったのも空姉さんが恐怖を抱いたから、だとするならば姉さんが冷静になれればあの死神も消滅するかもしれない。
思い至った可能性にすがりつく様に必死に空姉さんの肩を揺する。だが自責の念に囚われた空姉さんは顔を上げず小さな…消えてしまいそうな程弱い声を漏らす。
「…殺して」
「え?」
空姉さんの言葉に頭の中が真っ白になった。
意味を理解するのを脳が拒んでただ戸惑った声が喉から出る。
「私の個性のせいなら…私が死んだら消えるはずだから…だから、私を」
「ふざけんな!そんな事出来る訳ねぇだろうがっ!」
ポツポツと告げられる言葉を遮って叫ぶと空姉さんは僅かに肩を跳ね上げると涙をこぼし続ける顔に無理やり笑みを浮かべる。
「そ、そうだよね。ごめん、千土にそんな事させちゃ駄目だよね…ごめん――逃げて」
咄嗟に伸びてきた両手に胸を押され姿勢を崩される。
その間に空姉さんは俺を突き飛ばした勢いのまま立ち上がり死神へと駆けていく。
無防備に近づく小さな存在に死神はその腕を容赦なく振り抜かれ、血のこびりついた裂爪が赤の軌跡を描く。
「させるかぁっ!」
すぐに身体を起こし倒れ込む勢いで空姉さんに飛び着く。
爪の先が背中を掠め鋭い痛みに歯噛みする。
「千土っ!?血が!!」
腕の中で顔を真っ青にした空姉さんが叫ぶ。
「うっさい、こんなもんかすり傷だ。早く逃げるぞ2人で…」
「何で…私は悪い人なんだよ?私のせいでおじさんもおばさんも」
「いいから早く立てよ!勝手に死ぬなんて許さねぇぞ!」
震える両腕で地面を押して立ち上がって、空姉さんの腕を引っ張り上げて立ち上がらせるとそのまま手を離さずに死神の立つ方向と逆へと足を走らす。
「ォォォォ…オオオオォ…」
不気味な声を伴いながら死神が追ってきているのを肌で感じ、必死に足を動かす。
「やめて千土…もう離して、私なんて守らなくてもいいから…だから千土だけでも」
「いいわけあるか!俺は――」
父と母を殺したのは紛れもなく空姉さんの個性だ。
ならば彼女を恨むのか?
違う…そうじゃない!
今一番救いを求めているのは誰だ。
「俺は絶対に空姉さんを守る!俺が――」
伝えるべきことはただ一つ。
そう、父が教えてくれたヒーローだけが言える魔法の言葉。
根拠なんて何もない、それでも約束する。
絶対に守りたい者の心を蝕む恐怖を振り払う力になるのなら――いくらでも誓おう。
「俺が空姉さんのヒーローになる!だから何も怯えなくていい!!何が起ころうと絶対に守ってみせる!!」
「――っ!?」
繋いだ手が震えるのが伝わってきて、自身の手に更に力を込める。
決して離さないと、僅かでも安心してくれるのならばと彼女の手を握れば苦しそうに呻く死神の声が耳に入る。
――いけたのか!?
空姉さんが落ち着いてくれたことで死神が消えるやもと視線を向ければ僅かに身体の端々から黒いモヤを霧散させつつある死神の姿が目に入る。
(よし!これなら――っ!?)
これなら完全に消滅してくれるかと――そんな浅い考えで歓喜した俺は空へ翳された死神の爪に途端に現実へと引き戻された。
死神の身体が崩れたのもほんの一部でしかない。
考えてみれば当然か――目の前の脅威に怯え、精一杯の虚勢を張りながら逃げる子供の言葉一つで誰かの恐怖を完全に振り払うなど叶うはずもないだろう…。
「オオオオォォ…オオオオォォ!」
死神の声は最早耳に入らなかった。
ただただ無力感を突き付けられ振り下ろされる死神の爪を力なく見つめて――
「素晴らしいぞ小さなヒーロー!!」
その間に誰かが飛び込んでくるのが見えた。
大きな背中をこちらに向けた男はその右拳を全力で振るう。
「しかし!ここから先は私に任せたまえ!!なに、心配は無用さ――何故なら!!」
その声も姿も――誰もが知っている人のもので目と耳を疑った。
けれど、拳一つで死神の片腕を霧散させたその力とその口上を聞いて沸き上がる安心感こそが目の前の人間が本物だと告げている。
「――私が来た!!」
No.1ヒーロー、オールマイト。
太陽の光を受け死神の前に立つその偉大なヒーローを姿は両の目に焼き付いてこの先何があろうと決して忘れることはないだろう。
霧散したモヤを集め身体を再生する死神に対してオールマイトは何度も拳を振るい再生より早くその身体を崩していく。
その拳が少女の"空想の死"を振り払っていく。
人を切り裂く死神の爪よりも人を守るヒーローの拳は強く、何度でも集まり再生するモヤの身体は彼の拳圧によって遥か彼方まで吹き飛ばされる。
鋭利な爪も不死身の肉体の恐怖さえもオールマイトという存在の前では脅威足り得ない。
子供の抱く恐怖よりも彼は――強かった。
正しく最強、規格外ともいうべきその力は彼に守られる者達にとって絶対の安心であり救いであった。
やがて死神の姿は完全に消え失せ、素となった爪のヴィランが気を失った状態でオールマイトの手にぶら下げられていた。
「……」
その光景を言葉を失ってただ見つめていた。
自身が夢見たヒーローという存在の頂点、自分が、そして父と母が足掻くことしか出来なかった存在を容易く打ち倒したその姿に尊敬し羨望し――嫉妬した。
そんな命の恩人への複雑な思いを抱きながらも駆け寄ってきたオールマイトの姿をじっと見つめていた。
「もう大丈夫だ、よく頑張ったぞ少年!…そちらの少女は――気を失っただけのようだね良かった」
オールマイトが死神を完全に消滅させた時、つまり抱いた恐怖が完全に消え失せた瞬間空姉さんはその安心感によって眠ってしまったようだ。
安定した一定のリズムで呼吸する姉に安堵し息を吐いた瞬間、先程まで自分が走ってきた道から1人の女性が駆け寄ってきた。
見覚えのある人だった。
確か母の学生時代の後輩で、ヒーローとして活動しながら何度か家に訪ねてきた人だ。
「心奈さん?」
「千土君か、良かった、君は無事でいてくれたんだね」
肩で息をしながらそう言う彼女の両目には擦ったような痕があり僅かに赤くなっていた。
その腫れが、"君は"という言葉が、そして彼女が走ってきた道、それらが意味することを無駄に働く頭が理解して視界が霞み出す。
「――安藤君…」
オールマイトの言葉に心奈さんは静かに首を振る。
――父と母は…死んだのだと理解する。
鈍い音が周囲に響く。
膝から崩れた千土の拳が地面に打ち付けられ、彼の個性による干渉か彼の拳を中心に地面が小さく皹割れる。
「何で…、何でこんな事になったんだよ。何で…空姉さんの個性が父さんと母さんを殺すんだよ…」
「…千土君、それは…その答えはきっと今以上に君を苦しませるかもしれない。それでも聞きたいかい?」
心奈さんのその言葉にハッと顔を上げる。
こんな事になった原因を彼女は知っているのかと問うように彼女を見つめれば心奈さんは肯定するように頷く。
ならば答えは決まっている。
「教えてくれよ…こんな訳が分かんねぇままで終わるなんて我慢出来るかよ」
「そうか…うん、そうだろうね…」
そう呟きながら心奈さんは意識を手放した空姉さんの頭をそっと撫でながら口を開く。
「全ての原因はこの子の個性。その個性は――『空想』」
▼▼▼
喫茶店の一室で聞かされた千土の過去。
1人の少年が背負うにはあまりに重いその内容を轟はまったく予想だにしていなかった――訳ではなかった。
彼の両親がいないという話やオールマイトに昔救われたという話、そしてふとした拍子に彼が見せる普段の様子と異なる一面にあるいは彼も何かを背負っているのかもしれないという予感があった。
――とはいえ、ある意味予想の通りであり予想以上の内容に轟は顔を僅かに曇らせる。
「個性"空想"だと…本当にそんなもんが…」
内容が内容なだけに信じ難そうに呟く轟に千土は仕方ないだろうなと思い軽く頷く。
「俺の話は多少なら構わないけどこれだけは他言無用で頼むな――姉の個性は『空想』。自分の空想した事象を現実に反映させるとんでもない個性だった」
遊びに没頭して玩具の料理に味を与え
誰よりも遠くにボールを投げれると豪語する少年の大ホラを信じ現実に
ある日見たサスペンスドラマの一幕、毒が含まれた料理を口にし人が死ぬシーンに恐怖を感じ――それを現実に
目の前で人を殺そうとする男の姿が――死、そのものに
空想を現実、誰もが夢見る力は時として大きな悲劇を齎す力に変貌するのだと千土は告げる。
「空想を現実に…か、正直信じられないが…悪ぃ、疑ってる訳じゃねぇよ」
「あぁ分かってる、俺も逆の立場ならすぐには信じられねぇよ」
個性は実に多種多様、中には地味なものもあれば魔法の様なものもある、だが空想の個性はその中でも明らからに異質過ぎた。
「――敢えて近いところを言うなら八百万の『創造』か、もっともあれが仕組みを理解して造るのに対して空想はその逆とも言えるけどな」
理解が深まれば料理に毒などそうそうあり得ない、命を奪うヴィランは死神ではなく1人の人間でしかない。
そういった理解が空想に対してあり得ないという雑念を与える。
――しかし、幼くとも人格の形成が整い命の尊さを理解したばかりの子供であった当時の彼女にとっては目の前で大切な人のが襲われる恐怖はあまりにも強烈なイメージ過ぎた。
だからこそ――自らの両親は死んだのだと千土は昔話の続きを語る。
▼▼▼
空姉さんの個性の説明を受け絶句する。
空想…抱いた感情一つでそれらを現実に反映させる、そんな危ないものに一体自分は何が出来るというのか。
「そ、そんな個性が本当にあるのかい?」
「間違いないです、砂羅先輩が彼女を引き取ってからずっと調べたらしいです」
「母さんが?」
どうやら事情を知らなかったらしいオールマイトも狼狽えた様に確認しているが心奈さんははっきりと断定する。
「砂羅先輩は彼女の両親の変死を独自の視点から調べていたそうです。突然変異型で性質が不明の彼女の個性に注目して――仮説を立てた」
虚峰 空という少女に纏わる奇妙な事象を起こすという噂。
経路が全くの不明のまま彼女らの食卓の料理に含まれた猛毒。
彼女の噂の傾向から想像や予想、所謂空想的な事柄との関連があると結論付けた。そして自身が駆けつけた時つけっぱなしになっていたTVのチャンネル、その事件時の番組を調べれば自分と千土が途中で興味がないと変えたサスペンスドラマ、内容は被害者が料理に含まれた毒で命を奪われるというものだった。
それを調べたことで母はすぐに調査は取り止め空姉さんのメンタルケアをより確実にするべく学生時代から親交のある心奈さんに連絡を取ったということらしい。
「なるほど、流石は砂羅君だな…」
「えぇ、雄英生徒全員売り込みの為に誰よりも他人の個性を見てきた人ですからね」
オールマイトもまた学生時代何度もアプローチをかけてきた旧友の死に思うところがあるのだろう、どこか寂しげにそう呟いたのに心奈さんもまた同様に呟く。
「…つまり、空姉さんのおじさんとおばさんが死んだのも空姉さんの個性が原因なのかよ?」
「…そうだ。たまたまTVで見たシーンに恐怖を抱き、もしも目の前の料理にも――そんな空想を抱いてしまったんだ」
「なんだよそれ…、そんなのまともな生活すらできねぇじゃねぇか…」
ただの空想が命を奪う。
思い描いた事柄が現実になる、そんな夢の様な力がどれ程危険か、既に嫌という程思い知った。
しかしこれからずっと空姉さんはそれを抱えたまま生きてかなければならないのかと愕然とする。
「空姉さんは…これからどうなるんだ…」
「…彼女には事件の全てを知ってもらう。自らの個性を正しく認識しコントロールできるようになってなってもらわなければならない」
「っ!?何言ってんだよ、全て知ってもらうって――空姉さんに自分の個性が父さん達どころか姉さんの両親達すら殺したって言うのかよ!?」
確かに空姉さんも自分の個性が父さん達を殺したのだと気付いた、でもまだ誤魔化せるかもしれない。
ましてやこの上姉さんのおじさんやおばさんが死んだのも姉さんの個性が原因と知るなんて――間違いなく壊れてしまう。
「…それでも、彼女は知らなければならない。何も知らずにいるには空ちゃんの個性は危険過ぎるんだ」
それは分かっている。
名前なんてろくに世間に知れ渡ってなんかいないがそれでもサイドキックとして活躍していた父さえ死んだのだ。
こんな暴走がまた起きたら次はどれ程の被害が出るかなど予測が出来ない。
――それでも、それでも姉さんが真相を知ってしまうことを避けたくて何とか別の方法はないか必死に考える。
「っ!そうだ、オールマイト…オールマイトなら何とかできるだろ、さっきも――」
「それは――」
「それは無理だよ千土君、オールマイトさんの力を必要とする人はあまりにも多すぎるんだ。彼にずっと空ちゃんの面倒を見てもらうことはできない」
No.1ヒーローであるが故にオールマイトには時間がない。
オールマイト自身もそれが分かっているのだろう、申し訳なさそうに顔を曇らせてしまっている。
「空ちゃんは私が責任を持って預かるよ。私の個性なら彼女が不安を抱いてもある程度落ち着けさせることが出来る、心配はいらないさ」
「…心奈さんが?」
「あぁ、私は今個性の扱いが難しい子達の面倒を見ていてね、彼女の安全は約束しよう」
つまり空姉さんはどこかの施設に入るということだ。
それはきっと正しい処置だ。だから――やはり空姉さんに全てを知らせるという決定を覆すことは出来ないということだ。
「ははっ…ほんっとうに何もできねぇな俺は…」
父と母にただ守られ、姉さんを救えず結局オールマイトに守られただけ、一体自分は何のために存在しているのだろう。
こんな自分が両親と交わしたヒーローになるという夢も姉さんに誓った守るという約束も果たせる訳がない。
激しい自己嫌悪に身体から力が抜け落ちていく。
感覚がなくなっていく全身、その肩にそっと大きな手が添えられる。
「…何だよ」
「何もできないなんて言ってはいけないよ、君は立派なヒーローだったさ」
「どこがだよ…父さんと母さんを置いて逃げて、守らなきゃいけない人に何にもしてやれない…こんなヒーローがいるもんかよ」
ヒーローを目指す者全ての憧れであるオールマイトの言葉すら最早耳をすり抜けてしまう。
けれど目の前のヒーローは言葉を紡ぐ。
「何もしてやれない?そんなことはないさ!見たまえ!君が必死に手を引いたから彼女はこうして無事に生きている!君は確かに守り抜いたんだ!」
「っ…でも」
「何より君は自分の悲しみさえ抑え彼女を守ろうとした。それは誰もが出来ることではない!君は誰よりも優しい心を持っているんだ!!」
彼が両親を失った原因、それは間違いなく空ではなくヴィランの男だ。だが、それでも彼女に負の感情を抱かずにいられるか?少なくとも普通なら割り切れない思いもあるはずだ。
けれど目の前の少年はずっと傍らの少女を守ろうとし続けた。
姉同然の存在だから
サイドキックとして活躍する父を見てきたから
周りよりほんの少し賢しくなる母の教育を受けたから
様々な理由はあれど彼は自身の悲しみを抑え他者を救うことを選んだ。
そんな彼の言葉だからこそ自分が飛び込む直前、空の個性で形成された死神の身体の一部が崩れるほど彼女の心を動かしたのだとオールマイトは思う。
「これは一部の者しか知らないことだが…私は今あるヴィランを追っているんだ。とても大きな仕事でね、安藤君の言うように私は空君に付き添うことはできない…すまない。――けれど誓おう、二度と彼女を脅かすヴィランが現れないように私はヒーローとしてあり続ける。」
例えどのような相手であろうと、例えどのような逆境であろうと決して諦めず勝ってみせよう。
そのヒーローとしての姿で皆を安心させよう――"平和の象徴ここにあり"と。
オールマイトはそう語ると地面に膝をついて俯く千土と視線を真っ直ぐ交わす。
「だから…彼女は君が支えるんだ!大丈夫、君ならできる。現に私は君が彼女の心を動かした瞬間を見た!誰よりも優しい君ならばきっと彼女を救えるさ!地城 千土君、君はヒーローになれる!!」
己が嫌悪した自分自身が認められた。
他でもない誰もが憧れるNo.1ヒーローオールマイトに。
それがとても嬉しくて、それでもつくづく偏屈な俺はその言葉を信じ切ることが出来なくて――意地を張った。
「嘘だ――オールマイトはヒーローだからそんな事を言ってるだけだ」
「そんなことはないさ、私は――」
「だから…見返してやる!空姉さんだけじゃねぇ…ヴィラン共のせいで不安な思いをしてる人全員守る、そんなヒーローになってやる!」
肩に優しく置かれた手をゆっくり押して顔を上げ、目の前に膝をついたオールマイトの目を真っ直ぐ見つめ返し宣言する。
そう、オールマイトの言葉で思い出した。
自分の言葉で空姉さんを恐怖を払いきれなかった理由。
ただ逃げてるだけの男の言葉で人は救えない――ならばどうすればいいのか?
目の前にいるこの偉大なヒーローこそがその答えだった。
――だから
「俺はアンタを越える最高のヒーローになってみせる!姉さんだけじゃない!恐怖に苦しむ人全てを救うヒーローになってやる!!」
――この瞬間、ただ数多のヒーローの一人に成りたかった俺から最高のヒーローを目指す俺に変わったのだった。
▼▼▼
「――と、まぁ俺の話はこんなもんなんだが…改めて思い返してみれば俺オールマイトに礼言ってねぇぞ…」
「…お前らしいな」
一通り話したと語る千土、彼のその過去に何と言おうか思案した轟だったが続けて呟かれた言葉に毒気を抜かれた。
「それで、その後はどうなったんだ?」
「そっからは――まぁ色々あったさ」
あの後俺は心奈さんに引き取られ彼女の助手という名目で本来個性の制御に難のある者しか入れない『個性制御施設』に入ることになった。
「入ってすぐに姉さんには全部話したよ。そりゃだいぶ堪えたけど心奈さんのメンタルケアもあって何とかなったよ」
嘆いて吐いて謝って謝って謝って――とても見ていられなかった。
そればかりは思い出すことさえ辛く、誤魔化す様にクリームを緑茶の中に落としてただのソーダとなったものを飲む。
「心奈さんの力で何とか話を聞いてもらえるようにしてもらって、そこからは必死に口説いたもんだ」
元の明るい性格はすっかりなりを潜めて塞ぎ込んでしまった姉に何度も声をかけて立ち直らせた。
もっともそれも長い時間がかかったし、全てが治ったわけではない。
明るい性格でアウトドア気質だった以前の性格はやはり戻らず今にも続く引きこもりのインドア派に変わり口調も何だか良く分からない変なものに変わった。
それでも今を今として楽しんで過ごしてくれている、それが何より嬉しいのだと語ると轟は納得したように頷いた。
「お前の強さがようやく分かった気がした。――そりゃ以前の俺が勝てねぇはずだな」
「ははっそんな大したもんじゃねぇよ、俺はたまたま強くしてくれる人に恵まれただけさ」
父と母に心奈さん、3人の親に引っ張られた。
それに加えてNo.1ヒーローのオールマイト、今にして思えばあの人ならば様々な人脈で空姉さんを安全に保護する手段はいくらでもあったのではないだろうか。
――けれど、もしもあの人だけで解決されてしまえば少なくとも俺はずっと無力感に囚われ腐っていただろう。
もしかしたらそれが分かっていたからオールマイトは俺に任せることで――俺を救ってくれたのかもしれない。
「――なぁ轟、ヒーローは遠いな…」
「何だ突然?」
「い~やふと思ってな、実は俺施設にいたころ近い年の利用者の何人かを面倒見たことあってさ。『腹話術』の個性が制御出来なくて所有物が自分の腹の内を勝手に喋りだして人間関係をめちゃくちゃにしちまった奴とか満月の日だけ発動する『狼男』の個性のせいで普通の人と違って個性慣れする時間がない上にちょっと荒い人格になる奴とかな」
その内容はあまり他人に話すべきではないだろうと轟は思うが、ここまで彼の話しを聞き続けたこともあって言葉を挟むことなく耳を傾ける。
「皆個性が特殊な連中で、皆苦しんでた。けど生まれ持った個性が罪になるなんてふざけてるだろ?だから俺は相手の個性と向き合おうと思ったんだよ」
制御出来ない個性に苦しんだのならばそれ以上にその個性に希望が持てるように。
「とはいえ今にして思えば正に子供の発想でな、腹話術の奴はそいつの所有物ならいくら離れても喋れるって気付いて、なら俺がヒーロー事務所立てたらそこのオペレーターとして雇ってやるなんて言って、狼男の方に至ってはヒーロー活動で稼いだ金でいつでも満月の宇宙に連れててやるからもう少しだけ待ってろっつったんだぜ?根拠ないにも程があるだろ?」
それを聞いて轟は千土が何故他人の個性を時として本人以上に活用できるのか理解した。
(救う為に、他人の個性が何が出来るのかずっと考えてきたから――か)
自身の個性に苦しむ人達に希望を持たせる為に、その個性の可能性をずっと考えてきた。
だからこそ他人の個性を即座に活かすことができるのだろう。
「――俺は、少なくとも俺達の中で一番ヒーローに近いと思うぞ」
先程千土が口にした者達も、そんな事情を簡単に話す辺りきっと彼は救えたのだろう。
そしてそんな者達同様に轟自身もまた千土に救われたと思っているからそう言うと千土はそれが気恥ずかしいのか曖昧に笑った。
ふと時計を眺めれば些か長話が過ぎたのか昼前の一時から昼飯時になっており、丁度良いやと言っていつぞやの借りを返すよと千土が昼用のメニュー表を開いた状態で渡してきた為轟は然程高くない軽食を選ぶのだった。
待つこと数分、目の前のテーブルに各々注文したものが揃い先程までの長話はどこへやらお互いあまり喋ることなく箸を動かす。
ふと、先程までの千土の話しを思い出し目の前に軽食に毒があったらと――そんな空想を描く。
(なるほど、これが現実に…か、キツいな…)
ほぼ無意識に抱いたそんな空想が人の命を奪うこともあるかと轟はほんの少しだが顔を曇らせるのだった。
▼▼▼
「今日は悪かったな轟、次はもっと笑える話し用意しとくよ」
「別に気にしねぇよ、こっちも似たようなもんだったしな」
喫茶店を出てすぐに轟に謝罪をすれば気にしていないと返ってきてひとまず安堵する。
安心したことで大切な事を言っていなかったことに気付き「あっ」と声を上げる。
「今日のことは他言無用で頼むな、姉さんの事は勿論、俺のこともな」
「分かっている。だが本当に他の奴には話していないのか?」
「そりゃなぁ、俺のイメージなんて浮かれたアホって認識でいいんだよ。その方が楽しいしな」
別にキャラを作っているつもりはない。
だが自分の覚悟に難しい顔をしているより笑った顔で誰かを救えるようになりたいと思ったから、気が付けば偏屈な性格がいつの間にかこんな風になった。
――つまり何が言いたいかと言うと。
「ぶっちゃけ昔は妙に利口ぶってたとか知られたくもねぇんだよクッソハズい。という訳で他言禁止な」
「よく分からねぇけどお前黒歴史多くねぇか?」
「うるせぇやい、その時その時に正直に生きてるとそうなるもんなんだよ」
大体そこまで言う程多い訳でもないだろ。
まずガキの頃の性格だろ
…オールマイト越える宣言だろ
……プロヒーロー全員越える宣言だろ
………多いな…というか内容が濃いな、死にたい。
「ちょっと生き方を改めるか…」
「別に止めはしねぇけど多分それがまた黒歴史になるんじゃねぇか?」
「なるほど!轟お前賢いな!」
指をパチンと鳴らして感心したように話す千土に轟は言葉を失う。
少なからず恩人の1人だと思っているのだがこうも頭の緩い言動をされると何と言っていいのか分からなくなってしまう。
「――それで、何でそんな話しを俺にしようと思ったんだ?俺の話を聞いたから自分も…とは言っていたがそれだけじゃないだろ?」
流石の轟もいい加減千土のノリに付き合うのも疲れた為最後の疑問を口にする。
自分自身であまり他人に話したくないと語ったのならなおのこと何故今日ここに呼びつけたのかと。
「――いやほんと大した理由ないぜ?こないだの体育祭の途中に施設の友人共と出くわしてな、何か知らんが自分の事も多少は話しとけって心配されてさ、まぁそんだけさ」
余計なお世話だってんだよなぁと愚痴れば轟は一応の納得をしたのか「そうか」とだけ返した。
――何とか誤魔化せたようで何よりだ。
「という訳で!アホ共への義理立てもこれで完了だ、ありがとな轟」
「もういいのか?」
「あんまり付き合わせるのも悪いしな、この後また行くんだろ?」
「あぁ、これからは時間があればできるだけ顔を出すつもりだ」
「そっか、じゃあやっぱこれでお開きだな」
やっぱり母と子は仲良くしてるに限る――できれば父もそこに混ざれるのが一番良いのだろうがそれは難しい話だろう。そもそもエンデヴァー側に問題があり過ぎる。
ともかく轟はこの後も予定があるらしいしここらで切り上げる方が良いだろう。
「今日はありがとな轟、また明日な」
「ああ、またな」
▼▼▼
「は~、しっかし思った以上に上手くいってるみてぇだな」
帰り道をのんびり歩きながら轟の様子を思い出す。
1日そこらじゃまだまだ完全とは言えないだろうが少しずつ親子の絆が修復しているのならばそれで良い、轟ならばいつか何とかできるだろう。
――だから
「今更俺が足を引っ張る訳にはいかねぇな」
もしも個性を消せるとしたらどうする?
自身の個性に悩みを持つ、正確には持っていた轟にそんな問いをかけてみようかと思った。
――きっと、自分と一緒に悩んでくれる誰かを求めていたのだろう。
だが轟は既に自分の個性を受け入れることを決めた、それに俺自身少なからず彼の背を押した身、アイツの覚悟に水を差すことなんて出来るはずがない。
――やはりあの謎の男のことは自分1人で決着をつけねばならないということだろう。
だが、だとして俺はどうする?
あの男は自身について然程多く語った訳ではない――だが間違いなく正道な人間ではないだろう。
それは怪しい風貌だからという理由ではない、一時的ではあるが個性を使って他人を誘拐したにも関わらずあの男は至って落ち着いていた。
言ってしまえば"犯罪慣れ"
そんな奴がまともな人間とはどうしても思えない。
その男の誘いに乗るというのであれば俺は――
「…アホくせぇ」
そんな思考に嫌気がさしてただそう吐き捨てる。
通り道の端の自販機の近くに投げ捨てられた空き缶が目に入りそれを無意識の内に拾う。
すぐ側に置かれた缶のゴミ箱に拾ったそれをそっと入れる。
あの男はいずれまた俺に声をかけると言っていた、ならばその時に結論を下せば良い。
もしもその男の誘いに乗るのだとしても…それまではヒーロー志望の雄英高校の生徒の1人でいれるのだから。
そう、俺がなりたいのは最高のヒーローだ。それは絶対に嘘ではないのだから――
半ばダイジェスト染みたものになり申し訳ありませんでした。