最近更新ペースが目に見えて落ちてきて申し訳ありません。
職場体験先を決めて数日後、いよいよその日が訪れた。
職場体験開始日の朝、いつも以上の早起きをした千土は欠伸しながらリビングへと入るとレトロゲームが接続されたTVに並んで向き合う義姉と獣人の二人の姿を捉える。
「あ、おはよう千土」
「おはよう姉さん、…悪ぃな狼次。ずっと起きててもらって」
「あー気にすんな、こちとら一週間徹夜で遊ぶのなんてザラだからな」
体育祭の時に会った友人。
しかしその口調はその時のものとは別物で、その姿も一般的な人型から全身から毛が生え、鋭い牙と爪を持つ獣の混じった――人狼の姿になっていた。
「頼んどいて何だが早死にするぞ?」
「いや、俺じゃなくて主人格の方な。あの馬鹿新作ゲームに嵌まると発売から一週間徹夜でプレイし続けやがる」
「何やってんだあのアホ」
見月 狼次の個性『狼男』
満月の夜を迎えると発動するという特殊な個性。
個性が発動すると一般的な人型に狼の特徴が混じった人狼に変化すると共に人格も変化する。
本人を含め俺達はそれを"主人格"と"裏人格"と言い分けており、一度個性が発動すると表に出た裏人格が寝るまでその個性は発動し続ける。
その為てっきり"こいつ"がまた寝もせずに遊びまくってるのかと思えばまさかのその逆という、筋金入りの引きこもりの後輩に頭が痛くなってしまう。
「ま、とにかくそういうこった。こっちは任せてお前はさっさとプロヒーロー越えてきな」
「職場体験の趣旨はそんなじゃねぇよ…まぁ土産話は仕入れてくるわ」
「おぅ」
主人格の方はともかく、個性が発動した狼次の強さは信頼している。
何より人狼となったことで跳ね上がった嗅覚、聴覚があるため何か異変があれば即座に動ける為心配はないだろう。
「いやぁごめんね狼次君、別に一週間ぐらい僕だけでも大丈夫だと思うんだけどね」
「いや無理だろ生活能力ないじゃんアンタ」
「いやいや!そりゃ施設にいた頃は酷かったけど今はだいぶ出来るよ!!ねぇ千土!?」
「それじゃあぼちぼち行ってくるかな、あぁそうだ、一応心奈さんと含話にも話といたからキツいと思ったら寝ろよ」
「いらねぇっての、さっさと行けや」
「ちょっと!?」
施設にいた頃と変わらないノリに苦笑しながらも予め用意していたバッグを肩にかけて玄関へと向かう。
ともあれ心配はなくなった。この一週間、職場体験に全力を注ごうと決意し後ろから聞こえる見送りの声に片手で応えながら外へ出るのだった。
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全国各地のヒーロー事務所への職場体験の為、今日は学校ではなく都心の駅にA組生徒達は制服姿で集まり相澤の最後の忠告に耳を傾けていた。
「――以上だ、皆くれぐれも受け入れ先の方に迷惑をかけないように…分かったら行け」
「「はい!!」」
大きく返事し生徒達はそれぞれの体験先へのホームへばらけて行く。
千土も耳郎や障子、常闇達と互いに手短な激励を済ますと目的地への電車に乗り込むのだった。
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電車で揺られてどれ程か、とうとう始まる職場体験への緊張と高揚に正確さを失った体感時間では分からないが電車を降り暫く歩いた先にそれはあった。
――鯱ヒーロー・ギャングオルカ事務所
20人以上のサイドキックを擁するトップクラスのヒーロー。
実力、実績ともに高名だが堅物と言われる程厳格な姿勢と顔の怖さから『ヴィランっぽい見た目ヒーローランキング』なんてもので第3位にランクインした方だ――会うのが少し怖い。
事務所のエントランスに入り設置されているインターフォンを鳴らすと受付担当の方らしき男性の声が聞こえた。
「雄英高校1年、地城 千土です!!職場体験で来ました!」
『お、話は聞いているよ、少し待っててくれるかい?』
然程時間もかからずエントランス奥のドアから半魚人の異形型個性の男性が姿を見せた。
同系統の個性であるギャングオルカに惹かれ、彼の下で働いているのだろうかと無意識に推測してしまう。
「おまたせ、いやぁ雄英体育祭優勝者ともなれば他からも呼び声多かったでしょ?うちを選んでくれてありがとうね」
「いえ、お礼を言うのは指名して頂いたこちらです。この一週間どうかよろしくお願いします!」
「ははは、それはまずシャチョーに言わないとね。早速案内するね」
「ありがとうございます」
男性の案内に従い事務所の中をゆっくりと歩いていく。
途中何人かサイドキックの方らしき人達とすれ違い、お辞儀をしながら歩いていると案内の男性が意外そうに口を開く。
「何だ、体育祭の様子を見てたから心配してたけど案外礼儀正しいね?」
「いや、あれはまぁその…はい」
「ごめんごめん揶揄うつもりはなかったんだけど意外だったからね、さ、着いたよ」
男性はそう言うと目の前のドアを軽く叩き、その奥の人物へ呼びかける。
「シャチョー、雄英生の地城 千土君をお連れしました」
『あぁ、入れ』
促されるまま中へ入ればそこにいるのはこの事務所の長、黒と白の身体を白いスーツで身を包んだ男、プロヒーロー・ギャングオルカが立っていた。
「本日から一週間お世話になります。雄英高校一年、千城 千土です!よろしくお願いします!」
「…ほう、案外礼儀はあるんだな」
「すみません、あん時はいろいろあって頭のネジがぶっ飛んでただけなんです、本当すみません…」
俺が思ってた以上体育祭でのあれこれは印象を残していた様だ。うん、活躍が目立ってたならともかくこの場合は明らかに爪痕を残したのは別の部分――主に代表挨拶とかだろう。
「フッ冗談だ…そもそもこちらはあの時の言葉に見込みを感じたから指名したんだ、気にするな」
しかし不意に聞こえたギャングオルカの言葉に「え?」と声を漏らしてしまう。
「あの様な場でプロヒーロー全員を越えるなどと豪語したのだ、有望株として指名したくなってな」
無論実力が伴っていなければ歯牙にもかけなかっただろうがと付け加えてギャングオルカは語る。
聞く人によっては身の程知らずと嫌悪するかもしれないものだったがギャングオルカにとっては気に入るものだったと知って安堵する。
一応指名はしておいたが内心良く思っていないなんてことがあったらこの一週間が非常に苦しいものになると思っていたので僅かながら気が楽になった。
「勘弁して下さいよ…マジで自分の行動を後悔しましたよ…」
――だからほんの少し口調が崩れた。
「すまないな――向上心は見事だがそれがもしも現ヒーロー達を見くびっているから出たのならまずは矯正から始めようと思っていたのでな」
ギャングオルカの目がギョロリとこちらを捉えてくる。
深い渦のような瞳に重苦しい程の威圧感を覚え汗が吹き出す。
「あ、はい…その様なつもりはまったくないです…えぇ」
「その様だな、こちらとしても余計な事に時間を裂かずに済んで助かる」
――やべぇ想像の10倍怖ぇよこの人…
TV越しで何度か見たその姿、しかし直接顔を見合わせると『見た目がヴィランっぽいランキング』の最上位にランクインする理由が良く分かった。
――下手な発言すんのはやめよう。
「さて、いつまでも話している時間はない。更衣室でコスチュームに着替えてこい。一先ず今日は朝礼で事務所の者達に挨拶、その後はパトロールだ!時間は有限だ、街の警護と並列で指導してやる」
「了解!」
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ヒーローコスチュームに身を包んだ千土はギャングオルカと彼のサイドキック達数名と共に街を駆ける。
「遅いぞグランディス!周囲の警戒を徹底するのは良いが時間をかけすぎだ!もっと早く見極めろ!!」
「うっす!」
コスチュームを身を包んだ事で呼び名は予め申請したヒーローネームで呼ばれるがその内容はまったく誉められたものではない。
千土は周囲の索敵は地面から他者が歩く振動をキャッチして行っている。
これは範囲、精度ともに優れある程度の範囲内ならば即座に探知できる――が、欠点として動かずに狙いを定めている相手を探知することは出来ないという点が存在する。
一方、隣で走るギャングオルカはシャチの特性の1つである音波を巡らせることで音の反響を利用して周囲の様子を一瞬で見極めている。
迅速にして正確、プロヒーローの実力の片鱗を垣間見た瞬間であった。
「貴様は歩く振動で索敵をしているようだが情報を拾いすぎて遅れているな。それにそのやり方では位置が分かっても民間人かヴィランの判断はつかない、振動での索敵はあくまで最低限にして直接観察した方が早い」
「はい!」
実際周囲の警戒をしつつ横目でギャングオルカの動きも観察していたが彼も音波での索敵の後はあちこちに視線を動かし肉眼での警戒をしているようだった。
確かに自分以外が敵と分かっているならともかくパトロールという分野においてこの索敵方法は思ったより向いていないようだった。
「あんまり個性に頼り過ぎても身がもたないしね、パトロールで個性使い過ぎたせいでいざという時に動けないなんてあったら笑い話にもならないよ」
「はい、ありがとうございます」
「個性だけじゃなくて基礎も鍛えてこそだからね」
並走するサイドキックの男性の言葉にも頷き、個性の発動を止めて一度小さく息を吐く。
(こいつ、ここまでずっと個性を使っていたが然程疲労していないな…燃費の良い個性なのか、あるいはしっかり鍛えているのか…これなら明日にする予定だったものもやれそうだな)
自分の後をついてくる少年の様子を見てギャングオルカは僅かに口角を吊り上げるのだった。
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そこから二時間、パトロールを終えて事務所に戻ると15分の休憩を与えられ街を駆け巡った疲労感を抜き取る。
やがて休憩が終わり千土は今――
「あのー、すみませんギャングオルカ…これはいったいどういう?」
事務所裏の訓練場で事務所の統一されたコスチュームに身を包んだ彼のサイドキック10名と向かい合っていた。
「警備練習の次は戦闘訓練だ。心配するな、個性を使うのは代表一名のみ、全員が身体に重りを付けて行う。――初回だし…そうだな5分耐えてみろ」
「マジでか…」
個性禁止と重りの手加減ありとは言え10対1、しかも相手は現場で活躍するサイドキック達…初日にしては想像以上にハードな訓練だ、もしやパトロールの出来の悪さにスパルタ指導に舵をきられたか?あるいはやはり矯正から始める気なのだろうか…
「あーグランディス?これうちの事務所がたまにやる訓練だからそんな顔を真っ青にしなくても大丈夫だ 」
「そうそう、そりゃ1人側に選ばれると軽く絶望するけどその分耐えきったら代表の1人とシャチョーから寿司奢って貰えるきまりだから頑張ろう」
「素でスパルタだった!?」
それはある意味ではここを選んだ理由そのものではあったが初日からここまで"手厚く迎えられる"とは思っていなかった。
気が付けば既にギャングオルカは幾分離れた位置に配置された電子タイマーの近くに控えておりもはやこのスパルタ指導が決定事項なのだと理解させられる。
「ちくしょう腹括るしかねぇ!胸を借ります皆さん!よろしくお願いします!!」
半ばやけくそ気味に叫ぶと同時に訓練開始のタイマーが鳴り響くのを聞き一気に駆け出す。
前列の3人が真っ向から受けて立たんと向かってくると同時に彼らの背後の者達はこちらを包囲すべく散開する。
一見無作為の突撃に対しても最前線で活躍するサイドキックの人達に油断はない、数の利を最大限に活かして確実に攻めてくるつもりのようだ。
ならばと目の前の3人を押し退け包囲を崩そうと目の前の1人に拳を振るう。
「直線的だな」
「っ!?」
――が、あっさりと受け止められる。
そのまま、腕を絡み取られ捕まる――より早く足元の砂を操作して自身の腕を掴む男を押し流す。
間一髪、完全に拘束される前に解放された腕に安堵する間もなく視界の右端に拳が映り咄嗟に交差させた腕をその軌道に合わせる。
重い衝撃に腕が痺れ後方へ姿勢が崩される。
更に背後から伸びてきたもう一人の手に後ろ襟を捕まれ崩れかけの姿勢をそのまま背中から地面へ叩きつけられる。
――だが地面に接しているのなら問題ない。
「まとめて食らえ!」
自らの力を地面へ滲ませ干渉する。
突如、爆発したかのように周囲の地面が弾け、周囲に立っていた者達を吹き飛ばす。
「うおっ!?」
「やるねぇ…でも!」
吹き飛ばした者の1人――唯一個性使用が許された者から閃光が放たれる。
雄英で過ごす内に見慣れた経験がその光が電撃だと察知させるが、その電撃は上鳴のそれより強い。
倒れていた身体を起こす暇もなく、右腕と右足で身体をはね飛ばして電撃の軌道からすれすれで逃れる――が、電撃の光に紛れ迫っていた"針"が浅く身体に刺さる。
さして痛みはなく問題ないと千土はすぐに体勢を整えようとして――異常な麻痺に身体が重くなる。
「っ…痺れ毒…エイの個性?」
ギャングオルカの事務所所属のサイドキック達のデータを頭の中でひっくり返してその該当者を思い出す。
確か名前は平坂 英斗(ひらさか えいと)
『トルペディーネ』というヒーロー名で活動するその男性の個性は"エイ"。
ギャングオルカ同様の生物型の異形系個性。
毒を持った尻尾に加えて発電の能力といくつかの種類のエイの特徴の良いとこどりをしたような個性でギャングオルカのサイドキックの中でも指折りの実力者だったはず。
「お!良く分かったねぇ!」
電撃に隠れていた針――厳密には尾を引き戻しながら目の前の平坂は感心したようにそう言って周囲の仲間と視線を交わす。
それがどういう合図かは容易に察しがつく。
手足が麻痺し動くことも儘ならない以上抵抗のしようがない…つまり――
「さぁ!確保だ」
拘束用のロープを手に彼らは一斉に駆け寄ってくる。
――だが動けずとも個性の発動は可能だ。
先程は追撃への牽制の為に威力よりも妨害を優先したが次は決める!
「『地質操作!』」
「「っ!?」」
地面を鋭く隆起させた無数の岩石の槍を駆け寄ってくるサイドキック達へ放つ。
完全に動けないと踏んでいたのだろう、意表を突かれた彼らは突然迫ってきたそれに構える間もなく撥ね飛ばされる。
上手く体勢を崩せた。
まだ身体が痺れているが幸い自分の個性は動けずとも使える、このまま攻め続ければ残る4分生き残れるかと希望が沸く――瞬間、意識を巡らせていた地面から違和感を感じる。
「っ!?――しまっ!?」
足元から二本の腕と一本の尾が伸びてくる。
地面の振動による探知のお陰で咄嗟に腕に砂と石を纏うことで針の様な尾を防ぐことは出来たがその代わりに伸びてきた腕に身体を掴まれる。
足元の地面から姿を現したのはやはり唯一個性の使用が許されたサイドキックの男性、平坂 英斗。
エイの生態、地面に潜り移動する。
これはそれと同じ事ができる個性の一部なのだろう。
電撃に痺れ毒に隠密行動、どれをとっても強力なその個性、それを使いこなす技術に舌を巻く。
全身に電撃が駆け巡ったのはその直後だった。
「ぐあああぁぁぁぁぁっ!?」
「残念だったね、まぁ経験の差ってとこ――っ!?」
――だがこれはエサだ!
「『地質操作・加重』!!」
「なっ!?――ぐあぁっ!?」
痺れ毒に加え電撃によって碌に動かない身体、しかしその右腕が纏う砂と石を急激に重くすることでその重量をもってして強引に倒れこむ。
密着状態での電撃による攻撃、そのまま拘束を狙う為足元から迫ってきていた平坂さんは崩れ落ちるように降ってきた右腕から咄嗟に逃れようとするも間に合わずその身で受ける。
超重量の拳を受け地面にめり込んで気を失った平坂さんの姿を確認し、腹の中に溜まった息を吐きだす。
これで彼らの中で個性を使える人はもういない、これならば痺れ毒で碌に身体を動かすことも出来ず電撃によって視界がチカチカしている状態でも勝ち目が――あるはずもねぇわ…
「凄いじゃない地城君、まさか平坂君を倒すなんてね…で、まだ手はあるのかしら?」
サイドキックの女性がそう問うてくる。
その声には紛れもない関心、そして嗜虐的なものを感じた――そりゃそうだ平坂さんに拳を放って倒れ込んだ身体を何とか起こしても膝立ちするのがやっとなのだ、いくら動かずとも戦える個性と言えどもこの人数差に加え先程のような不意打ちももう使えないだろう…手詰まりだ。
それを理解したのだろう、サイドキックの方々が一斉に駆けてくる。
――だから打つ手は1つ!!
「…え?」
周囲の地面の形を変えながら隆起させ造ったドームで自身を覆い隠す。
残る3分、籠城を徹底すべくその硬度を全力で引き上げる――切島の硬化には及ばないがそれでも"素手"で壊せるものではない。
「「………」」
沈黙が続く。
暫くの間をおいてガンガンとドームの中に鈍い音が響きだす。
「ごらぁっ!出てこいグランディス!!そんな消極的な姿勢が許されると思ってるのか!?」
「ヒーローが敵を前に引き籠るつもり!?」
「勝ち目なけりゃ市民と一緒に引き籠ってやりますよ!!今は"たまたま"俺一人なだけです!!」
ドームの外から聞こえてくる大声にやけくそになって言い返す。
実際もう身体を動かすことは出来ず今の姿勢を保つので精一杯だ、もしもこれが実践ならばこうして引き籠った状態で密かに穴を作って市民を逃がすのが精々だろう。
勿論それでヴィランが他の場所へ行こうというのならば死ぬ気で抗うが――今回はそうじゃないから…許してください。
「屁理屈はかっこ悪いわよグランディス!」
「俺だって出来るならかっこよく勝ちたかったです!!――あ、寿司ご馳走になります!!」
「怖いもんなしか君は!?」
そんなこんなで俺の"グランディス"としての最初の日は終わった。
実に名前に似合わないかっこ悪いデビューにドームの中で人知れず肩を落とすのだった。
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10対1訓練を終えた後、最後にいくつかの書類関係の作業を教えられ業務終了を迎えるとあんな形での突破であったが約束通り寿司を奢って貰えることになった。
訓練中は勢いで色々言ってしまったがいざ奢って貰えるとなると少しが気が引けるなと思いつつ店の席に着いたのが数分前――本気で後悔していた。
店の何処にもメニューはなく値段も確認できない、目に映るのはカウンターを挟んで対面する店の主人の姿。
コンベアを回る寿司など何処にもない。
「………」
「「………」」
両隣の席にそれぞれ座るギャングオルカと平坂さんに挟まれ生きた心地がしないまま滝の様に汗をかいていた。
(ガチの店だった…)
予想だにしなかった状況に息が詰まる。
3分間引き籠っていた奴が上司どころか受け入れ先のプロにこんな店で飯を奢らせるのか!?――無理だ、絶対喉通らないぞ!?
「何握りましょうか?」
「……河童巻きありますか?」
主人の声に肩を震わしながらも何とか応える。
――あれ?この手の寿司店で巻き寿司って最初に頼むのってまずかったような…駄目だ思考が定まらない。
「…そう委縮するな、私はむしろ評価したぞ?」
「え?」
「蛮勇は時として余計な被害を招く、ヒーローとは勝機のない戦いを挑む者を指す言葉ではない」
手元のお茶を飲みながらギャングオルカはこちらに視線を向け語る。
「勿論それは己の限界を決めつける言い訳ではない、必要なのは自分が出来る最善手を選ぶ力だ」
「…はい!」
「もっともあんなやり方をプロヒーローが繰り返せば待っているのは信頼の喪失だ、貴様の目指すものが№1ヒーローだと言うのならば…上手く出来たと思うなよ?」
「はい!ありがとうございます!」
ギャングオルカの厳しい言葉に胸の奥が熱くなるのを感じる。
プロヒーローの中でも指折りの人物が自分の№1ヒーローになるという目標に対して本気で指導してくれている、その事実が心の底から嬉しいと感じる。
「はは、シャチョーは相変わらず厳しいですね」
「フン、未熟なひよっこには甘やかされる時間などない」
平坂さんの茶化すような声をギャングオルカはにべもなく切り捨てる。
そんな厳しい態度も彼の下で働くサイドキックである平坂さんからすれば慣れたものなのか、わずかに笑みを浮かべると「そういえば」と言ってその視線をこちらに向けてくる。
「地城君はどうしてうちの事務所を選んだんだい?雄英の体育祭優勝者なんだし他にも結構指名貰ってたんじゃない?」
「……色々理由はありますけど、うち1つはギャングオルカに聞いてみたいことがあったんです」
「何?」
「『個性:鯱』って水中生物に関する個性じゃないですか、元々は水中用の個性だったんですか?」
「…成程、そういうことか」
その質問がどういう理由で生まれたのか、おおよその予想ができたのだろう、ギャングオルカを一度頷いて口を開く。
「確かに地上にいるより水中にいる方が機動力も上がるし"補給"もいらなくなる…が、」
ギャングオルカはその個性の特性上、陸上での長期活動の際に予め用意していた水を度々頭から被っている。
実際パトロールの指導で並走していた時もその様子は目にした。
「しかし精々がその程度だ、私の個性は最初から陸上に適応していた。そもそも個性は訓練次第で出力が増したり別の使い方を見つけることはあってもその本質が変わるわけではない。恐らくお前の個性の"制限"もその類いのものだろう」
「…まぁ、そうでしょうね」
ギャングオルカの言葉に少なからず落胆はしつつも予想はしていたことであるため力は抜けつつもそう返事する。
自身の個性が十全に力を使うにあたって付いて回る"地に足がついていなければならない"という制限。
今でこそクラスメイト達との訓練では技量の差によって上回っていたが爆豪や轟との戦いでは特にこの縛りで追い詰められかけた。
もしも彼らがこの職場体験を経て今以上の技量を得てしまえば自分は彼らより上に、あるいは彼らの横に立てるだろうか、そう思ったからこそ『水生生物』の個性であるギャングオルカと会ってみたいと思った。
もしも彼の個性が元々水中でしか使えない個性で後天的に陸上でも使える様になりトップクラスのヒーローへ上り詰めたのだとしたら何としてでもそれまでの道程を知りたかった。
――が、残念ながらそういうものではなかったらしい。
「…うちの事務所や他の事務所にも水生生物や様々な法則を持った個性のヒーロー達は多い、しかしいずれも後天的に個性が変質したという例は聞かんな」
「僕の『エイ』も同じだよ。…残念だけど力にはなれないなぁ、ごめんね」
そんな落胆した様子が目についたのだろう、ギャングオルカも平坂さんもこちらの意図を踏まえた上ではっきりとそう告げた。
「いや、そんな。もしそうなら話を聞かしてもらいたいってだけですので謝らないで下さい。それにこれはおまけみたいな理由ですし」
「そうなのかい?」
「一番の理由はギャングオルカが一番厳しく指導してくれそうだったので。1週間しかないこの貴重な時間、ヒーロー志望の生徒として甘やかされたくはなかったので――」
ヒーロー達のスタイルも各々だ。
オールマイトや13号先生の様な優しいイメージの強いヒーローもいればエンデヴァーやミルコの様に荒々しいイメージの強いヒーローもいる。
そんな数多のヒーロー達の中から1週間という短い期間で指導してくれる人を選ぶならばそれは誰よりも厳しい人が望ましいと思った。
そこまで話してハッと思考が巡り言葉を止める。
「す、すみません。1週間"も"受け入れて貰っていますのに――」
「あっはっは、地城君ほんと真面目なんだね。何か印象違うなぁ」
たった1週間、学生の身としては非常に短い期間だが常に最前線でヒーロー活動を行うプロヒーローにとっては1週間も学生の指導を行うのは多少なりとも手間だろうと思い慌てて謝罪をするもそんな様子がむしろ面白かったのか平坂さんに笑いながら肩をバシバシと叩かれる。
肩に走る衝撃にからかわれているかの様な感覚に駆けら れ、それが何となく気恥ずかしくてさっさと話を進めようとギャングオルカに視線を向ける。
「――だから、さっき甘やかされてる時間なんてないって言ってくれて嬉しかったです。改めてこの1週間、よろしくお願いします。」
「ふん!たった半日の体験でへばった未熟者が大きく出たものだな!!言っておくが明日からは今日程甘くはないぞ!――職場体験が終わった時後悔してなければ良いがな!?」
「上等!全部踏み越えて最高のヒーローに百歩近づいてやりますよ!!――すみません、ウニとイクラと大トロ追加お願いします!」
「貴様!?」
――やっぱりプロヒーローの下で学ぶという状況に緊張していたのだろう。どうにもギクシャクとしてしまっていたがギャングオルカや平坂さんとこうして話せたことでようやくエンジンがかかってきた様な感覚に満たされる。
明日からの体験学習へ昂ぶりながら目の前に並んだ握り寿司を次々に口に運ぶのだった。
(…まぁ、厳しい人なのは違いないけどほんとは子供好きでだいぶ無理してるんだけどねー)
学生らしからぬ意識の高さを持つ少年もまだまだ人を見る目は甘いなと思いながら、厳格な態度を見せる自身の上司とそれを望んだ学生を交互に見比べて平坂はこっそりと笑うのだった。
職場体験1日目、慣れない環境に少なからず調子を崩していた千土だったが最後にはいつもの調子に戻り、明日からの体験学習に闘志を燃やしながら予め予約していた宿泊先のホテルへと向かうのだった。