保須市路地裏にて千土は轟と共にヒーロー殺しステインと向かい合う。
並みのヒーローを遥かに凌ぐ相手の力量に加え時間を稼げばプロヒーロー達が駆け付ける状況で、こちらから不用意に突っ込む必要はない、故にこそステインの動きを一つとして見逃すまいと警戒する。
──こちらの意図を当然理解したのだろう、数秒と待たずしてステインは静寂を破る。
決して飯田の様な桁外れた速さではない、だがその極限まで鍛えられた動きには無駄がなく男の姿を獣のごとく思わせる。
「2人共! そいつに血を見せちゃ駄目だ! 血を経口摂取して相手の動きを縛る個性だ!」
「その為の刃物か! 地城!!」
「あいよ!」
自身の足元の地面を砕き、浮かばせたコンクリートの塊をステインの足元へと放つ。
弾丸のごとく打ち出された石礫、しかしそれをステインは身体能力一つで飛び越える。
「……遅い」
「今だ轟!」
「──ああ!」
しかし、こんな程度が通じるとは最初から思っていない。
これは奴を跳躍させる為の誘導、奴の個性が動きを封じる個性でしかない以上どれ程卓越した身体能力であっても空中で動くことは出来ない。──つまりそれに合わせて放った轟の炎を避ける手段はない。
更に念には念、ステインの着地点を陥没させ空中から逃がさない。
「──即席の連携としては悪くない、が甘いなァ」
「はっ!?」
しかし、ステインはその手の刀をビルに突き刺しそれを軸に更に一段、宙を飛ぶ。
化け物かと目を疑うがステインが刀とは別に携帯していた小型のナイフを数本投擲してきたことでその意識を引き戻す。
すぐにいくらか周囲に残していた石礫でそれを弾くがその僅かな瞬間で影は目前へと迫っていた。
空中から一瞬で迫ってきたステインの足が伸びてくる。ご丁寧に靴にも無数の突起が施されており防いだとしても血が舞うだろう。
「──っ!」
一瞬、靴の突起が千土の腹を捉える寸前その動きは静止する。
その直後ステインの背後から迫った石礫がこめかみを掠める。
──あと僅かにでも蹴りに踏み出していれば目の前の子供の胴体を抉っていたろうが自身も頭部に一撃を受けた。
そう判断しつつステインは後方へと跳躍し壁に刺さったままだった自身の刀を回収しながら距離をとる。
数舜遅れて先程までステインが、そして千土が立っていた位置が業火に包まれる。
「くそ、逃がしたか」
「悪い轟助かった、まさか背後からの攻撃まで避けられるとはな」
諸共炎に飲み込まれたかと思われた千土が地面から生えてくると同時に轟の隣に再び並ながら苦々しく呟く。
空中へと誘導し轟の炎で攻撃、万一それが避けられた自身を囮に最初に誘導として放った石礫を引き戻して後頭部に当てる。その手筈だったが身体能力一つで簡単に避けられるという結果に少なからず驚愕していた。
「動きが桁外れだ、おまけに行動の一手一手が次の攻撃に続いてやがる」
「こっちが二人掛りの上個性フル稼働でやってることを体術だけでやりやがって……化け物かよ」
「とりあえずさっきみたいな捨身の戦術はもうすんな、片方やられたらその時点で終わりだ」
「だな、悪いちょっと無理した」
もっとも向こうがこちらの狙いが時間稼ぎだと思い込んでいればハイリスクな速攻勝負が上手く嵌るかと思っての不意打ちだったが、一度見破られた以上次も無理だろう。
ここからは当初の予定通り時間稼ぎを軸に叩かわねばと思考を巡らせる。
一方、早くも手詰まりな状況に歯噛みするこちらを静かに──まるで値踏みするかの如く見ている。
「……やめてくれ皆……」
「飯田?」
背後から聞こえてきた飯田の声にステインから意識を逸らすことはせずとも耳を傾ける。
「……そいつは僕が、兄さんの名を継いだ僕が!」
──それはヒーローとしての責務ではなく親しい者を傷付けられた憎しみからくる重苦しい声。
「……継いだ割には俺が知ってるインゲニウムとはえらく違うな──お前の家も裏じゃ色々あるんだな」
だからこそ轟はそう呟く。
憎しみに囚われた者の視界がどれだけ狭まるか、自分自身が身をもって知っているからこそ今の飯田を見ていられなく思ったのだろう。
そしてそれは千土もまた同じだった。
価値がないと判断した者の言葉に興味などないのだろう、再び接近を図るステインの動きを阻むべく陥没と隆起を繰り返しながら背後の飯田へと言葉を向ける。
「──お前の気持ちは良く分かるよ飯田、家族を理不尽に傷付けられる辛さってのは……俺も同じだったからさ」
「え?」
「だから任せろ! お前の憎しみも悔しさも──正義も全部背負ってこいつを取っ捕まえてやる!!」
確かに飯田は兄を傷付けられた憎しみでステインを追ったのだろう。
それは決してヒーローとして褒められたものではないのだろう──けれど自身の大切な人が傷付けられたからこそ2度と同じことはさせまいと思った"正義"だってあるはずだ。
誰かの為に怒る──その全てが間違いだとは言わせない。
「その贋作の憎しみを背負う? ならば貴様も同罪か……」
如何なる妨害も容易くすり抜け目前に迫ったステインに千土は自身の足元の地面を槍状に隆起させる。
高速で動くステインの動きを見極め、踏み込んだ瞬間に放った一撃。石の槍の動きだけでなくステイン自身がそれに向かって突っ込んでいる以上今度こそ空中へ躱すことも不可能。
──しかしその一撃をステインはその手の刀で槍の根本から両断する。
石の槍を切り裂いたステインはそのまま千土との最後の間合いを詰め返しの刃繰り出す。
「っ!?」
ガキンッと鈍い音が響く。
ステインの刀が千土のコスチュームを切り裂きその先の肉を切る、そのはず刃がコスチュームの中に隠されていた最高硬度に引き上げた板状の石に阻まれた。
思った通り、その個性の特性上人を直接攻撃するときステインの攻撃は僅かだが軽くなっている。
別に手加減している訳ではない、ただ力を込めた一撃を放てばその分動作は大きくなる。
たった一撃相手を負傷させれば相手の動きを封じられる個性を持つ以上そんな無駄は必要ない。これ程の動きを見せる男がネイティブ、飯田、緑谷、誰一人致命傷となる外傷を与えていないのが良い証拠だ。
岩を切り裂く重さよりも肉を僅かでも断つ速度を優先したが故にその凶刃は阻まれた。
「はなっから俺は人の平和を脅かす奴なんて憎み続けてんだよ!!」
一度刀を引こうとするステインより早く叫びを上げながら拳を振り抜きその顔を捉える。
態勢をぐらつかせたステインを続けて攻め立てようと足から地面へ力を流し込み、降りてきたステインの顎へと地面を隆起させる。
「……なるほど」
しかし即座にビルの壁へと飛び上がり地面からのアッパーの軌道からステインは逃れと同時にビルを蹴りつけて再び距離をとる。
その動きには一切の乱れなく、拳を直接受けたダメージなど微塵も感じられない。
「他者を救う為自らの命を賭す覚悟──ハァ……確かに貴様はヒーローとしての在り方をしている。……だが貴様の目にはそこの贋作同様憎しみが宿っている」
「……かもな、否定はしねぇよ」
「…地城君?」
ステインの言葉も事実でありそれを否定する気にはならない。
家族を奪われたあの日からヴィランを恨む気持ちはなくならない、人を脅かす連中なんていなくなってしまえば良いと思っている。
それは幼い頃の自分が抱いた消えることのない憎しみ。
しかし、あの日自分が背負ったものは──そんなものだけではない。
「憎しみなんていくらでも背負ってやるさ、それ以上に大事な……№1ヒーローとの約束背負ってんだ! 軽いもんさ!」
「No.1ヒーロー……だと?」
「……それに、ダチに偉そうに説教しといて俺だけ憎しみに囚われる訳にはいかねぇよ、なぁ轟?」
ふと声を掛けられ一瞬轟はこちらに視線を向け、僅かに口角を吊り上げる。
エンデヴァーへの憎しみに囚われていた自分に体育祭の最中に何度も絡んできた上に勝手に母に根回ししておいてその張本人が憎しみに囚われているなどとんだ笑い話だ。
──もしも仮にそんなことがあるのなら、今度は俺が引き戻すまでのこと。
だからこそ轟は千土の言葉に頷いて目の前のヒーロー殺しへと視線を向ける。
「あぁ、俺達はもう憎しみに囚われたりはしねぇ。"ヒーローを目指す者"としてお前を捕まえる!!」
「そう言うこった! もう誰一人殺させやしねぇぞヒーロー殺し!!」
「──そうか、先程の言葉は取り消そう……いいな、お前たちも」
全力の気迫を宿した言葉にヒーロー殺しの狂気染みた眼差しが返ってくる。
こちらの力量、信念あるいはその両方か、単純に殺しにかかるではなくそれらを測っていたのを止めたのだろう、ステインの纏う空気がより一層重苦しくなる。
緑谷同様に殺さず封じるのか、殺して排除するつもりかは分からないがどちらにしても恐らくここからは本気でくるだろうと息を飲む。
タンッと地面が小さな音を鳴らす。
両手に持った刀を構えながらステインが常人離れした速度で向かってくる。
相手の主戦術たる近接戦闘に持ち込むまいと地面の陥没と氷柱による波状攻撃を仕掛けるも跳躍を繰り返し容易く避けながらみるみる距離を詰めてくる。
「──くそっ!」
これ以上近づかれる前に捉えようと轟が先程より広範囲に一気に氷柱を形成する──しかし。
「自分より速い相手に自ら視界を塞ぐとは愚策だな──何?」
今まで以上の規模の氷塊させステインは容易に切り裂く。
そのまま最後の壁を壊された轟へと凶刃を向けようとして──開かれた空間にその轟の姿がないことに気付く。
「やれっ! 轟!!」
一瞬、その光景にステインの動きが固まるのを見逃さず叫ぶ。
特大の氷柱を出す直前まで轟が立っていた位置の地面がボコッと膨張するとその直後一気に炎が噴き出す。
氷柱で視界を覆うと同時に地面の中に隠れさせた轟の奇襲だ。
今度はビルに刀を突き刺すことで空中での跳躍をさせまいとビルの壁を硬化させつつステインへと迫る炎へ視線を向ける。
「──ハァ……やはりか」
逃げ場のないはずの攻撃、だがステインはその歪んだ笑みをむしろ深める。
「なっ!?」
ステインが切り崩した氷塊、形が歪んだことで崩れたそれが丁度ステインの下へと振ってきた。
最初から狙っていたのか即座にそれを足場として蹴りつけ空中から一瞬で目前に迫ったステインの姿に千土は絶句する。
「一定範囲の地面に干渉する個性……それを見て地面を警戒していないと思ったか?」
言葉と同時に放たれた刀の軌道から即座に後方へと身体を捻って辛うじて逃れ──追撃に投げられた小型ナイフが左肩に深く突き刺さる。
「ぐっ!?」
「地城っ!!」
激しい痛みに視界が白黒になる感覚に襲われるがそれどころではない。
空中に飛び散った血の飛沫に視線を向ければステインの舌がそれを拾いに伸びている。
「舐めんなぁぁぁ!!」
「何!? ──っ!」
後方に捻っていた身体を無理やり傾け顔面から地面に激突する勢いでステインの額へ頭突きする。
鈍い音が響くと同時にステインが僅かに仰け反り、血の飛沫は地面へと落ちる。
すぐに個性で地面を砕いて血痕を消すと同時にステインから距離をとろうと飛び退く──が、一瞬早く伸ばされた腕が肩に突き刺さったナイフの柄を掴む。
容赦なくナイフを引き抜かれ更なる激痛に小さく呻きながらもすぐにステインの左腕へと飛び付く。
その手に握られたナイフの刃にこびりついた血を舐めとられては飯田達同様動きが完全に止められてしまう──今なお刃が抜かれた左肩からも血が溢れているが最早そんなことを気にしている暇はない。
「ハァ……無駄だ、少し遅い」
しかしこちらがステインの腕に飛び付くよりも速くステインはその左腕──その手に握られた血塗れのナイフを自身の口元へ──
「させてたまるかぁぁぁぁっ!!」
「緑谷っ!?」
「──ッ!」
宙を蹴ってステインの下へ飛び込んだ緑谷が彼の左腕を蹴り上げその手のナイフを弾き飛ばす。
更にそれを見た轟が即座に自身へ氷柱を走らせるのを見てステインは左腕を抑えながらもビルを蹴りつけすぐに距離をとって逃れる。
結果、千土の血に塗れたナイフだけが氷の中へと閉ざされた。
「悪ぃ緑谷、助かった。轟、ついでに俺の傷口凍らせて塞いどいてくれ」
「あぁ。──だが緑谷、どうしてお前は動けた?」
「僕にも分からない、けど時間制限ではないと思う」
後ろを確認してみれば未だに動くことができない飯田とネイティブの姿がある。
確認した順番通りであるならばネイティブ、飯田、緑谷の順に解けるはずだ。
「つまり別の要素が絡んでるな。人数制限、摂取量、血液型……」
「血液型……俺はBだ」
「僕は……A」
「僕はO」
轟が口にしたいくつかの可能性、その一つにネイティブが反応し飯田と緑谷もそれに続く。
異なる血液型にもしやと思いステインの方へ視線を向ければどこか諦めたようにため息を漏らす。
「血液型……ハァ……正解だ。取り込んだ血の血液型によって拘束時間が変化する」
「つまりO型が一番短く、逆にAとBは長いってことだな──地城……お前は?」
「…………B型」
「お前はもうあんま前に出るな」
「悪ィ」
拘束時間が長い血液型に加え既に負傷した状態という酷い状況に歯噛みする。
轟の氷のおかげで傷口を塞ぎは出来たがもう下手は打てない。
──しかし全てが悪いというわけではない。
「僕が前衛で注意を引くから轟君と地城君は後方から支援して!」
緑谷の拘束が解かれてこれで3対1の状況になった。
これは極めて大きなプラスだ──だが。
「大丈夫か緑谷? 一人で奴と接近戦は危険過ぎるぞ?」
「危険は承知だよ、けど……」
血液型と個性の特性を考えると打てる最善策は確かにそれしかない。
出来れば俺も石の鎧を纏って緑谷と共に接近戦をしたいが石を切り裂くステインの太刀筋に加えて相性が悪い自身の血液型では足手纏いになるだけと分かってしまう。
「……分かった。俺と轟で全力でお前をサポートする」
「あぶねぇ橋だが他に方法もねぇ──守るぞ、3人で!」
全員腹は括った、轟の言葉に頷くと両手に刀は構えたステインと向かい合う。
「3対1──甘くはないな」
ステインの纏う空気が更に変わる。
狂気に染まりつつも同時に感じる強者の発するピリピリとした緊張感、それはステインが完全に本気になったというなによりの証だった。
圧倒的なプレッシャー、しかし緑谷は臆さず駆けだす。
度々緑谷の見せる強靭な精神力に驚きながらもすぐに援護を始める。
「やれ! 緑谷!!」
最後に見たときから飛躍的に上昇した緑谷の速度、それに劣らぬ速度で迎え撃ちにきたステイン、両者の間の地面を隆起させ巨大な壁を形成する。
(笑止、懲りずにまた視界を覆うとは──っ!?)
例えどれ程分厚い壁を造ろうが強固な体を持ったヒーローの贋作も葬った経験を持つステインにとっては紙同然、手にした刀を振り抜こうとして、それより先に目の前に壁に一気に皹が入る。
「「ぶっ飛べぇぇぇっ!!」」
「……っ!?」
緑谷の桁外れの威力を誇る拳が土塊の壁を無数の弾丸へと変えてステインへと放つ。
豪雨の如く降り注ぐ石礫にステインの足が一瞬止まる。
「今だ!」
「甘いっ!!」
石礫に紛れステインの目の前に接近した緑谷が拳を振りかぶる。──がそれより早く瓦礫に身を打たれながらもステインが刀を右から左へ振り抜く。
既に勢いのついていた緑谷は刀の一閃を避ける為身体を強引に屈め地面に崩れ落ちる。
その動きを見て千土と轟は同時に動く。
千土が右足を地面に打ち付け自身から離れた緑谷が倒れた位置の地面を陥没させるのに合わせて轟が炎を走らせる。
──視界の端に1つの影の動きが映る。
地面に避難させた緑谷を巻き込まないよう僅かに浮かせた炎の軌道。
その地面と炎の僅かな隙間を身を屈めたステインが獲物を狙う蛇の如き勢いで接近してきている。
「化け物め……なら直接炎ん中にぶち込んでやる!! 『地質操作・隆起』」
ステインの足元の地面を隆起させ未だ放出を続ける轟の炎の中へと突っ込ませる。
今度こそ捕らえた、一瞬そう思うも炎の中に微かに赤い光が見えた。
「あぶねぇ轟っ!!」
「なっ!?」
身を焼かれるのを意に介さず放たれたナイフが炎の中を突っ切って轟へと迫ってきた。
咄嗟に轟の横腹を蹴りつけナイフの軌道から逸らす。
しかしこれで轟の炎の放出が止まってしまった、つまり今ステインは──
地面に突き刺さったナイフからすぐに正面に視線を向ければやはり炎に包まれながらも狙いをすましていたのだろう、焼き焦げた服から覗かせる火傷した身体でなお一切衰えない動きでビルの壁を足場にすぐ目の前まで迫っていた。
振り下ろされた右手の刀を瓦礫を纏った腕で横から弾く。
正面から当たれば確実に切り裂かれるであろう一太刀から辛うじて逃れるもすぐにもう左手に握られた刀が振り抜かれる。
人間離れした動きを見せるステインの目にも止まらない高速の一閃。
この場で最も機動力に優れる緑谷であってもより速く動くことは困難であろう──しかし、より"速い一撃"であれば可能だ。
ステインがこちらに迫った瞬間から奴の視線から外れた緑谷に遠隔操作で渡した形状、硬度を調整した"ハンドボール"サイズの瓦礫。雄英高校に入学した初日に自身より上の記録を叩き出したライバルへの信頼の1球。
緑谷はそれをステインに向かって振り被り──投擲の瞬間人差し指に自身の全力を込める。
「──ぐっ!?」
パワーやスピードに優れ今まで接近戦を行っていた緑谷からの遠距離からの攻撃はさすがに予想外だったのだろう、放たれた700m以上吹っ飛ぶ剛速球がステインの左肩を捉える。
恐らく骨まで届いたのだろう衝撃にステインの左手から刀が零れ落ちるのを見て即座に拳を引いて──苦痛に歪んだステインの顔に硬質化した瓦礫を纏ったその拳を打ち込む。
「がァッ!?」
脳を揺さぶる衝撃にステインの身体が地面に崩れる──寸前に右手と両足で地面から跳ね上がる。
ビルを蹴り、背後の緑谷さえも飛び越えるその動きは変わらず人間離れしているが僅かにキレが落ちているのが見て取れた。
「ナイスだ緑谷! 今度ばかりはダメージを負ったみてぇだ!!」
「うん! これなら──」
「っ!? 地城ッお前!!」
ステインが離れたことで腹の中に溜まった疲労感を吐き出すように息を吐き呼吸を整えながら緑谷を労っていると轟の切羽詰まったような声が耳に響く。
ようやく優勢に傾きだしたのに一体どうしたと言おうとして──集中し過ぎて薄れていた感覚が蘇り右頬に熱さに似た痛みが伝わてくる。
「──は?」
身体が一気に重く、硬直する。
立っていることすら出来ずに前のめりに倒れ地面にくっついた顔の先に頬から伝った血の血痕が見えた。
「──ハァ……ここまで傷を負うとは……久方振りだ」
全身の火傷と左肩の故障、数多の贋作というべきヒーロー達と戦ってきたステインにとっても軽症というにはあまりに重い負傷に驚き、あるいは称賛かどちらともつかない声色で話す。
その不自然にぶら下がった左手には先端に僅かに血を付けた小型のナイフが握られていた。
「嘘だろ……飛び退く瞬間に折れた肩でナイフを振りやがったのか?」
「そんな……」
執念か妄執か、常軌を逸脱するヒーロー殺しの行動に息を飲む。
ようやく決定打と言える攻撃を与え優勢になったと思った瞬間に一気に劣勢に叩き込まれ緑谷は焦燥に駆られながらも思考を巡らせる。
プロヒーロー達が駆け付けるまでの残り時間、桁外れの戦闘能力を誇るステインを相手に3対1から2対1に持ち込まれたこの状況、このまま戦闘を続行するより何とか飯田達を連れて離脱する方法を探るべきかと思案する。
「俺のことなら気にすんな緑谷!」
「地城君!?」
「地に足ついてりゃ俺は戦えるんだ、せいぜい3人が2.5人になった程度だ! それにいくら奴でも折れた肩で何度もナイフ振り回すなんてできねぇはずだ。勝ってんのはこっちだ!!」
そう言うと同時に自身の周囲の地面を砕いて周囲に滞空させ自衛させると同時に明らかにこちらを心配している緑谷へ口角を吊り上げて見せる。
例え身体が動かなくなろうが決してヒーローとして守り通す覚悟、周囲を鼓舞する姿勢、そんな千土を見てステインは再び笑みを浮かべる。
「やはり良いな。ハァ……お前も生かす価値はある……殺しはしない」
そう言ってステインは無事な右腕で刀を構え直す。
あちこちの火傷や肩の骨折、軽い傷ではないはずだがステインに逃走の選択肢はないようだ。
地面から伝わる微かな振動がステインが足に力を込めているという事を伝えてくる。
「──っくるぞ!!」
「「っ!!」」
警告とほぼ同時にステインが動き出す。
すぐに緑谷も動き応戦するも拳をすりぬけステインは僅かに離れた位置に立つ轟を狙う。
高い身体能力を持つステインにとって緑谷よりも遠距離から強力な攻撃ができる轟の方が先に動けなくしておきたいのだろう。
轟もすぐに凍結と炎で迎撃を図るもやはりステインの動きを捉え切ることができずみるみる距離を詰められる。
千土もまた、自身の周囲に浮かせた瓦礫のいくらかをステインへ放つも先の奇襲の直後だからか容易く避けられ足止めにすらならない。
「くそ……」
何とか身体を動かそうとするも血を採取された身体は重く少しも動かない。
既にステインの凶刃は轟のすぐ傍に迫っており最早打てる手もなく歯噛みする。
「レシプロ……バーストォッ!!」
「「っ!?」」
だが、拘束が解けた飯田が後方から体育館の最中で見せた最高速で飛び出してくる。
圧倒的な速度で放たれた蹴りは轟に迫っていたステインの刀をへし折るだけに留まらずステインの身体を弾き飛ばす。
「緑谷君……轟君に地城君も……関係ない事に巻き込んで本当にすまない──だからもう……君達を傷付けさせはしない!!」
「──感化され取り繕ったとしても無駄だ、人間の本質は変わらない……貴様は私欲を優先させる贋作だ! ヒーローを歪ませる癌でしかない!!」
「時代錯誤の原理主義が、飯田耳を貸すな」
「いや轟君……奴の言う通り僕はヒーローを名乗る資格はない! だけど僕は折れるわけにはいかない! ──インゲニウムを消さない為にも!!」
「論外!」
何を語ろうが既にヒーローを穢す贋作だと見切りをつけた飯田の事をステインは認めない。
平行線な問答は長くは続かず戦闘が再開し自分や緑谷に向けたものとは違う明確な殺気を宿した刃が飯田を狙う。
無論轟も炎で迎撃を図るが今までより更に動きを速めたステインには当てることはかなわずその動きを牽制するのが限界だった。
しかしその動きは今までステインから感じていた余裕が薄れているのを轟は感じた。
「──焦っているな」
「──元々多人数を相手取る個性じゃねぇからな……プロヒーローが来るまでもう時間がねぇのが分かってるんだ……」
広範囲に攻撃できるわけでもなく、離れた位置から攻撃できるわけでもない、あくまで自身の体術を以てして相手に外傷を与えなければならない個性は明らかに多対1に向いたものではない。
だが、それでもステインからは退く意志は感じられない。
自らが贋作と断じた飯田とネイティブを殺す、その狂った執念が目の前の男を突き動かしているのだと千土は直感する。
飯田が加わり動けないものの個性で応戦できる自分を含めて4対1、数ならば勝っている。しかし追い詰めたが故に引き出させてしまったステインの全力に攻めあぐねてしまう。
更に動かない身体の狭い視界を必死に見渡せば飯田の脚の排気塔から煙出始めているのが見えた。
──先程の飯田の奥の手、レシプロバーストの反動が出始めたのだ。
「──轟君、僕の足を凍らせてくれ! 排気塔を塞がずに!!」
「っ! 分かった!!」
飯田の指示で轟の凍結でその反動を抑制する。
しかしその隙を見落とすステインではない、接近戦を繰り広げていた緑谷を退けすぐに右手の刀を轟へと投げつける。
「……させるかっ!!」
「っ!?」
視界の端に映る刀の軌道に周囲の瓦礫を割り込ませ弾き飛ばす。
「早くしろ轟、飯田!」
飯田の足の冷却を急かしながら残りの瓦礫全てをステインへと放つ。
左腕を負傷した上、右手の刀を投げた事でステインの武器は改めて持ち直した右手の小型のナイフが一本だけ。ここの状況ならこれだけでもある程度の時間は稼げるはずだ。
「小賢しい!」
右手のナイフを振るい襲い来る瓦礫の弾幕を掻き分け、時に身体に瓦礫を受けてなお進み弾かれた刀を握り直すと即座に飯田の方へ向き直る。
「ハァ……邪魔だ」
構え直した刀を振るえば片手の太刀であっても無数の瓦礫を細切れにする。
──だが、それでいい。既にやるべきことは済んだ。
「やれ! 飯田ァ!!」
「うおおおおおおおっ!!」
宙を舞うステインを追ってエンジンの冷却が完了した飯田がビルの壁を蹴って空中へ飛び上がる。
自身が葬る相手の接近を察知しステインもまた壁を蹴り飯田へと向かう。
「死ね……贋作!」
「死ぬわけには──いかないッ!!」
真っ向から対峙する飯田とステイン、常人を遥かに超える飯田の速度で放たれる強靭な蹴り。
しかしこれまで何度も見せられたステインの圧倒的な技量、果たして押し切れるのかと不安に息を飲む──その瞬間"もう一人のヒーローの影"が映る。
切り付けられた左足から血を溢れさせながらも緑谷が歯を食いしばり駆け付ける。
当然ステインもそれに気付いたが目の前の飯田が放つ最高速の蹴りもまた無視できず、片腕のみのステインに最早緑谷への反撃は不可能だった。
意表を突いた緑谷の拳が、刀をへし折った飯田の蹴りがステインの身体を捉える。
顔と腰に重い衝撃を受けステインは遂にその意識を手放し、同じく力を使い果たした飯田、緑谷と共に力なく地面に落ちてくる。
「地質操作……っと」
すぐに個性を使い落下地点のコンクリートとその下の地面を砕き砂のクッションで3人を受け止める。
ただしステインにはその砂を纏わり着かせそのまま拘束具として利用する。
砂のクッションから立ち上がった飯田も緑谷も、そして轟も千土も皆一度息を吐く。
張り詰めていた緊張感が解けていくがそれでも未だ現実感が湧かず、再び息を吐く。
プロヒーローさえも脅かすヒーロー殺し、ステインの確保。
やがて追いついてきた実感にこの場の者は皆それぞれの無事を噛み締めるのだった。