ヒーロー殺しステインとの激闘を制した轟はすぐに近くにあったロープを使いステインを縛り上げていた。
皆顔には未だに疲労の色が伺えたし飯田や緑谷に至っては傷も浅くないのは理解しつつもステインの意識が戻るより早く行動すべきと判断し口を開く。
「そろそろ動きたいが行けるか?」
「大丈夫──つッ!」
「足怪我してるじゃないか! 俺が背負ってやるから無理すんな!」
動きかけた緑谷が足の痛みで顔を歪めたのを見て拘束の解けたネイティブが駆け寄る。
「す、すみません」
「いや、礼を言うのは俺の方だって」
ネイティブが緑谷を背負うの見てひとまずそちらは大丈夫そうだと安堵した轟は飯田へと目を向ける。
「飯田は大丈夫か? 俺らの中で一番重症だろ」
「いや大丈夫さ、こんな程度で迷惑は掛けられない」
「迷惑とか気にすんな、俺達はまだまだ未熟な学生なんだ。助け助けられでヒーローになればいいさ──ってなんだ!? 身体が動かねぇ!? まさかまだ拘束続いてんのか!? 轟! 助けてくれ!!」
「──おい……」
やたら決め顔で飯田に駆け寄ろうとしたのだろうが未だにステインの個性による拘束が続いているらしく虚しく身をよじる千土に轟は冷ややかな目を送る。
しかしそんな緊張感のない間抜けな様子に張り詰めていた感覚が抜け皆僅かに表情が和らぐのだった。
▼▼▼
ステインの意識が戻るより先にその身柄をプロヒーローへ引き渡すべく轟達は路地裏から通りへと足を進めた。
「……地に足ついてるのを苦痛に感じたのは初めてだ」
「地に足っつぅかケツだな」
未だ動ない千土は轟に襟を掴まれ引きずられていた。
他に運び方はないのかとも思うが足を負傷した緑谷をネイティブが背負っており腕を負傷した飯田は論外、残る轟も片手でステインを縛るロープを引きずっている為他にやりようがない。
──ついでにこの状態ならステインの様子を監視できる為これが最良の形でもある
地面の摩擦は痛むが仕方ない、幸い特注のコスチュームなので穴が空く心配もないとやがて無心で引きずられている状況に慣れていった。
そんな様子を見て若干呆れたように呟いたネイティブは続けて少し申し訳なさ気に口を開く。
「しかしプロの俺が一番足を引っ張ちまって申し訳ない」
「仕方ないですよ、一対一であの個性の相手はとても……」
「四対一でやっとだ。それもステイン自身のミスがあってギリギリ──緑谷の拘束時間の見落としや動きを封じても個性を使える千土との相性の悪さ、何より──」
「俺や緑谷、轟には最後まで殺す気で来なかった」
轟の言葉の続きを千土は呟く。
本来のステインならば自分達如き学生が束になっても遅れを取ることはなかっただろう。
しかしステインは自身の定めた粛清対象に含めなかった者達だけは最後まで殺そうとしなかった、その結果緑谷の戦線復帰や千土の妨害を受けたことで最後に飯田と緑谷の反撃に追いやられた。
「──まぁ、おかげでこんな化け物捕まえられたんだ、納得はいかねぇが良しとしようぜ」
「ここが例の位置かっ!?」
千土自身不本意ではあるがそれは突き詰めれば全て自分の実力不足が原因であり、しかしそれをわざわざ口にしてもただ空気が重くなるだけと判断してわざとらしくではあるが明るめの声でそう言うと不意に聞こえてきた別の位置からの声に意識を奪われる。見れば数人のプロヒーロー達が駆け寄ってきていた。
内一人、小柄の老人は緑谷の職場体験先のヒーローらしく叱責するその人物に緑谷は何度も頭を下げていた。
千土もまた皆と逆方向を向いた状態で首が動かない為そのやり取りを見れずとも話しだけは耳に入ってきて──絶望する。
──やべぇ、そういや俺も絶対後でギャングオルカに怒られる……
「マジでやばい、言い訳を……尤もらしい理由を何か……何か……」
「何ぶつぶつ言ってんだ地城?」
顔を蒼白させこの世の絶望を憂いていれば訝しげな轟の視線が突き刺さるがこっちはそれどころではない、今この一瞬一瞬に生死がかかっているのだ。
──ギャングオルカ怖いんだよ……
そんな考え事に気を取られていた最中、バサァっという翼の羽ばたきが耳に入る。
「伏せろッ!!」
先程まで緑谷に説教していた老人の警告が響き渡る。
何事かと周囲を見渡そうとするも未だに身体が動かずただ自身の頭上を何かが通り抜けたのを感じる。
「一匹そっちに逃げたはずだ! 急いで確保を!!」
「緑谷!?」
エンデヴァー、そして轟の声が聞こえその内容に耳を疑う。
「何が起きたんだ轟! 緑谷は!?」
「翼の生えた脳無だ! 緑谷が捕まった!」
「何だと!? ……くそっ」
情報からして脳無は空中、自身の個性ではどうすることも出来ない状況に歯噛みする。
最早打つ手が無く一縷の希望に賭けて地面に意識を張り巡らし脳無の着地を待つ。
自身の感知の範囲内に緑谷に手出しせず降りろ。そう念じて──少し離れた位置のプロヒーロー達の背後から飛び出して行く傷だらけの男が視界の端で映った。
「偽物が蔓延る社会も、徒に力を振りまく者達も……全てが粛清の対象だ! ──全ては正しき"社会"の為に!!」
その場にいた者全てが目を疑った。
突如動きを止めた翼の生えた脳無、そしてその脳無の命を容易く刈り取るヒーロー殺し──ステインの姿に。
更に自身が認める存在だったからだろう、脳無に掴まれていた緑谷を落下の最中に救いボロボロの身体で地面に正確に着地してみせたのだ──その事情を知らないプロヒーロー達はただその光景に困惑していた。
「──た、助けたのか?」
「馬鹿! 人質をとったんだ」
冷静さを取り戻したヒーロー達だが目の前の状況に動きを止まらせる。
ステインの掠れた声とヒーロー達の声にひとまず緑谷の無事を察して一度安堵するもすぐに気を引き締め、すぐに轟に頼みステインの方を向いた状態で寝かせてもらう。
自身の個性でステインを緑谷から引き剥がす方法はあると──しかし万一を思い絶対成功の機会を見計らう。
「何をやっている貴様ら!! 早く態勢をとらんかッ!!」
しかしそんな手をこまねいている状況にエンデヴァーの喝が入る。その身体は炎を纏い既に臨戦態勢となっている。
炎を機動力に高速で移動出来るエンデヴァーならばステインが何らかのアクションを起こす前に緑谷を救出できるやも、誰もがそう思う中グラントリノのみがそれに静止をかける。
──こちらを見たステインから放たれる圧力が異常なまでに強まってきているのだ
「エンデヴァー……──偽物!!」
最早意識すら虚ろなのだろう。
ステインの視点は揺れ動き定まっていない──だというのにその狂気は膨らみ続けこの場を飲み込む。
向かい合うだけでまるで押し潰されるような感覚に陥り一般のヒーロー達は腰を抜かし、学生である千土達は勿論トップクラスのヒーローたるグラントリノやエンデヴァーさえもが金縛りにあったかのように地面に縫い付けられてしまっていた。
「取り戻さねばぁ……誰かが血に染まらねばぁ……! ──英雄を取り戻さねばぁ!!」
一人、ただステインのみがゆっくりとその足を動かす。
刀は既になくその手には小さな小刀しかない、まして身体は既に動かすのがやっとな満身創痍──それでもただ一人自らの信念を果たすべく"敵"に立ち向かっている。
誰一人、それに抗うことが出来ない。
血を舐められていないのに、身体が硬直して汗が噴き出す。
千土もまた脳が動けと命じても身体はまるで動かない。
力は確かに入れている、それこそ骨が悲鳴をあげる程に──しかし地に伏した身体が起き上がる素振りは決してなく焦りと無力感、そして恐怖に駆られ思考が真っ白に染まっていく。
「来い……贋作共ォ!! 俺を殺して良いのは本物の英雄──オールマイトだけだァッ!!」
ステインの信念の咆哮が耳に響く。
本物の英雄、オールマイト──彼に並ぶ、彼を超えるヒーローになると他でもないオールマイト自身に誓った記憶が脳裏を過ぎり未だに鉄に潰されたかのように重い腕に力を込める。
更にその記憶に追従するかの様に蘇るかつての記憶──自身の恐怖に絡めとられた義姉を救おうと必死に呼びかけ、しかし届かなかったかつての無力感がフラッシュバックする。
(嫌だ。もう、あんな思いはたくさんだ。──俺は)
──"本物"になるんだ。オールマイトの様に!!
腕がピクリと動く。
ステインの威圧感に打ち勝ったのではない、ただこの場で唯一今まで続いていたステインの個性が解けたのだ。
だがそれまで自身を縛っていたものがなくなった反動か先程まで感じていた威圧感が僅かに薄れた。
──腕、足に再び力を込める。
完全に消えてはいない威圧感で依然として重くなったままの身体を骨を軋ませながら立ち上がると少しずつこちらに近づいてくるステインと改めて向き合う。
視点が揺れ動き定まっていなかったステインの目と視線が交差する。
偽物と本物、この男が定める基準になんて興味はない。だが自身を捕らえる存在にオールマイトを望むというのならば──偽物でも本物でもない未完成な存在であろうがオールマイトを超えると誓った以上ここで逃げるわけにはいかない!!
視線の先でステインの口角がほんの僅かに吊り上がったような気がした。
それはただ満身創痍の身体を強引に動かすべく歯を食いしばったのか──それとも別の理由があったのか、しかしそんなことに気を割く暇はなく震える足に力を込め徐々に近づくステインに迎え撃とうとし──
「っ! ……気を失っているのか?」
エンデヴァーの言葉が耳に響き、自身の身体を動かすことのみに埋没していた意識が急に戻ってくる。
改めてステインの様子を見てみればその足はピタリと止まっており未だに2本の足で立っているにも関わらずその姿からは力を一切感じない。
「…………」
ふと自身の足元へと視線を移せば先程までステインへと立ち向かおうとしていた両足はどちらも地面に張り付いており、ついぞステインに向かっていくことは出来なかったのだと突き付けられる。
漸くついた決着に緊張感が解けたのではなく、起き上がることに力を使い果たしたわけでもなく──ただ言いようのない脱力感に全身の力が抜けて動きを取り戻す周囲の人達とは逆に地に膝を付けるのだった。
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その後駆け付けた警察にステインはパトカーに押し込まれ行ってしまった。
残された千土達は事後処理に追われるプロヒーロー達の邪魔にならないように、また飯田を筆頭に皆少なからず負傷しておりまとめて救急車に押し込まれ入院することが決まった。
両腕に深い傷を負った飯田と脚を切り付けられた緑谷は当然として肩と腕にそれぞれ傷を負った千土も轟もまともな治療を受けずに職場体験などありえないだろう。
場合によっては職場体験はここで打ち切りかと思う千土だったがそもそも勝手な行動を起こした時点で職場体験の継続を切られる可能性も十分あるなと自嘲気味に笑う。
また反省文、あるいは雄英生としてそれ以上の処分も止む無しか……と考えれば考える程お先真っ暗な未来が想像できてしまう。──しかし一緒の病室にまとめて押し込まれた友人達を見渡しあの場にいた者、誰一人欠けることなくここにいるという事実、それがあるだけで今は良いと安堵し病室に運ばれた瞬間からどっと噴き出した疲労感に導かれるまま、他の者達同様に深い眠りにつくのだった。