地に足つけた浮かれたヒーロー   作:マーカー

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第34話 職場体験最終日

職場体験5日目の朝、ギャングオルカは自身が運営する事務所に出勤し少なからず驚き目を見開く。

自身のデスクは勿論、事務所のあちこちが普段の状態以上に清潔に掃除されていた。

 

「おはようございます! ギャングオルカ!! 本日もよろしくお願いします!」

 

「……これは貴様が?」

 

部屋に入った直後にすぐさま挨拶にきた千土にギャングオルカがそう問うと千土は満足に頷いた。

 

「流石に俺が触れたらまずそうな物も多いでしょうし手が届きそうなところだけですけど。初日に受付担当の方は早めに来ていると聞いていたので朝一からさせて貰いました」

 

そう言うと千土はそうだと口を開いて小脇に抱えたクリアファイルから数枚の資料を取り出す。

 

「蛸筆さんに協力して貰って先日の保須市での記録のまとめの方、完了しました。後ほどお時間ある時に確認をお願いします!」

 

差し出された報告書の束と目の前の学生を見比べギャングオルカは鼻を鳴らす。

 

「また随分と露骨に媚びを売っているが、反省した素振りを見せれば私が容赦をするとでも思ったか?」

 

「──思ってなんかないですよ。だから全部仕上げようって思ったんですよ、俺をヒーロー活動にも参加させようって思って貰えるようにそれ以外の事全部」

 

「何?」

 

手段なんて選んでられない。

独断行動のペナルティとして俺の体験内容が事務作業が優先されるようになったのなら、終業するより前に事務作業を終わらせてしまえば残った時間だけでも参加させて貰えるかもしれない。

汚い考えではあるが所詮一学生に任せられる事務作業などそう多くはないであろう、ならばやることは決まりだと今日の終業時間までにと渡された先日の保須市での事務所内の記録を始業時間より先に仕上げておいた。残りは同じく先日の保須市でこの事務所所属の人が受けた被害状況を周辺のヒーロー事務所への報告として利用する資料の作成だ。

当然社外に渡す以上学生の自分一人で出来るようなものではないので蛸筆さんの監督の下で行う予定となっているそれを午前のパトロールが帰ってくるまでに終わらせようと脳裏で思考しながらも、現時点で出来ている資料をギャングオルカの手へと納め一度頭を下げその場を離れる。

 

 

 

▼▼▼

 

 

その後は蛸筆さんの指導の下書類作業を進める。

保須市での騒動の際脳無と戦い3名のサイドキックが負傷を負った、幸い3名皆軽度の負傷ではある為2、3日の療養を取らせるという程度で済んだがそれでも同地域を受け持つヒーロー事務所にはもしもの際の連携の為状況の報告を行わねばならない。

 

──という話を蛸筆さんから丁寧に教えられる。

ペナルティとして行うことになった事務作業といえどやらせるからには徹底的に、それはギャングオルカのサイドキックである彼女にとっても同意の様で1つ1つ丁寧に指導される。

千土としてもそこまでしてされればただのペナルティとして見る訳にもいかず、むしろこれも後学の為と指導の内容に聞き入る。

 

「──さて、という訳で資料なんだけど書類は簡潔なものでいいわ。重要なことは予め向こうに電話で報告するからね」

 

「資料作ってて伝達遅れましたじゃもしもの時笑い話にもならないですしね」

 

「そう言うこと──電話報告は流石に私がやるから書類作成をお願いね。書き方はさっき教えた通りで」

 

「分かりました。──ただ、そのことで相談なんですけどこの報告先の事務所とのタイアップの件ですけど」

 

「あぁ、炎系ヴィランの目撃情報が入ってうちの事務所の水崎君……ウォータルを派遣要請ね……」

 

蛸筆さんは僅かに顔を顰め自身の頭を指で軽く叩く。

というのも要請をかけられたウォータルのヒーローネームで活躍する水系個性のサイドキック、水崎さんが先の保須市での騒動で負傷した3名の内の1人なのだ。

 

「何だってこうタイミングが重なるのかしらね……まぁこの件に関しては電話の時に私の方から合わせて断りを入れるわ、地城君は気にせず報告書を作ってね」

 

「いや、その事なんですけどこのタイアップ向こうが求めてるのって万が一の際に火の消化が出来る個性の人ですよね、水崎さんの代わりにバックドラフトの事務所に依頼出来ませんか? むしろこの内容ならあの人が一番適任だと思うんですけど」

 

消防士の様なコスチュームで活動するプロヒーロー"バックドラフト"。

縁起でもない名前的にかなり不安にあるがその腕から水を放出するその個性で何件もの火災事件に対し活動してきたヒーローである。

 

「少し遠いですが性格や運営方針からして多分タイアップを受けてくれると思いますよ。あと何かあの人の事務所消防車何台か持ってるらしくサイドキックの人達もその辺の訓練してるらしいですから」

 

「そうなの!? ──ていうか詳しいわね……」

 

「あー……まぁ色んなとこの事務所の特徴やら所属してる人とかは調べる趣味……というか癖がありますので……」

 

かつての世の中と異なり街の警備や救助に警察ではなくヒーローが活動するようになった現在においても流石に火災時の消火活動については消防署が対応する地域が大半なことから一般のヒーローと比べれば幾分か知名度は低めのヒーローの情報に蛸筆さんは驚いたようにこちらに目を向ける。

 

幼い頃に叩き込まれた知識やら習慣やらがこんなところで活きようとは自身も思わなかったがともかく亡き母に感謝する。──とはいえマイナー寄りなヒーロー事務所の事情を話しつつ暗記しているバックドラフトの事務所の電話番号をメモにしている姿に若干引き気味な視線を感じてやはり曖昧な気持ちになる。

 

──まぁよくよく考えれば検索かけずにヒーロー事務所の電話番号出せるってだいぶヤバい部類のヒーローオタクに見えるな……というか改めて思えば病院いる時暇を持て余して緑谷とヒーロー談義で随分話し込んだがアイツなんで俺の話についてこれたんだ?何なら俺も知らない話いくつかあったし……アイツ怖いな。

 

同じく入院していた飯田や轟がマニアック過ぎるとギブアップする中自身と遜色ない程の知識量で殴り返してきた緑谷を思い出し今更ながら少し引く。

 

厳密にはヒーロー事務所の運営方針やそこの人達の個性に注目する自分とヒーロー達の活躍やそのエピソードに注目する緑谷では若干方向性は異なり"ヒーローオタク"はどちらかと言うと緑谷だろうと千土は思う。

仮にここにクラスメイトがいればどっちもどっちだと断言されたことだろう。

 

「ま、まぁとにかくバックドラフトなら多分協力してくれますよ。もし無理でもサイドキック数人と消防車数台は向かわしてくれると思います」

 

「そ、そう? ……じゃぁ一応向こうさんに教えてみるわ……電話番号控えさせてもらうわ」

 

 

 

その後要請先のヒーロー事務所はバックドラフトにタイアップの要請を出しOKを貰えたらしく蛸筆の下に情報の感謝の一報が送られてきたらしい。

そんなこともあり蛸筆さんから割りと本気目の経営課への転身を考えてみないかと声をかけられるという事態に相成った──勘弁してください。

 

というかヒーロー活動をもう一度させて貰う為にやってたのに何でこうなったのだろうか? 

ひょっとして墓穴を掘った? 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

その日の夕暮れ、当初の思惑通りとはいかず既に業務終了の時間となり千土はギャングオルカと向き合っていた。

 

「蛸筆からおおよその報告は受けた。ご苦労だった」

 

「いえ、というか本当に他の事務所への書類を俺が作って良かったんですか?」

 

「形式としての書類だ、さして気にする必要はない。伝えるべきことは既に蛸筆が電話で報告したと言ったはずだが?」

 

「いや……まぁ聞きましたけど……」

 

「それに当然蛸筆が確認はしている。──信用ならないとでも言う気か?」

 

ギャングオルカのギョロリとした目が突き刺さり千土はそれ以上の質問はせず、2,3程の言葉を交わして今日の業務は終了を迎えた。

結局ヒーロー活動への参加は叶わず、残すところは最終日のみとなるのだった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

職場体験6日目、1週間行う職場体験も7日目の日曜日は流石に学生は休みということもありすなわち今日がこの職場体験の最終日である。

 

結局昨日の手回しでもヒーロー活動への参加は叶わず、また何か別の切り口を考えてみたもののたかだか夜の数時間で良いアイデア等湧かず、ならばせめてと昨日に引き続き朝一にギャングオルカの事務所に入り清掃の手伝いから1日の業務を始めるのだった。

 

それから数十分後、自身の事務所に出社したギャングオルカはやはり普段より一回り整理された事務所を見渡すと丁度清掃道具を片付けていた千土を見つける。

 

視線に気付き自身に向かって会釈する千土にゆっくりと歩み寄りギャングオルカはその大きな口を開き──告げる。

 

「──この際だから言っておこう、私は貴様が何をしようがヒーロー活動へ参加させる気はない。……独断行動、規則違反、それらはたかだか清掃ごときで埋め合わせられるようなことではない」

 

「……承知の上です。それでももしかたらって可能性に賭けてみたいんですよ──それに折角憧れのトップクラスのヒーローの事務所に招いて貰ったのに迷惑かけただけで帰るなんて絶対したくないですしね……まぁ現状掃除程度しかしてないですけど……ちょっとでも誇れることがしたいんですよ」

 

「……フン、蛸筆から書類作成や事務係としての能力は聞いた、経営科としての能力は相当なものらしいな」

 

「いやヒーロー科として誇れることがしたんですけどっ!?」

 

よもやギャングオルカからも転身を勧められるとは。万が一にも学校への評価報告にそんな内容を書かれたらと思い無意識に大きな声が出て一気に集まった周囲の視線に頭を下げる。

ペコペコと何度か頭を下げ改めて目の前のギャングオルカと向き直るとすでにギャングオルカの方はこちらから視線を外していた。

 

「もう一度だけ言うが──私は貴様をヒーロー活動には加えん。勤務態度から反省の意志は十分伝わったがそれをペナルティから免れる理由にするなど私は認めん」

 

「……はい」

 

「では業務に入れ、午前中は昨日に引き続き蛸筆の指示に従え──午後からは戦闘訓練だ、昼飯は軽くしてアップを済ましておけ!」

 

「……え?」

 

思わぬ言葉に一瞬理解が追い付かず間の抜けた声で返事をしてしまうがギャングオルカは伝える事は伝えたということなのかその場から離れていってしまった。

 

「──まったくシャチョーは本当に気難しいなぁ。わざわざ説教を前置きしなくても普通に午後から訓練はしてやるって言えばいいのにねぇ」

 

ギャングオルカの言い分に苦笑した様子の平坂さんが自身の上司に聞こえないよう小声で耳打ちしてくる。

 

「……正直驚きました」

 

「まぁ厳しい人だからね。それこそ場合によっては規則違反した時点で職場体験の契約を切ってたかもしれないぐらいに。──それが戦闘訓練まで許すなんて相当気に入られたんじゃないかな?」

 

「だとしたら本当に嬉し──」

 

「という訳で午後の訓練は今まで以上にとんでもない地獄になると思うから……その……頑張れ」

 

「……はぇ?」

 

目の前の平坂さんが、いや視界全てが灰色に見える。

漸くギャングオルカからの許しが出て浮わつきかけていた意識が地面に叩きつけられる。

職場体験中に幾度か受けさせて貰った訓練、どれも厳しく終了時にはいつも棺に片足突っ込んでる感覚だった。

──それ以上? 死ぬんじゃないか? 

 

親指を立てて去って行く平坂さんの背を眺めながら意識を埋没させてゆく。

 

果たして地獄の様な訓練とは? 

五体満足に雄英に帰れるのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

──あぁ……有難いな。

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

その日の夕暮れ、ギャングオルカは目の前の光景に戸惑い、息を飲む。

自身の事務所の訓練場、負傷し横たわる数人の部下の先に立つ少年。

 

頭や口から血を流し自身の血で全身が赤黒くボロボロ、その両目も最早焦点が定まらず虚ろなものだった。

 

「もうやめるんだ地城君!! これ以上は訓練どころじゃなくなる!!」

 

「まだまだ……こんな程度では終われない……もっと……もっと限界を越えるんだ……」

 

自身の横に控えた平坂が必死に血塗れの少年──地城千土へと呼びかける。

しかし千土は最早狂気にさえ感じさせる声を絞り出すと周囲の瓦礫を宙に浮かせその虚ろな双眸でギャングオルカをゆっくりと見据える。

 

 

 

職場体験の最終日、最後の訓練として初日に千土に行わせたギャングオルカの事務所の戦闘訓練法。

1人VS重りを付けた状態で1人を除き個性禁止の10人による戦闘、今回は10人側にギャングオルカ自身が個性を使う役として加わり千土の指導にあたっていた。

 

トップクラスのヒーローに対し未だ学生の身である千土では幾らなんでも勝負にならないと思いながらも訓練に参加したサイドキックの者達の予想は正しく開始直後は辛うじて食らいついていた千土だったがものの数分で自力の差で追い詰められ、やがて倒れた

むしろ良くもった方だ──そう思った直後に彼らの足元の地面が隆起し腹に鈍くめり込んだ。

 

身体中の空気が吐き出されると同時に全身の力が抜け地に伏せた彼らが苦悶の中視線を動かすとゆらゆらと既に力尽きた身体を無理やり動かす幽鬼のような千土の姿があった。

 

そこからは千土がギャングオルカと平坂をはじめ油断せず不意打ちを避けた一部のサイドキック達へ何度も何度も──血を吐きながら迫る悍ましい光景があった。

 

「シャ、シャチョー……不味いですよこれ!」

 

「分かっている!!」

 

既に千土はまともではない。

その場の皆が確信するもギャングオルカは状況を理解しつつも困惑する。

 

少なくともこの訓練を始めるまで千土から変わった様子は一切見られなかった。

保須市での規則違反、独断行動のペナルティとして下した処置にも腐る事無く自身が出来ることに最大限打ち込む風変りではあるが変なところで真面目。

それが何故このようなことに──ギャングオルカは戸惑いの中、最近メディアで話題に上がるヒーロー殺しステインを思い出す。

 

狂気とも言ううべき行動力で見る者を畏怖させる──しかしそれ故に人を惹き込む。

ギャングオルカ自身彼が捕まった後に出回った彼の捕縛直前の映像を見てそれを感じた。

見る者を惹き込む言うなれば歪んだカリスマ、それを直接目の当たりにした者は果たしてどうなる? 

 

歪みを抱えた者ならばそれに当てられ悪に染まるかもしれない。──ならば真摯にヒーローを志す者は? 

巨悪を前に己を無力を痛感した者は激しい焦燥感、強迫観念に囚われる可能性もあるだろう、ならば目の前の少年は? 

 

(何ということだ!! ペナルティを科すあまり発覚が遅れるとは!?)

 

もしも千土が必死にヒーロー活動への参加や陰で過剰な訓練を行っていれば或いは気付けたかもしれない、しかし千土は元来の風変りな真面目さ故かあくまでも指示に従っていた。

指示には反せずただただ己一人に負担を掛ける歪んだ暴走、それが今の千土の姿なのだとギャングオルカは察する。

 

実際倒れたサイドキック達へ過剰な攻撃はせずに砂で手足を拘束しているだけであり、もしも仮に自分を含めた10チーム全員が拘束される様なことが起きたり残る制限時間が0になれば目の前の少年は感謝の礼と共に訓練を終えるのだろうと確信できる。

しかしそれ以外で今の奴は止まらない、そう察したギャングオルカは自身を捉える虚ろな視線に応えるかのように前に出る。

 

「貴様には何を言っても意味はないのだろう。──ならば仕方がない……少し大人しくしてもらうぞ!!」

 

目の前の問題児を説得することは止めその意識を飛ばして無理やりにでも止める、そう結論付けギャングオルカはそう咆哮するのだった。

あくまでもこれは戦闘訓練。自身を縛る重りは外さず、しかし全力でギャングオルカは千土へ応戦し千土もまた死に物狂いでギャングオルカへと食らいつく。

やがて千土が意識を手放したのは戦闘訓練の制限時間が1分を指した時だった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「……参りましたね」

 

事務所の医務室に意識を飛ばなした千土を運ばせた後平坂は僅かに顔を曇らせながら自身の上司へと声を掛ける。

 

「よもやこの様な結果になろうとはな……」

 

ギャングオルカもまた珍しく思い詰めた言葉を部下に漏らす。

彼をしてもこの様な形の暴走は予想外だったのだろうと平坂は実感し小さくため息を吐く。

 

「いっそ派手にヒーロー活動への参加を希望してくれれば分かりやすかったんですけどね……」

 

「まったくだ。──奴が目を覚ましたら厳重注意をするが果たして今の奴にどれ程の効果があるか……やむを得ないな」

 

恐らく業務終了までの残る数十分程度の説教に然程の効果は期待ができないと判断しギャングオルカは一枚の資料を取り出す。

それは学生の担当先事務所から雄英高校へ体験学生の評価を伝達する評価資料、そこの追加項目欄に今回の詳細を記載してゆく。

発覚を遅れさせてしまった責任と前途多難な学生への救いを願いを込めてせめて彼の身近な大人にそれを伝えるのだった。

 

 

 

──そうして千土達雄英生達の長く波乱ばかりの職場体験は幕を閉じるのだった。

 

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