ゲキテツ大決戦   作:5145/A6M5

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妬みの感情、愚かなり。

著 ヤマ

 

「燃料よし!二番機出ろ!」

 

「発動機異音!班長どうしますか!」

 

「滑走路の端に寄せろ!後ろの機の出撃を優先だ!」

 

「次で最後の一機です!」

 

「了解!チョークはらった!出ろ!」

 

一通りの戦闘機を捌き終えた、空賊がタネガシの空域に数団体出たのでイサカ組の機体を全機送り出したところだ。そして俺は汗をタオルで拭き取ると、五二型の操縦席に座り発動機を回し飛行眼鏡をかけた。

 

「班長!行くんですか!」

 

「今回は数が多いからな!故障で帰ってきた機体は俺が前教えた基準通りに見て修理か廃棄かで分けておいてくれよ!」

 

「はい!ではご武運を!」

 

そして俺は離陸する、イサカが向かった方は基地から北北東に真っ直ぐだ。しばらく飛んでいると不調で発艦が少し遅れた若い搭乗員が見えた、近くにより無線で呼びかける。

 

「ボーヤ大丈夫か!?顔色が良くないぞ?」

 

「大丈夫です・・・ただ、自分空戦で弾を打つのは今日が初めてで・・・」

 

「緊張してるか!?」

 

「はい・・・」

 

「よし!それでいい!」

 

「は?」

 

「緊張感の無いやつはタダの馬鹿だ、今日は君は俺の後ろに着きな!」

 

「でも自分だと足を引っ張ってしまうかもしれませんよ・・・」

 

「今日1日俺の足を引っ張って生き延びてイサカ組に貢献できるのなら俺にとってなんの不利益でもないさ。」

 

「そうです・・・ね、よろしくお願いします!」

 

「誤射って俺をぶち抜くなよ?」

 

「善処します!」

 

そしてしばらく飛んでいくと敵と乱戦になっているうちの組の機体が見えた、敵の数はもう残り少なかったが後ろを気にしつつ一機の機体に目標を絞った。

 

「行くぞ!ボーヤ!」

 

「はい!」

 

急降下し照準に敵を捉えた、狙いを定め機銃を発射する。

 

ダダダっ!ダダッ!

カンッカンッカンッ!

 

ドォン!

 

一機撃墜!もう一度後ろを振り向くと左斜め後ろに敵機が見えた。ふと思いつき無線を送る。

 

「ボーヤ!後ろの一機に気づいているか!」

 

「今言おうとしたところです!」

 

「俺が後ろについてやる!お前が撃墜してみろ!」

 

「いいんですか!」

 

「経験だ!いけ!」

 

ボーヤはグイッと機首を反転させ敵機に向け加速した。俺はしっかりと後ろを守ってやる、敵機まであと100クーリルという所でボーヤは機銃を打った、いくらなんでも遠すぎだ。無線で注意をしようとしたらなんと敵機が火を吹いて落ちていった。

 

「ボーヤ!君の弾かい!?」

 

そう言って斜め前を見ると見覚えのある零戦が飛んでいた。主翼に入った赤いラインと波模様・・・イサカの愛機だ。

 

「私だ!来るのが遅いぞ馬鹿者!」

 

「悪かったよ!敵はあと何機残ってる!?」

 

「さっきので終わりだ!」

 

「了解!じゃあ帰ろうか? ボーヤ!編隊は組めるな?」

 

「はい!心得ています!」

 

「OK」

 

そして俺とイサカとボーヤで3機編隊を組む、俺だけ五二型で少し違和感だがまあ問題は無い。燃料に注意しつつスロットルを操作し基地へと帰りついた。

とっくに外は暗くなっていた。 風防を開け五二型から下りると、ちょうどそこにはボーヤが立っていた。

 

「本日はありがとうございました!」

 

「お疲れさん、どうだった?初めて弾を撃った感想は。」

 

「敵機と距離が全然離れているのに緊張してすぐ撃ってしまいました・・・恥ずかしいです」

 

「まあ、その辺は何度も出撃して慣れるしかないな。ほっとんど初めての空戦で死ななかったんだ、それだけでも上出来だよ。」

 

「ありがとうございます! その・・・」

 

「どうした?」

 

「また機会があれば列機につかせていただいてもよろしいですか?」

 

「俺なんかで良けりゃいつでも来い。そういや名前を聞いてなかったな。」

 

「はい!よろしくお願いします! 失礼、申し遅れました。自分はリキヤと言います。」

 

「よろしくな、リキヤ」

 

「こちらこそ。」

 

そして俺は汗をかいた服を着替え、テラスに向かった。そこから見えるタネガシの夜景は絶景なのだ、道中冷蔵庫からラムネを1本取り出して親指でフタを開ける。吹き出さないように開けるのには少しコツがいるな。そしてテラスへ通じる扉を開けると、そこにはイサカが居た。

 

「イサカ、ヨコいいか?」

 

「ああ・・・ラムネ1杯貰ってもいいか?」

 

「はいよ」

 

「今日も生きて帰れた事に乾杯だ」

 

「そしてこうして話せることにもな。乾杯」

 

そして2人で肩を並べてテラスから夜景を見た。そしてまたイサカの方を向くと、イサカは物悲しそうな目で夜景を見ていた。

 

「どうした?イサカ」

 

「いや・・・何でもない。ゲキテツ一家に入る時に描いていたくだらない理想を思い出していただけだ。」

 

「・・・聞きたいな、その理想を。」

 

「いつか・・・この世界に生まれてくる子供達が不自由なく過ごせる世の中を作りたい。親を亡くすようなことが無い世界を作りたい。そんな事だ」

 

「その話、ノッたよ」

 

「馬鹿を言うな、私達はマフィアなんだぞ。カタギの世界にまで手を出すことは・・・」

 

「だから何だ?」

 

「え・・・?」

 

「マフィアだろうがカタギだろうが、理想を追い求める権利は誰にでもある。俺達には力もあるし優秀な仲間も居るんだ、その理想、叶えられる所までやってみようじゃないか?」

 

「ヤマダ・・・」

 

「俺は君の理想を実現させるためには全力で協力するよ。」

 

「ああ・・・ありがとう。」

 

「活き活きしている君が一番綺麗だ」

 

「ふふ・・・そうだ、コレを渡したかったんだ。」

 

「これは・・・懐中時計?」

 

「ああ、私のこの時計の修理や調整を頼んでいる行きつけの時計屋で買ったんだ。その・・・これを肌身離さず持っててほしいんだ・・・迷惑・・・か?」

 

「そんなことは無いさ、ずっと大切にする・・・ありがとう。」

 

そして俺はイサカを自分の方へ引き寄せ強く抱き締めた。そして頭の後ろに手を回し、長いキスをした。

 

「んっ・・・んんっ//」

 

口を離すとイサカは頬を赤らめて抱き着いてきた。

 

「急に口付けするな・・ばか・・・」

 

「ばかでいいさ」

 

そのまま俺達はテラスで抱き締めあっていた。するとテラスの扉が突然開いた。

 

「はぁ〜疲れたっす~イサカ〜ちょっと話がっt・・・・お二人さん。お邪魔したっすね〜」

 

俺とイサカはサッと離れると、レミの頭を1発づつはたいた。そして話をする。

 

「なんだ!レミ!」

 

「いってて・・・悪かったっすよ〜イサカ~、そんなに怒らないでくださいっす。」

 

「怒ってない!要件を言え要件を!!」

 

「めっちゃ怒ってるじゃないっすか・・・」

 

「怒ってない!」

 

「二人とも落ち着け・・・レミ、何かあったのか?こんな時間に言いに来るってことは相当の急ぎのようだが?」

 

「そうそう、飲み屋に行かないかって誘おうとしたんっすけど・・格納庫で若いノンがヤマダのこと呼んでたっすよ?」

 

「わかった、二人は飲みに行くのかい?」

 

「行こうと思ったっすけど、やっぱヤマダが作業してる横で酒を飲むっす~」

 

「ひっどいなぁ・・・」

 

そして俺たちは格納庫へと降りて行った、格納庫の中には今俺が個人の趣味でレストア中の零戦一一型前期が置いてある。その横には修理を頼まれて預かっている二一型の初期型が置いてあった。どちらもエルロンの前後重量不均等の対策のための突出型マス・バランスが外観の大きな特徴だ。一一型は通常の零戦より一枚上の第四カウルフラップから突き出た排気管が特徴なのだが俺が引き取ったときはなんと二一型の排気管が流用されていた、これでは一一型後期になってしまう。だから排気管を鉄板をたたいて作り直したのだ、今は作業はほとんど完了し塗装をするだけだ。ユーハングで一番最初に零戦を運用した海軍第十二航空隊、通称十二空の塗装にしようと思っている。すると整備班の後輩が話しかけてきた。

 

「ヤマダさん、お疲れ様です。」

 

「おう、お疲れ。ところで俺を呼んでたようだがどうした?」

 

「ええ、あの二一型のことなんですが・・・あれってドルハ自警団から預かったんですよね?」

 

「ああ、なんか自分とこのではどうしようもできなかったからどうのこうのって言われてな。」

 

「すみません・・・自分ではもう無理です・・・せっかく任せていただいたのに・・・」

 

「まてまて、急に謝るな。まずはっきり理由を説明してみろ。」

 

「はい・・・ドルハって雨がほかの地域に比べて多く降るじゃないですか。けどイジツのほかの地域では雨が少ない、ドルハで雨に打たれたこいつの機体の中身に水がたまったんです、どうせ風防半開きで放置でもしていたんでしょう。そしてその水がたまったまま湿度の高いイジツの気候で放置して運用し続けたらどうなるかなんて・・・」

 

零戦の超超ジュラルミンは腐食に弱い、そして雨に慣れていないイジツの人間が雨対策なんて知るわけはないのだ。後輩に言われるまま後部胴体を見てみると見るも無残なことになっていた。外板はきれいだ、どうせ向こうの修理工場やらなんやらで外板だけうまくつぎはぎをしたんだろう。

 

「発動機やその他の部分の整備は完璧にしました。ですがこの錆だけはどうしようもないんです・・・」

 

そう言って申し訳なさそうな顔をする後輩の背中を俺は軽くたたくと言った。

 

「よしよし、お前はここまでよく頑張ったよ。この後部胴体は外して新品と付け替えよう、お前には今度外板の修復の仕方を教えてやるよ。ちょうど一一型でやったしな。」

 

「ありがとうございます・・・」

 

「そう悲観的になるな、無理なもんはだれがやっても無理なんだよ。そんだけ本気で機体を直そうとしたお前は十分立派だ。今日は遅いからもうゆっくり寝な。」

 

「はい!ヤマダさんは組長とレミさんとごゆっくりですね~」

 

「うるさいうるさい、早く寝ろ!」

 

そう言って俺は後輩を追い返すとさっさと後部胴体を取り換えた。塗装まではしないと言ってあるので防腐塗装だけを施し端のほうに置く、そのまま作業を終え寝ようとすると、レミが話しかけてきた。

 

「もう寝るんっすか~」

 

「飲みすぎだ・・・正直全然眠くないがな。」

 

「あたしらもっす~ ねえイサカ?」

 

「ああ・・・ただすごく頭が痛い・・・」

 

「そりゃあれだけしこたま飲んだらそうなるわな・・・ちょうどいいや、二人に面白いもんをみせてやるよ」

 

そう言って俺はさっき取り換えた後部胴体を持ってきた。

 

「外はすごくきれいに見えるがな・・・」

 

「だろ?じゃあちょっと外板をはがすぜ?」

 

そうして外板をはがすと腐って無くなったメインフレームの残骸が姿を現した。

 

「うわっ・・・なんだこれ・・・」

 

「中に水が溜まって湿気も相まってジュラルミンが腐ったんだよ、それを外から外板だけ溶接でつぎはぎしたんだろう。ほらっ」

 

そうして俺がその外板周りをたたくと簡単に穴が開いた。次いで尾翼を外そうと中身に手を突っ込んでみるとボルト穴が見当たらない、

 

「レミ、ちょっとこの中照らしてみてもらってもいいか?」

 

「どうぞっす~」

 

中をよく確認してみると尾翼が溶接されていた、取付穴が腐ってにっちもさっちもいかなくなったから苦肉の策として溶接したんだろう。

 

「これは・・・ひどいなぁ・・・ドルハ自警団の機体みんながこうだと思うとすごい気の毒だ」

 

「だが、ボルトだと飛行を繰り返すと緩む可能性もある。ここは溶接でもいいんじゃないのか?」

 

「飛ぶだけならな・・・意味がないように見える設計にはすべて意味がある。零戦は尾翼を取り外すことで簡単に昇降舵をメンテナンスできるんだ、それに溶接するということは尾翼が被弾した時に尾翼部分だけを取り換えるということが出来ない。」

 

「そうなのか・・・」

 

「そうだ、それともうひとついい音聞かせてやるよ」

 

そして俺はレストア中の一一型のエナーシャを回し発動機をかけた、やろうと思えば零戦の発動機は一人でかけることが出来るのだ。そうして操縦席に飛び乗るとイサカとレミを操縦席の横に呼ぶ。どの戦闘機にも言えるが戦闘機の発動機に消音装置なんてものはない、シリンダー内の爆発音は排気管を通って直接外に噴出してくる。環状排気管のこの零戦一一型や隼一型は「まだわずかにまし」であるが推力式単排気管である五二型や隼三型はひどいもんだ。俺は自分の声すら聞こえにくい操縦席からレミとイサカに叫ぶ。

 

「今から回転を上げるから音をよく聞いててくれよ!」

 

ゴォォォォォォォォ!!!

 

「過給機の音がほとんどしていないように聞こえるが!?」

 

「あと爆発音が子気味いいっすね!」

 

「二人とも正解だ!」

 

そうして俺は一一型の発動機を止め操縦席から降り、二人に缶コーヒーを渡す。レミは普通のやつ、イサカにはブラックだ。

 

「おお、ありがとう。」

 

「ありがとうっす~」

 

「いい音してただろ?」

 

「ああ、だが私の二一型でも同じような音がしている。やはりお前の整備技術が高いってことだな」

 

「へへ、そうかい?過給機の音がほとんどしないのは過給機の回転軸の芯がしっかり出ていることとオイルがしっかり回ってる証拠なんだ。あれはウン万回転で回ってるから風切り音がするのは仕方ないが カラカラ とか キンキン っていう金属同士が接触するような音がしてる機体がイジツには多いんだぜ?」

 

「けどしっかり整備してないと動かないんじゃないんっすか?」

 

「動きはするんだよ。人間と違ってある一定以上の基準を満たせば文句言わず動作はするんだ、けど確実に痛むし性能は発揮できない。いいかい?整備できないっていうのは決して悪いことじゃない、知識がないのなら当然だ。ただし何か異変を感じたら必ず俺たちみたいな整備ができる人間に言ってくれ。命にかかわる故障かもしれないし機械にとってもいいことは一つもないからな。」

 

「ああ、頼りにしているぞ。」

 

「今度うちの組員にもこっちで見てもらうように言っとくっすね~」

 

「待て待て、できることはそっちでやってくれよ?」

 

「わかってるっすよ~」

 

「あと、意外にみんなやるんだがオイル交換のときに横着して古いオイルに新しいオイルを足すなよ?油もんはいいもの悪いものを混ぜると悪いものになる性質があるからな。」

 

そう言い終えると電索が反応を示し警報が鳴った。どう見てもご来客ではなさそうだ・・・だがすぐ出撃できるのは爆弾懸架装置をつけたままの五三型だけ。仕方あるまい。すると整備班たちが爆弾懸吊架を外そうとしている。俺はまずイサカとレミに声をかけた

 

「イサカ!レミ!悪いが五三型で迎撃する!準備をしてくれ!」

 

「了解!」

 

「あいあいっす!」

 

そして工具を出して懸吊架を外そうとする整備班に叫んだ。

 

「懸吊架は付けたままでいい!発動機を回せ!早く!!」

 

「ですがこれがついたままだと・・・」

 

「多少の速度低下はやむを得ん!先手を打つのが優先だ!何をグズグズしている!急げ!!」

 

そうして俺は愛機である五二型から飛行帽と眼鏡をとると、一機の五三型に飛び乗った。後ろでは警報を聞いた組員たちが続々と始動準備をしている。

 

 

 

 

私はヤマダに言われるまま一機の五三型に飛び乗ると座席を上げ飛行眼鏡をかけた。発動機はすでに回っている、ヤマダ率いる整備班は本当に優秀だった。そのまま手で合図して車輪止めをはらってもらうと滑走路に出て離陸する。いつもの二一型と違い少し重い零戦に戸惑いながらもバランスタブの角度を調節し機をまっすぐにする。朝日を背に電索が示した方向に向け高度を上げてゆく、ふと後ろを振り向くと一機の五三型がついていた、大きくバンクを振る五三型をみて私は確信した。

 

「ヤマダか!」

 

無線機のチャンネルをそろえる暇がなく、声を聴くことはできないがあれは確実にヤマダが操縦する機体だ。やつは利き足の左のラダーを強く踏むきらいがある。だからバンクを左右同じ角度で振るのが苦手なのだ。ヤマダが後ろについてくれているのなら心強い。そのまま私は高度を上げ続けた、会敵までにはまだ少し時間がかかる。高度1200クーリルで過給機を変速し水メタノールを噴射する、そのまましばらく飛び続けると前下方に十数機の機影が見えた。ヤマダがまだ後ろについていることを確認すると、13.2ミリ機銃の完全装填をして試射をしながらバンクを振る「敵機発見」の合図だ。機を裏返し急降下に入ると機種が見える

 

「嘘だ・・・」

 

私は機体を見て戦慄を覚えた、それは決して敵の数にではない

 

「P-51D ムスタング・・・!」

 

編隊を組んで飛んでいる5機の彗星の護衛には数機の紫電と、2機のムスタングがついていた。すると左の雲から数機の五三型が飛び出して機銃を発射した。一機の彗星が堕ちムスタング2機は散開する、私はムスタングに狙いを定め後ろに付こうとした。私の前を通り過ぎたムスタングを見すえて機体を反転させる、後ろに着いたと思うとすぐ相手は遠くに離れていってしまった。馬力が違いすぎる・・・そのまま紫電を数機撃墜すると、また私の視界の下の端に入った。今度こそ・・・私は後ろにいるヤマダのことを何も考えず垂直降下したムスタングに向け機銃を打つ

 

ダダダッ!ダダダッ!

 

ムスタングが燃料タンクから火を吹いた。それを見届けた後に後ろを見ると、レミがもう一機のムスタングに貼りつかれていた。援護に向かおうと機種をそちらに向けると主翼に弾がカスった、さっきのムスタングは撃墜できていなかったのだ。機体を滑らせ射線をかわす、そのときレミはムスタングを何とかふりきったようだった。私もどうにかふりきらなければいけない、操縦桿を思い切り自分の方に引き付けた・・・が、操縦桿が全く動かない。速度計を見ると120キロクーリル、垂直降下の速度が乗ったままで舵が重くなったのだ。真後ろにはムスタング、もはやこれまでか・・・

 

「イサカ・・・すまん・・・」

 

そうハッキリと私の耳に声が聞こえた。その次の瞬間私とムスタングの間にヤマダの機体が滑り込んできた。ヤマダはモロに機銃弾を受け降下していく・・・

 

「ヤマダ!!!!!」

 

私は速度が落ち舵が効くようになった五三型で、レミと共にムスタング2機を低空での旋回戦に持ち込み何とか撃墜した。上を見ると敵機はおらず、皆帰ろうとしていた。私はヤマダの機体が地表にあるのを確認し、すぐ基地に戻る。機体から飛び降りるとレミがこちらに駆け寄ってきた。

 

「イサカ!ヤマダが!」

 

「わかっている!救援機急いでくれ!!頼む!」

 

「その必要は無いぜ」

 

「クロ!」

 

クロが自分の五二型からヤマダを引っ張り出すと救護班に引き渡す。私は基地の人混みをかき分け担架に駆け寄った、

 

「ヤマダ!!!返事しろ!頼むから返事しろ!!」

 

「組長!急ぎますから離れてください!」

 

「イサカ!落ち着いてっす!」

 

サダクニとレミに静止され私は担架から手を離した。まずはクロに礼を言う

 

「はぁ・・・はぁ・・・クロ、ありがとう。」

 

「どうってこたないさ。まあ奴も何回か怪我しては生きて帰ってんだ、今回も大丈夫だろうよ。」

 

「そうだと・・・良いんだが・・・」

 

「あいつは本当にお人好しだぜ・・・レミも一度やつに助けられているしな」

 

「そう・・・っすね。」

 

「まあ俺達が悲観的になっても仕方ない、イサカ、お前はあいつの処置が終われば医務室に行ってやれ。」

 

「恩に着る・・・ありがとう。」

 

そして私は格納庫に行くと、ヤマダの愛機である五二型の操縦席に乗った。計器板を見ると、前に私とレミとヤマダの三人で撮った写真が磁石でつけてあった。私はその写真を手に取り眺めた。いつも私やシマの住人達のことを気にかけてくれている、優しい夫・・・私は自分の無力さが情けなかった。操縦席で蹲っていると、優しく肩を叩かれた。顔を上げると、レミが居た。

 

「イサカ、医務室に行きましょ?」

 

「うん・・・」

 

「こーら!あんたがしっかりしないでどうするんっすか! ヤマダがそんな顔を見たらあいつ、心配してなんにも出来ないっすよ。あいつの為にも、しっかりしてあげてくださいっす。」

 

「そう・・・だな、ありがとうなレミ。私は何時も皆に助けられてばかりだ。」

 

「そんな事ないっすよ。あんたがしっかりカネの管理をしてくれてるからゲキテツ一家が回ってるんっす、それに空戦の時の時間管理と危険予知も優秀。イサカも充分人の役に立ってるんっすから、人に何かされることを後ろめたく思う必要は無いっす。」

 

そう慰めてくれるレミと2人で歩いていると、医務室の前に着いた。扉を開けると、サダクニと若い男に見守られてヤマダはベッドで寝ていた。

 

「ヤマダ!」

 

私が駆け寄り呼びかけるが・・・ヤマダは返事をしない。

 

「なあ・・・ヤマダ、悪ふざけはよしてくれ・・・ほら、お前は一一型の塗装がまだなんだろう!?なあ!返事をしてくれ!!」

 

「組長!落ち着いてください!ひとまず処置はしましたが・・・弾をモロに受けていました、今夜あたりが山でしょう・・・。」

 

「そんな・・・」

 

「イサカ・・・」

 

「すまないが・・・ヤマダと二人にしてくれないか?」

 

「わかったっす。」

 

二人きりになったのを確認すると、私はヤマダに話しかけた。

 

「なあ、私達楽しかったよな。ケンザキ一家と揉めてから結婚して・・・着物も着たし浴衣も見せた、長い距離を一緒に飛んだこともあったしお前のご飯を私はいっぱい作ったな・・・私達、まだちょっとしか一緒に過ごせてないじゃないか・・・もっと一緒に過ごそうよ・・・なあ・・・ヤマダ・・・お願いだから・・・死なないでよ!ヤマダぁ!うわああああ!!」

 

「組長!」

 

「なんでいつもこうなるのはヤマダばっかりなんだ!なんで!!何で私じゃないんだ!なんで!!なんで!!!」

 

「組長落ち着いてください!」

 

「イサカ、落ち着いてくださいっす!」

 

「はぁ・・・はぁ・・・すまない・・・」

 

私はあいているベッドに腰を下ろすと、さっき居た若い男が口を開いた。

 

「すみません!自分があの時断るべきでした!」

 

「・・・どういうことだ?」

 

「私はリキヤといいます。出撃するとき、ヤマダさんは自分のことを見つけるとこういったんです『俺と機体を代わってくれないか?13.2ミリ機銃と防弾版が外してあって機体が軽いお前が乗ってる五三型のほうがいい、お前が防弾版のついてるほうに乗ってくれ、安心感が違うぞ』って・・・・」

 

「じゃあ・・・ヤマダはお前の五三型と交換していたということか?」

 

「はい・・・すみません!自分がもっときっぱり断るべきでした!」

 

「出て行ってくれ・・・」

 

「しかし・・」

 

「頼む・・・出て行ってくれ・・・」

 

そしてまた私はまた病室でヤマダと二人きりになった、どれだけ待ってもヤマダは目を開けない。すると、私はヤマダの服のポケットから鎖が垂れ下がってるのを見つけた。これは・・・ ポケットに手を突っ込み取り出してみると私がテラスで渡した懐中時計だった。蓋を開けるとそこの裏にはヤマダの血のついた私の写真が小さな磁石でとめられていた。恐らく機銃弾を受けた瞬間これを見ていたのだろう・・・

 

「ばか・・・」

 

そして私はその懐中時計をそっとヤマダのポケットに戻し、格納庫へと降りていった。そこにはクロとレミが居た。

 

「イサカか」

 

「今日の敵について、何かわかるか?」

 

「残念ながらまだ何も・・・撃墜したムスタングを見たんっすけど、ラウンデルも何も書いてなくって・・・すんませんっす。」

 

「いや、良いんだ。レミ、クロ、本当にありがとう。」

 

「どうってことは無いさ、俺はやつに借りがある。」

 

「初耳っすね〜、どんな借りがあるんっすかー?」

 

「あいつは昔捨て身でレミを守った、こんな大きな借りがどこにある。」

 

「クロ、それって」

 

「かっ、勘違いするなよ?大事な頭を守ってくれたから借りって言ってるだけだぜ?」

 

「ふふ、2人とも今日は上の部屋で寝てくれ。私は少し格納庫ですることがある。」

 

「辛いと思うっすけど・・・気をしっかり持ってくださいっす。おやすみなさい」

 

「ああ、ありがとう。おやすみ。」

 

そしてヤマダが作ってくれた二一型のもとへと歩いて行った、することがあるといったのは嘘だ。特に何もすることはない、ただ一人になりたかったのだ。機体の周りをゆっくりと歩いているとふとおかしなことに気づいた、エルロンにあるバランスタブがない。二一型はエルロンの後ろに板がついており、これで機体のわずかな傾く癖を調節するのだ。本来は何度も試験飛行を繰り返し度合いに合わせてペンチで曲げ角度を調整するのだが非常に時間がかかる、エルロンをよくよく確認してみるとバランスタブがあった場所に切り欠きと小さなロッドのようなものがあった。

 

「エルロントリム・タブか・・・なぜわざわざこんなことを・・?」

 

「組長? こんな時間に何を?」

 

「ん、お前は・・?」

 

「失礼しました、ヤマダさんの後輩のキヨシです。ヤマダさんのことは本当にお気の毒で・・・」

 

「そうか・・お前こそこんな時間に何を?」

 

「ヤマダさんに頼まれてた発動機が届いたのでそれを倉庫になおしていたところです。」

 

「遅くまでご苦労だな・・一つ聞いてもいいか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「この機体・・・なぜバランスタブからトリムタブになっているんだ?」

 

「ヤマダさんが取り替えていましたよ、組長のあの波塗装の二一型のエルロンとラダーもこれになっているはずです。」

 

「本当か・・ヤマダはこれについて何か言っていたか?」

 

「自分が取り付けを手伝ったんですが・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ヤマダさん、なぜわざわざ点検箇所が増えるこれに変えるんですか?」

 

「これだとイサカの好きなタイミングで補正度合いを変えれるからさ・・・やっぱ空戦がやりやすくなるんよ・・・俺あの子にゃ絶対死んでほしないからさ・・・こっちでもできるだけのことはしたいんよな。けどあの子絶対に家にいてくれ言うても聞いてくれへんやん? まあしゃあないけどさ、あの子かってそりゃ若い時に大変なことやってはるんやしさ・・・あ、ごめんな余計なことばっかりくっちゃべって。」

 

「いえ、ヤマダさんは本当に組長のことがお好きなんですね。」

 

「そらせやでお前・・・あんなええ子絶対おらんぞ?メシはうまいしかわいいしかっこいいし・・・あ、でも俺の好きな御座候あげられへんのだけが不満かな、ほらあの子甘いもん苦手やからさ。」

 

「ぞっこんですね・・・このほかにすることはありませんか?」

 

「うーん・・・もうないかな、あ、けど今度栄三一型甲を二機仕入れといてくれへんか?」

 

「何でです?あ、ヤマダさんのあの61-120に積むんですか?」

 

「ドアホ、俺の五二型の発動機は一生もんじゃ。そうじゃなくてレミの雲塗装の五二型とサダクニさんの五二型に積むの!」

 

「なんでまた?」

 

「どうもあの二人の零戦の音がよくないんだよ、多分バルブタイミングとかバルブの芯がわずかにずれてきてる。ユーハングだとそういうのは捨てて新しいのにしてたらしいんだが・・・こっちだとそうもいかないだろ?だから発動機を修理してる間のつなぎの発動機としてな。」

 

「そうですね・・・ヤマダさんはほんとに優しいですね。シマの住人の戦闘機の整備もすごい格安でやってるし・・・」

 

「あれはな・・・チョーっとあくどいことしてるけどな。」

 

「ええ?」

 

「自警団とか、商会とか、そういうとこにちょっと吹っ掛けてんだよ。大きい整備も請け負ってやるから金出せってな。ジャッキで機体を持ち上げれるような工場ってあんまないからな。それで得た大きい利益をシマの住人の修理に回してやってるんだ。俺が住人からもらってる額はお前らの給料分くらいだよ。」

 

「え・・じゃああなたの給料は?」

 

「さすがにちゃんと計算に入れてるよ。ただまあ必要最低限って感じかな、今のあの一一型みたいにレストアするときとかは説明してちょっと多く取ったりするけどな~ まあお客さんの理解あってこその商売と趣味だよ。」

 

 

 

・・・・・・って言ってましたね、操縦席に乗ってみてください。トリム調整用のダイヤルがあるはずです。」

 

「あいつがそんなことを・・・わかった、少し乗ってみる。ありがとう。」

 

「では自分はこれで・・・難しいと思いますが気を落とさずに頑張ってください、あの人ならきっと大丈夫ですよ。」

 

そう言って建物に戻っていくキヨシを見送ってから、私は二一型の足置きと手掛けを出した。操縦席横に立つと風防をガラッと開ける、手掛けに手をかけ操縦席に座ると、左に見慣れないダイヤルがあった。

 

「これが・・・」

 

そのダイヤルをよく見ると刻印があった、

 

離陸 ココ

巡航速度 ココ

空戦 適時調整

 

ヤマダの字だった、なんども飛んで調整したんだろう。ダイヤルのつかみ部分は塗装が剥げていた。

 

「ヤマダ・・・ありがとう・・・本当に・・・」

 

 

 

 

 

 

「イサカ!起きてくださいっす!なんでこんな所で寝ちゃってるんっすか・・・」

 

「ん・・・んあ? 朝・・・?」

 

「朝っすよ!零戦の操縦席で寝る人がどこに居ますか!」

 

「悪い・・・あいてて・・・」

 

「早く起きて下さいっす!ヤマダが・・・ヤマダが!」

 

「ヤマダが!?」

 

私はレミの言うことも聞かず医務室へと走っていった、扉を力任せに開けるとそこにはサダクニが居た。

 

「組長、ヤマダのやつ何とかヤマはこえました・・・まだかろうじて話が出来る程度ですが・・・」

 

「イサカが・・・来てるんですか?サダクニさん・・・」

 

「こらヤマダ!まだ寝てなきゃダメだ!」

 

「ヤマダ!!」

 

「ごめんな・・・あんな事しか出来なくてごめんな・・・イサカ・・・」

 

「良いんだ・・・もう良いから・・・もう謝らないでくれ・・・」

 

「本当は・・・すぐにでも戻りたいんだが・・・」

 

そういうヤマダにサダクニは言う

 

「駄目だ!お前はまだ傷口が塞がってないんだ!あと2日は安静にしないと!」

 

「でも・・・」

 

私はおもむろにベッドの横の椅子に座るとヤマダの頬に手を当てキスをした。

 

「んっ・・・///!?」

 

「お前が復帰したい気持ちはよくわかる、私だって正直戻ってきて欲しい。けどお前の体が第一だ、私は絶対に会いに来てやるからここで安静にしておいてくれ・・・いいな?」

 

「ああ・・・」

 

「アツアツっすね〜?」

 

「う・・・うるさい・・・」

 

「レミ・・・クロは居るか?」

 

「ここに居るぜ、大丈夫か?」

 

「君のおかげだよ・・・俺を機体から引っ張り出して運んでくれたんだってな・・・」

 

「大変だったぜ?」

 

「感謝するよ・・・」

 

「クロ、それにサダクニさん・・・俺がいない間、イサカをよろしく頼む。」

 

「あれ?ヤマダ、あたしの心配はしてくれないんっすか〜?」

 

「レミはクロがいつもしっかり守ってるから心配はしてないよ・・・なぁクロ?」

 

「当たり前だ・・・恥ずかしいから言わせないでくれ」

 

「愛いやつ愛いやつ〜」

 

「ばかっ!レミこんなとこでくっつくな!」

 

「ふふ・・・あっそうだ」

 

「どうした?」

 

「撃墜した機体は調べたか?」

 

「調べたっすけど・・・ムスタングにはラウンデルも何も無かったので意味は無いっすよ?」

 

「いや・・・ムスタングはどうでもいい、紫電の操縦席は見たか?」

 

「一応見たぜ?」

 

「どんなだったか覚えているか?」

 

「大体は・・・」

 

「じゃあ照準器は何だった?」

 

「見た事ないタイプだったっすね・・・」

 

「それでいい・・・それはジャイロレティクル式照準器だ、ユーハングの技術じゃない。」

 

「なんでそんな物が紫電に?」

 

「それを扱える会社はイジツに一社しかない・・・」

 

「それは何処なんだ?」

 

「サウス・リドンバーグ社」

 

「ちょっと待て・・・どこかで聞き覚えが・・・」

 

「そりゃそうだ、三日前。エアレースに出ると決めた時に一番目立っていた企業だったからな。」

 

「ああ、確か私たちは承諾したな?」

 

「ああ・・・ある程度大規模なエアレースだったから心配はしていなかったんだが・・・まさかいち企業にしてやられるとはな」

 

「どうするんだ?参加を辞退するか?」

 

「そうなったら向こうの思うつぼじゃないっすか・・・向こうの目的はこっちの技術を披露させないようにして仕事を減らすのが目的っすよ」

 

「・・・辞退はしないさ。」

 

「じゃあどうするんだ?お前は今怪我をしているんだから出れないんだぞ?」

 

するとヤマダは私の肩に手を置き真っ直ぐな眼差しで見つめて言った。

 

「君が出るんだ・・・」

 

「私が!?」

 

「ああ、君なら大丈夫だ。」

 

「ちょっと待って下さいっす。イサカが出るのは構わないんっすけど、機体はどうするんっすか?一段一速の二一型じゃ、いくらイサカの腕があっても・・・」

 

「一段一速でいいんだ、イサカ。俺がレストアしていた一一型があるだろう?アレを使え」

 

「何故だ?推力式単排気管の五二型の方が有利だろう?」

 

「空戦ならな」

 

「どういう事だ?話が見えないぜ?」

 

「エアレースってのは高度200クーリル程度で飛行してタイムを競うんだ、つまり酸素濃度は地上とほとんど変わらない。」

 

「そうか!それなら一段一速で少しでも軽い方がいいということか?」

 

「そういう事だ、クルシーや着艦フック、水メタノールタンクやセルモーターが無いあのオリジナル一一型なら機体もより軽い・・・だが・・・」

 

「どうしたんっすか?」

 

「あの一一型はまだ塗装とバランスタブの調整が全く終わっていないんだ・・・本当は俺が調節したいんだが・・・ご覧の通りだ。」

 

すると、サダクニが立ち上がった。

 

「私で良ければ塗装はしよう。確か資料は格納庫に置いてあると言ったな?」

 

「サダクニさん・・・」

 

私も腹を括った、

 

「調整は私が実際に乗ってしよう。何度かやったことはある。」

 

「イサカ・・・本当にすまない、俺がこんなとこになったばっかりに・・・」

 

「謝るには私の方だ、またお前に辛い思いをさせてしまったな・・・エアレースは確か二日後だったな?」

 

「ああ・・・二日後、インノのはずれの荒野で行われる。一一型の事は頼んだぞ・・・」

 

「任せておけ。クロ、レミ、すまないが手伝ってくれないか? 組長、作業しに行きましょう。」

 

「わかったっす」

 

「わかったぜ」

 

「わかった」

 

そうして部屋を出ようとすると、

 

「イサカ・・・ちょっとだけ俺の横にいてくれないか?」

 

「わかった、サダクニ。すまないが作業を頼む、私もすぐに行く。」

 

「わかりました、ごゆっくり。」

 

そして私はまたヤマダのベッドの隣に座った。ヤマダが体を起こそうとするが、私はそれを静止する。

 

「こら、起きちゃダメだ。」

 

「うう・・・クソっ・・・ちくしょう・・・!」

 

ヤマダは泣いていた、私はヤマダの手を握る。

 

「どうした?傷が痛むか?」

 

そんなことではないのは百も承知だ、ヤマダはそんなことで涙を流すヤワな人間ではない。

 

「俺がもっと操縦上手けりゃ・・・イサカにあんな思いをさせずにすんだのに・・・ちくしょう・・・」

 

私はヤマダの手を両手で握った、

 

「お前は悪くない・・・だから自分を責めるな。」

 

「ごめんな・・・ごめんな・・・」

 

「じゃあ私は作業してくる、動いちゃダメだからな?また夜会いに来てやる。」

 

そうして部屋を出ると、クロが走って戻ってきた。

 

「どうした?」

 

「ヤマダに言い忘れたことがあってな。」

 

少し気になり部屋の外で聞き耳を立てていると、クロとヤマダの話し声が聞こえてきた。

 

「ヤマダ、ひとつ言い忘れたことがある。」

 

「どうした?」

 

「俺のことも使え。」

 

「ふふ・・・じゃあ早速使わせてもらうとするか。」

 

「なんだ?」

 

「恐らくエアレースについて書類が届いているはずだ、それを持ってきて欲しい。」

 

「わかった、いいか?安静にしてろよ?」

 

「ああ、」

 

そうして私は格納庫へと降りていった。作業スペースには一一型が鎮座しており、排気管などのマスキングも終わっていた。

 

「組長、ちょうど今から塗装するところです。」

 

「そうか・・・じっくりサダクニの腕を見るとしようか」

 

「貴方の零戦の塗装をしたのは私ですよ? まあヤマダには劣るでしょうが・・・」

 

「ふふ、期待しているぞ。」

 

 

 

 

・・・・・・・・夜

 

作業を終え、約束通りヤマダの寝ている病室に向かう、扉をノックする。

 

「ヤマダ、入るぞ。」

 

「イサカか、いてて・・・どうだい?一一型は」

 

「馬鹿起きるな!そのまま寝てろ。塗装は終わった、えーっと・・・かいぐんだいじゅうに・・・何だった?」

 

「第12海軍航空隊だ、ユーハングで零戦が一番最初に配備された部隊だよ。」

 

「あのエルロンに着いている突起物は?」

 

「あれは突出型マス・バランス。エルロンの前後重量不均等を調節する為に後付けされた部品だ。」

 

「お前が持っている一一型の資料写真にはこれは着いていないが?」

 

「そうだ、一一型の時代ではこれはまだ必要かどうかわからなかったんだ。結果的には必要だったんだがな。」

 

「じゃあ・・・あれはお前の趣味か?」

 

「お、ご明察だな。」

 

「全く・・・さっきまでエアレースの資料を読んでいたのか?」

 

「ああ・・・なかなかメンツが濃いな、ただ今回はあくまでも零戦のみの参加だ。」

 

「サウスリドンバーグは五二型か・・・」

 

「やっぱり不安かい?」

 

「正直すごく不安だ・・・」

 

「・・・大丈夫、君の腕なら負けないさ。」

 

 

 

 

 

 

・・・・・翌日

 

「ふあ〜あ、よく寝たっす〜」

 

「やっと起きたか、今日は飛行試験で一番時間がかかるっつったろうに・・・」

 

「悪かったっすよ〜クロ〜、昨日ヤマダに書類を渡しに行ってたっすけど。あいつ何か言ってたっすか〜?」

 

「俺には特に何も、ただメモを預かってる。まだイサカとお前のことばかり心配してたぜ。」

 

「あいつらしいっすね〜、イサカとサダクニはどこに行ったんっすか?」

 

「もう外で準備を始めてる、早く行かないとまたどやされるぞ?」

 

「まーずーいっす〜!」

 

 

私は一一型の操縦席に座った、するとクロがメモを渡してくる。そこには沢山の注意事項や目安の数値、機体のクセまでもがびっしりと書かれていた。

 

「クロ、これは?」

 

「昨日の夜ヤマダが徹夜で書いたみたいなんだ、目の下にクマ作って『これで多少はやりやすくなるんじゃないか?』とか言ってやがったよ。」

 

「あいつ・・・」

 

「ほら、しっかり調整を頼むぞ?」

 

「ああ、ありがとう。」

 

そうして私は風防を全開にし飛行眼鏡をかけた。サダクニがエナーシャハンドルを持って機首の下に立った、私は大声で叫ぶ。

 

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!!」

 

キーーーン・・・・

 

「コンタクト!!」

 

バラバラバラ・・・・

 

発動機が回った。そのあとはすぐに油圧計に目をやる。燃料がないか、燃料系統に故障があると発動機はすぐ止まるが、油圧が上がらなくても発動機は焼き付くまで回るからだ。スロー暖気運転を続けながら油圧と燃圧をしっかりと確認する、ヤマダがレストアした栄一二型だと心配はないだろうが、念には念をだ。ヤマダのメモをしっかりと確認しながら計器類を確認していく。メモによると一一型の正常な油圧は4kg/㎠、燃圧は0.32kg/㎠が各回転数を通じて不変である、油温は40℃~50℃が正常だ。油温はオイル冷却器のシャッター開閉でコントロールできるのだが、正常な整備がなされていればそうそう上下するものではない。もちろんヤツの整備した発動機の油温計は45℃をピタリと指している、

 

「組長、発動機の調子はどうですか?」

 

「完璧だ・・・試運転に入る。」

 

点火プラグスイッチを「両」位置から→「右」位置→「左」位置へと移動させそれぞれ位置での回転数の上下を見る。磁石発電機が正常に動作していれば回転数はほとんど上下しない。落ち幅は一定で至って正常だった。それが確認できたら、タキシングで滑走路に出る。フットペダルを踏み込みブレーキをかけ、視界確保のため座席をめいいっぱい上にあげる。大きく手を振って離陸することを合図した。

 

「零式一号艦上戦闘機一型、発進します!」

 

ヤマダに見せてもらった資料映像の言葉を復唱してみる。横をふと見るとレミ、サダクニ、クロがこちらを向いて敬礼をしていた。私も敬礼で返す、さらにその斜め前を見ると、医務室の窓に見慣れた顔を見た。ヤマダだった。ベッドから体を起こし、こちらに向け敬礼をしているのだ。私は届く訳もないのに大声で叫んでいた。

 

「馬鹿者ーーーっ!そんなになってまでこちらを心配するな!!完璧にしてやるから!!一一型は完璧にしてやるから!!貴様はそこで待っていろーーーっ!!」

 

発動機の音で自分の声もろくに聞こえないなか、叫び終えると私はヤマダの方をもう一度しっかりとみて敬礼をした。そしてスロットルを開け操縦桿を手前に引き、零戦一一型は離陸した。

 

 

 

・・・・・地上

 

「サダクニ、ヤマダは意識を取り戻してからはどんなだったんだ?」

 

「どうもこうも、開口一番に『あれ・・・サダクニさん・・・イサカは?イサカは無事ですか!』と言ったよ。」

 

「あいつらしいな・・・」

 

「普通なら自分の心配をするような怪我だが・・・人間性と言うのかな、ああいうのは。」

 

「あいつはいい意味で馬鹿っすからね〜」

 

「組長は組長で、ヤマダは?ヤマダは?ってずーっと医務室に張り付きっぱなしでな・・・」

 

「そりゃそうっすよ、あの二人普段ずっと一緒にいるんっすよ?しかも体を張って自分を守った男が生死の境をさ迷ってるんっす、心配にならないわけがないっすよ。」

 

「誰だってあいつがあんなことになったら心配するさ。あいつはよく俺の戦闘機も気にかけてるからな。」

 

「あれ、クロもヤマダに戦闘機見てもらってるんっすか?」

 

「ああ、1回あいつに整備してもらったらもうほかの整備士には変えれねぇよ。」

 

「あいつが整備した戦闘機ってホント滑るように飛ぶっすもんね・・・」

 

「そうだな・・・おい、イサカが離陸するぞ!」

 

 

 

 

 

・・・・・空中

 

「くっ・・・スリップストリームのせいか!左に流れる・・・」

 

ラダーとエルロンを駆使して機体をどうにかまっすぐ飛ばすが、バランスタブが普段どこまで大きな役割を持っているかがよくわかる。とりあえずスロットル50パーセント程度で機体を真っ直ぐにした状態で操縦桿の傾きとラダーの踏み具合を体に叩き込んだ。スロットル100パーセント状態で真っ直ぐ飛行するように設定してしまうと、巡航速度で飛行している時常にラダーを踏まないといけなくなってしまうからだ。

長く飛行しても仕方がない、すぐに戻ってバランスタブを調整しまた飛ばなければならないので着陸体制に入る。バランスタブの調節が終わっていないこの機体での着陸は非常にリスキーだ、着陸時に横滑りしているという事は死を意味する。ラダーの踏み加減と操縦桿を動かすことに全神経を集中させ着陸する。ブレーキを踏んで機体を止め、風防を開けて叫ぶ。

 

「左エルロンのバランスタブを下に10度、右エルロンのバランスタブを上に5度、ラダーのバランスタブを右に15度で頼む。また直ぐに飛ぶ!」

 

「左エルロン終わったぞ」

 

「右エルロン完了っす!」

 

「ラダーOKです。」

 

「了解!ありがとう。」

 

こうして最初は10度単位で、さらに細かく次は1度単位に調節して曲げるのだ。何度も何度も飛んでは戻り、飛んでは戻りを繰り返していると、もうすっかり夕方になっていた、私を含め皆もうヘトヘトだ。だがそのかいあってほとんど完璧と言えるくらいまで突き詰めることが出来た。私は最後の飛行を終え、着陸すると発動機を止めた。

 

「皆、本当にお疲れ様だ・・・おかげで真っ直ぐ飛ぶようになったぞ!」

 

「やったあっす!イサカ、お疲れ様っすね!」

 

「お疲れ様だな、」

 

「組長、お疲れ様でした。」

 

「おまえたちのおかげだ・・・本当にありがとう。私はこの事をヤマダに報告してくる、」

 

そう言って皆と別れると、私は一人ヤマダの居る病室に向かった。

 

「ヤマダ・・・入るぞ?」

 

そのままベッドへと歩いてゆく、ベッドの横の椅子に座りヤマダを見ると、満足そうな顔をして眠っていた。私はヤマダの頬に手を当て、優しくなでた。

 

「ちゃんと飛んだぞ・・・お前が直した一一型だ、ちゃんと飛んだぞ・・・」

 

そうして毛布を正し、ベッドの枕元にラムネを一本おいてやり私は病室を後にした。話がしたかったがヤツも疲れているのだろう、仕方があるまい。自室に戻り、ヤマダに懐中時計を渡したテラスに出た。グラスにラムネを移し、煌々と光る街の明かりを見ていた。

 

「イーサカっ」

 

「レミか・・・お前も一杯どうだ?酒じゃなくてラムネだがな」

 

「たまには酒以外も飲みたいっすね~ いただくことにするっす」

 

私はレミにグラスを手渡しラムネを注いでやった。

 

「ありがとうっす」

 

「そのラムネ、ヤマダが作ったやつなんだ。」

 

「そうなんっすか?」

 

「自分の五二型の自動消火装置の炭酸ガスを砂糖水に吹き込んで作ってたんだ。」

 

「ええ・・?」

 

「私も最初は驚いたが・・・うまいんだ。しかも私に合わせて砂糖を少なめにしてあるらしい。」

 

「じゃあ一口・・・・ほんとだ、ほんのり甘くてうまいっすね。」

 

「またあいつと・・・ここでラムネを飲めるかな・・・」

 

「あいつならきっとこのまま回復するっすよ、イサカは心配しすぎっす。」

 

「そうだな・・・そうだけど・・・早く一一型が飛んだことをヤマダに言ってやりたいよ・・」

 

「明日の朝にでも行ってみましょ? あのメモを書いてた疲れがどっと出たんっすよ、きっと。」

 

「そうだな・・・なあレミ、」

 

「どうしたんっすか?」

 

「もし私が死んだら・・・ヤマダは泣いてくれるかな・・」

 

「・・・多分ヤマダがここにいたらこういうと思うっすよ」

 

「・・?」

 

「『死なせない』ってね」

 

「ふふ・・・そうだな。ありがとう、お前と話せて気が楽になった。明日はどうする?」

 

「インノに行く準備をしないといけないっすから、あたしとクロはいったん組に戻るっす。朝ヤマダの顔を見たら帰るんで、昼にインノへの航路で合流しましょう?無線のチャンネルはイサカ組のにあわせておくっすから。」

 

「ああ、わかった。道中気をつけてな。」

 

「イサカもっすね、今回一一型には軽量化のために機銃も何もないんっすから」

 

「ああ、ありがとう。」

 

「じゃ、あたしは部屋に戻るっす。あんまり外にいすぎると、風邪ひくっすよ?」

 

「もう寝るさ、おやすみ、レミ」

 

「おやすみっす、イサカ」

 

私はレミを見送ると、服を着替えて布団に入った。一人では少し広すぎる布団に戸惑いながら、私は眠りについた。

 

 

 

・・・・・・翌朝

 

私は目を覚ました、布団から出て洗面台へ向かい歯を磨いて顔を洗う。いつもの耳飾りをつけ飛行眼鏡を取ろうとするが・・・私はふと思いつき、飛行眼鏡を持たずに身支度を済ませた。そのまま格納庫に駆け下り、ヤマダの五二型の風防を開け操縦席をのぞく、そこの機銃装填レバーには、サダクニにかけなおしてもらっておいたヤマダの飛行帽と飛行眼鏡があった。

 

「ヤマダ・・・お前の飛行眼鏡、借りるぞ・・!」

 

そうしてヤマダの飛行眼鏡を頭の上につけると、台所に行った。二人分のおにぎりを作り、ヤマダの病室に向かった。

 

「ヤマダ、」

 

「イサカ・・・!いててて・・・一一型、よくあそこまで仕上げたな。」

 

「こら寝てろ!傷口が開くぞ!お前の整備技術が高いからだ。ほら、お前の好きな海苔おにぎりだぞ。食べれるか・・?」

 

「わざわざ作ってきてくれたのか・・すまないが枕元に置いておいてくれないか?目が覚めてから全然食欲がないんだ・・・」

 

「そうか・・・だが少しでも食べて栄養を取らないと・・・」

 

私はあることを思いついた。おにぎりをかじり細かくかみ砕くと、ヤマダの頬に手を添え口をつけた。消化のいいおかゆを作ってやればよかったのだが今は仕方がない、口移しだ。

 

「んっ・・・んんっ・・!?」

 

「ぷはっ・・・!これだと幾分か食べやすいか?」

 

「ああ・・・食べやすい・・・食べやすいよ・・・」

 

「そうか、それはよかった・・・ってこんなことで泣くな!男だろう!」

 

「ばかやろ・・・男だから泣いてんだ・・・」

 

すると医務室の扉がひらいた、

 

「ひどいっすよイサカ!一緒に来るって言ってたじゃないっすか!」

 

「しまった!ついうっかりしてて・・悪かった・・・」

 

「二人で何してたんっすか~?」

 

「べっ!別に何もしてない!」

 

「ふ~ん?」

 

「レミ・・・」

 

「どうしたんっすか~ヤマダ~ らしくない声出しちゃって~」

 

「悪かったな・・・らしくなくて。君とサダクニさんの五二型なんだが、どうも発動機の音がよくないんだ。」

 

「そうなんっすか?まあヤマダが言うなら間違いはないっすね。」

 

「もしかしたら大した故障じゃないのかもしれんが・・・妙な胸騒ぎがするんだ。すぐにでも点検してやりたいところなんだが俺は御覧の通りだ。だからすまないが今日君は俺の61-120を、そしてサダクニさんには格納庫の右奥にある五二型を使うよう言っておいてもらえないか?」

 

「わかったっす!」

 

「それから・・・クロ。」

 

「なんだ、ばれてたのかよ」

 

「戦闘機乗りは常に周囲の警戒は怠らないんだよ」

 

「周囲の警戒は怠らない戦闘機乗りがイサカと何をしてたか今ここで言ってやってもいいぜ?」

 

「ごめんなさい。」

 

「で、用件はなんだ?」

 

「君の五二型なんだが、左の磁石発電機が弱ってきている。この後時間がないだろうから、とりあえず格納庫にいるキヨシってやつから新品の磁石発電機を受け取れ。そしてインノについたら、君たち全員でベッグって子を訪ねるんだ。電報は送っておいた、俺の連れだと言えば面倒見てくれるから・・・」

 

「磁石発電機、そんなに心配するほどのことか?」

 

「長距離飛行は、無事に目的地に着くことが一番難しいんだぞ?それに、君の戦闘機を見ているひとりの整備士としてお願いだ。」

 

「わかったよ・・・ベッグってやつだな?」

 

「ああ、それと」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「イサカを・・・よろしく頼む。」

 

「任せておけ、じゃ、俺たちはいったん帰るぜ。」

 

「ああ、レミ、クロ、気を付けてな。」

 

「ヤマダも、早く治ってもどってくださいっね。さいならっす!」

 

レミとクロが病室を後にしたら、また私とヤマダだけになる。すると、ヤマダが口を開いた。

 

「イサカ、」

 

「どうした?」

 

「俺の飛行眼鏡、使いやすいか?」

 

「ばれていたか・・・お守りとして使いたいんだが、迷惑か?」

 

「そんなことないさ、持って行ってくれ。」

 

「ああ、じゃあ私は準備をするからこれで・・・」

 

「ああ、頑張れよ!」

 

「任せておけ。」

 

そうして椅子から立ち上がり歩き出すと、ヤマダのベッドから小さな声が聞こえてきた。

 

「ちくしょう・・・こんな体じゃぁ・・・自分の妻を抱きしめることすらできねえや・・ちくしょう・・・!!」

 

私は振り返り、またヤマダのそばに立った。

 

「お前にはできなくても私にはできる、」

 

そして私はベッドの横で膝をつき、ヤマダの体制を変えさせないように上半身を密着させヤマダを抱きしめた。

 

「そう自分を責めるな・・・お前は悪くない・・」

 

「イサカ・・・イサカぁ・・!」

 

ヤマダはまた泣いていた、子供のように私を抱きしめてきた。よほど悔しいのだろう。よほど情けないのだろう。私の言葉でなどでは到底慰めることはできない。私はヤマダが私を抱きしめることをやめるまで、ずっと強くヤマダのことを抱きしめていた。

 

 

 

・・・・・旅立ち

 

「組長、燃料補充完了しました。いつでも出れます。」

 

「わかった、サダクニ、ヤマダの指定した五二型はどんな具合だ?」

 

「まるで私が乗ることを想定してたかのような座席の位置と調整具合でした。感服です・・・」

 

「そうか、では行こうか。空戦ではない戦いに。」

 

「はい、行きましょう。」

 

一一型に増槽を取り付けると、操縦席に乗り込み風防を全開にし飛行眼鏡をかけた。エナーシャハンドルはキヨシに回してもらい発動機を回す。

 

「ご武運を!」

 

「ああ、ありがとう。」

 

そうして滑走路に出る、サダクニが離陸位置に居ることを確認し手を振って離陸を合図する。そしてスロットルを開け操縦桿を手前に引き、一一型は離陸した。高度を上げ、巡航適正高度に辿り着くとスロットルを20パーセント程度に絞る、プロペラピッチ操作レバーを用いてピッチをハイピッチにしてゆき回転数を1250rpmに調節したら、A.M.Cレバーを思い切り手前に引き、M.Cレバーを用いて混合気の燃料比率を最低にする。すると速度は83キロクーリル程度に落ち着くので、後は航路を間違えないように飛行するだけである。

飛んでいると、レミとクロの五二型が見えた、無線のチャンネルは合わせてあるので、こちらを送信に設定し無線を送る。

 

「レミ、聞こえるか?」

 

「バッチリっすよ〜」

 

「良かった、ここからインノまでは約二時間だ。」

 

「あいあいっす、まあゆっくり行きましょ。」

 

そうしてかれこれ二時間飛び続けるとインノの滑走路が見えてきた、私達は少し早めに到着したからだろう。会場となるはずの滑走路には誰も居ない。着陸して戦闘機を事前に指定された格納庫の中に収める。そうしてベッグと言う人間を訪ねようと格納庫の扉を閉めると、隣の区画の作業スペースから声が聞こえてきた。私は三人に少し確認してくることを伝え、スペースを覗く。

 

「もう!どうしてこのネジは錆び付いてるのだ!?」

 

「仕方ないじゃない、この戦闘機、ずーっとここに置いてあったんでしょ?」

 

「外れないのだーー!」

 

不正行為が無いよう作業区画はオープンになっているのだ。

 

「真昼間から騒いで・・・何があったんだ?」

 

「うわっ!びっくりしたのだ・・・」

 

「驚かせてすまない・・・これは、五二型乙か?」

 

「へぇ〜、これを見ただけで機種を当てれる人間がべッグ以外にもいるのね・・・」

 

「・・・べッグ?」

 

「私がべッグなのだ!昼過ぎに零戦だけで編隊を組んだ一行が来るって言われてるから待っているのだ!」

 

「私はロイヤルよ、嫌だって言ったのにべッグの用事に付き合わされてもううんざり・・・」

 

「そうなのか・・・ロイヤルだな、よろしく。」

 

そう言ってべッグがいた事を伝える為に格納庫の扉を開ける。するとそこでは一一型の前でレミとクロが酒を飲んでいた、サダクニは奥の方で荷物の整理をしている。

 

「何やってるんだ・・・」

 

「うわぁあああ!零戦一一型なのだーーーっ!?」

 

「また始まったわ・・・」

 

「イサカ、まさかそいつがべッグなのか?」

 

「ああ・・・そうらしい。」

 

「ちょっと見てもいいのだ?一一型なんてすごく珍しいのーだー!」

 

「別に構わないが・・・」

 

「ありがとうなのだー!」

 

べッグは機体をすみずみまで舐めるように見ている。クロとレミはわたしの方に歩いてきた。

 

「大丈夫なんっすかね・・・」

 

「ヤマダが指名したんだ、大丈夫だろう・・・たぶん」

 

「ごめんなさいね。べッグは珍しい機体を見るといつもああなっちゃって・・・貴方達は明日のエアレースに参加するの?」

 

「ああ、ヤマダと言う男ががべッグに連絡をつけているはずなんだが・・・」

 

「そうなの?ちょっと待っててね。べッグ〜?」

 

「なんなのだ?」

 

「あなた、ヤマダって人から連絡を貰ってるんじゃないの?」

 

「貰ってるのだ!一一型と五二型の集団の面倒見てくれって・・・ん?これは一一型・・・横にあるのは五二型・・・もしかして貴方達が・・・?」

 

「そうだ、私はゲキテツ一家イサカ組組長。イサカだ。」

 

「ヤマダの連れなら問題ないのだ、怪盗団アカツキのべッグなのだ!ヤマダにはタネガシで飛燕の部品が無い時世話になって以来の仲なのだ!」

 

「あら、ヤマダってのはそこまで信用出来る奴なの?」

 

「ちょっと馬鹿だけど問題ないのだ!」

 

「そういう事なら・・・私は怪盗団アカツキのリーダー、ロイグよ。よろしくね」

 

「よろしく頼む。早速で悪いんだが、クロの五二型に磁石発電機を取り付けてやってくれないか?」

 

「ヤマダから聞いてた通りなのだ、任せるのだ〜」

 

そうしてクロの五二型をベッグに預け、私たちは宿へ向かう。予約できていなかったのでとれるか心配だったがロイグがすでに取っていてくれたようだった。

 

「あんまりいい宿じゃないけど・・・一日だけならここで十分だと思うわ。格納庫で作業するなら荷物を置いてからね。」

 

「わざわざありがとう。ところで、怪盗団とヤマダにいったいどういう接点が・・?」

 

「あいつがこっちに部品を売りに来た時に、さっきのベッグって子の飛燕を修理したのよ。ベッグですら頭を抱える故障を直した上に、怪盗仕事で敵をまくのに協力してくれたからちょくちょく連絡を取ってるってわけ。」

 

「あいつの顔広すぎるだろう・・・」

 

全員部屋に荷物を置き、そのあとすぐに一一型のオイルを交換するために格納庫へと戻った。宿から格納庫までは大体十分ほどだ。

 

「イサカ~」

 

「どうした、レミ」

 

「一一型の整備が終わったら酒買いに行ってきてもいいっすか~?」

 

「迷子になるなよ・・?」

 

格納庫へ戻り一一型にかけていたカバーを外しオイルを抜いた。流れ出るオイルを見ていると、夕陽に当たったオイルに金属片が写った。

 

「ちょっと待て!」

 

私は反射的に叫びオイルのコックを閉めた。受け皿にたまっているオイルを見ると、やはり細かな金属片がある。とりあえず受け皿を変え、受け皿に金属片がないことを確認しまたオイルを抜く。だがやはりオイルには金属片が入っている・・・

 

「これは・・・プロペラ減速室が怪しいのだ。」

 

そう言うベッグの指示に従い、全員総出でカウリングを外しベッグがプロペラ減速室を外した。

 

「う~ん・・・おかしいのだ、ギアに欠けも何もないのだ。これはもしかしたら・・・発動機内部の問題・・・イサカ、もしかしてこの一一型は組みたてなのだ?」

 

「ああ、昨日各種調整を終えたばかりだ。」

 

「その調整のとき、暖気運転は何分やったのだ?」

 

「いつも通り5分前後だ」

 

「多分そのせいなのだ・・・各部分に当たりが出ていない状態で短い暖気運転、それで調整のために一日中飛ばしでもしたら・・・この金属片の量だと多分一つか二つのシリンダーに傷が入ってるのだ。」

 

最悪だ・・・ここまで来て・・・

 

「一一型の発動機の部品は基本的にハ‐25と共通なのだ、一応取り替えることが出来るシリンダーの部品はある・・・ただ、ベッグは栄を分解したことはないのだ・・・簡単な部品交換程度ならさっきのクロさんのやつ見たいにできるけど、シリンダー部分まではとても・・・」

 

「エアレースの出走は明日の五番目・・・エアレースの開始は正午、今から発動機をばらして組みなおす時間は無いっすよ・・・そもそも誰が分解できるんっすか。」

 

「この街に整備士はいないのか?」

 

「こんな辺鄙な街にそんな豪華な人間はいないのだ。」

 

「組長・・・参加を辞退すべきでは・・・」

 

辞退・・・?ここまで来て・・?

 

「私がやる・・・ベッグ、工具を借りてもいいか?」

 

「イサカ!?」

 

「お前・・・」

 

「どうせ誰もできないんだ、私はヤマダの作業を間近で見ている。どうせならやれるだけやってからあきらめよう」

 

「そうっすね・・・やりましょう!」

 

「仕方ねえな・・・」

 

「組長・・・ご立派です・・・」

 

「私も協力するわ。」

 

「乗り掛かった舟なのだ!」

 

ベッグが工具を持ってきたがここにクレーンはない、やぐらを組んでチェーンで発動機を外すしかない。私は奥に行くと上着を脱ぎ飛行眼鏡を外した、インナーも脱いでシャツの腕をまくり手袋を外すとポケットに突っ込んだ。一本のピンで目にかかる髪を上にまとめ、脱いだ上着とインナーを一一型の操縦席に投げ込んだ。

 

「あたしも上着はぬぐっすかね~」

 

「おいレミ!ここで脱ぐな奥のほうでやれ!」

 

「いまさら何言ってるんっすか~クロ~」

 

「いいから!」

 

いつも通りのやり取りをしている二人を横目に、サダクニと協力して機体から発動機と発動機懸架台を外す。本来は絶対にやってはいけないが、今は緊急事態だ、発動機懸架台を整備台の代わりに使う。もう外は真っ暗だ、備え付けの作業スペースの明かりだけでは少なすぎる・・・どうしたものかと悩んでいると、作業スペースの前に三機の戦闘機がタキシングで止まった。機種は・・・鍾馗と飛燕、隼三型だ。次の瞬間強い光がこちらを照らした。

 

「これで明かりは問題ないわね?だいぶん作業スペースは狭くなっちゃうけど・・・」

 

「大変だって聞いて助けに来てあげたわよ?感謝なさい?」

 

「クフフ・・薬の実験台がこんなにいるわ。」

 

「そうか・・・鍾馗や飛燕には前照灯があるのか・・・ありがとう。ところであなたは?」

 

「あら失礼、リガルよ。頑張ってるそうじゃない?ベッグは部品を取りに帰っているわ。朝までにはなんとか・・・帰ってこれるはずよ。帰りには部品を積んでて身動きが取れないけど、レンジとモアが援護につくから心配はないと思うわ。」

 

「カランよ、よろしく。」

 

「恩に着る・・本当にありがとう。」

 

そうして私はプロペラ減速室を外した、ヤマダが話しながら分解している姿を必死に思い出し作業を進める。減速室を外しプラグコードをすべて引っこ抜く。私にはヤマダみたいにすべての刺す場所を暗記できない、マジックでコードに小さく番号をふっていった。それを終えると過給機と吸入管、排気管を外す。懸架台に固定したままだと取り回しは最低で非常に外しにくかった。だがそんなことを言っている場合ではない、皆の助言を受けながら分解していく。シリンダーヘッドを外せるまでに分解が済んだのは朝になってからだった。

 

「やっとここまで・・・だがベッグがまだ帰ってきていないのか・・・」

 

「組長・・・」

 

ガガ…ガガガ‥…

 

「無線が入ってるわ!はい、ロイグよ!」

 

「ロイグ!今三機のムスタングに追われているのだ!!レンジとモアが応戦しているけど・・・かなりまずいのだ!!」

 

「なっ・・!私たちもすぐに行くわ!」

 

「何かあったのか!?」

 

「ベッグ達がムスタングに追われてるのよ!」

 

「そんな!すぐに出ないと!」

 

「ちょっと待つのだ・・・また一機近づいてきたのだ!」

 

「またムスタングなの?」

 

「違うのだ・・・真っ赤なラウンデル・・長い主翼・・増槽・・飴色・・あれは・・・零戦!?」

 

私は確信した。あいつだ・・・あいつだ・・・!

 

「ヤマダ!!!」

 

「うそでしょ!?」

 

「あいつ・・・・」

 

「あ!ムスタングが引き返していったのだ!」

 

「よかった・・・もうすぐ到着しそうなの?」

 

「あと五分くらいなのだ、いそぐのだ!」

 

 

 

五分後、私は朝日が照らす滑走路に目をやった。まずは飛燕が、その次に隼一型が、鍾馗が着陸した。最後に着陸したのは・・・・飴色に塗られ、主翼端に「日の丸」と言われるラウンデルを描いた、エルロンが取り替えられた見慣れた二一型だった。だが一つだけ私が最後に見たときから変わっている点がある。尾翼の部隊表記が「Al‐l‐129」となっている。空母瑞鶴戦闘機隊所属機のマーキングだ・・・私は機体に駆け寄った。するとガラッと風防が開く。

 

「あいててて・・・傷口開いたかもしれん・・・」

 

聞きなれた声だった、私は主翼から飛び降りた男に駆け寄った。

 

「ヤマダ・・・お前・・!!」

 

「へへへ・・遅くなったな・・うっ!!」

 

ヤマダはその場で崩れた、私はさらに近寄る、ヤマダの腰からは血が出ていた、さっきの空戦機動で傷口が開いたのだろう。

 

「馬鹿者!くそ、だれか包帯を持ってきてくれ!」

 

「そこに寝かせて」

 

「何!?」

 

「いいから。」

 

「大丈夫だ、カランは危なっかしいが腕は確かだぜ。」

 

「レンジの言う通りなのだ、安心するのだ。」

 

「…わかった。」

 

「よくこんな傷口で飛ぼうと思ったわね・・・」

 

「とりあえず包帯で止血の準備して・・・ぷすっとな」

 

「ぎゃあああああっ!!!!」

 

カランは何を思ったのかヤマダの傷口に針を刺して薬品を注射した。当然だがヤマダは叫ぶ。

 

「おい!ヤマダ!!」

 

「フフ・・もう痛みも何もないはずよ?念の為包帯は巻いておくわね」

 

「ほんとだ・・・なんともねえぞ・・・」

 

「本当か!?嘘じゃないな!?嘘だったら承知しないからな!?」

 

「本当だよ・・・イサカ、よくここまで頑張ったな。」

 

「うん・・うん・・・」

 

すると、サダクニがヤマダを殴った。

 

「安静にしていろと言っただろう!」

 

ヤマダはよろめく。

 

「すみません・・・・」

 

「二度も組長に心配をかけて・・・私も心配したぞ・・・この大馬鹿者!!」

 

「馬鹿野郎・・・無茶すんじゃねえよ」

 

「悪かったよクロ・・・」

 

「ヤマダ!」

 

「レミ・・・」

 

「あたしもいろいろ言いたいことはあるっす、それに一発くらいぶんなぐってやりたいっす。ただ・・・今日だけは、発動機の横で酒を飲むことをOKすることを条件に許してやるっす。」

 

「はは・・・わかったよ。」

 

「おかえりなさいっす。」

 

「おかえり、ヤマダ。」

 

「ああ、ただいま。」

 

 

 

 

「感動の再開のところ悪いけど・・・時間がないわよ?」

 

時計を見ると時間は7:00、試運転の時間を考えると組み立てには2時間ほどしか使えない。

 

「二時間ありゃ十分だよ。」

 

そう言って工具を持ったのはほかでもない、ヤマダだった。栄一二型の所に歩いてゆき、クランクシャフトを手で一回転させた。

 

「これだ、」

 

そう言ってひとつのシリンダーを外し筒の中を手でなぞる。私はその作業を横で見ていた。ヤマダのいつもの見慣れた手つきだ。

 

「べッグ、シリンダーを貰っていいか?」

 

「どうぞなのだ〜」

 

「ありがとよ」

 

シリンダーを取り替えると、すごい勢いでボルトを締めこんでいく。気がつけば栄一二型発動機はほとんどが組み終わっていた。

 

「サダクニさん、クロ、やぐらの準備をお願いします。」

 

「わかった、」

 

「たく・・・待ちくたびれたぜ。」

 

「もう組めたんっすか~?」

 

「ああ、暖気運転の時間を伝えれなかったのは本当に悪かったな・・・」

 

「まあ仕方ないっすよ、とにかくお疲れ様っす。」

 

「まだまだ、機体に組み付けて試運転をしないと安心はできない。イサカ~」

 

「どうした?」

 

「寝な、ちょっとでも」

 

「でも、まだ手伝えることが・・・」

 

「ダメだ、君は今日のパイロットなんだぞ。少しでも寝ておくんだ。組みあがったら起こしてやるから。」

 

「わかった・・・ありがとう。」

 

私は格納庫の奥でパイプいすを並べ目をつむった、寝心地は悪いが仕方ないだろう・・・・

 

 

 

 

 

ガヤガヤ・・・ガヤガヤ・・・・

 

「ん・・・んん・・?」

 

私は大勢の人の話し声で目が覚めた、時計を見てみると12:15だ、エアレース自体はすでに始まっている。飛び起きて作業スペースに行ってみると、人だかりができていた。

 

「ヤマダ・・・なんだこの人だかりは?」

 

「一一型が珍しいらしくてな・・・」

 

「エアレース主催者です!いやーこんな素晴らしい機体の整備作業なんて見ないわけにはいかないでしょう!ほらヤマダさん、続けてください!」

 

「うるせえよ!このためだけに開催を遅らせるなんて前代未聞だぜ!?」

 

「そんな怒らずに・・・特別に、そのままコースを一回だけテストフライトさせてあげますから!参加者の皆さん?いいですよね!?」

 

オオオォォ----ッ!!!!

 

「仕方ねぇなぁ・・・一回だけだぞ!?」

 

「一体何をせがまれてるんだ?」

 

「タキシングしてくれってさ・・・試運転のために飛んだらエアレース参加者に軒並み見つかってな・・・」

 

「私がかけてもいいか?」

 

「ああ、乗りな!」

 

私は操縦席に乗り込むと、いつものあの掛け声を言う。

 

「整備員前離れ!メインスイッチオフ!エナーシャ回せ!!」

 

ヤマダがエナーシャを回す、私は操縦桿を足で巻き込み、スロットルに手を置きヤマダの声を待った。

 

「コンタクトォーーー!!」

 

レバーを引きスロットルを少しだけ開ける、カラカラ・・というクランク軸の回転音は、やがてバンバンバンという爆発音に代わっていった。

 

「すげえ・・・ほんとに一一型が動いてる・・・」

 

「俺、もう今日レースでこいつになら負けてもいいや・・・」

 

皆笑顔でこちらを見ているなか、人だかりの隅に険しい顔つきの男集団がいた。肩にはS・Rのワッペン・・・サウスリドンバーグの人間だった。だがそんなことはひとまずどうでもいい、私は油温、油圧、燃圧をよく確認し、回転を上下させつつ入念に暖気運転・試運転を行った。ヤマダは操縦席の横で私の試運転シーケンスをにやにやしながら見ていた。発動機の爆音に負けないようにヤマダに向けて叫ぶ。

 

「何かおかしなところでもあるのか!?」

 

「そうじゃねえよ!自分が整備した戦闘機になんのためらいもなく乗ってくれるからうれしいだけだ!」

 

「お前の整備を疑うのならだれの整備も信用できなくなる!」

 

「ありがとよ!もう飛んでも大丈夫だ!音が滑らかになってきた!」

 

「了解!」

 

ヤマダが主翼から降りるのを見届けると、私は飛行眼鏡をかけた。半分閉まっていた風防を全開にし座席を上げる、下をのぞきつつゆっくりとブレーキを緩め、タキシングをして滑走路に出た。人だかりを横目にスロットルを開け操縦桿を引く、ある程度高度を取るとひとつあることを思いつき、低空飛行に移った。滑走路の真上を飛行しつつ、人だかりの皆が一番見やすい位置で操縦桿を思いきり引き宙返りに入った。宙返りの頂点でラダーを蹴りスロットルを絞って操縦桿を倒した「左捻りこみ」・・・・かつてユーハングの凄腕パイロットのみが出来たといわれる技術だ。だがこんなパフォーマンスをしている場合ではない。私はそのままコースへ向かった。

 

 

 

・・・・・・・地上

 

「おおすげえ!左捻りこみだ!」

 

「すげえって・・ヤマダがイサカに教えてたんじゃないっすか~」

 

「ヤマダは何でもできるのだ~」

 

「待て待て、それはおかしいぞ」

 

「でも間違ってないっすよね、この前なんてスピットファイアの整備もしてたし、空戦もするし、あーでも寝相が悪いっすね。」

 

「うるせえ・・・ん?」

 

俺は妙な気配に気づいた、クロとレミに目で合図をすると人込みからすっと抜け出し格納庫の中へと戻る。幸い誰もいなかったが・・・・

 

「ヤマダ、あんたも気づいたっすか?」

 

「ああ、ちょっと気を付けたほうがよさそうだな。」

 

「俺はほかのチームの格納庫を見て回ってくる、」

 

「あたしも行くぜ。」

 

「レンジ・・・だったか?どういう風の吹き回しだ?」

 

「あたしは基本カネにならないことはしないが・・・裏でこそこそやってると思われると気分がよくないんでね」

 

「わかった、じゃあヤマダ、レミ、後のことは頼んだぞ。」

 

「気をつけてな。」

 

「また後でっす~」

 

なぜ俺たちが参加することは何から何まで面倒ごとが多いのだろうか・・・・

 

 

 

 

・・・・・・空中

 

「あそこは本番だともう少しバンク角をつけるか・・・」

 

私はコースを飛び終えて滑走路へ向かっていた、今回のエアレース。コースがパイロンではなく渓谷なのだ、渓谷に張られた煙幕と煙幕の間をいかに早く飛行するかを競い、翼端で煙を引けば引いた秒数タイムをマイナス0.01。早くコースをクリアするだけでなく、翼端から雲を引くような早い旋回も求められるのだ。必然的にハイG旋回を繰り返す必要がある。そのまま滑走路に着陸しタキシングで格納庫に戻る、発動機の回転を上げプラグのススを飛ばすと発動機を止めた。

 

「いやーーー素晴らしい飛行でした!ではエアレースを始めていきましょう!」

 

私が飛行眼鏡を外し操縦席から降りると、ちょうど一人目の出走者が飛び立つところだった。渓谷飛行なので待機列からは飛行してる飛行機が見えない、出走を待つ私たちに知らされるのは刻々と進むストップウォッチと、各戦闘機のコクピットに据え付けられた小型カメラの映像だけである。観客としてみている人間は渓谷を縫うように飛ぶ戦闘機を見下ろすことが出来るが・・・一機目は個人参加の零戦三二型だ、煙幕を勢いよく突き破った瞬間にストップウォッチが進みだす。一発目のパイロットは速度を稼ぐ作戦のようだ、翼の短い三二型では雲を引くのが難しいという判断だろう。こういう映像を見ていると緊張してしまう。

 

「イサカ、君は映像をよく見てな。ただし操縦の様子を見るんじゃない、砂塵の舞い方をよく見るんだ。」

 

「なぜだ?」

 

「恐らくだが・・・二番目に出走する機体はトライアル中にストールする。」

 

「ええ・・?」

 

「まあ見てな。」

 

一発目の三二型のタイムは1分2秒001、煙を引いたことによるボーナスはマイナス0.7秒、やはり短縮された後期零戦では煙は引きにくいのだろう。二機目は五二型だった、煙幕を突き破りタイム計測が始まる。だがコース中盤に差し掛かったあたりで発動機から煙を吹いて渓谷の下に着陸してしまった。救出のためにしばし待機時間が長くなる。

 

「やっぱりな、」

 

「なぜああなってしまったんだ?」

 

「さっきの三二型が巻き上げた砂塵を気化器に吸い込んだんだよ・・・よし、これでいいだろう。」

 

ヤマダは一一型の側面パネルをはめなおした。

 

「何をしていたんだ?」

 

「気化器の接続部分にあるフィルターを二重にしたんだ。こういう速度を競うために持ってこられた戦闘機は吸入抵抗を減らすためにそういうフィルターを外している、砂塵を発動機が吸い込んでそれがシリンダーまで届けば・・・」

 

「ああなる・・ということか。」

 

そう言い終わると、ヤマダの目が細くなった、

 

「そういうことだ・・・・で、さっきから格納庫の裏でこそこそしてるのは誰だ?」

 

「チッ・・・」

 

「おっと、逃がさないぜ?」

 

レンジが逃げ道をふさいだ、後ろに逃げようとする男の前にはヤマダと私がたっている。すると、レミとロイグが現れる。

 

「逃がさないわよ?」

 

「これはなんっすかね~?」

 

レミとロイグがちらつかせたのは、エアレースでは使用禁止のオクタン価120相当・超ハイ・オクタンガソリンのパッケージだった。

 

「やっぱり細工されてたのは燃料か、どーりで変だと思ったぜ」

 

「どういうことだ?」

 

「こいつらは俺たちのために準備されたガソリン供給ラインに流れているガソリンを、82オクタンの低質ガソリンに入れ替えてたんだよ。これを見てみな。」

 

そう言ってヤマダがポケットから取り出したのは、SR社のロゴが入った点火プラグだった。

 

「これはお前たちの五二型から拝借してきた点火プラグだ!そしてこっちが、貴様らと同じ試運転をするように指示した隣の格納庫の人間から借りてきた点火プラグ!同じ燃料で同じ試運転をして、この差はおかしいよなぁ!?」

 

SR社の点火プラグはきれいなきつね色だ、それに比べて普通の点火プラグはすすで真っ黒だった。シリンダー内できれいに燃焼していない決定的な証拠となる。それにしてもいつの間に点火プラグを盗んできたのだろう・・?

 

「ややこしい構造しててSR社の戦闘機は分解しにくいのだ、やっぱりタネガシで整備された戦闘機のほうがいいのだ!」

 

「ほんっとに、ぐちゃぐちゃしたプラグコードが全く美しくないわ!」

 

「さあ、もう言い逃れはできないぜ!?洗いざらいはいてもらおうか!」

 

「お前の整備工場の評判がいいのが・・・気にくわなかったんだ!!」

 

私は唖然とした、理由がとてもくだらないのだ。

 

「空戦もできる、整備もできる、そんな人間がいる整備工場にみんな仕事が流れていく・・・俺たちみたいなメーカーは商売あがったりだ!だからこのレースでお前たちを負かして、少しでも評判を落として仕事を自分たちのところに流れてくるようにしたかったんだよ!!まあ・・・いまさら俺を問い詰めたところでもう遅いがな。」

 

「どういうことだ・・?」

 

「もう俺たちと手を組んだ空賊があの会場に向かっている・・・・機銃を積んでいない奴らの機体が襲われたら‥どうなるかな?」

 

「っ・・・!」

 

パァンッ・・・・ ドサッ・・・

 

「くだらないことをぐちゃぐちゃうるさいんっすよ・・・」

 

「レミ!お前・・!」

 

「ん?ああ、安心してくださいっす。カランに作ってもらった麻酔弾っすから~」

 

それを聞くとほっと胸をなでおろし、私は自分の頬を叩くと、指示を出した。

 

 

「ベッグ!レンジ!リガル!三人はこの後の出走者に事情を伝えてくれ!」

 

「わかったのだ~」

 

「仕方ねぇなぁ・・」

 

「仕方ないわねぇ」

 

 

「ロイグ!レミ!カラン!お前たちは今すぐレース会場に飛んでこのことを伝えてくれ!」

 

「任せといてくださいっす!」

 

「わかったわ!」

 

「了解よ」

 

 

「サダクニ!クロ!モア! お前たちはこの傍の住民を避難させてくれ!」

 

「わかりました!」

 

「了解」

 

「了解です!」

 

 

「そして・・・ヤマダ!」

 

「はい・・・なんですか組長!」

 

「行くぞ!!」

 

「・・・OK!!」

 

 

私は格納庫に走って戻ると、ヤマダが乗ってきた飴色の二一型に飛び乗った、飛行眼鏡をかけセルモーター始動の発動機をかける。後ろを見るとヤマダが悶えていた。

 

「しまった!一一型には機銃がねえんだ!!」

 

「そうなると思ってさっきかっぱらってきて積んでおいたぜ、問題なく使えるはずだ。」

 

「クロ・・!お前!」

 

「61-120をレミに貸してくれてる礼だ、エナーシャは回してやる、ほら、早く行ってこい!!」

 

「ああ、ありがとう!!」

 

問題はなさそうだ、私はタキシングで滑走路に出る。ヤマダが後ろについたことを確認して離陸した。脚を上げると風防を閉め、久しぶりに乗る愛機の感触を確かめながら高度を上げていく。すると、続々とアカツキの面々、レミ、サダクニ、クロが集まってきた。私は無線のチャンネルを合わせ指示を送る。

 

「敵機は紫電とムスタング!どちらも高空での機動では劣るが低空での性能は圧勝だ!旋回戦で勝負しろ!アカツキの皆は機体の砂塵対策は大丈夫か!?」

 

「私たちはここを拠点に活動しているのよ?なめないでもらいたいわね」

 

「ふふ・・そうだったな。よし! ヤマダ、レミ、クロ、サダクニ!!ゲキテツの名に懸けてこの空戦、必ず勝って帰るぞ!!」

 

「怪盗団アカツキ!行くわよ!!」

 

一同「了解!!」

 

 

 

 

私は前から向かってくる敵機を見つけ、高度計を見た。200クーリル・・・ここは私たちの空だ!

 

「ヤマダ!!」

 

「どうした!」

 

「後ろは・・・任せたぞ?」

 

「・・・任せておけ!」

 

その言葉を聞くと同時に、操縦桿を倒しラダーを蹴った。一番前のムスタングに狙いを定めて急降下、レティクルに広がったムスタングめがけて機銃を発射した。

 

「先手必勝!!」

 

ガガガガッ!! ドォン・・・!

 

ムスタングは機銃掃射をもろに受ける、一機撃墜。すぐに隣の紫電に照準を定め操縦桿を引き一気に後ろについた、だがそこの左下にもう一基の紫電を確認した。

 

「イサカ!下のはもらうぜ!!」

 

私はバンクを振って了解の合図をし、前を飛ぶ紫電を照準にとらえた、機体を急降下させ逃げようとするが低空での旋回戦で零戦に勝る機体はない。10クーリルほどのぎりぎりまで接近し機銃を発射する。

 

「この愚か者共め!!」

 

ガガガガッッ!!!

 

紫電は火を噴き落ちて行った。私はヤマダの後ろにつき無線を飛ばす。

 

「ヤマダ!お前が前になってみろ!空戦の腕が落ちてないか見てやる!!」

 

「見てろよ!!」

 

ヤマダは同高度にいるムスタングめがけて急加速した。ムスタングは当然逃げようとする。往年の名馬も低空で相手の戦略にはまってしまえばただの駄馬だ。旋回と馬力で引き離そうとするムスタングにヤマダと私はピタリとついて行った。

 

「じゃあな!!」

 

ダダダダッ!!!バキッ・・・

 

ヤマダは一機ムスタングを撃墜した、私も信じられないが・・・・最初期の零戦がムスタングを撃墜したのだ。周りを見るとほかの皆も敵機を片付け終えていた。私は無線で滑走路に着陸することを伝え、皆はインノの滑走路に着陸した。

 

 

「早速で悪いんだけど・・・私たちはお暇させてもらうわ。」

 

「目立つと面倒だからな・・・共闘できてよかったよ。また機会があれば、よろしくな。」

 

 

「ヤマダ、またそっちに遊びに行くのだ!」

「もうあんな大けがで空を飛んじゃ駄目よ?」

 

「ゆっくり来いよ?またなカラン、ベッグ。」

 

 

「レミといったわね?あなたの射撃のスタイルはとても美しかったわ。また会う時が来たら・・また見せて頂戴?」

 

「そんなに言われると照れちゃうっすね・・・また会いましょうね!」

 

 

「あの・・・サダクニさんでしたよね・・ご迷惑でなければニコさんによろしくお伝えください。さようなら。」

 

「任せておけ、さようなら。」

 

 

「クロだったな、レミのことしっかり守ってやれよ?また機会があれば列機になってくれ。」

 

「言われなくても守ってやるさ。また機会があればな。」

 

 

私たちは戦闘機に乗り込むアカツキの面々に向け、敬礼をした。そして暁に向けて飛んで行く機体が見えなくなるまで敬礼を続けていた。

 

 

 

 

しばらくするとエアレースの主催者が歩いてきた。

 

「今回はこんなことになってしまい本当にすみませんでした。しかも助けていただいて・・・私がこんなことを言うのもおかしいですが、またエアレースがあれば参加していただいてもいいでしょうか。」

 

すると、ヤマダが口を開いた。

 

「今回はあなたは悪くない、むしろまた誘ってくれ。突貫じゃなくて、ちゃんと仕上げた機体で参加してやるからさ」

 

「ありがとうございます・・・もうお帰りで?」

 

「ああ、もう帰る。機体にたまった砂塵を洗ってやらないといけないからな。」

 

「もう少しお話しさせていただきたかったです・・・道中お気をつけて。本当にありがとうございました。」

 

 

主催者との会話を終えたヤマダの肩をたたき、私は話しかける。

 

「さあ、帰ろう。」

 

「ああ、そうだな。」

 

私たちは滑走路に機体を並べた、するとレミがヤマダの一一型へと歩いてゆく。

 

「ヤーマダっ」

 

「どうした?」

 

「61-120に乗ってくださいっす、一一型には私が乗るっすから」

 

「いいのか!?」

 

「はい~ あんたの零戦なんっすから当たり前じゃないっすか~」

 

「ありがとう・・・やったぁ!!」

 

そう言って61-120に乗り込むヤマダは満面の笑みだった。私は一度AI-I-129の操縦席から降りると、エナーシャハンドルをもって機体の下にもぐった、

 

「イサカ、何やってるんだ?」

 

「お前の61-120はエナーシャ始動だろう?誰が回すんだ?」

 

「じゃあ・・・久々に頼めるか?」

 

「任せておけ。」

 

私はハンドルを差し込み声を待つ。

 

「スイッチオフ、整備員前離れ!エナーシャ回せ!!」

 

いつもと変わらない、重いハンドルを力いっぱい回す。甲高い回転音が響き渡る・・・適正回転数になったらハンドルを即座に引き抜き叫んだ。

 

「コンタクト!!」

 

次の瞬間プロペラがゆっくりと回りだすが、発動機に火が入った瞬間にプロペラの回転は加速する。プロペラ後流に飛ばされないように操縦席に上りヤマダの始動シーケンスをながめた。

 

「どうした?」

 

「なんでもない。そうだ、飛行眼鏡を借りっぱなしだったな。」

 

「帰ったらでいいさ。」

 

「すまないな・・・」

 

そうして私はAI-I-129の操縦席に戻る。こちらはセルモーター始動なので指導は容易だ。飛行眼鏡をかけ後ろを見ると全員キレイに一列に並んでいた。私は風防から手を出し大きく手を振り離陸することを伝えた。スロットルをゆっくりと開け操縦桿を前に倒し尾部を持ち上げる。速度が50キロクーリルを超えてから操縦桿をゆっくりと引くと零戦は飛び上がった。後ろを確認し全員がついてきているのを確認してから、バンクを振って合図を出し、私たちはタネガシへと機首を向けた。

 

 


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