著 ヤマ
「イサカ、疲れてないかい?」
「お前こそ、数時間前まで倒れていた人間が何を言う。」
「俺は大丈夫だよ、寝たら治った。」
「本当に単純なヤツめ・・・だがお前が助けに来てくれた時は嬉しかったぞ。」
「必死だったんだよ。いざとなったら風防空けて戻してたぜ。」
「頼むから私に心配かけないでくれ・・・お前にもしもの事があったら私はどうすればいいんだ。」
「君より先には死なないよ、絶対にな。」
「・・・約束だぞ。」
「ああ、約束だ。」
そうして俺とイサカはいつもの滑走路へと降りる。もうすっかり夜だ・・・俺たちは機体を格納庫に戻すと一先ず着替え、眠りについた。
・・・翌朝
ザァァァァ・・・
「よっこいせっ・・・これで良しっと。」
俺はよく働いてくれたAI-1-129とAI-3-102をしっかりと洗い水気を拭き取った。あれだけ飛ばしても機体に異常はなく快調そのものであった。すると遠くから男二人が走ってきた。
ケンジ・モリタ
「ヤマダさん!」
ヤマダ
「おおーお前達か!どうだ、訓練は上手くいっているか?」
ケンジ
「はい!今日から九六戦を降りて零戦での空戦訓練に入る形になります!これも全てあの時引き止めて下さったヤマダさんのお陰です!」
モリタ
「ケンジのやつ、零戦に田舎のおふくろを乗せてやりたいってんで。すごく張り切ってるんですよ。」
ヤマダ
「いい事じゃないか、おふくろさんを乗せてやるか・・・親孝行は出来るうちにしとくんだぞ。田舎に行く時は一声かけろ、手土産を持たせてやる。」
ケンジ
「そんな!頂けませんよ・・・」
ヤマダ
「いいんだ、親にはいい思いをしっかりさせてやれ。」
ケンジ
「そこまで言ってくださるなら・・・ありがとうございます!」
モリタ
「では我々はそろそろ訓練の時間ですので失礼します!朝早くに失礼しました!!」
ヤマダ
「気にすんな。頑張ってな!」
ケンジ・モリタ
「失礼しました!ありがとうございます!」
気持ちのいい連中だ、あの調子ならめきめきと上達できるだろう。引き止めた甲斐があったというものだ。さっきまで洗っていた機体から水滴が無くなったことを確認すると格納庫に戻そうとした。すると・・・
「ヤマダぁーーーーっっ!!イサカは!?イサカは何処にいるっすか!?」
「朝っぱらからどうした・・・?イサカなら連日の疲れでまだ寝てる。要件は俺が聞くよ。」
「とにかく大変なんっすよ!あたしとイサカが仕切ってる貨物飛行船が攻撃されて!」
「貨物飛行船って事は・・・イトウが護衛に着いてる所か!?直援戦闘機が10機は配備してる、それでもやられたのか?」
「そうなんっすよ・・・それにイトウ達、急降下爆撃をされたって言ってて・・・」
「急降下爆撃!?飛行船にか!?」
「そうっす・・・おかしいと思わないっすか?」
「おかしいが・・・本人が見たのなら本当だろうな。確かに不可能な事じゃない。」
「にしても飛行船に急降下爆撃って・・・よっぽど恨みがあるんっすかね?」
「分からない・・・それより乗員は無事だったのかい?」
「何とか大丈夫だったっすけど、あいつらもう一個奇妙なこと言ってて・・・」
「なんだ?」
「『向こうには空母があるとです・・・弾切れで帰って行っても同じ機体が何度も来やがるんです・・・』って、どう思うっすか?」
「不可能なことじゃないからな・・・とにかく護衛について行ってやるしかないだろう。」
「それが・・・貨物飛行船は酷い被害を受けてて飛べそうにないんっす・・・それに向こうが本当に空母を持っていた場合あんなしょぼい飛行船じゃ全然足りないっすよ・・・」
「だよなぁ・・・どうしたもんか・・・ていうかアレだな、また飛行船に着艦するってことは失速速度が遅い主翼12mの零戦を使う事になるんだろうな・・・」
「ヤマダこの前二二型仕上げてたっすよね?」
「X-133か」
「あたしもし主翼12mの零戦を使わないとダメなんだったらアレがいいっす〜」
「五二型じゃなくていいのかい?」
「たまには違うのも乗ってみたいんっすよ〜」
「なるほどな、いいぜ〜」
しかし空母はこちらには無い。そもそもいつ使うか分からないようなものを常備しておけるわけが無いのだ。するとイサカが身支度をしっかり整えて降りてきた。
イサカ
「ヤマダ早いな・・・それにレミも、どうしたんだ?」
レミ
「それが・・・」
・・・・・説明中
イサカ
「何!?そんな事が・・・にしても空母か・・・」
ヤマダ
「あーちょっと待てよ・・・?」
俺は格納庫の奥の電話である人に電話をかけた。
ヤマダ
「もしもし?シノ〜?」
シノ
「あなたまた無茶したんですってね?レオナから聞いたわよ?」
ヤマダ
「げっ・・・もうそんなに話が広がってんのかよ・・・」
シノ
「あんたが行く先々で無茶するからでしょ、全く・・・で、今回は何よ?」
ヤマダ
「いやその〜空母一隻・・・借りていい?」
シノ
「何よそんなこと?空母くらい・・・空母!?」
ヤマダ
「そう、空母」
シノ
「あんたバッカじゃないの!?そんなの私の一存ではいどうぞなんて言えるわけないでしょ!」
ヤマダ
「そこを何とか頼む!こっちでどうしても必要なんだ・・・」
シノ
「まったく・・・理由だけでも説明しなさいよ。」
・・・・説明中
シノ
「なるほどね・・・それならこっちにも被害が及ぶかもっていう理由で無理やり引っ張り出せるかもしれないわ・・・とにかく!あんまり期待はしないようにね!空母なんて一隻出すの高いんだから!!」
ヤマダ
「すまない・・恩に着る!」
そして電話を切るとイサカ達の方へと向かった。
イサカ
「何をしていたんだ?」
ヤマダ
「シノに連絡してたんだよ、イヅルマは飛行船造船で栄えた街だからな、自警団から借りれないかって頼んだんだよ。」
レミ
「行動力はすごいっすけど・・・そんな簡単に申請降りるもんなんっすかね?」
ヤマダ
「わからん・・・ただ今は祈るしかないぜ・・・」
イサカ
「なるべく早く対策を打ってやらないとな・・・」
折り返しの連絡が来るまでは何もできない、俺はイサカ達に伝え忘れていたことがあるのを思い出した。
ヤマダ
「あっそうだ二人とも、ちょっと来てくれ。」
イサカ
「何だ?」
レミ
「どうしたんっすか~?」
そして俺はさっき洗ったばかりのぴかぴかのAI-1-129のところに行くと主脚のタイヤを指さした。
ヤマダ
「これこれ」
レミ
「タイヤがどうかしたんっすか?」
ヤマダ
「違う違う、こいつとX-133、AI-3-102のブレーキを変えたんだ。」
イサカ
「なんだと?昨日は必死すぎて何も気づかなかった・・・」
ヤマダ
「無理もないわな・・・カックンブレーキになりがちなドラムブレーキから制動の微調整がきくディスクブレーキに変えたんだ。これでブレーキを思いきり踏んでもらっても平気だ。」
イサカ
「何から何まですまないな・・・」
レミ
「前までだとブレーキかけたときにふらふらしたりしたっすからね、やりやすくなったのはありがたいっす。」
説明を終えると俺はふとAI-1-129のカウリングを見上げた。俺が一晩中叩いて成型したR1830用のカウリングだ。本来のカウリングと比べると前に長く直径も太いが・・・それでも美しく見える。
イサカ
「どうした?ぼーっとして・・・」
レミ
「ヤマダのことっす、多分二一型に見とれてるんっすよ・・・」
イサカ
「んー・・・変人め・・・」
イサカ
「ヤマダっ」
ヤマダ
「おおっと・・すまない、呼んだかい?」
イサカ
「二一型、いい機体だな。」
ヤマダ
「ああ、いい機体だ・・・」
イサカ
「私が何で二一型を愛機にしているか・・・話したことはあったか?」
ヤマダ
「いや、聞いたことないな。良ければ聞かせてくれ。」
イサカ
「最初は私もサダクニと同じ五二型がよかったんだ・・だがまだ組を持ってすらいないとき、格納庫でたまたま二一型を見つけてな。」
ヤマダ
「それがあの?」
イサカ
「そうだ、その二一型は見た目はボロボロの練習機だったが飛ぶには何の問題もなかった。まだ幼かった私は無理を言ってサダクニに『あれに乗りたい』と頼んだんだ。」
イサカ
「サダクニ、あの機体・・・飛ばせるか?」
サダクニ
「見た目には問題がないが・・・見てみよう。」
イサカ
「すまない。頼む。」
そのとき埃まみれの二一型が私の前に現れた。いつも見ていた五二型とは主翼の長さも違いカウリングも少し小さい・・・お前と出会う前の私でもそれくらいは分かった。そしてサダクニが機体を見る傍ら発動機の出力が五二型より劣ること、縦方向横方向の旋回は良いが横転性能が悪いこと、速度も劣ることなどを説明してくれた。それでも私はコイツがいいと思ったんだ。
サダクニ
「ひとまず・・・乗ってみるか?」
イサカ
「ああ、エナーシャを頼む。」
そして発動機を回すとまずは吸入圧力が250mmHgまでしかないことに驚いた。ずっとサダクニの五二型を借りていたからな、そして過給機が一段しかないこと、急降下制限速度が630km/hまでであることもサダクニに聞いた。ここまで聞いたら私もさすがに五二型にしておこうかと思った、だが・・・
イサカ
「スロットルをあおってみる!」
ゴォォォォォ・・・!!!
スロットルを押した瞬間に回転が上がる、まるで私の手と発動機がつながっているようだった。もちろん五二型などの反応が悪かったわけじゃない、だが私はこの時二一型で行こうと決めたんだ。翼端折り畳み等の使わない装備があることもわかっていたし他の組員たちと速度が合わせにくいこと、高高度の空戦において過給機が一段一速であれば不利であることもわかっていた。それでも私は自分の操作に素直に反応した二一型がいいと思ったんだ。
イサカ
「少し飛んでみてもいいか!?」
サダクニ
「気を付けて!!」
離陸してある程度高度を取ると一通りの機動をしてみた。その時私は未熟だったからな・・・速度を見ずに夢中になって操作をしていたら失速寸前まで速度が落ちてしまったんだ。
イサカ
「しまった!!」
普段ならガクンと翼端が失速し機動が乱れ、回復するのに時間がかかっていた、だが二一型はとても素直な挙動を示したんだ・・・何といえばいいんだろうか、私が機体に教えてもらっているような感覚だった。よくよく考えれば五二型と二一型の失速特性は大して変わらないからたまたまだったんだろう。それでも私にとってそれが初めて失速からスムーズに立ち直るという経験になったんだ。私は地上に降りるとこう言った。
イサカ
「サダクニ、私は二一型がいい。頼む、この機体を使わせてくれ!」
サダクニ
「分かった。ただしもう一度確認しておく、さっきも言ったようにこの機体は五二型とはほとんどすべての性能で劣っている、それでもいいのか?」
イサカ
「ああ、」
サダクニ
「もしかしたらこの機体では辛いと思う日が来るかもしれない。それでもこの機体でやっていけるのか?」
イサカ
「ああ、私はこいつがいい。」
サダクニ
「わかった、君の専用機にしよう。デザインは私が考えてある。」
イサカ
「・・・ありがとう!」
ヤマダ
「なるほど・・・そういう経緯があったんだな。」
イサカ
「だから私は零戦の中でも二一型が特に好きなんだ・・・操縦もしやすいしな。」
レミ
「だからあたしと二人で行動してるときでも機体をこまめに点検したりしてたんっすね〜 大切にされててこの二一型も幸せモンっすね〜」
ヤマダ
「何言ってんだ、君もその五二型を大切にしているじゃないか。レミはなんで五二型にしたんだい?」
レミ
「あたしっすか〜?」
あたしがクロ達と一緒に組に入った時っす、イジツだと戦闘機は必須って事で首領が皆に一機づつ支給してくれることになったんっすけど・・・あたしだけ機体をなかなか決めれなかったんっすよ。
クロ
「レミ、機体は決めれたか?」
レミ
「全然決まらないっす・・・首領が勧めてくれた紫電と雷電はとりあえず乗ってみたんっすよ、けどなんかしっくり来なくて・・・クロはなんかこれがいいとかあるっすか〜?」
クロ
「そもそも乗ったこともねえから何が良くて何が悪いかなんてわからねぇよ・・・」
レミ
「そうっすよね・・・」
そんな時、ふと格納庫を覗くと零戦五二型がいっぱい止まってたんっすよ。まあつまり普通の組員達に支給されてた機体だったわけっす。戦闘機を選べたのはあたしだけ、つまりクロ達は自動的に五二型に乗ることが決まってたんっすよね。
レミ
「あたしも・・・クロ達と一緒の機体にするっすかね〜」
クロ
「何言ってんだ、少しでもいい機体に乗らねーと勿体ないだろ。」
レミ
「あたしはあんたらより上だとは微塵も思ってないっす。むしろ支えられてきた・・・あたしはあんた達とはあくまで対等でいたいんっすよ。」
クロ
「レミ・・・ったく、勝手なやつだぜ。」
レミ
「自由人っすからね〜」
そうして五二型を選んだは良いものの最初は苦労したっすよ。雷電ほど昇らないし紫電より速度は速くない、ローラの零戦二一型に格闘戦で勝てないんっすよ。
レミ
「うーん・・・やっぱ失敗だったっすかね・・・」
機動力が優れていると聞いてた五二型も、二一型と格闘戦して負けちゃって唯一の強みだった機動力も微妙になっちゃって・・・本気で悩んでたその時にクロに言われたんっすよ。
クロ
「レミ、五二型はロール性能がいい・・・らしい。それを使ってみろ。」
レミ
「ロール、つまり横転性能っすね?」
クロ
「ああ、俺もよく分からんが・・・お前なら出来ると思うぜ。」
そしてまたローラに格闘戦を挑んだんっすよ。一家の中で技術を磨く目的で何回か模擬空戦はしてたんでね、そんでクロに言われた通り後ろに付かれたら縦に逃げるんじゃなくてヨコに逃げる事を意識したんっす。
レミ
「クロ・・・あんたの言ったこと信じるっすよ!」
グイッ!!
ローラ
「しまった・・・!」
切り返しの速さを活かしてシザースに持ち込んだんっす。五二型は主翼の面積的に二一型よりも長くエネルギーを保持出来る・・・それを利用してなんとかローラを押し出して初めて模擬空戦に勝てたんっす。
レミ
「クロ!勝てたっす!勝てたっすよ!!」
クロ
「あんなざっくりしたアドバイスでよくここまで頑張ったな。流石だよ」
レミ
「あんなに期待されちゃったら・・・オンナは頑張っちゃうんっすよ〜」
レミ
「正直言って五二型を選んだのはなんとなくだったんっすよね。けどずーっと使い続けるうちに愛着が湧いちゃって・・・何回も被弾して、その度機体を変えることも出来たんっすけどどうも出来なくて・・・今は大切な愛機っすよ。」
ヤマダ
「その君達を見て零戦が好きになった俺がいる訳か・・・変な縁だぜ全くよ・・・ははは!」
イサカ
「だから私達の機体を丁寧に整備してくれているお前には常に感謝しているんだ。」
レミ
「すぐに新しい部品に変えようとしないのが嬉しいんっすよね。」
ヤマダ
「経緯自体は今日初めて聞いたが二人とも相当機体を大切にしていたし、部品一つ一つに使い込まれた跡があったからな。」
そうして話していると昼も近づいていた。ご飯にしようかとしたその時折り返しで電話がかかってきた。
ヤマダ
「もしもしー」
シノ
「感謝なさい。私の付き添いを条件に空母一隻使用許可が降りたわ。」
ヤマダ
「マジか!?シノ、あんた一体どうやってまた・・・」
シノ
「あんたちょっと前にイヅルマで爆撃機の迎撃任務をしたでしょ?あの事を市長に話したらぜひ使わせてやれという事でね・・・良かったわね。」
ヤマダ
「感謝するよ。かなり無理言ってくれたんだろう、ありがとう。」
シノ
「気にしなくて良いわよ、それより今日の夕方にでも運んで行ってあげるわ。準備しておくこと!いいわね?」
ヤマダ
「ああ、本当にありがとう。座標は後で電報で送っておくよ。」
受話器を置くと二人にこれを伝えた。
イサカ
「何と・・・何事も言ってみるものだな。」
レミ
「それで空母をポンっと貸してくれるなんて・・・流石造船の街っすね、金があるっす。」
ヤマダ
「とりあえず・・・腹ごしらえして俺達もイトウの所に行こう。」
・・・・・昼食後
俺はAI-1-129、AI-3-102、X-133の各部点検を終え燃料を入れた。イトウの居る飛行船停泊所までは大して距離は無いが念の為である。増槽燃料タンクは向こうにあるから必要ないとして、こっちから連れていく部隊は戦闘機隊と艦爆隊だ。向こうが爆撃をして来るならこっちも爆撃で対抗するしかあるまい。
艦爆隊の大隊長は長年ゲキテツ一家に居る組員、俺と旧知の仲でもあるムカイだ。よく無茶な引き起こしをしては俺と喧嘩をしていたが爆撃の腕は確かだった。
ムカイ
「ヤマダさん、艦爆隊準備出来ました。彗星艦爆10機何時でも出撃出来ます。」
ヤマダ
「了解、今回は飛行船に対する爆撃という少し特殊な任務だが・・・確かな戦果を期待する。援護は俺たちに任せておけ。」
ムカイ
「よろしくお願いします。期待に答えられるよう尽力します。」
ヤマダ
「出撃まではまだ少し時間がある、少しでも身体を休めるように他の搭乗員にも伝えてやれ。」
ムカイ
「感謝します。」
航路計算から爆弾投下、そのあとの空戦まで一人でこなさなければならない爆装零戦と違い、爆撃機である彗星艦爆は操縦士とその他の仕事を行う銃手の二人で一人のペアとなっている。一人の仕事量が減る上に彗星艦爆は急降下爆撃を前提に設計されているので精度も段違いだ。実際俺は爆弾の選定や爆撃編隊の形等は完全にムカイを信用し任せている。それにしても要らないいらないと言われ続けた艦爆隊がこんな所で役に立つとは思いもしなかった。俺は格納庫に戻るとAI-1-129を点検する。
ヤマダ
「空気圧も・・・問題なし。」
タイヤを足で踏んで反力を確かめる。しゃがんで表面を見て表面が傷んでいないかをよく確認しブレーキホースにオイル滲みが無いかも見てから俺は立ち上がった。AI-1-129のカウリングを軽く叩く。
ヤマダ
「またよろしくな。」
そしてAI-1-129、AI-3-102、X-133の操縦席にラムネを置いておいた。そして電話をかける。
ヤマダ
「もしもし」
クロ
「どうした?」
ヤマダ
「今回の空母戦闘機艦載機数は40機、俺たちはイトウ達の戦闘機隊を含めて39機で行く。」
クロ
「ヤマダ、お前・・・」
ヤマダ
「来てやってくれ、俺がいるよりお前がいる方がレミも安心するはずだ。現地集合でいこう。」
そうして燃料注入口の蓋がちゃんと閉まっているかをもう一度確認しているとイサカとレミが降りてきた。
イサカ
「待たせたな、行こう。」
レミ
「久々の二二型っす〜」
ヤマダ
「問題は向こうがどうなってるかだな・・・」
戦闘機隊と艦爆隊に出発することを伝え先に離陸して貰った。俺たちは少し遅れてそれぞれ発動機を回し三機編隊で離陸した。
ヤマダ
「オイルプレッシャーOK、オイルテンプOK、フューエルプレッシャーOK、ブーストプレッシャーOK、インテークテンプOK、エキゾーストテンプOK、インボディタンクに切り替え、プロペラピッチフリー、機体異常無し。」
正直言って今回の任務は気分が乗らない。
ヤマダ
「はぁ・・・」
レミ
「どうしたんっすか~ヤマダ、ため息が多いっすよ~」
ヤマダ
「いや・・・俺爆撃機の護衛任務って好きじゃねんだよ・・・」
イサカ
「速度が遅いからか?」
ヤマダ
「いや、それは違う。零戦に乗って飛ぶのは俺にとって何の苦でもねえよ。」
レミ
「それならどうしてっすか?飛行船の護衛とかだといきよいうようと飛んでるっすのに。」
ヤマダ
「爆撃機の護衛はよ・・・こっちの遅れが直ぐに向こうの死につながるんだ。俺は何回も爆撃機の護衛をした、そのたびに敵機に撃墜された爆撃機のやつらがよ・・・頭に浮かぶんだ・・・皆泣いてなんかいねえ、無線で『ここまでありがとうございました』っていう奴もいた。最後まで敬礼して・・・墜ちていくんだ・・・」
レミ
「けどそれは・・・ヤマダだけが悪いわけじゃないっす・・・」
ヤマダ
「分かってる!そんなことは分かってるんだ!けど・・・けどよ・・・!!」
イサカ
「ヤマダ・・・」
ヤマダ
「悪い・・・取り乱した。」
しばらく飛んでいると巨大な飛行船が見えてきた、羽衣よりも一回りほど大きく発艦甲板が上下で二本ある。上が爆撃機、下が戦闘機だ。サッサと着艦し格納庫に機体を止めると機体から降りた。すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
イトウ
「小隊長!お久しぶりです!」
ヤマダ
「イトウさん、お久しぶりです。奥さんとはどうですか?」
イトウ
「おかげさまで子供もできたとです。それより申し訳なかとです、我々が未熟なばかりに小隊長の手を借りることになってしまって。」
ヤマダ
「気にしないでください。今までよく頑張りましたね。」
イトウ
「小隊長直々に鍛えていただけましたので・・・後輩も優秀です・・・」
そういってイトウは格納庫の隅に目をやった、そこには搭乗員たちの写真と共に割れた飛行眼鏡や血で赤くなったマフラーなどの遺品が置かれていた。俺はそこの前に行くと飛行眼鏡を外し頭を下げた。
ヤマダ
「ご苦労様でした・・・」
イトウ
「SBDに体当たりしたやつもおったとです・・・私は・・・何もできんかった・・・!!」
ヤマダ
「よく頑張った・・・本当によく頑張りましたね・・・」
自分の飛行眼鏡をAI-1-129の7ミリ7機銃に引っ掛けると、カナリア自警団の二人と話しているイサカとレミの元に行った。
ヤマダ
「悪い、遅くなった。」
イサカ
「イトウは元気にしていたか?」
ヤマダ
「元気ではあったよ・・・元気ではな。」
シノ
「全く無茶言うんだから・・・」
ヤマダ
「悪かったよ、本当にありがとうな。」
リッタ
「飛行船への着艦はいつまでたっても慣れません・・・」
ヤマダ
「あれ?リッタ!?」
リッタ
「お久しぶりです!いやー実は自分彗星艦爆を見たことが無くて・・・シノさんの紫電の整備もかねて同行させていただきます!」
シノ
「どうしても来るって聞かないのよ・・・ヤマダ、軽くでいいから彗星を見せてやってくれないかしら?」
ヤマダ
「それは俺じゃなくてムカイに言う方がいいな、後で紹介してやるよ。」
リッタ
「ありがとうございます!夢にまで見たアツタ発動機の彗星だ~!」
ヤマダ
「えっ?」
リッタ
「えっ?」
ヤマダ
「うちの彗星艦爆は・・・彗星三三型だぞ・・・?」
リッタ
「ホントですか!?じゃあ金星発動機搭載の彗星が見れるんですよね!?感激ですーー!!」
ヤマダ
「君最早何でもいいんじゃねぇか・・・?」
そうして俺はムカイにリッタのことを話し彗星を見せてやってくれと頼みリッタを預けた。ムカイは昔っから彗星艦爆にこだわり続けたやつで、そのすきっぷりは異常である。奴は自分の格納庫に彗星艦爆を一一型~四三型までコレクションしているのだ。
ヤマダ
「マジお前頭おかしいよ・・・」
ムカイ
「零戦を全部集めてるお前に言われたくねえよ!!」
イサカ
「どちらかといえばどれだけ不利だとしても零戦以外を使おうとしないヤマダのほうが狂っているな。」
ヤマダ
「イサカぁ・・・」
そうして俺はまたイトウの元へ戻る、イトウの周りには俺が連れてきた搭乗員たちもいたが皆顔が暗い。あんなことがあったんだ。仕方あるまい、
イトウ
「小隊長・・私はもう自身がなかとです。たくさんの仲間を死なせてしまった・・・」
ヤマダ
「ふぅ・・・お前たちよく聞け!!」
俺はイトウの仲間と、俺が連れてきた後輩搭乗員たちに向けて叫んだ。
ヤマダ
「お前たちが乗っている機体はなんだ!?」
イトウ
「えっと・・零戦です?」
ヤマダ
「そうだ!いいか?いくら乱戦になろうがお前を撃てる戦闘機は一機しかいない、安心しろ。空戦機動で旋回中に撃った弾なんて当たりやしない、後ろにつかれた機体を振り切ることだけに集中しろ。そして必ず一対一に持ち込むんだ。」
後輩
「編隊空戦が基本ではないのですか・・・?」
ヤマダ
「勿論だ、だが乱戦になってしまえば向こうはこっちの一番機三番機なんてのは区別がつかない。空中衝突の危険があると思ったら無線で編隊を外す旨を伝えて自分のことを優先しろ。ただし基本は編隊空戦だ。」
後輩
「了解しました。」
ヤマダ
「さてと・・・最後にいいことを教えてやる。」
俺は自分の愛機、「AI-1-129」のそばへ歩いてゆきカウリングに触れた。そしてイトウ達の方を向く。
ヤマダ
「零戦は、一対一の格闘戦ではどの機体にも絶対に負けない。」
正直これは言いすぎだ、隼ならば旋回性能は互角だし紫電改や疾風が速度を利用して食いついてきたら防弾のない零戦はそれこそ木っ端微塵だろう。だが士気を上げるためには少々のウソもやむなしだ。
イサカ
「ふふ、気になってきてみれば・・・」
イトウ
「お久しぶりです!あの時はお世話になりました!」
イサカ
「私こそ助かった、良くヤマダの状況を知らせてくれたな。」
イトウ
「いえそんな・・」
イサカ
「さて・・・お前たち!」
イサカは俺の横に立ち彼らに向けて叫んだ。
イサカ
「零戦は逃げに転じたら負ける!自分が有利だと思えばそのまま攻めろ!」
そしてイサカは俺の方をすこし見ると彼らに向き直して言った。
イサカ
「攻めに転じれば・・・零戦は負けない!!」
ヤマダ
「整備は俺の後輩が責任をもって担当する!それぞれ早くに顔合わせをし意思疎通に尽力するように!戦果を期待する!!」
俺の後輩たちは既に輸送機に乗って到着し整備区画で配置についている。整備員との意思疎通は搭乗員の必須項目だ。整備員たちと別れ自分の荷物をまとめ部屋に放り込む。もう一度格納庫に戻るとレミに話しかけられた。
レミ
「ヤマダ~」
ヤマダ
「どうした?」
レミ
「X-133って五二型に比べると機体の傾きが少ない気がするんっすよね、はんとるく・・・?が少ないってことなんっすか?」
ヤマダ
「ああ、えーっと、それならまずは地上でのタキシングと飛んでる途中に機体が左に傾く理由から言わないとだな。」
回転するものには必ず回転する方向とは逆向きの力がかかる。これが俗に「反トルク」「カウンタートルク」と呼ばれるもので、人同士が押し合った時に二人してバランスを崩すのと同じ作用反作用の法則だ。
戦闘機の発動機は回転しているものなので当然カウンタートルクは生まれており、それを相殺するために発動機のクランクシャフトには「カウンターウエイト」がある。これはクランクシャフトと同じ重量を持ちギアによってクランクシャフトの回転と逆に回転しカウンタートルクを相殺するというものなのであるが、これがあっても発動機の半トルクは機体に影響を及ぼす。
ヤマダ
「まあ機体が傾くのはカウンタートルクよりもプロペラ後流の影響のほうがでかいけどな。」
レミ
「そうなんっすか?けどそれとX-133の傾きの少なさにどういう関係が?」
R1830-75に限った話ではないが、プラット&ホイットニー社の発動機は半トルク対策に力を入れているのだ。本来クランクシャフトと同じ速度で逆回転するカウンターウエイトをギアで増速しクランクシャフトの二倍の速度で逆回転させることでカウンタートルクの可能な限りの相殺を狙っている。
レミ
「そういうことだったんっすね~」
ヤマダ
「まあ機体の傾きはプロペラ後流の影響が大きいから、レミが言ってたみたいに『気がする』くらいなんだけどな。」
レミ
「主翼が長い分横転性能が悪いってのも影響してるのかもしれないっすね~」
ヤマダ
「言われてみれば・・・確かにそれもあるかもしれないな。」
作戦説明までにはまだ時間がある、そもそもなぜ何の偵察もなく作戦説明が出来ているかというとレミ組総動員で動いてくれていたからなのだ。俺たちがラハマから帰ってきている間に敵空母の出現位置を偵察し予想しているのだからさすが裏仕事担当である。だがいかんせん出現位置までが遠いのだ、爆撃機はSBD「ドーントレス」、そいつらの直掩戦闘機はゼネラル・モータース・カンパニー「FM-2 ワイルドキャット」だ。
イサカ
「ワイルドキャット? グラマンF4Fではないのか?」
ヤマダ
「零戦二一型と同じだよ、F4Fは後継のF6Fヘルキャットが出た後でもゼネラルモータースカンパニー傘下のイースタン航空機でライセンス生産されたんだ。」
イサカ
「三二型や二二型が出ても二一型が生産され続けていたのと同じなわけだな。」
ヤマダ
「そういうことだ、ただFM-2は発動機がカーチス・ライト R1820『サイクロン』に換装されてる。」
イサカ
「ほう?馬力は上がっているのか?」
ヤマダ
「1200馬力。零戦二一型と比較すると250馬力上、零戦五二型と比べると70馬力上だ。」
イサカ
「なるほどな、水平飛行では逃げられない可能性がある、十分注意しないとな・・・」
そう、F4FやFM-2は鈍重鈍足な戦闘機というイメージが大きい。だが意外と旋回性能は悪くなく防弾もしっかりしているので撃墜に時間がかかるのだ、一機に気を取られていると別のところから来た機体に撃墜される可能性もある。どんな機体を相手にしていても同じであるが油断は禁物だ。すると滑走路に見覚えのある機体が着艦してきた。
ヤマダ
「お、来た来た」
クロ
「悪い、遅くなった。」
ヤマダ
「いいってことよ。組のほうは俺がちゃんと人を回しといただろ?」
クロ
「ああ、急に来たから驚いたがな。それよりレミは?」
ヤマダ
「あっちで機体を見てるよ。行ってやってくれ。」
クロ
「レミー」
イサカ
「ヤマダ、お前が呼んだのか?」
ヤマダ
「ああ、貴重な戦力になるしレミも心強いだろうしな。」
そうして俺はAI-1-129の操縦席に入ると空母任務でとても大切な機器の確認をしなければならない。「クルシー式無線機当方位測定器」だ。俗にループアンテナといわれるもので、手動ハンドルでクルシーを回すことで母艦からの電波を受け取り計器盤にある航路計が母艦の方角を示す。
ヤマダ
「まさか空母で本当にこれを使うことがあるとはな~」
イサカ
「ユーハングではこれは部品が無くて使えないと聞いていたが、こっちだと使えるのか?」
ヤマダ
「ああ、イジツだと無線機の性能がびっくりするくらい上がっているからな。問題なく使える。」
イサカ
「それなら何時も何も考えず使っているが普通の無線電話機はどうしているんだ?当時の資料とかは私も興味があって読むが無線電話機は雑音ばかりで使えないと書かれているし、アンテナを切り落としてある零戦を見たこともある。」
ヤマダ
「ああ、みんな何か勘違いしてるんだがうちの零戦はすべて無線アンテナと無線アンテナ線は飾りだぞ?」
イサカ
「何!?」
俺はイサカを手招きし機体の下に潜り込んだ、増槽燃料タンク懸吊のときに邪魔にならないよう少し後ろにオフセットした部分に小さなアンテナ線が飛び出している。
イサカ
「これが・・?」
ヤマダ
「ああ、上のでっかい無線アンテナは飾りだよ。無線機は小型軽量なイジツの標準品に交換してる。零戦の本来の無線機はめちゃくちゃ重いからな。」
イサカ
「何も考えず使っていたが・・・そうだったのか・・・」
ヤマダ
「本当は上のアンテナは要らねえんだけどよ・・・無線アンテナをぶった切った零戦好きじゃないんだ・・・」
イサカ
「ふふ、そういうこだわりはお前らしいな。」
不必要であってもある方が美しいものがある、と俺は思う。
・・・・数時間後
イサカ
「皆揃っているか?」
イトウ
「直掩戦闘機搭乗員、全員集まっとるとです。」
イサカ
「よし、では明日の作戦の説明を行う。よろしくな。」
一同
「よろしくお願いします!」
イサカ
「うむ、まずは明日の作戦内容だ。当然皆理解しているとは思うが彗星艦爆隊の直掩、敵戦闘機のせん滅、こちらの空母の護衛だ。」
ヤマダ
「彗星艦爆は敵飛行船空母の強固な装甲を貫くため800kgの鉄鋼爆弾を抱いてゆく。それに加えて増槽燃料タンクも抱くので巡航速度が約260km/hと非常に鈍足になってしまうがその点は我慢してやってくれ。」
レミ
「敵戦闘機はゼネラル・モータース・カンパニー FM-2 ワイルドキャット、性能的にはこちらの方が若干上っすけど絶対に油断はしないようにっす。」
イサカ
「彗星艦爆隊を直掩する部隊は私率いる甲部隊とイトウ率いる乙部隊。こちらの飛行船を護衛するのはレミ率いる丙部隊だ。搭乗員割を今張り出すからそれぞれの部隊長のところで説明を受けてくれ。ただし乙部隊は甲部隊と作戦を共にするので私のところに集まるように。」
そうしてみな搭乗員割を確認しそれぞれの部隊長のところへ行く。すると俺はレミに話しかけられた。
レミ
「何であたしがお留守番なんっすか~」
ヤマダ
「レミのほうが迎撃戦上手いんだよ・・・それにこっちの動きも向こうの電索で直ぐ拾われる、そうなるとこっちにも戦闘機が来る可能性はある、飛行船空母護衛にも信頼のおける搭乗員にいてほしいんだよ。」
レミ
「あたしにここの空母の運命を任せてくれるんっすか・・?」
ヤマダ
「イサカや俺は彗星を援護しないといけない、君とクロ以外誰に任せるんだ?」
レミ
「えへへ、そんなに期待されたら応えないといけないじゃないっすか~」
ヤマダ
「丙部隊にはシノとリッタもいるからな。俺たちの帰る所は任せたぜ。」
そうして俺はイサカのところへ向かった。
イサカ
「遅いぞ。」
ヤマダ
「すまん、待たせたな。」
イサカ
「よし、では説明に入る。」
今回の作戦は彗星艦爆の護衛、ただし俺が割り振られている甲部隊は敵空母に近づいたとき乙部隊を残して彗星の編隊から離れ敵迎撃戦闘機をせん滅する。FM-2の行動範囲外から空母に向かわなければ作戦として成立しないうえにこちらも空母を使う意味がないので、必然的に長距離を飛行することになる。
イサカ
「ヤマダが整備した戦闘機だ、めったなことは無いと思うが機体に異常があった場合は速やかに帰還するように。体当たりや空中衝突は戦闘機乗りとして最大の恥と思え、全員帰還だ。戦果を期待する!!」
一同
「はい!!」
作戦説明を終えると皆食事をとって眠りについた。整備員と搭乗員はもうすっかり打ち解けたようで肩を組んで酒を飲む者もいた。そして深夜24:30、整備員も搭乗員もみな寝静まり、格納庫は静かに零戦が翼を休めるのみとなった。俺は軽い仮眠の後に格納庫に降りて行った。目視で皆の零戦を確認してゆく、決して後輩たちを信用していないわけではない。事実零戦達は完璧に整備されている、なかには機体の尾翼に意気揚々と勝利を祈願するメッセージを書く者もいれば自分が撃墜した機体の総数を後部胴体に描き込む者もいた。
ヤマダ
「お前達・・・大切にしてもらってるみたいだな・・・よかったな・・・」
機体を粗雑に扱う者もいる中、俺が連れてきた後輩搭乗員はともかくイトウの後輩たちまでもが大切に扱っているのは素直に嬉しかった。尾翼の撃墜マークなどを嫌う者もいるが俺はむしろ士気が上がるのでいいのではないかと思う。それよりも機体を粗雑に扱う人間のほうが俺は軽蔑する。イジツでは決して機体は使い捨てなどではないのだ。
イサカ
「どうせこんなことだろうと思ったぞ、ヤマダ。」
ヤマダ
「イサカ・・・悪いな。どうしても最後に見ておきたくて・・・」
イサカ
「ふふ、お前が部屋から布団を持ち出すのを見ていたからな。案の定だ。」
ヤマダ
「ばれてたか・・・部屋と仮眠室の気温が大して変わらなかったからな、仮眠室の方が誰もいない分広いしどうせどこで寝ても一緒だ。」
イサカ
「馬鹿者・・・私はお前と夜を明かしたかったんだがな・・」
ヤマダ
「そうだな・・・ちょっと待っててくれ、布団を・・・って」
俺が敷いた布団の横にもう一つ布団が敷かれていた。
イサカ
「どうせこんなことだろうと思ったんだ、一緒に寝よう。ここで、な?」
ヤマダ
「いいのか・・?」
イサカ
「どうせ部屋は狭苦しいんだ、どこで寝ても一緒だし・・・お前と一緒に寝れるのならそれでいい。」
ヤマダ
「・・・布団に行くか。」
そうして仮眠室の布団に入る、そこからはAI-1-129とAI-3-102がよく見えた。
イサカ
「・・・二一型は、美しいな。」
ヤマダ
「ああ、本当にな・・・」
イサカ
「速度は他の機体に劣るし防弾も無い、撃たれれば直ぐに荒野の塵となる・・・それでも私は二一型が良い。」
ヤマダ
「波模様の君の二一型、AI-1-129、AI-3-102、どれでも好きな時に使ってくれ。いつでも飛べる様にしておく。」
イサカ
「ふふ、お前の整備に疑問を抱いた事など一度もないさ・・・いつもありがとう。」
ヤマダ
「俺はすべきことをしているだけさ。組員も、妻も、俺の手で失いたくないからな。」
イサカ
「私は・・・いつでも、いつまでもお前の妻だ。」
そうイサカが言った瞬間、俺は我が妻を強く抱き締めていた。
イサカ
「おいっ急に・・・全く・・・」
抱き返される手は力強く、温かく、柔らかかった。俺たちは眠りについた。
・・・翌朝
ヤマダ
「ふぁ・・・ん!?」
俺のすぐ横でイサカが服を着替えていた、
ヤマダ
「いっイサカ!?そっそこでふっふふ服をっ・・・」
イサカ
「今更何を言っているんだ・・・お前も早く着替えろ。」
ヤマダ
「まあそりゃあそうか・・・」
さっさと着替えて布団を部屋に放り込み俺は格納庫へ、イサカは搭乗員達の所へ向かう。
ヤマダ
「じゃあイサカ、また昼にな。」
イサカ
「ああ、私の背中はお前に任せたぞ。」
そうして俺は格納庫の方へと降りた。といっても彗星艦爆隊のではなく、ずらりと零戦が並んだ我が戦闘機部隊の格納庫だ。時計が9:30を回った時、整備員達が一斉に降りてきた。
ヤマダ
「皆、おはよう。」
一同
「おはようございます!」
ヤマダ
「君達の整備に搭乗員の命がかかっている。今一度出撃の準備と共に入念な試運転と確認を怠らないように!」
一同
「はい!!」
そうして俺はAI-1-129、X-133、AI-3-102の所へ行く、クロの五二型も含めここの四機は俺の受け持ちだ。何かあれば全て俺の責任・・・整備にも自然と気合いが入る。
カウリングを外そうとすると俺は後ろから肩を叩かれた、振り返るとイサカ達がいる。他の区画を見渡してももう整備員達のところに搭乗員が行っている。
イサカ
「全く、お前だけにさせないぞ。」
レミ
「いつもあたしらも手伝ってるじゃないっすか〜、あたしらが乗るんっすから、遠慮なく頼ってくださいっす!」
クロ
「簡単な作業なら手伝える・・・遠慮するな。」
ヤマダ
「君ら・・・ほんとに・・・ったくよ!」
そうして全員で整備点検・動作確認を済ませるとちょうど時間となった。整備員達がいっせいに発動機を回し機体から離れる。
ヤマダ
「よっし・・・俺達も行くぜ!」
イサカ
「よしっ・・・整備員前離れ!!メインスイッチ断!エナーシャー回せ!!!」
レミ
「ク〜ロっ、エナーシャ貸して下さいっす。」
クロ
「大丈夫だ、ヤマダがやってくれることになってる。お前は早く乗って準備を・・・」
レミ
「もうっ!クロのバカ!良いから早く貸すっす!」
あの二人は何をやってるんだ・・・仕方ない・・・
ヤマダ
「あー!機体に忘れ物をしたぞー!?」
レミ
「さあ、早く貸すっす!」
クロ
「レミ・・・頼む!」
全く世話のやける・・・俺はAI-1-129に飛び乗って発動機を回し、イサカの後ろに着く。少し遅れてイトウが並び、その後ろに続々と直掩機が並んだ。いよいよ出撃だ、座席を上げフラップを下げいつでも出れる状態を整えるとカウルフラップを全開にする。
ヤマダ
「ふぅ・・・いっちょ行くかね。相棒よ!!」
発艦信号が青となりイサカのAI-3-102が加速を始める。それに合わせて俺もスロットルを開けた。
ゴォォォォォォ・・・!!!
接地感が無くなり機体は空を舞う。しばらく飛行船の周りを飛び編隊を整える、爆弾を抱いた彗星艦爆の巡航速度は非常に遅い。スロットルを思い切り絞りプロペラピッチを調節し速度が出過ぎないように注意しつつ飛ぶ。
レミ
「ヤマダ!」
ヤマダ
「びっくりした!どうした?」
レミ
「イサカのことは任せたっすよ!」
ヤマダ
「任せとけ、イサカには傷一つ付けさせねえよ。」
レミ
「あと!あんたもちゃんと帰ってくること!!いいっすね!?」
ヤマダ
「ああ、約束する。」
そうして距離が離れたため空母待機のレミたちとの無線は出来なくなる。俺は無線のダイヤルをひねりイサカとだけの無線に切替える。
ヤマダ
「イサカ、聞こえるか?」
イサカ
「ああ、聞こえる。」
ヤマダ
「君だけは絶対に帰らせてやる。背中は任せてくれ。」
イサカ
「何を言う馬鹿者、お前も一緒に帰る。いや、全員一緒に帰るんだ。」
ヤマダ
「ああ・・・そうだったな。」
イサカ
「もし最悪の事になっても・・・お前は私が守る、だから必ず帰ってこい。」
ヤマダ
「俺は・・・腕が無くなろうが脚がなくなろうが、たとえ死んでも生まれ変わってでも君の元に帰るさ。」
そしてまったりと、敵には警戒しながら敵空母の方へ向けて飛ぶ。向こうの位置は偵察で大体の目星がついているので航路計算をしつつ燃料管理に注意して飛ぶだけだ。そうしてまたしばらく飛んでいると、イサカから全機に向けて無線が入った。
イサカ
「全機に告ぐ!敵空母まであと数十分の距離!乙部隊は引き続き直援、甲部隊は制空権の確保だ。私に続け!!!」
イサカ達は増槽を切り離しスロットルを開けた。俺も当然それに続く、敵空母はもう俺たちの目に入っていた。すると空母からわらわらとFM-2が上がってきた。
ヤマダ
「ひゃぁ・・・いるいる」
イサカ
「全員帰りの燃料のことを忘れるな!ここで空戦が出来るのはせいぜい30分少々だ!早急に片付けろ!艦爆隊を動きやすくするんだ!!」
俺はイサカの後ろについて上がってきた戦闘機を一機一機と叩き落していった。俺の機体は増槽燃料タンクのほかに後部胴体の増設タンクがある。ここで1時間は空戦しても帰ることはできる。20ミリを慎重に使い空戦していると無線が入った。
ムカイ
「ヤマダさん!ご苦労さまでした!!」
敵空母のほうを見ると彗星艦爆が爆弾層を開け急降下に入っている。それにまとわりつくワイルドキャットはイトウ率いる部隊が叩き落して艦爆隊を守り抜いていた、イトウ達は三二型であり継続空戦能力はないので爆撃が終わればすぐに帰る。
ヤマダ
「っしゃ!行けーーーーっ!!!!」
縦に編隊を組んだ彗星艦爆が爆弾を切り離す。数個軌道のそれた爆弾が見えたがおおむね命中、飛行船空母のハフに穴が開く。
イサカ
「退避ーーーっ!!!」
ドォォォォン・・・・・!!!
全員フルスロットルで空母から離れる。数秒後空母の滑走路部分から大きな煙と炎が噴き出し大きな衝撃波が機体を襲った、バランスを崩さぬよう揺れる機体を抑え込み振り返ると空母は大きく破壊されもうもうと火を噴いていた。FM-2も大概が逃げ去るか撃墜されて行き作戦は大成功であった。
ヤマダ
「ムカイ!!よくやった!!」
ムカイ
「へへ、うちの艦爆隊は優秀ですから。」
イサカ
「よし、艦爆隊および乙部隊は燃料に注意し速やかに帰還!甲部隊もしばらく上空哨戒をしたのち帰還する!皆よくやった!」
そうして俺たちは上空哨戒をする、母艦を失った敵部隊は逃げたり地上に降り足りと様々なことをしている。
イサカ
「ふう・・・何とかひと段落だな・・・」
ヤマダ
「お疲れ様。よくあんな大人数の部隊を動かしたよ。さすがだな。」
イサカ
「こんな作戦お前がシノに空母を借りれるかの打診をしてくれなければ成立しなかった・・・礼を言うのは私の方だ。」
そうして警戒しつつ飛んでいた、敵の機影は全く見えない。イサカ達の燃料はそろそろ危うくなる時間だ。
イサカ
「甲部隊帰還する!!皆本当によくやった!!」
そうして全員機首を自分たちの空母のほうに向け巡航速度に入る・・・・・後ろに耳を澄ませると何やら音がする、自分の星形発動機の音とは違うこもった音・・・後ろを振り向くと二機のスピットファイアがイサカに向けてダイブしてきていた。向こうはもう巡航速度用の設定にしている・・・・全く、また俺がこの役目か。
ヤマダ
「クソぉぉぉ!!!!」
まだ巡航速度に移っていなかったのが幸いだ、イサカのAI-3-102の上にかぶさるように機体を動かす。
イサカ
「ヤマダ!?お前何を・・・まさか!?」
バババババッッッ!!!!
ヴィッカーズ7ミリ7機銃が俺の機体を襲う、容赦なく銃弾は俺の体を襲い主翼の燃料タンクに穴をあけた。幸い満タンの外翼燃料タンクに被弾したので炎上はないが帰還はもう叶わない。俺は太ももと腰に弾を食らっている、動脈は外したようで出血は少ないが弾が体の中に残っているようで死ぬほど痛い。編隊から離脱する俺をイサカと他の機体たちが追ってくる。
イサカ
「全員注意、敵だ!!編隊を組み戦闘・・・」
ヤマダ
「ダメだ!!君たちは帰るんだ!!」
イサカ
「だが!!」
ヤマダ
「燃料残量を見ろ!!俺に嘘は言わせないぞ!?」
イサカ
「くっ・・・」
ヤマダ
「どうせ俺は燃料は足りない・・・奴らは俺が引き受ける!!君たちは帰るんだ!!!」
イサカ
「ならせめて私だけでも!!」
ヤマダ
「馬鹿野郎!早く帰れ!!燃料が足りなくなるぞ!!」
イサカ
「だが・・」
ヤマダ
「俺が一番失いたくないのは君だと言っただろう!!這ってでも・・・歩いてでも帰ってやる!!早く帰れ!!」
イサカ
「・・・・っ」
ヤマダ
「ここで全員犬死させる気か!!指導者なら切り捨てる覚悟も持て!!早く帰れ!!!またあいつらが来るぞ!!!」
イサカ
「甲部隊・・・帰還する・・・!」
搭乗員
「隊長・・・!!」
イサカ
「命令だ・・!!」
俺から編隊が離れてゆく、無線機も壊れたようで途中からイサカ達の会話が聞こえなくなった。
「来いよスピットファイア・・・」
前から二機のスピットファイアが来る、MK.Ⅰa・・・ごく初期のスピットファイアだ。ヘッドオンの銃撃をよけ格闘戦に誘いこむ、うまく乗ってきた。
「低空で零戦と格闘戦か・・・こいつは絶対に負けねえぞ!!」
風防を開けて飛行帽を投げ捨てる。照準器の割れたレティクルを引きはがし金属枠の原始的な補助照準をおこした。
「ったくよ・・・妻に怒鳴っちまった・・・ごめんな、イサカ・・・」
ひびの入った風防は視界の邪魔になる。開けたほうがましなのだ。
「行くぞ!!!!!」
・・・・・・一週間後
あの出来事と作戦から一週間がたつ、あの後すぐに捜索部隊を送ったがヤマダも・・・AI-1-129すらも見つからなかった。格納庫の扉を開けるたび、ヤマダが61-120をいじっているような、AI-3-102を点検しているような気がしてならない。奴のいる日常は・・・今はない。
コンコンッ・・・
レミ
「イサカ、AI-1-129・・・見つかったっすよ。」
そういってレミが扉を開けた、どこか聞こうと立ち上がりレミを見ると・・・レミの手には大きな金属の板があった。
イサカ
「それは・・・なんだ・・?」
レミ
「これっす・・・・AI-1-129は・・・原型を留めてなかった・・・!!」
型式 零式艦上戦闘機二一型
製造番号 中島第6544号機
製造年月日
所属
イサカ
「ああ・・・あああ・・・・!!」
私はその場で泣き崩れた、何と言ったかも何をしたかも覚えていないが・・・落ち着いたと思えば私は部屋のソファーに腰かけレミの肩を借りていた。
レミ
「落ち着いたっすか?」
イサカ
「ヤマダぁ・・・零戦は負けないんじゃなかったのか・・・!!どんな機体にも負けないんじゃなかったのか・・・!!」
レミ
「スピットファイアの残骸もちゃんとあったっすよ・・・AI-1-129は不時着した後に砂嵐か何かに巻き込まれて・・・最初は砂に埋もれてぐしゃぐしゃで何かわからなかったっす。」
イサカ
「不時着!?ヤマダの遺体はなかったのか!?」
レミ
「血だらけの操縦席はあったっすけど・・・ヤマダの遺体はなかったっすよ。」
イサカ
「じゃああいつはまだ・・・!」
レミ
「落ち着いてくださいっす・・・荒野の真ん中、さんさんと照り付ける太陽に砂嵐・・・」
イサカ
「でも・・・でも・・・!!」
レミ
「イサカ・・・ヤマダは死んだんっすよ!!」
私は信じられなかった・・・いや、信じたくなかったのかもしれない。信じられるわけがないのだ。
イサカ
「すまない・・・しばらく一人にしてくれ・・・」
そして私はレミと別れ格納庫へと降りて行った。扉を開け中に入るとその目の前にはヤマダの大切にしている零戦が置かれている。どれも思い出深い。
「一一型・・・インノのレースでは世話になったな。知っているか?お前の発動機を私は一度分解したんだ。」
「二二型X-133・・・アカツキの奴等から機体だけをもらっていたな、R1830-75の馬力の恩恵は大きかったな。」
「六二型・・・耐荷重ギリギリの爆弾と増槽でよく耐えてくれたな。爆弾投下引手の位置が改良されていてとても使いやすかったな。」
「五二型無印61-120・・・私とレミで渡した機体だな、毎日毎日無邪気に飛んでいた。最近は任務の都合で全然乗れていなかったが・・・まさかそのまま逝ってしまうとはな・・・」
私は61-120のところで腰を下ろした。レミが持ってきてくれたステンシルをもう一度眺める、あいつが常に磨き大切にしていた機体の外板は衝撃で至る所にシワが入ったようだった。
「ヤマダ・・・まさかお前が胴体着陸とはな・・・」
こうして機体の下にいると61-120からヤマダが降りてくる気がしてならない。ヤツが整備しコレクションする零戦は全て日の丸に拘っていた。
「やっぱり機体本来の装いにしてやりてーしな。個人オリジナルの塗装を否定する気はねーけど・・・俺はやっぱり日の丸がいい」
いつもそう言っていた。全くあの馬鹿者は・・・
ゲキテツ一家のマーキングもどこかに入れておけと常に言っていたのに・・・だが私はシンプルだがわかりやすい日の丸も好きだった。しかしそのこだわりを持った整備士は今・・・居ない。
「嘘つき・・・」
61-120の主脚にもたれ掛かる。
「ヤマダぁ・・・私の前から居なくなるのが・・・早すぎるぞ・・・ううっ・・・」
私はうずくまって泣いた。今までないほどに泣いた。最愛の人間を失くした・・・
ポンッ・・・
私は誰かに肩を叩かれた。
イサカ
「ヤマダ!?」
キヨシ
「すみません・・・先輩では無いんです・・・」
イサカ
「お前は・・・キヨシか」
キヨシ
「はい、先輩のことは本当にお気の毒で・・・」
イサカ
「まだ信じられないよ・・・ところでどうした?」
キヨシ
「はい、AI-3-102の整備が完了したのでテスト飛行お願いします。」
イサカ
「わかった。ありがとう。」
キヨシ
「それと一つだけ気になることが・・・これを見てください。」
キヨシにあんないされAI-3-102の所へ行く。主翼燃料タンクの周りの点検口が空いており中が良く見える。
キヨシ
「これです・・・元来二一型には燃料タンクは無防備ですが、この機体には自動消火装置が追加されているんです。取り付けられた部分に溜まった埃の量を見る限り、かなり前から・・・」
イサカ
「何!?」
キヨシ
「これは少し前に先輩に聞いたのですが、五二型の自動消火装置は二一型にも装着できるよう設計されていたそうです。これはそれかもしれません。」
イサカ
「ヤマダ・・・あいつ・・・」
キヨシ
「先輩は本当に組長のことを大切になさっていたんですね・・・」
イサカ
「ああ・・・本当にいい夫だ。エナーシャ頼めるか?」
キヨシ
「はい。」
エナーシャを任せ発動機を回す。回転は安定しているし異常な振動もない。油温、筒温、燃圧、すべて問題なしだ。だが何か違う・・・これではないのだ・・・
ゴォォォ・・・・!!!
スロットルをあおる、特に異常はなく私の手の動きにしっかりと反応するし整備不良でよくある異音もない。機体は完璧な状態のはずだ。
イサカ
「少し飛んでくる。」
キヨシ
「お気をつけて!」
当て舵で直進を保ち離陸する。バランス・タブがよく効き操縦桿は軽いし意図通りに旋回する。何の不満もない、何の異常もない完璧な機体のはずなのに・・・私は何も満たされない。いつも飛ぶと気分はいくらかすっきりするのにもやもやだけが募っていた・・・
・・・・・・一か月後
「・・・ん?ここは・・?」
俺は目が覚めると俺はベッドに寝かされていた、腰回りと頭には包帯がまかれている・・・どうやら助かったようだった。
「目が覚めましたか。貴方は一か月目を覚まさなかったんですよ?」
「何!?いててて・・・・」
「まだ動いてはいけませんよ!?傷口はまだ完全に塞がっていないんですから・・・」
「傷口・・・?はっ!俺の妻は!?俺の二一型は!?俺の仲間は皆無事に帰れていましたか!?」
「落ち着いてください・・・私は薬の仕入れから帰るときにあなたを見つけたから・・・」
「そう・・・ですか・・、失礼ですが貴女は?」
幸子
「幸子です。このちいさな街の診療所で町医者をやっているものです。」
ヤマダ
「ヤマダです。大変世話になったようで・・・」
幸子
「お気になさらないで、それより・・これ。」
幸子さんに手渡されたのはイサカがくれた懐中時計だった。真ん中に突き刺さっていたのは・・・
幸子
「これがあなたの太ももの動脈が傷つくのを防いでいたから・・・あなたは今生きているんです。」
ヤマダ
「そうですか・・・私の妻が・・・そうですか・・・」
俺はイサカに守られたような気がしてならなかった。
幸子
「あなたの零戦は元の場所にあります・・・そもそもどこで空戦していらしたんですか?」
ヤマダ
「タネガシとラハマのちょうど真ん中です。そもそもここはどこなんですか?」
幸子
「インノのはずれです。」
あれから一か月がたつ、コトブキ、アカツキ、カナリア、ハルカゼ皆に些細な情報でもといっていたが一向にそのような情報はない。だが一つ収穫があった。生活はヤマダが担っていた整備班がキヨシに交代しいつも通りの生活に戻りつつあった。私の心の傷は満たされぬままだが・・・
レミ
「イサカ、全部持って帰ってきたっすよ。」
イサカ
「すまないな、面倒をかけた。」
レミ
「いいんっすよ、それにしても・・・あんなのどうするつもりっすか?」
そういいつつ格納庫に降りて行った、私が得た収穫・・・AI-1-129の残骸をすべて回収したのだ。
イサカ
「直す・・・」
レミ
「正気っすか!?こんな状態の・・・」
イサカ
「幸いヤツがうまく胴体着陸したのと真っ先に回収したおかげで発動機とカウリング、発動機架は少しの修理で使える・・・機体は新しく作ればいい。」
レミ
「けど・・・この機体って確か二一型の機体に二二型の主翼っすよ・・・?」
イサカ
「そこが問題だ・・・」
クロ
「ったく・・・そんなことだろうと思ったぞ。」
イサカ
「クロ!?」
クロ
「ヤマダがいつもいた部屋を探していたらこんなのを見つけた。業者の番号も書いてある。」
それはAI-1-129の図面と機体を発注した業者の電話番号だった。あの機体は・・・改造とは名ばかりの新造機だった。
レミ
「ひゃぁ・・・良くここまでやったっすね・・・・前部胴体なんて特注品じゃないっすか・・・」
零戦の前部胴体は分割できない。それは製造段階で接合されているからなのだが・・・二一型の胴体に二二型の主翼を「製造段階」で接合するよう特注していたのだ。これによって40ℓ外翼燃料タンクを装備した・・・
レミ
「いくらかかったんっすかね・・・」
イサカ
「わからない・・・だがこれがあれば・・・!」
サダクニ
「待ってください組長。」
イサカ
「何だ?」
サダクニ
「機体を作り直して同じ塗装を施す・・・発動機とカウリングがオリジナルということを加味してもその機体はほとんど別物です。それでもよろしいのですか?」
レミ
「サダクニさん、あんたなんてことを・・・」
サダクニ
「どうなのですか?」
イサカ
「あの残骸を直せるなら直したいさ・・!!だがあそこまで壊れた機体を補修するのは不可能だろう・・・なら作り直すしかないじゃないか!あの機体はヤマダが大切にしていた機体だ・・・どんな方法であれまた飛ばしてやりたいんだ!」
サダクニ
「よし・・・なら作業しますよ。」
イサカ
「え・・?」
クロ
「サダクニ、言われた通り業者にはもう連絡しておいた。残骸から使える部品を探すぞ。」
イサカ
「クロ、サダクニ・・・お前達・・!」
クロ
「せめて飛ぶことに支障がない部品くらいは元のやつから使ってやれ。」
イサカ
「ああ・・!!」
四人で探した結果損傷が少ないまたは全くなかった部品が見つかった。だが数は知れていた・・・
レミ
「えーっと・・・翼端折り畳み機構、主脚オレオ、尾輪、尾輪オレオ、ブレーキ、アンテナ・・・」
イサカ
「操縦席内は計器類の一部とスロットルレバーだけだ・・・脚の部品が多く使える状態で残っているのは脚を出さずに胴体着陸したからだな・・・」
レミ
「あいつが胴体着陸とか珍しいっすね・・・」
クロ
「恐らく原因はこれだな。」
クロが指さしたのは昇降舵マス・バランスだった。機体内部にあり本来は昇降舵と接続されているのだが7ミリ7が貫いたのか砕け散っている。
サダクニ
「このせいで昇降舵を操作できなくなったから主脚を出すのをあきらめてフラップを出して空気抵抗で機首を上げ、発動機とカウリングを守ったんですな・・・」
クロ
「だがなんでわざわざ・・・」
レミ
「もしかしたら・・・また乗るつもりだったのかもしれないっすね・・・」
イサカ
「どこまで零戦が好きなんだろうな・・・あの馬鹿は・・・」
レミ
「違うっすよイサカ・・・多分またあんたに乗ってほしかったんっすよ・・・あのお人好しは・・・」
イサカ
「全く・・・・馬鹿者が・・・」
ヤマダ
「インノのはずれ!?」
幸子
「はい、怪我が完全に回復すればインノの町までお送りさせていただきます。」
ヤマダ
「いや・・・今すぐここに送っていただけませんか?」
俺はアカツキのアジトから少しずれた座標を伝えた。
幸子
「こんなところに・・・?」
ヤマダ
「はい、傷口が塞がっていないのは分かっていますが・・・私はどうしても妻のもとに帰らなければいけないんです!」
幸子
「・・・わかりました。準備をしてきます。」
ヤマダ
「・・・ありがとうございます。」
幸子
「あなたの奥さんは幸せですね・・・」
ヤマダ
「私にはもったいないくらい素敵な妻ですよ・・・本当に私の宝です。」
そうして俺は洗濯してくださっていた服に着替え動かなくなった時計をいつものポケットに入れた。飛行眼鏡を首にかけベッドをある程度整えてから幸子さんが手招きする方へ歩いてゆき診察所を出た。するとそこには複座に改造された二二型と・・・・胴体の一部がピンク色の二一型があった。
ヤマダ
「幸子さん!これって・・・!?」
幸子
「私の旦那が使っていたと言われている機体です。」
ヤマダ
「幸子・・・あなたまさか・・・岩本夫人!?」
岩本徹三・・・ユーハングで零戦を駆り202機を撃墜した撃墜王だ。ラバウル時代の愛機二一型は桜の撃墜マークで機体後方が埋め尽くされており、イジツに残る数少ない書物で見れるその機体の写真の迫力たるや素晴らしいものであった。その機体が今・・・目の前にある。
幸子
「あら・・・こちらにも徹三さんをご存じの方がいらっしゃったのですね。そういえばあなたの零戦にも日の丸が描かれていた・・・不思議な縁ですわね。」
ヤマダ
「あの方は私のあこがれです・・・それよりあなたは何故こちらに・・・!?」
幸子
「・・・いろいろとありましてね・・・?」
ヤマダ
「失礼しました・・・」
幸子
「いいんですよ。この二一型・・・もう処分されたと思っていたんですけどね・・・こちらにありました、徹三さんの大切な形見です。」
ヤマダ
「大切にしてあげてください・・・貴重なものを見せていただけました・・・」
幸子
「ふふ、さあ行きましょうか?」
ヤマダ
「はい。お願いします。」
機体を業者に発注してから五日後、私は状態のいい九九式一号二型改をくれると言うのでロイグ達の元へ向かっていた。一か月たっても機体に対するモヤモヤ感はぬぐえないでいたが・・・贅沢なことも言えない。AI-3-102を飛ばし一路インノへと向かい、滑走路へと降りた。
ロイグ
「ヤマダは・・・見つかった?」
イサカ
「いや・・・」
ロイグ
「そう・・・とりあえずモノを受け取ってちょうだい?これ・・・ヤマダのなのよ。」
イサカ
「どういうことだ?」
ロイグ
「ユーハングオリジナルの機銃が欲しくてね・・・ずいぶん前にヤマダに相談したのよ。そしたら『誰かから盗まれたらたまったもんじゃねえからな・・・』って言ってこれをくれたのよ。」
イサカ
「そうだったのか・・・」
ロイグ
「結構気に入ってたんだけどね・・・返すわ。」
イサカ
「ありがとう・・・」
ロイグ
「ちゃんと撃てるように整備は欠かしていないわ、しっかり使ってやってちょうだい。」
イサカ
「ありがとう・・・ヤツも喜んでいるよ。」
ロイグ
「そう・・・ね、それよりあなた今零戦は誰が整備しているのよ?」
イサカ
「ヤマダの後輩がしっかりやってくれているよ。」
ロイグ
「それにしては・・・納得行ってなさそうね。」
流石泥棒を生業としているだけある。鋭い。
イサカ
「ああ、異常はないし調子もいい。だが何か違うんだ・・・」
ロイグ
「なるほどね・・・久しぶりに見せてもらってもいいかしら?」
イサカ
「ああ、勿論だ。」
ヤマダ
「お世話になりました。一か月間も本当に・・・」
幸子
「いいんですよ。それより早く帰ってあげてください。」
ヤマダ
「また会えたら、本当にありがとうございました。」
そうして頭を下げ、直ぐに頭を上げると・・・さっきまで目の前にあった二二型も幸子さんも居なくなっていた。
「ん・・?ん・・!?」
あたりをどれだけ見渡してもいない、それどころか降りた時のタイヤの跡すらも無くなっていた。
「待って、ほなら俺死んでんか・・?」
地面を思いきり殴ってみる
「いって・・・生きてる・・」
それに包帯もまかれている、夢ではないのだが・・・
「気にしない方が・・・吉かな・・・」
そうしてアカツキのアジトの方へ歩いてゆく、そうしてしばらく歩いていると滑走路が見えてきた・・・するとそこには見覚えのある機体が止まっている。他のどの機体にもない曲線美、細く長く伸びた主翼、そして飴色の機体・・・
「二一型だ!!AI-3-102だ!!」
俺は感極まって走り出した。あの機体があるということは・・・イサカがここに来ているということだ。機体に忍び寄り周りを見回す。ステップが出しっぱなしになっていた。
「よっこらっせっと・・・」
操縦席に乗り込む。よく手入れされているしイサカもきれいに使ってくれているようだ。機体から降りると外観をよく見ていた。
私はロイグを連れて滑走路のほうに出ていく、すると機体のそばに人影が見えた。
イサカ
「ロイグ、誰かいる。」
ロイグ
「ベッグ・・・にしては身長が高いわね?」
銃を構えゆっくりと近づいてゆくが・・・私は銃を落とし立ちすくんだ。そしてその人影に向けて走り出した。
俺は夢中で機体を見ていた、なんだかんだで1ヶ月ぶりの零戦だ。すぐにイサカに会いに行こうとしなかったのは・・・・これが夢だったと知るのが怖かったのかもしれない。
だがその不安はすぐに払拭されることになった。俺は後ろから急に抱きしめられた・・・スーツの模様、黒い手袋・・・そして背中に当たる金属の感触・・・・
「イサカ!!」
「ヤマダ!!」
俺はイサカに強く抱きしめられる。それに負けないくらい俺はイサカを強く抱きしめ返した。ずっと会えなかった悲しみを潰していくかのようにイサカと口付けをした。
イサカ
「んっ・・・んんっ・・・!」
ヤマダ
「んんっ・・・イサカ・・・本物だ、夢じゃない・・・」
どれだけ抱きしめ合ったかは分からない、周りの目も知らない、今目の前にイサカが居る・・・それだけが幸せだった。
イサカ
「お前・・・今まで何を・・・していたんだ・・・寂しかったんだぞ!一ヶ月も・・・私を一人にして!!ばか!ばかばか!!」
ヤマダ
「悪かった・・・本当に悪かったよ・・・」
イサカ
「死んだと思っていた・・・もう会えないと思っていた・・・そんな人間が目の前に戻ってきたら・・・怒る事すら忘れてしまうじゃないか・・・」
ヤマダ
「俺だって・・・君達があの後無事に帰れたか心配で心配で・・・」
イサカ
「あんな状況になってまで私達の心配をしていたのか・・・お前は本当に・・・お前は!!!」
俺はイサカにまた強く抱きしめられた、時間はかかったが・・・約束を破らずに済んだわけだ。そして俺はイサカに謝らなければいけない。
ヤマダ
「イサカ、すまなかった。あの時・・・俺は君を怒鳴りつけてしまった。」
イサカ
「今更そんな事・・・私こそすまなかった。あの時・・・私は何も出来なかった!」
ヤマダ
「そんなことは無いさ、君は立派な判断をした。流石の指導者だ。」
イサカ
「私はもう家族を失いたくない、頼むからヤマダ・・・死なないで・・・」
ヤマダ
「俺は絶対に死なない。約束したろ?」
イサカ
「危なっかしいんだ!お前はいつもいつも!」
ヤマダ
「ごめん・・・」
イサカ
「お前だけでも・・・最後まで私のそばに居て・・・」
ヤマダ
「わかった・・・わかったよ・・・」
ロイグ
「まっっったく・・・ヤマダ!!」
ヤマダ
「なんだ?」
ロイグ
「なんだじゃないわよ!一ヶ月もどこに居たの?」
ヤマダ
「それがよ」
説明中・・・
説明を終えるとロイグの顔は驚いたような・・・恐ろしいような顔になっている。
ロイグ
「ヤマダ・・・その診療所ね・・・」
ヤマダ
「な・・・なんだよ?」
ロイグ
「み・・・見た方が早いわ・・・ついてきなさい。」
そうして歩き始めたロイグについて行く、イサカは俺の腕を握りしめていた。
ロイグ
「ここよ・・・?」
目の前に見えるのは確かに俺が居た診療所・・・ただそこはもう何年も何年も使われていないような建物だった。それどころか街自体が荒廃してる・・・
ヤマダ
「なっ・・・なんだよこれ・・・?」
ロイグ
「もうここは・・・そう、70年前から廃墟よ・・・?」
ヤマダ
「そんな馬鹿な・・・けど俺は確かにここで寝ていたぞ!!」
俺は崩れ落ちた扉を蹴破り中に入る、確かに間取りも同じだ・・・だが俺が寝ていたベッドはもう朽ち果て、シーツなどは見る影もなく形を留めているかすら怪しいような・・・そんな状態だった。
イサカ
「ヤマダ・・・これ・・・」
岩本幸子
イサカが指さしたのは名札だった、名札と言っても木に墨で書かれた簡単な物だが・・・それだけはやたらに綺麗で・・・幸子さんが着けていたものと同じだった。
ヤマダ
「幸子・・・さん?・・・うわぁぁぁぁぁ!!!!」
俺はふと奥の部屋を見て絶叫した、俺に話しかけてくれていた幸子さんの服を着た白骨遺体が・・・そこにはあった。
イサカ
「どうしたんだ・・・?うわああああ!!!!」
俺とイサカは抱き合って部屋から飛び出した。俺は誰に何をされていたのだろうか・・・
ヤマダ
「待て!じゃああれは!?あの二一型は!?」
俺は診療所から飛び出すと・・・そこにはロイグが立ちすくんで居る。
ロイグ
「こんな事って・・・」
ロイグの視線の先には・・・70年放置されていたとは思えないくらいに綺麗な二一型があった。隣の複座二二型はとっくに朽ち果てているのに・・・俺が見たのと全く同じ岩本徹三氏がラバウルで乗っていた二一型だ・・・
ヤマダ
「これってどういうことだよ・・・」
イサカ
「もしかしたら・・・この二一型は幸子さんを見つけて欲しかったのかも知れないな。そしてずっと待っていた・・・」
ヤマダ
「けどなんで俺を・・・」
イサカ
「零戦の使い方を誰よりも理解し、零戦を愛した・・・そして自分を駆った搭乗員に憧れを抱いたお前に・・・自分と幸子さんを見つけて欲しかったのかもしれない。」
俺は二一型の後部胴体に手を置いた、荒野の日に照らされた機体は暑い・・・
ヤマダ
「幸子さん、徹三さん、そして二一型・・・ちゃんと見つけましたよ。あなた方の生きた軌跡も・・・本当にお世話になりました。」
そうして俺は岩本さんの二一型を滑走路まで持っていく。
ロイグ
「どうするの?その二一型。」
ヤマダ
「一度タネガシまで持って帰って綺麗にして、幸子さんの遺骨と一緒に・・・焼くよ。」
イサカ
「そうか・・・お前の、好きにすればいい。」
そうして俺は岩本さんの二一型に乗り込んだ。機体内は三号爆弾投下用のレバーがある以外は特にほかの二一型とかわらない。
イサカ
「ヤマダ・・・エナーシャを貸せ。」
ヤマダ
「・・・頼む。」
ヤマダ
「メインスイッチオフ!エナーシャ回せー!!」
イサカ
「コンタクト!!」
岩本さんの二一型はあっけないくらい簡単に始動した。レスポンスにも異常はない。70年も放置されていたなどとは・・・ありえない。
イサカ
「ヤマダ、帰ろう。」
ヤマダ
「ああ・・・帰ろう。」
ロイグに礼を言い二人で離陸する。また零戦に乗るイサカが見れるなんて・・・幸せだ。岩本さんの二一型は三式空一号無線電話機のままでイサカと無線通信は出来ない。だがイサカは横に並んで度々こちらを見ては笑顔をくれる。それだけで俺は嬉しかった。タネガシに着くと手信号を送る。
「先二降リロ」
「了解」
イサカが降りたのを確認して俺も着陸する。やはり脚を出しての着陸は気分がいい。タキシングして何時もの格納庫に機体を入れ、機体から降りふと横を見ると新しい格納庫が増えている。なんだと思い中をチラっと覗くと俺は信じられないものを見た・・・だが今回は飛び上がるほどに嬉しい物であった。
「あ・・・ああ・・・」
「どうだ?機体は新しく作っているが・・・なるべく元の機体で使える部品は流用している。」
目の前には発動機が換装された二一型がある。俺が不時着で壊してしまった中島6544号號機が塗装を脱ぎ・・・そこに佇んでいた。
「6544・・・お前・・・」
「お前が発動機を守ったから・・・ここまで出来たんだ、ただ色がなかなかむつかしくてな・・・」
「守った・・・か、もし君が残骸を回収してまでもう一度乗りたいと思った時、発動機が壊れていればもう二度と発動機換装零戦には乗れないからな。ただ・・・まさかここまでやるとは・・・」
「この機体・・・前はお前が私に作ってくれていたが、今回は私からお前への贈り物だ。これからはお前が使え。」
「え・・・?」
すると俺はイサカに抱きしめられた。
「本当に・・・よく帰ってきたな・・・」
「イサカ・・・君は本当に何処まで完璧なんだ・・・本当に・・・」
そしてイサカは俺に機体の確認をするように言った。
「お前の目で確認してみてくれ。」
「ああ・・・」
操縦席は既に完成していた。乗り込んでみるとひとつあることに気付く。
「イサカ・・・もしかしてスロットルレバーと計器類は元の機体から?」
「よく分かるな。その通りだ。」
操縦席から下りると外観を見て回る、そして・・・イサカ達のはからいを見て俺は泣きそうになった。
「翼端折畳、主脚オレオ、尾輪オレオ、アンテナ、ブレーキ・・・あいつから使ってくれてるのか?」
「その通りだ、流石だな。」
「だって・・・ううっ・・・そんな・・・うれしいっ・・・こと・・・ないっ・・・」
「おいっ泣くな!」
「だってっ・・・俺もうイサカともAI-1-129とも会えないと思ってて・・・けどこうやってちゃんと再会できてっ・・・」
「全く・・・馬鹿者が・・・」
そうして俺はまず誰にも連絡を入れず、イサカと一緒に岩本徹三氏の二一型をしっかりと洗浄した。人が集まる前に葬ってやりたかったのだ。俺もイサカも何も言わず洗っていた。機体をすべて洗い終えると滑走路の先の広場で機体の燃料緊急排出口を開けた。
「イサカ、君が使ってる銃って十四式だったよな?」
「ああ、そうだ。」
「借りてもいいか?」
「銃嫌いのお前が珍しいな・・・ほら」
「ありがとよ。」
零戦二一型の横に幸子さんの遺骨を入れた箱を置き、俺は銃を腰に差すと
「敬礼!」
脇の下にスペースを開けず、手のひらを内側に向けた帝国海軍の敬礼・・・零戦搭乗員がしていた敬礼だ。他のところは知らないがタネガシではこの敬礼が主流となっている。そして俺は零戦から漏れた燃料に向け銃を撃つ。
パンッ!!
ガソリンに火が付きそれは瞬く間に零戦へと燃え移る。ごうごうと零戦は燃えた。
「岩本徹三さん、幸子さん、お世話になりました。」
俺とイサカが頭を下げる中、夕陽が上るイジツの空に煙は立ち上り、消えて行った。
燃えるものがなくなれば火は自然と消えた。俺とイサカは燃え残った残骸をやけどしないよう水をかけながら拾い集め滑走路の脇へと埋めた。
「良かったのか・・?あの二一型は何から何までユーハングオリジナル、お前から見れば何よりもオイシイ機体だろう。」
「いいんだよ、俺が持つにふさわしくない・・・あんなすごい機体、それに・・・」
「それに?」
「幸子さんと二人でいたいだろうしな。」
俺とイサカはまたAI-1-129がある格納庫に戻った。それにしてもよくここまで復元したものだ・・・主脚格納部やその他部分の青竹色塗装が終わっており、あとは外装の塗装をするだけという状況まで仕上がっていた。だがイサカの表情は暗い。
「どうした?イサカ、よくここまで仕上げたじゃないか・・・」
「それが・・・どれだけ点検しても異常がないのに発動機が回らないんだ。」
「そりゃ・・・妙だな。」
「それと他の機体もなんだが・・・キヨシがよく整備してくれている、何の異常もない・・・だが何か違うんだ!お前の整備した機体と何か違う・・・ずっともやもやしていたんだ・・・」
「そうか・・・本当に迷惑かけたな・・・」
「とりあえずAI-1-129を軽く見てみてくれないか?私はレミとクロ、サダクニを呼んでくる。驚かしてやりたいし・・な?」
「ああ、わかった。燃料とオイルは入っているんだよな?」
「ああ、お前なら大丈夫だろう・・・好きにいじってくれて構わない。」
「OK」
俺はジャッキアップされているAI-1-129の発動機を軽く見てみる、イサカの言う通り発動機周りに異常は見られないし俺が胴体着陸した時に壊れたであろう部分もきれいに補修されている。俺はすべての配線、配管が接続されていることを確認し操縦席に上った。
「いやそれにしても・・・ホント良くここまで作り直したなぁ・・・」
操縦席下を通る主桁には真新しい青竹色が塗られ、きれいなメタリックグリーンの輝きを放っていた。操縦桿を動かしてみるとちゃんとすべての舵が動くしバランスタブも問題なく動作している。完璧だ。
「すげえや・・・ほんとに・・・」
すると外から聞き覚えのある声が聞こえてきた、俺はそっと風防を閉めた。ちょっとしたいたずら心だ。
レミ
「イサカが久しぶりに嬉しそうな顔をしてるっすね~、AI-1-129の発動機が回ったんっすか~?」
クロ
「たぶんそんなところだろうな。」
サダクニ
「組長、結局どうされたんですか?」
イサカ
「いいから見ていてくれ。」
イサカが手を上げ合図をしたのを確認すると、俺は声を張り上げた。
「燃料残量よし!補助オイルポンプ作動!油圧よし!メインスイッチ断!!」
レミ
「ん・・・この声って・・・・・」
クロ
「この声・・・」
サダクニ
「この声は・・・」
セルモーターを回す。
ウィィィン・・・・
点火スイッチを「両」位置に。
パチパチッ・・・カラカラカラ・・・・
火花も問題なく散っている、オイルが溜まっているわけでもない・・・俺は直感的にスロットルを少し前後に動かした。
カラカラッ・・・バラバラッ・・・
燃料管にエアが残っていたのだろう。思い切り燃料に圧力をかけると燃料が噴射された。少しずつ火が入り始める・・・
バラッバラッバラ・・・バラバラ・・・
イサカ
「回れ・・・頼む・・・!!」
スロットルを少し多めに開けセルモーターを長めに回す。
バラッバラッ・・・バラバラバラバラ!!!!
排気管から白煙と炎を一瞬吐出し、AI-1-129は息を吹き返した。
イサカ
「やった・・・やった!!!」
レミ
「あのバカは・・・ほんとに・・・」
クロ
「重要な時に居ないかいいところだけかっさらっていくかのどちらかだな・・・本当に・・・」
サダクニ
「時間はかかったが・・・約束は破らなかったようだな・・・」
俺は発動機をある程度試運転し異常がないことを確認すると発動機を止めた、風防を開け出ようとすると、イサカが抱き着いてきた。
イサカ
「やっぱり・・・やっぱりお前を待っていたんだな・・・この機体は・・・」
ヤマダ
「胴体着陸しかしてやれなかった、発動機とカウリングしか守ってやれなかった俺を・・・この機体は許してくれたのかな。」
イサカ
「もともと怒ってなんかいなかったんだよ・・・お前をずっと待っていたんだ、この機体は・・・」
そして俺は機体から飛び降りた、それと同時にクロとサダクニさんに背中をたたかれた。
ヤマダ
「あいてぇ・・・」
クロ
「何があいてぇ・・・だ!一か月間もどこに居やがった馬鹿野郎!!どれだけの人間がどれだけ探し回ったと思っているんだ!?ったく、よく帰ってきたな・・・」
サダクニ
「一か月間もどこに居た!!何度イサカに心配をかけるつもりだ!?今度こんなことがあったら別れさせるぞ!?怪我は大丈夫なのか!?食事はちゃんととっていたのか!?本当に・・よく帰ってきた・・・!!」
イサカ
「サダクニ落ち着け・・・」
ヤマダ
「本当にご迷惑かけました・・・」
レミ
「ヤマダぁ・・・!!!」
俺はレミに後ろから抱き着かれた。
ヤマダ
「おいッレミ!?」
イサカ
「あっおいレミ!ヤマダから離れろ!」
クロ
「イサカ、安心しろ。」
イサカ
「どういうことだ? だ~か~らレミ!離れろ!!」
クロ
「ヤマダのやつ・・・お前に抱き着かれた時が一番顔赤くしてるぜ。」
イサカ
「なっ・・・」
レミ
「今回は一か月っすか!?あんたはどっかに行くと生死の境をさまよわないと気が済まないんっすか!?あたしに帰る所を任せておいて・・・帰ってこないなんてどういうことっすか!?」
ヤマダ
「本当にすまない・・・そうだ!それよりあの時イサカはちゃんと帰ってたか!?被弾してなかったか!?怪我してなかったか!?」
レミ
「あんたの心配する場所はいっつもズレてるんっすよ!もっと心配することあるでしょ!?」
ヤマダ
「旦那が妻を心配して何が悪いんだ!!」
レミ
「タイミングってもんがあるんっすよ!!」
イサカ
「二人とも落ち着け・・・な・・?」
レミ
「ふぅ・・・それよりどうするんっすか、」
イサカ
「何をだ?」
レミ
「ヤマダが生きて戻ってきた報告っすよ〜、私ら死んだもんだと思って片っ端から連絡入れちゃってて・・・今後誰かと会ったら絶対その相手パニックっすよ?」
イサカ
「それには私に考えがある、ヤマダ。」
ヤマダ
「どうした?」
イサカ
「あと一週間でAI-1-129、X-133、AI-3-102、61-120の再整備は出来るか?」
ヤマダ
「余裕で出来るぜ。」
イサカ
「よし・・・ヤマダが帰ったこととAI-1-129の復活式典は一週間後のエアショーだ!!」
四日後、変な話だが俺が生きている事がバレないようにタネガシから出ず。機体の整備を進めていた。AI-1-129の塗装は全て終わり、塗料の乾燥待ちだ。しかし俺は・・・
「やっぱり・・・61-120にもう空戦が出来るほどの余裕は無いな・・・」
外板がベコベコになっているだけでは張り替えればいい、だが61-120は俺がずっと毎日使っていた負担が出て・・・もう空戦機動は出来ない状態だった。
「今まで・・・本当にありがとうございました。」
俺は敬礼をすると、7ミリ7と20ミリ機銃を下ろし機首の7ミリ7の穴を五二型丙の部品を流用して埋め、九九式二号三型の銃身はダミーを取り付けた。この機体はもう空戦はしない・・・俺の大切な思い出として、飛ぶことだけを目的に生きてもらう。
「ほんまに・・・世話んなったな・・・ありがとうな・・・」
これからはエアショーで飛んでもらう。発動機自体は非常に好調なのだ。本当に61-120には世話になった。
そしてAI-3-102を点検する。キヨシは良くやっているし以上は特にない、だがひとつ忘れているものがあった。発動機のオイルだ。菜種油に入れ替えるとポンプを操作してオイルを潤滑させる。すると丁度イサカが来た。
イサカ
「どうだ? 整備の方は。」
ヤマダ
「AI-3-102がちょうど終わったところだ。乗ってみるかい?」
イサカ
「ああ、あの感覚が戻っているか・・・確かめたい。」
ヤマダ
「完璧に戻ってるよ。保証するぜ。」
イサカ
「それは・・・楽しみだ。」
エナーシャを回しイサカを送り出す。数十分後イサカは帰ってきた。
イサカ
「これだ・・・この感覚だ・・・」
ヤマダ
「な?」
イサカ
「やはりお前でないとダメだ・・・私は特に・・・な。」
ヤマダ
「そう言ってもらえると・・光栄だよ。そうだイサカ、AI-1-129を見てくれないか?」
そしてイサカと二人で格納庫を移動する、いろんな機体が所狭しと並んだいつもの格納庫も好きだが・・・AI-1-129のためだけに作られたこの格納庫の程よい大きさのほうが俺は好きだ。ただ格納庫から機体を出すときに翼端を折りたたまないといけないくらい狭いのはやりすぎな気もするが・・・仕方ない。
イサカ
「おお・・・もう塗り終えたんだな、これで完成か?」
ヤマダ
「ああ、もう塗料も乾燥したはずだ。」
イサカ
「それなら・・・飛ばすか?」
ヤマダ
「飛ばすか。何と飛ばす?」
イサカ
「X-133に乗ってみたいな・・・」
ヤマダ
「了解、じゃあAI-1-129の発動機を回しといてもらってもいいか?」
イサカ
「私がか?」
ヤマダ
「大丈夫だよ、こいつは素直だ。」
イサカ
「そうか・・・な・・」
俺はいつもの格納庫に駆け戻るとX-133の発動機を回しタキシングで滑走路に出ると、発動機を止めて車止めを置いた。その瞬間に横の格納庫からゆっくりと、自分の調子を確かめるかのようにAI-1-129が出てきた。堂々とした佇まいに長く美しい主翼・・・見た目の美しさではダントツで二一型と俺は思う。発動機を止め車止めを置くとイサカが降りてきた。
イサカ
「さあヤマダ。乗れ」
ヤマダ
「ありがとよ・・・」
俺はAI-1-129に乗り込み発動機を回した。機体が新しく作られたかどうかなんて関係ない、間違いなくこいつはAI-1-129だ。イサカ達の愛が詰まった・・・間違いなく最高の機体。これならなんの躊躇いもなく命を乗せて飛べる。
ヤマダ
「イサカ、先に・・・」
イサカ
「何を言っている。」
ヤマダ
「え・・・?」
イサカ
「今日の主役は、いや。今日からエアショーまでの主役は・・・お前達だ。」
ヤマダ
「イサカ・・・」
イサカ
「ほら、先に行け。」
ヤマダ
「・・・ああ!!」
俺はスロットルを開け離陸した。風防を閉め飛行眼鏡を下ろすと一通りの舵の効きを確かめるとラダーを踏む足の力を抜いた。旋回計の針玉を注意して見るが進路にブレはない。尾翼のトリムタブの調節も完璧だった。
イサカ
「どうだ、トリムタブの調節もちゃんと出来ているはずだ。まあお前程の精度は無いが・・・」
ヤマダ
「そんな事ない・・・完璧だ。」
イサカ
「そうか!?本当か!?」
ヤマダ
「ああ、嘘は言わない。本当に完璧だ。」
イサカ
「そうか・・・実際に飛べなかったから過去の機体から角度の平均値をサダクニと私でずっと計算していたんだ。仕様が近しいX-133で試したりもした・・・」
ヤマダ
「そこまでして・・・ほんとに君たちはバカだよ・・・本当に・・・」
イサカ
「ヤマダ・・・」
ヤマダ
「俺の事なんて忘れていてくれて良かったのに・・・全部俺の勝手にした事だったのに・・・ずっと覚えていてくれて・・俺・・俺・・・!」
イサカ
「お前のことを忘れられるわけないだろう・・!!そう簡単に忘れられたら私もどれだけ楽か!だが・・・どこかで繋がってしまっているんだよ!私を一番に思ってくれる人間を・・・忘れられる訳が無いだろう!」
ヤマダ
「イサカ・・・君が妻で・・・良かったよ・・・」
俺はある程度速度が乗ったことを確認すると、イサカに少し空戦機動をしてみると伝えた。するとイサカから思いもよらない提案が出た。軽く模擬空戦をしようと言うのだ、俺はいつもは断るのだが、今回はしてもいいと思った。
ヤマダ
「ついてこれるか!?」
操縦桿を思い切り倒し左旋回に入る。下半身に力を入れブラックアウトしないように旋回を続けるがイサカはピタリと着いてくる。ならばと俺は操縦桿を逆に倒しラダーを蹴飛ばして素早く横転した。そのまま右旋回に入る。ここでイサカは一歩遅れた。
イサカ
「くうっ・・・なかなかやるじゃないか!」
ヤマダ
「まだまだァ!」
スロットルを絞って操縦桿を引き機種をあげる。わざと機速を捨てイサカを前へと押し出した。
イサカ
「なっ・・・しまった!!」
慌ててイサカは左旋回へ入るがそれは折り込み済み。ラダーとエルロンで機種を軸に激しく横転していく機体の機種を左旋回をするイサカの方へと向けスロットルを開けた。だがそこに・・・イサカは居ない。
イサカ
「ヤマダ!かかったな!」
ヤマダ
「何!?」
イサカは左旋回と見せかけてすぐに右旋回へと切り返していたのだ。機速を失った俺は空中でほぼ止まった状態でイサカに腹を見せる事になった・・・完敗だ。イサカは得意気な顔をしてこちらを見る。
イサカ
「ふふ、惜しかったな。」
ヤマダ
「やっぱ君にはかなわねぇよ・・・」
イサカ
「相手をよく知る人間の前での騙し技は自殺行為だぞ。」
ヤマダ
「引っかかると思ったのに・・・」
イサカ
「ふふ、相手が私じゃなければ騙せていたな。」
ヤマダ
「さすがだぜ・・・」
イサカのいたずらな笑顔が俺にはとても輝いて見えた。とても・・・とても眩しい、今俺が乗る二一型は妻の力がなければ今此処に無かった・・・俺はイサカに一生頭をあげることの出来ない借りを作ってしまったわけだ。
イサカ
「ヤマダ、帰ろう。」
ヤマダ
「ああ・・・帰ろう。それとイサカ。」
イサカ
「どうした?」
ヤマダ
「ありがとう。」
イサカ
「ふふ・・・気にするな。」
・・・・・・エアショー当日
エアショーの観覧者には、どうやって招待したのか謎なくらい綺麗にコトブキ・ハルカゼ・アカツキ・イサカとレミ以外の幹部・カナリアの皆が居る。俺はマスクとサングラスをかけエアショーの一般観覧者に混じって皆の会話を聞いていた。
キリエ
「やっぱりAI-1-129は滑走路のどこにも無いね・・・」
チカ
「アイツほんっとバカだよ・・・」
エンマ
「イサカさんもやり切れないでしょうね・・・」
ユーカ
「未だに信じられないよ・・・ヤマダさんが居ないなんて」
エリカ
「エアショーの時は意気揚々と準備していたものね・・・」
レンジ
「ヤマダのやつ・・・ったく、バカがよ・・・」
リガル
「死に方が美しくないわよ・・・いや、もしかしたら最高に美しい散り方をしていたかもしれないわね。」
ローラ
「ヤマダ・・・あいつ・・・」
ニコ
「・・・惜しい人間を亡くした。」
リッタ
「ヤマダさん・・・居ませんね・・・」
シノ
「いっつもなら機体の整備をしながら話しかけてきてたのにね・・・」
生きているのが申し訳ないとはこういう時に使うのだろうか、いや絶対に違う。いつもの格納庫に駆け戻るとイサカ、レミ、クロの乗る予定の機体の準備をしていた。
レミ
「いっしし、全員騙せてるっすよ〜」
イサカ
「大成功と言えば大成功だな。」
レミ
「今日はあたしが61-120っすよ〜、なんか五二型だと気合いが入るっす〜」
ヤマダ
「そりゃ嬉しいな。もういつでも出れるぜ。」
レミ
「さすが、準備が早いっす〜」
三機を送り出す。AI-3-102、X-133、61-120だ。今回はショーの時間はそれほど長くはない。
ヤマダ
「61-120で二一型と二二型に速度を合わせられるあたりレミやっぱ相当上手いな・・・」
編隊を組んで・・・と言いたいところだが三機編隊の形にはなっていない。イサカの隣が不自然に空いている。その理由は・・・言うまでもない。
リキヤ
「さあ、三機の軽やかな動きを見て頂いたところで本日の目玉は実は別であります!」
リキヤはナレーションが上手い、失礼だが意外な一面だ。ちなみにリキヤ達後輩搭乗員とキヨシ達整備班はAI-1-129の事は知っているが俺が生きていることはまだ知らない。俺は飛行眼鏡を首にかけ、AI-1-129を格納庫の外へと押して行った。観客席からここは死角でギリギリ見えない。翼端を伸ばすと発動機を回した。
カラカラッカラ・・・バラバラバラバラ!!!!
タキシングしながらゆっくりと、観客に機体を見せつけるように左右に振って滑走路に行く。今日の主役は俺だと言わんばかりに発動機の試運転も兼ねてスロットルを煽った。
リキヤ
「胴体着陸をした機体の残骸を丁寧に回収し、必要部品は全て新造して今此処に復活しました。零式艦上戦闘機二一型、AI-1-129!!!」
ラダーとブレーキを操作しながら風防を開け、飛行眼鏡をかけると座席をめいいっぱい上げた。一般観客は機体に、そうじゃない観客は・・・皆立ち上がり搭乗員に目を引かれている。
ヤマダ
「へへ、なんか嬉しいな。」
観客席の前をタキシングする時、大きく観客席に向けて手を振った。飛行眼鏡をかけてはいたが、何人かは俺だと認識できただろう。俺は滑走路の端で止まる。
リキヤ
「さあ、新製AI-1-129はどんなフライトを見せてくれるでしょうか!今テイクオフです!!」
俺はフラップを下げスロットルを開けた。ラダーを踏んで機を真っ直ぐに保ち機速140km/hで操縦桿を引く。AI-1-129はフワリと浮いた。フラップと主脚を上げ少し上で編隊を組んでいる三機の所へ上がる。
レミ
「派手な登場しちゃって〜」
クロ
「じゃあ俺とレミは降りるぜ、あとは任せた。」
ヤマダ
「ああ、任せといてくれ。」
レミとクロが降りて行く。
リキヤ
「61-120とX-133はここで退場となります。演技お疲れ様でした。皆さん拍手をお願いします!」
観客席からは拍手が起こる、だが「招待席」の皆は唖然としていた。そういえばイサカはリキヤに「ヤマダさんの乗ってらしたAI-1-129・・・良ければ俺に操縦させて下さい。」と言われ、断るのに困っていたそうだ。リキヤは誰がAI-1-129の操縦席に納まっていると思っているのだろう。
リキヤ
「それでは!!ユーハングで活躍した機体を完全に復元しもう一度空を飛ぶことが出来たAI-3-102、機体を完全に新造し生まれ変わったAI-1-129の超低空機動をとくとご覧あれ!!!」
俺とイサカは手筈通り高度を思い切り下げ、観客席のそばをローパスした。超低空、低中速ならば零戦は世界のどの機体よりも軽く動く。
イサカ
「右!」
ヤマダ
「左!」
二人離れるように急上昇をすると、空中でまた編隊を組む。R1830用のプロペラブレードはもっと大きい、だができるだけ外観を壊したくなかった俺はプロペラを短縮しリシェイプして形状を整えた。そのため発動機のトルク分加速性能は上がったが最高速度は普通の零戦二一型と大差ない。
イサカ
「ヤマダ、あれやるぞ。」
ヤマダ
「何周する?」
イサカ
「一周一発だ!」
イサカがスロットルを押し込み俺の隣に並ぶ、俺達は軽くバンクを振りそれを合図にフットバーを踏み込んで宙返りに入った。二一型で思い切り操縦桿を引けば小さな旋回半径で華が無い。すこし浅めに操縦桿を引いた。昇降計が激しく動き機速が落ちるが、大面積の主翼のお陰で失速はしない。頂点を越えてしまえば重力によって加速し機速は戻る。隣を見るとイサカはピッタリと寸分のズレもなく横に居た。
リキヤ
「美しい機動を見せて下さいました!!AI-1-129とAI-3-102でした!!!」
俺はイサカと編隊を組み会場の上を飛んでいた。俺はそんなつもりは無かったが、驚いたような不安なような顔をしていたのだろう。
イサカ
「どうした、そんな驚いた顔をして。」
ヤマダ
「なんでも・・・ないよ。」
イサカ
「安心しろ、私は何時までもお前のそばに居る。」
俺は自分の頬を抓った。実は今は全て夢かもしれない・・・そんな一松の不安が頭をよぎったがそんなことは無い。
イサカ
「ふふ、何をしているんだ。降りるぞ。」
編隊を崩さないようにスロットルを絞って減速し脚を出す。その後フラップを出し三点で着陸をした。タキシングをして格納庫前に戻ると機体を軽く洗い、一般観客が帰るのを待ってから「招待席」の人達をこちらへとイサカが呼んだ。だが俺はそれを聞き逃していたのでAI-1-129の機体を磨いている時に皆が来たのだ。
ヤマダ
「綺麗に磨いてやっかんな・・・」
そうして胴に描かれた日の丸を布で磨いている時に俺は皆の声を聞き振り向いた。その時俺は相当にやけていたらしい。
キリエ
「うわっ・・・このニヤケ顔は本物だね・・・」
ケイト
「ケイトは驚いている。」
ザラ
「いや・・・ホントこんな事ってあるのね・・・」
ベル
「とにかく良かったわ・・・」
アカリ
「ほんと変な人だね・・・」
ベッグ
「こんな機体作ろうとするのヤマダくらいなのだ〜」
ロイグ
「ほんっとに、イサカと再開した時はこれでもかってくらい泣いてた癖に今は笑ってるわ・・・」
モア
「ロイグ、もしかしてずっと知ってたんですか・・?」
アコ
「良かったです・・・本当に良かった・・・」
シノ
「後で一発殴ってやるわ・・・良く生きていたわね。」
AI-1-129と俺は皆に囲まれ質問攻めにあった。ローラとニコはレミに事情を聞いていたが俺は明日にでもキッついお叱りを受けるだろう。考えたくもない。俺はまず隠していたことを詫び、今は体になんの問題もないことを伝えた。しばらく皆と会話していたが皆仕事の合間を縫ってきてくれていたのでぼちぼちと帰っていった。皆帰り俺は一人になった。
「よっし、皆帰ったかな?」
イサカとレミは他の幹部たちと飲みに行き、整備班たちは仕事を終え自由時間に入っていたので今はこの滑走路を俺が一人で使える。俺は天日干しをしていたAI-1-129を滑走路の端まで押してゆき機体に乗り込んだ。
「ふぅ~・・・メインスイッチ断!燃料タンク胴体内良し!」
発動機を回し5分ほどアイドリング状態で暖気運転をする。エアショーでかなり高負荷運転をしたにもかかわらず異音も少しのばらつきもない。すすを飛ばすためにスロットルをあおり異常、異音が無いことを確認すると離陸滑走を始めた。操縦桿を押し尾部を浮かせると、速度が乗ったのを確認し操縦桿を引いて離陸した。
「脚上げ良し。オイル冷却シャッタ全開。回転数異常なし。プロペラピッチ低固定。吸入圧力問題なし。」
計器類を確認し高度500mほどに上ってから一通り飛び回る。300キロ以下の零戦の操縦桿は軽く一人で飛ぶ空はとても気分がよかった。
完