著 やま
夏のすごく暑い日、格納庫には冷房が無いので汗だくで作業していたが、日中についに我慢出来ず俺は部屋に駆け込んで冷房をつけた。
「うぁぁ〜生き返るぅ・・・」
涼みながら部屋でゴロゴロしていると、イサカが入ってきた。
「格納庫に居ないから何事かと思ったらこんな所にいたのか、それにしても暑いな。私も少し涼もう・・・」
イサカも腰を下ろす、
「で、何かあったのかい?」
「ああ、これなんだが・・・」
イサカに見せらた紙は零戦限定エアレースの広告だった。
「これがどうかしたか?」
「いやその・・・ヤマダ、お前出る気は無いか?」
「俺が!?」
いつもこういう事はイサカの役目だ、それに俺はレースに出るようながらでは無い。断ろうとも思ったが・・・
「頼む!ほかのレースみたいな空中目標とタイムの合算なら私は得意だが、今回は純粋な順位を決めるレースなんだ・・・」
「そういう事か・・・ん?」
そこのレギュレーションには機銃の搭載はそのままで良いという事しか書かれていない、これは・・・
「イサカ、これって発動機はなんでもいいのか?」
「ああ、その辺は何も聞いていない。」
「じゃあAI-1-129で出るかな。」
そうして俺達は部屋を出るとAI-1-129の格納庫へと行く。こんなこともあろうかとではないが、俺はこいつに一つこだわりを盛り込んでいた。
「へっへ〜 イサカ、見てくれよコレ!」
俺が持ち出したのは主翼20ミリ発射口が埋められた外板パネルと二本の導風管だ。
「なんだ?これ・・・」
「まあ見ててくれって」
俺は主翼の20ミリ機銃を外し、パネルを付け替えた。そして操縦席に乗り込み7ミリ7機銃を外すと、二本の管をはめ込んだ。これでプロペラ後流を顔に当てていつでも涼むことが出来る。ついでに九八式射爆照準器もはずした。
「そういう事だったのか・・・」
「これだけで零戦はだいぶ軽くなるぜ〜」
俺は別に零戦に機銃が必要だとは思っていない。零戦の価値はそれでは無いと思うからだ。この物騒なイジツの空では無理だが、もし可能であるならば零戦からは機銃を全て取り払って飛行機として全力で飛べるようにしてやりたい。
「なんだか・・・嬉しそうに見えるな。」
「ん?」
「いや、私は零戦には機銃ありきだと思っていたが・・この機体は何か機銃を下ろされた事で積年の重みを全て捨てたような・・・そんなふうに見える。」
「零戦は敵を一機でも多く落とす為に生まれた戦闘機だが・・・自衛のための戦闘以外殆どなんの意味も成さないこのイジツでは、俺はこいつに純粋な飛行機として飛んでいて欲しい・・・そう思うんだ。」
「優しいな・・・お前は。」
「・・・偏屈なだけだよ」
「マフィアの一員のくせに銃は嫌いで空戦も嫌い、零戦の機銃も別にあってもなくてもどっちでもいい・・・」
「改めて言われると相当に変だな・・・ハハ・・・」
「その癖に私の事になるとすぐムキになって・・・すぐ怪我して・・・すぐ私を守ろうとして・・・自分の大切にしてた機体すら壊してまで私を守って・・・」
イサカが俺を抱き締めた。身長差がほとんど無いので彼女の顔は俺の顔の横に来る、綺麗な耳飾りを横目に俺はイサカを抱きしめ返した。
「本当に・・・よく帰ってきたな・・・ヤマダ・・・」
「イサカ・・・本当に心配かけたな・・・」
すると格納庫の扉が急に開いた。
「ヤマダーっ!ちょっとご相談なんっすけど〜!」
俺とイサカはサッと離れた。
レミ
「あっ・・・お邪魔しちゃったっすね〜」
イサカ
「で・・・なんだ、レミ」
レミ
「イサカ、目が笑ってないっすよ・・・」
ヤマダ
「で、ご相談ってなんだい?」
レミ
「このレースの事なんっすけど〜」
そうしてレミが持ってきたのはイサカに見せられたのと全く同じ広告だった。この広告はタネガシ中にばらまかれでもしているのか・・・
レミ
「でね、そのー」
ヤマダ
「どっちを使う? X-133か61-120か」
レミ
「話が早くて助かるっす〜 ヤマダはやっぱりAI-1-129なんっすか?」
ヤマダ
「ああ、それに今回のレースは航続力と速さ両方を競うロングランレースだ。増設燃料タンクがあるAI-1-129の方が有利だからな。」
レミ
「いやその〜最初は出ようと思ったんっすけど、ヤマダが出るならいいかなって・・・」
イサカ
「なんだそれ・・・」
レミ
「だって・・・あたしが出るよりヤマダが出る方が勝てそうじゃないっすか?」
ヤマダ
「俺はそういうの苦手なんだけどな・・・」
だが妙だ、何時もならこういうレースにはホイホイ出ない。それに俺にわざわざ選手として出てくれということは本当に滅多に無い・・・
レミ
「イサカ・・・このレースっすよね」
イサカ
「ああ・・・八百長疑惑がある問題のレースだ。」
ヤマダ
「まてまてまてまて、八百長!?」
悪いがそんなレースはまっぴらごめんだ。
イサカ
「ああ、前々から順位が綺麗に決まりすぎてて八百長疑惑があってな。一応この付近のエアレースのケツモチも私達だからちょくちょく注意してはいたんだが・・・」
レミ
「一回見て見ないとって訳っすよ。ちょうど今回私達以外にも新参が一人いるみたいでね。タイミングもバッチしって訳っす〜」
ヤマダ
「そういうことかよ、大変な話を引き受けちまったぜ・・・なあ6544」
レミ
「その機体に話しかける癖、どうにかした方が良いっすよ・・・」
三日後・・・
結局俺はAI-1-129で出ることにした。当日会場に行くまで大した距離ではなかったが、機銃を下ろしてある俺をイサカとレミが援護してくれた。
ヤマダ
「やっぱ機銃を下ろした零戦は軽いぜ〜」
バンクをふって軽い操縦性に感動していると、イサカの声が響いた。
イサカ
「落ち着いて飛べないのかお前は!」
レミ
「まぁまぁ、たまには良いじゃないっすか〜」
イサカ
「まあ・・・仕事柄機銃を下ろした機体なんて乗れないからな・・・」
レミ
「それに今日は久々に空戦しなくていいんっすよ〜?たまには緩く行きましょうって。」
そう言いつつゆっくりと飛んでいるとスタート地点となる飛行場が見えてきた、流石にエアレース会場と言うだけあって綺麗に舗装されている。主脚に負担をかけたくなかったので二点着陸をした。
ヤマダ
「すげー、めっちゃ綺麗なとこだぜここ」
イサカ
「当たり前だ、私達が金を出して整備したんだからな。」
レミ
「じゃああたしはちょっと主催者と話してくるんでお二人さんは待機場所に行っといてくださいっす〜」
ヤマダ
「りょーかい」
バラッバラッバラッバラッ・・・
周りと少し違う音を響かせAI-1-129を待機場所へ連れて行く。しばらく冷却運転した後発動機を止めて俺は機体から降りた。
ヤマダ
「ふぃー、着いた着いた。」
そうして汗を一拭いするとすぐに全員に渡される増槽を装着する。この増槽と機体内部の燃料タンクを全て使い切ってしまう勢いで零戦の航続距離ギリギリの3490kmを往復するコースを飛ぶのだ。飛ばないといけない空域には赤い煙が地上から上がっている。高度はどこを飛んでも構わないが、ある程度の上空にはレース主催者が雇う監視役がおりショートカット等不正は出来ないようになっている。
イサカ
「ヤマダ、燃料入れ終えたぞ。スタートまであと二時間ほどあるし機体の簡単な点検は済ませておくからお前は休んでおけ。」
ヤマダ
「ありがとう・・・助かるよ。」
そうして冷房の効いた休憩室にでも行くかと思って歩いている。他の参加者の機体をザーッと見たがどれも速力があり軽量な五二型無印で、12mの主翼を持つ零戦は何処にもいなかった。
ヤマダ
「まあ・・・そりゃそうだわな・・・」
よく五二型で航続距離が減ったと言われるが、実は外翼燃料タンクのお陰で大して航続距離は減っていない。栄二一型・三一型甲発動機で燃費が悪くなったと言われるがそれはあくまで全力運転時のみで、巡航速度での運転時はほとんど燃費は変わらない。
ヤマダ
「悪いとは思わねえけど、みんな一緒だと芸がねえやな・・・ん?なんだあの人だかり」
一機の零戦のまわりに多くの人間が集まっている。俺もその傍に行ってみるとなにやら揉めているようだ。
「発動機が違う機体なんて参加していいわけねえだろ!」
「こんな機体見た事ねえぞ!?」
発動機が違う・・・心当たりありまくりだがとりあえず見て見なければ始まらない。俺は人だかりの隙間を抜い機体の側へと行く。
「ですから、この機体はユーハングで実際に試作された機体で・・・」
パイロットらしき人間の戸惑った声も聞こえてくる。俺は機体の見える場所に立つと成程と手を叩いた。
ヤマダ
「な〜るほど、ロクヨンかァ・・・」
???
「この機体のこと、ご存知なのですか!?」
ヤマダ
「ん・・・よく知ってる。」
パイロット
「こんな事あっていいのかよ!」
パイロット
「発動機が違うってのはどうなんだ!?金星なんて馬力が全然違うだろうが!」
???
「でっですから・・・」
ヤマダ
「ゴタゴタうるせえぞ!」
俺はしりごみするロクヨン搭乗員の前に立ち叫んだ。
ヤマダ
「どうもこうもこいつは零戦だ!!レギュレーションには発動機が何かとかは一切書いてなかった!どんな機体持ち込もうがこいつの勝手だろうが!」
パイロット
「だが・・・こんな機体見たことねえぞ!」
ヤマダ
「なんだ?じゃあレーサーの皆さんは負けるのが怖いのか?」
パイロット
「なんだと!?」
ヤマダ
「そもそもあんたらだって改造して馬力上げたりしてんだ!今更何言おうが関係ねえだろ!」
パイロット
「・・・」
ヤマダ
「とっとと失せろ!レース前の大事な時間に邪魔しにきやがって!」
前の人だかりを散らすと俺はロクヨンの搭乗員の方を振り向いた。俺より少し身長の低い女性だった。
???
「あっあの・・・ありがとうございました!」
ヤマダ
「気にすんな、それよりロクヨンなんてスゲーな。」
???
「ありがとうございます・・・あの・・・」
ヤマダ
「どうした?」
???
「もし良ければ・・・貴方の機体も見せていただいてよろしいですか?」
ヤマダ
「ああ、いいぜ。」
そうして俺はその人を自分の待機場所へと連れて行く。どうも新規参加者と言うのはこの人のようだった。
ヤマダ
「ほれ、こいつだ。」
???
「すごい・・・でも、速度も重要なこのレースで二一型ですか?」
ヤマダ
「ああ、こいつは俺にとってどれよりも『いい機体』なんだ。こいつの発動機はP&W R1830-75 緊急最高出力1400馬力だから長い主翼はハンデにはならないさ。」
そう話していると操縦席で風防を磨いてくれていたイサカが降りてきた。
イサカ
「そんなに手の内を明かしてもいいのか?」
ヤマダ
「な〜に、どうせいつかはバレるんだ。それより君、名前は?」
ミキ
「ミキです。どうしてもこのレースの賞金が必要で参加したんですが、あんな感じで早速自信をなくしてしまって・・・機体の調子もあまり良くないし・・・」
イサカ
「ヤマダ、この人の事情は聞いておいてやるから機体を見てきてやれ。」
ヤマダ
「あれ、珍しいな?」
イサカ
「どうせ私が反対してもお前はこうしただろう?」
ヤマダ
「へへっ、まあな。」
そして俺はロクヨンの元へと走った。
ミキ
「えっあのっ・・・本当にそこまでして頂いて良いんですか・・・?」
イサカ
「気にするな。あいつは・・・ああいうやつなんだ。」
ミキ
「でも・・私は敵だし・・・」
イサカ
「あいつにとってそういうことは関係ないのさ。それより、君が賞金が必要だという理由を聞かせてくれ。なにか力になれるかもしれない。」
俺はロクヨン・・・零戦六四型の元へ行くと簡単に外回りを点検した。異常はない。
レミ
「ヤマダ〜」
ヤマダ
「おうレミ、早かったな。」
レミ
「一応主催者はあたしらとある程度信頼関係のある人間っすからね〜 八百長もその主催者が調べてくれって、それよりなんっすかこの機体。」
ヤマダ
「ミキって人の機体なんだ。調子が悪いってんでちょっと見に来た。」
レミ
「あんたほんと優しいのかバカなのかわかんないっすね・・・とりあえずエナーシャ貸して下さいっす〜」
ヤマダ
「サンキュッ」
そして俺は機体に乗り込むと主要機器の位置を一応確認しレミへと叫ぶ。
ヤマダ
「整備員前離れ、メインスイッチオフ、エナーシャ回せ!」
レミ
「コンタクトーー!!」
バッバッバッバラッバラッバラッ・・・
ヤマダ
「確かにかかりが悪いけど・・・」
俺はスロットルを少し前後に動かしメインスイッチのオンオフを繰り返した。すると
バラッバラッバラッバラッ・・・
火がはいり始めた、あともう少し
バラッバラッバラバラバラバラバラ!!!!
回転が安定した。金星は栄と同じ空冷星型十四気筒だが栄よりボア(シリンダー直径)が10ミリ大きくなっている。これによってより多くの空気を圧縮し爆発させることが可能なので出力が高くなっているのだ。
※ただし金星発動機は瑞星発動機の発展形であり三菱製の発動機であるため、中島製の栄発動機との単純比較は出来ない。
発動機をしばらく回しているといくつかの気筒に火が入っていない感じがした。恐らく調子の悪さの原因はコレだろう。ここに来るまでずーっとスロットルを低い位置で保っていたのだろうか、プラグにすすが溜まっているのだ。
ゴォォォォォォ!!!!
発動機の回転を上げプラグのすすを焼き払う。それをいくらかしてもまだ一気筒火花が飛んでいないようだった。俺は発動機を止め機体から1度降りた。
レミ
「どうっすか〜?」
ヤマダ
「一番下のシリンダーの点火プラグにすすが溜まってる。カウリング外すから手伝ってくれないか?」
レミ
「良いっすよ〜」
結局どこに来ても機体をいじることになるみたいだ。前列一番下のシリンダーにはオイルが溜まりやすく、当然それを焼ききってやらなければすすも溜まる。下側のカウリングを外すとプラグを抜き取った。
ヤマダ
「やっぱり真っ黒だ・・・あれ?この番手って」
俺は急いで自分の待機場所に戻りスペアパーツの箱をあさった。
ヤマダ
「あ、やっぱりこの前買い間違えたやつと全く一緒だ・・・これ使うか」
そしてまたすぐ六四型の元へ戻りプラグを差し替えコードを戻した。これで問題ない筈だ。 俺はもう一度操縦席に乗り込んだ。
ヤマダ
「レミ〜!もっかい頼む!」
レミ
「仕方ないっすね〜」
もう一度発動機を回す。すすを飛ばし一度熱がはいっていた発動機は難なく回り、今回は全ての気筒に火花が飛んでいる。スロットルを何度かあおり発動機を止めて俺は機体から降りた。
レミ
「どうっすか〜?」
ヤマダ
「かなりいい感じだよ、こいつも大事にされてたんだろうな。」
レミ
「じゃああたしらも待機場所に戻るっすかね〜」
ヤマダ
「だな。手伝ってくれてありがとな。」
レミ
「気にしないでくださいっす〜」
俺たちはAI-1-129の所へ戻った。イサカは操縦席に乗り込んでまたなにか準備をしてくれており、ミキは主翼の下の影で涼んでいた。
ヤマダ
「戻ったぞ〜」
そういうとイサカが機体から降りてきた。ミキもこちらに気付いたようで歩いて来た。
イサカ
「ヤマダ、操縦席の下にラムネを入れておいた。そこまで高度は取らないだろうが冷えすぎたら味が落ちるから高度が低い時に飲んでくれ。」
ヤマダ
「ありがとうな。さて・・・こっちも発動機の試運転するか。」
イサカ
「そう言うと思ってプロペラは回しておいた、いつでもいいぞ。」
ヤマダ
「流石イサカだよ・・・そうだ、ミキ。」
ミキ
「はいっ!」
ヤマダ
「六四型はプラグがすすで汚れてただけだったよ。もう全力で飛べる。」
ミキ
「本当にありがとうございました・・・それにイサカさんにはお話まで聞いて頂いて・・・」
ヤマダ
「気にすんな、俺だって唯一まともに競えそうな人間が見つかって喜んでんだ。」
イサカ
「お前の事情もしっかりと聞かせてもらった。そこで提案だが・・・ヤマダ、この子を最後まで引っ張ってやってくれないか?」
ヤマダ
「最後まで編隊を組んでラストスパートで本気の勝負をするってか。」
イサカ
「そうだ、ここで私がお前に負けろと言うのは筋違いだろう。だが最後まで引っ張ってやるという提案ならお前も異議はあるまい?」
ヤマダ
「俺はそれでいい。だがミキ、君はいいのかい?」
ミキ
「エアレースは初めてでそこまでして頂くのは本当にありがたいです・・・是非お願いします。」
ヤマダ
「わかった、ただ最後は手加減しないからな?」
ミキ
「はい、こちらも全力で飛ばせて頂きます!」
イサカ
「ふふ、決まりだな。ヤマダ、そろそろ発動機に熱を入れておいたらどうだ?スタートまであと30分だ。」
ヤマダ
「じゃあお言葉に甘えて・・・レミ、悪いがミキの待機場所に行っておいてやってくれないか?」
レミ
「良いっすよ〜、ミキさん。行きましょうっす〜」
ミキ
「皆さん本当にすみません、何から何まで・・・」
イサカ
「困った時は助け合いだ。」
ヤマダ
「だな。じゃあミキ、スタートラインでな。」
レミ
「さあさ、こっちもこっちで準備しましょうっす〜」
そうしてレミとミキは歩いてゆく。俺は機体に乗り込んで補助ポンプを動作させた。
イサカ
「前に誰もいない、いいぞ!」
ヤマダ
「了解〜!」
ウィィィン・・・バラッバラッバラバラバラ!!!!
一発始動だ、全ての計器類が正常な位置をさしていることを確認し発動機に熱を入れるためにしばらくアイドリングを続けた。
イサカ
「どうだ?異常はないか?」
ヤマダ
「絶好調だよ。発動機も、君が作り直してくれた機体もな。」
イサカ
「そうか・・・お前が安心して乗れる機体になっているのなら本当に良かったよ。」
ヤマダ
「本当にいい機体だよ。それとイサカ、ミキの事なんだが・・・」
イサカ
「ああ、どうも母親が病気で床に伏してるらしい・・・治療のための金にここの賞金をあてにしてきたそうだ。あの六四型はリノウチで亡くなった親父さんの形見で、撃墜された機体を何とか母親が回収して業者に修復を依頼して今に至るらしい。」
ヤマダ
「ん・・・?リノウチで撃墜された機体?」
イサカ
「ああ、そう聞いている。」
ヤマダ
「そりゃ変だな。あの六四型の胴体や操縦席の部材は比較的最近のヤツだ、リノウチの時から飛び回ってるにしては綺麗すぎる。」
イサカ
「何・・・ ?ならミキは騙され続けていたのか?」
ヤマダ
「恐らく母親が機体を回収したのは本当なんだろう、ただ・・・恐らく機体の修復はできなかったんだろうな。」
イサカ
「じゃああの機体は・・・別物?」
ヤマダ
「発動機は年季が入っていた、恐らく境遇としてはこいつと似てるんじゃないかな。」
イサカ
「発動機とカウリング、使える部材は父親の機体からだが機体のほとんどは新造・・・か」
ヤマダ
「恐らく・・・まあ幸い機体はしっかりしていたし発動機にも異常はなかった。世の中には知らない方が幸せな事もあるさ。」
そしてスタートまで5分となった、待機場所から滑走路へ向け順に案内される。俺とミキは新参という事で一番後ろに並べられた。まあ当然だ。
スタート3分前、合図と共に皆が発動機を回し始める。どの機体もエナーシャ始動のようで整備員達がプロペラの隙間を縫って走り抜けていく。俺はセルモーターで発動機を回した。最後までそばに居てくれたイサカともしばしの別れだ。
イサカ
「じゃあ・・・気を付けてな。」
ヤマダ
「今回はそんな心配しなくても大丈夫さ、それより・・・八百長疑惑、しっかり調べてくれよ?」
イサカ
「ああ、任せろ。」
ヤマダ
「へへ・・・まあもしやってても今回の八百長は失敗だな。」
イサカ
「お前が勝つ、か。」
ヤマダ
「当たり前だ、二一型の実力見せてやる。」
イサカ
「ふふ、お前らしい。じゃあしっかり頼んだぞ!」
そう言ってイサカは車止めを持って離れて行く。俺はそれを見送るとシートベルトと落下傘を今一度確認しスタートの合図を待った。
バサッバサッ・・・!!!!
大きな緑の旗が振られる。スタートだ。
ヤマダ
「っしゃ・・・行くぜ!」
スロットルをあけ前で急加速するレーサー達に続き離陸する。飛行空域には前述の如く赤い煙が上がっている。俺は順位をわざと上げずいちばん後ろの機体の後ろにピタリと張り付いて上昇していた。すると手筈通りミキが横に並んだ。
ミキ
「ヤマダさん、よろしくお願いします。」
ヤマダ
「ああ。さって・・・ミキ、俺の後ろに付いてくれ。」
ミキ
「え、後ろですか?」
ヤマダ
「ああ、君の機体は俺の機体より燃費が悪い・・・君の機体の空気抵抗は俺が受け持とう。」
スリップストリーム・・・ミキの機体の受ける空気抵抗を俺が前で負担することによって向こうの機体の燃費向上が図れる。俺が前のレーサーの機体にビタビタに張り付いている理由もそれだ。すると前で一悶着ある。
ガッ!ガッッ!!
横並びになっていた機体が接触し始めたのだ。これ以上下位集団で紛れているのはこちらも巻き込まれる危険がある。
ヤマダ
「ミキ、君は今何速を使ってる?」
ミキ
「この高度ですからまだ一速です。」
ヤマダ
「了解、じゃあもう増槽の燃料を使い切る勢いでスロットルを開けていい。二速に変えろ、高度をとって一気に前に出るぞ!」
ミキ
「はい!!」
俺は操縦桿を引き高度を取った。ミキもそれに続く、高度を上げると空気が薄くなり燃費が上がるが機動性が悪くなるのでレーサー達は3000mほどの中高度で飛んでいる。
ミキ
「だいたいどのくらいまで高度を?」
ヤマダ
「6000mくらいかな。」
ミキ
「了解しました。」
R1830は二段二速過給器だ、6000mほどまで上昇しても二重のスーパーチャージャーのお陰でまだ変速をする必要はない。もっともそれは今回のような空戦を伴わない時だけだが・・・そうこうしていると高度6000に到達した。
ミキ
「6000mまで初めて上がってきました・・・雲の上からはこんなふうに見えるんですね。」
ヤマダ
「ああ、綺麗だろう?」
ミキ
「はい!」
プロペラピッチをフリーに、スロットル開度50パーセントで他の機体の巡航速度より早く設定する。空気が薄いことも相まって速度が乗る。これが出来るのは俺の機体には重量調整の為に増設燃料タンクが、ミキの六四型には水メタノールタンクによる容量減少対策の為の増設燃料タンクがあるからだ。
ミキ
「増槽タンク捨てます!」
ヤマダ
「こっちもだ。お荷物捨てりゃ更に速度がのるぞ!」
使用燃料タンクを外翼燃料タンクに切り替える。俺の機体は胴体内燃料タンクの容量145リットルに加え左右翼内燃料タンク合計440リットル、外翼燃料タンク左右合計80リットル、増設燃料タンク152リットルの合計817リットルの燃料を搭載出来る。これに330リットル増槽燃料タンクを加えれば優に4000kmは飛び続けることが可能だ。これは零戦二二型の単純航続距離にも優に勝る。
ほとんど操作の必要が無くなったししばらくは飛び続けるだけなので俺は無線を切った。そして操縦席の下からラムネを取り出し栓を開けた。
ヤマダ
「まさか・・・この機体で、この塗装で、もう一度飛べるとはな・・・」
正直不時着した時はもうダメだと思った。いくら俺でもあそこまでクシャクシャに潰れた胴体から復元は出来ない・・・だがイサカは、俺の妻はそれを代換新造という手段でやってのけた。
ヤマダ
「イサカ・・・この機体を特注するの高かっただろうに、新品にした方が安く済むのにわざわざあんな歪んだオレオを修理して、翼端折り畳み機構だって一緒に作ってもらった方が早かっただろうに・・・」
ラムネを一口飲む、その時ふと思いついて座席の下にもう一度手を滑り込ませると何かの箱が手に当たった。
ヤマダ
「何だ・・・?これ」
取り出して見るとそれは懐中時計の箱だった。箱を開けると俺がずっと持っていた機銃弾を受けた懐中時計がピカピカに修理されて入っていた。イサカが治してくれていたのだ。だがいつの間に・・・すると箱の奥にメモ書きがあるのを見つけた。
壊れた時計を持っていても仕方が無いだろう。修理しておいた、これからも大切にしてくれ。
ヤマダ
「ったくよ・・・どこまで完璧なんだ・・・」
レミに聞いたが、イサカはクシャクシャに潰れたAI-1-129を見てまっさきに「なおす」と言ったそうだ。普段なら非効率な事はとことん合理的に行くイサカが、目の色を変えてそう言ったそうだ。
ヤマダ
「このレース、絶対に負けねえぞ・・・!」
機体をひっくり返し下をよく目を凝らして見てみると、先頭集団に追いついたようだった。もうすぐ折り返し地点、折り返した瞬間に高度を速度に変え一気に前に出る!俺は無線の電源を入れた。
ヤマダ
「ミキ!もうすぐ折り返し地点だ!折り返しで旋回したら高度を速度に変えて先頭集団の前にでるぞ!」
ミキ
「了解しました!」
ヤマダ
「折り返し地点を超えてしばらく行けば渓谷に入る・・・そこで一気に後ろを引き離す!」
ミキ
「はい!!!」
折り返し地点の黄色い煙が見えた。それを目印に機体を傾けラダーを踏んで機種を向けてエレベーターを引き旋回する。それと同時に降下を始めた。先頭集団の前に出るべくどんどん加速していく。
ヤマダ
「ミキ・・・相手はアンダーグラウンドな連中だ。もしかしたら機銃を打ってくる可能性だってある。」
ミキ
「はい・・・」
ヤマダ
「覚悟は・・・いいかい?」
ミキ
「はい・・・私はどうしてもこのレースで勝たなければならないんです!」
ヤマダ
「よし・・・行くぞ!!」
雲を突き破り先頭に躍り出る。それと同時に渓谷区間が始まった、更に降下し渓谷に飛び込むと迫り来る岩壁の合間を縫い飛ぶ。
ヤマダ
「くっそ、思ったより狭い!」
機体を水平にする場所をよく考えなければ主翼の長い俺の6544は簡単に翼端をぶつけてしまう。俺とミキの後ろに張り付いているレーサー達はお構い無しに岩壁に主翼を接触させているが俺はそんなのは御免だ。
ヤマダ
「よ・・・っと、動きが軽いぜ!」
主翼内の燃料タンクをほとんど使い切り、今使っているのは増設燃料タンクの燃料だ。主翼内に機銃や燃料といった重量物が無い分軽くロールする。すると・・・
ダダダダッッ!!!
いつの間にかミキを追い抜かしたレーサーが俺に機銃を打ったのだ。
ミキ
「ヤマダさん!!!」
ヤマダ
「ったく・・・レースでしょうもないことしやがって、こっちは丸腰だぜ!?」
そうして俺は操縦席を引き機首を上げるとスロットルを絞った。機首が急に引き上げられた事によって主翼がエアブレーキの役割を果たしレーサーの機体に俺の機体が急接近する。レーサーはビビって避けたがそれによって岩肌に機体を激しくぶつけた。
ヤマダ
「バーカ、喧嘩売るなら相手選べってぇーの。」
スロットルを多めに開け再度先頭へ躍り出る。そこではミキが奮闘していた。とても綺麗に飛ぶ・・・正直空戦機動を除けばコトブキのキリエに匹敵するほどの正確さだろう。俺でもあれほど一瞬で機体を真っ直ぐに戻すことは出来ない。
ヤマダ
「すげえな・・・けどまだまだ甘い!」
綺麗な飛行とはつまりスキの塊。機体を戻すために一瞬速度が落ちた所を狙い俺はプロペラピッチを下げて前に出た。
ミキ
「うわっ!!」
ヤマダ
「すまん!遅れた!!」
ミキ
「いえ・・・大丈夫でしたか!?」
ヤマダ
「ああ、にしても君は綺麗に飛ぶな。」
ミキ
「飛行機は好きでしたから・・・母によく教えて貰っていました。」
ヤマダ
「教材が六四型か・・・羨ましいぜ。」
するとまた後ろからレーサーが追い上げてきた。俺は渓谷の隅で落ちてきそうな岩石を見つける。少々危険だが追っ手をまくには致し方なし・・・あれの下を行く!
ヤマダ
「ミキ!俺の後ろを離れるなよ!」
ミキ
「はい!!」
スロットルを開け岩石の下をくぐる。ここをくぐれば次のコーナーへのアプローチで速度を載せれる、ただし岩石が落ちればアウトだ。フットバーと操縦桿を微調整し機体を適正な角度に傾け岩石の下をくぐり抜けた。
ヤマダ
「よっし!」
ミキ
「抜けました!」
すると次の瞬間・・・
ゴゴゴゴゴ・・・!!
地響きと共に岩石が落下した。俺たちとおなじ所を抜けようとしたレーサー達が数機巻き込まれそれを見たレーサーは一度上昇して迂回しなければならなくなった。これでかなりの足止めになる。
ヤマダ
「さって・・・あとすこしすればゴールだ、ミキ。」
ミキ
「わかっています・・・勝負です!!」
ヤマダ
「っしゃぁ!!!」
俺は空になる増設燃料タンクから最後まで温存していた胴体内燃料タンクにタンクを切り替えピッチを低で固定しスロットルを開けた。ゴールまであとわずか・・・燃料はあと数分持てばいい、ミキも状況は同じだ。無線を切って迫り来る壁に沿うように旋回を繰り返す。ミキは俺が最初にやったようにスリップストリームにつき抜かすスキを伺っていた。
ヤマダ
「よくついてくるな・・・だがこれはどうかな!」
S字のコーナーを機体を縦にして一つのコーナーに見立て旋回する。風防のすぐ外に岩肌が来るがひるまず操縦桿を引き渓谷から飛び出した。あとはゴールまで直線だ。もう飛行場が見える
ヤマダ
「どうだ!!」
「!?」
ミキは俺の機動について来ていた。そして最後の直線になった瞬間、ミキはスリップストリームから外れ俺の機体のま横に並んだ。俺は自然と顔がニヤける。
ヤマダ
「そう来なくっちゃ・・・どっちの機体が優速かな!!」
イサカ
「二機同時に渓谷から飛び出した!!」
レミ
「ミキさんがヤマダにピッタリ食いついてるっす!」
イサカ
「ヤマダ・・・勝てよ・・・!!」
レミ
「ああっ!ミキさんがヤマダに並んだっすよ!!」
イサカ
「何!?」
ヤマダの機体とミキの機体はどんどん近づいてくる。チェッカーフラッグを持った人間の手に血管が浮き出た瞬間・・・ミキの機体とヤマダの機体がほとんど同時にゴールラインを駆け抜けた。
バサッバサッ・・・!!
私は審査員の声を待つ・・・ヤマダかミキか、どっちの方が先にゴールラインを超えたか・・・
俺はスロットルを開け250mmHgのブーストを得て直進した。だがいくら馬力で勝っているとはいえ主翼面積による抵抗はどうしようもなく、また六四型の推力式単排気管とスリップストリームの影響もあってミキの目線が俺より少し前にでる、その瞬間チェッカーフラッグが振られた。・・・俺の負けだ。
ヤマダ
「ふぃ〜・・・やっぱ零戦はすげえや。」
そして俺たちは指定された滑走路に降り発動機の冷却運転をし念の為カウルフラップを全開にして発動機を止めた。俺は機体から降りると6544のカウリングを軽く触る。
ヤマダ
「ごめんな・・・無理させちまったな。ありがとうな。」
もしかしたら空戦機動よりも発動機には負荷がかかったかもしれない。機体への不可もかなりのものだ。それでも6544は不具合ひとつ出さず俺に着いてきてくれた。
ヤマダ
「これからも一緒に飛ぼうな。6544いや、AI-1-129よ。」
すると観客席からイサカが走ってきた。そして俺に近付くと服の裾を掴んで悔しそうな顔をしていた。
イサカ
「負けるんじゃない・・・馬鹿者・・・」
ヤマダ
「やっぱり負けだったか・・・ごめんな、イサカ。」
イサカ
「いや、いいんだ。お前が無事に帰ってきてるんだから・・・それでいいっ」
イサカは俺に抱き着いた。俺も抱きしめ返す。確かに無事にイサカの元に帰ったのは久々だ・・・危険はほとんど無い任務だったが、イサカの顔を無事に見れるという幸せを噛み締めずにはいられなかった。
ヤマダ
「イサカ・・・」
イサカ
「ラムネ・・・ちゃんと飲んだか?」
ヤマダ
「ああ、すごく美味かったよ。」
イサカ
「よし・・・それでいい。」
するとミキとレミが歩いてきた。
ミキ
「ヤマダさん、ありがとうございました。私が勝ったというのが信じられません・・・最後まで引っ張ってくださったあなたのおかげです。本当にお世話になりました。」
ヤマダ
「俺のおかげだなんてとんでもない。最後までスロットルを開け続けた君の執念の、そんな君に最後まで応えてくれた六四型の勝利だよ。これは君の討ち取った勝ちだ。おめでとう。」
そして俺たちはゴールラインの方へと戻り全員が帰ってくる所を見届けた。皆の支度が整うと表彰が行われ、表彰台の一番高い所にいたのは当然ミキだった。ミキは賞金と優勝カップを受け取り皆に祝福されレースは終了した。
ヤマダ
「まあ、ロクな使い道もねえ俺に賞金が来るよりこの方が良かったのかもな。」
イサカ
「私としてはお前に勝って欲しかったぞ・・・」
ヤマダ
「ん?なんだって?」
イサカ
「何でもない!!!」
ヤマダ
「そっそう・・・?それより八百長はどうなったんだい?」
イサカ
「ああ、やはり何人かのレーサーが関わっていた。お前、レース中に後ろから撃たれなかったか?」
ヤマダ
「何度か確かに撃たれた。」
イサカ
「そいつが今回勝つ予定だったんだ。名簿から名前も判明してる・・・どうするかはお楽しみだ。」
ヤマダ
「ひええ・・・考えたくねえや。そういやレミとミキ、どこ行った?」
イサカ
「そう言われてみれば・・・」
二人でキョロキョロしながら機体の元に戻っていると飛行場の建物の影からミキの声が聞こえてきた・・・だがかなり焦っている。俺とイサカは死角から近付いて話し声に耳を立てた。
ミキ
「そんな・・・治せないってどういうことですか!?」
???
「これっぽっちの金じゃ治せない・・・ということですよ。」
ミキ
「そんな・・・でも最初はこのお金でいいって、だからここまで回収しに来てくれるって・・・」
???
「この金は今までの診察費です。手術をして欲しいならあと数百円ポンドは頂かないと。」
ミキ
「話が違います!それならそのお金も返してください!」
???
「あら、よろしいのですか?そうなると今までの診察費をふみたおす・・・ということになりますが」
ミキ
「そんな・・・」
俺はその話を聞いていて、すぐにでも飛び出して医者らしき人間をとっちめてやろうと思った。飛び出そうとしたその時イサカに手を引かれた。
ヤマダ
「いってーー!」
イサカ
「しっ!それよりあっちを見ろ。」
イサカが指さす方を見るとレミが銃を抜いて医者らしき人間の頭を狙っている。するとレミはこちらに手信号を送ってきた。
奴 ヲ 撃ツ 合図デ 彼女ノ 目ヲ 塞ゲ
俺とイサカは二人同時に了解の手信号を送り、合図を待つ。しばらくするとレミが手を挙げた。
イサカ
「今だっ」
イサカがミキを引き寄せ俺がミキの視界を防ぐように立ち塞がった。その瞬間銃声が響く。
パーーンッ・・・!
ミキをイサカに任せ俺とレミは男の死体に駆け寄る。レミが放った銃弾は見事に男の脳天を貫いていた。
ヤマダ
「ひっえぇ・・・」
レミ
「どうせこんなこったろうと思ったんっすよ。」
どー見てもフツーの拳銃で正確に脳天を貫く眼力、流石マフィアのトップをハッているだけの事はある。この眼力が操縦性の良い零戦と組み合わさるのだ・・・そりゃあれだけ正確な命中率にもなる。
ヤマダ
「コイツそんなに悪どいやつだったのか?」
レミ
「さっき見たでしょ? 大した腕も無いのに貧しい人間に金だけ要求するクズっすよ。よっこいしょっと」
レミはいつもの手袋をはめ男の手から金の入った封筒を取った。
レミ
「ヤマダ、悪いんっすけどこの死体の頭と血溜まりを隠しといてもらっていいっすか〜?」
ヤマダ
「生々しいお願いだな・・・いいけどよ・・・」
そしてレミは封筒を持ってミキの元へ歩いていった。
レミ
「ミーキさんっ、どーぞっす。」
ミキ
「レミさん・・・なんて事を・・・」
レミ
「まあ落ち着いてくださいっす。お母さんを預ける医者はあたしがちゃんと手配しといたっすから。」
ミキ
「それでも・・・こんな・・・」
レミ
「大丈夫っすよ〜麻酔弾で眠ってるだけっす。ミキさんこそ今まで大変だったっすね。」
俺がもう必死で血溜まりと死体の頭を隠しているのを見てイサカは苦笑いをしている。
ミキ
「本当に・・・何から何まで・・・新しいお医者さんには幾ら払えばいいんでしょうか・・・?」
レミ
「もうお金の心配はしなくて大丈夫っす。あたしが出すっすから、そのお金は今まで出来なかった事をするなり新しいものを買うなりの資金にして下さいっす。」
ミキ
「そんな・・・いいんですか?」
レミ
「勿論っすよ、貴女は今までも今回も十分頑張ったっす。もう自分の思う人生を歩んで良いんっすよ!」
ミキ
「ありがとうございます・・・ありがとう・・・レミさん・・・それに皆さんも・・・」
レミ
「泣かないでいいんっすよ〜」
ミキ
「私ずっとエアレーサーになりたかったんです・・・このお金で六四型をもっとちゃんと綺麗にして・・・エアレーサーでトップを目指します!」
イサカ
「そういう事なら心配するな、六四型の再整備はヤマダがやってくれる。私からは君が安心して身を置けるレーサーの保険団体に話を通しておこう。」
ヤマダ
「うんうん、その賞金はもっと自分の好きなこととかお母さんに使ってやりな。六四型はバッチリ仕上げてやるからよ。」
ミキ
「ありがとう・・・ありがとうございます・・・」
俺たちは泣きじゃくるミキをなだめ、とりあえずミキの機体をいつもの格納庫に持っていったあと、俺の複座零戦を使ってミキとレミでミキのお母さんをレミが話をつけた医者の元へと移す。それを終えるとミキは一旦仮の二一型を使って帰り、俺から修理完了の連絡が行ってから六四型を受け取りに来るという事になった。とりあえず皆は帰り支度をして帰路に着いた。
ヤマダ
「あー疲れた・・・やっぱり零戦は程よい速度で運動性と発動機の音を感じるに限るぜ〜」
イサカ
「変人め・・・それよりヤマダ。」
ヤマダ
「どうした?」
イサカ
「お前は本当にどうしようもない・・・上手くやったな」
ヤマダ
「どうしたどうした急に・・・」
イサカ
「お前はあのラストスパート・・・過給器を変速すれば優に前に出れたんじゃないか?」
ヤマダ
「やっぱり君は騙せなかったか・・・流石俺の妻だ。」
イサカ
「お前が一度、『R1830の二速フルブーストなら二段過給器の効果も相まってシリンダーに400mmHgで混合気を押しこめる。緊急出力1400馬力と零戦の軽量な機体が合わされば五四型であろうとちぎれる。』と言っていたのを思い出してな。全く・・・お前らしいな。」
ヤマダ
「ああいう事情が無ければ本気でやってたんだけどな〜」
イサカ
「ミキが立派にレーサーになった時、またやればいいさ。」
ヤマダ
「そうだな。それまでお預けかぁ・・・」
イサカ
「まあそう言うな。渓谷から飛び出してくるところはなかなかに格好良かったぞ。」
ヤマダ
「・・・そう?」
イサカ
「ああ、やはり6544はお前に託して正解だった。大切にして・・・お前にそんなことを言うのは野暮だな。」
ヤマダ
「大切にするよ・・・何よりもな・・・」
イサカ
「私よりもか?」
ヤマダ
「そんなわけねーだろ!零戦と人は別だぜ全く・・・」
イサカ
「すまないすまない・・・」
ヤマダ
「全く君は・・・どこまで愛おしいんだ・・・」
横に見えるイサカの顔を目に焼き付け、俺はAI-1-129の計器盤を軽く撫でる。俺にとってはどちらも同じ程に愛おしい・・・妻も愛機も、どちらもだ。
ロイグ
「ベッグ!何よこの零戦・・・」
ベッグ
「三二型な〜のだ〜」
ロイグ
「そんなことはわかってるわよ!何でまたこんなのを拾って来たのよ・・・でっかい機体の残骸まで・・・これ何?輸送機??」
ベッグ
「この前ヤマダが発動機を載せ替えた零戦を作ってたから真似をしようと思ったのだ〜」
ロイグ
「そういう事ね・・・真似できたの?」
ベッグ
「無理だったのだ・・・どうしてもエンジンカウリングの造形ができない・・・あいつ頭おかしいのだ・・・」
ロイグ
「じゃあこの機体どうするのよ!?ヤマダに渡せば宝物でもここではゴミよ!?」
ベッグ
「ロイグだってつきのわぐま・・・?とか置いてるのだ!おあいこなのだ!!」
ロイグ
「とにかく!これは早くどうにかしてちょうだい!」
レミ
「いつもいつも騒がしいっすね・・・カランさんは借りたっすよ〜?」
ロイグ
「あら、いい所に来てくれたわね・・・この機体、R1830-92と一緒に持って帰らない?」
レミ
「うわぁ・・・ヤマダのためだけに揃えられたようなラインナップっすね・・・」
ベッグ
「ベッグが揃えたのだ!」
ロイグ
「揃えただけね!!」
レミ
「事情は察したっす・・・じゃあ頂いていくっすかね〜」
coming soon・・・