前略、見た目幼女のヒモになりまして。
「……おい、寒いぞ」
「そりゃこんなだだっ広い空間にコタツ置いてもねぇ…」
チフォージュ・シャトー。
夜ごと悪徳に耽った忌城の名を冠した巨大装置だとかなんとか。
そんな縁起の悪い建物の大広間、そのど真ん中に置かれたコタツを挟んで座っているこの少女が、どこぞより横取りしつつも、遠大な計画のためにそれはそれは長い時間をかけてコツコツ作って来たそうだ。
「お前がこんな代物を用意させたんだろ!?」
「そうだったっけ……?キャロルがなんか無いかって聞いてきたから…」
冬だし季節感のあるいい感じのモノ、と言う実にアバウトな命題に適当にコタツを上げてみたら、錬金術だか、なんだかでこんな物が出来上がっていたのだ。
錬金術ってすごい。
「う、うるさいっ!寒いんだからお前がオレを暖めろ!」
「そんな無茶な……」
傲岸不遜なおひめさまが無茶を振って来たかと思えば、そのままおもむろにコタツ布団をめくり上げると中へと潜っていった。
「あのー、キャロルさん?」
「……なんだ」
「どうして、そこなんでしょうか」
背中を丸めコタツに包まり、顎を天板に付けていた所に、向こうから潜り込んできたキャロルが身体を押し退けて、膝の上に収まってしまった。
「錬金術は愚か、何も使えないお前に出来る事などそれくらいだろう?」
我が身体を座椅子か何かの代わりにしていたキャロルは、不敵な笑みを浮かべながら此方の顎をその細い指でなぞる。
それに思わず心が揺れ動きそうになったのを隠すよう、努めて平静を装いこう言った。
「それ、自分で「だまれっ」あたっ」
────錬金術使った方が速いじゃん。
そんな一言は、顎を指で突き上げられた為に、言の葉が紡がれる事は無かった。
所で────キャロル・マールス・ディーンハイムと出逢ったのは、いつだっただろうか。
細かい事は自分でもよくわかっていない為に割愛するが、気が付けば辺りに聳え立つ建物は、より一層馬鹿みたいに高くなり、明らかに世界の技術レベルが跳ね上がった気がしたと思えば。
昨日まで影も形もなかった筈の……と言うよりは画面の向こうの存在の筈のツヴァイウィングのプロモ。
大型モニターが告げる、これまた居ないはずのノイズの情報。
その時、どういう訳だか
最も、その直後更なる絶望を叩き込まれる事になったのだが。
「転移?して即ノイズって、呪われてるのかも……とか言ってる場合じゃない!!!!」
突如として湧き出てきた特撮怪獣のパチモン見たいな造形の連中は、辺りに居た人々を物言わぬ炭素の塊にへと無慈悲に変えながら、辺りを破壊していた。
辺りは蜂の巣を突いたように騒がしくなり、皆が皆方々の程にバラバラに散っていく。
だが、ノイズは人間よりもずっと優位に立っている。
そうこつしている間にも、辺りは一緒に逃げていたであろう何処かの誰かの残骸が徐々に拡がりつつあった。
「や、ばい、息っ……が」
こんなふうに、走ったのはいったい、いつの頃だったか。
シェム・ハだかカストディアンだか神様だか何だか知らないが、特典なんて都合の良いモノはくれなかったらしいのは、少しの酷使にも耐えられないこの脆弱な肉体がはっきりと告げていた。
大通に転がる人だったモノを避ける様に。
出来るだけ、他の人と固まらないように。
意地汚く打算めいて路地裏を右に左に駆け回っていた。
生憎、全く土地勘なんてそんなのは無いが──だとしても、道路をあのまま走っているよりはマシだ。
狙い通りに数が少なくなったとは言え、ノイズは変わらず追いかけてくる。
途中何度も転びそうになりながら、或いはゴミ箱やらある物を薙ぎ倒しながら、必死に、必死になって走り続ける。
だが、道という道は真綿で首を締める様に阻まれていき、遂には袋小路に追い込まれたネズミのように、選べる道が限られていった。
「──クソッ」
主だった道はもうノイズに埋め尽くされている。きっとおそらく、今走っているその先にも、ノイズは居るのだろう。
それでは駄目だと更に更に道を選び走り続けて────
そこで。
そこで、信じられないモノを、見た。
「キャロ、ル……?」
ツヴァイウィングが健在な今。
天羽奏が生存している今。
そこには、此処には、居ないはずの────。
「おい、貴様」
「!」
目の前に捉えていたと思っていた影は無く、背後から何処か威に満ちた声が響く。
振り返ると、そこには少女が立っていた。
背後から差し込む光に照らされたその光景は、今でも忘れられない。
「今、オレの名前を言ったな?」
錬金術師としての格好を含めても、見た目は幼気な少女だ。
だが身に纏う風格は尋常ならざるモノを素人目にもはっきりと感じさせる。
自然と、自分の腰が地べたに下りていた。
「何故知っている? 答えろ」
泰然と歩みを進めるキャロル。
恐らくは返答次第では───しなくても殺すつもりなのだろうか。
想い出でも頂かれる、のだろうか。
それはそれで───いや、待っている結末は死、なのだけれど。
────それは、いやだ。
まだ何も出来ていない。
せっかく、違う世界に飛び込むなんて、非日常を味わえていると言うのに。
虚しく、無意味に、何も見る事なく、何一つこの世界のあり様を知る事なく死ぬのか。
それは、嫌、だから。
「…未来を、知っていると言えばっ」
絞り出す様に。
詰まった栓を抜くように、吐き出す言葉に。
「……!?」
「君は、信じるか?」
己を賭けた────。
「……ぃ…おい!聞いているのか!?」
鋭いキャロルの声で現実に戻ってきた。
目線も、声音も事実咎めているのだろう事を窺わせる。
素直に謝ろう。
それが一番だと思った。
「んー?あぁ、ごめん。この世界に来た時の話を、思い出してた」
「……何?どうしてまた」
「……よくもまぁ信じたと言うか、受け入れたと言うかって思ってさ」
「『万象黙示録』『チフォージュ・シャトー』。流石にもしや、とも思ったさ。それでも、いささか荒唐無稽だったのは否めなかったが」
実際、あの時のキャロルはまるで喋るこんにゃくを見るかの様な目付きだったのを、今でも良く覚えている。
本当にこんにゃくなのかはともかく、兎に角、そんな胡乱な目付きだったし、正直、あのまま消炭にされるかと思った。
「とは言え、立花響…だったか。アイツが装者と適合するまでは判断を保留していた。まぁ、パヴァリアの連中の情報だけでも十分ではあったが」
「あの時、殺さなかったのは?」
「お前の様なケースは初めてみたからな。想い出を吸い取ってやっても良かったが……まぁ、お前が余りにも必死だったからな。少しは情けをかけてやろうと思っただけだ」
「気味が悪くは…なかったのか? その……」
「原作、だったか? ……まぁ偶々平行世界の記録を受信したとか、そこら辺の例、まぁ、自動書記の同類みたいなものだろう。そうかんがえると、あり得なくはない」
卑屈になっていく此方を意にも介さず、なんて事もない様に答えるキャロル。
「音楽家の俗に言う『降りて来る』ってヤツ……おい、前に言わなかったか?」
これはきっと、彼女の優しさなんだろう───と思った時だが、何やら急な事に雲行きが怪しくなってきてしまった。
「……そ、そう言われれば、あったような…なかったような?」
「───ほう? 覚えてなかった、と?」
……どうやら虎の尾を踏んでしまったらしい。
このままでは酷い目に遭う──!
「えっいやあのそのですね、覚えているのと知識として紐付けで引っ張り出せるのとはまた違ったですね、別に忘れてたとかじゃなくて」
内心、いや、実際に変な汗をかいている。
兎に角切り抜けねば、と言葉を重ねていくのだが、言葉というものは不思議なもので、重ねれば重ねるたびに、胡散臭く、陳腐になっていく。
「はぁ。……まぁいい。今のオレは機嫌が良いからな。ありがたく思え」
改めて体重を預けるキャロル。
その様子に一息つけ、思わず頭を撫でそうになるのをそっと堪えた。
「ははーっ、ありがたき幸せー」
「まるで伽藍堂だな。気持ちはどこいったんだ、おい」
「……こうして生きてるのはキャロルのお陰だからさ。本当に感謝してるよ」
「当たり前だ! ……お前みたいな世界の異物に…か、寛容なのは……オレくらいだろうしな」
「うん。最初に出逢えたのが、キャロルで良かった」
事実、他の人だったら、どうなっていたのだろうか。
転移か転生かは判らないが、外からやってきたという事実をひた隠しにして生きていかなくていい。
自分を偽る事なく生きていけるのは、紛れもなくキャロル本人の性格に起因している。
「……ふ、ふざっふざけるな!そっ、その想い出ごと焼却してやる!」
だからこそ、素直に感謝しているのだが、どうもこのお姫さまは気に食わなかったらしい。
「えぇっ!?なんたるご無体!?ヤメッ…ヤメロー!」
─────────────
「まーたやってますよマスター方。よくもまぁ飽きませんねぇ」
「地味に騒がしい…」
「まあまあ、よろしいんじゃなくって? マスター、楽しそうですわ」
ヒモ野郎
気がついたらモブに厳しい世界に来てしまった男。
原作はXVまで履修済み。
なんの特典らしいものもない事に絶望どころか命の危機がマッハだったが、年齢詐称錬金術師と出会う事で難を逃れる。
仮に特典があるとしたらこの出会いかもしれない。
原作知識と口先八丁で今まで(無印初期)までキャロル相手に媚に媚びまくって生き残ってきたヒモ。
ゆるされない。
キャロル・マールス・ディーンハイム
世界絶対分解する系ガール。
戯れに外に出てみれば未来を知ってるとか観測次元から来たとか抜かすよくわからないナマモノを拾ってしまったかわいそうな子。
世界に対する認識がドライだった為にSANチェックに成功した。
たやマさんならこうはならない。
内心では、こいつだけはまぁ分解から除外しておこうとかなんとか思う位には気に入っている。
コタツなんて必要ない
実際には、想い出集めに支障を来たすくらいには気に入っている。
最近父親の夢を見たとかなんとか。
下手に未来を知ったせいで、本気でエルフナインをどうしようか物凄く悩んでいる。
取り敢えずあの全裸は機を見て焼却するつもり。
オートスコアラー達
敬愛するマスターがよく判らんヒモを拾ってきた事に最初は憤りとナマモノの殺害を企てていたものの、マスターが笑い始めた辺りでやめた。
全ては主の幸福の為に。
シュレディンガーの奏さん
生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。
もし仮に生きているとしたら、誰かの介入があったかもしれないし、なかったかもしれない。
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