「……全く厄介なモンだな」
一通りの話を聞き終えた風鳴弦十郎は、大きな溜息を吐くと、腕を組んだ。
男の話す内容は荒唐無稽では合ったが、何処か真に迫った力を持っている。
────否。
事実として、あり得る未来なのだから、当然だった。
「なぁ……帰りたいとは思わなかったのか?」
弦十郎の率直な感想だった。
彼は此処とは異なる世界から来て、凡そ数年に渡っている。
誰も自分の事を知らない。
自分が知っていた場所とは違う。
そんな中、故郷に帰りたくなるのは間違いないのだ。
「まぁ…一度くらいは帰りたいと思わなくはなかったけど」
「そりゃそうか。いや、悪い。聞くべきじゃなかったな」
今の弦十郎にはかつて、キャロルが言っていた事が頭を過っていた。
『やらなきゃいけない事が有る』
それは、もしかすると、彼を元の世界に返す事だったのではないのか?
「別に気にしてない。第一、帰れたとしてキャロルはどうなるんだよって話だ」
「そうとう大事な様だな」
「当たり前だ。それを抜きにしたって、今の状態で置いてくとか人間の所業じゃねぇだろ」
「それもそうだな」
(考えすぎの様だな)
弦十郎は自らの推測を否定した。
本人の意思を抜きにしてやる事は無いだろうよ、と考えるに至ったからだ。
「と、だな。ここまで話させてなんだが、今回の事件は【完全聖遺物の偶発的暴走】と言う形になっていた、様でな」
聞くべき事は聞いた。
これからの事を話し始める番だろう。
とは言っても、少し複雑な事情がそこには横たわっていて、弦十郎ですら上手く言い難いのだが。
「はい?」
「
「普通に私怨だと思う」
「……あまり怨みを買うのは感心せんぞ」
あっけらかんに答えるその様子に、さしもの弦十郎も顔を顰めるのであった。
「わかってるよ」
とは言え、情報の信頼性の確保のために、今まで敢えて伏せさせて貰ったから、強くは言えなかった。
「それとこちらの管理下に置くのは事実だ。……被害が出ている事を忘れるなよ」
「ああ───わかっている」
釘を刺す弦十郎に対して、真剣な面持ちで答えた。
「……元々」
「エルフナインくんが、お前達のことを気にかけていてな」
「……エルフナインが?」
「ああ」
事実だった。
『ふたりをどうにか助けられませんか……?』などと訴えて来たのだ。
彼女が訴えるまでもなく、いつの間にやら無罪に仕立て上げられていたのだが。
「エルフナインは元気ですか?」
「ああ、元気だ。後で話をすると良いさ」
「そのつもり…なんですがね。マリアさんから、ちょっと嫌われているもんで、多分真っ向からじゃ多分割り込まれたりする…かなぁ」
「本当か?」
すぐ様後ろに控えていた緒川に確認を取った。
「はい。間違い、ないかと……僕個人の感想としては、まぁ無理もないかと」
「むぅ……成る程、な」
その言葉に見える事情をなんとなく把握出来た分、頭を抱えたくなった。
「わかった。手配しよう」
ともあれ、彼女が危惧するような人間ではないだろう───
ここ最近の彼とのやり取りと、今までやってきた事を併せて、弦十郎はそう結論している。
「ああ、それと───」
これで、仮にマリアが想像している様な人間だったら、自分が責任を執る覚悟だ。
「ようこそ、S.O.N.G.へ」
◆◆◆
「それに当たって聞きたいんだが、チフォージュ・シャトーでは何をしていたんだ?」
「え?」
『ようこそS.O.N.G.へ──』
全く予想外の言葉の後に手錠が外れた。
いや、本当にどうしてそうなったのか、全く判らない。
精々保護観察処分とか、軟禁に近い待遇とかだと思っていたのに。
「いや、何。似た様な分野の配置について貰おうと思ってな。ああ、戸籍国籍はこちらで手配しておくから安心しろ」
有難い。
至れり尽くせりで非常に有難い、のだが……だが。
「………です」
「何?」
「ヒモです……」
「すまない、聞こえなかった。もう一度───」
「ヒモで…すみません……」
「─────マジ?」
空気が、凍りついた。
予想通り過ぎて涙すら出てこない。
代わりに視界が霞んで来たが、決して泣いてないているわけではない。
いないのだ。
「はい……」
「おい、緒川ッどうすんだッ、予想すらしてなかったぞ……?」
「え、いや…えっと………」
緒川さんが困っているとか、何気に貴重なシーンを観ているのではないだろうか。
そう思う、そう思わないとこの空気に自分が耐えられない。
「あの、錬金術等は……」
「才能ないってキャロルからハンコ押されてて……」
「ま、前の世界では何を……」
「もう何年も前の事だから全然覚えて……」
「お前さんどうやって生きてきたんだ!?」
「捨てられない様に頑張ったんだよ!!!」
手で顔を覆う。
自由になった腕の初の仕事がこんな事になるとは、もしも腕に意識があるなら思っていなかっただろう。
実際、思っていなかった。
「ヒモかぁ……」
先程よりも大きく、深い溜息を吐く弦十郎。
緒川は何やら考え込んだまま帰って来ていない。
「対面上渉外…には出来んからな……」
寧ろ怪しさの塊でしかない奴をそんなとこに配置したら頭を疑う。
とは言え、個人的な意見としては命をベットに交渉するのは慣れっ子になってしまったから、経験という点で、渉外になるんだったら、有難いが。
だがその手のは緒川さんの仕事───
「───良しッ!男に後退の二文字は無いッ!お前を俺が鍛え上げてやるッ!」
「えっ?」
えっ?
「安心しろ、俺達を信じて着いてくれば、お前は旧二課職員と遜色ない様になるさッ!」
両肩をがっしりと摑む最強のOTONAは、圧がとてもすごい。
とても、すごい。
「緒川、お前は事務の教育を頼む」
「どの位まで仕上げますか?」
いつの間にか思考が帰ってきた緒川はとても頼もしく、そして物騒な事を言う。
「一先ず最低限の仕事だけはこなせる様にするのが優先だ。十…いや、一週間で行くぞ」
「任せて下さい」
控えめに言って無理では?
いや、事務はきっと忍術かなんかに教育のノウハウがあるからすんごい頑張ればついていける様になっているのかもしれないが。
どうして身体を鍛える事になっているのだろう。
認めざるを得ないが、キャロルのヒモだった奴が───
「……あの、キャロルはどうなるんで」
「その辺は暫くはエルフナインくんが面倒を見ると名乗り出てくれているから、安心していいぞ」
それは良かったと胸を撫で下ろすが、どうして鍛える事になっているのか、それがわからない。
「良しッ!じゃあ早速始めるか!」
「はい?」
◆◆◆
「なんでこんなことしてるんだろ」
よくわからん映画的カンフーの修行。
アレは映画であって現実でやるもんじゃないな、と思うんだ。
『震脚は踏み込みが大事だッ!』とか言って地面に穴を開けないで欲しい。
『わかりました師匠ッ!』とか平然とついてこないで欲しい。
立花ちゃんヤバ過ぎるわ、なんだあの体力、バケモンかよ。
走り込みに関しては、ミカと鬼ごっこ(命がけ)してたからまぁ、なんとかなんとか付いてこれたが。
「ったく、会いたくなるじゃないか」
ガリィ、レイア、ファラ、ミカ。
───まったく、キャロルだけ生きていれば、なんて思ってたけど、大間違いだったようだ。
彼女達との想い出も、自分を構成する一部で、大切なものだった。
「と言うか、どうやって行けばいいんだよ……」
晴れて?自由の身になった事によって、艦内に個室があてがわれた。
外だと保安上の問題が生じるかららしい。
本来なら一人一人部屋となるのだが、以前のオレ様キャロルなら兎も角、現在の状態では精神衛生上よろしくない、と言うことで相部屋になっている。
因みにやましい事をすれば本気の一撃をお見舞いするから安心しろ、との事だった。
それにしたって、居住区が何処か全くわからない。
一度道案内して貰うべきだったと反省している。
特訓の後、さっさと離れたいからって、馬鹿な事をしたものだ。
「あの……」
「は…い……?」
声に応えようと振り向くと、目に映ったのは特徴的な橙色系統の髪に、碧眼。
ややあどけなさを残しているが、それは以前会った女性を嫌でも思い起こさせる容姿だった。
「道に…迷ったんですよね?」
「え、は、はい…」
こんな所で会うとは、ここに居るとは、全く想定していなかった。
と、とは言え…ギャラルホルンが有るから、別に居てもおかしくは……ない、だろう。
それに気付いてからは、いつも通りの平静さを取り戻した。
とは言えなんか大人びている気がするのは、気のせいだろうか。気のせいだろう。
「───って区間に行きたいんですが」
「それ……方向逆、ですよ?」
「えっ、嘘」
「本当です。ここを回れ右して、まっすぐ進んでから────」
「すみません、助かります」
一通りの案内を受けた礼を述べる。
彼女の説明は実にわかりやすく、それでいて丁寧だった。
「いいえ、困った時は、お互い様ですから」
次は迷わないでくださいね、と言う声を背に教えてもらった方向へと進む。
優しい人だった。
どうせ姉からの情報と一致したら避けられるのだろうが。
早い所マリアさんの誤解を解かねばならぬと決意した。
「よし、ここだな」
彼女の説明を受けてからは迷う事なく目的地に着いた。
改めて彼女の親切さに胸を打たれつつ、何やら近未来的なパネルに手を翳して扉を開けた。
部屋の中は、割と広く、改めてこの潜水艦基地の大きさを思い知らされた。
それでもシャトーよりは小さいが。
「おそい! なにをしてたの?」
部屋の中へと入っていくと、先に居たキャロルが口を尖らせていた。
「ごめんごめん、道に迷ってさ」
嘘を吐く必要なんて無いので、頭をかきながら、正直に話す。
「違うよ。ただいまでしょ?」
「───ただいま」
「うん、よろしい」
このやり取りに満足そうなキャロル。
それだけでなく、自分もなんとも言えない充実感を覚えていた。
「で、今まで一体何してたの?」
「走らされてた」
「なにそれ?」
「いやね、さっきまで…道に迷うまでは風鳴司令…わかる?」
「うん、わかるよ」
「まぁその人に引っ張られてな、走らされてねぇ」
「ふぅん、大変だったんだね」
「そうそう、ペース落ちるとさ、後ろから追っかけてきてさぁ……」
『どうしたッ! 響くんは女の子だぞッ! 悔しくないのか!?』
『装者、じゃねぇか!無茶を…言うなぁ!』
『無駄口を叩けるならまだいけるなッ!ペース上げるぞッ!』
『むりです』
『頑張ってくださいッ!あと少しですよ!」
『むり』
なんで息ひとつ上がってねぇんだあいつら。人間じゃねぇだろ。
……それを踏まえて思うに、ミカはかなり手加減してくれてた様だ。
「追い、かけっこ………」
「そそ、こっちはそんな感じ。キャロルはどうしてた?」
「わ、わたし?わたしはね───あっ」
「ご飯食べてないの?」
「……うん」
話の途中でかわいいお腹の音が聞こえてきたと思えば、どうもまだ食事を摂っていなかったようだ。
「エルフナインと行ったとてっきり……」
「誘われたんだけどね、断ったんだ。いっしょに、食べたかったから」
食堂で司令と食べたんだけど……とは言わない、言えなかった。
その場には響も居た、なんてもっと言えない、言わない。
こんなかわいらしい事言われてそんな事言えるだろうか。
「……ごめんね、遅くなって。行こっか」
「うん!」
◆◆◆
「あっ、ろりこんさんじゃないデスか!」
キャロルの手を引き、食堂へと向かっていく途中に、背後からとんでもない声のかけられ方をする。
「ろり……え?」
「キャロル、頼むから気にしないで、ね?」
今のキャロルにそんな言葉の意味を教えるわけにはいかないのだ。
少しは切歌も気を遣って頂きたいものだ。
「むむ、キャロルも一緒なんデスね」
そういうと切歌はてくてくと近寄ってくる。
「……色々あったと思うけどこれからよろしく頼むね」
「なるほどー、やっぱりそうなったんデスねぇ」
近寄ってきた切歌に挨拶をすると、腕を組みながら得意げにうなずく。
「お陰で大変だけどね……色々と」
「んー、まぁこれから頑張って行けばいいデスよ!」
「はは、ありがとう」
切ちゃんはいい子だなぁ、と心があたたまった。
「で、二人はこれから何処へ行くんデスか?」
「ん? キャロルがまだなんも食べてないって言うから、食堂にでもって」
「それは奇遇デス!」
切歌は、胸の前で手を合わせた。
「ちょーどアタシもおなかぐーぐーはらぺこりんなことデスし、一緒に行くデスよ!」
「えっ、きゃっ、ちょ、ちょっと!?」
そういうと切歌はキャロルの空いていた方の手を取った。
「いいじゃないか、行こっか」
やや強引だが、いい機会だった。
食堂で風鳴司令と立花響と相席していた時は、面子も面子なので、特に反応はなかったが、キャロルだとまた違う。
いくらお人好し揃いのS.O.N.G.でも、複雑な感情を持つ職員がいるかもしれない。
そういった面では、切歌が、シンフォギア装者が一緒に居てくれるのは心強かった。
「………ありがとう」
「デス? なんの事デスか?」
「いや、何でもないさ」
「デス?」
結論、切ちゃんはいい子だ。
◆◆◆
「いやぁ、まさか調の分までお菓子買ってくれるなんて……なんだか悪いデスねぇ」
切ちゃんのお陰でキャロルが浮く事がなかった御礼も兼ねて、艦内にある売店でお菓子を買ってあげていた。
お金は支給された端末に『プレラーティが済まなかった』と言うメールと共に送られてきたもの凄い数の0が付いた電子通帳からなので、何も問題はない。
風鳴司令に発覚したら速攻で取り上げられる予感がするのは、気のせいだろうか。
「マリアさんには内緒だぞ。……なんか嫌われてるから」
「ろりこんのお兄さんは悪い人じゃないんデスけどね」
「普通にお兄さんにしてもらえない?」
「その、ろりこん?ってなんなの?」
「じ、じつはアタシもよくわかってないデス……」
えっ、そうだったの?と驚愕したのも束の間。
「ま、怪しいモンねぇ、アンタ。仕方ないさ」
背後から声がかけられた。
ここの人間は後ろから声をかけるのが好きらしい。
「奏さんデス!?」
天羽奏。
ツヴァイウィング……なのかは判らないが、元ガングニールの装者にして、立花響を装者にしない為に(大失敗したが)あの日のライブの際に裏工作をする事で、キャロルが命を救った人間だった。
「よっ、こうして会うのは初めましてかな? あたしは天羽奏。よろしく」
「よ、よろしく……」
差し伸べられた手を恐る恐る握るキャロル。
歌姫との握手は貴重だから、という理由ではないが。
「ど、どしたんデスか?」
「いやぁ、食堂でたまたま姿を見つけたモンだから、さ。つい尾けちゃって」
「マジかよ」
「ま、マリアが言う程極悪人ってワケじゃなさそうだけどね」
「普段どんな事言ってんですかあの人」
「まーまー、お母さんは過保護なんだよ、許してやってくれ」
けらけらと笑う奏。だが、こちらとしては笑い事ではない。
「とは言っても、理解は出来るんだけどね……」
「おいおい、自覚あんのかよ」
「そりゃね。ま、誤解を解く努力は続けるつもりだけど。と言うか何とかして解かないと立場がヤバイ」
そうでなくても切歌と調の一件で職員達から白い目で見られたというのに。
「あはははは!!! 全然説得力無いけどな!!!」
「そこは目をつぶってくれ…」
大笑いする奏。
まぁ…キャロルの手を引き、理由はどうあれ切歌にお菓子まで買い与えているのだ。
説得力は……悲しい事にないかもしれない。
「ねぇ、嫌がってるから笑わないで」
「ん? あー……すまん」
キャロルの抗議を受けて奏が謝意を伝える。
別に当然な気がするので、仕方のない事だと思っていたが、麻痺していたのだろうか。
とは言えキャロルが不快になってしまった事は事実だ。
やはり早急に事態の改善を図らねばならないと改めて決意した。
「ああ、そうそう。切歌の事、マリアのやつが探してたぞ」
「マリアがデスか?」
ふと思い出したように奏が切歌へ伝えた。
それは先に伝えるべきなのではないか、と思ったが。
「ああ。ついでだし、あたしと行くか」
「了解デース! あっ、えっと…」
片手に下げたお菓子の入った袋と、此方を交互に見合わせる切歌。
「ああ、あたしが買った事にするよ。それで良いよな?」
「うん、問題ない」
そんな切歌を助ける様に奏が提案をしてくる。
マリアさん対策としては助かるので、素直に受け入れた。
「ありがとう」
「いいさ別に。あたしは何もしてないんだからさ」
「それでもさ」
「はは、そうかい。んじゃ、またな」
そうして、奏は握り拳を軽く此方の胸元に当ててから、手をひらひらと振り、切歌と共に去っていった。
ヒモを卒業(してない)人
さらにタチのわるくなったヒモ。
マリアさんは間違っていない。
OTONAはOTONAなので更生させようとしている。
キャロル
かわいい。
オレとわたし、ロリと大人の4通りの組み合わせが存在する。
かわいい。
切ちゃん
かわいい。
装者の中では一番優良とか言われてたりとかなんとか。
マリアさんが一番危ないと思っている子。
おやのこころこしらず。