キャロルちゃんといっしょ!   作:鹿頭

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すまない、正妻戦争は次なんだ。


意外な再会

「アンティキティラの歯車が盗まれた? えぇ…なんで……」

 

 ある日の事だった。

 キャロルがいつもの検査だとかで不在の中、単独で風鳴司令に呼び出された。

 一体何事かと出向いてみれば、これだった。

 

「これを見てみろ」

 

 そう言ってモニターに表示された映像には、コマ送りの様な一瞬の暗転の後、真ん中に安置されていた歯車が消えていた光景だった。

 

「…………バルベルデの像は?」

 

「異常無し、と現地の調査官から連絡が来ている」

 

 本当かよ、と内心思う。だが、アダムにそんな器用なマネも、しようと思う気もないはずだ。

 それこそがアダム・ヴァイスハウプトの筈だ。

 

「仮に、歯車を盗んだ連中の狙いが神の力だとして、だ」

 

「かも知れないけど、歯車には別の用途もあるからなぁ…」

 

「別の用途?」

 

「400年前にフィーネが天のレイラインのエネルギーを応用して聖遺物の起動を試みているし、知識の限りじゃ天のレイライン以外にも、シェム・ハ復活の為に利用されている、から……」

 

「完全聖遺物の起動、か」

 

「多分、ね。フィーネが居ればもうちょい分かりやすいのかも知れ───」

 

 ここまで言いかけて、肝心な事に気付いてしまった。

 この世界、どうもフロンティアは浮上していないらしいのだ。

 

 まさか、まさか、とは思うが。

 

「な……いけど…」

 

「どうした?」

 

「……舌が回らない……飲み物無いです?」

 

「む、水でいいか? 少し待て」

 

「助かり、ます……」

 

 そう言ってから、風鳴司令が持ってきた水に口をつける。

 そうやって誤魔化したのには理由がある。

 

 もしも、仮に、未だフィーネがイガリマで消滅していないとして、態々叩き起こす必要があるのか。

 

 そんな事したら確実に問題が発生する。

 そしてこれは誰も得しない結果を招くだろう。

 

 要は、自分の勝手な想像でみんなを混乱させたくない、という事にしたのだ。

 

「んっ、流石に知ってるだけだとここが限界ですかね」

 

「そうか…で、やはりパヴァリア光明結社によるものだと思うか?」

 

「それはわからない。幹部三人には動機はもうない筈だけど……」

 

 アダムの計画は全て喋っている。

 そのお陰で、現在いろいろと楽しく過ごせているのだ。

 

「……聞けるかなぁ」

 

「は?」

 

「メールメール…あった、これか」

 

 いつか、彼の支給端末に勝手に送られてきたメール。

 送り主は暗号化されているのか、捨てアカウントなのか、無茶苦茶だった。

 

「返信で届く、か?」

 

「お前、いつの間にそんな事を……」

 

 呆れる風鳴司令を横目に、文字を打ち込んでいく。

 

「《アンティキティラの歯車が盗まれたんですけど知りませんか》っと…送信」

 

 返信にはあまり期待していないけれど。

 

「これで向こうに伝われば儲けもっ、おぉう」

 

 なんて言ってあるそばから、端末が掌の中で震え踊っている。

 画面には不在着信の四文字が表示されている。

 

「出ますよ?」

 

「……あ、ああ」

 

「……もしもし?」

 

 少し離れた壁際にもたれかかりながら、電話に耳を澄ませる。

 

「───ああ、私だ」

 

 電話越しの人間の声から察するに、サンジェルマンだろう。

 

「まさか、返信したら届くどころか即掛かってくるとは思わなかったけど……」

 

「余り我々を舐めないで貰おう、とでも言っておこうか」

 

 国連に多大なる影響力を及ぼせる錬金術師は、異端技術のみならず、現代技術にも通じているのだろう。

 いや、どちらかというと表裏一体だろうかと、S.O.N.G.の内装を見て思い直す。

 

「で、盗んだの?」

 

「いや、その件に関しては我々は一切関知していないし、我々が実行した訳でもない」

 

「まぁ、そうだよね」

 

「ああ。だからこそこうして連絡させて貰っている」

 

「アダムの動きは?」

 

「変わらずだ。そもそも自分から動くとも思わないけど」

 

 酷い言われようである。

 だが事実なのだから仕方がない。

 

「……あの全裸って別口に自由に動かせる部下居たりしない?」

 

「そんな話は聞いた事ないが……探って見よう」

 

「無理はしないで」

 

「心配は無用。奪ってしまった命への責任を果たすまでは倒れない」

 

「………貴女は強いな。サンジェルマン」

 

 万象黙示録で犠牲者が出ている、とは聞いている。

 だが別に、その犠牲者の顔も名前も性格も何も知らないので、実感がない。

 

 それは未だに、変わらない。

 

 

「こっちは……実感ないってのにさ」

 

「……万象黙示録、か。君の感覚を肯定はしないが、理解は示そう」

 

「サンジェルマン……」

 

 そう。

 この世界は、そう言う世界なのだ。

 

 偶々、今回の件の揉み消しに成功しているだけ。

 偶々、そう言う立場に居ただけ。

 偶々、キャロルに出逢えた。

 だから、本来あの場で炭素の塊になる筈だったこの身は、こうしてこの場に立っている。

 

 だからこそ、こんな真似をした。

 結果的に偶々運が良かったから、サンジェルマンや風鳴弦十郎の好意がこうしてもう一度チャンスを得ている。

 

 ───ああ、そうだ。

 やるべき事は変わっていない。

 キャロルに誓ったその日から、変わっていなかったのだ。

 彼女の為にこそ、拾われた命は使うべきなのだ、と。

 

 

「いや、ありがとう。お陰で目が覚めた」

 

「そうか。なら良───」

 

「ちょっとちょっと、酷いじゃないのあーしをほっといてサンジェルマンとおしゃべりだなんて!」

 

「また置いてかれたワケダッ!今度こそソイツに文句を言いたいワケダッ!」

 

「ねぇ最近キャロルとはどうなの? どこまでいっ──」

 

「あっ切れた」

 

 何やら電話越しがにわかに騒がしくなったと思えば、ガチャリと切られてしまった。

 

 

 

「……ま、いっか」

 

 抗議者と出歯亀だったし。

 端末をポケットにしまい、再び風鳴司令の下に近寄って報告をする。

 

「とりあえず知らないそうです」

 

「色々と突っ込みたいところは有るが……」

 

「まぁ…アダムが独自で動いているかもはしれないけど……」

 

「しれない、ではなくあらゆる可能性は考慮すべきだろう。こっちでも調査は続ける」

 

「なるほど…わかりました」

 

「悪かったな、呼び出して。これで終わりだ」

 

「はい」

 

 そう言って風鳴弦十郎は司令部を退出するのを見送った。

 

 

「どう思う?」

 

 件の男が居なくなったのを確認すると、虚空に向けて話しかける。

 この側からみれば狂人の光景。

 

 するとどうだろう。

 虚空だと思われていた場所は突如として人の形を取り始め、ぬっ、と浮き出てくるように忍者が現れたのである。

 

「判断に困ります」

 

 突如現れた緒川は困った表情を浮かべていた。

 

「キャロルさんに関しては、間違いなく記憶障害ですから、シロと言っていいでしょうが……」

 

「ああ」

 

「そもそも内通者はここで連絡を取りません」

 

 正論だった。

 

「だよなぁ……」

 

 弦十郎はこめかみを揉んだ。

 

「……とは言え、アイツに対する職員からの不信感は募る一方だからな」

 

 常に(見た目は)幼げな少女を連れている男を警戒しない程、ここの職員の倫理は誤ってはいないと言う証左でもあるが。

 

「事実として、聖遺物の盗難事件が多発。第一彼自身にも第三国経由で多額の資金が流れている痕跡も見られています」

 

「まぁ…なんか、金は生活費な気がしないでも無いんだよなぁ……ヒモだし」

 

「押さえますか?」

 

「いや、俺に案がある。そっちは任せてくれ」

 

「わかりました」

 

「それにしても、だ。困ったもんだな」

 

「と言いますと?」

 

「マリアくんだよ。ったく」

 

「……最初の悪評は痛かったですね」

 

 あの男はロリコンである───

 

 調と切歌を───護らねばならぬ。

 ロリコンの襲来(マリア視点)により内なるオカン力を解放全開してSAKIMORIに覚醒(翼視点)したマリア。

 

 調と(特に)切歌が件の男をマリアの教えによって、ろりこんさんと呼ぶ光景をS.O.N.G.職員達は見ていたのだ。

 

 一度定まった評価は中々変えがたい。

 

 

「全くだ。気持ちは分かるんだがなぁ…」

 

「実際、その………ヒモ、同然の生活を送っていましたし….その、キャロルさんの見た目も相まって……」

 

 言葉を濁そうと本人は努力しているつもりだが、全く出来ていない緒川。

 弦十郎も全くそれに気付いてない。

 

「悪い奴じゃ無いんだよなぁ……でなけりゃ、響くんが先ず気にかけんだろう」

 

「奏さんからも悪い話は聞いてませんし……」

 

「ハァ……頭が痛いな」

 

「そうですね……」

 

 二人のため息は、どこまでも長かった。

 

 

◆◆◆

 

 

「すみません風鳴司令! そろそろ外に出たいんですけど! よろしいでしょうか!」

 

 『そろそろ外が見てみたい』だなんて可愛らしい事をキャロルが言うのだもの。

 そりゃ当然、風鳴司令だろうが突撃しに行くと言う話だった。

 

「良いぞ」

 

「えっ」

 

 余りにあっさり許可するので、拍子抜けしてしまう。

 

「ただし、3つ条件があるがな」

 

「ですよねー、その条件とは一体?」

 

「さしあたっては先ずお前の口座の差し押さえだ」

 

「……はい?」

 

 バレている。

 何でか知らないがサンジェルマン経由で届いたキャロルの保有資金の存在がバレている。

  キャロルのだから全くと言って良いほど手をつけていないのに。……何故だ。

 

「お前の更生の為に一時的にだ。一銭たりとも手をつける気は無いから安心しろ」

 

「え、いや、何の話……」

 

「ならこの話は無しだ」

 

「わかりました出しますよッ!」

 

「一応、職員なんだから、ちゃんと手前の稼ぎで生きていける様にならなきゃな。ああ、小遣い程度の支出は今回に限り認めるぞ」

 

 うんうん、と頷く弦十郎。

 まともな事を言っているのは明らかに向こうなので何も言う事が出来ない。

 

「ああ、はいそうですか……で、2つ目は」

 

「普通に位置情報の開示だ。何かあっても困るしな」

 

 これは装者なら全員やっている事だ。

 何も言う事はなかった。

 

「……で、最後は?」

 

「エルフナインくんを連れてってやれ」

 

「それくらいなら、お安い御用で」

 

 

 

◆◆◆

 

 

「あれ? エルフナインちゃんにキャロルちゃんにおにーさん! どうしたんですか?」

 

 いつものように手を大きく振って元気な響。

 キャロルとエルフナインを連れてすわ外に出ようとしたら、向こう側から歩いてきたのを見つけたと言う訳だった。

 

「えっと……?」

 

「未来。アレだよ。この人がキャロルちゃんの。前に見たことあるでしょ?」

 

「い、いや、覚えてないな……」

 

 やや遅れて背後から姿を見せたのは、小日向未来だった。

 何気に、これで装者達を全員見る事に成功したのだった。

 

「で、どうしたんですか?」

 

「外出許可降りたのよ」

 

「おー!それはおめでとうございます!」

 

「えっと、おめでとうございます……?」

 

 響に合わせて未来まで祝意を述べている。

 素直で良い子なんだな、と思った。

 

「あ、そうです! 一緒にカラオケでもどうですか!」

 

 響がそんな事を提案してきた。

 正直、キャロルとエルフナインの二人から兎も角、流石にその空間に入りたいとは思わない。

 

「えっと、響、流石にそれは……」

 

 未来が苦笑いしながら響を諫める。

 その調子で頼むぞ、と思っていたら。 

 

「へー、何? 面白そうな話してんね、アタシも混ぜてよ」

 

「か、奏さん!?」

 

 響達の背後からぬっ、と現れた天羽奏。

 混ぜてよ、とはどういう事なのだろう。

 

「アタシも偶には好き勝手に歌いたくってね、いいよな?」

 

「も、もちろんですよ奏さん!一緒に行きましょう!」

 

 響が興奮した様子で頷く。

 ファン心理的に気持ちは痛い程理解出来るその様子だが、今は本当に胃が痛い。

 

「えっと……」

 

 未来がこちらの方を見つめてくる。

 

「……構わない」

 

 キャロルが返事をした。

 キャロルが行くというのなら行くしかないのだろう。

 正直な所は行きたくないが。

 

「はい、キャロルが行くなら、ボクも行きます」

 

「んじゃ決まりだね。ああ、それと念の為に───」

 

 

◆◆◆

 

 

 奏の提案で、緒川さんが着ているようなビジネススーツを着ている。

 確かに、これなら最悪事務所の人間だと言い張れば、スキャンダルは回避出来るだろう。

 逆に目立っているような気しかしないのだが。

 

 兎にも角にもやってきてしまったカラオケ店。

 入って即退店したくなった。

 

 キャロルはキャロルだし、エルフナインは少し違うが問題ない。

 だけど流石に装者3人の中に放り込まれるのは違うと思う。

 段々と締め付けるように痛みを増す胃に、心の中の風鳴司令に祈らずにはいられなかった。

 

「えっと6…あいや、7人で」

 

「七人?」

 

「見てみな」

 

 そうやって握り拳に立てた親指で奏が指し示したのは、サングラスに帽子のいかにも怪しい青い髪の女性(SAKIMORI)が外で見張っている光景だった。

 

 ………まさか、これって。

 

 

 

「いやー、贅沢だねアンタ。自慢じゃないけどアタシらのライブチケット、喉から手が出る程欲しい人居るってのにさ」

 

「……本当にな」

 

 キャロルとエルフナインの二人が歌っている光景を目にしながら、いつの間にか隣に座っていた奏の会話に付き合う。

 

 チフォージュ・シャトーにいた頃には想像も出来なかっただろう。

 

 『わたしはっ!奏が毒牙にかかってないか心配で……ッ!』と、あらぬ勘違いをしている翼を奏があの手この手で言いくるめた後、そのままツヴァイウィングの二人でデュエットすると言う夢の様な光景だった。

 

 立花ちゃんの興奮がそれはそれは凄まじかった。

 横に座っていた未来さんが引く位には盛り上がっていたと思う。

 

 キャロルの手前、目に見えて反応する事はしなかったが、内心言い尽くせない感動を覚えている。

 

「それにしちゃ浮かない顔だね」

 

「まぁ、色々あって」

 

 歯車の行方もそうだ。

 段々と時代は把握しきれなくなって来ている。

 知っていた事がいつの間にか知らない事へと変わりつつある。

 これが不安と言わずになんと言うのだろうか。

 

 まぁ、その他にも歌いながらこちらを見つめるキャロルの顔がだんだん険しいものにと変化していったり。

 奏のその隣のSAKIMORIから感じられる殺気に肌がひりついているのだ。

 浮かない顔にもなる。

 

「へぇ? キャロルには言えない事かい?」

 

 揶揄うように顔を近づける奏。

 

 それに合わせる様に、奥の翼さんの持っているコップにひびが入る。

 それを目の当たりにした未来さんの顔が引きったり、キャロルの歌声が聞き覚えのある力強いものに変わっていっている。

 

 正直胃が限界なのでもうやめて欲しい。

 

 

「……もしも、これから起こる事が分かってたとして、ある日突然分からなくなったら、どう思う?」

 

「はー、そりゃキツいね」

 

 こちらの問いかけに合わせて元の距離へと戻っていった奏。

 正直に話した方が一番手っ取り早く終わる気がしたが、正解だった様だ。

 それよりキツいのは今の状況じゃ。

 

「もしも、だけどな」

 

「んー、そうだなぁ…」

 

 奏は少し考えてから「どうもしないさ」と言った。

 

「どうもしない、ねぇ」

 

「いい事も悪いこともさ、わかんないもんじゃん普通」

 

 その通りだった。

 わからない事が不安で仕方が無かったけど、今更なのだ。

 

 寧ろ、これだけ変わっているんだ、わからないのも当然だ。

 

 何を下らない事で悩んでいたのだろう。

 

 

「わかりきってりゃ人生楽しくないだろ?」

 

 

「ああ──その通り、その通りだったよ」

 

 奏の言葉で当面の悩みは晴れた。

 誰かに相談すると言うのはいい事だ。

 何かたいせつななにかを失った気もするが。

 

 

「ホラ、マイク持ちな。次一緒に歌うぞ」

 

「えっ」

 

「な? 人生わからないだろ?」

 

 マイクを向けてにかっと笑う奏に、思わずドキッとさせられた。

 これがトップアイドル……すごい。

 

「ダメっ奏! 貴女にそんな事させられないッ!」

 

「次はわたしとッ!その次もわたしッ!」

 

「奏さーん!わたしとも歌いましょうよー!

 

「響は私と、でしょ?」

 

「あの、みなさんで歌えば良いのでは……」

 

 

◆◆◆

 

 

「胃が痛い」

 

 あれから何曲が過ぎた後、適当に理由をつけて部屋からの脱出に成功し、人気の無い外の空気を堪能していた。

 

 無理矢理自分を誤魔化していたが、これ以上は無理だった。

 

「あの空間はキツいって……」

 

 装者四人と同じ空間ともなると流石に空気が甘ったるくて辛いし、ちょくちょく響や奏がちょっかいかけて来るのはツライ。

 

 その度にキャロルの顔が曇るのは辛い。

 

 未来さんやら翼さんが殺気を飛ばすのはもっと怖い。

 

 よく分かっていないエルフナインはそのままでいてくれ。

 

「ガリィのちょっかいが懐かしい」

 

 あの頃は、ガリィにこむら返り起こさせられたり、お腹冷やされて風邪ひかされたり、服を全て裏返しにされたり。

 時には一緒にキャロルにちょっかいをかけに行ったりもした。

 

「そうですねぇ、そろそろ寂しくなりますよねぇ」

 

「うん……」

 

 思えば、キャロルとあんな風に話せるようになったのは、ガリィのお陰だった。

 

『マスターに料理のひとつでも振る舞えばどうですかぁ?』と言われたのもキッカケの一つだったか。

 

 ファラやレイアからは怪訝な目で当時は見られても、ガリィの入れ知恵だと分かると放って置かれたっけ。

 あれ、ひょっとして今生きてるのって結構ガリィのおか───

 

「ガリィ!!!?」

 

「そうですよぉ〜ガリィちゃんで……あらら」

 

「本当にガリィ……なんだよな?」

 

 気づけば、ガリィに抱きついていた。

 人形特有の感触と、オートスコアラーたるを物語るような生気の無さを確かめる。

 

「そうですよぉ。ですからミカちゃんみたいにくっつかないでくださいな。いい加減鬱陶しいんだよッ!このグズッ!」

 

「ああ…その態度! ガリィだ…!」

 

 顔を手で押し除けるように掴みながら罵倒するその素振りが堪らなく懐かしい。

 

「なんだよその基準!いいから離れろって…あーもう、ったく……」

 

 諦めたのか力を抜くガリィ。

 ガリィには悪いが、もう少しそのままでいてもらおう。

 

「仕方ないですねぇ……」

 

 ため息をつく様な素振りのガリィに抱きしめ返され、暫くの間、頭を撫でられていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「落ち着きましたかぁ?」

 

「まぁ、うん……なんだろう、ごめん」

 

 嬉しさの余りに少し泣いていた気がする。

 

「本当だよボケ」

 

「……でも、どうして?」

 

 当然の疑問だろう。

 つい先程までは再び会えた喜びが自分を圧倒していたから気にすらしなかったが、一体全体どう言う理由でまた稼動しているのだろう。

 

 

 

「マスターがガリィ達を修復したんです」

 

 

「────」

 

 絶句する。どう言う事だ?

 あり得ないだろう、それは。

 だって、キャロルは、キャロルは───

 

「実際、マスターを見たらガリィちゃんびっくりしましたし。ガリィが驚くんだから、アナタが驚くのは当然ですよぉ」

 

「いや、待てガリィ。キャロルは───」

 

「マスターが()()。いや、ホントどうしよって感じ」

 

「────嘘、だろう?」

 

「いやですねぇ、ガリィは嘘なんてつきませんよぉ」

 

 そんなバカな話があるはずがない。

 第一、キャロルは一緒にS.O.N.G.に居る。

 

「平行世界の、か? だろう?」

 

「いいえ。ちゃーんとアナタの事を覚えてるマスターですよ」

 

「な……」

 

 ますます混乱する。

 どう言う事だ、キャロルが二人いるってのか、訳がわからない。

 一体、何が───

 

「───予備躯体か」

 

「せいかーい! いや、ぶっちゃけアタシもよくわかってませんケド」

 

「…………その、キャロルは何処に?」

 

「マスターから装者共に囚われの身になっているアナタを連れて来いッ!なんて言われて来たんですけどねぇ………いざ見てみりゃその装者達と結構楽しくやってるってアハハハハハ!!!」

 

「いや……別にそう言う訳じゃ……」

 

 ケタケタ笑うガリィの言葉を否定する。

 決してそう言うのではない……はず。

 

「もー、贅沢な人ですねぇ。そんなんだからマスターのヒモなんですよ」

 

「ヒモじゃ……ごめんなんでもない」

 

 ガリィの言葉が辛辣では無いと感じてしまったのは、なぜだろうか。

 

 

「ただ、面倒臭い事にですねぇ、現在のガリィちゃんはあっちのマスターもマスターとして認識しちゃってるんですよぉ」

 

「はぁ」

 

「ですのであっちのマスターに『やめて!』って言われたらやめなきゃいけないんですね」

 

「はぁ」

 

「ま、こっちのマスターに報告したらそうならない様に調整してくれるとは思いますが……」

 

「はぁ」

 

「ねー、旦那さまぁ〜」

 

「ハァ!?なんだ突然ッ!?」

 

 ガリィとは思えぬ、猫撫で声でしなだれかかって来た。

 不気味で鳥肌が立ちそうだ。

 一体全体何がどうなっているんだ、今日はイベントデーなのか?

 

「ぶっちゃけどっちのマスターに付くとかメンドクセェんで、どーせ取り合いになんだろうし? ならアンタに付いてた方がお得なわけよ」

 

「………あ、そう」

 

 納得いかないが納得のいく説明だ。

 この後待ち受ける運命がなんとなく想像出来てしまう分、尚更だった。

 

「ま、そう言う事ですから。これからもよろしくお願いしますね? ダンナサマ♡」

 

「よ、よろしく……」

 

 ガリィを知ってる人が見たら驚く事間違い無いような、とびっきりの笑顔だった。

 

「えぇ…と、取り敢えず戻ろう……」

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おいおい、随分長……オイ、なんの冗談だ?」

 

 もう少しで探しに行くところ、と考えていた所に、件の男が見覚えのある敵を引き連れて戻ってきた。

 

「が、ガリィ!?」

 

 エルフナインが驚愕する。

 

「オートスコアラーだとッ!?」

 

 一瞬慌てたが、すぐに防人としての精神を取り戻し、ギアペンダントを携える翼。

 

「うっそ、どうしてここに!? 確か、マリアさんが……」

 

 響は驚くも、ギアペンダントを携える事はしなかった。

 本人のカンが大丈夫だと告げていたからだった。

 

「お久しぶりですねぇみなさま方。あの時はどうもありがとうございましたぁ〜」

 

 ケタケタと笑いながら瀟酒にスカートの裾を摘んで軽く上げるガリィ。

 

「マスターもお久しぶりです。お元気そうで何よりですねぇ」

 

「…………」

 

「あらら、無反応。随分と想い出を焼却してるご様子で。これは大変ですねぇ…」

 

 キャロルの反応が無いのは当然と割り切るガリィ。

 

「ガリィ、貴女がどうしてここに?」

 

「エルフナインも変わらずですねぇ……見てわかんねーのか? ま、わかんないですよねぇ……」

 

「話が読めねぇぞ!最初っから説明しやがれ!」

 

 奏が怒る。

 彼女は一度ガリィと槍を交えているのだ。

当然の反応と言えるだろう。

 

「じつはキャロルがもうひとり、そのキャロルがガリィを再起動」

 

「は……?」「何ッ?」「キャロルが…?」「うそぉ!?」「えっと…」「………」

 

「だよねぇ、なるよねぇ……」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

《ええと、つまり、ガリィくん。キミはこちらに付く、と言う事で良いんだな?》

 

 取り敢えず、説明は風鳴司令に報告を兼ねて行われた。

 報告を受けた時の風鳴司令が、通話口越しでもわかる程か混乱していたのを覚えている。

 

「正確にはマスターのヒ……ヒモにですケド」

 

「直せてねぇよ」

 

《まぁ、なんだ。そう言う事なら……歓迎しよう》

 

「アタシが言うのもなんだけどよ、そんなんで良いのかよS.O.N.G.は」

 

《昨日の敵は今日の友。手を取り合い解り合えるのなら、それに越した事はないだろう》

 

「あーハイハイ、そう言う甘ちゃん組織なんですね、ガリィ把握ー」

 

《その甘さは、大事にしていきたい所だ》

 

 ガリィの呆れも理解はできるのだが、実際その甘さにキャロル共々助けられている。

 

 いや、ひょっとしたら慢性的な戦力不足に陥っているだけかも知れないけど。

 

「ふぅん。ま、そうでもなきゃ、今頃マスター共々生きていませんもんねぇ。そこは感謝しますよ」

 

 

《礼には及ばん。俺達が何かした訳じゃないからな》

 

「……ああ、そんな事もありましたっけ」

 

 懐かしい。

 パヴァリア…引いてはカリオストロに会いに行った時の事だろう。

 その記憶はガリィの中にはまだ存在していた様だ。

 

《ではな、他の連中にも話を通さなきゃならないからな》

 

「はいはーいっと」

 

「にしても、驚いたぜ……」

 

 奏が複雑そうに呟く。

 

「二人目のキャロル、か」

 

 翼が奏に続いた。

 

「なんだか、ふくざつなよかんがするね未来」

 

「あはは…そうだね響……ごめん、ちょっとわからないな…」

 

 よく事態をつかめていない様な響に、未来だった。

 

「キャロル……」

 

 心配そうにキャロルを見つめるエルフナイン。

 けれども、予想に反してキャロルは落ち着いていた。

 

「………行こう」

 

 キャロルは決意を込めて呟くと立ち上がった。

 

「何処に?」

 

()()()のところ」

 

「どうやって?」

 

()()()。あなたなら、出来るでしょ?」

 

「もちろんですよぉ、マスター」

 

 恭しくお辞儀をするとガリィは懐から小さい瓶の様なモノを出した。

 それを見ると、見慣れた物体が握られていた。

 テレポートジェムだ。 

 

「待って、一緒に行かせて欲しい」

 

 キャロルとガリィが転移を始める前にそう言った。

 キャロルはこちらをじっと見つめている。

 

「頼む」

 

「………わかった」

 

 息が止まりそうな程、痛い沈黙が暫く続いてから、やっと口を開いた。

 

 

「おいおい、そんな事───翼?」

 

 意外にも、翼が奏の肩を掴んで止めた。

 

「征かせてやって、奏」

 

「翼、お前、どうしてそんな───」

 

「私にも嘘はついていない事くらい判る。ならば、キャロルにとっては宿業因果の如しなのだろう」

 

「……礼は言わない」

 

「構わない。キャロル、決着をつけて来い」

 

 翼はキャロルの肩に手をかけてそう言った。

 

「じゃ、行きますよ」

 

「ボクも行きますッ!」

 

 土壇場にエルフナインが叫んだ。

 

「もー、早くしてくださいよー」

 

 ガリィが手招きすると、エルフナインがジェムの作動範囲内まで入って来た。

 

「守れないけど、いい?」

 

「勿論です」

 

 キャロルの問いかけに力強く、決意を込めて頷いた。

 

「結構」

 

 ガリィの手から離れたジェムの器が割れる音がして、目の前が光に包まれた。

 

 

 

「ねぇ、未来。あれってさ、翼さんいい感じな事言ってるけど、おにーさんが居なくなるからってテキトーに言ったんじゃ」

 

「静かにね、響」




奏さん
動かしやすいからってこき使ってたらなんか勝手に動き始めて困惑している。ヒロイン力が高い様に見えるのは気のせいだろうか。
でもヒモを飼ってるイメージが……いや意外と…


サンジェルマンさん
力だけの無能な頭に変わって部下を抑え込める位には優秀なひと。
それだけにヒモを飼ってそう(ド偏見)
ただなぁ、飼ってたら飼ってたらでなぁ、二人がなぁ

未来さん
響をヒモにして飼っててもおかしくない。

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