キャロルちゃんといっしょ!   作:鹿頭

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最終回(ではない)です。
だってまだ色々のこって…


正妻戦争

 かつての呪われた忌城を冠する場に、よく似ている。

 ここを訪れた男は、そう思った。

 

「遅かっ───な」

 

 中央に座する少女は、驚愕の色でその表情が染まっていた。

 

 当然だろう。

 

 エルフナインとも違う。

 そこには、自分と全く同じ姿形をした存在がいたのだから。

 

「………チッ、ヴァイスハウプトめ。ワザと黙っていたな」

 

「…………」

 

 まるで鏡合わせの様なふたりは、静かに視線を交差させた。

 

 

「まぁ良い。どういうつもりで連れて来たかは知らぬが──早くこっちに来い」

 

 少女は男に向けて手を伸ばした。

 だが、男の足が前に出る事は、なかった。

 

 その様子を見た少女は、深く溜息を吐いた。

 

「やめておけ。想い出の大半を焼却して、自分の事すら覚束ないだろう?」

 

 泰然と語る少女の言葉は、事実だった。

 

 

 

 

「そんな護られるだけの存在になんの価値がある。お前の事をわかってやれるのはオレだけだ」

 陽が東から昇る事が当然だと、言わんばかり。

 少女の言葉には、絶対の自信が篭っていた様に、見えた。

 

 ()()()()()()()()()()()、とも言っているかの様でもあった。

 

 

「わかったら、さっさとオレの側へ戻ってこい」

 

 

 

 

「──ね、面倒臭いでしょ?」

 

 キャロルの話がひと段落した後、ガリィが耳元で囁いた。

 

「どうすれば良いんだ……」

 

 頭を抱える。

 どうすれば良いのか全然思い浮かばない。

 キャロルは本当にふたり居たし、なんなら空気は既に最悪だ。

 

「チッ……そんなにそいつが気になるか? 勘弁してくれ、全く」

 

 勘弁して欲しいのはこっちの方だ。

 確かに、側のキャロルの事は気になる。

 だが同時に、目の前の傲岸不遜なおひめさまキャロルの事だって、同じくらい気にしている。

 

 動けない、動けようはずもない。

 

「ガリィ、連れて来い」

 

「えぇ〜どうしましょう? ガリィ困っちゃう」

 

 ワザとらしく、とぼけたマネをするガリィ。

 ガリィに命令したキャロルは、その様子に少し苛ついていた。

 

「御託は良い、さっさと連れて来い」

 

「そうはいいましてもですねぇ、マスター。当の本人の意思を無視して()()ガリィは動けませんので」

 

「なッ……ガリィ、お前裏切る気かッ!?」

 

「いやですねぇ、マスター」

 

 目を見開き、身を乗り出したキャロルに、ガリィはいつもの様なあくどい笑みを浮かべた。

 

「こんな状況どっちに付いても面倒いんで、マスターの! 旦那サマに付いた方がマシって話ですよぉ」

 

「だっ……そ、そういう問題じゃないわッ!」

 

 頰を赤く染めてガリィを怒鳴りつけるキャロル。

 だが、少し機嫌が良さそうでもあった。

 

「ま、まぁ……百歩譲って赦すとする、が」

 

 キャロルは少し目を閉じ、冷静さを取り戻してから、目を開け、ゆっくりと視線を動かした。

 

「エルフナイン、お前は何をしに来た」

 

「ボクは……見極めに来ました」

 

「見極める? ハッ、随分と偉くなったモノだな、エルフナイン」

 

 呆れたと言わんばかりに肩を竦める。

 事実呆れているのだろう。

 

 だが、エルフナインの言葉は中身の伴ったものだ。

 その事に気づかないキャロルではないだろう。

 

「それは錬金術師としての性か?」

 

「いいえ。ボク個人としてです」

 

「………そう、か」

 

 キャロルの問い掛けに目を逸らす事なく真正面から答えたエルフナインの様子に、キャロルはそれ以上、言葉を投げかける事は無かった。 

 

 次なる事こそが、最も重要だと。

 そう言えるから、構っている余裕がそれ以上無かったからかもしれないが。

 

「───さて」

 

 キャロルは鏡を見つめる様に、もう一人の自分とも言える存在を見据える。

 

「実に奇妙な光景だ」

 

 悍しい物を見てしまったかの様に吐き捨てる様な言い方をするキャロル。

 

「オートスコアラーの様にオレ自身の人格の一部が元になる訳でもなく──」

 

 ゆっくりと立ち上がり、此方へと歩みを進める。

 

「エルフナインの様に独立している訳でもない」

 

 語る様に話しながら、キャロル達の距離はちょうど、相手の姿がはっきり見える間合いまで近づいていた。

 

「ましてや平行世界のオレでもない、か。全く、ヴァイスハウプトめ、余計な事をしてくれたものだ」

 

 心底忌々しそうに顔を歪めるキャロルからは、ヴァイスハウプト、と言う言葉が出てきた。

 一体、何が理由でアダムはそんな事をしたのだろうか。

 

「フン、まあ良い。……アイツは今のお前には勿体無い。返してもらうぞ」

 

「いやだ、と返すさ」

 

 相対する二人のキャロル。

 

 今の今まで口を開かなかった方のキャロルが初めて明確に拒絶の意思を示した。

 

「───だろうな、気持ちは判るぞ」

 

 フッと口角を吊り上げて。

 

「だからこそ、お前にだけは渡したくないのだッ!」

 

 そう叫んだキャロルの身体が光に包まれて───そして。

 

「ラピス・フィロソフィカスの……ファウストローブ…!」

 

 四大元素(アリストテレス)を示すスペルキャスターがキャロルの周りに浮いている。

 

 それは、錬金術の秘奥にして、前の世界では【エレメンタルユニオン】と。

 そう呼ばれていたモノそのものだ。

 

「ああ、そうだ。幸か不幸か、資材だけはあったのでな。いつかのお前の話を元に仕立ててみた」

 

 こちらの呟きを拾ったキャロルは、何処か満足気でもあった。

 

「余り実力行使はしたくないのだがな。致し方あるまい」

 

 腕を振るうと、四大元素の術式が背後で煌めく。

 

「キャロ──!?」

 

 これに慌てて止めようと駆け出すも、キャロルは、左手を真っ直ぐ横に伸ばして静止しようと───否。

 

「塵と燃え尽き───何?」

 

 突き出した左腕は、()()()()()を掴んでいた。

 

「えっ……」

 

「うそ……」

 

「あらまぁ」

 

 その光景を見ていた者は、銘々の驚きを漏らしていた。

 

 それを気にする事もなく、キャロルは摑んだ竪琴を掻き鳴らす。

 

 辺りに美しい音色が響くと、たちまちに弦が飛び出し、掻き鳴らしたキャロルの身体に巻き付き、ローブを形成していく。

 

 最後に被された帽子には、四大元素の輝き。

 彼女の身は、紛れもなくダウルダブラのファウストローブを纏っていた。

 

「ダウルダブラ……道理で使えぬ筈だ」

 

 忌々しそうに吐き捨てた、ラピスを纏うキャロル。

 こちらも驚いている。

 自分の事すら覚束なかったはずなのに、いったい、どうして───?

 

「いつの、間に……」

 

「ウェル博士って人のおかげでね、ある程度はかき集めてたんだ」

 

「マジかよッ!? アイツそんな事してたのか!?」

 

 恐らくは、ダイレクトフィードバックシステムだろう。

 成る程、キャロルの検査の頻度が多い筈だ。

 

 そんな危険な事をしていたとはウェル博士め、許せぬ。

 

 まぁ、キャロルの記憶がちょこちょこ戻っているのは事実なのだし、それで勝手に打ち消すが。

 いややっぱり許せない。

 後で一発お見舞いしてやろうか。

 

「お陰で、()()の使い方、思い出している」

 

 ダウルダブラを纏ったキャロルは、ニヤリと不敵に笑った。

 

「ハッ!ダインスレイフの呪われた譜面が──あらゆる不浄を焼き尽くすラピスの輝きに勝つ事が能うなどと思い上がるなッ!」

 

 辺りに浮かぶスペルキャスターが高速で回転したかと思うと、輝きが一層強くなり、今にもエネルギーを放とうとしているのが、素人目にも見てわかる。

 

「待てッ!待ってくれッ!」

 

 そう言うことではない。

 キャロル達の殺し合いを見に来たのではない。

 急いで止めようと、二人の間に割って入ろうと走る。

 

「そうです!そんな事間違っていますッ!」

 

 エルフナインも続く様に叫び、後に続く。

 

「ガリ……チッ、お前達ッ!近寄らせるなッ!」

 

「はーい! なんだ、ゾ!」

 

 突如として割り込む様に上から降ってきたミカに足を引っ掛けられる。

 

「おっとだゾ」

 

 地面から足が離れ、背中の衝撃を覚悟したが、ミカの二の腕の部分で支えられるとゆっくりと地べたに寝かされ、そのまま上に覆いかぶさられる様に乗っかられた。

 

「っ……ミカ!どいてくれ!」

 

「危ないから、あたしに大人しくくっつかれてるといいんだゾ」

 

 そう言うと両手を地面に刺して、胸板の上に頭を乗っけて、磔の様な格好になってしまった。

 

「ガリィ! 引き剥がせないのか!?」

 

「いやムリゲー」

 

 

 

 

 

「キャろ…っ!?」

 

「貴女は下がっていなさいな、エルフナイン」

 

 エルフナインがキャロル達の元へと駆けようとするが。両肩を背後から掴まれて引き戻される。

 

「ファラ……!」

 

「お前の出る幕は派手に存在しない」

 

「レイアまで…」

 

 レイアがエルフナインの前に立ちはだかる。

 キャロルの下へは、誰も近づけない。

 

 

 

 

「なんでだよ! そこで諦めんなよ!」

 

「いやいや、テメェあたしとミカの性能差知ってて言ってんだよな?」

 

 仕事をしないガリィ。

 だがここは巫山戯ている場合ではなく、本気で何とかしないと不味い。

 

 とは言え確かに性能差の問題無くしてガリィを動かせない。

 

 

「クソッ……ミカッ!どいてくれ…退けッ!」

 

 上でビクともしないミカに向かって怒鳴る。

 

 普段ならそんな事はしないが、ここはどうしても、退いてもらわねばならないからだ。

「久々に会えたのに……そんなにあたしがキライだったのかだゾ?」

 

 なんてこった、精神攻撃を仕掛けてきやがった。

 

 

「………いや、そうじゃなくてだなミカ。今すぐキャロル達を止めなきゃ行けなくてだな」

 

 目尻を下げ、如何にも悲しそうで、このまま身を委ねそうになる愛嬌があった。

 

「うげぇ…ミカちゃん、中々エグいですねぇ…」

 

 ガリィはせめて引き剥がそうとする素振りを見せてから感想を述べてくれ、話はそこからだろうと思った。

 

「あたしはオマエの事好きだゾ? だから、こうして傷つけないように、ぎゅっとしたいの我慢して頑張ってるんだゾ……?」

 

 身体こそ、べったりとくっ付いているが、その立派でカッコいい手で傷つけない様に腕が伸ばされている。

 

 確かに、ミカなりの配慮を感じられる。

 

「ミ、ミカ……」

 

「どうしても、イヤなのか……?」

 

 そう言うことではない。

 間違いようもなくそう言うことではないのだが、今のミカには何を言っても通じない。

 

 だけど、前に進むしかないのだ。

 

「退けてほしい」

 

「………わかったゾ。なら、せめてぎゅっと抱きしめて欲しいんだゾ」

 

「ああ、分かった」

 

 ミカの要望通りに、その身体を抱きしめる。

 

「…………」

 

 離してやると、ミカは名残惜しそうにその場から身体を退けていった。

 

「いやぁ、大変でしたねぇ旦那様?」

 

「人事だと思って……」

 

 ミカが離れた途端に戻ってくるガリィ。

 本当、なんといい性格していることか。

 

「まぁ、アレじゃあ近寄れねぇけどな」

 

 ガリィが示す先は、酷い光景だった。

 

 

 錬金術が織り成す四大元素の高エネルギー砲が飛び交い、弦が辺り一面を斬り裂き、熱線が辺りを焼き払う。

 また、重力砲とも言える一撃が空間を歪ませる事もあった。

 

 それはさながら宇宙戦争の様相だった。

 

 お互いの事情が事情だけに、想い出の消費を避けている様だ。

 

 お互いの手の内は全て割れている千日手。

 とは言え、いつ拮抗が崩れてもおかしくはなかった。

 

 

「呪われた旋律による高火力、か。忌々しい」

 

 ダウルダブラを見に纏うキャロルは、想い出の量が不十分だ。

 とは言え、その肉体はダインスレイフの呪われた譜面。

 世界を壊す歌を歌い上げるのは造作もない。

 

「だが──ラピスの輝きの前にいつまで続くかッ!」

 

 ダインスレイフの呪いを浄化するはラピス・フィロソフィカスの輝き。 

 

 幾ら高火力による遠距離砲撃が在ろうとも、想い出が不十分と言う条件が重なる以上、ダウルダブラのキャロルはじわじわと追い詰められていく。

 

 事実として、こうしている間にも幾度となく攻撃の直撃を喰らっている。

 

「───だとしてもッ!」

 

 爆煙を殲弦で引き裂いたキャロルは自らを鼓舞する様に吠え叫ぶ。

 かつて自らを打倒せしめた、少女の歌に肖ったのか───否。

 

「彼とずっといっしょに居たのはわたしなんだッ! ()()()()()()()()()()のお前なんかに───!」

 

 それは最も強い、最悪の否定。

 

 自分こそが正である。故に滅びろ、と。

 

 そしてそれは、対する少女にとって、致命の一言だった。

 

 

「───れッ」

 

「黙れ黙れ黙れだまれだまれだまれだまれぇぇぇぇぇぇッ────!!!」

 

 彼女の──キャロルの言葉は正しかった。

 

 とある世界、残響の歌が響いた時。

 ()はキャロルの再誕と称したが、厳密には異なる。

 あれなるはエルフナインがその身に残る想い出を寄せ集めた擬似人格であって、魂までは復活を遂げていなかった。

 

 それと同じ。

 仮に記憶も肉体も同一だとしても、同じ魂は存在しよう筈もない。

 彼女は、平行世界から来た訳ではないのだから。

 

 

 

 

 

「あちゃぁ、言っちゃいましたねぇ……」

 

 キャロルの発言を聞いていたガリィが苦々しい顔で呟いた。

 

「ガリィ……?」

 

 だが、それが良くわからない。

 聞こえていた。

 意味も理解している。

 だけど、自分の中の何かが、否定したがっていた。

 

「当たり前でしょう? あたし達の様な人形なら兎も角、同じ世界の同じ生物が、複数存在するワケないじゃないですかぁ」

 

 当たり前だ。

 それが自然の摂理。

 

 この世界では、魂の移行こそフィーネが成し遂げているが、魂の複製なんて偉業は起きていない。

 

「そんなっ…そんな事って……」

 

 エルフナインが瞳を潤ませる。

 泣きたいのはこっちも同じだ。

 

 魂の在処を言うなら、当然今まで一緒に居て、現在ダウルダブラを纏っているキャロルを優先すべきなのだろう。

 

 だけど、どっからどう見ても、どう考えても彼女もキャロルなんだ。

 

 彼女には出会った時の想い出も共に過ごした記憶もあって、姿形もよく見慣れた、いつものキャロル。

 

 

 魂が違うから君はキャロルじゃないので、退いてくれなんて、そんな酷い事言える訳がない。

 

 

 

 

 

「エルフナイン、貴女もそのくらい気づいているでしょう?」

 

「だからって、そんな酷い事……!」

 

 とうとう涙を流すエルフナイン。

 

「本来はそうならない様になっていた。けれど、なってしまったものは仕方がないのですわ……」

 

「アタシらも派手に混乱している」

 

「………どう、したら」

 

「さてな……このまま、決着するのを地味に見守るしかないだろう」

 

 

 

 

 

「消えろ消えろ消えろッ!!! 燃えて一切消えてしまえッ! オレの前から居なくなれッ───!」

 

「それはお前の方だッ!!!」

 

 

 

 

 

「うわぁ、派手ですねぇ。アタシ達の事、見えてないんじゃないんですかね」

 

 互いに鬼気迫る勢い。

 最早被弾すら意に返す事なく術式を展開し続けている。

 その上、所々跳弾や躱された攻撃が此方の方へと向かって来る様になっている。

 

「アタシがいなかったらみんなバラバラだゾ!」

 

 ミカが度々流れ弾に一撃を与えて掻き消す。

 

「本当、少しは考えて欲しいものですねぇ」

 

 ガリィは頰に手を当てて小首を傾げて、いかにも困ったと言う素振りをしてから、此方の方を向いて。

 

「それで、どっちにするんですかぁ?」

 

「何、を──」

 

「決まってるじゃないですかぁ、マスターですよぉ」

 

「……冗談じゃない」

 

「ええ、だからガリィは貴方についたんですよ」

 

 何でもない風にガリィは言う。

 それが当然なのだと、そう言われてる感じがして。

 

「お前……!」

 

「ガリィは貴方の選択を尊重します」

 

 一瞬、怒りが込み上げるも、ガリィは真剣に此方のことを見つめている。

 これでも、ガリィなりに悩んだ末の結論なのだろう。

 託される方は、堪ったモンじゃないが、それでもやらねばならない。

 

「…………そうか」

 

 足を踏み出し、歩き出す。

 進むべき場所は決まっている。

 

「おや、どちらへ?」

 

「決まっているだろ、キャロルの所だよ」

 

「そうですかぁ」

 

 ニヤリと笑ってから。

 

「お供致します、旦那様」

 

 後ろに控える様にガリィは付き添う。

 

「慣れないなぁ……」

 

 瀟酒で淑然としたガリィの様子はきっとこれからも慣れないだろう。

 

 

「ガリィと大人しくしていろ」

 

「退いてくれ、レイア」

 

 目の前に立ちはだかったのはレイア。

 時期にファラも止めにくるのは間違いないだろう。

 

「近寄らせるな、とのマスターの御命令だ」

 

「そこを頼む、レイア」

 

「駄目だ」

 

「そこを何とか」

 

「派手に危険だ……認める理由がない」

 

「だったら───レイアに護って欲しい」

 

 あのまま頼み込んでも押し問答のまま続くだろう。

 それよりは彼女にも味方になってもらいたい。

 安易な計算だが、ガリィが出来るんだから、出来ない事はないだろう。

 

「…………」

 

「一緒に、来てくれ」

 

 レイアと真正面から向き合い、彼女の眼をじっと見据える。

 値踏みする様な視線の後、眼を閉じたレイアは右手で頭を掻く様な仕草をした。

 

「……まぁ、こうなることは地味に予想していたさ」

 

 レイアはそう言うと踵を返す。

 

「……マスターを頼む」

 

「任せて、レイア」

 

「あらあら、悪い子達ですわね」

 

「……通してくれ、ファラ」

 

 予想通り、ソードブレイカーを此方に向けたファラが引き留めにかかる。

 

「ここは通しませ……冗談ですわ。構えないでください、二人とも」

 

 ガリィが氷塊を、レイアがコインを携える様子に対してか、ファラはあっさりと剣を下ろした。

 

「良いのか?」

 

「いいえ。ですが、共に行ってはならない、とは言われてませんもの」

 

「!」

 

「ガリィに出来て、私達に出来ない道理は有りませんわ。それと、仲間外れはイヤですわよ」

 

「ごめん……いや、ありがとう。ファラ」

 

「ええ」

 

 礼を言うと、ファラはにこやかに微笑んだ。

 

 これで、オートスコアラーの面々の協力を得る事が出来た。

 後は、目の前で宇宙大戦争を繰り広げている二人を止めるだけだが。

 その前に、不安そうに此方を見つめる、エルフナインだ。

 

「ボクは……」

 

「大丈夫。任せてよ、エルフナイン」

 

 そう言って、彼女の頭を撫でた。

 

「そんな残酷な事……任せるなんて」

 

「そうじゃないそうじゃない。ふたりとも何とかする、して見せる」

 

「本当に、本当に……!何とかなるんですか!?」

 

 前のめりになるエルフナインを安心させるために、微笑んで見せる。

 

「手と手を取り合う奇跡、だろ? 起こして見せるさ。みんなでな」

 

「みんなで……?」

 

 ───勝算は、ある。

 だが、これにはみんなの協力が必要不可欠だ。

 自分だけでは決して出来ない。

 と言うより、一人であんな所の渦中に突っ込むなんて絶対に無理だ。

 

「良しっ、ミカ!」

 

「お? やっとアタシの番が来たんだゾ! アタシも仲間外れはもう御免なんだゾ……」

 

「あのふたりの間までぶん投げてくれ」

 

 まずそうしないとあの中に割り込めないだろう。

 

「ちょっ!? お前バカか!? 本気で死ぬぞ!!?」

 

 驚愕したガリィが胸倉を掴んできた。

 解っている。

 だが、ここで命の一つ賭けずして、二人を止める事など能わないだろう。

 

「出来るか?」

 

「当然なんだゾ! でも、ガリィの言う通り、死んじゃうんだゾ……」

 

「………そこはなんかうまい感じに護って欲しいんだけど」

 

 心配そうに項垂れるミカの姿に狼狽る。

 死んだらそれこそ、ふたり仲良く万象を分解しかねない。

 情けない事ではあるが、守って貰わないと話が始まらないの、だが。

 

「それなら、ボクに考えがあります」

 

「お?」

 

「錬金術を応用して、ギアの改修の際に見た、シンフォギアの各種防御システムを擬似的に再現すれば……なんとか、一撃凌ぐ事なら出来るかもしれません」

 

 エルフナインの腹案は、最善では無いものの、現在の状況下に於いては理想的なものだった。

 

「何言ってんのか全然わかんないけど、出来るの、エルフナイン」

 

「はい。ボクが術式を組み立てますので、みんなはそれに力を貸してください!」

 

 エルフナインの話は理解出来ないが、一撃凌げるなら十分だろう。

 目的は二人を打ちのめす事ではなく、二人を止める事。

 割り込む事さえ出来れば、後は説得してみせる、しなければならない。

 

「チッ…しくじったら承知しねーぞ!」

 

「ああ……任せた」

 

「頼みましたわよ、エルフナイン」

 

「おー、持ってけーだゾ!」

 

「ありがとうございます! よし、これなら……!」

 

 エルフナインが中空に映し出した術式に、オートスコアラー達が力を注ぎ込む。

 術式が一瞬七色に光り、身体に見えない膜の様になって張り付く。

 

「………おぉ」

 

「出来ましたッ! 後は!」

 

「合図はこっちで出す! ミカ! 頼んだ!」

 

「任せるんだゾ!」

 

 錬金術で作った足場がミカの右手に投影される。

 

「軌道の修正は私にお任せを」

 

「頼んだ」

 

 ファラが指を鳴らすと風のカーテンが全身に纏わり付く。

 

「後は前方進路の確保を頼むッ!」

 

 辿り着く迄に被弾したら防護壁が無意味になる。

 だからこそ、攻撃手段を持ち得ない身では、みんなの力を借りたかったのだ。

 

「りょうかーい!」

 

「───ええ」

 

「ああ……任せろ」

 

「わかったんだゾ!」

 

 四人は絶対の自信を持って承諾した。

 

「良し…一か八か……思い出せ思い出せ…風鳴司令のラッシュを……あれに比べればマシ、アレに比べればマシ……」

 

 『響くんとは良く対打をしているが、お前もやって見るかッ!』とか意味不明な事を言われ、訳のわからん速度のラッシュ。

 

 あの時よりは────!

 

「───見えた」

 

 飛び交う熱砲線は、遅く見える。

 

「今!」

 

「おっしゃあー! いくんだ、ゾ!」

 

 ミカが合図に合わせてキャロル達の丁度中央目掛けてブン投げた。

 ファラが操る風の力で、加速に益々の勢いがつく。

 

「危ない、危ない」

 

 目の前に近づいて来る光線に向かって氷の塊が直撃する。

 

「それッ!」

 

 さらに、飛び交う瓦礫の破片を凄まじい速さでコインが砕き破っていく。

 

 

 

「キャ、ロ、ル────!!!」

 

 

「────な」「ええっ!?」

 

 思いっきり叫ぶ。

 目の前の二人はそれぞれが凄まじい熱量を誇る小型の太陽を形成している最中だった。

 

「止められ───」「マズっ───」

 

 キャロル達の焦った顔。

 此方に気づいた以上、先ずは第一段階終了と言った所だろう。

 後は───

 

「今ッ!」

 

「ええ──ッ!」

 

「派手に行くッ!」

 

「みんなの力を合わせるんだゾ!」

 

【 Elemental Burst 】

 

 水、風、土、火。

 四つの元素が混ざり合い、混沌を織り成し高質量のエネルギー塊となって、ふたつの太陽の元へと放たれる───!

 

 

 

 

 辺りは、眩い閃光に包まれた───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───生き、てる、な…はぁ……」

 

 五体が動く感覚に。

 目の前には──キャロルが居て。

 

 辺りはめちゃくちゃだが、作戦は、成功した模様だ。

 

「巫山戯るなッ!!!」

 

 激昂したキャロルに思いっきり頰を張られる。

 

「っ………」

 

「何故そんな真似をしたッ!どうしてそんな馬鹿な真似をしたッ!」

 

 胸倉を掴まれ、揺さぶられる。

 

「オレは…ッ! オレは………」

 

 キャロルは、遂には涙を流して縋り付いてきた。

 

「………どいて。そこは、わたしの席」

 

 煤だらけになったキャロルが、横から歩み寄って来る。

 その身にはもう、ダウルダブラは纏っていない様だった。

 

「お前なんか───わっ」

 

 引き剥がそうと彼女の肩を掴んだので、その腕を掴んで、逆に引っ張り、抱き寄せる。

 

「………バカ、だからさ。魂とか、記憶がどうだとか、そんな事言われてもさ、困るんだよね」

 

 自分に置き換えて、考えた。

 もう一人の自分が居て、自分が本当の自分だと主張して、キャロルの側に居るのだ。

 

 そう考えると、ぶっ殺したくなる気持ちもわかるし、気がどうにかなりそうだった。

 

「身体も一緒で、記憶も心も一緒。でも魂だけが違うって言われてもさ、難しい」

 

 ────でも、そうではない。

 

「そんな……」

 

「……ひどい事言ってるのは、自覚している」

 

 これから取る選択は、最低の選択なのかもしれない。

 だけど、それしか取る気はなかった。

 

「もう二度と離すもんかッ!」

 

「万象黙示録の時どんな思いをしたかッ! 心配で心配で仕方がなかったッ!」

 

「オートスコアラーは居なくなるッ!しまいにはお前も居なくなるッ! そんな事判ってたさ! 判ってて協力してたんだからッ!」

 

「だけど……ッ…目の前からもう誰も喪いたくないんだよ……!」

 

「…………」「…………」

 

 泣いていた。

 ここに来て、初めて本気で泣いて、本気で思いの丈をぶつけている。

 実に身勝手で、醜く我儘な思いだ。

 それでも、どちらか一人を選ぶなんて出来なかった。

 

 

 

「………オレはな、お前を元の世界に還してやりたかった」

 

「────え」

 

 キャロルが、ぽつりと打ち明けた。

 そんな話、今の今まで聞いたことが無かっただけに、驚きが隠せない。

 

「うん。キミがさ、一回は帰りたい、って言った時。すっごく寂しそうで、さ」

 

「そん……いや、そうだった、かもしれない」

 

 一度、確かにそんな事を聞かれた。

 

 その時の事を覚えていたのか。

 

 その時そんなに、自分は寂しそうな顔をしていたのか。

 

 

「……だからオレは世界を分解、解析する事で、お前がこの世界に来た時の現象を突き止めようとした」

 

 告解する様に話すキャロルの表情は判らない。

 それでも、暗く沈んだように話している事はわかっていた。

 

「そうすれば、分解した世界を注ぎ込んで、お前を還してやる事だって出来ると、考えた。………失敗、したがな」

 

「……そんな事、を」

 

 

 これには、どんな言葉を返せばいいのか解らない。

 間違いなくキャロルは、こっちの事を想ってやった事だったからだ。

 

 だから、今度はこっちの番。

 二人に向けて、思いを。

 

 真正面から、真っ直ぐにぶつけるんだ。

 

 

「そんなの───キャロルが、キャロルさえ居てくれれば、それで良いんだ。それでよかった! それ以外の何も要らなかった!」

 

「なら……どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ」

 

 咎める様なキャロル。

 

 だが、あの時は仕方がなかった。

 多少のキャロルへの恐怖も有していたからだ。

 

「だって、そんな事言ったら……キャロルに、捨てられるか、殺されるかと思って」

 

「………まぁ、やったかもしれんな、当時のオレなら」

 

 ぽつりと溢す言葉。

 

「だから……回りくどい事しか出来なかったんだ」

 

 パヴァリアまで遠路遥々ガリィに力を借りて渡りをつける事になった。

 

「そう、だったんだ」

 

 キャロルが、優しい口調で呟いた。

 

「……ふふ、なんだか。バカみたいだね、わたし達」

 

「……バカだったんだ。とびきり、な」

 

 ふたりのキャロルは、ここへ来て初めて笑いあった。

 

「それで、両方抱きしめて、どっちを離すんだ」

 

「離さない。二度と離すもんか。同じ事を言わせないでくれ、キャロル」

「なお───オレをキャロルと呼ぶんだな、お前は」

 

 乾いた様に笑ってから、キャロルは、自嘲するかの様に、訥々と語った。

 

「そこのわたしからしたら、自分と同じ誰かが動いているんだ。……心底、気味が悪かったろうさ」

 

 事実、最初にここに来た時、一緒に来たキャロルは、ロクに喋っていなかった。

 

「………自分は自分だと言う想い出がある。パパとの想い出も、お前との日々も鮮明に思い出せる…だから、こそ……」

 

 泣きじゃくりながらも、懸命に言葉を紡いでいる。

 自分と言うアイデンティティの崩壊。

 それは一体どれ程辛い事なのかは判らない。

 だけど、見た目も想い出も同じ彼女を、キャロルと呼ぶ以外に知らない。

 

 安心させる様に、強く抱きしめて、囁いた。

 

「これから、みんなで一緒に想い出を作っていけばいいさ。そうだろう、キャロル」

 

「そう、か。───そう、だな」

 

 腕の中で、キャロルは心から安らいだ様に、穏やかに笑った。

 

 

「欲張り。ふつう、そういうのはどっちか選ぶもんだよ?」

 

 口をすぼめたキャロルが脇腹を軽く抓る。

 痛くはなかった。

 本当に軽く、甘える様だった。

 

「………ごめん。謝れない」

 

「なにそれ。おかしなの。でも、そんなわがままなキミを、ゆるしてあげる」

 

 くすくす笑って、それから。

 満面の、可愛らしい笑みを見せて。

 

 

 

 

「だって、キミの事が────」

 

 

 


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