何処かの場所、グラスを燻らせながら事の顛末を
「揃えてくれたからね、必要なものは」
その傍らには──ヤントラ・サルヴァスパ。
あらゆる機械群を己の意思で動かす事が可能となる聖遺物にして、シャトーから片手間に回収したキャロルの予備躯体とは異なり、彼の
「修復もできた、お陰でね」
装者達との激闘の余波で、損傷が著しかったが、力で従わせた結社の人間に聖遺物を持ち出させ、修復をさせていた。
それは己が計画の為。
かつて己を選ばなかった創造主への復讐の為。
「……越えてみせるさ、アヌンナキを」
その顔は、何処までも決意に満ちていた。
「──す「好きだ」
キャロル達を力いっぱい抱きしめていたが、オレな方のキャロルは両腕を器用に引っ張り出すと、もう一方のキャロルの口を手で思いっきり塞いで、そんな事を真っ直ぐに言った。
「例え、上っ面だけの想い出に起因するとしても、オレに渦巻く感情は否定したくない」
彼女の様子は自分の感情を改めて確認する様だった。
「それに、これから共に想い出を紡いでいくのだろう?」
両手を頰へ添えられる。
キャロルは頰に添えた左手をゆっくりと後頭部へ回していく。
「手初めにっぐッ、ふぁひをふふひはま」
気がつけばキャロルの口には糸の束が猿轡の様に噛ませられていた。
「それだけは ぜったいに ゆずらない」
右に抱えているキャロルがやっていた様だ。糸の束だと思っていたのは、もしかしたらダウルダブラの弦、の様なものなのだろう。
とは言え、それを抜きにしても眼が据わっていて少々心配になる。
「むぐっ……んッ!」
キャロルは掌に術式を燈し、轡糸を力任せに引きちぎった。
「はぁ……お前は暫く二人きりだったのだから、少しくらい譲れ」
弦を引きちぎったキャロルは、これ以上争ってられるか、とばかりに溜息を吐いた。
「……やだ」
「…ん?」
キャロルは拒否の意思を見せたが、この手の意思表示にしては珍しく、頰を染めまるで蚊の鳴く様な声だった。
提案した方のキャロルは、何かに気付いた様で、おもむろに片眉を吊り上げていた。
「まさか、とは思うが。もしやお前──」
「それ以上喋ったらお前を一片残らず分解する」
「ほう? やはり図星だったか。上等だ。やれるもっ──」
「……言ったそばから喧嘩しないでくれ」
殺伐とし始めた二人を止める為に、少し強めに抱きしめ直す。
「頼むから、ね」
二人の耳元で囁く。
……なんだか自分が酷く下衆に思えて来た。
これから、もっと苦労するのだろうと思うと、頭が痛い。
「………」「………」
二人は何も喋らなかった。
とは言っても、大人しくしてくれているから、ひとまずこの場では収まってくれるだろう。
「いやいや〜大変ですねぇ、ダンナサマ?」
「……茶化さないでくれ、ガリィ」
つつー、と氷上を滑る様に態々目の前に来たガリィは、開口一番そんな事をぬかしていた。
とは言え、無事だったのは何よりだ。
「まぁまぁ良いじゃないですかぁ」
そんなガリィは頭をボタンを押す様にポンポンと叩いてきた。
こ、この野郎、他人事だと思って……!
「よかった! 無事だったんですね!」
エルフナインの声が背後から聞こえてきた。
声の大きさから察するに、それなりに距離があった様だ。
「うん、無事。みんなは?」
駆け寄って来ていた彼女に、頭を軽く後ろに傾げて返した。
別に手を上げても良かったんだけれど、両手はキャロル達で埋まっている。
……今のタイミングで離したら何が起きるかちょっと考えたくなかったのもある。
「派手に無事だ」
「ここに」
レイアとファラがそれぞれ答える。
「アタシも無事だゾ〜! でも、ちょっとお腹すいたんだゾ……」
ミカの発言に疑問を覚えた。
「そういえば、オートスコアラーって今どうやって動いてるの……?」
普通なら想い出なのだろう。
だが、S.O.N.G.で死者が出たなんて話は聞いた事がなかった。
ならば、違うエネルギー源が存在して然るべきだろう。
「……ラピス・フィロソフィカスのエネルギーだ」
その問いにはオートスコアラーを再起動させたキャロルが答えた。
「設計思想的には、やはり想い出の方がエネルギー効率的には良いんだがな」
「ふーん…便利なんだねぇ」
「現代における錬金術の極点の一つだぞ。便利でなくてどうする」
確かにそうだ。
いや、本当にそうなのか?
詳しい原理はわからないから、なんとも判断し難いのだが、本当にそう言うものなのだろうか。
「それに……いや、なんでもない」
「いやいや、そこで切らないでよ。気になるじゃないか」
「………ラピスの光はあらゆる不浄を祓うからな。呪われた旋律をその身に刻む事は能わないのだ」
「………それって」
「ああ。やるつもりだった、が……その、お前がオレだけ居れば良い、なんて言うから……」
「そんな事、誰も何もひとっことも言ってないよ? 大丈夫?」
今まで静かに話を聞いていたキャロルが急に言葉の刃を放った。
「む、なんだお前。生きていたのか。黙り呆けているからてっきり──わっ」
「……だからやめろ、二人とも」
流石に判る。
これは、アレだろう。
どっちか少しでも優遇したら、直ぐにでも爆発する、アレだ。
嫌な事実を悟ったものだ。
「御歓談の中ですが……これからどうするつもりだ?」
実に良い頃合いにレイアが割り込んだ。
「ええ、私としてもその点は気になりますわ」
ファラがレイアに同意する。
取り敢えずこの後どうするか、は自分のの中にあった。
でも、それより先に聞いておきたかったことがある。
「……そもそも、ここ何処なんだ?」
「そうだな、概ねお前の知っているシャトーに近い何かと言う理解で構わない」
「近い何か?」
「現実のシャトーを動かすにはリスクが高いからな。別位相のチフォージュ・シャトーを擬似的に時空をズラして展開している。オートスコアラーの起動にも最適だったからな」
「んー……すごそうだけど、何言ってんのかわかんないや。みんなわかんの?」
「一応ね」
「当然だ」
「ええ、もちろん」
「んー、アタシは詳しい事はわかんないゾ」
「ボクは、大体理解出来ますね」
「すごいな、みんな」
錬金術を使える様になるとこんなSFチックな説明が理解できる様になるのだろうか。
羨ましい限りだ。
と言うか、そもそもなんでそんなまどろっこしい事をして……ああ、もう一回やるつもりだったって言ってたな。
───でも、どうやって?
「そんなんだからお前は錬金術の才能が無いんだ」
「いや…そう言われても……」
世界が違う。
だから錬金術は出来ないし、ギアは纏えないのは性別違うから当然として、飯食って映画見て風呂入って寝ても強くはならないのだろう。
「本当。せっかく教えてあげようと思っても、全然ダメじゃん、もう」
「ハッ、お前に教える程の知識が残っているのか?」
「うるさい」
「ま、まぁ…とりあえず、S.O.N.G.に一回戻らないとなぁ」
また空気が殺伐としてきた。
こう言う時は、言い争いが始まる前にさっさと話題を変えるのがいちばんだ。
「……何?」
眉間は寄り、眼光は鋭く、一気に剣呑な雰囲気にキャロルはなった。
とは言え、この反応は予想していた。
「あー、あのね。今S.O.N.G.の職員って事になってるんだよ」
「……ハァ?」
本気で何言っているのかわからない、と言った表情だか、無理もないだろう。
「悪い様にはならないとは最初っから思ってたけど……まさか、S.O.N.G.に入る事になるとは……」
小細工もしてたし。
とは言え、風鳴司令の好意による所が大きいだろう。
ひょっとしたら、エルフナインや立花ちゃん辺りも関係しているんだろうか。
「……どこまでもお人好し集団だったか」
「お陰で助かったけどね」
「まぁ良い、一度戻るなら好きにしろ。ジェムは渡しておくから、必ず帰ってこい」
「えっ、キャロルは来ないんですか?」
エルフナインが驚き叫ぶ。
「誰が行くかッ! オレの記憶ではつい最近装者共に打ち負かされているんだッ!」
「ふーん、そっか。それなら仕方ないね。ここで待っててね」
話を黙って聞いていたキャロルが今までの光景からは不気味な程の素直さを見せる。
「おい待てッ! お前もアイツらの一員になっているのかッ!?」
「うん、そうだよ。あーあー、ざんねんだなぁ。でも、わかるよ。行きたくないもんね」
我が意を得たりと言わんばかりに笑みを浮かべながら、キャロルはもう一人の自分とも言える存在を煽っている。
とは言っても、先程の一触即発核戦争見たいな空気とは違った。
「じゃあ、ふたりで戻ろっか……ね?」
軽く小首を傾げて微笑むキャロル。
「え、あのボクも──むぐっ」
「命が惜しけりゃ黙ってろって、な?」
背後では何やら物騒なやり取りが聞こえている。
エルフナイン、置いてかないから大丈夫だよ。
言葉にはしないけど。
「誰が───誰がお前と二人きりになどさせてたまるものかッ!!!」
煽られたキャロルは吠えた。
◆◆◆
「言いたい事や聞きたい事は山程有るが……よく来てくれた」
あれから、結局全員でS.O.N.G.本部内に転移を果たした。
その時は、何事かと慌てて武装し駆けつけた職員達に囲まれたりもしたが。
臨時の職員証を見せたり、顔見知りの装者のみんなもいた事から、事無きを得たのだった。
「フン、勘違いするな。コイツが行くと言うから仕方なく足を運んだまでだ。お前らと馴れ合うつもりは無い」
この場には司令と、ふたりのキャロルも合わせて四人がいる。
オートスコアラーの四人は、別に聞くことがあるそうだ。
とは言っても、エルフナインが一緒に居るはずだから、特段の心配はしていない。
「構わんさ。それより、だ」
キャロルとの挨拶もそこそこに、風鳴司令はこっちを向いて、力強く両肩を掴んで。
「よく戻ったッ!」
「え、あっはい」
急に大きな声を出され、咄嗟にどう返して良いのか判らなかった。
「いやぁ、てっきりな、戻ってこないもんだと思っていてな。……俺は俺が情けない」
そう言うと肩から手を外した風鳴司令は姿勢を正し。
「───済まなかった」
頭を下げた。
「い、いやいや。あの、司令。許すも何も、そんな事される覚えはないんですが……」
「いいや、男が男を一度信じると決めた癖に、それを疑ったんだ。男としてなんらかのケジメはつけなきゃならんだろうよ」
「そう、ですか……」
突然の出来事と、そんな大層な事に心当たりは無い。
慌てながらやめてくれと否定する。
だが、それでもと頭を下げる風鳴司令は、頭を下げていると言うのに、なんだかカッコよく見えた。
「そう言う事なら、そう、ですね。これからもよろしくお願いします、司令」
「! ああ、勿論だッ!」
頭を上げて力強く肯首した風鳴司令。
だが、その時第六感はなんか失敗した気がする、と告げていた。
(失敗したって顔してる……もう、空気に流されやすいんだから)
(アレはやらかしたって顔だな。オレには判るぞ)
「……所で、だ。気になっていたんだが、どう言う理屈でまた、その…二人になっているんだ?」
風鳴司令の疑問は当然だった。
なんなら、自分も実の所よくわかっていなかった。
「あの男……アダム・ヴァイスハウプトのせいだ」
「何?」
「基本的にはオレが死ぬ前か異変が生じた時に予備の躯体に乗り換えるんだが……」
ここに来てからは一度も乗り換えている所を見た事はないが。
原作ではそうだった様な気がするし、キャロルが言うんだからそうなんだろう。
「あの男は自分の膨大な魔力で強引にオレを起動させた様でな」
細かい事とか出来ない癖して大抵の事は出来る奴だそうだし。
そんな芸当が出来てもおかしくはないのだろう。
「それに、バックアップされていた想い出の転写は正常に為されていたからな。まさか、前の躯体が生きているとは思わなかったさ」
「それは───」
「さてな。オレ自身、
フィーネのリインカーネーションとは似て非なる存在。
それが、想い出の転写。
魂の概念が存在するこの世界では、そう言った、別の問題が生じている。
それを踏まえると、シンフォギア作ったり錬金術の原型仕立ててみたり転生したりと、なんだかんだでフィーネは凄い人なんだよな、と思う。
肝心のバラルの呪詛は盛大にすれ違いしてたけど。
「まぁ…コイツはそんなのどうだっていい、なんて抜かしてたがな」
「へぇ、そうなのか?」
片眉を釣り上げた風鳴司令がこっちに目線をやった。
「はい」
「成る程、な」
司令は得心したとばかりに頷いていた。
「それと、アダム・ヴァイスハウプトに起動させられた、と言っていたが……どうやって離反したんだ?」
「離反も何も元々あの男の下についた覚えなど無い」
「む、どう言う事だ?」
「アイツは部下に離反されてな。お陰で目当ての物が手に入らなかったから代わりに取ってこさせようと、オレを動かした様だ」
「目当ての物?」
「歯車だ」
「何だとッ!?」
「…………」
キャロルの話はやっぱりか、と言った感じだった。
「錬金術師の基本は等価交換だ。仕方がないだろう。まぁ……あの男は押し売りだったが」
「ま、まぁ…神の力だったら、ガングニールで何とかなりますし……」
コレは不味いと話に割り込む。
これ以上キャロルに喋らせると一体何が出てくるか判らないし、どうなるかも判らなかった。
「なんなら、アームドギアが七振りあるんで……まず負けないと思うんですがね」
「随分と勝手に信頼してくれるな、お前は」
風鳴司令は眉間に寄ったシワを解しつつ、溜息を吐いた。
「そりゃあ、立花響だからあいたたたっ」
「無性に腹が立った」「同じく」
「ごめん」
両側から脇腹を二人につねられた。
それを見ていた司令は、苦笑いしてから、口を開いた。
「……この話はこの場から持ち出す事を禁じる」
「!」
風鳴司令の発言は、意外な物だった。
「その代わり、全面的な協力を約束して貰うぞ、キャロルくん」
成る程、そう言う事か。
所謂司法取引に近い物で、なんてことのない、S.O.N.G.職員になっていた時と同じ手口だ。
「妥当な所だな。良いだろう」
「ああ、よろしく頼む」
兎にも角にも、これで少しは安心できそうだ。
◆◆◆
その後、キャロル達はエルフナインが使っていた一室を改造しにいくとかなんとからしい。
同行したかったが、『今日から普通に働くぞ。何、困ったら緒川か藤尭に聞け』とのありがたーいお言葉。
よって、色んな人から色んな小言を貰いながら、今の今まで触り慣れない液晶を弄り回したり書類と睨めっこをしていた。
まぁ、それでも少しはわかるもので、この組織が装者を如何に最大限にバックアップ出来るかってのに全力が注がれれて、こ、これが装者本位制……! なんて思ったものだった。
正直これなら走ってた方がマシだと思うんですよ。
「疲れた……」
休憩時間に椅子に廊下でぽけーとしていると、何やら聴き馴染みのある声が。
「あ!おにいさんじゃないデスか!」
元気よく手を振ると、切歌は駆け寄ってきた。
「おや、久々。調ちゃんとは一緒じゃないんだ」
「おにいさんがキャロルと一緒に居ないのとおんなじデース!」
「……なるほどね」
と、適当に相槌を打ったがどう言う事なのかよくわからない。
調は仕事……なのだろうか。
「……なんだか、お疲れみたいデスねぇ」
「みたい、じゃなくて疲れてるのよ」
「ほほーう、なるほどなるほどー。それはいい事を聞いたデス」
「何がさ……」
「そんなおにいさんにはあたしがアイスを奢ってあげるデス!」
一瞬、何を言っているのか判らず、少々考え込んでしまった。
「……いやぁ、大丈夫だよ。他の職員はふつーにやってる事なんだしさ」
あの上なんか潜入任務したり制圧したりするんでしょう?
バケモンだよ、アイツら。
その癖して死ぬときは直ぐ炭になったりするから、本当嫌だ。
「むむむ! 人の好意はちゃんと受け取らなきゃいけないんデスよ?」
頰を膨らませて抗議する切歌。
つついたらどうなるんだろう、と魔が刺したが、後でどんな事が起きるか計り知れない。
余裕で理性が勝った。
「む、そう言われると……わかった。そこまで言うなら、奢ってもらおうじゃないの」
「ふふーん、このアタシにドンと任せるデスよ!」
アイス一本でもこんなに元気な切ちゃんに、ほっこりした気分になった。
◆◆◆
疲れてるんだから、という理由で切歌がわざわざ買ってきてくれたのだが。
彼女が手に持つアイスは一つ。
徐に包紙を剥がすと、パキッとふたつに割って、差し出した。
「どーぞデス!」
「これって……」
「分けっこするのがいちばん美味しいんデス!」
「そっかぁ」
相手が切ちゃんなので、深い事は考えずに有難く受け取った。
それにしても、キャロル達に見られたらとんでもない事になりそうだ。
「いやぁ、それにしてもデスねー」
「うん?」
「さっき、エルフナインから聞いたんデスけど……いやぁ、おにいさん頑張ったみたいじゃないデスか!」
「え? あー……聞いたの?」
「もちろんデェス!」
……なんだかすごく恥ずかしい。
切ちゃんが知ってるって事は結構な人数が知っているかもしれない、って事で。
それに、エルフナインがどこまで知っていて、どこまで話しているのかも知らないわけで。
考えただけで顔に熱を帯びてくるのを感じていた中に、人の気配を感じた。
「……切ちゃん、そこでその人と何やってるの」
「デス? おおー、調じゃないデスか!」
いつの間にか真横に立っていた調。
その目は虚だった。
もしかしたらここで殺されるのかも知れないと思わせる位、暗い、昏い目だった。
「何、やってるの?」
「おにいさんにアイスを奢ってあげてるんデスよ」
「どうして?」
「それはおにいさんが頑張ったからデスよ!」
「なにを?」
「キャロルの為に命懸けデスよ!」
「……そうなの?」
ア、アイスを奢った理由が変わっている……!
それは突っ込むと藪蛇だろうから、深くは考えないが。
兎も角、調の目に光が戻って来ているように見えた。
調にはエルフナインは話してないのか、それともその場に居なかったのか。
早い所口止めをしに行きたい所だが。
「いやぁ、羨ましいデスなぁ、あたしもそんなおっきな恋愛してみたいデスねぇ……」
「ダメ!!!」
「なんデスとぉ!? なんでデスか調ぇ!」
「……えっと、私達にはそう言うのは…まだ、早いと思うな……」
──今すぐ帰りたい。
口止めなんてもうどうでも良いから、この謎の空気から早く抜け出したい。
「そうデスかねぇ? おにいさんはどう思うデスか?」
なんでこっちに振るんだ最悪だよちくしょうめッ!!!
切歌の向こう側にいる、調からは殺意が籠もった視線を送られている。
下手に答えると不味い、非常に不味い。
「んー…そうだねぇ」
此処で早くない、と言えば調に殺される。
遅い、と言ったら……判らない、どうなるんだ。
とは言え、どの道保護者のマリアさんにも……こ、これだッ!
「男だからねぇ、女の子の事情はあんまり判らないなぁ。マリアさんにでも聞いたらどうだい?」
「なるほどー、そうするとしますデスよ!」
───計画通り…!
今日は最高に冴えている日だ。
冴えなければ死んでいたの間違いかも知れないけれど。
「…………そうだね、切ちゃん」
何とかこの場を切り抜けた安堵感でいっぱいだ。
だから調の目が未だに虚なのには気付いていない。
気づかないったら気付いていない。
「んー、アイス食べたらなんだかお腹がへりんこデスよ……」
どう言う理屈なんだろう、それは。
全く判らないが、それが切ちゃんなのだろう。
「じゃ、じゃあ切ちゃん、いっしょに食べに行こう」
「そうするデェス! あ、おにいさんもどうデスか?」
だからこっちに振るな。
ほら、また調の目が完全にオケラか何かを見る目になっている……!
「……いや、キャロル達と食べるよ」
キャロル達がどうしてるか知らないけど。
まぁ、これくらいの言い訳の出しにするくらいなら、彼女達も許してくれるだろう。
「そうデスか! じゃあ、ここらでお別れデスね! 行くデスよ調ぇ!」
「うん、行こう切ちゃん」
元気よく手を振って調と共に去っていった切歌。
後に残されたのは───
「やばっ、アイス溶けてる……」
いつまにか手に持つアイスが溶け、手に垂れていたのだった。
床に垂れる前に、顔を上に向け、飲み干す様に食べる。
とは言え手には付いている。
「ティッシュかなんか持ってたっけ……?」
汚れていない方の手でポケットを探っていると、横から手が伸びてくる。
「……どうぞ」
有難い事にポケットティッシュだ。
誰だか判らないが、親切な人だ。
此処は、お言葉に甘えて───
「返さないで結構よ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
親切な人の正体は、マリアだった。
親切かと思えば、これは冥土の土産と言う奴なのだろうか。
確実に切歌達とのアレそれを見ていた、訳であって───
しかしマリアは予想に反し、それ以降喋る事なく黙って隣に座った。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。
実に気まずい沈黙だった。
席を立ちたかったが、マリアの方がチラチラ此方を見ては逸らすと言ったのを繰り返している。
流石に、罵倒の類をしに来た訳じゃない事はわかった。
「…………」
「……………その」
「はい?」
「……………」
マリアが沈黙を破ったと思えば、また彼女は黙りこけてしまう。
良い加減にしろ、とも思ったが。
どこか不安そうな顔を見せる彼女の前には、黙ってこの場に留まる他無かった。
「……………」
「…………ごめんなさい」
「………えっ?」
彼女が口にした言葉は、意外にも謝罪の言葉だった。
驚愕の余りに、理解が追いつかない。
「貴方の事。よく知りもしないで……勝手に決めつけてたわ」
「……えっと、どう言う」
「エルフナインから……聞いたわ」
いや、アイツめちゃめちゃ喋るじゃん。
すんごい恥ずかしいんだけど。
そういうのはガリィの役目じゃないのかと内心呆れる。
語り部がエルフナインな分、どう辞めてもらおうか悩む所だ。
「………本当に、キャロルが大切なのね」
「ああ」
「てっきり、タチの悪いロリコンだと思ってたわ。いや、今でも少し思ってる」
「そ、そうですか」
正直な事はいい事なのだが、少しはオブラートに包んで欲しい所ではある。
「許せ、なんて言わない。貴方には酷く当たってしまっていたもの。……ただ、謝っておきたかっただけ。私のエゴよ」
以前──と言っても、もう結構前な気がするが、彼女の歌が好きだった身としては、悲しいものはあった。
だからこそ、この機会と言うのは正しく良い機会で。
「……じゃあ」
「後で──!」
立ち上がり背を向ける彼女に思いをぶつける。
「後で、サイン下さい。ファンなんですよ、マリアさんの」
そう言ったとき、振り向いた彼女の顔はきょとんとした表情になってから、実に凛々しい笑みを浮かべて。
「────ええ、今度のライブのチケットと一緒で良いかしら?」
「是非」
「結構。でもあの子達には近づかないでね」
「自分から一度も近づいた覚え無いって何度も言ってるでしょ!?」
ふたりはキャロル!
オレとわたしで二度おいしい、がコンセプト。
魂の概念が存在する世界だが深いことは考えてはいけない。
オレキャロルはもう一度黙示録もとい帰還計画をやる気満々であった。
それを知ったヒモは集いし七人の装者をどうやってぶちのめすのかと甚だ疑問を抱いている。
わたしキャロルが仮にやるとしても、恐らくは自分も一緒に行く事を願うだろう。そしてそれは現在のオレキャロルも例外ではない。
険悪な様に見えるが、実際の所どうなのかはヒモと言えどもわからない。
オートスコアラー
前のマスターと再起動させたマスターの命令系統が一緒に並立している為にヒモを旦那様と仰がなくてはマトモに動けなかったかわいそうなコ達。
だがガリィはオレキャロルを弄れる為にノリノリでやっている模様。
わたしキャロルは平然と受け入れる為面白くない。
ミカは余り気にせずみんななかよくしたいと思っているゾ!
レイアは主が健在ならそれで良いので、惰弱なヒモを護らねばならぬとなっている。
透明になったりと諜報が得意なファラは、ヒモのS.O.N.G.内の立場を把握すると、エルフナインにキャロルズを止めた時の話をする様にと提案した。
マリアさん
ヒモ野郎がキャロルの為に命を賭けた事に、キャロルを誑かした上級ロリコンだと毛嫌いしていた事が恥ずかしくなった。
ヒモがファンだと知った時は一瞬何を言われたのか理解できなかった位驚いた。
なおその事を知った奏はヒモをシバきに行った。
ちなみにセレナがヒモと話した事が有ると言う事実は記憶から消されている。
アダム・ヴァイスハウプト
キャロルがヒモ一人の為にその計画が歪んだ事を学んだ彼は、愛や好意の類いはいとも簡単にナニカを歪めると判断。
それによって、バルベルデの像、即ちティキによる神門開放ではなく、別の手段による開放を模索する事となった。
そしてアダムは七つの音階──即ち、完成された統一言語の前には今の自分ですら無力だろうと言うことも同時に突きつけれた。
その事から彼は、図らずとも初めての挫折を経験する事になった。
よって、彼は並び立つのではなく、超えることを目指す。
それは、完全と完成していると言えるのだろうか。