──キャロルを止めて欲しい。
開口一番にエルフナインはそう言った。
「ボクには、どういう経緯で貴方がキャロルの計画に協力しているのかはわかりません」
──エルフナインとは今の今まで交流はなかった。
記憶が転写されているのならば、とは思っていたが、そもそもなかった。
後々の事を考えると、無い方がキャロルにとって都合が良いのだろう。
「ですが、それでも貴方は優しい人だということくらいはわかります!」
真っ直ぐに見据えるエルフナインの目は、弱々しくも確固とした決意に満ちていた。
「だからこそ、キャロルを、キャロルの万象黙示録を止めていただきたいんです」
「それは………」
「《万象黙示録》が完成すれば、貴方だってタダじゃ──」
「済まない、かもね」
「お願いします!貴方の話なら、キャロルもきっと話を聞いてくれるはずです!」
「そりゃあ、聞いてはくれると思うけど…」
キャロルを止めたくないかと聞かれたら、そう言うわけではない。
──ただ。
彼女の、数百年にも渡る怨讐が。
高々、自分との数年で止めれるのか?
それ程までの価値が、自分には有るのか?
そんな事を思うと、一歩も動けなかった。
「な、なら、せめて、キャロルに、パパの遺した──」
「駄目だエルフナイン。それを語る権利は自分にはない」
「え……?」
「……そっから先はね、エルフナイン。君自身がキャロルに語るべき内容なんだよ」
「──どうして」
「どうしてですか!?どうして、そこまで知っているのに……」
信じられない、といった表情を見せるエルフナイン。
「───初めてキャロルと出逢った時ね」
それに返答する様に、ゆっくりと男は口を開いた。
「……」
「ノイズに追われててさ、無我夢中で逃げてた先で、偶然、キャロルを見つけて。……そん時は何とか生き残りたかったからね、あーだこーだ言って、なんとか助けてもらった」
「キャロルが……」
「まぁ、色々有ってね。……それがどう言う意図であれ、結果こうして生きている」
正直この世界に来てから直ぐにキャロルに保護されたから、世界とかあんまり実感がないんだよね。
とは流石に口が裂けてもエルフナインには言えなかったが。
「それに、身寄りなんてもんも無いからね。キャロルだけが、唯一なんだ」
「だから、キャロルのやりたい事に力を貸す理由なんて、それで十分だよ」
キャロルが、父親から託された命題。
『世界を識れ』
その真意こそは判らないが、それに対してキャロルが出すかもしれない解答を知っている。
エルフナインが出した解答を知っている。
知っているから。
その答えはきっと、《奇跡》の様なモノだから。
自分の様な異邦人が勝手に騙ってはいけない。
それこそ、彼女に対する最大の侮辱なのだと、そう考えている───いや。
結局の所、つまりは。
臆病者なのだろう。
キャロルとの関係を、崩したくないから、壊したくないから、前に進む事なくただ彼女の過ちを肯定している。
侮辱だのなんだのと、小綺麗なお題目で誤魔化しながら。
───そうだ、自分は知っている。
彼女へ提示すべき答えを。
本当に彼が伝えたかった、命題を。
だけど。
エルフナインの手を取ることは出来なかった。
「うぅ……どうしても、ダメですか」
僅かに涙目になりながら上目遣いで見つめるエルフナイン。
「ごめんね、エルフナイン」
そういって、頭をくしゃりと撫でた。
どこかで抗議する様な怒号が響いた気がしたが────きっと、幻聴だろう。
「………すみません、ご迷惑をおかけして」
「それくらいは構わないさ」
応援できる立場ではないけれど。
彼女の幸福を祈るくらいは良いだろう。
「さて、そろそろ良いかな。これ以上はお互いにとって良くないんじゃないかな」
そう言って手を下ろす。
「あ、あのっ!」
「うん?」
「ボクは諦めませんっ! きっと、きっとキャロルを止めてみせます!」
なんとも答えにくいので、苦笑して誤魔化した。
エルフナインと別れた後、キャロルのいる方面に向かいながら、ブラブラと歩いてた。
「おやまぁ、随分と楽しそうでしたねぇ」
いきなり背後の耳元で囁かれ、凄く驚いた、が。
「……盗み聞きとは良くないな」
自分でも驚く程に冷静に振る舞うことが出来た。
自分でも余裕がない程考え込んでいたらしい。
「いえいえ、偶々聞こえて来たんですよぉ」
「……そっか」
「どちらへ?」
「キャロルのところ。そろそろ良いでしょ」
「止めにでも?」
「いや、まさか」
「あっそう。まぁ、貴方がそれで良いなら良いんですけど」
ガリィはそういうとひらひらと手を振りつつ、何処かへと滑っていった。
「……本当、残念」
その言葉は、誰に向けてだったのだろうか。
「…………」
玉座に座るキャロルは、この場に踏み入れた者を睥睨した。
しかし、固く閉ざされた口を開く事はない。
機嫌が悪そうだと、誰かが思った。
「…………」
そのまま真っ直ぐ進んだ男は、キャロルの座る椅子の横にもたれかかる様に座り込んだ。
「…………オレは」
沈黙を破ったのは、キャロルだった。
「お前から《失敗に終わった》話を聞いた」
現に、パヴァリア光明結社統制局長、アダム・ヴァイスハウプトはキャロルの《万象黙示録》が失敗する前提で事を進めている。
キャロルも、その事を織り込み済みで利用し利用される形で接している。
「だからこそ、ヤントラ・サルヴァスパを確保出来たのは僥倖と言える。コレはお前の情報あっての成果だ」
深淵の竜宮の位置を割り出すのに、電力供給の優先情報がいるなら、カ・ディンギルの混乱に乗じて割り出せない?
リディアンへの電力供給は途絶するワケだし。
そんな思いつきを採用した結果だった。
──エルフナインは、まだその事を知らない。
計画は、最早呪われた譜面を織り上げるのみなのだ。
「厄介な存在となるだろう立花響ではなく、天羽奏がそのまま装者であり続ける様に動いたのは……大失敗したがな」
絶唱を使わない程度に、と密かにあの時支援していたのだが。
土壇場でギアが解除、それをたまたま掴んでしまった立花響が……とは思わず。
まるで何かの修正力が働いてるかの様に、纏ってしまった。
それどころか、数年分の経験値を積ませる結果となってしまったのは、苦い想い出だと思う。
「オレは──奇跡など存在しない事を証明する為に、万象を解剖しようとしている。……まぁ、 お前なら知ってるかもしれないが」
事実、その本質は復讐にある事を、知っていた。
「だが、お前は違う。 あの時死にたくなかったという理由から、情報を対価として保護を求め、オレはそれに応じた……」
そういうと、キャロルは口を閉ざしてしまった。
「……キャロル?」
「なぁ、お前にとって───」
その先の疑問をぶつける勇気をキャロルは持っていなかった。
───何かが決定的に変わってしまう。
うまく躱されたとしても、その何かが、元に戻る事はない。
そんな呪いの様な確信があったからだ。
「──いや、なんでもない。忘れてくれ」
この数百年間、ずっと、ずっと燃やして来たのに。
想い出なんて、焼き尽くせば良いのに。
あるだけ、辛いだけなのに。
───どうして。
「……装者共が揃い次第、計画を最終段階へと進める」
あの日の忌まわしい想い出は、辛いだけだったのに。
───どうして。
「………お前は」
今の、この
───どう、して。
「普段通りにしていろ。……それでいい」
こんなにも苦しいんだろう。
───ドウ、シテ。
答えは、出なかった。
踏み出せなかった臆病者
この時、エルフナインのお願いを受ければ、一歩踏み出せば、何かが変わっただろう。
有り体に言えばルート分岐である。
だがその話はここで終わったのだ。ざんねん!
見つけられなかった少女
答えが意外と近くに転がってた事に気づいていれば、何かが変わったかもしれない。
でもね、パパそう言う意味で言ったわけじゃ(ry
機嫌が悪かったのは、エルフナインのせいである。
水のオートスコアラー
何かが変わる事を一番期待していたかもしれない。
とは言え、自分から動くワケもないが。
エルフナイン
キャロルを止めなきゃいけない。
その思いから出奔の準備を進めていた時、見覚えのない人間を見つけた。
キャロルの態度から、もしかすると…? と思っていたけどダメだったかわいそうな子。
もうちょっとあのヒモを理解して殴れば上手くいったかもしれない。
次からGX編ナリよ