□□□屋敷□□□
「これは………、美味いな」
ターニャが、霜降り赤蟹を食べた時の最初の感想が、それだった。
霜降り赤蟹は、俺達がこの屋敷に引越した際に、ダクネスの親父さんが贈ってきてくれたもので、どうやらダクネスは、あの時の味が忘れられずに、かなり奮発して今日の夕食のために買ってきたくれたのだ。
ウィズの店で、あれだけ殺気を放っていたターニャも、霜降り赤蟹の前では、年相応の顔をしている。
ウィズの店で、ターニャを落ち着かせた俺は、ウィズとバニルについて、知っていることを話した。
ウィズとバニルが、魔王軍幹部であるということを。
もちろん、ウィズは、名ばかりのなんちゃって幹部であり、人に危害を加えたことがないということ、そして、バニルも、先日俺達のパーティが討伐し、今は幹部では無いということも説明した。
それを聞いたターニャは、どちらかと言うと、俺達のパーティが一度バニルを倒したということに驚きつつも、2人の強さについて納得し、敵ではないということを理解してくれた。
まぁ、ターニャにとって、重要だったのは、自分の敵かどうかであり、魔王軍の幹部とか、人類の敵だとかは、どうでもいいようだったが。
なにはともあれ、ターニャの誤解を解いた俺達は、長居しすぎたということもあり、ウィズの店を後にした。
そういえば、店を出る時、バニルがターニャに、何か伝えていたが、何を伝えていたのだろうか。
それにバニルのターニャが男だという発言についても、どういう事なのか未だ分かっていない。
結局、バニルのせいで、ターニャの謎が増えてしまったのだが………、今はそんなことよりもだ、目の前の蟹が大事なのだ!
何をそんなに興奮しているかと言うと、俺は以前霜降り赤蟹を食べた時に、一つだけやり残したことがあるのだ。
それはそう!カニミソ酒!
カニミソが少し残ったカニの甲羅に、お酒を流し込んで、それを炭火で少し温める。
そして丁度いい温度になったところで、それをグビっと。
前回は特殊な事情により、飲むのを我慢したが、今回は何のしがらみもなく────
「カズマ殿、先程私が伝えたことを留意しながら、飲んで頂けると助かる」
酒瓶を片手に、ウハウハしていた所に声をかけてきたのは、隣に座っているターニャ。
こちらに視線を向けずに、自分は蟹を食べながら言い放ったその言葉だが、言外に、留意せずに飲めばどうなるか分かっているのであろうな?と言っているような圧力を感じる。
俺はその言葉に一瞬背筋に寒気が走る。
危ない、忘れていた……。
ターニャが言っているのは、食事前のことだろう。
『食後に話がしたい。酒を飲むのは構わんが、飲みすぎて潰れることのないように』
このように伝えられていた。
だがしかし、もしカニミソ酒を一口でも飲んでしまえば、恐らくもう止めることはできないだろう。
とは言っても、霜降り赤蟹など、今度いつ食べれるか分からない代物!
「カズマさん、飲まないのだったら、先に頂くわよ〜」
俺がグダグダと悩んでいるうちに、酒をアクアに取られてしまった。
アクアは俺から取った酒を、甲羅に流し込み、少し温めると、それを一気に呷る。
くそぉ!美味そうに飲みやがってぇ!
「アクア!今度は私に貸してください!私ももうすぐ大人です。なので、お酒の一つや二つ飲んでもいいですよね!?」
「ふふふ、そうね。とうとうめぐみんも大人な女性の仲間入りをする時が来たようね」
「おい、アクア。渡してはいけないぞ。めぐみんもめぐみんだ。めぐみんはまだやはり子ども…なの…だから──」
「おい!今私のどこを見て子どもだと言ったのか聞こうじゃないか!何ですか!この無駄な贅肉がつけば大人なのですか!」
めぐみんはそう言いながら、ダクネスの胸をひっぱたいていた。
いいぞーめぐみん、もっとやれー。
「めぐみん殿、少し落ち着いてはどうかね?ダクネス殿も貴殿の身を案じてのことだ。それに酒というのは、思っている程美味しくなかったりするものだぞ」
「ほぅ、ターニャはえらく大人びていますねぇ?その口ぶり、まるで自分は飲んだことがあるかのようではありませんかー?」
「わ、私は、経験則ではなく、あくまで一般常識を──」
「今日はとことん飲むわよぉ!!!」
アクアお前は毎日飲んでるだろ!!
───────
─────
───
─
結局、一滴も飲まずに、自室に戻ってきてしまった。
くそ!せっかくの霜降り赤蟹だったのに!
俺が悔しがっていると、扉がノックされる。
「カズマ殿、入ってもいいかね?」
「あぁ、いいぞ」
入って来たのはもちろん、ターニャ。
俺はベットに腰掛けたまま、ターニャに椅子をすすめる。
酒を飲まなかったからには、根掘り葉掘りこいつについて聞くことにしよう。
目の前の椅子に座ったターニャは、一見しただけでは、やはりただの幼女だが、内に一体何を秘めているのか。
「まさか、一滴も酒を飲まずに自室に戻るとはな。少々感心したぞ。私はてっきり貴殿が酔いつぶれて、私が酔いを覚まさせる必要があると踏んでいたのだがね」
「あぁ、めちゃくちゃ飲みたかったけどな。そんなことより、わざわざ時間を設けるってことは、色々と聞けると思っていていいんだよな?例えば、バニルの言っていた男ってのは、どういう意味なのか、とかよ」
「もちろん、私もその心づもりだ。あぁ、ただ私から一つ先に聞きたいことがあってね」
「なんだよ」
そういえば、昼間、アクセルを案内している時も、俺について聞きたいことがあるって言ってたな。
俺が一体何だと言うのか。
「サトウカズマ、貴殿は、いや、お前は日本人なのか?」
「…………え?今日本人って言った?どうしてお前が日本人を…、というかどうして俺が日本人だって?」
「やはりそうか、日本人だったか」
「おい、一人で納得してないで、ちゃんと説明してくれよ」
「これは済まない。いやなに、簡単なことさ。私も日本人なのだ。まぁ元ではあるがね」
「いや、ちょっと待てよ!俺お前みたいな幼女がいる、日本なんて知らないぞ。それ本当に同じ日本か?」
「だから元だと言っているだろ?私はね、もともと日本でサラリーマンをしていた、ただのしがない男だったのだよ」
それからターニャは、全てを話してくれた。
ある日、電車に轢かれて死んでしまい、存在Xによって、ターニャの姿で、別の世界に転生させられたこと。
その世界では、戦争が勃発し、ターニャも兵士として戦っていること、等々。
そんな、俺の異世界転生より、はるかにハードモードな話を聞き、俺は一言。
「その帝国って、ドイツじゃね?それってまずくないか?」
「ふはは、やはりそう思うか。私も自国の地理と情勢を知った時には、大戦前にタイムスリップでもしたのかと疑ったものさ。それに帝国だけではなく、周りにもフランスのような共和国、イギリスのような連合国、ソ連のような連邦国、アメリカのような合衆国もあれば、イタリアのようなイルドア国もあるのだ。これからの事を嫌でも想像してしまったが…、私の知っている歴史が、あの世界でも繰り返されるとは限るまい?」
「まぁそうだけどさ、俺の異世界転生もなかなかなものだと思っていたんだけどなぁ、ターニャ……、あれ?でも俺より歳上だよな、ってことはターニャさん?それともデグレチャフさん……」
「今まで通りターニャで構わんよ。なんせ、今は見ての通り子供なものでね。そんなことよりも今度は、カズマ、君の話を聞かせてくれないか?あとは、天界についても聞きたいのだが、そうだな、コーヒーでも飲みながらじっくりと聞きたいものだね」
「しょうがねぇな。コーヒーはないけど、紅茶ならあるから、淹れてきてやるよ」
「ほぅ、紅茶があるのかね。コーヒーでないのが、正直残念ではあるが、私は無類のカフェイン好きでね。少々味にはうるさいのだが、期待して待っておくことにしよう」
そういうターニャの言葉は、本当にカフェイン好きなのだろうと窺えた。
よし、ダクネスが起きていたら、ダクネスに紅茶を淹れさせよう。
そう考えながら、カズマは自室を後にしたのであった。