今回は短めです
□□□屋敷□□□
柔らかな陽射しが、窓から差込み、ターニャの目を覚ます。
ターニャは、ゆっくりと起き上がり、状況を確認する。
そして安堵した、静かで、穏やかで、見慣れない部屋だと。
ターニャは、昨晩、これはただの夢で、目が覚めると塹壕にでもいるのではないかと、疑っていた。
まぁ、夢にしては少々この世界はキャラが濃すぎるか、と心の中で自嘲の笑みを浮かべつつ、ベッドから降り、部屋をでた。
向かうのは居間である。
ただ、居間へ向かうのも一苦労だ。
別に苦という訳では無いが、ただでさえ屋敷が広く廊下が長いというのに、自身の歩幅のせいで、より長く感じてしまう。
それにしても大きな屋敷だなと、ターニャは思う。
貴族の別邸だとしても不思議はないこの屋敷は、冒険者などという不安定な職業に就いている彼らには不釣り合いなものでは無いかと思われた。
だがしかし、ターニャは一つ思い出す。
彼らはあの化け物じみた、いや、実際に化け物である、あのバニルを倒した冒険者であるということを。
人は見た目で判断してはいけないと言うが、彼らはその典型例なのかもしれない。
ターニャは、その典型例がより身近にあるなどとは思い至らず、カズマらのことを考えていると、不意に鼻腔をくすぐるとても良い香りが漂ってきているのに気がつく。
それは居間に近づけば近づく程強くなり、ターニャは心を踊らせていた。
それはこの屋敷にはないと聞いていたもの。
それはターニャが、飲みたいと欲していたもの。
そうコーヒーだ。
それも香りからして代用コーヒーといった粗末なものではなく、むしろ真逆の上等なコーヒーのそれ。
ターニャは思わず早足になり、その香りを追っていると、気付けば居間についていた。
そこにいたのは、まるで貴族かのようにカップを傾け、優雅にコーヒーを飲んでいるダクネスだった。
「誰かと思えば、ターニャか。おはよう。随分と朝が早いのだな。うむ、とてもいい心がけだ」
「おはようございます、ダクネス殿。いや、身についた習慣というのは、簡単には抜けないもので」
ターニャは礼儀的に、ダクネスに返答しつつ、ダクネスの目の前の席に座る。
より一層強まるコーヒーの香り。
ダクネスは、カップに口をつけ、それを飲む。
ターニャは思わず、そのカップを目で追ってしまい……、ダクネスと目があってしまう。
「どうした?コーヒーが珍しいか?」
「いえ、そういう訳では。ただ、カズマ殿から、コーヒーはこの家にはないと聞いていたもので」
「あぁ、カズマか。あいつは酒か紅茶ぐらいしか飲まないからな。かく言う私も普段は紅茶派なのだが、たまの朝にコーヒーが飲みたくなるのでな、少量だが備えているのだ。良ければターニャも飲むか?」
「よろしいので!?……あぁ、これは申し訳ない」
ターニャは願ってもない問いかけに、勢いよく返答してしまい、ダクネスを驚かせた。
ただ、ダクネスも一瞬驚いたが、直ぐに優しい微笑みを浮かべる。
「あぁ、もちろんだとも。砂糖とミルクもたくさん入れてやるぞ」
「感謝します。あぁただ、砂糖とミルクは結構。コーヒーそのものの味わいを楽しみたいもので」
ダクネスはまたも驚かされてしまう。
自分でさえ、コーヒーには、砂糖とミルクを少量入れるのに、自分より幼い少女が、ブラックで飲むのかと。
ただ、それも人の好みだろうと、快く承諾し、コーヒーを淹れに向かう。
ターニャは、心の高まりを抑えられずにいた。
まさか朝からコーヒーが飲めるとは思ってもいなかったのだ。
柔らかなベッドで、心地よい朝日を浴びながら起床し、本物のコーヒーを飲みながら、ゆっくりと朝を過ごす。
まさに自分が夢見た暮らしではないだろうか。
そんなことを考えつつ、ダクネスが淹れて持ってきてくれた、コーヒーを一口一口、ゆっくりと味わい、口に広がるその芳醇な香りを楽しみながら、朝を過ごしたのであった。