幼女の日常   作:雨英

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大変お待たせしました……。

言い訳を許していただけるなら、色々勉強しようと思って読んでみたり、気に食わなくて消すのを繰り返したのです。

また幼女が増えてます。もう少しだけ基礎学校編を続けようと思ってますがどうかお付き合い下さいませ。




それは刎頚之交ではなく管鮑之交

「では、ガブリエラさん」

「はいはーい!」

 

 教育というのは国にとって大きな意味がある。

 

 共通の言語、標準的な話し方、共通の歴史観、教育レベルの底上げ。

 要するに国民意識の養成だ。

 エリューザス・ロートリンゴンのような係争地区では地元住民に阿った対応もとられるが、統一という過程を必要とした我が国ではこれは重要な儀式だった。

 

「返事は二回しないこと」

「はい」

 

 とはいえ、生粋のベルンっ子である私にとっては大したことではないのだけれど。

 路地裏とかで聞くような下品な言葉や訛りを口にしなければ、気を付ける訛りや方言なんて何にもない。

 

「聖書はありますね? エズキエル書第拾捌章を開いて、最初のところから読んで下さい」

「はい、主の言葉が私に臨んだ」

 

 むしろ、困っていたナタリーに教えてあげるくらいだ。巻き舌は彼女の方が上手なんだけれどね。

 ルーシー風の発音だなとフェッセル先生に言われたことで、気にも止めていなかった発音の微妙な違いが恥ずかしくなったらしい。

 可愛いから直さなくていいのにと愚痴ったら、ベルンっ子だからそーゆーこと言えるのよって頬っぺたを揉みしだかれたっけ。

 ま、確かにフランソワ訛りならお洒落だってなるけど、ルーシーではそうはならないもんね。

 

「お前達がイエスラオルの地で、この諺を繰り返し口にしているのはどういうことか。『先祖が酸い葡萄を食べれば、子孫の歯が浮く』と」

「はい、ありがとう。上手に読めましたね。今日はこの節を授業で扱います」

 

 因みにだけど、道徳については宗派別に学校ごと分かれている。

 国民意識だの何だの言っていたのに、と意外に思うかもしれないけれど、お隣の共和国ですら政教分離は今世紀に入ってから。

 

 まして、かつては諸邦に分かれていたというのではその手の配慮もなしに政治なぞを行えもしない。

 お貴族様に言わせればほんの少し前のことだけれど、無理強いをしたが為に帝国を割っての戦争になった経験もあるのだしね。

 

「『先祖が酸い葡萄を食べれば、子孫の歯が浮く』、というのは御先祖様が悪いことをしていたら、その子供達まで罪を背負う……ピンと来ていないわね、少し難しかったかな……同じように悪いことをした人として見られる、というような意味です」

 

 うちの孤児院と同じ派のこの学校はいわゆる普遍派というやつで、抵抗派の学校ほど頻繁に礼拝があるわけではない。

 本人は遺憾の意を表明するだろうけど、もし仮にターニャと一緒に向こうの学校に通っていたとしたら。

 胃がキリキリ痛むくらいならマシで、ひょっとしたら虐められていたかも。

 

「我らが主はこれを人々に尋ねました。そうしてお話しになることには、主は常に私たちの傍にいらっしゃって良いことをしたことも、悪いことをしたことも、全部分かっているとのことです」

 

 どうにも彼女、勉学はきっちりやっても宗教沙汰に関してはちっとも靡かないのだ。

 愛国教育だって甘んじて受け入れているのに、妙なところに拘りおる。

 今だってギリギリと歯軋りが隣の席の私まで聞こえてきて、ああ、もう。

 

「人の心は弱いものです。否応なく外に、内に、惑わされて道を踏み外してしまいます。偉大なる最初の教皇聖ペトロ猊下であっても、三度主のことを知らないと仰られてしまいました。もしあなたが自信を持って何も悪いことはしていないと言えるのであれば、それは正しく主のお陰でしょう」

「へーい」

「アンゼルム君、あなたは昨日17回目の忘れ物をしたわよね。失敗してしまうことは必ずしも悪いことではないですが、反省も後悔もないのであれば話は別です。聖書はどうしました?」

 

 学校に行ったら身内ばかりでなくなるから、猫を被るくらいはするかなと思ったのに。

 全く、手のかかる危なっかしい子だ。

 

「悪魔祓いに使って燃えてなくなりました」

「それは良いことをしましたね。後で保護者の方にお話を伺わないといけないかしら」

「ごめんなさいバケツ持って廊下に立つのでそれだけは許してください」

「余計なことはしなくていいです。今回は先生の聖書を貸すので、二度とこんなことがないようにしてください」

「へーい」

「返事は」

「はい!」

「よろしい」

 

 アンゼルムが馬鹿なことしてたから皆の耳には届かなかったようだけど、次やったらこちょこちょの刑だ。

 私は優しいから事前通達はしてあげよう。

 

「ターニャ、これ」

「うん?」

 

 というわけで、ノートをチョキチョキしてお手紙を作りました。

 

「読んで、今」

「……ああ、手紙か。次は誰に回せばいいんだ」

「回さなくていい。ターニャへのだから」

「私に? ……分かった、後で読もう」

 

 だめです。筆箱にしまわないで。

 

「今読んで。今」

「はぁ……なになに、次歯軋りしたら擽りの刑?」

 

 ヒクリと彼女の頬が歪む。

 瞳孔もかっ開いてる。

 

「や、やめてと言ってもやめないからね」

 

 どうしてそう反応がホラーチックなんだ。

 損害賠償を要求するぞ。

 何のとは言わないけど。

 

「いや、そもそも私は歯軋りしていたか?」

「してなかったら手紙を書いたりしないですー」

「……信じ難いが、もしまたやっていたら擽る前に教えてくれ。自分で気づけるようになったら改善もしやすいだろう?」

 

 本気で気付いてないみたい。

 ……重症だなぁ。

 

「……教えるけど、擽りの刑はするからね」

「……ガブリエラが擽りたいだけではないか」

 

 それはその通りである。

 

「ターニャが擽りから逃げたいんでしょ」

「罰であれば別に擽りである必要はないだろう?」

「そこまで嫌がるってことは罰は擽りで良さそうだね」

 

 ふふん、相手が悪かったね、ターニャ。

 腐っても転生者なのでこの程度の押し切りは余裕である。

 

(くっ……女子に会話では勝てないか)

「何か言った?」

「前を向け。先生が見ているぞ」

「むむっ」

 

 振り向くと目が合ってしまった。

 

 まずいぞこれは。

 ニッコリ微笑まれたので慌てて聖書を読む。

 

 確か、例の第拾捌章は、「ワシがお主らの悪行を逐一確認しとるっちゅうになーにが『子孫の歯が浮く』じゃボケェ勝手に悪人決めるんじゃあないわワレェ」みたいな感じだったと思うのだけど。

 

「人の罪はその人自身にあります。親の罪、子の罪は分け隔てられるものなのです。であればこそ、貴方がたは友達といるとき、友達自身を見てあげなさい。それは友達を救うだけでなく、貴方もきっと救うでしょう」

 

 ……ああ、なるほど? 

 有り触れた道徳の授業かもしれないけど、何となく先生の言いたいことが分かった。

 

 この学校には孤児がいる。

 孤児になった理由は様々だ。ただでさえ孤児というのは生き辛い上に、中には犯罪者の子だっているだろう。

 

 子供というのは良くも悪くも正直で、それを気にしない子は単に遊ぼうとするだろうし、気にする子は遊ばないどころかイジメさえやるかもしれない。

 

 そんなことに囚われないで欲しいと伝えたかったのだろう。聖書はおまけみたいなものだ。先生にとっては本命だろうけど。

 

 当たり前のことと言えるかもしれないけど、難しいことだ。成長して大人になれば尚更に。

 金持ちが財布を忘れても無賃乗車を許される一方で、貧乏人は許されないなんて傾向があることは実験結果で出ている。

 人は人を判断するのだ。ごく自然に。

 

「これで倫理の授業を終わります。ガブリエラさん、ちょっと来てくれる?」

「はいぃ……」

 

 歌うような声で呼ばれてしまった。

 てくてくと十三階段を昇る気持ちで進む。

 グレッシェル先生は倫理を担当していることもあってか優しい人だけど、言うべきことはきっちり言う。だからこその倫理担当なのだろう。

 

 間違いなくターニャに話しかけてたことで怒られる。

 言うこと言うことが大概正論なので黙ってお叱りを受ける他にない。

 バツが悪いというか、居心地が悪いというか。

 元大人の擦れていた筈の心は、どうにも子供の頃に返っていたようで。

 怜悧な視線に本能が慄いてるのか身が竦んだ。

 

 とん、と。

 柔らかい指の腹が額を突いた。

 

「……反省してるようならいいわ。でもターニャさんの迷惑にもなってしまうから、授業中にあまり話し込んでは駄目よ」

「はいっ!」

「全く……現金なものね。それではご機嫌よう」

「ご機嫌よう」

 

 なぜだかあっさり許された。

 

 ラッキーである。

 とりあえず目の端を拭った。

 日頃の行いだろうか。

 

 滑るように後ろ姿が遠ざかる。

 ついでだから言うとグレッシェル先生は間違いなく私立出身である。

 つまりは良いとこのお嬢さんだ。その清楚な佇まいはクラスの女子の憧れだったりする。アニーとか、マリーとか、サラとか。

 やっぱり、お金持ちはお得である。

 

「怒られなくて良かった〜」

 

 お得って思考がもうお金持ちの思考じゃないなぁと思いながら、ほっと一息。

 

「ねぇガビ、先生から何話されたの?」

「授業中の私語は慎みましょうって」

「えっ、よりにもよって倫理の授業で?」

「ガビ……グレッシェル先生の授業中に何をやっているの」

「だ、だってターニャが歯軋りしてね」

 

 キョトンとするナタリーとアニー。

 

 何とか怒られずに済みそう。

 件の彼女の方を見れば、一瞬、目が合った。

 徐ろに本を置いてこっちに歩きだした。

 

 全く、面倒そうにしているけれども。

 お前さんのせいで私が怒られたんだぞっ。

 ちょっとは悪びれるとかして欲しい。

 

 まぁ、切り抜けられたからいいけども。

 ターニャに首を振って合図するとしっしって手を振られた。

 大人しく二人の方に視線を戻しておく。

 

 はぁ、と溜め息が三人分聞こえた。

 

「……ありそう。そっかぁ、歯軋りしてたんだぁ」

「あの子、まだあの癖が直っていないのね」

 

 ……三人分? 

 もしかしてターニャ合図が分かってないの? 

 

「ちょっとまっ──」

「二人とも、あんまりガビを苛めてやるな」

 

 助けに来てくれたのは嬉しいのだけど。

 会話のボールが明後日にストライクである。

 

「「「……」」」

「先生に叱られたのだから充分だろう」

「「「…………」」」

 

 ダメ押しまで完璧で、もうどうしようもない。

 何か違和感を覚えた顔をしているけど、鈍感過ぎるぞ女の子なのに。女の勘のおの字も無さそうだ。

 

「……三人ともどうした?」

「三分擽りの刑を求刑します」

「どういう事だナタリー」

「請求を受理します」

「何の話だアニー」

 

 鳩が豆鉄砲食らった顔をしている。

 でも、これどちらかと言うと七面鳥撃ちだね。

 

「私としましてはターニャの義に免じて二分刑への減刑を申請します」

 

 流石に不憫だから助け舟は出すけれど。

 二人相手にどこまで話をずらせるものか。

 

「待て待て待てどういうことだ。ガビじゃなくて私なのか? だったら弁護士はいないのか、私は無罪を主張する」

 

 あれ? 

 

「弁護士は私ガブリエラが務めま」

「チェンジだ」

 

 なるほど。

 

「弁護団も四分刑が妥当と判断し受け入れます」

「告訴人に異議はありません」

「ではそのように審議を進めます」

 

 つまらない冗談は高くつくのだターニャ。

 

「数字が増えているぞ自称弁護士!」

「泥舟を御所望されましたので」

「随分と楽しそうなことをしてるわね」

 

 タンッと磨き抜かれたメリージェーンが床を叩いた。

 サラちゃんである。

 

「サラ、私の弁護をしてくれないか?」

「いいわよ、何をすればいいかしら?」

「私の擽りの刑を何とか撤回してくれ」

「つまらないから嫌よ」

 

 栗色の髪を靡かせて何故だか得意げな笑みで断った。

 端的に言うと犬みたいな女の子だ。

 ターニャはというと、予想通りだけど憤懣やる方ないとばかりにフンスと鼻息荒くしている。

 私だって、サラの方を頼ったことに一言申したいのだけど。

 

「やっぱり、三回回ってワンと言うなら考えなくもないわね」

「巫山戯たことを言う」

 

 犬なら従順な筈ではって? 

 彼女はマウントを取りたがる子犬なのだ。

 取り入ると分かり易いくらい懐柔されるのもワンワンポイントが高い。

 

「そんなこと言える立場かしら?」

「チッ、仕方ない。ガビ、回れ」

「私!? ターニャじゃなきゃ意味ないよ」

「二人とも回りなさい」

 

 なんてこったい。

 私まで巻き込まれたじゃないか。

 

「契約に無いオーダーだ。違約金は?」

 

 ターニャはターニャで別の裁判でも起こす気なのか。君達は理不尽というかマイペース過ぎる。

 

 タシーンッと音がした。

 見やるとナタリーが腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「裁判長、これ以上の議論は無用よ」

「時間が押しているので判決を下します」

「待て、裁判所なら和解案を探るべきだ」

 

 誠に遺憾ながら時間切れらしい。とても、そう、とても残念なことだけれど、しかたがない。

 

「主文、被告人を擽り刑五分に処す」

「求刑は四分だった筈だ。再審請求する!」

「弁護団は裁判所の寛大な措置を歓迎します」

「告訴人は望外の結果を得られたので異議なし」

 

 縋るような目で見られても……いやこれ瞳の奥でメラメラ燃えてるね間違いなく。

 

「おい弁護士、職務を果たせ、弁護をしろ!」

「私ガブリエラは和解と減刑を試みましたが残念ながら被告人に伸ばした手をはたかれたのです」

「わたくしサラは非金銭的な形の賠償による和解を試みましたが残念ながら提案を聞き入れて貰えませんでしたわ」

「くっ、三十六計逃げるに如かずか!」

 

 ターニャがドアに駆け出すけど何故だか無意味な気がした。何でだろう。

 

 そういえば時間は? 

 

「授業を始めるよ、ターニャ君」

「はい……先生……」

 

 ああ、うん、やっぱり。

 チャイムが無情に鳴り響く。

 

「しかし……廊下まで聞こえてきたが、面白い遊びをしていたね。法廷ごっこという違うルールの遊びがあるんだけど今度やってみるかい?」

「はい、いいえ先生。お気持ちだけで結構です」

「そうかい? うーん、残念だなぁ」

 

 トボトボとターニャが席に戻ってきた。

 

「ターニャ、助けに来てくれてありがとね」

「肩代わりしてくれてもいいんだぞ」

「半分こね。2分半だけだよ」

「……半分だけか?」

「ありがとうは無いのー?」

「助かるよ、ガビ」

 

 随分と呆れた目をしてらっしゃる。

 マッチポンプじゃないです。

 ちゃんと助け舟も出そうとしたよ? 

 

「首振ってもう大丈夫って合図したのになー」

「あれはもう駄目ですの合図じゃなかったのか? それならそうと言ってくれ」

「止めようとしてターニャに無視されたんですー」

「一体いつの話だ」

 

「ガブリエラ君、ターニャ君」

 

 あ、やば。

 

「「……はい」」

「授業を始めるよ」

「「ごめんなさい」」

 

 

 

 主文、ターニャ・デグレチャフ、ガブリエラ・ドーレス・ハイゼ両名を擽り刑七分に処す。

 

 

 前の時間にお花摘みに行けなかったからと泣き落として二人で逃げ出したらなんと出待ちされまして。

 

 ターニャが酷いんだよね。

 下から抱きついて腋を守ってあげてたのに、放せって言うからその通りにしたら私を置いて逃げ出してね。

 

「裏切り者ー!」

「ガビ、私が囮になる!」

「私が囮になってるでしょーが馬鹿!!」

 

 まぁ別にいいんだけどね。

 

「アニー」

「ええ」

「「追いかけるわ」よ」

 

 本当に囮になったから。

 いやぁとってもラッキーである。

 

 しかし、分かってないのだろうか。

 彼女、図書館に篭もりがちで運動不足なのだ。

 逃げ切れる筈があろうものか。

 

 何の勝算があって逃走したのか謎である。

 

「ガビ」

「あ、サラは追いかけないの?」

 

 しまった。

 

「私の仕事ではないわ」

「そっかぁ、それじゃあまたね」

「待ちなさい」

「ひゃい」

 

 厄介所がまだ残っていた。

 

「おーよしよしよし」

「えへへ〜」

 

 こやつ、私の弱点を知っているのだ。

 

「でもダメね」

「へっ?」

「何か言うことがあるんじゃない?」

「……」

「……」

「サラ様、撫でてください」

「おーよしよしよし」

「んふ~」

 

 

 

 ねぇ、神様。

 

 

 

 神様は私をチワワにしたかったのですか?




メリージェーンは可愛らしい靴のことです。
メリージェーンパンプスで是非調べてみて!
幼女戦記がいつ頃の話なのかあまり上手く掴めてないんですけど、ローファーはこの頃だと登場すら怪しくて、あってもまだ男性用のままだと思うんですよね。

あともう一つ紹介したいのが、クララ・ボウっていう女優の日本語版Wikipediaの写真がとっても美人でした!
英語版だと化粧濃くて当時の感じが出てますけどね。

次話はもっと早くあげられたらなぁと思ってます。
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