狂咲の赤椿   作:駄文書きの道化

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第4話

 一夏の為に変化を成し遂げた白式は一夏の要望に応えて見せた。一夏の望むままの機動を描き、一夏が届かせる為の道を築き、一夏の欲する一撃を放つ。セシリアとは比べものにならない稼働時間の短さを補うだけの気迫と意志、そして性能。

 その全てが噛み合った一夏は恐ろしいまでに手強くなっていた。セシリアが苦渋を舐めるまでに。そんな姿を箒は目を細めて見ていた。組んでいた手が震える。見ていられない、と言うように箒は瞳を逸らした。

 退室する旨を千冬と真耶に告げて箒はアリーナを後にしていく。その道すがら、一夏の叫びを思い出して目を細める。

 

 

(……一夏。私はお前にそんな風に思われるだけの価値なんかないよ)

 

 

 箒が先日、一夏に叩きつけた殺気。それは箒が表には出さない束への憎悪、殺意そのものだった。一夏を束に見立てただけ、だが、それでも溢れ出たものは十分過ぎる程だった。一夏は竦み上がり、箒を恐怖の眼差しで見ていた。

 それが箒の心に罅を入れた。あぁ、やっぱりか、と。わかっていた結果でも受け止めれば辛い。強くなる為の方法なんて自分はそれしか知らなかった。だから教えた。

 教える必要があったのか? いいや、ない。それでも吐き出したかったのは己のエゴだったのだろう。そして決別をしたかったから晒した。自分の抱えている憎悪を。それで彼が離れてくれれば良いとさえ思ったのに。

 その結果があの彼だ。彼は強くなった。けれど、本来ならば得なくても良い強さだ。彼にあんな風に戦いの覚悟を決めさせたのは間違いなく自分。守りたいなどと言われる資格もない。ただ自らの腹の底にある憎悪を叩き付けただけなのに。

 

 

(どうして、こんな事になってしまったのかな)

 

 

 復讐を望む心はまるで焔。押し留めようが、それは未だ燃え燻っている灰だ。火が付けばまた燃え出す。ただ燃え尽きるまで。だから箒は既に自身が手遅れだと自覚している。狂っていると。

 そんな一面を一夏に晒して、見せつけて、自分の歪みを再確認した。更には一夏に同情までさせてしまった。それが酷く苦しい。

 あぁ、どうしてこんなにも自分は醜くなってしまったのだろう。色褪せた思いの残骸が震える。どうして、と。彼は変わらないのに、自分の彼を思う気持ちが残骸でしかないのは何故なのか。

 

 

「……くっ……」

 

 

 あぁ。ただ無性に、壊れそうになる程に悲しかった。こんな自分など消えて無くなれば良いのに、と思った。

 けれど、今までの歩みを否定出来ない。この思いを燻らせたまま死ねない。だから。

 

 

「……くくっ、くふ、あは、あははっ、あははっ……! あッははははははっ!!」

 

 

 

 ―――あぁ、姉さん。今すぐにでも貴方を殺したいです。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 セシリア・オルコットは男という生き物を見下している。それは彼女の両親に原因がある。

 セシリアの母親は幾つもの成功を収めた偉大な人物だった。セシリアに対しては厳しかったが、それでもその在り方はセシリアの胸の中に強い憧れとなって胸に残った。

 対して、セシリアの父親は情けない父親だった。元より母の下に婿入りした形で入った為に常に母親の顔を伺っている、そんな臆病な姿が目に映った。それがセシリアの男は情けない、という認識を強める結果となる。

 更に、そこで発表された女性にしか扱えないISの存在。セシリアの認識が強まるのも仕方ない。だからこそ、セシリアには一夏が認められなかった。だが、その“情けない筈の男”が食らいつくこの現実は一体何なのか?

 

 

「うぉぉぉぉおおおッ!!!!」

「く、ぅっ!?」

 

 

 また一つ、ビットが叩き落とされた。まるで獲物に食らいつく肉食獣のように鋭い一撃が走る。セシリアの背筋に怖気が走る。一夏が発する気迫にセシリアは完全に呑まれていた。

 勝てる筈だった。余裕に、優雅に。だがこれは何だ。必死に距離を取ろうと足掻いて、怯えるように後退する自分の姿は。あれは何だ。鋭い瞳で真っ直ぐにこちらを睨み付けながら向かってくる彼は。

 なんて強い眼差しなのだろう、とセシリアは思った。あれだけ情けなく見えた姿は気迫を放つ戦士へと様変わりしていた。これが本当の彼の姿なのか、と。

 

 

「――貰ったぁぁあああああああああああっっ!!」

「!? あ、そんなっ!?」

 

 

 その一瞬の思考が命取りだったのか、セシリアに出来た隙を一夏はそれを見逃さない。また一つ、ビットを叩き落とし、一夏はセシリアへと距離を詰める。迎撃にビットは間に合わない。

 迫る輝く刃に反射的に体は動き、ミサイルを放つ。ギリギリのタイミングで放たれたそれは自分すらも巻き込みかねない一撃。そして、一夏の振り下ろしたブレードとセシリアの放ったミサイルが互いに直撃するのはほぼ同時だった。

 衝撃によって明暗する意識。その中で聞こえたのは試合終了を告げるブザーの音。

 

 

『両者、同タイミングでシールド残量ゼロ。この勝負、引き分けです!』

「……引き分け?」

 

 

 聞こえたこの試合の行方を告げる声に、セシリアは呆然とした様子で呟いた。

 

 

「……引き分け、か。……はぁ」

 

 

 呆然としていたセシリアの耳に届いたのは一夏の声。どこか無念そうに、自らの手に収まっているブレードを見つめている。セシリアはどこか心在らずのまま、ぼんやりと一夏を見る。

 セシリアの視線に気付いたのか、一夏の視線が上がり、目があった。セシリアは未だにぼんやりとしたまま一夏を見ている。セシリアと視線を合わせていた一夏は暫くセシリアと見つめ合っていたが、どこか罰悪そうに視線を彷徨わせた後、溜息を吐いた。

 

 

「……格好悪いな、俺」

「……え?」

「いや、何でもない。やっぱり、代表候補生ってのは強いな。恐れ入ったよ」

「ぁ……、そ、そんな。あ、貴方だって……初めてでこんなに戦えるだなんて、驚きですわ」

「これで勝ってたらなぁ。ったく、締まらねぇなぁ」

 

 

 乱暴に頭を掻きながら一夏が自らの武装を解いていく。まだセシリアは一夏の様子をぼんやりと見ているだけだ。

 

 

「なんだよ? さっきからじろじろ」

「え?」

「……大丈夫か? なんかさっきからぼんやりしているけど」

 

 

 言うなり、一夏は覗き込むようにセシリアに顔を近づけた。それにセシリアが、ひゃぁ、と悲鳴を上げて後ろに退いた。突然の悲鳴に一夏は驚いたように何度か瞬きをする。

 

 

「い、いきなり顔を近づけないでくださいます!?」

「悪い。でも、お前大丈夫か? 心在らず、って感じだったけど」

「そ、それは……」

 

 

 一夏の問いかけにセシリアは口を閉ざす。一夏の方へと視線を移せば、怪訝そうな顔でセシリアを見ている一夏の姿がある。その姿を、何故かセシリアは直視出来なかった。先程から胸の動悸が収まらない。戦闘の余韻なのか、頬が熱いままだ。

 

 

「貴方が予想以上に手強かったからですわ。素直に賞賛に値しますわ」

「なんだ。随分と愁傷だな」

「あれだけ苦戦させられたんですもの。それに、引き分けで納得がいかないのはこちらもですわ」

「俺みたいにあれだけ見栄切ってないだけマシだろ?」

「私だって最初は貴方の事をあれだけ貶してましたわ。……情けないですわ」

「……まぁ、評価を改めてくれた、って事で、俺は満足しておくか。まだまだ、精進しねぇとな」

 

 

 ぐっ、と一夏は背筋を伸ばした。戦闘によって疲弊した体を解すように。セシリアはそんな一夏の姿をぼんやりと見つめ続けるのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……ふん。まぁ、初めてにしては上手くやったな。よくやったな、織斑」

「凄かったですよ、織斑君!」

 

 

 ピットへと戻った一夏を迎えたのは千冬と真耶の二人だった。千冬は鼻を鳴らしながらも、どこか満足げな表情を浮かべ、真耶は興奮した様子を隠そうともせずに一夏へと声をかけてくる。

それに一夏が軽く照れたように鼻の頭を掻く。勝てなかった事は正直に言えば残念な結果だったが、出来うる限りで最善は尽くせたと胸は張れる。

 

 

「織斑。雪片の特性を知っていたのか?」

「箒に教えて貰ってました。だから使いすぎるとエネルギーが無くなるってわかってたんで……後はがむしゃらでしたけど」

「でもでも! それであれだけ動けちゃうなんて、やっぱり織斑君は織斑先生の弟さんなんですね!! 見直しちゃいました!!」

 

 

 千冬の疑問に一夏は答える。一夏の答えに納得したのか、千冬は一つ頷く。

 真耶が未だに興奮冷め切らぬ、と言った様子で一夏へと捲し立てる。そんな真耶に苦笑していた一夏だったが、ここに居ない姿に気づき、一夏は辺りを見渡した。

 

 

「織斑先生、箒は?」

「一足先に帰ったぞ。何でも具合が悪くなったそうだ」

「……そうですか」

 

 

 出来れば一番に会って話がしたかった、と一夏はつい思ってしまった。ここまで戦えたのは正直に言えば箒のお陰だったからだ。だから、まずは御礼がしたい、と思ったが、体調が悪いというのなら仕方がない。

 部屋に戻れば戻っているだろう、その時に御礼を言おう、と。一夏は緊張していた身体から力を抜いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 夜。一夏と箒の部屋では、一夏がベッドに横になって寝息を立てていた。あれから一夏が部屋に戻っても探していた箒の姿は無く、首を傾げる事になったのだ。

 どこかに出かけたのかと思い、箒を待っていたのだが、セシリアとの決闘もあって疲労が溜まっていたのだろう。一夏は待っている間にベッドで横になってしまい、そのまま寝てしまったという訳だ。

 そこに箒が戻ってくる。一夏が見れば目を見開いた事だろう。まるでその雰囲気が幽鬼のように重苦しかったのだから。足を引きずるようにして箒はシャワーを浴びる為にシャワー室へと足を進める。

 衣服を乱雑に脱ぎ捨て湯を浴びる。箒の体は汗だらけで、湯によって汗が流されていく。箒はどこか虚ろな視線でシャワーから落ちてくる滴を見つめる。

 どれだけそうしていただろうか。シャワーを浴び終えた箒は体についた水滴を拭き取りながら自分のベッドの方へと歩んでいく。何とか自分のベッドまで辿り着けば、手早く寝間着に着替える。

 途中、一夏が寝返りと共に声を漏らした。丁度、寝間着に着替え終わった箒は一夏へと視線を向ける。彼はベッドの上で寝ているだけで、布団を羽織っている訳ではなかった。

 一夏は起きる様子はない。余程疲れていたのだろう、と箒は検討つける。穏やかに眠る一夏の寝顔を箒は眺める。

 

 

「……一夏」

 

 

 そっと手が伸びた。伸びた先には彼の唇がある。触れてしまいそうで、触れないギリギリの距離。その位置で箒の指が止まった。そして箒の手は彼の顔の横へと置かれ、箒は身を乗り出すようにして一夏の顔を眺めた。

 

 

「……私は、さ。お前の事が好きだったんだぞ? 一夏。なぁ、一夏」

 

 

 ぽた、と。箒の頬を伝って落ちた滴は布団の染みとなって消える。

 

 

「でも駄目だ。殺したいんだ。どうしても、絶対に殺さないと、そう囁くんだ。じゃないと気がおかしくなりそうなんだ。だって、悪いのは姉さんなんだ。いつだって私から奪うから。いつだって、いつだって、いつだって。……私は、ただ……」

 

 

 ただ、と、もう一度繰り返して。

 

 

「……お前と、一緒にいたかっただけなのにな」

 

 

 もう駄目なんだ。自覚してしまったらもう戻れない。

 壊れている自分。一夏への思いすらも残骸でしかない。ただ殺意と憎悪に溺れる事しか出来ない。

 

 

「罵ってくれよ、一夏。人殺し、と。狂ってると、そう言われた方が楽だよ、一夏……! これなら、お前なんか知らないと、忘れられていた方が楽だった……!」

 

 

 涙が一粒、落ちる。また一つ、また一つと。どうして彼は覚えていたんだろう。そうすれば残骸の思いは、ただの残骸でいられたのに。そうすれば壊れている自分に溺れるだけで済んだのに。

 過去の自分が、何度も今の自分を否定して、非難して、憎悪して。身が引き裂かれてしまいそうだと、箒は痛みを訴える。

 

 

「……苦しいよ……! ……辛いよ……! 一夏……一夏ぁ……!」

 

 

 声を震わせながら、箒は何度も縋るように繰り返す。

 

 

「どうして……? ただ、好きなだけでいられないんだろうな……? どうして、私はあの人の妹なんだろうな……? なぁ、一夏……どうして、私は――」

 

 

 

 ――こんなに狂ってしまったんだろうな?

 

 

 

 箒は、嗤っていた。裂けんばかりにまで口元を釣り上げて。くつくつと、くつくつと喉を震わせながら。その頬に涙の滴を伝わせながら。笑いながら泣いて、泣きながら笑って。嗤って、笑い続けていた。

 もう彼の傍にいれないのに、傍にいる現実がおかしくて。思ってはいけないのに思ってしまっていて。忘れてしまえば楽なのに忘れられず。ただ、ただ箒は自らを壊していく事しか出来なかった。

 

 

 

* * *

 

 

 

 暗闇の中。モニターの光だけが部屋を照らす光源だった。光に照らされた横顔は篠ノ之 束のものだった。

 モニターには目まぐるしくデータが表示されていて、データを眺めていた束は感心するように声を漏らす。

 

 

「ほぅほぅ! やるじゃないかいっくん! これだけ白式を扱いこなせるなんて! やっぱりちーちゃんの弟だもんね!」

 

 

 嬉しそうに束はデータを目にして笑う。彼女の頭の中では自ら手がけたISを自由自在に操り、姉とよく似た凛々しい表情を浮かべる一夏が幻視されている。

 うんうん、と何度も嬉しそうに頷きながら束は笑う。指を踊らせるようにキーボードを叩き、開いていたデータを閉じて新たなデータを呼び出す。

 

 

「うんうん! これなら喜んでくれる! いやー、いっくんがISに乗れるのには吃驚したけど、でも良かった! いっくんもこれでちーちゃんと同じ舞台に立てるよ!」

 

 

 笑う。彼女は楽しげに笑う。世界最強、それは誰もが彼等を認める最高の称号だ。それを得られる事は何よりも幸せな事だと束は信じて疑っていない。それは純粋な善意だった。少なくとも、束にとっては。

 世界で最も凄いプレゼントを贈ればきっと褒めてくれる。それも一夏が敬愛する千冬と同じISだ。きっと喜んで貰えていると束は微笑むのだ。でなければここまでの結果を叩き出す事は出来ない。故に束は満足だった。

 

 

「いっくんにはもっと成長して貰わないとね! そしたらちーちゃんも鼻が高いよね! そしたら今度はちゃんと褒めてくれるかな!」

 

 

 そうだ、と束は両手を合わせるようにして叩く。

 くるくる、椅子を回して未来に期待を抱きながら束は笑う。

 

 

「箒ちゃんとの約束があった! いいよ、いいよ! ちょっと早いけど約束を果たすよ! 箒ちゃん! 作ってあげる! “白”に並び立つ“紅”を!!」

 

 

 そうしたらきっと笑ってくれる。脳裏に箒の喜ぶ笑顔を想像しながら、そんな未来が来る事を束は信じて疑っていなかった。

  

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