狂咲の赤椿   作:駄文書きの道化

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第7話

「ねぇ、篠ノ之さん? 部屋、代わって欲しいんだけど?」

「……開口一番に何を言っているんだ?」

 

 

 箒は昼食時に出会った凰 鈴音が獰猛な笑みを浮かべ、頼み込んでくる姿を見るなりそう呟いた。一日ゆっくり休んだ事で体調も戻り、部屋に戻って瞑想をしていれば、一夏と共に鈴音が部屋にやってきたのだ。

 今日は確かセシリアとの訓練をしている筈じゃなかったか、と記憶を掘り起こす。幾ら幼馴染みとはいえ、ほいほいと別の女の子を連れている一夏には呆れて物が言えない。見るからに、鈴音も一夏へ好意を向けているのは箒もわかったからだ。

 

 

「幾ら幼馴染みって言ってもさ、やっぱり男と一緒の部屋ってのは大変でしょ? だから私が代わってあげる」

「……ふむ」

 

 

 随分と押し込んでくるな、と箒は半ば感心したように頷いた。ちらり、と視線を向けてみれば一夏が三人分のお茶を用意している。別に今、用意するものじゃないだろう、と箒がどこかズレている一夏に溜息を吐く。

 さて、と。箒は呟いて考える。一夏と同室であるデメリットは別に箒は感じていない。メリットもある訳ではないのだが。なので別にこの部屋に思い入れがあるという訳ではないのだが、と鈴音の顔を見る。

 鈴音はうっすらと笑みを浮かべているものの、隠しきれない敵意を見え隠れさせている。箒としては鈴音の態度は嫌いではなかった。だからこそ箒もまた笑みを浮かべて鈴音に視線を返す。

 

 

「私としては部屋を代わる事は吝かではない。だが……一夏? お前はどうなんだ?」

「へぇぁ!? お、俺か!?」

「お前も関わる話だろうが。で、お前は夜を共にするのであれば私と凰、どっちが良いんだ?」

「ぶふぅっ!? ごほっ、ごほっ!」

 

 

 箒の言い回しに鈴音が顔を真っ赤にして噴出した。してやったり、と箒は鈴音を見てほくそ笑む。ちなみに一夏も顔を真っ赤にしているのだが気にしない。こいつの反応はつまらん、と箒はにやにやと鈴音を見る。

 鈴音は先ほどまでの威勢はどこへ消えたのか、顔を真っ赤にして箒を見ていた。時折、視線が一夏に移って更に顔が真っ赤になっているのは年相応らしくて、箒から見れば好ましい程だった。

 

 

「な、な、な……っ! い、一夏! やっぱりアンタ、そういう……!!」

「違う! 断じて違う! 鈴、こいつの世迷い言に騙されるな!」

「世迷い言も何も、夜をこの部屋で過ごすなんていつもの事じゃないか」

「あ、アンタの言い回しは変な意味に聞こえるのよ!」

「変な意味? ……はて? 私にはわからんな。どういう意味に聞こえたか教えてくれないか? ん?」

 

 

 箒の煽るような問いかけに、鈴音は悔しげに歯を噛んで箒を睨み付けている。まるで警戒心の高い猫のようだと箒は微笑む。

 一方で鈴音は箒に苦手意識を感じ取っていた。箒は鈴音にとって苦手の意識がある千冬をどこか連想させてくるのだ。そして今もニヤニヤと笑う姿が癪に触る。

 そんな二人を見た一夏が、やっぱりこいつ等相性悪い、と顔を引き攣らせているのはご愛敬。余裕着々の箒と警戒心を強める鈴音は睨み合いの状態へと変わる。

 

 

「それとも何だ? もうそんな若い身空で男に飢えているのか?」

「意味わかってんじゃないのよ!? そ、それに別にそんなんじゃ……!!」

「では別に部屋を代わる必要などないではないか。一夏との親睦を深めたいなら、時間ギリギリまで居ればいいし、何ならここに泊まっていけば良い。部屋を代わる必要はないんじゃないか? それだと、まるで凰が一夏と生活を共にしたいと――」

「だーっ!! あんた黙れッ!! 少し黙れッ!!」

 

 

 流石に限界になったのか、鈴音が実力行使に出た。箒の口を閉ざそうと飛びかかってきた箒は特に抵抗する事無く、鈴音に口を塞がれる結果となる。ニヤニヤと笑っていると鈴音が腹立たしげに歯を向けて威嚇してくる。

 結局、一夏が二人を止めようと仲介に入るも、箒があの手この手と鈴音をからかい続け、鈴音が怒りのあまり叫んだ所で、寮長である千冬が降臨した。

 

 

「転入早々騒ぐとは良い度胸だな? 凰。そして織斑、篠ノ之。お前達も同罪だ」

 

 

 振り下ろされた拳骨は鈍い音を立てて鈴音と一夏の頭に突き刺さった。そしてその威力に半ば感心したように頷き、箒もまた自身に振り下ろされた拳骨を受け入れるのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「――一夏の、馬鹿ァッ!!」

 

 

 ぱぁん、と。勢いよく一夏の頬を勢いよく張る音が響いた。一夏の頬を叩いたのは鈴音だ。彼女は目に涙を浮かべ、一夏を勢いよく睨み付けた後、走り去ってしまった。

 さて、何が起こったのか整理しよう、と箒は眉間に手を添えて揉む。部屋交換の騒動から数日後、あれから鈴音はよく部屋に入り浸っていた。先日の千冬からの折檻があった事から喧嘩にまでは至らず、箒と鈴音も互いに存在を無いものとして扱っていた。

 そんな日の事、談笑の間に鈴音が一夏に問いかけたのだ。

 

 

「ねぇ? 一夏、約束覚えてる?」

「約束? ……あぁ! あれだろ! 料理が上手くなったら毎日酢豚を奢ってくれるって約束!」

「……は?」

「え?」

 

 

 そして、冒頭の平手打ちへと戻る、と。

 一夏は唖然として頬を抑えている。どこか罰悪そうにしつつも、納得がいかないと言っている表情から、一夏には心当たりがないのだろう。そう、一夏自身には。

 箒は鈴音の交わした約束の内容をなんとなく察した。恐らく日本人で言う味噌汁的な言い回しだったのだろう。遠回しなのも良くないとは思うが、一度殴り飛ばした方が良いか? と一夏を見ながら箒は割と本気で考える。しかし力尽くで訴えた所で何も意味がないだろう。

 

 

(……やれやれ。少し助け船は出してやるか)

 

 

 正直、気に入らないという気持ちはある。過去、こうして幾度となく自分も思いをはぐらかされた事か。――過去を思い出せば胸が軋む。せめて、思いだけでも伝えていれば何かが変わったのだろうか、と脳裏を過ぎった考えは捨てる。

 

 

「おい、一夏」

「……な、なんだよ。なんでお前まで少し怒ってるんだよ?」

「お前、料理が上手くなったら人に振る舞いたいと思うか?」

「? ……そりゃ、まぁな」

「何故だ?」

「何故って……そりゃ自慢したいからか?」

「じゃあ鈴音が、料理が上手になったらお前に酢豚を奢るというのは、自分の料理を自慢したかったからか?」

「……そう、なのかな?」

「お前は言葉を額面通りに受け取り過ぎだ。少しは言葉の裏に秘められた意味を考えたらどうだ?」

「何が言いたいんだよ」

「それだ。ほら見た事か。今、私が言いたい事も察する事も出来ない。だから女を泣かすんだ」

 

 

 鼻で笑ってやると、流石に一夏も頭に来たのか箒を睨み付けてくる。だが鈴音を泣かせたのは事実なので何かを言い返してくる事はない。

 

 

「それとも直接言えば良い、か? じゃあ私は言ってやる。――最低最悪だな、貴様。死んで詫びろ。どうだ? これで満足か?」

「――ッ! なんでそこまで言われなきゃいけないんだよ!?」

「戯け。貴様、凰の涙がどれだけ重たいモノかもわからんのか」

 

 

 ――そうだ、一夏。お前にはわからないのか?

 

 

「なんだよ、ソレ」

「……良いさ。気付かないなら気付かないで良い。――それで後悔しても時は巻き戻らないぞ。それでも良いなら何も知らなければいいさ」

 

 

 ――もう、お前は1つ失ってるんだからな。

 

 

 嘲るように告げた後、布団に潜る。何か言いたげな一夏を背にして箒は瞳を閉じた。じくり、と痛む胸を抱えるようにしながら、浮かびそうになった涙を枕に押しつけて瞳を閉じた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あれから箒も一夏は距離を取るようになった。一夏は箒から受けた言葉で何かを考えているのか、悩ましげな表情を浮かべる事が多くなった。

 そうしている間にクラス代表戦が迫っていた。そして今日は当日。だが箒の足はアリーナには向いていなかった。適当な理由で誤魔化して外で木刀を振るっていた。

 

 

「……はぁ」

 

 

 そろそろ限界なのかもしれない、と箒は思う。正直、一夏と過ごす度に自分が擦り切れていくように思える。それも仕方ないのかもしれない、と箒は思う。そもそも自分がこうまで狂ったのは、一夏への思いが原因だったから。

 失ったと思って、二度と会えないと悟って、そして奪われたからこそ苦しくて。だからこそ姉への憎悪を糧に生きてきた。それがあっさりと手元に戻ってきた現実には理不尽すら覚えた。

 もう自分は変わり果ててしまったというのに、一夏は変わらない。好ましいままだ。悪いところも一夏のままだ。それが何よりも腹が立つようになったのは、いつの頃からか。だから箒は自らの限界を悟り始めていた。

 一夏さえ切り捨てれば再び過去へと戻れる。あの暗くも冷たい、悲しいまでの安らぎの日々へ。だが、それは残っていた残骸の思いすらも再度、捨て去るという事だ。

 

 

「……一夏」

 

 

 今度は自分の意思で諦めなければならないのか、と。箒は薄く笑った。可笑しくて、可笑しくて狂ってしまいそうになる。

 

 

「元より狂っているか」

 

 

 愛おしいのに斬り捨てなければならない。それもこれも自分自身の復讐の為に。そんな人間が正気である筈がない。もう一夏と歩める未来なんて無いのだと。復讐を捨てる事は今更出来ない。ならば復讐の妨げとなる一夏は切り離すべきなのだろう。

 再び、一夏と再会する前に逆戻りする事となる。そこには誰もいない。ただあるのは姉への殺意だけ。冷たい、寒い、温もりなどない、あるのはただ胸を焦がすような殺意だけ。それが自分の安らぎなど。認めたくもないが、認めざるを得ない。

 

 

「……滑稽だな」

 

 

 潮時なのだろう、と箒は思う。忘れていた気持ちを呼び覚ましてくれた再会は、否応なしに変わり果てた自分へと現実を突き付けた。夢はもう見れない。夢を見るような年ではなくなった。ならば今ある現実を飲み干し、喰らうまで。

 考えが纏まり、何気なく見上げた空。――ふと、箒の視線の端で何かが光るのが見えた。次いで響き渡る轟音に箒は耳を押さえた。箒の視線の先には今、クラス代表戦が行われている筈のアリーナが見えた。

 

 

「……アリーナのシールドが、破られただと?」

 

 

 朦々と上がる爆煙。まだ一夏と鈴音のクラス対抗戦が行われている筈。そして降り注いだのはアリーナのシールドを破壊するだけの一撃。つまり箒は悟る。襲撃者だと。

 しかし、と疑問が過ぎる。あれだけの破壊力を持つ何者かがIS学園を襲撃した。何故このタイミングで? それ以前にアリーナのシールドを破るだけの兵器? そんなものISに限られる。それが何故IS学園を襲撃する? ここは世界が認める中立地帯。そんな場所に攻め入るのは余程の馬鹿か――天才だけだろう。

 この襲撃はどんな利をもたらす? 例えば、そう。唯一のISの操縦者の一夏を狙っての襲撃だったとしたら?

 

 

「――デモンストレーション、か」

 

 

 謎の襲撃者。それを華麗に撃退する男のIS操縦者。得られるのは惜しみない賞賛と羨望。ニュースになる事は間違いなし。笑えてしまう程の筋書き。だが、あの人が考えそうな事だ、と箒は笑う。

 

 

「……そう、意味の無い襲撃だ。何の利益もない。このIS学園に“たかが一機”のISで被害目的のテロなど何の意味もない。ならば襲撃によって得られる損害ではなく、その損害を与えようとしている脅威を倒す英雄の脚本、か?」

 

 

 自らの推測を口にして、箒は笑みを浮かべた。うっすらと浮かべた笑みに淀んだ瞳。まるで幽鬼のような雰囲気を纏って佇む姿は不気味の一言に尽きる。

 

 

「貴方は、何がしたいんだ? 姉さん……」

 

 

 爆音。それが再びアリーナから響いていくる。箒の問いなど誰も聞きはしない。風が箒の髪を揺らして去っていく。箒はただ顔を俯かせて肩を揺らす。

 

 

「誰も望んでないだろうが? こんな馬鹿げた脚本など。なぁ、そうだろう? 一夏。あぁ、なんだ。やっぱり――」

 

 

 

 ――あの人は、殺さなきゃ駄目だ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そして、箒は全てが終わった後、事の顛末を耳にする事となる。謎のISの襲撃によって一夏が負傷した、と。傷つきながらもアリーナに取り残された生徒を護ろうとした彼に誰もが賞賛の言葉を投げかけた、と。

 箒は一夏の病室の前で佇む。中では鈴音とセシリアが何か口論しているようだ。それに笑みを浮かべながら箒は小さく呟いた。――もう、一夏には何も心配はいらない。自分と違って彼には彼女たちがいるから。

 

 

「……いいだろう、姉さん。例え残骸であったとしてもこの思いは本物だ。ならば捨てずに残そう。だから――一夏を傷つけようとした報いも含めて、貴方を確実に殺して見せるよ」

 

 

 

 決意は新たに。新たに牙を研ぐ理由を得た彼女は微笑みながら行く。中でISを展開しかねないセシリアと鈴音を止めるべく。一夏の安否を確認する為に、微笑みの仮面を被った。――その裏に獰猛なまでの殺意を隠しながら。

 何も変わらない。ただ牙を研ぐのが憎悪だけではなく、一夏への慕情も含まれたというだけだ。ならば思いを抱く際に伴う苦痛すらも飲み込もう。

 護る、と。永遠には誓えないけれど、せめて姉がこの世に存在する限りは誓い続けよう、と。

 彼には慕う人がいる。あぁ、そんな彼女たちも護ってみせよう。一夏が悲しい思いをしないように、と。それならば喜んで護ろう。一夏を思い、慕う彼女たちに自分の姿を重ねるように。

 遠く、掴めない幻想は彩り良く見える。だからその憧れもまた牙を研ぐものと為りうる。あぁ、感謝しよう。一時とはいえ、自らに人らしさを与えてくれた姉に感謝を。

 

 

 

 ――あぁ、いつか必ず、私の全てで貴方を殺しきってみせるよ、姉さん。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……ちょっと良い?」

「あら?」

 

 

 対抗戦での事件が終わって数日後、セシリアは意外な人物に声をかけられて振り向いた。声をかけてきたのは鈴音だった。自分に声をかけてくるなんて珍しい、と思いながらセシリアは鈴音へと体を向ける。

 セシリアと鈴音は一夏を巡って、啀み合っている仲だ。現に彼女は苦虫を噛み潰したような表情でセシリアへと話しかけているのだから嫌々なのだろう。それにセシリアはふん、と鼻を鳴らせる。

 

 

「珍しいですわね? 貴方が私に声をかけてくるだなんて」

「ちょっと、ね。……セシリア、あんたさ、篠ノ之の事、どう思う?」

「篠ノ之さん?」

 

 

 話しかけてくるのが珍しいのであれば、話の内容は不可解であった。鈴音からの問いかけにセシリアは悩むように眉を寄せる。

 篠ノ之 箒。一夏とルームメイトであり、一夏の幼馴染み。セシリアは箒の事をよく知らない。だからこそ言える事も少なく、セシリアは力なく左右に首を振った。

 

 

「よくわかりませんわ。ただ……」

「ただ?」

「……苦手、ではありますわ。それに怖い、とも」

「……よくわかんないわね」

「急にどうしましたの? 篠ノ之さんの事なんて窺って」

「……癪なんだけどさ、一夏が気にしてるみたいだからさ」

「一夏さんが? ……喧嘩でもしたのでは?」

「んにゃ。そうじゃないみたい。……ちょっと色々あってさ」

 

 

 クラス代表戦が終わった後の事だ。一夏と共に謎の襲撃者、後に無人機だという事実がわかったが、鈴音にとっては所詮“そんな事”でしかない。問題なのはその後、一夏と交わしたやり取りだった。

 

 

『鈴、なんていうか、俺さ、多分、何もわかってなかったんだと思う。お前の約束を変な風に解釈してたんじゃないって。箒に言われたんだ。だから――ごめんな?』

 

 

 心底申し訳なさそうにした一夏からの謝罪に鈴音は目を見開いた。それからは互いにムキになっていたと、ようやく蟠りを解消する事が出来たのだったが、鈴音の心に妙なしこりを残した。

 一夏の言葉の影に潜む篠ノ之 箒の影。一夏の幼馴染みだと言うのだが、一夏は何かと彼女を気にしているようで、それが鈴音には気に入らない。

 がりっ、と爪を噛みながら鈴音は忌々しそうに舌打ちをする。鈴音にとって箒とは気に入らない存在だ。どこか千冬を思わせる雰囲気もそうだが、時折悟ったような目には何故か苛立ちが募るのだ。

 とにかく気に入らない。確実に反りが合わない、とさえ鈴音は思っている。何を考えているのかさっぱり読めない。そしてはっきりしない事は嫌いなのだ。

 

 

「こうなったら、直接問い糾した方が早いわね」

 

 

 拳を握りしめながら、鈴音は力強くそう言い切った。その瞳に力強い意思を秘めて。

 

 

 

 

 

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