不良隊長と表情筋が死んでる副隊長ちゃんのハートフル戦場談話   作:ネイムレス

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次話を作るのに五日もかかってしまうとは、悩ましい題材でございます。


二日目

 最初に感じたのは、物足りない微睡みと若干の肌寒さ。そして、未だに夢にしがみつこうとする意識を、現実に連れ戻しに来る抑揚の無い声が揺さぶった。

 

「たーいちょー、時間になりましたので起きてください。起床時間ですよ。とてちてったたー」

「ああ……、解ってる……。もう起きてるよ……。後、それは起床ラッパの音じゃない」

 

 寝起きから突っ込みをさせられると疲労感が半端じゃ無い。隊長の青年は固い地面の上で上体を起こして、まずは体が無事かどうかを四肢を動かして確認する。問題が無いと分かれば、頭をガシガシと掻きつつも、声を掛けて来た部下の方へと顔を向けた。

 今日も今日とて無表情。表情筋が死んでいる副隊長は、光の灯らない大きな黒い瞳で青年隊長を感慨も無く見やる。図らずも視線が交差したが、副隊長が何を考えいるのかまでは青年隊長には解らない。

 

「お前、本当に表情変わらんな。他の連中はもう少し愛想がよかった気がするが。まさか本当に、表情筋が死んでるわけじゃないよな?」

「デリケートな事をズバット聞いて来るところは、人としてどうかと思いますが個人的には割と好きですよ。メディカルチェックでは特に何も指摘されていません。恐らくは、精神的な問題でしょう」

 

 聞いておいなんだが青年隊長はフーンと聞き流して、サクサクと砂みたいな食感の携帯食料を咀嚼していた。水筒の水でぱっさばさの口内を潤し、飲み下してから再び口を開く。

 

「じゃあ今そんな顔しながら錠剤をポリポリ食ってるのは、別に不味いからって訳じゃないんだな。何なら口直しに、普通の飯でもと思ったんだが」

「いえ、はっきり言って不味いです。ですが、私の分の食料は必要ありません。昨日も言いましたが、私達は一週間ぐらいなら食事が無くてもなんとでもなりますから」

 

 つくづく、人とは違う生き物だと思い知らされる。彼女達に守られている人類は、それに比べて脆弱過ぎると言っても過言ではないだろう。学校では教わらなかった事が目白押しだ。

 

「なら口直しにチョコの一欠けら何てのは、その分なら必要は――」

「頂きます」

「いや、別に食わなくても――」

「頂きます」

 

 無表情で迫られると流石に怖い。解ったわかったと押しのけて、板チョコを一列だけ折って渡してやった。受け取った副隊長は残りの錠剤をざらざらと口の中に流し込んで、自分の分の水筒を煽ってごくりと一気に飲み下す。何故最初からそうしなかったのか、まさか青年の食事に合わせる為でもあるまいに。

 そうしてから、待ってましたとばかりに口の中にチョコレートを一欠け放り込む。モグモグと咀嚼する様子は、無表情ながらどことなく喜んでいる様な気がする青年隊長であった。

 

「しかしまあ、暇だな。こんな手狭な所じゃ、ストレッチか簡単な筋トレしか出来ないし。このままだと体が鈍っちまうよ」

「それについては一つ思った事があるのですが、どうしてわざわざ拠点をこちらにしたのですか? 墜落したとはいえヘリで寝泊まりする方が余程快適だと思うのですが」

「あんな目立つ所に寝泊まりなんてして見ろ。先に敵が見つけたら砲撃の良い的だろうが。……って言うのは、まあ建前だな」

 

 確かに、墜落現場は味方の勢力圏ではあるが敵襲が全くない訳では無い、と言うのも理由の一つではある。だが、何よりも隊長の青年には、あのヘリで寝泊まりしたくない理由があるのだ。

 

「……灰があるだろう。お前の仲間達の、灰だ。だから、あそこはもう暫く、そっとしておきたかったんだよ」

「ふむ? 良く分かりませんが、戦術的にも理由があると言うなら了解しました。では補給が終わった後は、また監視に戻りますね」

 

 先に食事を切り上げた副隊長は、そう言って後始末をしてから長大な銃の元に戻る。半地下に掘った監視小屋の中から銃身だけを外に出して構え、折り畳み式のアイアンサイトを覗き込んで片眼を閉じた。

 片膝を立てて背中を向ける副隊長の姿に促され、隊長の青年もまた双眼鏡を構えて反対方向の監視へと戻る。副隊長の尻を眺めつづけるには、いささか色気と言う物が足りなさ過ぎた。

 

「はー……、タバコ吸いてぇ……」

「吸えば良いじゃないですか。遭難中に軍規も何もあったものではないでしょう」

「はっ、タバコに火ぃ点けてたら、狙撃の良い的だろうが。それに、灰も煙も出るしな」

 

 特に、灰だ。灰はしばらく見たくない。だからこそ、青年はしたくも無い禁煙を自らに課しているのであった。そんな事を知らない副隊長は、納得しかねる様な声色でハァと気の抜けた相槌を打つばかりだ。

 双眼鏡を覗き込んだままで、青年隊長はまた背後に向けて言葉を投げかける。

 

「なあ、俺の周りに沢山の灰があったのって、やっぱり……俺を守る為に集まって来てたって事だよな?」

「ん? ああ、隊長さんはあの時、少しの間気を失っていたのでご存じでは無いのでしたね。彼女達は自分の務めを果たしただけです。そのせいで少し灰塗れになってしまったようですが、その程度ならば生命活動に支障は無いはずです」

 

 ずっと知りたかったことが確認できた。青年よりもスペックの高い彼女達が全員死ぬなんてのはおかしいと思っていたのだが、やはり青年を生かす為に自らの身体を使ったのだろう。墜落時の衝撃や跳ねまわった飛来物から、青年は身を挺して庇われたのだ。

 

「俺が殺した様なもんだ。部下に守られて命拾いして、挙句呑気にお昼寝とは泣けてくるぜ」

「気にする必要はありません。先ほども言いましたが、それが私達の職務です。むしろ、人を守って死ねたのならば、彼女達も本望だったでしょう。正直、羨ましいですね」

「……お前等はそういう生き物なんだよな。解ってはいたし習ってもいたが、目の当たりにするとなんと言うか、ヒシヒシと感性の違いを感じられるよ」

 

 どう見ても人間にしか見えない彼女達。安全な道行だからせいぜい空の景色を楽しめと上に言われて、それを信じて喜々としてヘリの窓を覗き込んでいた。そんな姿は、どう見ても年頃の娘たちにしか見えなかったのだ。だからこそ、その命があっけなく摘み取られ、躯すら晒さずに灰になるという現実が受け入れがたい。

 

「……たいちょー、もしかして人権派ですか? 私達に倒錯するあまり、私達を人間だと思い込んでしまう人達が居るという話ですが……。それはいささか、不毛ですよ?」

「ちげーよ。それは俺じゃなくて、俺の親父だ……。俺は、巻き込まれただけさ」

 

 人権派。人とあまりにも同じ姿をしているコッペリア達を、道具として使い捨てる事に否を唱える者達の俗称である。彼らの殆どは匿名のネット掲示板での活動を主としているが、時折正義感にかられた人物が有志を募り政府への抗議活動に打って出る場合があった。そして、そんな人々の運命は、決まっていた。

 

「堂々と抗議活動に参加、っーか先導してさ。そんでまあ、お決まりのパターンだよな。そんなにコッペリアを闘わせたくないなら、代わりに前線に立ってもらおうかって事になってさ。挙句の果てには、お前のお仲間助けようとして、あっさりとくたばっちまったってよ」

「……お悔やみ申し上げます。ですが、私達は人間ではありません。遺伝子的に私達と人間との類似率は、30%に過ぎないのです。ちなみにバナナは50%です。そんな私達に人権をと言われても、正直困ってしまいますね」

 

 さもあらん。勝手に作っておいて、勝手に同情されても困惑すると言う物だ。モトラドを博物館に飾ったって、モトラド本人が喜ぶとは限らない。使われる事こそが、彼女達には至上なのだ。

 亡き父が守ろうとしたその存在に完全否定されているとは、哀れ過ぎて思わず苦い笑いが零れてしまう。

 

「んで、俺はそのとばっちりを受けて軍学校入りだ。やってらんねぇんで、滅茶苦茶怠けてたけどな。それでもついに放り出されちまったが、その矢先にこれだ。ついてねーにも程があんだろうが」

「良く士官になれましたね。まあ、それだけ戦場に出られる人間は貴重だと言う事でしょうけども。私達だけでは判断の難しい状況もあり得ますから、人間の指揮官は必須なのですよね」

 

 基本的に、彼女達コッペリアは独自の判断で命令を遂行する為に動く事が出来るスタンドアローン的な兵器だ。だが、戦場では何が起きるかが予測し辛く、柔軟な対応をする為にはやはり人間の意思と言う物が必要になる場面がある。だからこそ、人間は未だに指揮官として前線に赴く必要があるのだ。

 

「指揮官なんて言ったって、大量の女の尻を見送るだけの腐れ仕事だろうに、成り手が全然居ないってんだから笑えるよな。そんなに戦争するのが嫌なら、最初から始めるなってんだよ」

「たーいちょー、上層批判は危ないですよ。癖になったらいざという時、本当に上官の前で暴露してしまうかもしれません。私嫌ですよ、たいちょーを上官批判の罪で拘束したりするのは」

 

 そんな間抜けじゃ不良は出来んよ。そう思いつつも口には出さずに、とうとう我慢できなくなってタバコを一本口に咥える青年隊長。火は点けずに唇に乗せて、プラプラ上下させて弄ぶ。それを横目で盗み見て、副隊長は無表情のままフウと溜息を吐いた。どうやら呆れさせてしまったようだ。

 呆れられついでに、常思っていた事を吐き出してみる事にする。

 

「そういえば、お前等って前線で戦ってる時に、もし他国の人間に襲われたらどうやって対処してるんだ? 座学だと指揮官の判断にゆだねられるみたいな事を言ってたが、最前線じゃそんな悠長にしてられないだろう?」

「……? すみません、質問の意味が理解しかねるのですが。私達が守るべき人類は、もう味方陣営にしか存在しません。その質問は、最初から前提が破綻しています」

 

 そっかそっか、人類はもう敵陣には居ないからそんな心配は必要ないって事か。そりゃあ初耳だと、青年隊長は背後を振り返った。青年の動きと視線を感じてか、副隊長もまた振り向いて視線を合わせて来る。

 果たして今の言動は冗談だったのか否か、無表情過ぎて判断が付かない。なので、まずは情報の出所を聞いてみる事にした。

 

「今の話は誰から聞いた? 軍上層部の大本営発表か?」

「聞いたも何も、私達が最初から教えられている事ですよ。インプリンティングで教え込まれる基礎知識の中に入っています。これは、この世界の常識ではないのですか?」

 

 これは冗談で言っている訳では無いと、青年隊長は判断した。彼女達の中では、敵対する人類は居ない、と言う事になっているのだ。だからこそ、彼女達は人類の盾と成り矛と成れている。だからこそ、敵国を攻め滅ぼせているのだ。

 あまりのおぞましさに、青年隊長は咥えていたタバコを取り落としていた。落とした勢いでコロコロと転がって、副隊長の足元にまで行ってしまったが青年は動けない。そのまま暫し、二人は見つめ合ってしまう。

 

「たいちょー、落としましたよ? 何やら顔色が優れないようですが、体調不良ですか?」

「あ!? ああ……、身体はなんとも無い……。あー、なんか腹減っちまってな。そろそろ昼にするか、なあ?」

 

 まるで副隊長の瞳の様に深い闇を垣間見たが、青年隊長は何も聞かなかった事にして飯に逃げた。はっきり言って、大本営発表に異議を申し立てるほど真面目ではないのだ。驚愕こそしたが、別段必死になって訂正する事でもないだろう。

 面倒くさいし。なにより深淵を覗き込んで、逆に覗き返されるのは御免なのだ。

 

「なーんか、がっつりしたもん食いてぇなぁ。肉が良い肉。乾物でも良いから、肉っぽいもん探そうぜ」

「私は別に食べなくてもいいんですけど。まあ、たいちょーが一人で食事できないさみしんぼうだと言うのなら、ご相伴にあずかるのもやぶさかではないです。デザートは甘い物が良いですね」

 

 遭難二日目にして、もう規律なんて物は影も形も無くなっていた。どうせこの後も暫くの間、いつ来るかもわからない仲間の救助をのんびりと待つ事になるだろう。このやる気のない隊長のだらけようは、ある意味必然と言えた。気を付ける事はせいぜい、体が鈍らないようにすることぐらいだろう。

 

「チョコとか甘い物とか、見た目通りガキ臭い好みだよな。まあ、生まれたばっかりなら確かに、ガキっぽくなるのは仕方ないんだろうが。」

「失礼な人ですね。これでも私は稼働三年目のベテランですよ。そうじゃなきゃ、私もあの子達みたいに灰になってたところです。年季が違うんですよ、年季が」

 

 幸いたわいもない会話は尽きる事を知らず暇を持て余す心配はないので、暫くはこの不良隊長と顔色の読めない副隊長のやり取りは尽きる事が無いだろう。拠点も食料も暇つぶしも潤沢で、長期戦の備えは万端である。

 

「灰で思い出した、タバコそっちに転がって行っただろ。ちょっと拾ってくれ、勿体ないから」

「火も付け無いのにこんなのをしゃぶってないと落ち着かないなんて、たいちょーも見事なお子様っぷりじゃないですか」

「ほーう、言うじゃねぇか。上官侮辱罪って知ってるか? 刑罰は甘味没収の刑だ。目の前で美味しく食ってやるから覚悟しろよ」

「くっ、卑劣な。おうぼうだー、ぱわはらだー。ごめんなさい、謝るので私にも甘いのください」

 

 ぎゃいぎゃいと、飽くなき喧騒は続く。何だかんだで、相性が良いと言うのは一番の僥倖だったのかも知れない。これで後は、さっさと仲間が通りがかってくれれば言う事は無いのだが、それはいささか高望みが過ぎるだろうか。

 

 結局、その日も二人は救助される事は無かった。

 




こういう形式の話を書くのは初めてなので切り処が本当に分からない。
でも、だらだらとだべらせるこの二人のやり取りは意外とお気に入り。
付き合わせてしまった方には、申し訳ないと思うと同時に感謝いたします。
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