不良隊長と表情筋が死んでる副隊長ちゃんのハートフル戦場談話 作:ネイムレス
登場銃器の参考はライフルがPzB M.SS.41でランチャーがパンツァーファウスト44です。
遭難して三日目。ジョリジョリと軍用ナイフで髭を剃る青年隊長と、無表情で長大なライフルを分解整備する副隊長。暫し無言での作業が続いていたが、銃を組み立て終って布で拭いていた副隊長がピクリと何かに反応した。
作業の手を止めて、スッと視線を彼方へと向ける。それを見て、青年隊長は思い出す物があった。
「……猫みたいだな、お前。見えない物が見えてる感じだったぞ、今の」
「たーいちょー、何言ってるんですか、頭大丈夫ですか? そんな事より、地面を伝わって音が聞こええてきました。こちらに接近する物体があります」
そりゃヤベエと言う事になり、副隊長が音のした方に銃を構えその隣で隊長の青年も双眼鏡を覗き込む。青年隊長の双眼鏡で見えたのは、地平線の果てにこんもりと盛り上がる土煙であった。
「あれは……、味方じゃねぇな。前線方向から来る味方なら、まず間違いなくヘリで移動して来るだろう。仮にトラックだとしても、この距離であれだけの大きさの土煙が出る様な代物じゃない。姿は見えないが、十中八九敵だろう」
「いえ、こちらの肉眼で捕らえました。現在交戦中の敵陣営の多脚戦車ですね。機数は一機ですが、今のところ損傷している様子は見えません。」
裸眼で双眼鏡に勝てるとかスゲエ。青年は素直にそう思いました。
そして、状況を確認した二人は対応を協議する事になる。無論、あの地平線の果てに居る多脚戦車をどうするかだ。二人しかいない作戦会議が始まった。
「ここは打って出るべきです。どうやって前線を抜けて来たかは分かりませんが、このままでは前線を後方から奇襲されかねません。むしろ本国方面に向かわれでもしたら、更に厄介な事になるでしょう。幸いな事にあれは六本足、最新型ではありません。充分に撃破は可能かと」
「そりゃあ可能だろうよ。お前らがあと十人位居たらな。装備も貧弱な対物ライフル一丁で、型落ち品とはいえ戦車相手にどうにかなる訳ねぇだろ。お前が蜂の巣になったら、その後俺もついでに蜂の巣になるだけで終っちまうよ」
交戦派一、回避派一。二人しかいないので話し合いは平行線だ。こういう場合は階級がモノを言うのだが、いかんせんこの上官には経験と言う物が不足していた。
「ですが、ここであの敵を見逃した場合、ここに補給部隊が来る可能性は限りなく低くなります。補給線から敵の襲撃が現れたとすれば、本国は新たな補給線の確保に走るでしょう。まず間違いなくこの場所は補給路からは外されます。救助隊が来ないのであれば、隊長さんの生命線は通りがかる補給部隊のみ。それすらも来なくなれば、その先に待つのは緩やかな死です」
「……だとしても、今死ぬか後で死ぬかの違いしかねぇだろう。突っ込んでも死ぬ可能性が高いなら、可能性が低くとも仲間が通りがかるのを待つべきだ」
平行線のまま交わらないお互いの主張。しかし、悠長に談義している時間も無い様だ。視界の端で土煙が大きくなっている。青年が再び双眼鏡を差し向ければ、今度こそ拡大された視界の中に敵の姿を見る事が出来た。
ずんぐりとした胴体から装甲に包まれた六本の節足が生えており、尻尾を高く上げるように身体の背面から前方に向けて単装砲が乗った砲台が設置されている。機体の下部には半球型の機銃座が付いており、機体前方にあるセンサー類の集まる頭部と連動して左右に首を振って周囲を警戒していた。多脚戦車だと言うのにその移動は歩行では無く、足の裏にあるホイールによって地面を削る様に土煙を上げている。もしかしたら、この高速移動で前線を突破したのだろうか。
「ああ、確かに六本足だな。上位機種の八本足ではないが、やっぱり驚異的なのは変わらない。幸い奴のルートはこちらでは無く、前線基地の後方に回り込む様だ。このまま塹壕に隠れていれば見つからずに済むだろう」
「……どうやら、そう上手くは行かないようですよ。敵機の進路が変わりました。こちらに向かって来て居ます。恐らくは、放置してあるヘリの残骸を見つけたのでしょう」
双眼鏡から顔を離して思わず副隊長を見下ろす青年隊長。それを無表情で見上げる副隊長。全てを達観したかの様な眼で見つめて来る青年に対して、副隊長は顔色一つ変えずにバッサリと切り捨てる。
「そんな顔しても、向かって来る現実からは逃げられませんよ? ヘリを確認した以上、ヘリとその周辺は確実に探査されるでしょう。我々も隠れ切れるとは限りませんし、対応するならば今しかありません」
「お前もちったぁ顔色変えろよ、表情筋死んでんのかよ。あああ、くそっ! 状況がどんどん悪い方に転がって行きやがるな! くぅぅぅぅ……。お、意外と柔らかいな」
ムニィっと、青年隊長が両手で目の前の仏頂面の頬を抓み、笑みの形になる様に弄ぶ。副隊長は無理矢理笑顔にされるが、目が死んでいるので色々と残念である。なにより、今は遊んでいる場合でも無い。
「わひゃひのはおわ、おもひゃではありまひぇん。ぷは。それに、今はこんな事をしている暇は――」
「……よし、腹括った。お前アレを最初からぶっ潰すつもりだったよな? 何か考えがあって言ってたのか? 策があるなら言ってくれ。俺はヘリの近くにある武器を拾って来る位しか思いつかん」
無表情のまま抗議の声を上げようとした副隊長の言葉を遮って、隊長の青年は表情を引き締めながら撃破の為の案を募った。会議は既に、如何に脅威を排除するかに推移している。
「幸いな事に、私に支給された武装は対戦車ライフルです。これによる狙撃で、敵戦車の下部にある機銃を破壊します。そうすれば、一方的に嬲り殺される状況は回避できるでしょう」
「奴さんがおっ立ててる短装砲はどうする? あれに当たったら俺もお前も木っ端みじんになるぞ? はっきり言って、俺は指揮官を任されただけのただの人間だからな。訓練は一応してきたが、お前等並に動けると思って貰ったら困る」
副隊長の立てた作戦に、青年隊長は胸を張って情けない事を言い放つ。副隊長は眉一つ動かしていないが、どことなくそのあまりに堂々とした態度に感心している様子である。唇だけがほうっと、感心を表す様に半開きになっていた。
「それについては問題ありません。機銃さえ破壊してしまえば接近して張り付く事が可能です。砲塔の旋回範囲内に入ってしまえば、戦車砲は無力になります。問題は接近するまでに撃たれた場合ですが、これも私が囮になって回避するので問題は無いでしょう」
「お前のスペックが人間以上なのは分かったが、やっぱひたすらに綱渡りな作戦だな。でも、それ以外に生き残れる気もしねぇのは確かだな。なら、俺はお前が時間を稼いでる間に、放置してる物資から武器を拾って来る。旧式だが戦車に通じる物もあったはずだからな。それまで殺されんなよ?」
今度は副隊長が声に自信を滲ませて控えめな胸を張る。表情こそ変わらないが、そこには戦場で生き残って来たベテランとしての矜持がある様に見えた。
そんな姿を見せ付けられれば、経験の少ない青年隊長だって勇気づけられる。自分から行動する活力も沸いて来ると言う物。青年隊長の試すかのような言葉に、副隊長は無表情のままコクリと一つ頷いた。
こうなったらもう、後はやるだけだ。
「狙撃のタイミングは全部お前に任せる。発砲と同時に作戦開始だ!」
「了解」
短い応答の後に、塹壕から突き出したままの長大な銃を構え直す。地面と幌の隙間から地の果てに目をやれば、もうもうと立ち込める土煙の中にこちらに向かって来る六本足の姿。鋼の照準器に重ねて、ゆっくりと片目を閉じる。銃身下部のバイポットと肩に押し付けた銃床で本体を支え、トリガーに指を掛けつつじっくりと狙いを定めるのだ。
少しずつ大きくなって行く、敵の姿と自分の呼気。意識を細く尖らせて、指先だけ残して敵だけに感覚を集中する。有効射程に入ってもまだ撃たない。確実に装甲を食い破る為の距離まで、焦れる事も無く待つ。充分に引き付けてから大きく息を吸い、身体のブレを押さえる為に息を止める。
そして、ドパァン!! と空気に叩きつける様な強烈な破砕音を響かせ、長大な銃身から加速された弾丸が打ち出された。着弾を確認する前にグリップ脇のレバーを握り込み、銃身を捻りながら前に押し出して引き戻す独特の操作で次弾を装填させる。それに合わせるかのようにして、視界の中で走行していた多脚戦車が着弾の衝撃でガクンと揺らぐ。次いで、破裂音と共に機体下部の機銃が爆ぜ、損傷部分から煙が上がった。リロードで排出された大きな薬莢が、地面に落ちて乾いた音を立てる。
「着弾確認」
「くうううっ、耳イテェ!!」
発射の轟音と共に青年隊長が監視小屋を飛び出し、一直線にヘリの残骸へと走り出す。それに反応し、多脚戦車の砲塔が機敏に青年の軌道を追った。自律兵器らしい、混乱を排除した無駄の無い動きである。このままでは人肉の華が咲く事になるだろう。
無論、そんな物を許す副隊長では無い。一呼吸の間もなしに、立て続けに大気を弾く発射音が鳴り響く。狙いを微動だにしないまま、腕だけの動きで独特な排莢と再装填を繰り返し五発分の弾倉を空にする。撃ち出された弾丸は驚異を吐き出そうとする砲塔に食らい付き、六足に支えられた戦車の巨体を仰向けに傾がせた。
残弾零。脇のツマミを押し込み弾倉を取り外し、腰のハードポイントから新たな弾倉を取り出し叩き込む。同時に流れるような動作で次弾を装填させて、副隊長もまた隠れていた監視小屋を幌を跳ね除けて飛び出した。
長大な銃を保持して走る姿は、さながら長槍を携えた戦乙女も斯くの如し。
「うおっ、はやッ!?」
青年が驚きの声を発した様に、それはもう既に人の速力では無かった。人を超えるべしとして作られた生き物が、尋常では無い速度で砂塵を蹴り上げて鉄の獣に走り寄る。
敵の接近に反応して多脚戦車が頭部のセンサーを差し向け、機体下部の機銃をむけるもこれは不発。すぐさま砲撃を放とうとするが、接近する敵が小さすぎて照準が定まらない。そうしている間にも接近を許してしまい、危険と判断した機械の頭脳は一番前にある足を振り上げ敵に叩きつける事にした。
ゴシャリと走行に包まれた足が大地に食い込んで、されども小柄な少女は中空に飛び上がりそれを回避。同時に、中空で巨大な銃を振子として振るい、その反動を利用して戦車の砲塔を蹴りつけた。到底肉と鋼がぶつかったとは思えない轟音が鳴り響き、なんと吹き飛んだのは多脚戦車の方である。
「うわ、常識知らねぇのかよあいつ等……。壊れるなぁ……」
ぶつくさと文句を言いつつも、辿り着いたヘリの傍で勢い良く武器ケースを乱雑に開け放って行く。目当ての物は既に数日前に確認していた。戦車の装甲にも通じるであろう、携行対戦車グレネードランチャー。はたして、何処にしまったか忘れたそれを、青年隊長はけたぐる様に開けた箱の中からついに見つけ出した。
「あった! この距離で当たるかは知らんが、とにかくぶっ放すのみ!!」
単なる筒状の銃身に照準器とグリップを付けただけの本体に、ジュースの瓶の様な成形炸薬とロケットブースターの複合された弾頭を取り付け捻って固定する。
そして小難しい事を考える前に、側面の照準器を覗き込んで青年隊長は多脚戦車を狙い、次の瞬間にはぶっ放した。
「副隊長!! あーるぴーじー!! あーるぴーじー!!」
ぶっ放してから直ぐに叫び、副隊長はその声に反応して大きく戦車から飛びすさる。もちろん、声を聴いた多脚戦車も青年隊長の方へ振り向き、余裕を持って飛んで来た弾頭を回避した。そのまま地の果てまで飛んでいってから、地に落ちて無駄に盛大に爆発する。
「あの人は、本当は凄い馬鹿なんじゃないでしょうか」
無表情な代わりに声色に最大級の呆れを滲ませて、副隊長は地を滑る様にして再び戦車に肉薄。腰の後ろに刺したナイフを左手で引き抜いて、ぐるりと横に一回転する勢いを乗せ刃先を戦車の頭部に突き立てた。馬鹿に気を取られた隙を突き、センサーの大半を破壊する事に成功したのだ。
「っし、今度は外さねぇぞ! 副隊長、離れろ!!」
いつの間にか先程までよりも駆け寄って来ていた青年隊長が、弾頭を再装填させたランチャーを差し向ける。今度は副隊長が跳び退ったのを確認してから、無言のまま引き金を引いて弾頭を発射。センサーを潰されて撃たれた方向の分からない戦車に向けて、無反動砲で放たれた弾頭が更に空中でロケット点火し加速して突っ込んで行った。
成形炸薬の詰まった弾頭は、多脚戦車の足と足の間に突き刺さり炸裂。本体正面から右側の後ろ脚と真ん中の足を吹き飛ばし、完全に歩行を不可能にさせてしまった。損傷は砲塔部分にも及んでおり、必死に敵を狙おうと足掻くも砲弾が発射される事は無い。だが、それでも戦車は残った足を動かして、まだまだ戦いを止めるつもりは無いようであった。
「しぶてえなぁ、おい。もう一発ぶち込むか?」
「いいえ、後はこちらで十分でしょう」
新しい弾頭を取りに戻ろうとした青年隊長を制して、副隊長が死に体の多脚戦車に近づき長大な銃の銃口を損傷した頭部に叩きこんだ。そのまま引き金を引いて、徹甲弾が装甲の無い内側で撃ち放たれる。
人以上の膂力で支えられた銃身から、二度三度と連続して銃弾が放たれ敵の内部を食い荒らす。独特のリロード機構の為に、突き立てた銃身で中身を掻き回す様にして再装填を繰り返し、弾倉が空になるまで蹂躙は続いた。
「この多脚戦車は前方に突き出た胴部の直ぐ後ろに、AIの制御ユニットがあるので念入りに破壊しました。ここをランチャーで爆破していれば、それで終わっていましたね」
「へーへー、物を知らなくて申し訳ございませんでしたね。でもまあ、これでようやく終わったみたいだな」
やがて、機械の獣は動きを止めて完全に沈黙。頭脳を破壊し尽くされてまで動けるほど、この機械も高性能では無かったらしい。爆発する様子はないが、プスプスと黒煙を上げて擱座していた。
残骸から銃身を引きずり出して、副隊長は長大な銃を肩に担ぐ。自分の身長より大きな銃を振り回す貫禄は、流石ベテランだと言わざるを得ないだろう。
「本当に、ほぼ一人で勝っちまったな。まさか蹴り倒すとは思わなかったぞ」
「近接武器がナイフしか無かったので、仕方なしの緊急回避の様な物です。それに、一人じゃなくて隊長と一緒にです」
言葉を交わし合う二人の表情は、片方は苦く笑い片方は無表情。しかし、その間に漂う空気は酷く緩やかで、昨日までよりも確かに近い物になっていた。初めての実戦で勝利を納められた青年隊長は無論、自身の製造理由を果たせた副隊長も何処か満足気である。
「はー……、今日は大盤振る舞いだ、チョコレート一枚食って良いぞ。遭難なんぞ知った事か、節制なんざ糞くらえだ」
「何ですかいきなり。私は当然の職務を果たしただけですよ。ですが、もらえると言うのならば喜んで頂きます」
「あーん? 別に無理して食わなくても――」
「頂きます」
漸くと、立場上の上司と部下から、戦友となった二人の関係。しかし、それが長く続く事は無かった。始まった時と同じように、二人の遭難生活は唐突にお終いを見せる。
二人はこの数時間の後に、多脚戦車の追跡に来たと言う前線基地の分隊に救助されたのだ。
今度の輸送ヘリは、流石に墜落はしなかった。
遭難生活はこれでお終い。
後はデブリーフィングと言う名のエピローグのみです。