とある魔術のボンゴレX世   作:メンマ46号

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ちゃおちゃお来る!

 あの後、インデックスの強い希望により、当初の予定通り一応は銭湯に行き、汗を流したものの、帰って来てから上条とツナは思い詰めた雰囲気を醸しながら小萌の部屋で暗い顔をしていた。

 上条は窓から夜空を見上げ、ツナは部屋の壁に寄り掛かって体育座りをしている。

 

 インデックスは一足先に布団に入り、スヤスヤと寝息を立てている。穏やかに眠るその姿が二人の心を痛めた。

 

 あと少しの時間で、それは消えてしまうかもしれないのだから。

 

 ツナは似たような事を以前に経験している。虹の代理戦争で知ったアルコバレーノの世代交代だ。あの件はおしゃぶりに大空の七属性の炎を灯し続け、尚且つ如何なる時もおしゃぶりを守れるだけの強さを兼ね備えた世界最強の七人がアルコバレーノに選ばれ、おしゃぶりの寿命故に先代は切り捨てられてしまうというものだったが、おしゃぶりに代わる器に七属性の炎を灯し、それを復讐者(ヴィンディチェ)達が夜の炎の力で維持しながら永久に守り続ける役割を買って出た事により、解決した。勿論リボーン達当代のアルコバレーノは呪いを解かれ、命の危険も無くなった。

 

 しかしこの方法をツナが思い付き、実行する事が出来たのはバミューダ達からアルコバレーノの歴史とおしゃぶりの詳細という真実を教えられ、自分達が死ぬ気の炎についてしっかりとした知識を持ち、あらゆる人々の協力があったからこそだ。あとはランボのちょっとした気紛れか。

 

 今回のインデックスの件では脳や魔術に関する知識も、協力してくれる人材も、何もかもが足りていない。

 

「……どうすれば良いんだ」

 

 悲痛な声を絞り出して、ツナは俯いた。

 

****

 

 時は少し遡る。

 

 神裂の言葉に上条とツナは絶句する。意味が分からなかった。言葉の意味が分からなかった。

 インデックスは魔術師に追われてイギリスの教会に逃げようとしていたのに、その追手が同じイギリスの教会に所属する人間だった。しかも親友だったという。前提からしてあり得ないものだった。

 

「完全記憶能力、という言葉に聞き覚えはありますか?」

 

「ああ、10万3000冊の正体、だろ。……全部、頭の中に入ってんだってな。言われたって信じらんねーよ。一度見たものを残さず覚える能力なんて。だって馬鹿だろアイツ。とてもじゃねーけど、そんな天才には見えねえよ」

 

 驚愕しつつも、軽口を織り交ぜて答える上条。ツナには上条の言葉が説明や確認ではなく、上条自身にそうだと言い聞かせているように思えた。

 

「……貴方達には、彼女がどんな風に見えますか?また、どう思ってますか?」

 

「ただの、女の子だ」

 

「大切な友達だよ」

 

 神裂は上条の答えに疲れたような顔をして、そしてツナの答えによって瞳に一層悲しみを宿らせてポツリと言った。

 

「ただの女の子が一年間も私達の追撃から逃れ続ける事ができると思えますか?ステイルの炎に私の七閃と唯閃……魔法名を名乗る魔術師達を相手に、貴方達のように異能に頼る事なく、私のように魔術にすがる事なく、ただ自分の手足だけで逃げる事が」

 

 不可能だ。ツナとて死ぬ気の炎無しで戦う事も逃げる事も出来ない。自分は何の力も無しに魔術を使う連中を相手に逃げ続ける。そんな事は不可能だ。加えてインデックスはコロネロのような軍人でも、ヴァリアーのような特殊部隊の人間でもない。下手したらツナよりも不利な条件を背負っているかもしれない。

 

「たった二人を相手にするだけで、貴方達の知る有様です。必要悪の教会(ネセサリウス)という『組織』そのものを敵に回せば、私だって一ヶ月も保ちませんよ」

 

 上条も漸くインデックスという少女の本質を知った。上条が幻想殺し(イマジンブレイカー)という能力を持っていてもそれは不可能。なのに彼女は何の異能もなく、それをやってのけていた。

 

「アレは紛れもなく天才です。扱い方を間違えれば天災となるレベルの。教会(うえ)が彼女をまともに扱わない理由は明白です。怖いんですよ、誰もが」

 

「……それでも、アイツは人間だよ。道具なんかじゃねえ。そんな呼び名が、許されるはずねぇだろ!!」

 

「そうだ……そんな事は貴女が一番分かっているはずだ!貴女はそいつらとは違う!インデックスの為を思っている!親友だったんだろ!?」

 

 上条とツナの訴えに神裂は頷く。二人の主張は当然のものだ。自分も同じ気持ちなのだから。

 だからこそ伝えなくてはならない。残酷な真実を。

 

「そうですね。……その一方で現在の彼女の性能(スペック)は私達凡人とほぼ変わりません」

 

「……?」

 

「どういう事…ですか?」

 

 

 

「彼女の脳の85%以上は禁書目録(インデックス)の10万3000冊に埋め尽くされてしまっているんですよ。残る15%を辛うじて動かしている状態でさえ、私達凡人とほぼ変わらないんです」

 

 

 

 その話を聞いてツナは猛烈な違和感を覚えた。彼女は嘘を吐いていないのだろうが、違和感があった。

 上条はその違和感に気付いていないのか、話を続ける。

 

「……だから何だよ。アンタ達は何をやってんだよ?必要悪の教会(ネセサリウス)って、インデックスの所属している教会なんだろ?何でその教会がインデックスを追い回してる?何でアンタ達はインデックスに魔術結社の魔術師だなんて呼ばれてんだよ。……それとも何か?インデックスの方が俺達を騙してたって言うのか、アンタは」

 

 そんなはずはない。単に上条やツナを利用したいのなら、わざわざを上条を助ける為にフードを取りに戻り、背中を斬られるなんて危険を冒す理由などない。

 

「……多分、それは違うよ当麻君。インデックスは嘘なんて吐いてない。インデックスは一年前から記憶が無い。この人の事が分からなくてもおかしい話じゃない」

 

「ツナ…そうか、記憶喪失……!」

 

「そちらの少年の言う通り、彼女は嘘を吐いてはいません。貴方も知っているように何も覚えてないんです。私達が同じ必要悪の教会(ネセサリウス)の人間だという事と、自分が追われている本当の理由も。覚えていないから自分の中の知識から判断するしかなくなった。禁書目録(インデックス)を追う魔術師は、10万3000冊を狙う魔術結社の人間だと思うのが妥当だ……と」

 

 確かにそうだ。記憶が失くなってしまえば残ったものを頼りに判断する。当たり前の事だろう。しかし明らかにおかしい点がある。

 

「けど、待てよ。待ってくれ。言ってる事おかしいだろ。インデックスには完全記憶能力があるんだろ?だったら何で忘れてんだ。そもそもあいつは何で記憶を失っちまったんだ?」

 

 

 

「失ったのではありません。正確には、私が消しました」

 

 

 

 真夏なのに空気が凍り付いたような感覚だった。どうやってと問い質す必要など無い。魔術だ。そして神裂が魔法名をもう二度と名乗りたくないと言った理由も分かってしまった。

 

「どうして……どうして!アンタはインデックスの仲間…それも親友だったんだろ!?それはインデックスからの一方通行じゃねえ、アンタの顔見てりゃ分かるよ!アンタにしたってインデックスは大切な友達なんだろ!?だったら、どうして!?」

 

 インデックスに向けられた笑顔を思い出しながら上条は問い詰める。あの笑顔はこれまでの寂しさの裏返しでもあったはずなのだ。だからこそ、神裂の行動が分からなかった。

 

「そうしなければ、ならなかったからです」

 

「何でだよ!?」

 

「そうしなければ、インデックスが死んでしまうからですよ」

 

 再び空気が凍り付いた。真夏の熱気が一気に引いたような気分だった。まるで死体になったような…そんな……。

 

「言ったでしょう。彼女の脳の85%は10万3000冊の記憶の為に使われている、と。たたでさえ、彼女は常人の15%しか脳を使えません。並の人間と同じように『記憶』していなければすぐに脳がパンクしてしまうんですよ」

 

 告げられた真相に対して上条はまず始めに『否定』しながら思考を巡らせようとする。

 

「そ、んな……だって、だっておかしい。お前だって……残る15%でも俺達と同じだって…」

 

「はい。ですが、彼女には私達とは違うものがあります。完全記憶能力です。そもそもそれが何か分かりますか?」

 

「一度見たものを絶対に忘れない能力…だろ」

 

「では、『忘れる』という行動はそんなに悪い事ですか?人間の脳の容量(スペック)は意外に小さい。人間がそれでも100年近く脳を動かしていられるのは『いらない記憶』を忘れる事で脳を整理しているからです。貴方達だって、一週間前の晩ご飯なんて覚えていないでしょう?誰だって、知らない内に脳を整理させる、そうしなければ生きてはいけないからです。ですが、彼女にはそれができない」

 

 上条の表情がどんどん青くなっていく。ツナは上条同様に青ざめていながら何処か冷静に考えていた。

 

 おかしい。やはり違和感がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに彼女自身が気付いていない。

 しかし分からない。その違和感が何なのか。そこを見つける事が出来ない。原因は恐らく、ツナ自身の無知だ。

 

「『忘れる』事のできない彼女の頭ではあっという間にどうでも良いゴミ記憶で埋め尽くされてしまう。元々残る15%しか脳を使えない彼女にとって、それは致命的なんです。自分で『忘れる』事のできない彼女が生きていくには誰かの力を借りて『忘れる』しか……」

 

「……いつまでだ?アイツの脳がパンクするまで、あと……」

 

「記憶の消去はきっかり一年周期に行います。()()()()()()()()()。早過ぎても遅過ぎても話になりません。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 神裂がそう言った瞬間、ツナの中でパズルのピースが揃ったような気がした。超直感が告げていた。おかしいのはここだと。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

「ツ、ツナ…?」

 

「……何かご不明な点でも?」

 

 これまで黙り込んでいたツナが話を遮って来た。上条は戸惑い、神裂は何か聞きたい事があるのだろう程度に思っていた。

 

「つまり神裂さんの言う、インデックスの脳の15%って、きっかり一年って事?」

 

「はい」

 

「それで10万3000冊は85%……それもきっかりこの割合なんだよね?」

 

「それが、どうしたのですか?」

 

 ただ確認を取っているだけ。少なくともこの時はそう思っていた。次に出る言葉を聞くまでは。

 

 

 

「一年が15%で、10万3000冊が85%って……その数字は、どうやって出したの?」

 

 

 

「……え?」

 

 質問の意味が分からなかった。神裂にとっての大前提。その成り立ちについて聞かれた。思考が停止する中、隣でそれを聞いていた上条はハッとしてから口を開いた。

 

「確かに……たった一年で15%も脳の容量を使っちまうってんなら、単純に計算しても完全記憶能力者ってのは……

 

 

皆……6、7歳で死んじまうじゃねーか……けど、アイツどう見ても12年以上は生きてるだろ。そんな小せえ頃からずっと記憶を消していてもそれをしながら10万3000冊を覚えたってのか?一年の時間と魔導書の内容とをきっちり分けて?人間の脳の容量(スペック)が思ってるより小さいってんなら、そんな事普通出来ねえだろ」

 

「それだけじゃない。言葉とかも……本当に10万3000冊で85%、一年で15%使ってるなら、喋り方も歩き方も覚えられないじゃないか……」

 

 次々と出て来る85%と15%を否定する要素。神裂はそれを聞きながら頭の中が真っ白になっていく。

 思えば一度でもこの前提を疑った事があったか?『上』に言われた事を鵜呑みにして、自分で医学方面で人の脳について調べた事があったか?

 何故一年が15%と言える?10万3000冊が85%という事実について、上辺のものではなく、ちゃんとした説明を聞かされた事などあったか?

 

(まさか……まさか…まさか!!!)

 

 神裂の顔色は先程の上条とは比べ物にならない程に酷いものだった。それを信じたくはない。これまで信じていたものを疑いたくはない。だがそれでも『可能性』が目の前に転がり込んで来てしまった。

 

「……私達は、騙されていた………?」

 

 既に上条とツナも同じ結論に至っていた。まだちゃんと調べなければ分からない事も多いが、現状ではその可能性が非常に高い。神裂がこれまで聞かされ、信じ、二人に説明した話はおかしい所だらけだったし、矛盾点すらあった。神裂もツナの指摘と上条の考察を聞いた事でそこに納得してしまった。

 

 神裂はフラリ…と立ち上がると二人に背を向ける。

 

「三日後……このままならば彼女の記憶を消さなければなりません。それまでにはまた改めて伺います」

 

「……けど、お前…」

 

「分かっています。一年を境に彼女を襲う激痛が……脳のパンクによるものでないのなら、人為的に……魔術で仕組まれたものに違いありません。人の脳が貴方達の言う通りなら……私はその術式を暴いて何としても彼女を救い出します。

 

けど今は……人の脳についても、その魔術についても……調べる時間が欲しい……!!」

 

 幸いここは科学の街、学園都市。人の脳に関する研究は山のようにある。ならばこの前提の真偽を確かめる事くらいはできるはずだ。

 突風が吹き荒れるような衝撃と共に神裂はその脚力で跳び上がり、彼方へと姿を消して行った。

 

 上条とツナは去って行った神裂が立っていた場所を暗い表情で眺めた後、先に銭湯に向かっていたインデックスを追って、走り始めた。

 

****

 

 あの後、インデックスはステイルの追跡を逃れている最中だった。二人に追い付いた後、ツナは(ハイパー)死ぬ気モードとなり、上条と共にステイルと交戦。

 

 戦いは一方的なものだった。ステイルが炎の魔術を使おうとツナの死ぬ気の炎と上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)の前には歯が立たず、“魔女狩りの王(イノケンティウス)”は使う前にナッツの雄叫びでルーンを消され、ある程度の手加減をしていたとはいえ、格闘戦ではステイルではツナに太刀打ち出来るはずもなく、押されていた。

 

 圧倒的に分が悪い中、恐らくは神裂だろうーーー仲間から何かしらの魔術で連絡を受けた事で、ステイルは炎の魔術で壁を作り、視界を塞いで撤退して行った。

 

 こちらがインデックスの事を知った上で、これまでのステイルの行動、言動から敵である自分達が説明をした所で聞く耳を持たないか、信じて貰えないと勝手に決め付け、この場では撃退した。争いに良いも悪いも無いが、何とも後味の悪い事をした。インデックスにはまだ知られるべきではないと判断したのも理由ではあるが。

 

 今頃ステイルも神裂からインデックスの記憶の件を、残酷な『可能性』を聞かされているだろう。

 

 スヤスヤと寝息を立てるインデックスの顔を見てツナは溜め息を吐いてしまう。あとほんの数日でインデックスは記憶を消さなければ生きていけなくなる。

 あの時のツナの指摘から生まれた疑惑が正しい保証など無い。合っていたとしてもインデックスを縛る魔術の詳細が分からなければ解決出来ないかもしれない。情報も人手も……圧倒的に足りない。

 

 

 インデックスの為に上条とツナに何が出来るのか。そう考えてもまるで答えが出ない。超直感も分からなかったりそもそも知らなかったりする事にはいまいち役に立たない。

 何か思ったのか上条が夜空を見上げたままツナに声をかける。

 

「……取り敢えず、明日病院に連れて行ってみるか。脳医学の事とか俺もあんま知らねーけど、良い医者は知ってるから、まずは確認を取ってみようぜ」

 

「……うん」

 

 学園都市のIDを持たないインデックスを病院に連れて行く事はリスクが大きいがそうも言っていられない。

 まずは完全記憶能力と人の脳についてしっかり知る事が大切だ。この街は人の脳を介して超能力を生み出すという研究をしているらしい。ならばある程度の事は分かるはずだ。

 

『何辛気臭え顔してんだ、ツナ』

 

「え?」

 

 考え込んでいるとふと普段から聞き慣れた声がいつもの調子でかけられた。上条にも同じ声が聞こえたようでツナと同時にその声がした方向へ振り向く。

 

 そこには黒いボルサリーノの赤ん坊がツナのヘッドホンが置かれたちゃぶ台の上で腕を枕にして足を組み、黄昏ていた。多少透けているのが少し気になるが。

 

「こ、この赤ん坊って……まさか!」

 

「リ、リボーン!?」

 

『ちゃおっス。見ねえ内にまた何かに巻き込まれたみてーだな、ツナ』

 

 見た目はちょっと変わった赤ん坊。しかしその実態は世界最強の殺し屋でツナの頼れる家庭教師。その名はリボーン。

 戸惑う上条とは対照的にツナにはこの赤ん坊が誰よりも輝く希望の光に見えた。




獄寺がいたら騙されてる事にすぐ気付くという意見がありましたが、全くもって同感です。だからこそ、まだ呼べませんが。
次回はボンゴレサイドについて……書けたらいいな。

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