三沢塾に向かう最中、ツナと上条はステイルから今回の敵と思われるアウレオルス=イザードについて説明を受けていた。
「奴自体は大した事はないが、
「そ、それって本物の吸血鬼って事……?」
「あくまで可能性の話だけどね。僕も実物を見た事は無いが、恐ろしい存在である事は君達でも分かるだろう?」
吸血鬼なんてホラーな存在が実在する事に顔を青くするツナ。しかし上条はステイルの言い分に納得できなかった。状況はかなり特殊ではあるが、ステイルが敵そのものを二の次に考えているのは間違っている気がする。
「おい、そんなんで大丈夫なのか?吸血鬼だの
上条に言わせれば自分と同じでいまいち敵の事を理解できてないツナはともかく、ステイルがこの調子では非常に不安だ。
しかしステイルはつまらなさそうに淡々と答えた。
「ん?ああ、それなら気にする事は無いさ。アウレオルスの名は一流だが、力は衰えているからね。そもそも魔術世界において、
「え?」
「占星、錬金、召喚。これらは君達で言う国語、数学、歴史なのさ。国語の先生だって何も全く数学を勉強しない訳じゃないだろう?魔術師を名乗る以上、一通りは全部かじってみて、それから自分に合った専門を見つけるのは基本だよ。それでもアウレオルス=イザードが錬金術師と呼ばれているのは、単にそれ以外に能がないからだ」
「……」
魔術の事は正直今でもツナには良く分からない。けど、ステイルの認識はどこか酷くズレているような気がした。一方的にそう決め付けているような、周囲に同調してそれが当たり前だと思い込んでいるような……そんな気がした。
「それに、そもそも錬金術にしたって完成された学問じゃないからね」
そんな事を言われても、上条にとって錬金術とは『十六世紀に盛んに行われた詐欺行為』だのといった歴史年表みたいに知識や、後は精々有名なコンピューターゲームに登場する別の物質同士を掛け合わせて新しいものを作るというものだ。他には漫画で出てきた特定の物質を別の物質に作り変えるといったところか。
「錬金術とはヘルメス学って学問の亜流さ。一般には鉛を金に変えたり、不老不死の薬を調合したり……というイメージが強いが」
「……何となく分かるような?漫画とかでそーゆーの見た事あるし」
「まぁその程度の認識で良いだろう。だがそれは実験に過ぎない。科学者だって法則なんかを知りたいから試験管と睨めっこをするのであって、試験管の中で何かを作る事が目的って訳じゃないだろう?それと同じだね。錬金術師の本質は創る事ではなく、知る事なのさ」
それを聞いて漫画やゲームで抱いていた錬金術のイメージが一気に壊れた気がするツナであった。上条は上条でアインシュタインの相対性理論や核爆弾の事から学者という生き物が酷く傲慢な存在に思えてきてしまう。
「錬金術師には公式や定理を調べる先に究極的な目的が存在する。ーーー世界の全てを頭の中でシミュレートする事さ。世界の法則を全て理解すれば頭の中でそれを完全なシミュレートする事ができる。勿論膨大な法則の一つでも間違っていれば、それだけで頭の中は歪になるけどね」
「何だそりゃ?
(どうしよう、どんどん話に着いていけなくなってきた……)
世界の全てを理解するという事だろうか?そんな事人間に可能なのか疑わしい。そういう事も知っていそうな人物としてチェッカーフェイスが挙げられるが、彼とてそれが可能だとは思えない。それが可能ならアルコバレーノのおしゃぶりの保持の為の人柱など最初から存在せず、既に現在の方法で維持されていたはずだ。
「けどそんなもん、何の役に立つんだ?天気予報みたいに未来を知る為の計算機械が欲しいのか?」
「いいや違うね。仮に自分の頭の中に思い描いたモノを、現実世界に引っ張り出せたらどうなると思う?」
「え?」
それはつまり想像を具現化するという事だろうか?近いもので言えば術士が使う霧の炎や砂漠の炎による幻覚だろうか。ヴェルデの開発した幻覚を本物にする装置や10年後の骸が用いていた実体を持つ幻覚、有幻覚ならばよりそれに近づくとは思う。
だがステイルが言っているのはそういう事ではないはずだ。
「魔術において、想像を現実に持ってくるというのはそれ程珍しくもない。簡単な話、神や悪魔を含む世界の全てを己の手足として使役する事ができるのさ」
「ちょ、ちょっと待って。話がでか過ぎない?そんな事……」
「勿論とても難しい。世界には数え切れない程膨大な法則がある。その内一つでも間違いがあれば頭の中に世界を生み出す事はできない。歪な世界は歪な翼と同じ。召喚した所ですぐに自滅し消え去るのが道理さ」
その辺はプログラムと同じなようだ。どんな優れたプログラムでも一行の書き忘れやミスがあればエラーが起きて正しく動作はしない。
「けどそれって逆に言えば完成したら手の打ちようがねーじゃねーか。世界の全てが相手なんて、そんなの絶対勝てないぞ」
「!!」
上条の言葉にツナは大きく肩を震わせた。上条の言っている事の意味からステイルの話の本質を超直感で理解したからだ。
世界の全てにはそこで暮らす自分自身も含まれている。
ツナが例え死ぬ気の到達点になって錬金術師に挑んでもそっくりそのままのコピーを出されたりすれば決着が付かないし、そもそもツナ自身が操られたり、力を制限されたりすれば敗北は必至だ。
だというのに、それをツナや上条よりも理解しているはずのステイルには不安は無かった。
「だから大丈夫だと言った。
「は?」
「例えば世界の全て……砂浜の砂粒一つ一つから夜空の星々の一つ一つに至るまで、その全てを語ってみろと言われたら、君達なら何年かかる?100年や200年では済まないと僕は思うけどね」
「……あ」
「そういう事さ。呪文自体は完成しているけど、それを語り尽くすには人間の寿命は短過ぎる。その為に色々努力してはいるみたいだけどね。例えば呪文から無駄な部分を省いて少しでも短くしようとしたり、あるいは100ある呪文を10ずつに区切って親から子、子から孫…と少しずつ詠唱させたりね」
けどそれも成功した試しは無いらしい。それはツナにもすぐに分かった。完成された呪文に無駄な部分など最初から存在しない事くらい予想がつくし、呪文を区切ってもそんなやり方では伝言ゲームのように正しく伝わらないのが関の山だ。
「だが逆に言えば寿命を持たない生き物ならば長過ぎる呪文だって詠唱できる」
「……そこで吸血鬼なんだ」
「そういう事さ。今回あの生き物はそういう意味で魔術師にとって立派な脅威なんだ」
吸血鬼に寿命が存在しない事には驚きではあるが、魔術は一般的な理解から程遠い力だ。まだまだ驚きに溢れた世界なのかもしれない。
吸血鬼を手に入れる目的は分かっている答えの証明。それができないのは学者にとって相当な苦痛なのは上条にも分かる。
人外の力を魔術に組み込めばそれが叶うのなら、手を出す者も出てくるだろう。
「けど、そんな事の為に監禁なんて……」
「……!」
姫神秋沙はその目的の為に監禁されている。それがツナには許せなかった。目的の為に人を苦しめ、気持ちを踏みにじって良いはずが無い。アウレオルスという錬金術師が非常に身勝手な人間に思えてくる。かつての骸や白蘭に重なる邪悪さを感じてしまう。
「正義感は立派だけど、こんなのは魔術の世界じゃごくありふれたものに過ぎないよ」
最近でもインデックスが10万3000冊の為に苦しめられていたのだ。魔術の世界にはある意味マフィア以上にドス黒い闇が蠢いているのかもしれない。
「まぁ錬金術は確かに脅威ではあるけど今のアウレオルス=イザードにそれは使いこなせないさ。奴にできるのは精々物作り。舞台となる三沢塾を要塞化し、侵入者を拒む無数のトラップを用意するのが関の山さ」
それにもしかしたらそのトラップさえ問題にはならないかもしれないとステイルは考える。未だに詳細は分からないが、沢田綱吉の炎……あの炎の力で沢田綱吉が呼び出したと思われる猫は無数のルーンを無効化した。試してみれば要塞化した三沢塾も無力化できる可能性はある。……とそんな風に考えていた。
「やけに自信たっぷりだけど、お前…そのイザードって奴と知り合いなのか?」
「そりゃそうだ。僕も奴も同じ教会の人間だからね。僕はイギリス清教で奴はローマ正教。宗派は違うが顔見知りだよ。友達じゃないけどね」
魔術師を殺す為に魔術を学ぶという
そしてそれに対するアウレオルスは特例中の特例。簡単に言えば教会の為に魔道書を書き記す人間。要は知識だけ膨大に持っているが実戦にはてんで向いていない。その癖その立場故に権力は強い。
そんな風に語るステイルだったが上条とツナは微妙そうな顔になる。なんというか、ステイルはアウレオルスを見下しているかのように語るが……
「お前、アウレオルス=イザードは実力的にはたいしたことないとか散々言うけど……」
「偉い人達と肩を並べているんだよね?それが気に喰わないみたいに言ってて……その……」
「お前ひょっとしてそいつに嫉妬してんじゃねーの?」
「……つまり君達は僕に喧嘩を売っていると、そう意訳して構わない訳かな?」
頭に来るのは図星だから。リボーンがいたらそう言って煽っていただろうな……とツナは現実逃避する。
「殴り合いは大変結構だけど相手間違えんなよ。ここだろ?戦場は」
三人が足を止めると夕焼けに照らされるビルがそこにあった。どうやら話している内に三沢塾に到着したらしい。
「しかしまぁ、変な形したビルだな。土地区画整理法に違反してんじゃねーの?ま、そんな事はどうでも良いんだけど」
12階建てのビルが四棟あり、十字路を中心に構えられるそれは空中の渡り廊下を歩道橋のように道路を跨いでビル同士を繋げていた。
だが見る限りではそれ以外おかしな部分は無い。科学宗教なんて変テコなイメージなど沸かないし、あくまで普通の進学予備校にしか見えない。
「取り敢えず最初の目的地は南棟の5階、食堂脇だね。隠し部屋があるらしい」
「隠し部屋?」
「ああ。恐らく中の人間には気付かせない造りになっているとは思うけどね。あのビル、子供が並べたみたいに隙間だらけなのさ。図面を見て確かめただけでも17箇所。一番近いのが南棟5階の食堂脇って訳」
「ふぅん。そんな怪しい忍者屋敷には見えねーけどな」
だがそういう場所なら超直感が役に立つかもしれないとツナは思う。幻覚や嘘、本質を見抜く事に長けた超直感なら隠し部屋を見つける事もできるはずだ。
「あのビルに怪しい所は見当たらない。専門家の僕がキチンと見ているのにね。見つけられないだけで沢山の地雷が埋まっているのか、それとも本当に何もないのかそれさえも掴めない」
「んな所に迂闊に足を踏み入れて大丈夫なのかよ?」
「大丈夫なはずがない。けど入るしかないだろう?僕達の目的は救助であって殺しじゃない。いやビルごと炎に包んで良いっていうなら、僕だって大助かりだけどね?」
「「いや良い訳ないだろ!?」」
仮に目的が姫神秋沙の救出でなく、アウレオルスの抹殺だとしてもツナと上条は絶対にステイルを止めるだろう。人を殺して良い訳がないし、ビルごと燃やして関係無い人を巻き込むなど論外だ。
「てかまさか正面からお邪魔すんのか?もうちょっと策とかねーのか?気付かれないように侵入する方法とか、安全に敵を倒す方法とか!」
「そうだよ!絶対待ち伏せに遭うじゃん!!この中要塞化してるなら下手すりゃ蜂の巣にされるよ!!」
「何だ。それなら君達は何か得策を持ち合わせているのかい?」
「ふざけんなよ!?テメェ本当にこのまま特攻かます気か!?ようはテロリストが立て篭もってるビルに正面から突撃するようなもんだろ!安物のアクション映画だってそんな事しねぇよ!事前に策の一つや二つ練ってくるモンだろうが!?」
テロリストの立て篭り現場に正面から突撃。普通ならまずやらないだろう。例えどんなに馬鹿な奴でも。
(クロームがいてくれたら幻覚で姿を隠すくらいはできると思うけど……)
「どうしようもないさ。ルーン魔術を刻めば気配を断つくらいはできても、僕が魔術を使った痕跡となる魔力だけは誤魔化せないのさ」
「は?」
ちんぷんかんぷんな二人にステイルは溜め息を吐きながら説明を始める。特異な右手と高い戦闘能力に目を付けて今回は協力させるが、魔術に関しては素人な連中と組むのはこれっきりにしたいと心から思う。
「君達は魔力という言葉に馴染みがないようだから説明するけど、例を挙げれば赤絵の具一色の絵画があったとしよう」
「いやそれ絵画じゃなくない!?」
「聞く耳は持たない。この赤絵の具はあのビルの中に充満しているアウレオルスの魔力だ。この赤一色の絵画の中に僕の青絵の具を塗り付けたら誰だって気付くだろう」
「あ、そっか…」
「え?ツナお前、今ので分かったの?」
「むしろ何故君は分からない」
ツナだって死ぬ気の炎の炎圧を感知できる。
死ぬ気の炎の属性を直接視認せずとも炎圧の感知で識別できるのだ。魔術に使う魔力で同じ事ができてもおかしくはない。ステイルの言っている事はこれらの死ぬ気の炎の属性と炎圧の感知を魔力に置き換えたようなものだ。
「……良く分からんが、つまりお前は歩く発信機デスか?」
「そんなもんだが君よりマシさ。君の
「じゃあ何か?ツナはともかく俺達二人は腰から発信機ぶら下げてる状態で、何の策も持たずにテロリスト満載のビルん中に正面からドアベル鳴らしてお邪魔しろと!?」
「その為に君達がいる。蜂の巣になりたくなければ魔術攻撃は君の右手、物理攻撃は沢田綱吉の炎で防ぎ切れ」
完全にツナと上条に丸投げするステイル。こうは言ってはなんだが、完全にお荷物である自覚はあるのだろうか。
「んなーーーー!?」
「ふざけんなよこの野郎!?テメェの無策のツケが全部俺達に回ってるだけじゃねーか!!」
「あっはっは。これは面白い事を言う。あんな錬金術師如き、策など『
「こ、このクズ野郎!ツナに守って貰う気満々じゃねーか!しかも自分だけ!!ちょっとは自分でどうにかしようとは思わねーのか!!」
「神裂との戦いで彼に守られてばかりだった君に言われたくはないね。大体こっちに頼られても困る。
「うるせー!俺はあの時も役に立とうとはしてたっつーの!てかお前マジで無策で来たのかよ!?」
「と、当麻君、落ち着いて!!」
ギャアギャアと口喧嘩…というより上条が一方的に吠えているのだが、とにかくそれを鎮めようとツナが割り込む。
「じゃあどうする?君はここでお留守番でもしてるのかい?沢田綱吉は
「……!」
上条は入り口を見て拳を握り締める。あんな所に入りたくはない。当たり前だ。罠が張り巡らされており、殺される危険がある所に行きたい人間なんていないだろう。ツナだって本音を言えば帰りたいはずだ。
だが駄目だ。一人の女の子が
上条の答えはツナと同じ。それを改めて理解したツナはまっすぐ上条を見て言った。
「行こう。当麻君」
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自動ドアを潜り抜け、ビルの中に入った三人は普通にロビーを行き来する塾の生徒とすれ違う。向こうだって塾生全てを把握などしていないし、部外者だとバレても入校の受付をしに来ただけとも言い訳はつく。
(俺とツナはともかく、コレが受験生って面とは言えねーけど)
香水臭く、髪を赤く染めてピアスと指輪を無駄に装飾しているステイルにジト目を向ける。ツナも
取り敢えずまぁ、進学予備校として不審な点は特に見当たらない。そこに在籍する生徒や三沢塾の職員にも特におかしな所は無い。
だからこそ、ぽっかりと空いた一点だけが妙に浮かび上がった。
妙なロボットが壊れた状態で壁に寄りかかっていた。それを周囲の人々は特に気にした様子もなく、無いものとして誰も気に留めない。
「……ツナ?」
だが隣を歩いていたツナだけは顔を真っ青にしてそれを凝視していた。良く見れば少し身体が震えている。彼は学園都市の外から来たからロボットなんて特に見た事も無いのかもしれないが、この反応はいくら何でもおかしい。気になった上条は尋ねてみる事にした。
「どうしたんだよ?確かにロボットなんて物珍しいかもしれないけど、ここは学園都市だぜ?科学の街なんだし、そんなおかしくも……いや、魔術側の奴が根城にしてるのに壊れた状態で放置されてんのも変な話だけどよ」
「……違う。違うよ当麻君……あれは、あれは……!!」
今にも吐き出しそうなくらいに顔を青くするツナ。しかしその先の言葉を述べたのはステイルだった。それもまるで何でもないように。
「アレはただの死体さ」
なんか進むのめっちゃ遅いな……。いや今回は自業自得だけど。