魔術師を退け、インデックスの傷を治してから一夜が明けた。今ツナと上条とインデックスの三人は上条の高校のクラス担任である月詠小萌という教師の家に滞在していた。
あの後、上条の暮らす学生寮は火事騒ぎによって閉鎖されるような事こそ無かったものの、銀髪のシスターを連れて入るには目立ち過ぎる上に今後の魔術師の襲撃を考えると一旦別の場所へと身を隠すべきだという結論に至り、また何かあった時、魔術を使う必要があってその時ツナが居合わせない可能性も考慮して、この学園都市の能力開発を受けていない人間ーーーつまり教師の元へと転がり込む事になった。
夜中に突然上条が見知らぬ人物二人を連れて泊めて欲しいなどと言った時には小萌先生とやらは面食らっていたが、それでも部屋に上げてくれた事は感謝してもし切れない。……し切れない、が…
はっきり言って彼女の部屋は散らかり放題で汚かった。ビールの空き缶やヘビースモーカー丸分かりの大量の使用済み煙草。この煙草の量には未成年にも関わらず喫煙する獄寺さえドン引きだろう。
ツナの部屋も大概散らかっていて汚いが流石にこれには及ばない。むしろこの部屋を見てツナは「今度母さんにちゃんとした片付け方を教えて貰おう」と強く思った程だ。駄目な大人の一例が少年を一つちゃんとした大人へと歩ませた。
そして朝……
「ていうか、何だってビール好きで愛煙家で大人な小萌先生のパジャマがお前にピッタリ合っちまうんだ?ったく、年齢差いくつなんだか」
上条の指摘にインデックスはムッとする。あの針の筵と化した修道服ではいかんだろうとインデックスは小萌のパジャマ(うさ耳付き子供用)を借りているのだがそれが上条の指摘通り、ピッタリサイズが合ってしまっている。
ツナが小萌と最初に対面した際にはどう見ても小学生にしか見えない大人に愕然としたものだが、ツナはツナで赤ん坊なのに世界最強の殺し屋で家庭教師なリボーンや屈強な軍人でありながら赤ん坊のコロネロなどのアルコバレーノの面々を目にして来たので、ビジュアル的なインパクトとしてはそこまで驚きもしなかった。なのでそういう大人もいるものだと納得した。………納得、したのだ。先述した彼女の暮らしぶりには本気でドン引きしたが。ちゃんと整理整頓を心がけようと思う程に。
「見くびらないで欲しいかも。私も流石にこのパジャマじゃちょっと胸が苦しいかも」
「なっ!?そ、その発言は舐めているのですー!」
「えー…でも〜」
「でも、何なんですか?」
「別に〜?」
「私、大人なんです〜!」
どっちもどっち。五十歩百歩。そんな言葉が似合う光景だ。上条とツナはその様子を微笑ましげに見ていたが、そこで小萌はこの二人としては非常に困る質問をする。
「ところで上条ちゃん!結局この子達は上条ちゃんの何様なんですか?」
「………弟&妹」
(当麻君、誤魔化し方がお兄さん並に滅茶苦茶だーーーー!!!)
「大嘘にも程があるのです!モロ銀髪碧眼の外国少女と上条ちゃんとは似ても似つかない茶髪の男の子です!」
当然、すぐバレる。上条とツナとインデックスが兄弟などと言われてもまず信じては貰えないが、これが京子や山本ならば誤魔化せそうな気がしたツナであった。
「……義理と腹違いなんです」
「変態さんです?」
呆れたような目で上条を見る小萌。誤魔化し切れないと悟った上条は小萌がツナとインデックスの詳細を問う理由を尋ねる。
「先生、一つだけ聞いても良いですか?」
「です?」
「事情を聞きたいのは二人の事を学園都市の理事会なんかに伝える為ですか?」
「です。上条ちゃん達が一体どんな問題に巻き込まれているか分からないですけど、それが学園都市の中で起きた以上、解決するのは教師の役目。大人の義務です」
小萌の言った事は至極真っ当ではある。ツナ自身、最初はインデックスを見つけ次第、昨日知り合った美琴を通じて
しかし今それを望まぬ形で成し遂げてしまえば、上条とツナ、インデックスは離れ離れになる。インデックスを守る為に力を合わせると決めた上条とツナが分断されるという事は魔術師の脅威が大きくなる事を示している。せめてインデックスが奴らから完全に逃れられるまでツナも学園都市から出る訳にはいかなくなったのだ。故に報告されては困る。
小萌は座りこむ上条の前でしゃがみ、目線の高さを合わせて真剣に話す。
「上条ちゃん達が危ない橋を渡っていると知って、黙っている程先生は子供ではないのです」
「……先生が赤の他人だったら遠慮なく巻き込んでるけど、先生には借りがあるんで、巻き込みたくないんです。だから……」
「むぅ。何気にカッコいい台詞を吐いて誤魔化そうったって、先生は許さないですよー」
上条が要は詮索しないで欲しいと告げると小萌は立ち上がり、玄関へと向かって行く。
「あれ?何処へ?」
「執行猶予です。先生、スーパーに行ってご飯のお買い物して来るです。上条ちゃんは沢田ちゃんと一緒に先生が帰って来るまでに何をどう話すかきっちり整理しておくですよ」
「お、俺も…?」
「それと」
「それと?」
「先生、お買い物に夢中になってると忘れるかもしれません。帰って来たらズルしないで上条ちゃん達から話してくれなくちゃ、駄目なんですからね……?」
それは暗に言いたくないなら詮索はしないという事だった。
それだけ言って玄関へ向かい、そのまま買い物へと出て行くのだった。そんな小萌の後ろ姿を見送った三人は少し緊張が解けたのか、思い思いに話し出す。
「凄く良い先生だね」
「うん。それに素敵な人かも」
「小萌先生の事か?……けど、これ以上先生は巻き込めないな。身を隠したいってだけで勝手に押し掛けちまって……魔術師に狙われるかもしれねぇってのに」
ツナはこれまで碌でもない教師(根津、リボーンなど)にしか会わなかった事も大きいのか、少し感動までしている。しかしこれ以上巻き込めないのも確かだ。三人で魔術師との戦いを切り抜けなければならない。
(あ〜!獄寺君や山本、お兄さんとかがいてくれたら〜!!あのステイルって奴にも仲間がいるみたいだし……せめてリボーンと連絡が取れたら何か良い作戦とか立てられるかもしれないのに……)
やはり現状では全く未知なる敵にたった三人で立ち向かうのは無理がある。それこそツナの仲間達がここに来てくれれば百人力なのだが、何故か全く連絡が取れない。そもそもあの匣兵器を開匣して何故かこの科学の街、学園都市に飛ばされて、それとは真逆のオカルトな存在の魔術師と戦う事になったという一連の流れが改めて考えて意味が分からない。
「あの魔術師とまた戦う事になる前に何か有利に立てるようにしないとな……。となると戦力の増強か?こういう事件に巻き込んでも問題ない奴……青髪ピアスか、あのビリビリ中学生か。ツナも強いしあの炎は凄え。それに魔術も使える。やれる事はあるはず……」
上条は上条で何やら今後の事について考え込んでいる様子。すると今度はインデックスが二人ーーー特にツナに真剣な目で話しかけた。
「つなはもう魔術を使っちゃ駄目」
「「え?」」
ツナは問題なく魔術を使用出来る。二人のその考えを否定するインデックスはその理由を語り始める。
「魔導書っていうのは危ないんだよ。そこに書いてある異なる常識や違える法則、そういう『違う世界』の知識って善悪の前にこの世界にとっては有毒なの」
「有毒?」
「で、でも魔術師は普通に……」
「魔術師は宗教防壁で脳と心を守ってるの。でもこの世界の人間が違う世界の知識を知るとそれだけで脳が破壊されてしまうから……」
「破壊って…魔術はそういうもんなのか」
「も、もしかして俺…自分で思ってた以上に危ない橋渡ってた……?」
相変わらずインデックスの説明は難しくてツナにとっては要領を得ない部分も多いが、その危険性と深刻さは伝わって来る。インデックスは少し恐れが入った瞳で上条とツナを見る。
「知りたい?私の抱えているもの、本当に知りたい?」
不安そうなインデックスを見て上条は少し困ったような笑みを浮かべて口を開く。
「なんていうか、それじゃあこっちが神父さんみてぇだな」
「……本当、とうま…懺悔を聞く神父さんみたい」
そんな上条の顔を見てインデックスは少し顔を赤らめながらも話し始める。まずは基本的な事を教える為に問う。
「十字教なんて元は一つなのに、どうしてこんなに分かれちゃったんだと思う?」
「う〜ん、そりゃあ……」
「意見の対立…とか?」
「つなの言ってる事にちょっと近いかも。正確には宗教に政治を混ぜたからだよ。それで分裂し、対立し、バラバラの道を歩く事になった。同じ神様を信じているのに」
それを聞いてツナはかつてのボンゴレ
その意見の食い違いとジョットの進めようとした道が裏目に出てしまったが故に
恐らくインデックスの言う話はそれに近い。
「それぞれが個性を手に入れて、独自の進化を遂げたんだよ」
「個性ねぇ…」
「私の所属するイギリス清教は……イギリスは魔術の国だから魔女狩りや宗教裁判、そういう対魔術師用の文化が異常に発達したの。だからイギリス清教には特別な部署があるんだよ。魔術師を討つ為に魔術を調べ上げて対抗策を練る。
「ネセサリウス…?」
「だけど汚れた敵を理解すれば心が汚れ、汚れた敵に触れれば身体が汚れる。その汚れを一手に引き受ける部署。その最たるものが……」
「10万3000冊…」
「魔術っていうのは式みたいなものだから、上手に逆算すれば相手の攻撃を中和させる事もできるの。世界中の魔術を知れば世界中の魔術を中和できるはずだから私には10万3000冊の魔導書が…」
「「叩き込まれた」」
ここまでの話は上条は勿論、ツナにも理解出来た。しかし納得は出来ない。何故インデックスがそんな役割を押し付けられなければならないのだ。何故インデックスがそんなものを覚えさせられなくてはならないのだ。酷い話である。
「そんなに危ねえもんなら読まずに全部燃やしちまえば良いじゃねぇか」
「そうだよ。そうすればこんな争いなんて……」
「重要なのは本じゃなくて中身だから、原典を消してもそれを伝え聞かせちゃったら意味がないの。それに原典の処分は人間には無理。正確には人の精神では無理なの。どうしようもないからこそ、封印するしか道がなかったんだよ」
魔導書の方はある意味ではマーレリングに近い。
「つまり、連中はお前の頭の中にある爆弾を手に入れたいって訳だな」
「10万3000冊は全て使えば例外なく世界を捻じ曲げる事ができる。私達はそれを魔神と呼んでるの」
それを聞いてツナも上条も黙り込んでしまう。インデックスは暗い表情を浮かべて二人の顔色を窺ってしまう。だが次の瞬間には上条がすぐに口を開いた。
「てめえ、そんな大事な話……何で今まで黙ってやがった!!」
インデックスはその迫力に驚いて思わず布団で顔を隠しながら恐る恐る語る。
「だって…信じてくれると思わなかったし、怖がらせたくなかったし……それに、あの…嫌われたく……なかったから」
「ざけんなよてめぇ!舐めた事言いやがって!
上条はゆっくり座って先程とは打って変わって優しげな声音で続ける。
「たったそれだけなんだろ?」
「え?」
「そうだよ。インデックスがどれだけの重荷を背負ってるのかは俺達には全部は分からない。けど、それで嫌いになったりしないよ。もう俺達は友達なんだから」
上条に続き、ツナもインデックスを肯定する。インデックスは10万3000冊を記憶した自分を汚れた存在だと語るが、二人からすれば本を沢山覚えただけ。むしろインデックスがそんなに汚れていると言うならツナはもっと業の深い人間という事になるだろう。
「見縊んなよ。たかが本を大量に覚えた程度で俺達が気持ち悪いとか思うとか思ってんのか?ちったあ俺達を信用しやがれ。ツナなんか昨日の朝から、お前が心配で一日中お前を探し回ったくらいなんだぞ」
「ちょ、当麻君、それ今言う必要あるかな……?」
「まぁ、なんだ……。人を勝手に値踏みすんなってこった」
少々小っ恥ずかしそうにするツナと不器用にもインデックスを受け入れる旨を述べる上条。そんな二人を見てじわじわと嬉し涙が込み上げてくるインデックス。人に受け入れて貰える事がこんなに嬉しいとは彼女も思ってもいなかったのだろう。
上条は泣きそうなインデックスを軽くデコピンで止める。
「ほら、俺はこの右手があるから魔術師なんて敵じゃねぇし!ツナもあの炎があるしな!」
「でも、補習があるから学校に行かなきゃならないって……。つなは心配して探してくれたのに」
「……それでツナ、お前にも聞きたいんだけど」
「あ、逃げたんだよ」
「……うん、これだよね」
痛い所を突かれ、露骨に話題転換する上条。インデックスはジト目で見つめるも彼女もまたツナの事が気になっていたので耳を傾ける。
ツナはもう覚悟は決めていた。全てをちゃんと話すと。何故かは自分でも良く分かってはいない。だけど目の前にいる二人、上条当麻とインデックスには嘘を吐きたくはなかった。
ツナはリングを嵌めた右手を二人の前に掲げ、死ぬ気の炎を灯した。
「これが俺の力、死ぬ気の炎」
「「死ぬ気の炎?」」
「これは覚悟の力で引き出せる、生体エネルギーを圧縮したものでね、物を燃やす力は無いけど物理的な破壊力と、独特の性質を持っているんだ。その中でもこれは大空属性の死ぬ気の炎なんだ」
「属性って事は他にも種類があるのか」
「うん。大空の七属性を初めとして、色んな属性があるんだ。俺が使えるのはこの大空属性だけなんだけどね」
それからツナは話した。大空を初めとした天候になぞらえた晴・嵐・雷・雨・霧・雲といった大空の七属性とその性質、対となる大地の七属性。死ぬ気の炎を灯すリング。それらを知り、扱うようになった経緯……つまり自分がイタリアを拠点とする世界最大のマフィア、ボンゴレファミリーの10代目ボス候補である事。それに付随してこれまで経験して来た戦い。未来の世界の匣兵器。
流石に
最後にこの学園都市に来る事になった要因である匣が前述した匣兵器である事。
それらの話を聞いている間、上条とインデックスは黙って頷いていた。
「……ある意味、インデックスと魔術の話並に壮大な話だな。死ぬ気の炎か……生体エネルギーを圧縮……確かに異能の力とは言えない気がするな。俺の
「でもつながマフィアのボスって……似合わないかも」
「俺だってマフィアのボスを継ぐなんて絶対やだよ。大きな権力もお金もいらないよ。自分が楽しいと思える幸せがあれば良い。俺はちゃんと就職して、ほどほどに稼いで……」
京子ちゃんと結婚する事が夢なのに……と言いそうになったところで口をつぐむ。流石に人前で好きな人と結婚したいなんて言うのは恥ずかしい。
「すると昨日の魔術で見せた天使の姿の元になった赤ん坊ってのが……」
「うん。俺の家庭教師になったリボーン。やることなす事いつも滅茶苦茶だけど、あいつのおかげで俺は変われた。何をやってもダメダメだった俺にちゃんとした友達が出来て、毎日が楽しくなったのはやっぱりリボーンのおかげなんだ」
ツナはマフィアのボスになる事は嫌がっているものの、ツナをボスに育てる為に来たリボーンには深く感謝しているのが、上条には強く印象に残った。
きっとまだ全ては語り切れていないだけで、大切な思い出や絆が沢山あるのだろう。漠然とそう思った。
「なあ、昨日のあの猫がツナの匣兵器って奴なんだろ?ちょっと見せてくれよ」
「あ、うん。本当はライオンなんだけど……ナッツ!」
「ガウッ!」
ツナの呼びかけと注入された死ぬ気の炎に応じて
しかしナッツはまじまじと見つめて来る上条とインデックスの視線に気付くとギョッとして怯えるようにツナの顔面に飛び付いた。
「ギャウ!」
「わっ!」
「え?ど、どうしたんだ?」
「怖がってる…?」
ナッツはビクビクしながらツナの後ろに回り込み、恐る恐る顔を出して上条とインデックスの様子を窺う。
「う、うん…。こいつ、戦う時はそんな事ないんだけど、普段は滅茶苦茶臆病なんだ……」
「……なんか、ツナと丸々同じだな」
「ペットは飼い主に似るって聞いた事あるんだよ」
ナッツの性格や考え方はツナの心を写し取っている。つまり普段のヘタレでチキンな性格と死ぬ気になった時のギャップもそのままにツナのものをコピーしていると言っても過言ではない。
これまでナッツが初対面で心を許し、懐いた相手はツナ自身が最初から共感と親近感を抱いていたツナの親友の一人、古里炎真くらいだ。
キラキラした目で見てくるインデックスに対し、ツナを通して害は無いと理解したナッツは恐る恐る近付き、インデックスに撫でられる。少しぎこちない様子だが、この分ならそう時間はかからずに懐くだろう。流石に炎真の時程早く、強くは懐かないだろうが。
そんな中、上条の頭の中である懸念が生まれていた。
ツナの語ったマフィアが使用する死ぬ気の炎。学園都市の
話を聞いて死ぬ気の炎が異能の力ではない事は良く分かった。だからこそ、学園都市側が知れば碌でもない事になる事が予想出来た。それこそ、超能力を使う学園都市と未知の力である死ぬ気の炎と匣兵器とやらを使うボンゴレファミリーとやらを中心とするマフィア同盟との間で戦争が起きかねない事態になるのではないか。
ツナの話を聞く限り、世界最大のマフィアの10代目ボス最有力候補に手を出すとはそういう事だと分かってしまった。
「死ぬ気の炎…か」
インデックスと魔術師の他に解決しなければならない事が増えたという事に上条だけが気付いていた。
天空ライオンの匣はコピー不可能で四つしかないらしいですけど、その内の二つがXANXUSのベスターとツナのナッツ。片方ライガーになっちゃうけど。
残り二つは何処の誰が所有してるのだろうか。地味に気になる点ではあります。ディーノの匣アニマルは天馬、白蘭は白龍だからなぁ……。
二つ余ってんのに何でリボーンの二次創作で使い手がいないんだろ?オリジナル属性の守護者だとしても大空の波動持たせりゃ良いのに。
この小説で独自設定で出そうかな。持たせるなら……ユニ?