後藤はその道では有名な科学者である。今まで発明した物は数知れず、後藤博士といえば世界中でその名を知らない者はいない。今の彼の研究材料は、便利なおてつだいロボットの開発だ。
このロボットを操作するのには、重たいコントローラーも煩わしいヴォイスコマンドも必要ない。胸ポケットに小さな無線発信器を入れておき、頭の中で命令を考えるだけで、それがロボットに伝わる。あとはロボットに搭載されたアーティフィシャルインテリジェンス、いわゆるAIが、命令を忠実にこなしてくれる。
これならば、寝たきりの老人が孤独死することも、重大な身体の障害を抱えた人が生活で苦労することも、かなり少なくなるはずだ。後藤博士は自信家で大口を叩く人なので、もはやそんな不遇は二度とこの世に起こらないとさえ公言していた。
後藤はあらかたロボットが確認すると、無線コントローラーを胸ポケットに入れ、さっそく動作テストを行ってみることにした。
――おれの前に来い。
ロボットは自動で動き出し、しなやかな二本の足で、後藤の前まで歩いてきた。よし、まずは成功だ。次に、
――コップに水を入れて持ってこい。
ロボットはくるりと向きを変え、台所に入ると、割れやすい硝子のコップを優しく掴み、ひっくりかえして、蛇口を捻り、コップに水を汲み、蛇口を閉め、水面に波紋すら立てず、後藤のそばまで持ってきて、それを差しだした。
――その水を飲ませてくれ。
ロボットはさらに一歩後藤に近寄ると、後藤の口に指を差し込み、優しく顎を降ろして、口の中にそっと水を注ぎ込んだ。もちろん、一口で飲み干せる量だけだ。後藤が喉の奥に水を送り込むと、ロボットはさらにもう少し水を注いだ。飲みながら、後藤は、
――もう水は要らない。
と命令した。ロボットは素直にコップを後藤の口から放し、近くのテーブルに置いて、それから、次の命令を待つべく後藤のそばに控えた。
素晴らしい。完璧だ。命令にも素直に従うし、その動作も全く問題ない。割れやすいコップも容易く掴み、蛇口を捻るなんていう細かな作業もこなし、さらには、相手が一口で飲める水の量をマイクロリットル単位で正確に計算できる。一人で食事も出来ない老人が相手でも、なんの心配もない。
「よし」
なんとなく、このまじめなロボットにも親近感が湧いてきて、まるで後藤はそいつが友達であるかのように肩を叩き、
「これから外でおまえの性能を試してみよう。しっかりやれよ」
後藤はロボットと一緒に表通りを歩きながら、色々な命令を送ってみた。
――おれの後ろを歩け。
――荷物運びをしろ。
――ちょっと銀行に行って三万円引き出してこい。
――踊ってみろ。
――坂道がきついな。おれの背中を押して歩け。
ロボットはその全てを、完璧なまでのまじめさでこなした。我ながら大した発明をしたものだ。すっかり満足した後藤は折り返して、表通りを我が家に向かって帰り始めた。
ふと、少し前を歩く女性の姿が目に入った。女性と言うより女の子だった。女の子は腰がきゅっと締まっていて、ひらひらしたすこし短いスカートをはいていて、とても柔らかそうなおしりをしていた。後藤は年甲斐もなく後ろから女の子をお尻を見つめ、にやにやしながら、
――ああ、スカートめくってみたいなあ。
そのとたん、ロボットはつかつかと女の子に歩み寄り、女の子のスカートを思いっきりめくり揚げた。薄ピンク色の下着と、丸くて柔らかそうなお尻が露わになった。女の子は甲高い悲鳴を挙げると、ロボットを蹴り飛ばして、そのまま走り去っていった。
後藤は倒れたロボットを助け起こしながら、周囲の冷たい視線に気付いて、慌ててそそくさとその場を立ち去った。物陰に隠れて、ロボットの背中を開き、そこに備え付けられている操作用のキーボードを叩くと、
「まいったな。禁止事項を設定しておく必要がありそうだ。やっちゃいけない命令ってことだな。女の子のスカートはめくらない、と」
こいつは少し問題がありそうだ。帰り道を急いでいると、古本屋の看板が目に入った。そういえば、欲しい本があったのだ。ワゴンに乗せられた本の山を漁っていると、ふと、本棚の一番上に置かれた、とある作家の全集が目に入った。あれは前々から欲しくて探していたものだ。だが、残念なことに今は手持ちがない。
――金がないか……だが、あれは欲しい。実に欲しいぞ。
しかし、どうしようもない。後藤は店を後にして、ふとロボットの動きが遅いことに気が付いた。見れば、ロボットは両腕にぶあつい全集を抱えている。
「おいっ! おまえ、まさか盗ってきたのか! こりゃまずい、また禁止事項を追加しないと」
道ばたで慌てていると、後藤の後ろから歩いてきた若い男が、後藤を突き飛ばした。後藤は道に倒れ、打ち付けた膝をさすりながら、自分を突き飛ばした男を見上げた。男はさも汚らしいものでも見るような目で後藤を見下し、
「道の真ん中で止まってんじゃねーよおっさん」
吐き捨てるように言うと、後藤に背を向けた。後藤は歯を食いしばってギリギリならし、
――このガキめ、ぶん殴ってやる!
ロボットはすぐさま男を追いかけ、手に持っていた全集で男の頭を思いっきり殴った。男は呻いて道に倒れた。後藤はますます慌てて、
「うわわ、いかん! やめろ、こっちへこい」
ロボットは大人しく帰ってきた。なんてことだ。ちゃんと禁止事項として、どんな常識的な事でもあらかじめ入力してやらなければ、なにをしでかすかわからない。後藤はロボットの背中を開き、再びキーボードを、
操作しようとしたそのとき。
「おまわりさん、あいつです! 痴漢です!」
「あっ、おまえ、うちの品物を!」
「てめえよくもやってくれたな!」
後藤は怒りの形相も凄まじい人々に囲まれて、へなへなとその場に座り込んだ。
ロボットは、ただきょとんとしてそれをまじめに見守っていた。
THE END.