鋼殻のレギオス”The edge of Army” 作:りこぴん
どうすればいいんだ・・・・・。
喫茶店にて、一組の男女が対談していた。
一見すれば恋人同士にも思えるその光景だが、女の方が自然体な様子でコーヒーを飲んでいるのに対し、男の方は手もつけず緊張の面持ちで座っている。
「それで......何の用かな?まぁ、何となく分かってはいるんだけど」
イリスがそう切り出すと、レイフォンは大きく身を震わせる。
そして、躊躇いを見せつつも口を開いた。
「イリスは......グレンダン出身なんだよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、僕のことも......?」
レイフォンのことを知っているか、という意味なら勿論"はい"だけど、きっとそう言う意味じゃないよね。
「聞くには聞いてるよ。でも、尾ひれが付いてるかもしれない。だから......良ければ直接聞きたいんだけど......ダメかな?」
直接その場で見ていた訳じゃない。聞いたのはそれなりに信用できる人からだけど、やっぱり本人から聞くのが一番正確だと思う。
そんな意味を込めて言うと、レイフォンは躊躇いながらも首を縦に振ってくれた。
彼は語る。
自分が孤児であったこと。
天剣授受者に選ばれてからも、その立場を利用して賭け試合に出ていたこと。
「良くないことだっていうのは分かってた。でも僕は、仲間の為に何かしたかったんだ」
しかし、それがある武芸者にバレてしまった。
「彼は僕に、天剣争奪戦でわざと負けて天剣を譲れと言ってきた。でも僕は天剣を譲るわけには行かなかったんだ」
天剣という立場で出る賭け試合は、比べ物にならないほど報酬が良かった。
グレンダンにいる孤児達の人数を考えれば、お金はどんなにあっても足りない。
だから、試合でその武芸者を殺そうとした。
彼を殺してしまえば全てが元通りになると信じて。
しかし、殺せなかった。
「その後僕は彼の告発によって、天剣を剥奪された。その時から武芸を辞め、ついにはグレンダンを出て。僕はここ......ツェルニに逃げてきたんだ」
名誉も信頼も失い。
仲間であった者からも罵声を浴びて。
それが耐えられなくてツェルニに逃げてきたんだと、語った。
「結局、生徒会長にはそれがバレてて武芸科に転入させられちゃったけど。でも仕方ない......あれだけのことをやっておいて、逃げて全てを済ませようなんて都合が良すぎるよね」
彼の表情には、全てを諦めた者の表情があった。
きっと、今までも散々と言っていいほど嫌われ、拒絶されてきたのだろう。
そんな表情、黙って見ていられるわけがなかった。
「.....っ!イ、イリス!?」
気付けば身体が勝手に動いていた。
身を乗り出し、小さく縮こまった彼の肩を抱く。
耐えられない、こんなにも優しくて不器用な彼を放っておくことなんて出来るはずがない。
「......ありがとう、レイフォン」
溢れ出した感情は、留まることを知らず僕の身体を満たしていった。
彼女、イリス・ウルルはグレンダン出身らしい。
隊長であるニーナ・アントークからその言葉を聞いたとき、思わず頭の中が真っ白になった。
グレンダンで生活することに耐えられなくなり、誰も自分のことを知らないこの都市に来たというのになんという巡り合わせだろうか。
いつ彼女の口から真実が、侮蔑の言葉が語られるのかとビクビクしているとしかし、彼女は笑顔で自分の手を取った。
もしかしたら、事情を知らないのかも知れない。
そんな希望的観測は、しかし彼女の試合を見て崩れ去った。
彼女は凄まじく強かった。
隊長達にも彼女が熟練の武芸者に見えたことだろう、しかし自分にはわかる。
彼女の力は、並の熟練武芸者の力を圧倒的に上回っていることが。
そんな彼女が、自分のことを知らないはずはない。
ならば、何も言ってこないのはどうしてだろうか。
仲間だった孤児達ですら自分を否定したのに、初めて出会った彼女が自分のことを快く思っているはずがない。
しかし彼女はそんな素振りを一切見せず、むしろ友好的と言っても良かった。
だから確認したかった。
彼女が自分をどう思っているのか。
そして全てを話したあと――――僕は何故か彼女に抱きしめられていた。
「......ありがとう、レイフォン」
そして罵倒されるでもなく嘲笑されるでもなく、お礼を告げられる。
......なぜ?そう聞きたかった。
しかし続けて放たれた言葉は、開きかけた口を閉じさせるのには十分な力を持っていた。
「実はね?僕も、孤児なんだ」
「え......?」
思わず口をついて出た言葉に、しかし彼女はにこりと笑う。
「僕の孤児院は特に貧しくてね。すでに殆ど経営が成り立たない状態だったんだ」
寝たきりで治療が受けられなかったり、栄養失調を引き起こす寸前だったり。
聞いた限り自分の住んでいた孤児院よりも更に厳しい経済状況だったらしい。
「でもある時から、少しずつ孤児院にお金が入るようになってね。治療もうけられ、食事も貧しいながらも食べられるようになった。仲間の亡骸を見なくて済むようになった。その時院長先生に聞いたんだ、どうして急にって。あの中じゃ年長者だった僕には特別に教えてくれた、"貴方と変わらない歳の武芸者が、支えてくれているのよ"って」
その頃の僕はまだ天剣ですらなく、稼ぎもとても少なかった。
せいぜい自分に近い孤児院の分を稼ぐくらいが限界だったのだが、案外彼女は自分の近くにいたのかもしれない。
イリスは僕から身体を離すと、深々と頭を下げた。
「だから、ありがとう。貴方のおかげで僕や、僕の家族達が大勢救われた。この恩はとても返しきれないよ」
「でも、僕は賭け試合で......」
続く言葉は、顔を上げたイリスが僕の頬を撫でたことで遮られてしまう。
とても温かな手は、僕が落ち込んだ時いつも隣で慰めてくれた幼馴染のものに似ていた。
「レイフォンは"誇りや名誉"と"仲間"、その二つを天秤に掛けて"仲間"をとった。人によってはそれは、許せない行為かもしれない。でもレイフォンは全てを失う可能性があっても、仲間達を救いたかったんでしょ?仲間の為なら誇りや名誉なんてどうでもいいと思えるくらい、仲間が大切だったんでしょ?それは誰にでも選べることじゃない。だから、その思いを自分で踏みにじっちゃダメだよ」
撫でるように動かされる手と共に紡ぎだされる言葉は、まるで水のように心に浸透してゆく。
「前を向き、胸を張るんだ。例えどんな結果になってしまったんだとしても、仲間の為に精一杯やったんだと誇りを持つんだ。そんな貴方によって救われた人が、大勢いるんだから」
彼女の言葉が、一言一言胸に刻まれてゆく。
気付けば、瞳から一筋の涙が流れ落ちていた。
「もしそれでも挫けそうになったら、僕の所に来て欲しい。貴方がやっていたことは決して間違いなんかじゃなかったんだって、何度でも言い聞かせるよ。誰が貴方のことを罵ろうと、僕は必ず貴方の傍に立ち守り抜くと誓うよ。僕は、ほかならぬ貴方によって救われたんだから」
自分が涙を流していることに驚く。
そんな言葉を掛けてくれた人など、今までひとりもいなかった。
天剣授受者としての誇りや名誉を汚し、仲間達の信頼を裏切った自分。
どんな罰もうける覚悟でいた。何をされても仕方ないと思える程のことをやってしまったと思っていた。
しかし目の前の彼女は感謝を告げる。
"僕は貴方のおかげで救われたのだ"、と。
"貴方のやったことは決して間違いじゃない"のだと。
同じグレンダン出身の孤児で、今まで自分を否定してきた仲間達と何も変わらない立場にいながら告げる。
感情が溢れ出しそうだった。今にも声をあげて泣いてしまいそうだった。
灰色の記憶が、鮮明に色を変える瞬間を感じた。
仲間の為に精一杯やったんだと誇りを持て、と。
誰が自分を罵ろうと、必ず傍に立ち守りぬくと誓うと。
仲間の視線に耐え切れず、グレンダンからここに逃げてきた僕を優しく諭してくれた。
今もただ涙を流す自分を、優しく抱きしめてくれている。
「大変なことがあったら一人で抱え込まないで僕を頼ってよ。二人ならきっと、うまくいくさ」
自分一人では上手くやることは出来なかった。
しかし彼女が一緒なら、今度は上手くやれる気がする。
そう。次こそはきっと、上手くやってみせる。
腕の中で涙を零すレイフォンを抱き締める。
仲間の為を思い、不器用ながらも精一杯だった彼。
そんなレイフォンのことをとても愛しく思う。
と同時に、彼のことを理解しようともせず否定した彼の仲間たちに怒りを覚えそうになる。
でもそんなことは出来ない、部外者な僕が勝手な想いを抱くことなんて。
しかし、レイフォンに付き添うことは出来る。
――いいだろう。
君達が否定する以上に、僕はレイフォンを肯定しよう。
罵声をかき消すくらい大声で、彼を褒め讚えよう。
何度レイフォンが沈んでも、必ず見つけ出して引き上げてやる。
あの日感じた想いをより強く感じながら誓う。
もう二度と、彼が大切なものを失うことのないように。
はい、そんな訳でイリスがレイフォンに憧れた理由の一端が明らかに。
勿論出会った時の想いが大きいわけですが、それ以前から理由があったということですね。
次回は学園編、そしていよいよ対抗試合に入る......予定です。
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