鋼殻のレギオス”The edge of Army” 作:りこぴん
大勢の人が集まり盛り上がる会場。
こういう所はどの都市でも変わらないなとふと思う。
もう二度と、こういう場所にたつことはないと思っていたけれど、武芸はまだまだ僕を放してはくれないらしい。
最も今となってはレイフォンと自分をつなぐ大切なもの、頼まれたって手放すつもりなんてないけどね。
「作戦の再確認を行う。レイフォンは私と共に、陽動を含めた前線での作戦行動。シャーニッドはそれを利用して移動し、フラッグの狙撃を狙う。フェリは念威によるサポートを、イリスはその護衛だ」
ニーナが一人一人の顔を見ながら、それぞれの作戦内容を告げてゆく。
「いいねぇ。こういう雰囲気の方が、普段より実力が出せそうだ」
生い茂る木々を眺めながら、シャーニッドが軽く笑った。
「よろしくね、フェリ先輩」
「......はい」
「そろそろ試合開始だ。各自持ち場に付け」
移動しながらスピーカーから流れる賑やかな声に耳を傾ける。
司会はそれぞれの小隊メンバーの紹介に入っていた。
謎の美少女だって。ふふ、照れるなぁ。最も、今日は僕の出番は無さそうだけどね。
最後に見たレイフォンから放出される剄は、僕くらいしか感じ取れないほど微弱なものの、それまでの彼とは違った透き通るような色をしていた。
「―――試合開始だ」
通信機越しに聞こえたニーナの声と共に、スピーカーから合図が響き渡った。
とは言っても、僕にはやることがない。
勿論周囲の警戒はしているが、この前言われた通りここまで敵がくることなどまずない。
「陣内に2人、陣外に3人。動きはありません」
通信機越しに聞こえるニーナの声にそう反応を返すフェリ。
念威繰者には綺麗な人が多いって聞くけど、彼女は僕が見てきた念威繰者の中でも一位二位を争うくらい綺麗な外見をしている。
物憂げな表情も相まって、ここでこうしているより何処かの屋敷で紅茶を飲んでる方がよほど似合っているように思える。
「......なんですか?」
飽きずに眺めていると、それまで報告以外は虚空を眺めていた彼女が此方へと振り返った。
気配はある程度絶ってたんだけど、無駄だったかな。
「フェリ先輩は綺麗だなぁと思って。......それに見てわかるとおり、手持ち無沙汰でさ。よかったら少し話さない?」
「端子の操作中ですから」
ぷいっとそっぽを向かれる。
確かに、細かな操作を必要とする端子を動かすのは集中力のいることだろう。それが普通の念威繰者なら。
「でもフェリ先輩は、そのくらい片手間で出来るでしょ?」
そう言葉を続けると、彼女は勢いよく顔を此方へ向ける。
ほとんど変化のないその表情にはしかし、疑いの色が含まれていた。
「......兄から聞いたんですか?」
「生徒会長から?ううん、違うよ。何ていうか、わかるんだ。力を持っていながら、それを隠している人の力の歪さみたいなものが。フェリ先輩も、レイフォンもね」
レイフォンから、彼女にはある程度知られているという話は聞いていた。
だからフェリ先輩も何かあるんだろうなとは思っていたけど......今日隣に立ってみて確信した。
彼女はこんな所には収まらないほどの器を持っている。
「レイフォンさんも......貴方は、彼についてどこまで知っているのですか?」
フェリの口調からは先程まで感じられなかった警戒の色が読み取れる。
どうも僕の言い方は、人を悪い方向に刺激するらしい。
「だいたい全部知ってるよ。彼の立場も、やったことも。あと、力を隠そうとしていたこともね」
武芸者以外の道を見つけるため。
それがレイフォンが力を隠していた理由らしい。
「誰もが、力を望んで手に入れた訳ではありません」
フェリは素っ気なく、しかし何処か怒りを感じさせる声で呟く。
生まれ持った力に不満を感じたことはない。
でもその力を疎んで、遠ざけたい人達もいる。レイフォンの場合は一度失敗したから、もう失敗することのないように。
「フェリ先輩は、どうして力を隠して生きていたいのかな。良かったら教えて欲しいんだ」
「......何も、話すことはありません」
帰ってきたのは拒絶。けれど、そこに躊躇いの色があるのを感じた。
まるで、自分の手には余るような問題を抱え苦しんでいるような、そんな様子。
「小隊に入ってばっかりの僕を信頼しろなんて、そんなことは言わないよ。でも、一人じゃ解決できないことも二人なら。話してくれれば僕にも出来ることがあるかもしれない。こう見えて口は固いんだ、向こうでも良く相談に乗ってたし。だから......どうかな?」
最悪、僕の武芸者としての力を存分に生かすという手段がある。
そう言うと、フェリの雰囲気が少し柔らかくなるのを感じた。
「私の前でそれを言いますか。ですが......わかりました」
フェリはもとの雰囲気に戻ると、ぽつりぽつりと話し出す。
幼い頃から念威繰者になるための訓練を繰り返していたこと。
皆将来なるものは生まれた時から決まっているものだと思っていた。
しかしそうではなかった。
「皆は自由に将来を選ぶ事が出来るのに、私には決まった将来しかなかった。それに耐えられなくなってこの都市にきました。一般科として、違った将来を探すために。ですが武芸科に転科させられ、今ここに立っている」
ツェルニの状況と、それを解決するべき生徒会長が実の兄だったことによって。
「だから私はこの力が嫌いです。私の将来を決めたこの力が......そして、念威繰者にしかなれない自分が」
自嘲するように言うと、ふと息を吐く。
ほんの小さな変化だけど、フェリの雰囲気がまた柔らかくなったのを感じた。
「貴方は不思議な人ですね。出会ったばかりだというのにここまで話してしまうとは思いませんでした」
「それは、ありがとう」
類まれなる力に期待され、一本道を疑うことなく進んできた。
しかし、他の人間はその道が分岐しているということに気づいてしまった。
だからその一本道の途中で座り込み、進むのを辞めてしまっている。
でもそれは違う。
彼女は、その一本道が太すぎて分岐が見えていないだけだ。かつての僕がそうだったように。
「フェリ先輩の話は良くわかったよ。でも僕には、やっぱり力を隠す必要性がわからない」
何か言おうとした彼女を手で制す。
別に僕は意地悪でこんなこと言ったわけじゃない。
「だって力を隠すって疲れるでしょ?自分より力のない人に指図されて、今更といっていいレベルの授業を受けて。そんなことしてるんだったらもっと効率良い時間が過ごせると思わない?......例えば、武芸以外で自分にあったものを探すとかさ」
「それは、ですが兄が......」
「生徒会長が先輩に何を言ったか僕にはわからないけど。でも、さっきの話を聞く限り生徒会長は都市を守りたいのであって、フェリ先輩に意地悪したい訳じゃないと思う。ちゃんと力を使って都市を守って、その上で武芸者以外の道を探す。それなら、文句を言われたりはしないんじゃないかな?」
力を隠すんじゃなく、力を見せつけた上で他の道を探す。
自分より実力の上の相手にちゃんと練習しろなんて、言えるはずがない。
「小隊はほら、アルバイトとでも思えば。奨学金をいっぱい貰ってそのお金で自分に合うことを探せばいいんだよ」
フェリは無表情で黙り込んだ。
今の僕にはまだ、それが怒っているのか呆れているのか、それともそれ以外なのかは分からない。
「何ならほら、僕でいいなら手伝うし」
何となく沈黙が嫌で言葉を重ねる。
すると暫くして、彼女は呆れたように溜息を吐いた。
「......変な人ですね、貴方は」
「レイフォンにも似たようなことを言われた気がするよ」
良い意味にも悪い意味にも取れそうな言葉だけど、嫌味な様子はないしいい意味だと信じたい。きっと、たぶん。
「参考にさせていただきます、イリスさん」
「呼び捨てで構わないよ、フェリ先輩」
「フェリで良いですよ。上下関係には疎いんでしょう?」
あの時の会話、しっかり聞いてたんだ......意外と抜け目無いね。
確かにシャーニッドと話しているとき、フェリ先輩も近くにいた気がする。
「ありがとう。改めてよろしくね、フェリ」
手を差し出すと、迷った後握り返してくれた。
細くて綺麗な指だなぁ。ペンより剣のほうが握っていた時間の長い僕とは大違いだ。
「......ところで、試合の方はどうなっているの?」
僕の見立てじゃ、もう終わる頃だと思っていたんだけど。
フェリ先輩は一度目を閉じ、そして開いた。
「現在隊長とレイフォンさんが敵陣付近で交戦中。人数差からあまり状況は良くありません。......私は大丈夫ですから、助けに行かれては?」
「うーん......」
最後に会ったとき、彼の様子に迷いはないように見えた。
もし迷いが生じたのなら、それはきっと――
「フェリ、頼みがあるんだ」
「何ですか?」
「レイフォンと、個人的な会話がしたいな」
相手の放つ一撃を剣でいなす。何回も繰り返してきた動作だ。
相手は苛立たしげに舌打ちすると、自らの巻き上げた土煙の中へと隠れる。
自分の力ならば追撃も容易いが、そうすることはなく剣を構え直した。
あの時、彼女と話したあの時、自分は確かに再び武芸者として立ち上がる決意をしたはずだった。
だというのにこの有様はどういうことだろう。
イリスの言葉を信用出来ていないのだろうか?
それはない、と断言できる。
出会って日は浅いものの、彼女が適当な嘘を言うような人物ではないことは十分すぎるほどわかっていた。
それにもし彼女を心のどこかで疑っているなら、彼女と話したあの日あんな気持ちになれるはずがない。
ならばどうしてだろうか。
戦いの中で感じたこと、それは自分とニーナや他武芸者との間にはやはり凄まじいほどの実力差があるということだった。
彼女達から見れば自分は、化物だと思われても仕方ないほどに。
そんな中、実力を発揮してしまったらどうなるだろう?
罵られ、拒絶されるかもしれない。
会長の口から真実が語られる日も、そう遠くはないだろう。
そのこと自体は、仕方ない。自業自得と言われればその通りなのだから、覚悟は出来ている。
しかしイリスは、彼女はどうするだろうか?
自分を慰め、助けてくれると言った彼女は決してその状況を是としないだろう。
自身だけなら別に良い、しかしそのせいで彼女まで被害を受けるのは許せない。
かといって負けることも出来ない。
思考だけが堂々巡りするこの状況。もし彼女なら、何て言葉を掛けてくれるだろうか?
「レイフォン、お困りかい?」
余りにもタイミング良く念威端子から聞こえたその声に、心臓が飛び上がった。
「イ、イリス!?」
「フェリに頼んで個人的な回線を開いてもらったんだ。流石、精度が高いね」
普段と変わらず、何処か楽しげな雰囲気で話す彼女。
「フェリ先輩に.......!?っていうか、フェリ先輩は力を」
「待って」
纏まらない考えを、それでもなんとか言葉を吐き出しているとイリスに制される。
「僕のことは取り敢えずはいいんだ。それよりレイフォン。何か困ったことがあれば聞くよ?」
まるで見透かされているかのような言葉。余り、特に彼女には話したくない内容だったというのに、口をついて言葉が出てしまう。
戦いの中で芽生えた想いや、感情。
全てを話終えたとき、イリスは返事をしなかった。
そして少し間を開けて、彼女は話し出す。
「......レイフォン。斜め前を見てごらん?剄で視界を強化して」
彼女の言う通りの方向を見る。そこでは、土煙の中ニーナ隊長が2人の武芸者を相手に戦っていた。
しかし、見る限り状況はあまり良くない。あのままではあと数分も持たずにやられてしまう。
「彼女を助けたいと思う?」
傷だらけで戦う隊長の姿に、知らず知らずのうちに剣を強く握りしめていたことに気付く。
自分の手でツェルニを守りたいと言っていた彼女の姿を思い出す。
目標に向かってひたむきに努力する彼女の姿は眩しく、自分にはない輝きを持っていた。
この試合で敗北すれば、小隊は解散されてしまうかもしれない。
そうなれば彼女はきっと悲しむだろう。いや、それ以前にボロボロになりながら戦う彼女を放っておくことなど出来るはずがない。
「......勿論」
気付けば、そう力強く返していた。
端子の向こうで、イリスが笑う気配がした。
「なら、そういうことだよ。細かい打算が働かない程、君はニーナを助けたいと思った。上手く立ち回ることも大事だけれど、一番奥深くにある想いを忘れちゃ駄目だよ。それにほら、元々レイフォンは余り器用な方じゃないでしょ?」
.......酷い評価だな。
思わず内心で苦笑する。
しかし、彼女の言葉は自分の中の迷いをすっかり消し去ってくれていた。
たとえどんな結果になったとしても、仲間の為に精一杯やったと誇りを持て。
そう言ってくれた彼女の姿を思い出す。
「......ありがとう、イリス」
剣はまるで今の自分のように、透き通るように剄を通した。
久々の感覚だけど、悪くない。
まるで無くした欠片を取り戻したかのような充足感と共に、剣を握り締め地を蹴った。
僕に迷惑を掛けたくないから力を出したくない、なんて。
レイフォンの不器用な優しさに、思わず胸が温かくなる。
「......貴方は本当にお人好しですね」
レイフォンとの会話が終わったのを見計らって、フェリが声をかけてくる。
「そうかな?冷たい人間だと言われたことはあったけど、そう言われたのは初めてだよ」
嬉しい評価ではあるけど、少し意外だった。
グレンダンにいた頃は、大抵は酷い評価だったからなぁ。
「少なくとも、私はそう思いますよ」
「ありがと」
試合終了を告げるブザーが響き渡る。僕達の小隊の勝利だ。
「隊長は荒れそうですね」
「そんなことはないと思うけど......でも、フェリが言うならそうなるのかな」
僕はまだニーナと会って一週間程度だし。ニーナに限ったことじゃないけど、とても全部を理解しているとは言えない。
「すぐにわかりますよ」
そして直ぐに、僕はフェリの予想が正しかったことを思い知ることになった。
小隊のメンバーの抱える問題、それはイリス一人で解決出来るような問題ではありません。
ですが価値観の違うイリスの考え方が、メンバーの考えを変えるちょっとしたきっかけになれば。そういう想いから出来た話でした。