RELEASE THE SPYCE:ツキカゲアゲイン 作:Lycka
皆さんは"ゾーン"という言葉をご存知だろうか。
良くトップアスリート等がゾーンに入って無双しましたとかニュースで聞くが、そもそもゾーンとは何か一般の人には分かり辛いところがあるだろう。簡単に説明するとすれば、集中力が極限まで高められた状態であらゆる感覚が研ぎ澄まされ、色々な活動や動作に没頭することが出来る特殊な現象って感じだな。
「......ハッ!!」スパッ
周りの音や景色が排除されてクリーンな視界になり、自分がしていることにのみ意識を向ける事が出来るのでパフォーマンスの向上にも繋がる。一時的ではあるが疲れを感じにくくなる効果も見られるし、イメージ通りに進むと高揚感なんかも味わえたりして良い事尽くしだ。
「ん〜......やっぱまだ浅いか」
「朝早くから型の練習?」
「ん?おぉ、雪か。まぁ軽くな」
ツキカゲに復帰するんでウチの道場で朝一の運動がてら刀振ってたら雪のご登場。ウチは古くから空崎に存在する"絢辻流"という道場であり、入ってきた雪はウチの門下生だったりもする。勿論、他にも門下生や生徒は沢山いるし何なら俺が直接稽古してる人達もわんさかいる。今の道場の師範は俺の両親。二人共スゲェ強いから門下生の人達は尊敬してる部分もあり、稽古の時はビビってる時もあるくらいだ。そういう俺も小さい頃からゴリゴリに鍛え上げられたからな。
「すぐ近くまで来てたのに気付かなかったのね」
「マジか、やっぱり何か足りないのか?」
「私から見れば綺麗な仕上がりだったわよ」
「踏み込みか?それとも刀を抜く時のスピード?いや、そもそもゾーンに入りきれてなかった説も......」ブツブツ
「全く聞いてないわね」
雪の接近に気付かなかったとなると、ゾーンには大方入る事が出来ていたと思う。まぁそれも最近になって漸く感覚が掴めてきたレベルだ。父さんやじいちゃんの様にスッと自然な形で入れるには、まだまだ鍛錬が足りないのだろう。
「咲、そろそろ準備しないと遅れるわよ」
「......おお、もうそんな時間か。ちょっと待っててな」
兎も角、早いところ完成させないとな。感覚が鈍ったら戻すのに倍以上の時間が掛かっちまう。それに手こずってたらアイツに笑われそうだ。こういうのはアイツの方が才能あったしな。俺は地道に技術を磨いて経験を積んでいく他無いってわけだ。
~空崎高校~
「おはようございます雪ちゃん、咲斗君」
「おはよう初芽」
「おっす」
「宿題は終わらせてきましたか?」
シャワーで軽く汗を流して、時間もあまり無かったので食パンを齧りながら出発。ツキカゲ復帰ということは、必然的にこれまでより女の子との接触が多くなるということ。これ即ち身だしなみを気をつける必要があるということ。見知った顔にガチで臭いとか言われるとメンタルが終わるからな。良い匂いのするシャンプーを使っておいて正解だったぜ。
「勿論よ」
「......さぁどっちでしょう?」
「さては咲斗君やってませんね?」
「想像にお任せします」
「咲、ノート見せなさい」
いつの間にかノートが雪によって抜き取られていました。君はどこでそういった技術を習得するんですかね。ウチはそんなの教えてないんですけど。絢辻流のモットーは"正義の心"だったはず。隣のサディストには正義の心がこれっぽっちも無いのだろうか。
「やべぇ、そういえば先生に呼ばれてるんだったわ。悪いけど先に行ってるぞ!」
「咲斗君〜、逃げちゃダメですよ〜!」
「悪いな初芽。バレたからには逃げの一択なんだ」
「さっくんおはよ!なになに、朝から追いかけっこ?メイも混ぜてよ!」
「命!?というかいつの間に!じゃなくて!今は追いかけっこしてる場合じゃないんだよ!」
結構全速力で走ってたつもりだったのに、気付けば隣に命が笑顔で挨拶しながら並走してました。まぁコイツはスパイス抜きでも校舎間を飛び移れるくらい身体能力高いからな。
「じゃあメイが鬼ね!ほらほら〜、早く逃げないとさっくん捕まえちゃうぞ〜!」
「だから違うんだってば!」
「おりょ?さてはさっくん衰えましたな〜?」
「言ったな!?なら俺のこと捕まえられたらジュース奢ってやるよ!」バシュ
そう言い残して俺は高く飛び上がり次々と校舎を駆け上がっていく。勿論、他の生徒が居ない場所で。こんなところ見られたら誤魔化しが効かないからな。まぁ訓練の一環で校舎を使ったこともあるし、構造は大体頭の中に入ってる。問題はどちらの方が頭が回るかって話だ。スピードで比べるなら命に軍配が上がる。それを補填する為に、俺は出来る限り頭を使って動かなければならないというわけだ。
「到着〜。さっくんもうお終い?」
「まぁこの程度なら余裕か」
「あ、因みになんだけどユッキーから捕まえてって連絡あったから、割と本気で捕まえるよ」キャピ
「望むところだ」
それからは校舎を降りたり登ったりだけでなく、別の校舎へ移動したりフェイントを掛けてやり過ごしたりすること数十分。そろそろタイムリミットの予鈴が鳴る時間だ。流石に授業すっぽかして追いかけっこするわけにもいかないしな。そもそも授業すっぽかしたりなんかしたら、雪に何されるか分かったもんじゃない。
「ねぇねぇさっくん!」
「何だよ急に」
「もしかしてこれってメイに稽古付けてくれてる?」
「んなアホな。スピードに限って言えば、命に教えることは何もねぇよ」
「だからさ、もっと頭使って立ち回れる様に色々なシュミレーションしてくれてるんじゃないの?」
コイツは昔から変なところで鋭かったり頭が回ったりするんだった。それを戦闘面でも活かす事が出来れば......なんて思ったりすることも多々あった。ウチの道場で門下生に稽古付けてた時の癖なのか、やはり人の動きに関しては他の人と比べて何か感じるところが多いのだ。それは気付きであったり思い付きであったり、はたまた発想の転換であったりもする。
まぁこんな俺でも、ウチのじいちゃんに言わせてみれば"まだまだ教える立場に無い"とのこと。身内贔屓が一切無くて厳しすぎる事で有名なじいちゃんだが、教育熱心なのか師範の座を父さんと母さんに与えてからもちょくちょく道場には来ているのだ。なんやかんやで面倒見の良い誇れるじいちゃんです。
「それじゃあ、もうちっと頭使って捕まえてみそ」
「ん〜......メンドクサイからパス!!」スッ
「ちょ、おい待て命。それは流石に卑怯だぞ」
徐に制服の胸ポケットからスパイスを取り出す命。スパイスとは何ぞや、という疑問があるかもしれないが説明すると長くなるので省く。簡単に言えばドーピングみたいなモンだな。そして、命はメンドクサイとの事でスパイスを使おうとしているらしい。雪や初芽にバレたら怒られるぞ。
「さっくん、覚悟ッ!!」
「怒られても知らないからな!」
命がスパイスを齧った瞬間、目の色が鮮明になり先程より威圧感が増したのを感じる。元からスピードで劣る命を相手にスパイスという超特大ハンデ。正直微塵も勝てる気がしない。もう大人しく捕まった方が良いのでは?
しかしながら、大人しく捕まってもスパイスまで使った命をゲンナリさせるだけだ。多分、コイツのことだから雪からの連絡なんて二の次三の次なのだろう。自分が楽しみたい気持ちが一番に決まってる。まぁそれは俺も否定出来ないが。こうして命と鬼ごっこみたく遊んでると、忘れかけていた過去の記憶も蘇ってくるというものだ。今にして思えば、昔から命とは案外良く遊んでた気もするけどな。
ガチャ
「ただいま」
「お邪魔します」
「あら、雪ちゃんいらっしゃい」
「おい母親、肝心な息子はスルーか」
時は過ぎて、現在雪と共に我が家へ帰宅。結局のところ、朝の命との鬼ごっこの勝者は雪&命のペア。だってスパイス使った命から逃げるので精一杯なのに、まさか雪が先回りして待ち伏せしてるとは思わないだろう。命はドヤ顔で"これが連携プレイだよ!"と言ったが、後で聞いた限りでは、先回りの待ち伏せは雪個人の判断とのこと。命ってあんなに嘘が下手くそな奴だったっけな。
何故に雪が俺と一緒に帰ったのか、という疑問もあるだろう。実は朝の宿題すっぽかしの罰として、一週間のハードトレーニングを言い渡されてしまったのだ。それであれば、せめて雪の道場ではなくウチでやろうと提案したところ、何とか説得に成功したので助かった。ウチなら母さんの相手で手一杯だろう。母さんも母さんだが、昔から雪に関しては親バカというか何というか甘えさせたがりなのだ。そのお陰か分からないが、実の子供である俺の扱いがちょっぴり雑なのが解せん。
「母さん、伝えた通り道場使わせてもらうな」
「構わないわよ。まぁお父さんもいるけどね」
「父さんも稽古で忙しいだろうし、別に気にしないで大丈夫そうだな」
「すみません御母様、一週間ほど咲をお借りします」
「いえいえ。一週間と言わず一生貰って欲しいくらいよ」
「俺のメンタルと身体が持ちそうにないからやめてくれ」
何かと俺にはサディスティックな一面を見せる雪。三人で道場で稽古してた時の雪のドSっぷりは今でも忘れられない。俺もアイツもそれが嫌で抜け出した事があるくらいだからな。まぁ結局抜け出せなくて仕方なく付き合ってたんだけどな。
「んで、今日のメニューは?」
「特に考えてはいないわね」
「だったら刀の練習で良いか?」
「良いわよ。せっかくだし私に稽古つけて貰おうかしら」
ウチの道場について詳しく説明すると、これまたキリが無いので要所要所を押さえながら説明するとしよう。
ウチは古くから空崎に存在する歴史ある剣術の道場であり、俺の苗字でもある"絢辻"をそのまま名前にした"絢辻流"という流派らしい。何でもツキカゲと同じく戦国時代からあるらしく、現代では珍しい真剣による仕合形式を取る、言わばガチの剣術道場なのだ。
「咲は何の練習をするの」
「取り敢えず
「じゃあ重り持ってくるわね」
「さんきゅー」
そして雪の武術道場との関係だが、まだ歴史的に言えば雪の武術道場の方が浅いが昔から道場間で仲が良い事で有名だったらしい。武術の半蔵門・剣術の絢辻、だなんて言われてた時期もあるとかないとか。かく言う俺も、武術道場にはお世話になっていたしお互い様って感じだな。絢辻の道場の影響もあってか、武術道場ながら雪は竹刀を使っての稽古を良く行っている。因みにプチ情報だが、ウチの絢辻流の真髄は"相手の動きを見切る"事にあるらしく、真剣での仕合形式と言ったが別に攻撃的なスタイルでは無いのでご安心を。
「はい、咲はこれぐらい余裕よね?」
「ちょい待ち。お前何kgの重り持ってきてんだよ」
「確か10kgだったかしら」
「とぼけるの下手くそかよ。どう見ても1箇所10kgだろコレ」
こんなの付けて刀振ってれば数分で筋肉痛になるぞ。普通に動くだけでもキツいのに、やはり雪の俺に対するSっぷりはまだまだ健在の様子。とかふざけてる間にも雪は着々と準備を終えて刀を振っていた。え、マジでコレ付けて刀を振れと?
「おや、久しぶりだね雪ちゃん」
「ご無沙汰しております」
「咲斗もお帰り」
「ただいま。父さん稽古は終わったのか?」
「休憩中だからちょっと覗きに来たんだ」
道着を半分脱ぎながら、暑そうにこちらにやって来たのが俺の父さん。この道場の師範であり、現在でも多くの門下生に稽古を付けている実力者。父さんが絢辻
「今は稽古中?だったら邪魔して悪かったね」
「いえ、まだ始めたばかりだったので」
「そう言えば咲斗、さっき双葉から連絡があったぞ」
「母さんから?」
「夕飯に雪ちゃん誘っておいてね☆、だってさ」
そこに雪がいるんだから俺じゃなくて直接言えば良いのに。というかもう聞こえてるだろ。まぁ元から夕飯には誘うつもりだったから良いけどさ。コイツ遠慮して稽古終わったらすぐ帰る支度するからな。釘を刺す意味でも先に誘っといて正解かもな。
「んで、どーするよ」
「私もご一緒して宜しいのでしょうか?」
「勿論。そうしてくれると双葉や咲斗も喜ぶよ」
「まぁ母さんいつも作り過ぎるからな。正直、手伝ってくれるとありがたい」
そうして雪も夕飯を共にすることが決定し、それならば稽古をもっと頑張りましょうとの事で中断していたのを再開。おおよそ雪が付けている倍の重りを付けて刀を素振りする。俺達が素振りに使用しているのは真剣ではなく模造刀。姿形は真剣そっくりだが、肝心な切れ味は木刀と似たり寄ったりな感じだな。稽古と言えど間違えば重大な怪我を負ってしまう可能性もある。雪とか俺レベルになるとあんまり心配要らないのが本音だけどね。まぁウチではそういうルールになってるから仕方ない。
「咲、ちょっと良いかしら」
「何だよ稽古中に」
「私にも貴方の技を教えてくれないかしら」
「別に構わんが、父さん達にどう説明するかだな」
現状この道場で師範として教えている父さんや母さんは良いとしても、俺が果たして雪に技の伝授をしても良いものなのだろうか。まぁ幼い頃から鍛え上げられてるし、何なら既に門下生もチラホラいるぐらいだから大丈夫だと思うけど。というか雪は俺が担当の門下生なんだけどな。しかしながら、技の伝授となると少し話は変わってくる。基本的には刀の扱い方や仕合形式での動きの実践、相手の動きを見切る為の知識の勉強等しか教えてもらえないからな。
「何でいきなり技とか言い出すんだよ」
「私も師匠としてパワーアップが必要と感じたのよ」
「何度も言ってるが、お前は既に俺の門下生の域を超えてるんだからな。この意味が分かってんのか?」
「それでもよ」
「ったく、強引なのも昔から変わんねぇか」
本音を言えば、この道場に通う門下生の中で1、2を争うレベルで強いのが雪だったりする。それもそのはず、雪は武術道場の跡取りでありながら絢辻の道場にも足繁く通っているのだ。そんな奴が弱いわけがない。
「咲が今朝やってた型は?」
「駄目だ。
「だったら咲が教えられる範囲の技で充分よ」
「んならアレしかねぇな」
取り敢えず話しながら行っていた素振りを止めて、足や腕に付けている重りも取り除いていく。そして汗をタオルで一度拭って、再度模造刀を持って雪と対面する。
「今から教えるのは絢辻流の基本の型だ」
「ええ、分かったわ」
「その前に軽くおさらいだな。絢辻流の真髄とは」
「相手の動きを見切ること」
「正解。それが一であり全だ。だから、基本に忠実にがこの技のコツだぞ」
俺が今から教えるのは先程も言った通り基本の型。父さんや母さんも門下生に教える際は、まずはこの技を最初に教えるって言ってたしな。雪なら2.3日もあれば習得出来るし、なんなら実戦でも応用で使いこなすことが出来るだろう。
「まずは腰を浅く落とす。そんでもって左脇を締めて、なるべく顔に近づくように刀を構える」
「こんな感じかしら」スッ
「刀は平行に。最後に軸足ではない方の足の踵は浮かせる」
「それはどうして?」
「軸足を基準に動く必要があるからな。その動作をやり易くする為に、より早く反応する為に踵を浮かせてるんだよ」
聞いて驚くなかれ、俺がじいちゃんにこの技を伝授してもらったのは小学生の頃だ。まぁ伝授って言っても身体に叩き込まれただけなんだよな。
「この後はどうするの?」
「終わりだよ」
「......本当に?」
「嘘ついてどうするんだよ」
確かに雪の言いたい事も分かる。俺だって最初に教えられた時は意味不明だったからな。だがしかし、最初に伝えた通りこの技は絢辻流の基本であり全てだ。そこを良く考えてみると、この技の意味や使い方も自然と理解出来るってもんだ。
「まぁ口で説明するより物は試しってことだ。ほい、適当に攻撃してみそ」
「手加減無しで良いのかしら?」
「あらやだ怖いわ雪ちゃん。......んまぁ冗談は置いといて。別に良いけど、俺の動きも良く見とけよ」
雪が刀を構えて様子を伺う中、俺は先程教えた通りの構えを取って雪に合わせて距離を調整する。すると雪は少し驚いた様な表情を見せるが、すぐにそれは元へ戻り一瞬にして距離を詰めてくる。
「はぁ!!」ブンッ
「速さは悪くない。......だけど残念だ!」キンッ
「なっ!?」スッ
距離を詰めて刀を振りかざす雪に対して、こちらも一歩前へ踏み出すことで相手の感覚を少し狂わせる。そして、懐へ潜り込み雪の刀を弾きながら自らの刀を雪の首元へ突きつける。流石の雪も、刀を畳の上に落として"参りました"の一言を告げる。
「対面してみた感想は如何かな」
「驚いたわ。こちらの攻め入る隙が見当たらないし、漸く見つけて距離を詰めても勝てる気がしなかった」
「最初に伝えた通り、この技は絢辻流の基本であり全てに通じるからな。極めればこれだけで複数人を相手にしても余裕なくらいだ」
「咲斗はいつから使えるのかしら」
「中学の頃には大人相手に何連勝出来るか試してた気はする」
「貴方が規格外なのは知ってるのよ」
まぁ極めれば〜、からの部分はそのままの意味だから注意するように。門下生に教えて数週間で完成しましたとか言ってボロ負け、なんてケースはザラにあったし俺でも完璧に使いこなすのは難しいレベルだ。それもそのはず。一にして全と言った通り相手の動き次第で幾千幾万の対処を強いられるからな。
「名前は確か......」
「"
「それそれ。って、母さんいつの間に」
「夕飯の支度出来たから呼びに来たのよ」
ふと道場の時計を確認すると、既に20時を回ろうとしている。いかんせん稽古中は時間気にしなくなるからな。気付けば夕飯の時間過ぎてた事も多々。こうして母さんが呼びに来てくれるのは素直にありがたい。
「んじゃ今日はここら辺にしとくか」
「御母様、本当に私もご一緒しても宜しいのでしょうか?」
「勿論よ。毎日でもウチに来ても良いのよ」
「またそんなアホな事を。雪、さっさと片付けて飯にするぞ」
「ええ」
後ろの方で"素直じゃないんだから"とか聞こえた気がするが放っておこう。雪も雪で気を使い過ぎなところはあるものの、元はと言えばウチの母さんが原因だ。こうして俺が助け舟を出さなければ、きっといつまで経っても夕飯にならないだろうからな。
~帰り道~
「御母様にはお礼を言っておいて」
「あいよ」
「それと道場での稽古の件も」
「はいはい」
「本当に分かってるのかしら」ギュッ
「痛い痛い離してお願いしまふ」
夕飯を4人でワイワイ話しながら楽しみ、片付けくらいはやりますとの事で雪と俺の二人で片付けを担当した。何故俺が巻き込まれているのかは言うまでもない。そして現在雪を家まで送っている最中。母さんには"夜道をこんな可愛い子一人で歩かせるなんて男じゃない"とまで言われてしまったので仕方なく。雪の場合、不審者に襲われたとしても逆に撃退してしまうので護衛の必要性は皆無だと思うが。
「そんで、あの技はどのくらいで覚えられそうなんだ」
「まだまだね。毎日練習はするけれど、そう簡単なものでもないでしょう?」
「そりゃ簡単ではねぇな。でもお前なら何とかなるさ」
「また適当に言ってるわね」
「お前の事を信頼してるって言って欲しいね」
まぁ正直な話、あの技を完璧に使いこなせるのなんて師範レベルの話になってくる。ゆっくりと考えながら、自分なりに覚えていくのが一番無難だろう。判断力に優れる雪の場合、もしかすると俺より技の習得が早いかもしれない。そもそも戦闘のセンスに関しては雪の方が上だと思うし、なんなら戦術面でも負けてる気がするのは俺だけだろうか。
「そういえば、最近妙な噂があるのは知ってるのかしら」
「妙な噂?」
「前に潰した組織から派生して出来た小規模なテロ組織が、何やら悪事を働いてるらしいのよ」
「そりゃ良くないな」
「だから任務が近いかもしれないわ」
「でも源さんだっけ?雪の弟子候補の子はどうするつもりなんだ」
流石にスパルタ大好き雪でも、まだまだ鍛えてない弟子候補をいきなり任務に連れて行くのは無理がある。弟子の責任は師匠の責任。弟子の危険は師匠の危険。つまり、弟子と師匠は二人で一つ。わざわざそんな危険な真似をするとは思えない。
「モモにはまだ早すぎる。そこで咲を臨時メンバーに加えようと思ってるの」
「まぁ妥当な判断だな。上の方はそれでOK出たのか?」
「財閥からは何も言われなかったわ。咲のツキカゲ復帰に関しても特に言及されなかったし、今のところは放っておいてもいいと思うけど」
「まぁその辺りは俺が調べておくよ。これからは弟子の稽古やら何やらで忙しくなるだろうし、お前には負担かけさせないようにする」
雪にはモモちゃんの稽古を精一杯頑張って欲しい。それで俺に対する稽古の時間が減るなら尚更だ。まぁ雪から皆にも稽古付けて欲しいって頼まれてるから、実際のところ俺も忙しくなるんだけどな。
「その前に約束」
「ん?」
「一人で無理しないこと。咲は困ってる時ほど他人に頼ろうとしない癖があるから」
「はいよ。お前も気負いすぎないようにな」
出された右手は小指のみが立っており、これは所謂指切りというやつだろう。約束破ると針千本飲まされるとかいう、古くから存在するらしい一つの誓いの様なものだ。
「.......何か懐かしいな」
「......咲?」
「んや、何でもない。遅くなると母さんが怒るから帰るぞ〜」
ふと蘇るあの頃の記憶。目を閉じればすぐそこに浮かぶ景色は、今となってはもう取り戻すことの出来ない日常。
『はい、約束』
『......任務中にいきなりどうした』
『咲はいっつも一人で無理するから、お姉さんとお約束するの』
『何の約束するつもりなんだ』
『ん〜?それは帰ってからのお楽しみ!』
『何だソレ。んまぁ取り敢えず、この任務頑張りますかね』
今度こそ失わない様に、今度こそ守り切れる様に。そう胸に誓って、雪と静かに二人目を合わせて約束を交わした。
お久しぶりでございます。
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