専属医師『阿良 鎺』   作:Haganed

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 扉を開けば、そこは知り合いが何事もなく出迎えてくれる……ことはなく、ライブラには誰一人として居なかった。返事が無かったことで拍子抜けしたハバキは室内を彷徨く。ここに来るまで懐かしさを感じる代わり映えのない内装を、若干沈んだ気分のままトボトボというオノマトペが似合う足運びで巡る。

 

 扉から一直線、クラウスの使用する机まで向かうと予想していたかのように手紙が置かれていた。達筆な字で“Nach Habaki”の一文から始まる内容には、「緊急でBlood Breed(血界の血族)の討伐任務が入ったため大した持て成しも出来ずに申し訳ない。用事が無ければ、何も無いが寛いでくれて構わない」とあった。

 

 

「相変わらず律儀だなぁ。だからポイント高いんだけどさ」

 

 

 機嫌が良くなったらしい。白衣のポケットからボールペンを取り出し、余白部分に返事を書き終えるとライブラから出ていく。ある程度の距離までライブラから離れるとタクシーをつかまえて、HL中央病院まで向かう。知る人から散々マッドドクターなどと呼ばれていたが、これでも医者である。それなりに有名だと本人はそう認識しているが、神々の義腕を持つ時点でその認識には齟齬があると考えるべきだ。

 

 明確な意図のある目的を持った行動ならば、例えどのような事であろうと自動的に完遂してくれるこの義腕は、言葉通りの神の手を持つことを()()()()証なのだ。この義腕を手にする前も彼は他とは一線を画した腕前であったが、これを手に入れたことで更なる高みへと至ることが出来た。義腕を与えた神直々に医術の神髄を教え受けた、神々の寵愛を受けた者。

 

 阿良 鎺とは、そのような人物なのだ。医療界で名を知らぬ者は居ない頂点である筈なのに、本人はそんな名誉や地位に手を付けない。勝手に周りが評価するために、勝手に名誉や地位、金なども入る。面倒に思い、有り余る金の使い道が駄菓子の大人買いという子どものような思考をしている。

 

 白衣の内ポケットからグレープ味の風船ガムの箱を取り出し、中身を全部口に含ませ暇そうに車内で膨らませる。まだ勤務先まで時間はある、距離もあるので只管に外の景色を見てはボーッとしてガムを膨らませていた。一回だけ加減を間違えて破裂し、左頬を覆うほどに広がったガムを取り払い何事も無かったかのように口へと戻した。

 

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 中央病院に到着し院長と挨拶を済ませ、勤務日と勤務時間の相互確認を終えると食堂へと赴いて異界産マックスコーヒー、【ドゲロコーヒー】を一口飲んで顔をしかめるが続けて飲む。翼を授けるあれや和訳モンスターのあれみたく食品添加物の多さが見受けられ、それらによって甘さが体感五倍(マックスコーヒーの三倍との情報)にまで上昇されている。

 

 ハッキリ言ってこれを丸々一缶飲めば糖尿病は確実であるにも関わらず、医者である鎺が飲んで良いのか疑問に思われる。幾ら甘党だからとはいえここまで行けば度が過ぎていることは承知なのだが。人目も気にせずゲップして、未だに顔面崩壊しながら外の空気を吸うために出ようとした。

 

 救急車輌が警笛を鳴らしながら近付くのが見えた。まるで他人事みたいな反応をする彼であったが、ドゲロコーヒーを飲んだ影響で吐き気を催しており即座にトイレへと向かい吐き出していく。気持ち悪さ全開でトイレから出ると一人のナースが彼の元へと来た。

 

 

「ハバキ先生!」

「なに…… 用事ならちょっと待って、水飲みたい……」

「誠に勝手ながら、先生に治療して欲しいとある方が」

「誰さ」

「クラウスさんという方からで──」

 

 

 目の色が変わった。目頭を抑えてドゲロコーヒーを看護師に渡すと白衣から懐中時計を取り出して時間を確認、自身の頬を叩いて医者としての顔を露わにした。

 

 

「手術室はどこ」

「一階の東館奥です」

「患者の名前は」

「スティーブン・A・スターフェイズさんです」

「容態は」

「右肘から鋭利な何かで切断されています……でも、先生が居るなら腕を戻してほしいと」

「あの馬鹿── 10ml注射器一本とアルコールウェットティッシュ用意して。縫い合用の糸と針と包帯も、残ってる腕にだけ麻酔かけてくれ、後はやる」

「せ、先生。幾ら何でも」

「ほら時間が無いからさっさと行く! 他の看護師に伝えて至急用意! 腕の一本や二本元通りどころか性能が上がる位に治せる奴がそう言ってんの! 時間を潰すな!」

「は、はい!」

 

 

 急ぎ看護師が走り去り彼は手術室へと威厳ある雰囲気で向かう。手術準備室に入り白衣を脱ぎ捨て手術用の薄緑の衣服へと着替える。医者として立ち会う以上、患部への接触を最大限避けなければならないが、別の箇所から細菌の侵入もあってはならないと手を洗い消毒液を付けたあとゴム手袋とマスクを装着。

 

 全て終えた時に合わせたかのように看護師が頼んだ物を用意してくれた。それらを受け取り手術室へと入って少々、手術室の扉が開かれスティーブンと切り取られた腕が入室した。

 

 

「ッ……あぁ、ハバキ」

「口を閉じろバ患者、さっさと治したいならな」

「そう、させて……もらうよ……」

 

 

 切り取られた腕を受け取ると切断面に合わせるように並ばせ、用意された注射器を自分の首に刺し血を取り出した。針の部分を拭き取ると、右腕のみの部分麻酔が施される。止血用の包帯を解いて断面を確認し、ピッタリと合わせると残った腕に先に取り出した自分の血を注入する。

 

 後は素早く切断面を合わせて即座に縫い合、ものの三十秒で終わらせると縫い合箇所に包帯を巻いて一つ息を吐いた。マスクを下げて使用器具をパレットに置くと、スティーブンの眼前で嫌味たらしく言った。

 

 

「終わったぞ、三日は経過観察で入院な」

「分かりました……」

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 今回のBlood Breed戦は、吸血鬼との戦いとしては異端であった。決して自らの力を驕らず、策略を駆使した相手であった。策にはまったことで結果的にスティーブンの右腕を代償とした相打ちとなったが、それは御の字であっただろう。下手に戦闘を続けていれば間に合わなかったやもしれない。

 

 クラウスの隣でレオが心配そうにしていたが、当のクラウスは安心したかのように息をついた。ただ、自分ではどうしようも無いことに不安感を覚えるのが人間というもので、分かってはいるものの話しかけてしまうのは致し方ない。

 

 

「あの、スティーブンさん大丈夫なんでしょうか。幾らハバキさんって方が居ても、腕はどうしようも……」

「いや、その心配は要らない。ハバキの腕は確かなものだ」

「でも……」

 

 

 想定よりも遥かに早く、そして何事も無かったかのようにスティーブンを乗せた台車が呆気に取られた医療スタッフに運ばれて行った。そんな光景に二度見三度見としたレオの心境はこの街の洗礼を受けていたとしても“有り得ない”と思っているだろう。

 

 最後尾に手術衣を着た男がマスクと帽子を取りクラウスの元へと歩み、呆れたような表情のまま話しかけた。

 

 

「クラ〜ウス、今回は偶々居たから良かったものの。本格的に勤務するの来週なんだよ」

「すまない、だが助かった」

「僕が居るから少しは大丈夫だと思ってたのかな、ん?」

「本当に申し訳ない、反省している」

「なら良いさ……ん?」

 

 

 レオはこの二人のやり取りを見ていた。レオとしては、如何にもアジア系の鼻高なこの人物が『ハバキ』という人物なのかと思っていたが、自分の考えていた人物像と色々違いすぎていたため少しフリーズしている。

 

 二人の目が合うと観察するようにレオを見たハバキは、再度クラウスに話しかけた。

 

 

「クラウス、この子は?」

「あぁ、最近新しく入ったレオナルド君だ。レオナルド君、この男が『阿良 鎺』だ」

「あ、はい。レオナルド・ウォッチです」

「ご丁寧にどうも、阿良 鎺です。名前から分かるかもだけど日本人(Japanese)さ────っと、それより色々と話聞かせてもらうよ。何があったのかさ」

 

 

 

 

 

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