手術衣を脱ぎ元の白衣へと着替えるとスティーブンが搬送された病室まで向かう。クラウスとレオの二人は先に向かっていたため、病室に入った時は三人が真剣味を帯びた雰囲気で話し合っている。ハバキが入室すると三人とも彼の方へと視線を移し、くぁ と欠伸した顔をしたハバキを見て緊張感が解れた。
スティーブンの腕に関して、いつも通りに治療したのであと二時間もすれば接合部に痛みが生じるものの、二十四時間後には完治するとのこと。ただしウッカリ腕ポロリしてもらっては元も子もないので三日ほど経過観察の後復帰という形を取っていただく。
件のBlood Breed戦についての情報をあらかた伝えると、興味無さげな様子を崩さないままパイプ椅子の背もたれに寄りかかり、また欠伸をする。三人からハバキの口の中が見えるぐらいの大きさであった。中々失礼だなとレオはそう感じていたが二人は溜め息をつくだけ。
「……脳筋プレイ至上主義みたいな蝙蝠が頭使って相打ち、頭使わない方がよっぽど勝てる見込みあんのに」
「何つー頭してるんですかこの人」
「ハバキは大体こうさ。色々、ワケあって」
「んでー? スティーブン、ターゲットがどこ行ったか分かんの」
「その点なら心配ない。奴の狩場は市警の情報からある程度割り出してる、もっとも情報が全て外れる可能性も無くはないがね」
「相手の損害は」
「少なくとも完全修復に時間を掛けさせるまでには、だ」
「んなら情報の狩場のどっかだな。下手に消耗しようものならと考える奴っぽいし」
“よっこいしゃ”と掛け声を出して立ち上がり背筋を伸ばす。そこでふと気にかかったことを言ってみた。
「そいや、忌み名が分かんなきゃ無理なんだよな。挑んだのは……そこのレオナルド君が真名看破系の能力者かなんか?」
「──本当はお前に言いたく無かったが、今回ばかりは負けたよ。何でそんなに勘が鋭いのやら……彼は神々の義眼保有者で」
「うっそマジでぇ!?」
個室内で走るのは如何なものかと、ハバキはレオに向かうのだがクラウスに両腕を片腕で拘束されて接近は無意味に終わった。ジタバタするがクラウスはビクともしない、段々ハバキが疲れてき始めた。しかし目の前に極上の
「く、クラウス…… これ、解いて……」
「駄目だ。ハバキ、君の特殊な欲求からレオナルド君を守らなくてはならないのだから」
「そんなぁ! ちょっと! ちょっとだけ義眼取って検査するだけだからぁ!」
「絶対に嫌です」
「おねがぁい本当にちょっとで良いからぁ! なら眼細胞組織の採取だけで良いからぁ!」
「ここ、病院」
「騒がしいですよ! 他の患者の迷惑です!」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
夜のヘルサレムズ・ロットは眠らないために、更なる危険が増える。常日頃騒がしい街であるにも関わらず、元ニューヨークであるために喧騒はより一層増す。異界人も地球人も、勿論夜といえばの奴等の活動も活発になる。いや、奴等は昼も夜も関係ないのだが、基本夜に活動するものという認知が広まっているためそう伝えられるのだが。
しかし夜が隠れやすいのは事実。闇に乗じる、という言葉があるように何かに悟られず気づかれず、そのように動くためには夜が一番最適であるから。そんな言葉が横行しているため、あまり夜に出歩かない方が良いと人は言うのだ。しかしそんな忠告をこの眠らない街は守りはしない。
ある廃墟ビル内で徘徊する
一室のドアの前に立ち、数瞬。いつの間にかドアは壁ごと何かに切断されておりバラバラと崩れ落ちる。ライトもつけずにその部屋へと入っていく彼は、部屋の真ん中に来たあたりで自身の身に迫り来る先の瓦礫を切断し、危なげなくその場に立っていた。
「自称人間よりも高等種族な癖して、第一手がこれとは……ブラッドブリードらしくないなぁ。へーいピッチャービビってるぅ〜」
「巫山戯た輩が来たと思ったが、貴様【牙狩り】か?」
「牙狩りの知り合いなら居るけど、俺は医者。あらあらヤダヤダ、こーんなところに恐ろしい化け物が。知り合いに連絡しなきゃ」
「貴様は惚けるな。先のグールの始末と牽制に対する反応速度、ただの医者では無い。やはり──」
「普通じゃないのは自覚してんのよねぇ。でも牙狩りじゃないさ、というか
「…………何者だ、貴様」
「確かめてみる?」
彼、阿良 鎺は白衣の袖からメスを取り出し投げ付ける。速度は申し分なく、ヘルサレムズ・ロットの住人は避けられないだろう。だが結局はその程度、難なく避けたあとはまた瓦礫を投げ付ける。当然の如くそれらは切り裂かれハバキのダメージにはなっていない。全くその場から動いてもいない。
間髪入れずに瓦礫を投げ続ける。それをハバキは切り裂き続ける。傍から見れば防戦一方のハバキと有利な状況に持ち込めたBlood Breedという形に見えるが、ハバキは疲れた様子すら見せていない。時間が経てば経つほど、状況は変わっていく。
遂には投げる瓦礫も無くなり、また睨み合う。下手に攻撃を仕掛けては不味いと何かが訴えているのだが、このまま相対していてはジリ貧であるから仕掛ける必要があると頭では考えている。ハバキは暇であることを見せつける、欠伸という形で。
「まだかかる? 眠いんだけど」
「…………では寝れば良いだろう」
「ん、それもそうだ。じゃあお休み」
「なっ────」
何ということでしょう、ハバキはその場で横になって眠ったではありませんか。呼吸をゆっくりと安定した状態にまでさせると、完全に熟睡しているではありませんか。これには流石のBlood Breedもハバキが何をしているのか理解不能に陥りました。
しかし隙だらけ、そう無防備なのである。どうぞ狙って下さいと謂わんばかりに格好の的なのである。ここでチンピラ風情が隙だらけだと知れば、財布をスられるかヤバい目に遭わされるか。だが先程まで対していた存在はその発想には至らなかった。
わざわざ格好の餌となった、これだけでまず何か策があるのだろうかと疑う。だが完全に治りきってはいるものの、人間を殺し尽くすまでの前菜として喰らうべきだと本能が告げる。危険はないが、危険であると感知している。疑り深さに関してはまるで人間みたいだと誰もがその場に立ち合えばそう思わざるを得ない。
喰らうか、喰らわず逃げるか。前者は何事もなければ餌であったと分かり、牙狩りを知っているため情報を断つという意味合いで安心は出来る。後者は罠である可能性を否定出来ないがため、ここで逃げれば時間稼ぎにはなる。本能か、理性かを選ばなければならないのだ。
瓦礫は手元に無い。ならばハバキから距離を取りつつ起こさぬように回り込んで投げれば良い。先よりも軽くなって投擲力を上げなければ殺せる威力とはならない。ゆっくりと回り込もうとするが、ふと甘美で芳醇な匂いがハバキからしている。
その臭いが本能を揺り動かし、飢えを与えた。上質どころか最高級品の酒造品が急に現れたのだ、何故ハバキからそのような恐ろしくも溺れることに躊躇いを持たせないような、そしてそれが罠であると知っていて尚渇きが抑えられない。
ゆっくり、ゆっくりと眠っているであろうハバキの方へと近付く。ここまで近付けば、最早耐えることは出来なかった。眠っているハバキの首元へと口を近付け、血が出るまで噛んだ。