夕闇の迫る頃、剣を打ち合う音が辺りにこだまする。ぺろみとルカが各々に剣を持ち、激しくぶつかり合っている。ぺろみは完全に力負けしており、守りに徹するので精一杯の様子だ。
ダスト盗賊たちが遺した斬馬刀というサーベルを刃引きして、なまくらにした訓練用の剣をこしらえた。そして戦士であるルカを師と仰ぎ、我々は剣術の手解きを受けているのだ。
初めこそはあっという間に剣を打ち落とされて丸腰にされてしまっていたが、近頃はルカが息を上げるほどの技量に達した。特にぺろみの成長は目覚ましいものがあり、それなりの覚えがあった私でさえもぺろみに対しての模擬戦の勝率は五分五分といったところだ。
キッチンからカンカンという音が聞こえてきたら――これは包丁の背で鍋を叩いているのだそうだ――今日の稽古は終了、の合図だ。
朝からの労働を終えて暫しの休憩を挟んだ後、夕食までは剣の修行の時間となる。一日中酷使された身体は汗と砂埃にまみれてしまい、終わった頃にはどろどろのへとへとだ。我先にと井戸に駆け寄り、水桶に目一杯の水を張って頭からざぶりとかぶる。疲れが一緒に流れ落ちて行くような、至福の一瞬が訪れる。
三人とも着替えを持っていないので、着ている物を洗って干してしまえば、後はほとんど全裸のような格好で食卓につく。ミバールからは軽く顰蹙を買っているようだが、来客でもあった時には慌てふためくしかないのは確かだ。
「こんばんは。あの……すみません。」
半開きの扉の向こうから、声が聞こえた。我々ははっとしてテーブルの陰に身を隠す。ミバールはこちらに冷ややかな視線を投げ掛けつつ、応対へ向かった。
ほどなくして人が入ってきた。砂除けのゴーグルを着けた旅人の格好をしている、グリーンランダーの若い女のようだ。
「むさ苦しいところですまないね。女所帯だからあまり気を使わないでおくれ。そこに座りなよ。」
客人に椅子を促す。我々はやれやれとばかりに元の場所に座り、食事の続きを始める。旅人は俯いたまま促された椅子に座った。
「あんたたち、明日一番で着替えを買ってきなよ。もう恥ずかしいったらありゃしないよ…。」
反論の余地もなく、我々はばつの悪そうな顔を作って茶を濁す。――で、何だっけ?とミバールは女に話を催促する。
「あの……スーといいます。ジャレッドの使いでワールドエンドから来ました。彼から手紙を預かっています。」
荷物袋から取り出しおずおずと差し出されたのは、薄汚れてはいるが蝋で丁寧に封をされた硬い紙の封筒だ。受け取ったぺろみが強引に蝋をむしったので、封筒が少し破れた。中には一宿一飯の礼がしたためられたジャレッドからの手紙と、ワールドエンドまでの道順を示す手書きの地図が入っていた。年長者ならではの細かい気配りに心が和む。
ぺろみはおもむろに封筒の貼り合わせを剥がし始めた。その中にもさらに地図が描いてあったようだ。”REBIRTH”の文字の少し上に赤い×が記してある。ミバールから振る舞われた特製ダストウィッチを頬張りながら、スーが地図を覗き込んできた。
「…これは遺跡の場所を記した地図ですね。この手の地図はテックハンターの間では広く流通している物です。各地を巡って見つけた目ぼしい建物の場所に、印を付けておくんですよ。……わあっ、これすごく美味しいですね。」
見つけただけで中を探索しないのだろうか?私の疑問が透けて見えたのか、スーはさらに続ける。話していて興奮してきたらしく、口調は早くなり舌先は熱を帯びていく。
「建物の周囲に危険生物がいて近寄れなかったり、建物自体が施錠されていて入れない場合もあります。まあ、鍵は専用の工具で壊しちゃうんですけど…。あと建物の中にも危険が潜んでいる場合があるので、迂闊に立ち入ると危ないんです。特に一人旅の場合は!」
スーはもはや立ち上がってしまっている。その迫力に圧倒され、呆気に取られている我々を見て我に返ったようだ。すみません…と小さく呟き、再び椅子に座って縮こまる。
「…なるほどね!じゃあここを探したら、何か良いものが見つかるかもしれないって訳だね。ふーん……ねえ、わたしはもう一人で旅できるくらい強くなったと思う?」
私の顔をじっと見つめてくる。ぺろみには悪いがこれについては即答できる。黙って首を横に振る私を見て、がっかりした表情に変わった。
「旅をする上で必要なのは、危険を回避する為の知識と能力だ。戦いの技術は二の次だよ。」
スーが深く頷いて同意を表す。私だって伊達にスワンプから一人で出て来ていないのだ。
「えーっ!それじゃあいつまでたってもワールエンドに行けないよー!……んむうー、誰か一緒に行こうよー。」
ぺろみはそれぞれの顔をぐるりと見やり、やがて目を留めた。丁度良い奴がいたぞ、と言わんばかりの顔をしている。
「……わっ、私ですか!?…ええと…まあ、この辺りを少し見て周ってから帰る予定でいるので、その時で良ければ…。」
不意打ちを食らったスーが少し慌てる。同行者が見つかったのでぺろみは嬉しそうだが、それで万事丸く収まった訳ではない。
「なあ、旅は今じゃないと駄目か?ここはどうするんだ?また盗賊がやって来たら、どうやって守る?」
私が当然発生するであろう問題を提示すると、ぺろみはしゅんと肩を落とす。旅に出て欲しくない訳ではないのだが、戻る場所が無くなってしまっては元も子も無い。
ここで沈黙を貫いていたルカが口を開いた。
「…まあ、良いんじゃないか。ここの防衛は、この間の盗賊程度ならば私とジャグロンガーで何とかなるだろう。この場所をもっと発展させたいと考えているなら、新しい知見はいずれ必要になるだろうしな。」
ぺろみは目をきらきらさせてルカの両手を取る。さすが話が分かる!と抱き付かんばかりの勢いだ。
「その代わり、戻って来たら旅の間に休んだ分だけみっちり鍛えるから、覚悟しておけよ?」
不敵な笑みを浮かべるルカの顔を見て、ぺろみは硬直する。私はルカが信頼してくれている事が垣間見えた事が少し嬉しい。気分が良いので、旅立ちについてこれ以上異議を唱えるのはやめる事にした。
例によって客人に宿泊していくように勧める。やはりジャレッドの時と同じ反応が返ってきた。これまでの客人は旅人だったので、宿泊の際は各々が持参した寝袋を使ってもらっているが、そろそろ来客用の小屋とベッドを用意するべきだろうか。
干していた衣服はおおよそ乾いたので、身に付けて寝床に転がる。すると不思議と睡魔に襲われ、気が付くと朝になっているのだ。夢を見たのかどうかもよく分からないまま目が醒め、また一日が始まる。
スーは遅くまでぺろみと話し込んでいたようだ。ぺろみのベッドの脇に寝袋を敷き、二人ともまだ眠っている。ぺろみの旺盛な好奇心は、テックハンターに向いているのかもしれない。いずれはここを出ていって世界中を旅して歩くようになるのだろうか。寝顔を見ながらそんな事を考えていると、スーが目を醒ました。
テックハンターの嗜みなのだろうか、スーはジャレッドと同じように屋上でジョイントを吹かす。
「テックハンターのいろははジャレッドに教えて貰ったんです。彼の真似をしていたら、習慣になっちゃいまして…。ひと仕事終えた時とか、区切りの良いところで一服やるんですよ。……一本どうです?」
少しはにかみながら吸い殻を潰し、私にも勧めてきたが遠慮させて貰った。ハシシは癖になるとなかなか厄介なのだ。
「ぺろみの事だけど、その……迷惑じゃないのか?戦いの腕はまだまだだし、旅に関してはど素人だ。足を引っ張るかもしれないぞ?」
どちらかと言えばぺろみの身を案じて出た言葉だが、スーはこれといって意に介していないようだ。
「大丈夫ですよ!私だって初めはそうでしたし…。ここからであれば、ワールドエンドまでの道のりで気を付けるべきは野盗とオオカミくらいです。街道を通ればパラディンたちが常に巡回していますから、面倒な相手に追われた時は彼らに押し付けて逃げるのも常套手段のひとつです。」
なるほど、さすがジャレッドに師事していただけあって、無用な戦いは避けるべきものと心得ているようだ。きっとテックハンターの基本行動なのだろう。スーに任せておけば、ぺろみは安全に目的地へと辿り着けるように思う。
スーはワールドエンドまでの旅に必要な荷物や食糧の量など、情報が細かく書かれたメモを残して旅立って行った。四、五日ほどで戻って来る予定でいるとの事だ。旅の支度をするには十分な猶予があるが、ぺろみは明日にでも出発するかの勢いで荷造りを始めている。
ぺろみよ、そんなに急がなくてもワールドエンドは逃げはしないぞ。