夕食後のキッチンで、シオリが我々の衣服を繕っている。先日ハブで着替えを安く手に入れたのは良いが、それは所々にほつれや破れがある誰かの着古しだ。元々身に付けていた物も、日々の労働や剣の稽古であちこち傷んできており、ひと言で言えばとてもみすぼらしい恰好なのだ。
「作業台と型紙があれば、動物の皮をなめして丈夫な服が仕立てられるのですけど…。とりあえず今はこれで辛抱して頂きたいと存じます。」
シオリは盗賊に身を落とす以前、東の果ての砂漠地帯にある街で鎧鍛冶の見習いとして働いていたと話す。渡りに舟とはまさにこの事だ。設備と材料さえあれば、シオリに頼んで衣服をあつらえて貰う事が出来る。ぼろ布の古着とはようやくおさらば出来るという訳だ。
そういえば、ぺろみが読んでいた書物に革の衣服の製造について書かれたものがあったな。私はぺろみのベッドの周りに乱雑に積まれた本の山をひっくり返し、目的の書物を紐解く。それによれば皮なめし作業台と、革の服を作るための作業台は別々の設備のようだ。どちらもそれなりに大きく、設置には場所を取るだろう。今ある建物にはとても収まりそうにないので、小屋をもうひとつ建ててそれを作業場とするのが良いだろうか。
さっきより稜線の形を変えてなお険しい書物の山脈を眺めながらぼんやりと考えていると、ある書物が目に留まった。金属を使った鎧のための加工技術と鎖帷子について書かれたものだ。ぱらぱらとめくると、板金鎧を作るための鍛冶場についての記述を見つけた。
書物を持ってキッチンへ戻る。シオリはすでに服の修繕を終え、くつろいでいるところだ。
「シオリ、金属の鎧も作ったり出来るのか?」
件の頁を開き、金槌を振りかぶって鎧を作る職人の挿し絵を見せる。シオリは記述をじっくりと読み
「板金については修行の途中でしたが、詳しい製法が分かれば作れると思います。ただ、質につきましては作ってみない事には…。」
設備があれば可能である、という事だな。それならば鎧の製造設備もこれを期に揃えてしまおう。設備の材料として大量の鉄板が必要になるが、備蓄は十分にある。設置場所については、大きな建物をひとつ建ててそれをまるごと工房として利用すればいい。工房の建築に必要な資材は……トレーダーから買い付けるしかないか。隊商が来るまで一旦保留とする事にした。
私は松明を持って外に出る。ツルハシで地面をがりがりとえぐり、線を引いていく。工房では鉄をたくさん使うようになるだろうから、鉄の精錬機に近い方が良いだろう。設備は入り口に近い方から少しずつ設置していって――。
こんな事は明るくなってからやれば良いのだが、ぺろみの影響なのかすぐに行動に起こしたい気分なのだ。単純に計画するという行為そのものを楽しんでいるという部分も否定はできないのだが…。
あらかた線を引き終えて満足した私は、うんと背を伸ばす。その視線の先、遠くの山の斜面に焚き火だろうか、幾つかの明かりが灯っている事に気が付いた。誰かが野宿でもしているのであれば、それなりに大きな規模だ。闇の中を移動するのは危険だし、どこぞかの隊商が休んでいるのかもしれないな。私は大きな欠伸をひとつして、住み処に戻った。
朝食の席でミバールから衝撃の事実が告げられた。特製の肉入りダストウィッチ改め”カクティ・ミーティ”――ミバールの命名による。ぺろみ考案の”さぼにくぱん”は残念ながら却下された――は今日の分で最後なのだと言う。スクインで貰った大量の肉が遂に底をついてしまったのだ。これ以上肉を食べたければ狩りに繰り出すしかない。
「肉なしの食事など考えられないぞ。なぜもっと早く言わなかったんだ!?」
ルカは大きく落胆し、すぐにでも狩りに飛び出して行きそうですらある。私はルカを宥めつつ
「ヤギかガルを探しに行こうか?最近ガルの家族が近くを……」
私の提案を遮り、ルカは鼻息を荒くして曰く
「そんなものを探し回って遠くまで行ってはいられない。ヴェインの森をうろついていれば、獲物は向こうから寄って来るだろう?」
どうやら森に棲息する獰猛な獣を狙っているようだ。確かに獲物の方からこちらに出向いてくれるのであれば話は早いのだが、ヴェインはぺろみが怪我をして帰って来た場所だ。危険だがルカを放っておけば同じように一人でも飛び出してゆくだろう。今ルカに怪我でもされては堪らないので、気が進まないが私も狩りに同行することにした。
「おい!馬鹿どもめ!俺たちが友達になってやりに来たぞ!親友にだ!イェイ!」
騒がしい連中がやって来て外で何やら喚いている。狩りの支度をしていた私とルカはやれやれと腰を上げ、応対へ向かう。
「悪いけど友達は間に合ってるんだ。昨日、向こうの山で野宿していたのはお前たちか?友達同士、仲が良さそうで何よりだ。……それとそこに引いてある線を踏むな。消えてしまっては困る。」
招かれざるダスト盗賊たちの代表者と思しき男は、おっと失礼、と横へぴょんと跳ねる。
「……そうじゃねえ!ふざけやがって…。ビリーをやったのはお前らだな?」
しばらく前にここを占拠していた連中の誰かの事だろうか。向こうは名を名乗らなかったし、私も盗賊の名などには興味もない。大袈裟に肩をすくめて知りません、の仕草で返す。
「おい、どちらにしろやる気なんだろう?四の五の言わずにかかって来ればいい。…命が惜しくなければな。」
ルカは板剣を肩に担いで挑発的な態度を取る。久し振りの戦いの予感で気持ちが昂っている様子だ。あるいは食卓に肉が並ばなくなりそうな状況に対して苛立っているのかもしれない。私は日々の稽古で鍛えた剣の腕を試してみたい気分で、心がわずかに疼いている。
相手は四人の射手を含めた十二人の部隊。二人で相手をするにはいささか数が多いか。
「囲め!思い知らせてやれ!」
男の号令で剣を抜いた盗賊たちは散開し、我々はすぐに包囲されてしまった。
「後ろは任せたぞ、ジャグロンガー。訓練の成果を存分に味わうといい。」
ルカが突出し、盗賊たちを相手に戦いの幕が開ける。
私は斬りかかってきた一人の剣を身を逸らせてかわし、胴体を水平に斬りつける。相手は腹を裂かれて倒れた。二人目の剣を強打して打ち落とし、斬り上げる。相手は飛び退いて転がる。振り向き様に背後の三人目を狙って斬りつけるが、剣で弾かれた。一旦息を整える。
続いて一人の剣士が斬りかかって来たが、相手の太刀筋は一本調子で見切り易い。剣をいなしたその勢いに任せ、膝蹴りを腹に見舞う。みぞおちを強かに打たれ、崩れ落ちてえずく剣士。追い打ちで放った私の蹴りは顎を捉え、相手は昏倒した。このような動きが出来るのも、ひとえに修行の賜物と言える。これはいけるぞ、と思ったその時、右の太腿に鋭い痛みが走った。見るとクロスボウの矢が刺さっており、ズボンに赤黒い染みを作っている。
くそ!忌々しい奴め!私は射手に狙いを変え、矢が刺さったまま摺り足で近付く。射手は私を挑発しながら素早く後退し、次の矢をつがえている。狙いを定め引き金を引くかと思われたその時、 射手の顔はにわかに凍りつき、そのまま両の膝をついて前のめりに倒れた。その後ろでは笠と覆面で顔を隠した忍者が、刀に付いた血糊を払っている。忍者は何も言わずに頷き、機敏な動きで次の相手へと斬りかかってゆく。
その後ろ姿を見ながら私は思わず息を呑んだ。剣の腕は未熟だと言っていたがなかなかどうして、何とも頼もしいじゃないか。そしてこれは黒龍党の忍者たちが戦いにおいて高い練度を持つ事の裏付けでもある。
シオリの活躍により形勢はこちらに傾き、ダスト盗賊たちは多数の重傷者を出して敗走した。こちら側で負傷したのはどうやら私だけのようだ。私は自分の足に包帯を巻いた後、まだ息のある盗賊たちにも応急手当を施す。その代わり身に付けているものは全て頂戴するのだが、武具などは命に比べたら安いものだろう。処置の最中に起き上がろうとする者は拳で黙らせる。
「ありがとう、シオリ。助かったよ。あんなに動けるとは思わなかった。」
私の賛辞に対してシオリは首を横に振る。
「わたくしはここを住み処と決めました。住み処を守るのは当然の務めでございます。やはり戦いは好みませんが、狼藉を働く者があれば成敗する事もやむを得ません。…お怪我は大事ありませんか?」
私は負傷部分の少し横を軽く叩き、軽傷であることを伝える。
「フラットスキンはあの細い矢が刺さっただけでも大騒ぎか。その脚で狩りに出るのは無理だな。戦いで身体も暖まった事だし、私一人で行くとしよう。」
ルカはまだ暴れ足りないようだ。狩りの支度を取りに戻ろうとするその先に、シオリがバックパックを携えて控えていた。
「ルカ様、僭越ながらわたくしもお供させて頂きます。お肉と皮を獲りに参りましょう!」
ルカはシオリを一瞥し、無言で背を向けて歩き出す。そのまま右手を上げて、行くぞ、の仕草をした。それを見て駆け寄っていくシオリ。ルカはルカなりに新たな仲間を歓迎しているのだろう。
じくじくと鈍い痛みを放つ太腿をさすりながら、私はその場に腰を下ろして二人の背中を見送る。ぺろみが戻る前に治ると良いのだが。