Kenshi 二次創作   作:ぴこ山きゅん太郎

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拾参

 

「ただいまっ!」

 甲高くよく通る声が、就寝前のくつろぎの時を過ごすキッチンにこだまする。その聞き覚えのある声に、私の身体は反射的に椅子から立ちあがっていた。声の主の所へ、まっすぐ歩み寄る。

「やあ、おかえり。…少し痩せたか?」

 正直なところ少し寂しさを覚えていた私は、きっと誰よりもぺろみの帰りを待ちわびていたに違いない。抱き締めたい気持ちを抑え、少しだけ小さくなったように見える顔を両手で掴んで撫で回す。

「そうかな?食欲はあるよ。お腹ぺこぺこなんだ!」

 腹をさすりながらバックパックを床に下ろし、椅子に腰掛けたところで動きが止まった。視線の先には、シオリが立ってかしこまっている。

「ああ、紹介するよ。新しい仲間のシオリだ。」

 シオリは深々と頭を下げる。ぺろみは驚きに満ちた笑顔、といった風な表情で私とシオリの顔を交互に見やった。

「すごい!なんで?いつ来たの?」

 例によって尋問が始まる。ぺろみが食事を終えて私が就寝を促すまで質問攻めは続いた。

 

「ねえ!スケルトンって見たことある?」

 次の日も朝からぺろみの土産話が止まらない。今回の旅での見聞はぺろみを大いに刺激したようだ。とにかく聞いて欲しくてたまらないのだろう、のべつ幕なしひたすら喋りまくっている。部屋の中が賑やかになり、やっと日常が戻ってきたような気がする。

 旅の途中で立ち寄ったホーリーネイションの都市の事。どこも人の往来が多く、ひとつの都市に複数の酒場がある事。武具や雑貨商の品揃えが充実していた事。オオカミの群れから追われて走って逃げた事。ワールドエンドが切り立った岩山の頂にある事。トゥースピックの射程距離を遥かに凌駕する、超長射程のクロスボウの存在。屋内での農耕を可能にする水耕栽培の技術とその関連設備。この世界の成り立ちや歴史を研究する、大学と呼ばれる施設。そしてその施設の長であるフィンチ教授と、助手のイヨというスケルトンの事――。

 特にスケルトンに出逢った事は相当な衝撃だったようだ。身体中に電気が走った、とぺろみはそう表現する。私はその存在こそ知ってはいたものの、実際に生きて動いているところをこの目で見た事はない。私が知っているスケルトンは、スワンプにあるシャークという街の酒場の”看板”として、哀れにも文字通り磔にされているものだけだ。

 ボーダーゾーンの遥か東、ブラックデザートと呼ばれる地域にはスケルトンたちが住まう街があると聞いたようだ。興奮冷めやらぬ様子で次はそこへ旅をするのだと意気込んでいる。

「でも、スケルトンって危険なんじゃないのかい?ティミーだってひどい目に遭っていたじゃないか。」

 元オクラン教徒のミバールは、子供向けの物語を持ち出して眉をひそめる。オクランの民にとってスケルトンは邪神の造り出した悪魔であり、忌むべき存在なのだ。

「そんなことないよ!イヨはわたしたちと何も変わらないよ。姿はちょっと変わってるけど…ちゃんと服も着てるし。あとね、ご飯はいらないみたい。」

 ミバールの美味しいご飯が食べられないのは可哀想だね、と笑う。

 ジャレッドに会えたのか尋ねると、首を横に振って曰く

「スクインよりずっと南の方にあるクレーター?っていう所に行っちゃったんだって。一人じゃ危ない場所だから何人かと一緒に行ったみたい。」

 信頼できる仲間と一緒ならば、危険な土地を旅するのも悪くなさそうだな。私の相槌にぺろみが食いついた。

「でしょ!?わたしもまたみんなで旅したい!だから…ブラックデザートにみんなで行こう?」

 …迂闊だった。話題を変えなくては。私は工房の計画を思い出し、ぺろみを外に連れ出す。

 あれからやや時間が経ってしまったので、地面に引いた線はところどころ消えてしまっていたが、ぺろみからは上々の反応が返ってきた。あとは資材商のトレーダーがやって来るのを待つばかりだが…。 

「たまに来るハイブの人たちでしょ?いつ来るか分からないし、こっちから呼びに行こうよ。村の場所知ってるから!」

 

 ボーダーゾーンの西の端、我々の住み処がある丘の下にはヴェイン峡谷の森が広がっている。時折行商にやって来るウェスタンハイブのトレーダーたちは、森のどこかにある集落からやって来るらしい。ぺろみに導かれ、私は初めてハイブたちの縄張りへとやって来た。

 まず気になるのは、集落に近付くにつれて濃くなってゆく独特の臭いだ。古くなった肉のような鼻をつく異臭が立ち込めており、思わず咳込む。そして目に入って来たのは巨大な岩のような構造物。地面より少し高いところに階段の付いた穴があり、そこからハイブたちが出入りしているので何らかの建物であると分かる。この集落で五棟ほどあるその建物の全体をよく見ると、高いところに看板が掲げられているものがある。天秤の図柄が描かれた馴染みのある看板の建物を目指し、足早に歩を進める。

 集落の一角で何か獣を解体しているようだ。大きさから見てビークシングではないだろうか。作業に従事しているハイブたちがまるで獣の死骸にたかる虫のように見える。

「ニンゲン!ニンゲン!」

 グリーンランダーが珍しいのか、ひとりのハイブが近寄ってきた。四角い頭に付いた黒光りする大きな瞳で我々の姿をしげしげと眺め、気が済んだのか無言で去って行った。ハイブは表情の変化に乏しく、大半は個性が希薄で何を考えているのかよく分からない。

「今のやつ、ぺろみみたいだったな。」

 ふらふらと離れてゆくハイブを一瞥して軽口を叩く。抗議の視線が私の横顔に突き刺さる。

 ハイブは大きく分けて三つの種に分かれており、頭の形で見分けることができる。ひとつは縦長の角張った頭をしたワーカーと呼ばれる種で、主に単純労働を担当するようだ。もうひとつは横に幅広い頭をした種でソルジャーと呼ばれる。ワーカーよりも屈強で戦いを得意とする。そして最も我々に近い頭の形をした――とはいえハイブ然とした見た目ではある――プリンスと呼ばれる種だ。知能が高く社交性に富み、ハイブの集落以外の場所でも商店などを営んでいる個体を見掛けることがある。

 

「ニンゲン!よく来たな。取引をしに来たんだろう?」

 建物に辿り着き中を覗くと、外にいる者たちとは明らかに違う雰囲気のハイブがカウンターの向こうから我々を出迎えた。商人の服を身に付けたハイブプリンスは、この店の主のようだ。私はカウンターに歩み寄る。

「建築用の資材を届けて欲しいんだ。隊商を寄越してくれないか?」

 必要な量の物資を伝えると、店主は紙に走り書きをする。

「…まあ、いいだろう。十日のうちには届けよう。他には?」

 他には特にない…いや、待てよ。

「外でビークシングを解体していたな。あれは自分たちで食べるのか?」

 店主は腕組みをして頷く。

「ああ…まあ、食べるには食べるが。あれはここに入り込んで来たやつをバラしているのさ。あいつら、ブリキ頭以外の動くものは何でも食べようとするからな。」

 ブリキ頭とはスケルトンの事を言っているのだろうか。確かに食べるところは無さそうだが、あまりの謂われ様に思わず苦笑いする。

「滅多にはないが、日に三頭くらい来ることもあるぞ。肉は余るほど取れるし、皮は捨てる事もある。」

 私はその言葉を待ってましたとばかりに食い付く。

「それは勿体ない!捨てるくらいなら我々に譲ってくれないか?勿論ただとは言わない。ハイブはラムを飲んだりするのか?」

 カウンターに片肘をついて身を乗り出す店主。

「飲むさ!私はグロッグよりもラムの方が好きだね。あの焼けるような喉ごしがたまらん。」

 なるほど、ハイブにも酒の好みはあるらしい。

「なら取引しないか?獣の皮を五頭分でラムの大樽ひとつ。ものはなるべく傷みなしで頼むよ。どうかな?」

 店主はしばらく考えて、開いた手のひらをこちらに向けた。

「三頭分だ。ただし肉を付けよう。ニンゲンは新鮮な物じゃないと食べられないのだろう?」

 私は右手を差し出す。握手を交わし、交渉成立だ。 隊商に持たせてくれる手筈になった。

「ジャグロンガー、見て!」

 商談の間、店の中をうろうろしていたぺろみが何かを持って来た。眩しいほどの強い光を放っており、目が眩んだ私は光を手で遮る。

「光のランタンだ。持っている者を霧から護ってくれる。品質は我が女王のお墨付きだぞ。200キャット掛け値なし、土産にどうだ?」

 店主が提示した価格はずいぶん良心的だ。ひとつ貰っていこうか。私はポケットからキャットを取り出し、店主に支払う。ぺろみは嬉しそうにランタンを腰紐に通したが、重みでスボンがずり落ちそうになっている。諦めてバックパックにぶら下げる事にしたようだ。

「何か他に目ぼしいものはあったか?」

 ぺろみは店内を見渡す私を手招きして、ある棚の前で何かを広げて見せた。革ズボンの太腿部分に鉄の装甲板が施してあり、中は鎖帷子になっている防具のようだ。ずっしりと重いが、防具としての性能は悪くなさそうに思える。

「これなら脚に矢が刺さっても怪我しないよ!」

 …さっきの仕返しか?なかなか痛い所を突いてくるじゃないか!私はぺろみの頭をくしゃくしゃと撫で回す。

 幸いにも装甲付きズボンを含めた革の衣服の製法を記した書物が売られていたので、それらも買って帰ることにした。

 

 店の外に出ると辺りはもう薄暗くなっていた。ぺろみがランタンに灯を入れると、地面が明るく照らし出される。思ったよりも広い範囲を照らす事が出来るようだが、これは暗闇の中でもその外側から容易に視認できるようになるという事だ。旅をする上では一長一短だろう。

「危険な獣が寄ってきたら大変だ。今は消してくれないか?」

 はっとした顔で辺りを見回したぺろみは、ランタンの灯を消す。周囲は再び闇の中に沈む。

 我々はハイブの集落を後にし、住み処に向かって歩き出した。明日はサボテンの畑を拡張して、ラムの製造を始める準備をしなくてはならないな。そんな事をぼんやりと考えていると、隣を歩いているぺろみがやにわに私の左腕に抱き付いてきた。腕が柔らかい感触に包まれて、私の胸の鼓動が速くなる。

「ねえ、寂しくなかった?わたしが居なくて。」

 私の顔を、目を、笑顔でじっと見つめてくる。私は思わず目を逸らす。

「…いや、まあ。盗賊が来たりして毎日忙しかったし、それほどでも――」

 腕の締め付けが強くなり、ぺろみはますます私の顔を覗き込む。私の鼓動が腕から伝わってしまわないか心配になる。

 いたたまれなくなった私は立ち止まり、右手でぺろみの両の頬をぎゅうと掴む。うぎい…と妙な呻き声を洩らし、ぺろみは突き出た唇をぱくぱくさせる。愛らしい、変な顔。私は右手を引き寄せ、その唇を――。

 

 人差し指を使って開かないように押さえつける。左腕の束縛が緩くなった隙を突き、左手で小さな鼻をつまんで完璧な拘束が完成した。どうだ、苦しいだろう。

「……むわあっ!なんだよ!…もう!」

 息ができなくなったぺろみは私の両手を振り払い、平手で私の身体を叩いてきた。こんな風にじゃれ合うのも久し振りだ。私は笑いながらぺろみを抱き寄せる。

「寂しかったさ!いつ帰ってくるのか毎日心配だった。無事に帰って来てくれて嬉しいよ。」

 もうどこにも行かないでくれ、という言葉は飲み込んだ。そんなもので縛れるような女ではないし、かえって刺激してしまう気がしたのだ。

 残りの道のりは手を繋いで歩いた。こんな生活がずっと続いてほしい。そう強く願う夜になった。

 

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