それからというもの、私たちは毎日のように日の出から日暮れまで鉄の塊を崩しては売り、その日暮らしをしながら身なりを整え、ある程度の資金が貯まるまでになっていた。
「そろそろいいかなあ。」
酒場の裏手、街の要壁に登り、キャットの山をいくつかの塊に分けながらぺろみは切り出した。二千キャットくらいはあるだろうか。この街にある小屋がひとつくらい買えるだろう。そうすれば、寝ている最中に砂にまみれることもなくなる。私はこの地域に度々やってくる砂嵐に辟易していた。
何か考えがあるのか?私が尋ねると、ぺろみは少し微笑んで続ける。
「小屋を建てようと思う。ここから少し離れた場所にね、良さそうな土地があるんだ。」
その辺りは井戸を掘れば水が出そうだと言う。いつの間にか街の近辺を探索し、情報を集めていたらしい。乾燥に強い麦やサボテンの畑を作り、食糧にしようと考えているようだ。果たしてサボテンは食べられるのか?いや、それ以前に、ここを出て二人で本当にやっていけるのか?ハブに小屋を買って暮らす方が、まだ安全ではないか?
あれこれ思案してしまい、きっと神妙な面持ちになってしまっていたであろう私の顔を見て
「大丈夫だよ!毒がなければ何だって食べられるよ!」
笑いながら私の肩をポンポンと叩くぺろみ。あまり深く考えない性格のようだ。この先の暮らしに希望を持ち、楽しんでいるようにも見える。
私の胸の中のもやもやとしたものが、ぺろみの笑顔ですっかりと晴れていくのを感じた。どちらにせよ、ここでくすぶって日々を無為に過ごすよりは有意義だろう。私は黙って従うことにした。
下見を兼ねて、その場所まで案内してもらった。ハブからさほど遠くはなく、ほどよく広く起伏の少ない土地だった。小高い丘の上にあり、振り返ればヴェインの森を見渡すことができ、景色もそれほど悪くはない。
なかなか良い場所だ。率直な感想を伝えると、ぺろみは得意気な笑顔を見せた。
小屋の建築に必要な資材を、ハブの酒場で購入した。酒場に建築資材が売られていた事も驚きだが、聞けばぺろみが事前に店主に交渉し、トレーダーから仕入れてもらっていたとの事だった。よほど信用されていたのだろうか。
思えばぺろみは酒場の客にも愛想よく振る舞い、店主から給仕で働かないかと持ち掛けられる事もあった。この街の人々の荒みきってひび割れた心に、ぺろみの笑顔はきれいな水のように沁み込んだことだろう。私がそうであったように。
何度か往復して、資材を全て運び込んだところで日が暮れてきたので、野宿の支度を始めた。焚き火の脇に敷いた寝袋に座り、酒場で仕入れた生肉を焼いて食べる。空には大きな月といくつもの星々が光っている。風もなく静かな夜だ。
私はぺろみの身の上について、聞きたかったことを色々と尋ねた。ぺろみはハブに来る以前の事を全く覚えていないようだった。気が付いた時には、一人で街の中に立ち尽くしていたのだという。
パニックを起こしたりしなかったのか?私が疑問を投げかけると
「不思議と不安は無かったんだ。なぜかツルハシだけ持ってたから、これで出来ることをしようって。」
そう言ってまた笑う。生来の性格なのかもしれないが、度胸があるというか、肝が座っているというか。自分の身に降りかかる災難に対して、身の処し方を心得ているようですらあった。或いは無垢な子供のようでもあり、この世界にはびこる脅威を知らないが故の余裕であるような。
私はぺろみのあの顔を思い出していた。野盗に襲われ抱き起こされた時の、悲しみに歪んだ美しい顔。守ってやらなくては。そう思うまでになっていた。
「ねえねえ、起きて。ジャグロンガー。」
揺さぶられて目が醒めた。私を揺り起こすなんて珍しいな。ぼんやりとそんなことを考えていると、ぺろみは私の肩越しにある方向を指差した。辺りはまだ薄暗く、起きたばかりで焦点が定まらないが、どうやら遠くに生き物がいるようだった。次第に目が慣れてはっきりと見えてくる。そして私はゆっくりと寝床から体を起こし、刀を手に取った。
ボーンドッグ。群れを成して家畜や人を襲う事もあるオオカミの一種だ。幸い一匹だけのようだが、姿勢を低く保ち、少しずつ近づいてくる。どうやら狩りをするつもりらしい。獲物はもちろん、我々だ。
ぺろみはツルハシを握りしめて身構えている。武器を買っておくべきだった。もっとも、ぺろみにとってはツルハシも立派な武器なのだが。
目を凝らして様子を窺っていると、前に進む度に不自然な動きをする。どうやら前肢を負傷しているようだ。狩りに失敗して深傷を負ったか、群れでの争いに敗北して逃げてきたのか。どちらにせよ、手負いとはいえ相手はオオカミだ。噛み付かれでもすればただではすまないだろう。私は鞘から刀をそっと引き抜いた。
「怪我してるね。お腹空いてるのかな。」
ぺろみが耳元で囁く。
「そうらしい。でも油断するなよ。オオカミは手強いぞ――」
私はそう返し、横目でぺろみを見た。その右手には昨日の晩飯にした肉の残りが握られていた。オオカミに向かってゆっくりと歩を進めつつある。
おい、まさか。私は声にならない声でぺろみを思い止まらせようとしたが、聞こえる訳もなく。両者はもはや飛び掛かれる所まで近づいていた。
ぺろみは肉を持った手を前に差し出し、注意を引いている。オオカミは牙を見せて唸りながらも、差し出された肉に注目しているようだ。私は刀を両手で握り、オオカミの横腹に狙いを定めた。あと数歩でも近づければ、この刃を突き立てることができる。
すると、ぺろみは持っていた肉を放り投げた。オオカミの鼻先へぽとりと落ちる。一瞬たじろいだかのように見えたが、クンクンと匂いを嗅いでから勢いよくかぶり付いた。
今しかない。私は距離を詰める。オオカミは肉を食べる事に夢中だ。ぺろみに目をやると、向こうも私を見ていて、目が合った。右手を開き、手のひらを私の方へ向けている。攻撃するな、の仕草だ。私は「なぜだ?」の視線を送る。首を横に振るぺろみ。
そんなやりとりをしている間に、オオカミは肉を平らげてしまった。名残惜しそうに地面を舐めている。そして首を上げ、ぺろみの顔をじっと見た。もっとないのか?といった風な表情だ。ぺろみは両の手のひらをオオカミに向けてひらひらと振り、もうないよ、の仕草をする。その指先の匂いを嗅ぎ、ぺろぺろと舐めるオオカミ。
空気が変わるのが分かった。ぺろみはオオカミの横顔に手を触れ、撫で始めた。オオカミはその手を受け入れ、大人しくしている。空腹が満たされて襲う気が無くなったとはいえ、これほど簡単に人に慣れてしまうものなのだろうか?
緊張の糸が切れ、私は地面に尻をついて座り込んだ。もはや両手で撫で回されているオオカミに、私はぺろみと出会った時の自分を重ねていた。
「包帯取って、ジャグロンガー。」
ぺろみの声で我に返る。オオカミはすでに体を横たえていた。ずっと飼われていたかのような雰囲気すら感じる。餌をやった挙げ句に怪我の手当てまでするつもりか。私はやれやれとばかりに腰を上げ、荷物袋を漁り始めた。
ぺろみに手当てをされ前肢に包帯を巻かれたオオカミは、何度か振り返りながらゆっくりと去っていった。あまり長生きはできそうにないな。後ろ姿を見送りながら、溜め息混じりに呟くと
「そうかもね。でも放っておけないじゃない?」
と返ってきた。単なるお人好しのようにも思われ
「私もあのオオカミみたいに哀れに見えたのか?」
と皮肉っぽく問いかけると
「――そうだよ!」
意図が読めたのか、笑いながら私の肩にぽんと手を乗せる。
さて、そろそろ新しい生活に向けてひと仕事始めようじゃないか。私はうんと伸びをして、寝床の片付けを始めた。