Kenshi 二次創作   作:ぴこ山きゅん太郎

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弐拾

 

 漆黒の暗闇の中で、明々と燃え盛る家。私はその熱気をわずかに感じられる所に立ち尽くしていた。皆が水桶を持ち寄って水を掛けているが、火の勢いが衰えることはない。

「ホ……ロン…スはどう…た!」

 誰かが私の肩を乱暴に掴んだ。私は黙って燃えている家を指差す。皆が次々と燃え盛る炎の中へ飛び込んでゆく。その光景に背を向け、暗闇の中へと私は走り出す。ずっと、ずっと走ってゆく。急に脚がもつれ、そのままうつ伏せに転んで胸を打った。苦しい、息ができない…。助けてくれ…誰か……助けて!

 はっと目を見開き、私はベッドの上で目覚めた。夢だったか…ゆっくりと深呼吸をする。しかし身体が重くて息苦しい…。

「……ぺろみ、お前の寝床はここじゃないよ。」

 私に覆い被さり胸を枕にして眠っているぺろみを揺り起こす。ううん、と唸りはしたが起きる様子はない。なんだか酒臭い…また深酒をしたようだ。仕方のないやつだな……私はぺろみを抱き上げて本人のベッドまで運ぼうとして、違和感を覚えた。

 体格の割りにずいぶんと軽い気がしたのだ。身体の中に空気でも詰まっているかのような頼りない手応えに、私はふと言い知れぬ不安に苛まれた。ベッドに横たえて、長い睫毛にかかった亜麻色の髪をかき分ける。少女のような寝顔をしげしげと眺めて頬を撫で、額に小さく口づけをして私は自分のベッドに戻った。

 

 朝、ぺろみは夢見が良かったと言って何だか機嫌が良さそうだ。一方で私は昨日の夢を思い出し、少し嫌な気分になった。……昨日の事と云えば

「ぺろみ、あまりラムをやり過ぎない方がいい。毒で目が見えなくなるぞ。」

 機嫌が良いところに水を差したい訳ではないが、ぺろみがラムを飲み過ぎているのは事実だ。視力を失ってはもはや何をする事も出来ない。

「クロスボウを持てなくなるだけじゃない、歩くのだって難しくなるからには旅も出来なくなる。残りの一生を何も見えない暗闇の中で過ごす事になっても良いのかな?」

 それは困る!とぺろみはやや慌てた様子だ。しかしまだ納得がいかないのか、ミバールに真偽を確かめている。

「確かにラムやグロッグを飲み過ぎて、目が見えなくなったって話は聞いたことがあるよ。でもスワンプの“サケ”じゃあそういった話は聞かないねえ。」

 ああ、また余計な話を……。ぺろみの興味がサケに移ってしまったのが分かった。

「サケ…いいね!ここで作れるようにならないかな?」

 サケの原料は米だ。米の栽培には、多過ぎても足りない位の水が必要になる。あちこち水浸しのスワンプでならば容易に栽培出来る作物だが、大地が渇ききっているこの辺りでは、まず育てる事は叶わないだろう。土壌を常に水浸しにしていられるのならば、或いは可能かもしれないけれど……。

 ――といった内容の話を噛み砕いて聞かせる。ぺろみは少し考えて、何かを閃いたようだ。

「それじゃあ、水耕栽培でお米を作ろうよ。ワールドエンドで見たあの設備でなら、きっと出来るはずだよ。」

 ぺろみは次の旅への計画を具体的に練り始めた。シオリの造った衣服を持って出発し、スタックとその先にあるホーリーネイションの首都、ブリスターヒルへ立ち寄って取り引きをする。そしてその足でリバースの遺跡を探索し、最終的にはワールドエンドで水耕栽培の施設を見学する、という目論見のようだ。旅の道のりに無駄が少なく、テックハンターのスーと共にした旅で多くの経験を得られた事が窺える。きっと今回の旅も首尾よくいく事だろう。

 

 シオリはあれから布の服や革のサンダルなど、あまり手間の掛からない衣類を作ってはハブの街で安価に売り歩き、その売り上げで米を買って帰ってくるという日々を送っている。それをミバールに預けて(かゆ)にして貰い、アビゲイルに食べさせているのだ。そうした献身の甲斐もあり、アビゲイルはすっかり回復して自由に動き回れるようになっていた。

「あんたのお陰でシオリ姉さんもあたいも命拾いした…礼を言うよ。姉さんは黒龍党なんかよりもここに居る方がずっと幸せだ。これからも姉さんをよろしく頼む。」

 母屋に現れたアビゲイルは笠を持って刀を背負った姿だ。出ていくのか?私の問いに無言で頷く。

「なんで?ずっとここに居ればいいのに。あなたがいなくなったらまたシオリが泣くから、行かないで欲しいな。もしかして黒龍党に戻るの?」

 ぺろみの問いに対してアビゲイルは答えない。ぺろみは少し苛立ち、感情に熱を帯び始めた。

「刺されて殺されそうになったのに、これ以上どんな筋を通す必要があるの?…あなた死ぬつもりでしょう?せっかく助かった命を粗末にしないでよ!」

 アビゲイルが声を荒らげる。

「うるせえな!あたいの勝手だろ!…ブザンが許せねえ。姉さんを酷い目に遭わせたブザンに一矢報いてやんねえと気が済まねえんだよ!」

 そう言い捨てて(きびす)を返したところに、ハブから戻って来たシオリと鉢合わせた。シオリはアビゲイルの姿をまじまじと見る。

「……何処へ行こうというのですか?」

 少しずつ表情が険しくなる。アビゲイルは少したじろいだ様子を見せた。

「…ブザンに落とし前を付けさせる。姉さん、元気で。」

 出て行こうとするアビゲイルの腕を、強く掴むシオリ。

「やめなさい!…あなたに何が出来るというのですか?一度破れた相手にまた挑むなんて、馬鹿者のする事です。」

 でも…と言い淀んだアビゲイルの左の頬を、シオリは平手で強かに打った。

「思い上がらないで!下忍の分際で頭領とやり合おうなんて、思い違いも甚だしい!」

 アビゲイルを睨む。普段のシオリからは想像も出来ない、その鋭い眼光に私は息を呑む。

「……どうしても行くと言うのなら、わたくしを打ち負かしてからになさい。」

 

 私たちがいつも剣の稽古をしている広い場所で、シオリとアビゲイルが少し距離を取って対峙している。アビゲイルが鉄の棒を持っているのに対して、シオリは丸腰だ。どうやって戦うと云うのだろうか…。

 シオリは直立したまま動こうとしない。それどころか構えを取ることもせずにただ、立っている。シオリが微動だにしない事に業を煮やしたのか、アビゲイルは少しずつにじり寄ってゆく。やがて間合いに入ったが、シオリは尚も立ち尽くしたままだ。

 鉄の棒を頭上に振りかぶった。野盗たちが武器として好んで使う、あの鉄の棒だ。力を込めて真っ直ぐに振り下ろせば、シオリの頭を容易く打ち砕くだろう。

 しかし、アビゲイルは動かない――いや、動けないのだ。シオリの放つ気迫に圧倒されているのだろうか。その光景を(はた)で見守る私たちもまた、鎖で縛られたかのように動けないでいた。

 どのくらい時が経ったのか分からないが、長いことその光景が続いた気がする。やがてアビゲイルはゆっくりと腕を降ろし、両膝を突いた。無音の戦いに雌雄が決したのだ。

「……出来ないよ、姉さん。」

 アビゲイルは、泣いていた。ぽろぽろと溢れる涙を懸命に拭っている。シオリは立った姿勢のまま、真っ直ぐにアビゲイルを見据える。

「あなたには覚悟が足りないのです、アビゲイル。一時(いっとき)の激情に駆られて、己を見失っているだけなのですよ。」

 しゃがんでアビゲイルを抱き締める。その瞬間、私たちを縛っていた鎖も解き放たれ、身体が軽くなった気がした。

「ああ……アビィ、ごめんなさい。あなたは優しいから、誰かを傷つけるなんて出来っこない。あなた、一度だってその刀で人を斬った事がないでしょう?」

 アビゲイルは小さく頷いた。

「…姉さんには敵わないよ……何でもお見通しだ。」

 

 シオリに頭を下げられては断れる訳もない。アビゲイルはまろやか村の一員として迎えられる事になった。しばらくはシオリの小間使いとして働いて貰う事にしよう。

「まろやか村に上下関係はない。皆対等の立場だから…ああ、でもここのボスはぺろみだから、ぺろみの言う事は聞けよ?」

 ぺろみは複雑そうな表情を私に向けた。そんな顔をされても、ここを拓いたのがお前なら名前を決めたのもお前なのだから仕方がない。頼りにしてるよ、ボス。私はぺろみの肩にぽんと手を乗せる。

「はあ…しょうがないな。わたしの言う事を聞かないと……どうなっちゃうの?…怖いねえ!うふふ!」

 ぺろみはそう言っておどけて見せる。そろそろまろやか村という組織の長としての自覚を、少しで良いから持って欲しいものだ。

「ところで……“ブザン”とは何者なんだ?シオリは“頭領”と言っていたけど、黒龍党の頭領はディマクのはずだろう?」

 ふとした疑問を投げ掛けてみると、わたくしがお話ししましょう、とシオリが昔話を始めた。ブザン本人から聞いた話だとして語ったところによれば――。

 

 むかしむかし、あるところにスコーチランダーの男がいた。一介の泥棒に過ぎなかった男は、ホーリーネイションの農村などを中心に盗みを働く小悪党だった。しかしながら狡猾で盗みの技術に長けた男は捕まる様な下手を打つ事もなく、指名手配書が出回るようになるとその名も広く知られてゆく。

 男はやがて集まってきた同業の輩たちと共に、盗賊の一団を築き上げた。街や農村に留まらず、パラディンたちの詰めている砦や奴隷の強制労働施設にまで所構わず盗みに入り、その度に懸賞額も膨れ上がって男は得意の絶頂にあった。

 そんなところへふらりと現れたのが、現首領のディマクだ。シェク王国を追われた元百人衆のディマクは、その腕っぷしで盗賊団をいとも簡単に蹴散らした。所詮は泥棒が集まっただけの烏合の衆だ、束になったところで百人衆をどうにか出来るはずもないだろう。男はその強さに大層惚れ込み、盗賊団の首領の座を明け渡したのだ。“メイトウ”と呼ばれる一振りの刀と共に――。

 そうして首領に担ぎ上げられたディマクは一味と共に“黒龍党”として蜂起した。戦士としては優れた力を持ったディマクによって戦いの訓練を施された盗賊たちは“忍者”を自称し、いよいよ暴力をもって物資の強奪に乗り出した。そして首領ディマクの傍らに控えて襲撃の指示を出しているのが、その男“ブザン”なのである。

 

 ――おしまい。

 

「なるほど…人に歴史ありといった具合の話だな。黒龍党にそんな経緯があったとは私も知らなかった。」

 ルカは感心した様子で深く頷く。

「この場所はもうブザンの知るところとなっているだろうから、いずれ忍者たちがやって来るに違いない。これは面白くなってきたぞ。」

 近頃はダスト盗賊ですらあまり近寄らなくなってきた事もあり、ルカは新たな戦いの予感に喜びを隠す様子もない。

「戦いになったらあたい、ちゃんとやれるか分からないな…。」

 アビゲイルは弱音を吐いている。戦いの経験が無いというのはあながち嘘でもないらしい。

「私に組み付いて死ぬか生きるかの選択を迫ったあの時の勢いはどうした?」

 私のちょっかいにアビゲイルは赤面する。

「ありゃあハッタリだよ!あん時はあれしか思い付かなかったんだ。もちろん、命を取る気なんか全く無かったけどさ……。」

 ずいぶんと弱腰じゃないか…。アビゲイルを戦いの頭数(あたまかず)として期待するのは難しい。ルカに鍛え直して貰うしかないな。武器もなまくらだし、また厳しい戦いを強いられそうだ。

 そしてルカの予感した状況は、もはや目睫に迫りつつあるのだった。

 

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