Kenshi 二次創作   作:ぴこ山きゅん太郎

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弐拾参

 

 しばらくぶりにやって来たスタックは、今も変わらず(ひと)()に満ちた賑やかな街だ。まずは荷物の半分を占めている重たいラムの取引をしようと、私たちは前にラムを買ってくれた酒場を訪ねた。

「こんにちは。この間はありがとう。またラムを持ってきたんだけど、どうかな。」

 酒場の(あるじ)はこちらをちらりと見やる。その顔はやや(いぶか)しげな表情だ。

「この間って…ああ、ええと、いつ会ったんだったかな?」

 それほど長い時間が経っている訳でもないと思うが、もう忘れてしまったのか…?もっとも一度会ったきりだし、人の出入りが多いであろう酒場でいちいち相手の顔を覚えている訳もないか。胸に抱いた一抹の寂しさを振り払うように、私は商談を切り出す。

「はは…まあいいよ。ラムを売って歩いているんだけど、良ければ買ってくれないかな?」

 私はバックパックを床に降ろし、試飲用の瓶を取り出してみせる。

「ラムは……丁度切れてるな。ひと口試させてくれ。」

 主は前と同じように棚から小さなコップを取り出し、同じように注いでぐいとひと息に飲み干した。そして同じように左の眉をくいと上げて曰く

「……ああ、この間の!いやすまんね!前とは恰好がすっかり違うもんだから、気が付かなかったよ。」

 ああ…言われてみれば、確かに前回来た時は頭にターバンを巻いた商人の装いだったのを思い出した。それにしてもラムの味で思い出すとは……私たちのラムは他と何が違うのだろう?

「ずいぶん物々しい恰好だが、やっぱり物騒なのかい?ボーダーゾーンの辺りは――。」

 主と少しばかりの世間話をして、円満に取引を終えた私たちは酒場を後にする。

「ラム、全部売れて良かったね。割とすぐに無くなったって言ってたし、お得意様になって貰ってもいいかも。」

 (かさ)が減ってすっかり軽くなったバックパックを嬉しそうに小さく叩くぺろみ。背中に伝わるそのわずかな感覚が心地よい。

「まろやか村のラムは交易の種として通用するって事さ。ハイブからの引き合いも変わらずだし、もっと本格的に作り始めてもいいかもしれない。」

 その前にサケだよ、サ~ケ!ぺろみは未体験のサケにずいぶんと期待を寄せているようだ。ワールドエンドに着いたら酒場でサケを試してみようか。

 

「――こんなに丁寧に作ってある服が五千キャットなわけないでしょ!二万だって安いくらいなのに!」

 興奮したぺろみがカウンターを叩く。衣料品店に革の服を売り込みに来たは良いが、ぺろみに商談を任せたところいきなりとんでもない値段を吹っ掛けたのだ。横で聞いている私は冷や汗が止まらない。

「そうは言うがねお嬢ちゃん……。確かに品は良い物だよ。熟練した職人の技で作られた逸品のようだ。だけどそれを二万で仕入れた俺は、幾らの値を付けて並べればいいんだ?いくら物が良くったって、ここには一枚の革シャツに二万も三万も出す客は居ないんだよ。」

 それを聞いてますます噴け上がりそうなぺろみ。店主は助けを求めるような視線を私に送ってくる。……やれやれ。

「ぺろみ、高く買って欲しいのは分かるけど、さすがにその値段で売り付けるのは無茶だよ。物には相場ってものがある。このシャツを店に並べるなら、そうだな……少し高いけど一万六千キャットくらいだろう?どうかな?」

 店主は小さく頷く。そうなればこちらとしては一枚あたりの卸値が五千キャットでも御の字といったところだ。私に続いて店主が相槌を打ってくる。

「しかしその値段だと街の人たちはおろか、一般のパラディンでも手が出ないね。上級パラディンか審問官殿の目に留まって気に入れば、ってところだよ。皆つつましく暮らしているから、服に掛けられる額なんてたかが知れているのさ。」

 ぺろみはまだ納得がいかない様子だが、店主の方からこれ以上の譲歩を引き出すのは難しいと思える。この辺りが引き際だと思うが……。

「大きな商売がしたけりゃ、ブリスターヒルに行けばいい。聖王様のお膝元で上級パラディンも審問官殿もたくさん居るからね。良い物はそれなりの値段で売れるだろうよ。ただ、それだけに目は厳しいぞ。」

 ぺろみの目の色が変わったのが分かった。これは大変な事になりそうだぞ……。

「よし、それならブリスターヒルに行こう。今から行けば、夜には着くから。おじさん、ありがと。」

 こういう時の決断は躊躇がなく、そして強引に進めるのがぺろみの性格だ。革シャツをてきぱきと畳んでバックパックにしまい、くるりと踵を返して店を出てゆくぺろみ。私は呆気に取られる店主に軽く礼を言って、その後を追う。

「あのやり方はちょっと褒められないな、ぺろみ。一方的過ぎるし、相手の心証も良くはない。またスタックで取引をするつもりなら――。」

 スタックを慌ただしく発ち、街道を歩きながらぺろみをたしなめる。

「えへ、ちょっとやり過ぎだったかな。値段を聞くだけのつもりだったんだけど……。」

 小さく舌を出して決まり悪そうにするぺろみ。次は上手にやるから、と軽く返されてしまった。普段から愛想の良いぺろみだが、商売人としての適性はそれほど高くないのかもしれない。

 道中は滞りなくブリスターヒルへと辿り着く事が出来たが、元々はスタックで一泊の予定を急遽変更して移動を強行した為に、到着したのは夜がだいぶ更けてからの事だ。私たちは街に着くなり酒場の二階に宿を取り、ベッドに倒れ込むようにして横になった。

 翌朝、ぺろみはけろりとした顔で朝食を済ませ衣料品の店へと向かっていった。私はといえば、両足の筋肉が張ってしまって歩くのがやっとの状態だ。重い装備を身に付けているせいもあると思うが、この先のぺろみの旅に着いてゆく為にも更なる鍛練をしなくてはならないだろう。

 

「ご機嫌よう、旅の人。少し話せるかな?」

 酒場の奥の席でぺろみの帰りを待つ私に、誰かが声を掛けてきた。その方向へと顔を向けると、一人の男が近づいて来る。……ん?何か以前にも似たような事があったような――。

「俺はグリフィン。パラディンとして聖王様に長く仕えてきたが訳あって退役してね。見たところ一人のようだが、連れはいるのかな?」

 元パラディンのグリフィン――前にスタックであった傭兵稼業の男だ。私は挨拶を返す。

「…スタックで一度会ったね。ご友人は元気なのかな?」

 グリフィンは少したじろいだ様子を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻すと

「――さあね、あいつはただの顔見知りで特に親しい訳ではないよ。もしかして……ラム売りの?」

 どうやら私を覚えていたようだ。親しげな笑みを浮かべて向かいの椅子に座り、私の装いをしげしげと見る。

「…ずいぶん本格的な装備だ。テックハンターか傭兵のような出で立ちだな……。」

 まあ似たようなものだよ、と返した言葉はグリフィンの興味を引いたようだ。目的地、日程、同行者の事などを矢継ぎ早に質問してくるが、まるでパラディンに尋問されているようであまり気分が良くない。私はどう答えたものかと言い淀む。

「――おっと、つい歩哨だった時の癖が出てしまった。気分を害したなら申し訳ない。」

 思ったより礼儀正しく好感が持てる人物だ。少し興味が湧いてきた私は、彼がなぜここに居るのかを聞いてみる。

「スタックから戻る隊商の護衛をしていたんだ。ここで解散になったから、またスタックかバッドティース辺りに行く隊商を捕まえられたら、と考えているよ。」

 傭兵として主に護衛の仕事を請け負っているが、ずっとその日暮らしの生活が続いているのだと話す。そして頃合いを見て本題を切り出してきた。

「もし良かったら俺を雇ってみないか?戦いの経験はもちろん有るし、旅の邪魔はしないつもりだ。目的地は?」

 あまり気乗りしなかったがリバース鉱山の周辺に存在するらしい遺跡の話をすると、グリフィンは少し表情を曇らせる。

「…なるほど、ナルコの遺した建造物の調査か。確かに古い建物があるのは知ってる。…うむ…よし、案内しよう。」

 やはり地元の人間はこういう時に頼りになる。話に乗りかけたが、私はひとつ大事な事を思い出した。

「ところで、あんたを雇うには幾ら出せばいい?もっとも(ふところ)事情は芳しいとは言えないんだけどね。」

 グリフィンはその言葉を待ってましたとばかりに身を乗り出し、取引の話を始める。

「一日あたり三千キャット。あるいは前金で一万…いや、九千キャットも貰えれば、旅の終わりまで付き合おう。」

 日に三千キャット?あんたひとりで!?考えるよりも先に口から言葉が飛び出す。スワンプでなら五、六人ほどの傭兵隊を雇っても釣りが来る金額だ。一人で六人分の働きが出来る程の相当な手練れなのか、ただ吹っ掛けて来ているだけなのか……。どちらにしてもラムの売り上げだけで支払える額ではない。私は二の句が継げず、テーブルに頬杖を突く。やがて訪れた微妙な雰囲気に今すぐ席を立ちたい気分だ。

 

「おまたせ、ジャグロンガー。」

 ――助かった。取引を終えて戻って来た革の衣類商が、澱んだ空気を打ち払ってくれた。そしていつもの癖で私の向かいに座っている男の顔をじっと見る。

「おかえり。彼が前に話した元パラディンの傭兵だよ。…グリフィン、彼女はぺろみ。私のボ……友人だ。」

 突如現れたぺろみに()(すく)められてしばし凍り付いていたグリフィンは、やにわに立ち上がり自己紹介を始めた。さっきまでの態度とは打って変わって落ち着かない様子で喋り、所どころつっかえている。

「……へえ。わたし、ぺろみ。よろしくね、傭兵さん。」

 シャツの裾で一度拭いてからおずおずと伸ばした手で、ぺろみが差し出した小さな右手の先の方を摘むようにして握手を交わすグリフィン。額にうっすらと汗をかき、緊張しているように見える。もしかして女が苦手なのだろうか……?

「聞いて!やっぱり“聖王様のお膝元”のお店は見る目が違うね。献上品にしてもいい位の代物だ、って一枚八千キャットで買ってくれたんだよ!すごくない!?」

 私の方へ向き直り、戦果を報告してくるぺろみ。商いが上手くいって上機嫌のようだ。機嫌を良くしている今の内に、グリフィンの事を(はか)ってみる事にしようと話を切り出したが…。

「ん~……高いなあ。そんな大金に見合うだけの働きが本当に出来るの?」

 腕組みをして首を傾げるぺろみ。グリフィンには悪いが、ぺろみの金銭感覚がまともで良かった。

「革シャツが何枚か売れたからお金はあるし、道案内は助かるけど……あ、そうだ。」

 バックパックを降ろして中から売り物のシャツを一枚取り出したぺろみは、グリフィンの目の前に広げて見せる。

「お金は出せないけど、これと交換っていうのはどう?ブリスターヒルの専門店が唸った()()()の革シャツだよ。」

 グリフィンは半ば押し付けられるようにしてシャツを受け取り、肌触りを確かめ、裏地を見たり、掲げるようにしてみたり、せわしなく動いて品定めをする。

「…確かにこの辺りではなかなかお目に掛かれない上等品だ。…し、しかし戦いの時に着ていて傷めてしまうのが惜しい。やはり俺には――。」

 ぺろみはグリフィンの言葉を遮る。

「心配いらないよ。この服、ビークシングのなめし革で出来ててすごく丈夫だから。あなた、シェクの大鉈で斬りつけられた事、ある?」

 グリフィンは目を丸くしてぺろみ、そして私の顔を見る。私は大袈裟に肩をすくめる仕草で返した。そしてしばらくの沈黙の後

「……分かった、その条件で(うけたまわ)ろう。遺跡までの案内は俺に任せてくれ。その後は…状況次第で。」

 再び立ち上がり、今度は真っ直ぐにこちらへと伸ばして来たグリフィンの手を、私は固く握り締めた。

 

 

 

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