〔――ってなワケさ!まったくルルルルルルルナティックだと思わないかい?〕
ケイオスは道中で静かになる隙がない。ぺろみやグリフィンが相手をしてくれているので私は大いに助かっているのだが、その一方でクリプトは必要のない会話をあまり好まないようだ。
〔あれはいつもあの感じでね。熱心に聞いてくれる相手がいるおかげで、いつもより饒舌だがね。音声装置が損耗してしまったのもあのお喋りのせいだろう。〕
スケルトンも人間と同じように、性格のあり方は多様であるようだ。しかし二人は命を落とした仲間に対しても淡々としていて、心から嘆くような様子を見せない。たまたま二人がそういう性格の持ち主なのか、或いはこれがスケルトンという存在なのだろうか。物言わぬ残骸に成り果てたフロップは、生前どんな性格だったのだろう――スケルトンに対する興味が、私にも少し芽生えつつあった。
〔太古のスケルトンは音声を出さなくとも無線通信で会話できたらしいのだがね。現代の技術でも無線装置を作る事は自体は可能だが、スケルトンの身体に納まるように小型化するのは不可能だ。どうしても大きくなってしまう。〕
クリプトは世間話よりも歴史や技術に関する話になると、途端に口数が多くなる。あまりケイオスの事をとやかく言えないと思うが、もちろん私は黙って相槌を打つ。
無線通信…それにしても興味深い技術だ。住み処に居ながらにして遠くの相手とやり取り出来るならば、それほど便利な事はない。将来的な研究対象として、頭の隅に留め置くことにしよう。
私たちが歩みを進めるオクランの
そして尾根伝いに歩いたその道の終着点、岩山の天辺に見えて来たのが今回の旅の目的地、テックハンターたちの集う街――ワールドエンド。
〔諸君、我々は一旦ここでお別れだが、縁があればまた
クリプト、そしてケイオスと握手を交わし、私たちは街の入口で別れた。
「君たちに出逢わなければ、この街に来る機会なんか無かったに違いない。礼を言わせてくれ。」
グリフィンとも握手を交わし、互いの荷物を交換する。またのご用命をお待ちしているよ――そう言い残すとグリフィンは真っ直ぐに街の奥へと歩き去った。
そして取り残された私たち二人。ようやく辿り着いた街の景色を私はじっくりと眺める。オクランに
ぺろみは早く街に入りたくてそわそわしているが、私の肩にはずっしりと重い荷物がのしかかっている。これを持ったまま歩き回るのは難しい。
「ぺろみ、まずは宿を取って荷物の整理をしよう。必要な書物とそうでない物を分けてくれ。不用品は処分しないと、このままではお土産を持って帰れないよ。」
ぺろみは二つ返事で納得し、私たちは酒場へと向かう。
半分以上の書物は既に読んだ事があるか、似たような内容の物だったので雑貨商に売り払った。テックハンターの出入りする場所柄、書物が持ち込まれる事は少なくないようで売値は二束三文だったが、今は荷物が減ってくれればそれでいい。
「こんにちは!ブラックデザートに行くのにおすすめの帽子、ある?」
兜専門店に入るなり並べてある商品には目もくれず、まっすぐに
「ねえちゃん、あんな所に何しに行くってんだい?四六時中酸の雨が降ってて、熟練のテックハンターでさえ近寄りたがらない場所だぜ。」
ぺろみはクリプトたちからスケルトンの街の話を聞き、ブラックデザートへの興味がいよいよもって増してきたのだ。
「あの酸の雨の中を歩き回りたいってんなら、酸に強い革の帽子が必要だぜ。こういうのはどうだ。」
そう言って主が出してきたのは、アッシュランドの帽子と呼ばれる広いつばの付いた黒い帽子だ。彼の地から生還した冒険者が身に付けていたという由来のある代物だが、その噂が果たして本当なのかは怪しいところだ。
ぺろみが頭に乗せてみると、顔の半分が隠れてしまう程に大きい。もっと小さい物はないのか?
「……悪いけどうちで一番小せえやつだぞ、それ。もっと小せえのがお望みなら、作るしかねえよ。うちで承っても構わねえが、
シオリに頼んだ方が良い物が出来そうだ。ここは主の言う通りに型紙を買って帰ろう。
「マスクもあった方がいいと思うぜ。酸の雨が降ってるって事は、空気にも酸が混じってるって事だ。肺をやられて息が出来なくなっちまう。」
主は棚から取り出した二種類のマスクをカウンターに並べる。
「こっちはフォグマスク。金属で出来てて頑丈だがその分だけ重てえんだ。ねえちゃんが使うならこっちの三号防護マスクがいいんじゃねえかな。革張りで軽いし、機能は変わらねえ。ガスとか砂嵐なんかからも守ってくれるぜ。」
鏡の前に立ち帽子とマスクを合わせてかぶってみると、なかなかの怪しい見た目に二人とも笑いを堪えられない。この恰好ではどこの街に行こうとも、入り口で止められて尋問を受ける事は請け合いだ。そしてぺろみに合う大きさの物はやはり揃っていないらしい。製法を記した書物は安価だから、それを二種類貰う事にしようか。
衣料品店、武器店、クロスボウの店とはしごして、ぺろみはようやく満足したのか水耕栽培の施設を見学する気になったようだ。外に大きな貯水槽が置いてある建物に私たちは足を踏み入れた。
扉を縦にひとつ半くらいの広さがある浅い桶には水が張られ、上から照明を当てるための架台が組まれている。そうして昼夜問わず光を当て続ける事で、日没の後も作物が生長を続けるのだそうだ。水耕栽培に不向きなサボテンや綿花以外の作物ならほとんど何でも栽培出来るらしく、この建物ではグリーンフルーツがその枝に小さな実を付けている。
なるほどこの設備であれば米を作る事は可能であるように思える。ボーダーゾーンでは作れない米やその他の作物も収穫出来るようになれば、まろやか村の食卓も彩り豊かなものになるに違いない。もっとも料理をするのはミバールだから、彼女の手間がそれだけ増えてしまう事にもなるのだけれど。
管理者から運用に関しての諸注意などを事細かく尋ねては、メモに記してゆく。さしあたって必要になるのは設備を収められるだけの広い建物と、大量の水を蓄えておける貯水槽だ。これは帰ったらまた建物を造る日々が始まりそうだな…。礼を述べて建物を後にし、この街での目的を一通り終えた私たちは再び酒場へと足を向けた。
それにしても、街の人々がぺろみへと熱い視線を注いで来るように見えるのは、気のせいではないはずだ。すれ違う者は必ず振り返るし、離れた所で井戸端会議に興ずる者たちもぺろみを見ながら何か話しているような気がするのだ。愛らしい顔立ちだから目を引くのは分かるが、あまりにも黒々としている姿はやはり目立つのだろうか?私は旅立つ前のミバールの言葉を思い出す。
「サケはあるかな。二杯貰いたい。」
コップに波々と
「強い酒だから少しずつやるんだ。きっと気に入ると思うよ。」
私自身も口にするのはだいぶ久しぶりだ。一口含んで香りを確かめると、故郷の風景がありありと脳裏に浮かび上がって来た。飲み込めば舌に残るやや強い辛味、喉は熱くなり、そして鼻を抜けてゆく余韻――ああ、これだ。私はやはり米のサケが一番好きだな。
「喉が、かーってなるね。でも、おいしいかも。」
ぺろみはすでに半分くらい飲んでしまっているが、気に入ってくれたようで何よりだ。これからは住み処でもサケが楽しめるようになるかもしれないと思うと、少し嬉しい気分になってきた。続いてやって来たのは茹でたグリーンフルーツとミートラップ。
「これはあまり味がしないけど、サボテンよりは食べやすくていいね。わたしこれ好きだよ。」
薄切りのグリーンフルーツはしゃきしゃきとした歯応えで、サボテンのような強いえぐみもなく確かに食べやすい。ミートラップは肉をパンで巻いてから焼いたもので、丁度カクティ・ミーティからサボテンを抜いたような料理だ。これが美味しくない訳もなく、二人ともあっという間に平らげてしまった。
住み処では食べた事のない食事で腹も心もすっかり満たされた私は、ぺろみに出逢う前の日々を思い返していた。そして出逢ったあの日の事も。そういえば――。
「ハブに来る前の事を、何か思い出したりはしないのか?何かの拍子に記憶が蘇ったりとか、よくある話だと思うけど。」
ぺろみは黙って首を横に振る。
「ツルハシがずいぶん手に馴染むな、って事くらいかな。でも、いいんだよ、昔の事なんか。わたしはみんなと一緒にいる今がとても楽しいから。」
酒で良い気分になっているせいもあるが、ぺろみの言葉は胸に深く沁みてくる。誰かと一緒に居て楽しいなんて、ぺろみに会う前の私の人生では想像も出来なかった事だ。ここで私の良くない癖が頭をもたげて来た。
「ぺろみ…もし…もしもだけど、私が戦いで深く傷付いて、その…命を――」
そう言いかけたところで、ぺろみが私の後ろに視線を投げているのに気が付いて振り向く。
「……ぺろみさん?」
その声にぺろみは立ち上がり、二人は相擁する。声の主はぺろみの旅に同行してくれた、テックハンターのスーだったのだ。
「良かった!近くそちらに伺おうと思っていたんですよ。お二人ともお元気そうで何よりです。ぺろみさんと、ええと……」
…ジャグロンガー。私も立ち上がって握手を交わす。
「街で噂の的になってますよ、ぺろみさん。“ジャレッドが帰って来たのか!?”って。私もはっとしちゃいましたよ、その装い。」
視線の原因はやはりぺろみの姿だったのが分かったのだが、その理由は思いもよらないものだった。背丈もあまり変わらなければクロスボウを背負ってもいるし、この街ではどうやら“小柄で黒ずくめの人物はジャレッド”という共通認識が形成されているようだ。さぞかし有名な人物であるに違いない。
「丁度良かったです。お渡ししたい物があったので。」
スーは右肩に掛けていたクロスボウをテーブルに置き、バックパックを降ろしてその中から黒い布のような物を取り出した。近くで見ると鈍い光沢を放っているそれは、テーブルに置かれると微かに金属のような音を立てる。顔を近付けてよくよく見れば、これは黒染めの鎖帷子だ。
見た事のある形のクロスボウを前に、ぺろみは怪訝な顔をする。
「これ…レンジャーだよね。スーのやつじゃないでしょ?」
スーは僅かに微笑みをたたえたまま深く頷き、静かに口を開いた。
「父の形見です。父は……ジャレッドは、亡くなりました。」