Kenshi 二次創作   作:ぴこ山きゅん太郎

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弐拾捌

 

 ホーリーネイションの勢力圏において主要部分を占めるオクラン・プライドと呼ばれる地域は、ウェンドからの川の流れに沿って草原地帯が広がっている。農業を営む集落が点在している事からも、肥沃な土壌を持っている事は明らかだろう。

 大地が豊かであるという事は、獣たちの棲息にも適しているという事だ。ブリスターヒルを発ってスタックまで伸びる街道へと入り、左手に広がる川の流れを眺めながら歩いていると、獣の群れが川沿いをのそのそと移動しているのが目に入った。ぺろみは群れを指差して曰く

「見て、ラプターだよ。たくさんいるね。畑の野菜を食べちゃうから、この辺じゃ嫌われてるみたい。」

 …ラプター?あのずんぐりとした見た目は確かにラプターのように見えるが、ラプターっていうのはもっとこう、背中が棘々(とげとげ)していて如何にも厄介そうな見た目をしているものなんだけどな。あのラプターたちの背中には棘の代わりに(こぶ)のようなものが幾つもくっついていて、妙に可愛らしい見た目をしている。ひと口にラプターと言っても種類があるようだが、それでも厄介な事に変わりはないみたいだ。

 

 厄介な獣の群れを見送ってしばらく歩くと川の流れは次第に街道から離れてゆき、やがて荒涼とした大地ばかりが目に入るようになる。すると今度は厄介な人間の群れが目の前からやって来た。

「あれは何ていう獣かな?」

 冗談めかして尋ねてみると、ぺろみはくすりと笑って曰く

「あれは野盗っていう獣だよ。いつも腹ぺこで目に入った生き物は何でも襲う悪いやつだよ。」

 向こうも私たちに気が付き、足を早めて近寄って来た。なるほど、ぺろみの言う通り何にでも絡んで来るようだ。

「食事の時間だ。食糧を奪え!」

 ホーリーネイションの歩哨たちが巡回しているこの街道で、白昼堂々の盗賊行為とは恐れ入る。しかし走って逃げようにも荷物は重いし、私は足を負傷していて速く走れない。やれやれ――バックパックを降ろして剣を抜く私を見て、ぺろみがレンジャーを構えた。

 相手は十人ほどの集団。それぞれ鉄の棒で一応の武装をしてはいるが、ぼろを巻いただけの痩せこけた身体だ。数で勝るとはいえ、それなりの装備を身に着けている私たちとやり合おうとするのは無謀もいいところじゃないか?私は両腕を広げて制止する仕草をしてみせた。

「待て、悪いけど食糧はない。それと長生きしたければ見逃してくれないか。お前たち、ダスト盗賊たちと戦った事はあるか?バンドオブボーンズの戦士たちを見た事は?黒龍党の忍者に襲われた事は?」

 野盗たちはたじろいだ様子でお互いの顔を見る。無用な戦いは避けるべきだ。そのまま怖気(おじけ)()いて立ち去ってくれると有り難いのだが…。しかしリーダー格の男は黙っていなかった。

「ハッタリかますんじゃねえ!たった二人で何が出来るってんだ!」

 男が剣を振り上げた瞬間、その腕にクロスボウの矢が突き刺さった。矢は見事なまでに腕を貫通し、男は剣を取り落とす。振り向くと、ぺろみは慌てた様子でレンジャーを弄っている。まさかまた暴発させたのか?私は指を振ってや・め・ろ、の仕草を見せ、野盗たちに向き直る。

「あの女は私のボスなんだが……ご覧の通り血の気が多くてね。新しい玩具(おもちゃ)が手に入ったもんで、使ってみたくて仕方がないのさ。私たちに手を出すなら、お前たちは全員もれなく試し撃ちに付き合わされる事になる。もちろん……射撃の的としてね。」

 野盗たちは一層怯んで後ずさる。これはしめたものだ…と思っていたら、ぺろみが私の横に立っていた。抗議の視線と共に私の肩を叩く。

「ひどい言い草!私がやばい奴みたいに言わないでよ!」

 おっと、聞こえてしまっていたか。これは失礼。

「…でも試し撃ちはしてみたいな。あなたたち、的になってくれる?」

 (あなが)ち間違ってもいないじゃないか。ぺろみは次の矢をつがえて狙いをつける。これには野盗たちも堪らず我先にと逃げ出した。そうだ、それでいい。背中を見送りながら剣を鞘に収める。

「私の交渉術も大したものだろう?」

 バックパックを拾い上げる私へと向けたぺろみの視線は冷たい。

 

 スタックに到着したのは日が落ちてからの事だ。夜警の衛兵に軽く挨拶をして門をくぐる。野盗たちに食糧がないと言ったのは本当の事だ。すっかり腹ぺこになっていた私は酒場へと急ぐ。

「ぺろみ、ミートラップでいいか?私が買っておくから、先にベッドの手配をしておいてくれないか。」

 返事がないのでぺろみの方へ目をやると、さっきまで確かに隣に居たはずの姿がない。振り返っても目の届く範囲には居ないようだ。まったく…どこへ消えたんだ?私は来た道を引き返す。

 門をくぐった壁の内側、街へと降りる階段の陰に大きな黒い塊が見えた。私は小さく溜息をつき、それに歩み寄る。

「どうした、何か見つけたのか?腹が減っているのは分かるけど、拾い食いだけはするなよ。」

 しゃがみ込んでいるぺろみの横に並んで身を屈めてみると、そこに居る誰かに話し掛けているようだった。細い腕で膝を抱えて(うずくま)っているその人物をよく見れば、それはすっかり痩せこけた子供のように見える。顔も服も薄汚れて、野盗よりもみすぼらしい姿だ。

「何を聞いても首を振るばっかりなの。…ねえ、あなた、お腹空いてるでしょ?」

 相手はぺろみの問いには答えず、顔を膝に(うず)めてしまった。やれやれ、困ったな。ぺろみは納得するまでここを動かないつもりだろう。

「そこで何をしている。」

 声に振り返ると、一人のパラディンがこちらに近付いて来るところだった。これは丁度良い…私は右手を軽く上げて応える。

「子供が一人でここに座り込んでいるんだ。保護して貰う事は出来るか?」

 助けを求めると、パラディンは子供をちらりと見やる。

「…ああ、その子供は…。両親に異端者の疑いがかかって連行されたのだ。その子はまだ幼いから、聖王様の寛大なる御慈悲により(ゆる)されたと聞いている。」

 ぺろみは険しい表情で立ち上がった。…おっと、ここでパラディンと揉めるのはまずい。私はぺろみの肩に手を置いてなだめる。

「それじゃあ要するに孤児(みなしご)って事じゃないか。両親の代わりに誰か面倒を見てやらないのか?」

 パラディンは腕を組み、顎を(さす)りながら答える。

「その子が暮らしていた農家には新しい入植者が数名入ったはずだ。なのにここに居るという事は、逃げ出したか追い出されたんだろう。まあ、その……口が利けんだろう、その子。」

 そんな…と言いかけた私よりも先にぺろみが口を開いた。

「そんなの可哀想だよ。誰も面倒見てくれないなら、うちに連れて帰るから。」

 …ああ、やっぱりこの流れになったか。私がハブの酒場で声を掛けられた時を思い出す。

「おい待て、孤児だろうと宿無しだろうと聖王陛下の臣民だ。同意なく連れ去る事は誘拐の罪に問われるぞ。」

 パラディンの咎めるような言葉に対し、ぺろみは子供の方へと向き直る。行くよね?と問い掛けるが返事はない。全くの無気力、といった具合だ。ハブに居た頃の私は、きっとこんな風に見えたのだろうか。

「ああ……分かったよ、待ってくれ。実は俺もその子が気になっていたんだ。」

 パラディンは急に態度を崩し、周囲を気にしながら子供の様子を見るようにしゃがみ込んだ。手を伸ばして子供の頭をゆっくりと撫でると、その太い腕に付けた赤い組紐の腕飾りが揺れる。

「あんたたち、奴隷商なんかと繋がってないだろうな?」

 ――奴隷商?勘弁してくれ。例え食い詰めたとしても人身売買に手を染めるつもりはないぞ。私は大袈裟に腕を広げて否定の意を示す。

「本当か?信じるぞ。……なあ、お前。この人たちに連れて行って貰え。きっと悪いようにはしないはずだ。昔から俺の勘はよく当たるんだ。」

 パラディンの言葉に対しても子供は何も答えない。ここまでの絶望に苛まれる程の、何がその身に起こったのだろうか。するとぺろみはおもむろにターゲルムストを外し、子供を抱き締めて頭を撫で始めた。

「心配しないで。帰って皆で一緒にご飯を食べようよ。ベッドもあるから並んで一緒に寝よう。一人で居なくても良いんだよ。ね?」

 ようやくぺろみの気持ちが伝わったのだろうか、啜り泣く声が小さく聞こえて来る。

 

「あんたたちの恰好だと(ひと)(さら)いにしか見えない。門で呼び止められて尋問を受けるだろう。暗い内に街を出た方が良い。俺が門の照明を()()()()消すから、その隙に抜けろ。しくじるなよ。」

 脱出の手助けをしてくれるのは有り難いが、こんな事が露見すれば懲罰どころでは済まないのではないか?

「なあに、上手くやるさ。昔から誤魔化すのは得意なんだ。」

 私の心配をよそにパラディンはにやりと歯を見せる。

 南側の門の近くで待機し、照明が消えた隙を見計らって素早く通り抜ける手はずだ。自身の(いん)(ぺい)性に特化しているぺろみはともかく、私は静かに走る事は出来ない。音で気付かれてはせっかくの好意が台無しだ。

「ぺろみ、私が警備の気を引くから、その子を抱いて素早く通り抜けるんだ。街から離れたらランタンを灯して待っていてくれると嬉しいな。」

 えっ、でも…。ぺろみが何かを言いかけたところで門の照明が消えた。さあ、行くぞ!ぺろみの肩を叩き、私は門へ向かって移動を始める。

 案の定、衛兵たちは色めき立っている様子だ。一人が持ち場を離れて走るのが見える。

「どうかしたのか?なんだか暗いようだけど。通ってもいいかな?」

 無関係を装って衛兵に話し掛けると、全員が一斉に私に注目したのが分かった。ぺろみ、通り抜けるなら今だぞ…!

「照明の故障のようだ。通ってもいいぞ。」

 そうかい、ありがとう。私は衛兵に礼を言って離れ――

「待て。お前、この暗い中を明かりも持たずに出歩くのか?」

 一人の衛兵の鋭い指摘。何か言い訳をしなくては……。

「……いやあ、路銀をどこかで落としてしまったらしくてね。大した額ではないけど、そういう訳で今は文無しなのさ。宿には泊まれないし食糧もないときてる。それに街の中で野宿は御法度だろう?一旦外に出て寝袋を敷くさ。」

 それを聞いた衛兵は自分の腰に付けたポーチをまさぐり始める。そして取り出した包みを私に手渡そうとして来た。

「それは災難だったな。金は出してやれないが、これを持って行くといい。今夜の分の糧食(レーション)だ。」

 いや、そこまでして貰わなくても…。私は断ったが衛兵は包みをぐいと押し付けてくる。

「気にしなくていい。気を付けて旅を続けてくれ、兄弟。」

 やむを得ず受け取り、衛兵に礼を言ってその場を離れた。何だか少し後ろめたい気分だが、実のところ食糧は買いそびれたので丁度良かった。あの子供に食べさせてやろう。ふと振り返ってみると、門の照明はもう復旧しているようだった。あのパラディンが上手くやり過ごせていれば良いが。

 ホーリーネイションのパラディンたちは常に四角四面としていて融通が利かない印象だったが、思いのほか人情に(あつ)いものなんだな。個人差はあれ、やはり私たちと同じく血の通った人間だという事なのだろう。

 そんな事を考えていると、離れた所にぽつりと明かりが灯っているのに気が付いた。あそこでぺろみが待ってくれている――私の足取りは自然と早くなってゆく。

 

「やあ、待たせたね。パラディンに食糧を貰ったから、まずは野宿の支度をしようじゃないか。」

 岩陰に陣を張って寝袋を敷く。包みの中には二片のドライミートと四角い箱型のパンのような物が入っていた。パンを小さく割って口に入れてみる……何だかパサパサしていてあまり美味しくないな。口の中が乾いて水が欲しくなる。

「無いよりはまし!毒がなければ食べられるよ。」

 ぺろみがパンを三つに割って私と子供の手に乗せる。子供はそれをさらに小さく割って口に入れた。もぐもぐと口を動かしているが表情は固い。

「……な。これ、あまり旨くないよな。」

 私の問い掛けにしばし考えたが、とても小さな頷きを返してきた。良かった、意思の疎通は出来そうだ。

 食事を終えればあとは横になるばかりだ。もうすっかり気を許しているのか、子供はぺろみに(いだ)かれてすでに寝息を立てている。

 あの時ぺろみの目に留まらなかったら、この子はどうなってしまっていたのだろうか。私たちが引き合わされたのは運命の悪戯(いたずら)かオクランの神の慈愛か、或いは――。 

 

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