ガチャリ、と小気味良い音をたてて錠前が外れた。よし、と小さく呟いて開けた錠前を元に戻し、また鍵開けを始める。ぺろみは錠前外しの技術を自分のものにしていた。足枷への執着心が功を奏し、ミバールは縛られていた重い鎖からようやく解き放たれたのだった。後に残った足枷の錠前を使って、練習を繰り返すぺろみ。凝り性な性格なのかもしれない。興味があることにひたすら没頭する時間が多い。その好奇心がなければ、我々が今ここにこうして暮らしているというような事は、万にひとつも起こり得なかったように思う。
「もし奴隷にされそうになっても、これで逃げられるね。捕まったら教えてよね、ジャグロンガー。助けてあげるから。」
満面の笑みで縁起でもないことを言う。どちらかと言えば、危ないのはお前の方だと思うのだが。
牢に入れられても逃げ出せるのなら、泥棒だって出来るんじゃないか?と冗談めかしてみると、それはいい考え!とまんざらでもない様子だ。
朝から強い砂嵐が吹き荒れていた。大きくなった住居の屋根の上で、三基の風力発電機が勢いよく回っている。発電機の脇に新たに設置された蓄電池は、順調に電力を溜めつつあるようだ。いよいよ我々の生活も地に足が着いてきたように思えるのは、いささか自惚れが過ぎるだろうか。
その日、風に巻き上げられ視界を奪う土埃に紛れて、招かれざる客が訪れた。
「ここいらは俺たちの縄張りだ。挨拶もなしに色々やられたんじゃ困る。まあ、出すものを出せば仲良くしてやらんこともないがね。」
棘の付いたヘルメットが、見る者に威圧感を与える。サーベルとクロスボウで武装した男たちが八人。野盗よりもたちの悪い、ダスト盗賊団が現れたのだ。遂に目を付けられてしまった。遠くからでも目立つ建物が出来たせいだろう。
「残念だけど、お前たちに渡せる物は何も無いな。」
畑でサボテンの収穫を手伝っていた私は、ぺろみに下がっているように言い、盗賊のリーダーと思しき男の相手をする。
「ああん?そんなわけねえだろう。二千キャットで勘弁してやるってんだ。痛てえ目にあいたくなければさっさと出しな!」
男は私の胸ぐらを掴んで脅してきた。
「すまないが、金は本当にないんだ。……ああ、サボテンならいくらでもある。好きなだけ持っていくといい。」
現金が無いのは事実なので、サボテンでも渡して大人しく帰って貰うしかないのだが、それが聞き入れられるような相手であるはずもなかった。男は胸ぐらを掴んでいた手を離し、私の頬を拳で殴りつけてきた。私はバランスを崩し、尻餅をついて倒れる。男はさらに畳み掛けてくる。
「いいか、俺たちは泣く子も黙るダスト団だ。この辺で知らねえ奴はいねえんだ。金が出せねえってんならそこの女を貰ってって、奴隷屋に売り飛ばすまでよ。」
その言葉を聞いて、私は頭に血がのぼってゆくのを感じた。そんなことは断じて許さない。
戦うしかない。私が覚悟を決めて立ち上がろうとした時、ぺろみが私と男の間に割って入って来た。話が通じる相手ではない――私は止めようとして服の裾を掴もうとしたが、届かない。いきなり腕を大きく振って男の頭を殴りつける。ガチン、と鈍い打撃音がした。手には鉄鉱石の塊を握っていた。
ヘルメットで守られはしたであろうが、それなりの衝撃はあったようだ。ヨタヨタとよろめいて頭を押さえる。手下たちは色めき立ち、各々の武器に手を掛けた。
ぺろみは臆する様子もなく、なお毅然と立ち塞がっている。私は立ち上がり、剣を抜いた。ぺろみたちを逃がそう。この人数を相手にどこまでやれるだろうか。
「――おい、待て。」
殴られた男が手下たちを制した。
「お前、なかなか肝が座ってんな。俺は気の強ええ女は嫌いじゃねえ。今回はお前に免じて、これであいこにしてやるよ。ただし、この件はうちの頭に報告させて貰う。」
次に会うのが楽しみだぜ、と捨て台詞を吐いてダスト盗賊団は去っていった。こちらとしては金輪際御免こうむるのだが。
私は剣を納め、ぺろみに礼を言う。また助けて貰ってしまったな、と言って軽く自己嫌悪感に陥る。もっと強くなりたい。あんな連中など一瞬で切り伏せてしまえるくらいに。
「ありがとね、ジャグロンガー。大丈夫?」
ぺろみが私の顔に触れ、殴られた辺りを優しくさする。柔らかく、暖かい手だ。痛みが引いていくような気さえした。あの時のオオカミもこんな気分だったのだろうか。
砂嵐はいつの間にかおさまって、空の青は深みを帯び始めていた。
盗賊の男は、我々の事を首領に伝えると言っていた。首領とは、ダストキングという名で知られる賞金首の事だ。ダスト盗賊団は近いうちに襲撃を仕掛けてくるに違いない。
身を守るために何か対策を立てなくてはならない。ぺろみとミバールは武器の扱いには慣れていないし、私だって戦いが得意な訳ではない。傭兵隊を雇って守って貰うという手もあるが、そもそも資金がない。金の工面をしている間に連中はやって来るだろう。三人でどこかに逃避行か?逃げたとて危険は何もダスト盗賊団だけではない。別の脅威に置き換わるだけの話だ。八方塞がりだな…頭が痛くなってくる。
「もっと仲間が欲しいね。できたら一緒に戦ってくれる強い仲間。」
私の頭の中身を覗いたのかと思うようなタイミングで、ぺろみがそう切り出した。強い仲間…戦いが得意な者――戦士か。私はある閃きを得た。
「――スクインに行ってみるか。」
ここから少し南に、スクインというシェク王国の街がある。シェク王国はかつて、ホーリーネイションと戦争で渡り合うほどの国力を持っていた。シェクは戦いの中に生き、戦いの中で死ぬことを誉れとする種族だ。男女とも気難しい性分で取り扱いには慎重さを要するが、共に戦う仲間としてはこの上なく頼もしい。私はスクインで仲間を探そうと考えていた。
「ぺろみ、ここを棄てる覚悟はあるか?」
わざと深刻な雰囲気を醸し出しながら問う。もちろん帰って来るつもりではいるが、ダスト盗賊団の襲撃が確実視される以上、あながち大袈裟な話でもないのだ。出掛けている間に建物が占拠されたり、あるいは破壊される恐れだってある。
「大丈夫だよ。わたし最初は何も持ってなかったんだよ?いくらでもやり直せるよ。今はジャグロンガーもミバールもいるし。ね?」
ぺろみは笑いながら隣を見やる。
「あたしは…二人に付いていくよ。どうせ帰る場所も無いしね。その代わり、危ない時は助けておくれよ?」
ミバールが頷きながら答えた。
「…決まりだな。それじゃあ――」
我々は早速旅の支度を始めた。しばらくの間戻っては来れないだろうから、収穫できる作物は全て食糧にして、バックパックに入るだけ詰め込んでいくことにした。ぺろみにとっては初めての遠出だ。これは持って行く?これはどうする?目に付いた物をひとつずつ指さしながら是非を聞いてくる。少しはしゃいでいるようにも見える。
「荷物はなるべく少ないほうが良いけど、必要だと思うなら持って行けばいい。持てる分だけにしろよ。邪魔になった時は捨てるからな。」
捨てると言われた事が余程衝撃だったのか、改めて荷物の選別を始める。この様子ではまだまだ時間がかかりそうだ。ミバールは作り終わった大量のダストウィッチを、一日分毎に細かく分けている。こちらももうしばらくかかるだろう。今の内に剣の手入れをしておこう。
野宿の道具と、身を守るための武器、食糧にその他の荷物袋。さしずめちょっとした隊商のようになってきた。私は自分のサーベルとぺろみに持たせる刀の手入れを終え、先に就寝することにした。
翌朝、天候は晴れ。空気はいつもと変わらず乾いている。絶好の旅立ち日和ではないだろうか。
目的地に辿り着くまでに命を落としては元も子もない。移動中は周囲をよく警戒する事。いざという時は荷物を捨てて逃げる事。逃げる時はなるべく散り散りになり、南方のスクインへ向かう事。危険に遭遇した時の行動を取り決めて、我々は住み処を後にした。