スクインへと向かう旅路は、すこぶる順調だ。――というのはついさっきまでの話なのだが。
我々は今、ダスト盗賊団の一部隊と対峙している。スクインの街が遠くに見えてきたところで気が緩み、盗賊の接近を許してしまったのだ。気が付いた時には、すでに武器を構えて近寄って来ていた。迂闊だった。私がもっと気を引き締めてさえいれば。
出発前に決めた通り、逃走を試みる。スクイン周辺の大地は岩がちのでこぼことした斜面が多く、歩き慣れていない我々は上手く走る事が出来ない。もたついている間にも盗賊たちは斜面を滑るように下り、距離を詰めてくる。街まではあと少しなのだが…。
「ミバール、スクインまで走れ。外に警備が居るはずだ。助けを求めてきてほしい。」
無言で細かく頷いてバックパックを下ろし、我々を背にして走り出す。
「やるぞ、覚悟は良いか。」
ぺろみの方に目をやると、刀を抜いて構えており、すでに臨戦態勢だ。
相手は剣士が五人に射手が三人。全部で八人、先日住み処にやって来た連中と同じ編成だ。
「さあどうした!二人に向かって八人がかりか!ダスト盗賊ってのは大したことないんだな!」
なるべくぺろみに注意が向かないように、大声で挑発しながら間合いを測る。そんな私の気配りをよそに、ぺろみは突出する。射手から三本の矢が放たれた。が、狙いが甘いようだ。一本は外れ、もう二本は仲間の方に当たってしまった。
痛てえ!おいやめろ!至極もっともな怒号が飛び交う。私は混乱の隙を突き、剣士に斬りかかった。利き腕を狙って斬りつける。武器が振れなければ逃げ出すだろう。命まで取るつもりはない。
剣は盗賊の腕を捉えた。しかし手応えは今ひとつ。私の剣は全体が赤錆びており、研いだは良いが全体に刃こぼれが酷いなまくらだ。相手にわずかな裂傷と打撲を負わせたに過ぎなかった。
逆上して力任せに振り下ろしてきた剣を、刀身で受ける。衝撃が腕から肩へと伝わる。かなりの腕力だ。次の一撃を振りかぶっている。体の守りはがら空き。私が下から斬り上げた刃は、相手の胴体を捉える。手応えあり。盗賊は脇腹を押さえて地面に転がる。
ぺろみは射手を一人倒したようだ。射手たちは鉄の棍棒に持ち替え、二人で殴りかかっている。刀でいなして相手の腹に蹴りを見舞ったりしているが、あまり効いていないように見える。
余所見をしている隙を突かれ、私は左腕を斬りつけられてしまった。こちらはもはや四人の攻撃を受けるのに精一杯だ。だんだんと腕が痺れてくる。息も上がってきた。そして守りが薄くなったところを更に斬りつけられ、私は遂に倒れ込んでしまった。しかし攻撃の手は緩まない。脚や脇腹に何度も蹴りを入れられ、痛みで意識が遠のく。ぺろみは棍棒で打ちのめされ、倒れているようだった。くそ!また守れなかった。悔しさと同時に怒りが込み上げる。
盗賊たちは動けなくなった私から離れ、ぺろみの周りに群がった。何をするつもりだ…着ている物を脱がそうとしているのか?まさか――そんな事は絶対にさせない!私は渾身の力を振り絞り、立ち上がった。…戦い続けなければ!
私が再び剣を構えたことに気が付いた盗賊が数人、こちらへ向き直り、立ち上がる。ぺろみから離れろ。何かしたらその首を斬り裂いてやるからな!無力な自分への怒りは、男たちへ向けた殺意へと変わっていた。
薄ら笑いを浮かべながら、じりじりと近寄ってくる。左腕がじんじんと疼く。私は歯を食いしばり、剣の柄を握りしめた。すぐにでもこいつらを斬り伏せて、ぺろみを助けなければ。
盗賊たちが急に顔色を変えた。驚き、あるいは怯えにも似た表情だ。今ひとつ状況を掴めないでいる私の肩を、何者かががっしりと掴む。
「人様の庭先で何をやっているんだ、フラットスキンのクソ虫ども。」
私を遥かに凌駕する大きな体躯、頭から伸びる数本の太い角。そして背中には身の丈ほどもある巨大な剣…いや、もはや鋼の板を携えている。
シェクの戦士が現れたのだ。戦士は私の前に出て立ち塞がる。
「弱い旅人を襲う事でしか餌を獲れない雑魚どもめ…今すぐこの地から消え失せろ!」
長い柄の付いた鋼の板を、両手で構えながら盗賊たちに迫り、勢いよく薙ぎ払う。ひゅう、と風を切る音がした。まとめて弾き飛ばされる盗賊たち。その衝撃は如何ばかりか。一人などはそのひと太刀で片腕をもぎ飛ばされてしまった。
助かったのか…?私は膝からくずおれる。気が付くと盗賊たちは全員が地面に転がっていた。
「ジャグロンガー!大丈夫?」
ぺろみが乱れた衣服を直しながら近寄ってくる。ああ、またあの時の顔だ。その顔は見たくなかったんだ。
「ごめんな、ぺろみ。また――」
ぺろみの横顔に手を触れる。その頬が私の血で汚れてしまった。もはや目の前は滲んでよく見えない。ごめん、ごめんな――嗚咽混じりに口をついて出るのは、謝罪の言葉ばかり。それ以外の言葉は思い付かないし、何を言っても言い訳にしかならない。ぺろみは私の頭に両腕を回し、抱きついてきた。
「泣かないで、ジャグロンガー。ごめんね、わたし死んだふりしてたの。服を脱がされそうになったのは、ちょっとびっくりしたけど。ねえねえ、あいつの顔を石でぶん殴ったの見た?」
私の頭を撫でながら、少しひょうきんに振る舞う。はは、お前は賢いな。鼻水をすすりながら応えた。
「はあ…はあ…。遅く…なって…ごめん。ふう、ジャグロンガー、間に合って良かった。ずいぶんひどくやられたね。すぐに包帯を出すよ。」
ミバールが遅れてやって来た。どうやらシェクの戦士を連れて来てくれたようだ。おかげで命拾いした。
傷口周辺の血を水で洗い流してくれるが、猛烈に沁みる。その痛みに思わずうめき声が漏れた。ぺろみはまだ私の頭にしがみつき、私がうめく度にぎゅっと締め付けてくる。心地よい息苦しさに少し恍惚としてしまう。応急処置が終わる頃には、私はだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「なんだこれは!ダストウィッチばかりじゃないか!」
シェクの戦士が大声で喚いている。
「仕方ないじゃないか。それしか持ってないんだよ。いいからひとつ食べてみてごらんよ。」
ミバールがひとつ取り出して戦士に手渡す。
肉はないのか、肉は……。ぶつぶつと不満を述べながら、ひと口齧る。しばしの硬直の後、むしゃむしゃと食べ始めた。
「俺の知っているダストウィッチと違うな。何と言うか…瑞々しい。おい、これをあと十五個くれ。隊の奴らに配りたい。」
どうやら気に入ったらしい。当然だろう。ミバールのダストウィッチは進化を遂げ、もはやただ不快なだけの食べ物ではなくなっている。
「お前たち、肉を食え。こんなものばかり食っているからひょろひょろで、あんなクソ虫どもにも勝てんのだ。もっと肉を食って筋肉を付けろ、この俺のようにな!ガッハッハ!」
肘を曲げて力こぶを作ってみせる。その腕でダストウィッチの包みを抱えて、シェクの戦士は上機嫌で帰って行った。
「すまないね。助けてくれって言ったんだけど、それだけじゃ動いてくれなくてさ。”フラットスキンのいざこざなど我々には関わりのない事だ”とか言っちゃって。」
代わりに食糧を渡すことを条件にしてようやく説得に応じ、渋々ながらやって来たとの事だった。半分以上を持って行かれてしまったが、それで命を落とさずに済んだのなら、釣りが来るというものだ。
それにつけても私に必要なのは、あのシェクの戦士のような強さだ。肉体的な強さはもとより、複数を相手にしても決して臆することのない強靭な精神。肉体が強くなれば、自然と備わってくるものなのだろうか?
そしてやはりシェクの仲間が欲しい。我々のために身を呈して剣を振るってくれ、などという都合の良い願いを、快く聞き入れてくれるような人物がスクインにいるとは思い難いが…。
日はすでに陰りつつあり、間もなく辺りは闇に包まれるだろう。早めに宿を確保して、すぐにでも横になってしまいたい。まだ倒れている盗賊たちは、オオカミにでも食われてしまえばいい。我々は再びスクインへと向かって、足早にその場を去った。