スクインヘ到着した時にはすでに日が落ちていたので、我々は宿を確保して戦いの傷と疲れを癒すことにした。
ベッドの上で上着を脱ぎ、自分の身体の具合を確かめる。私は数ヵ所を浅く斬られたのと、全身を蹴り回されたのでたくさんの痣が出来ていた。このくらいであれば軽傷と言えるだろう。次にぺろみの服を捲る。少し嫌がったが、誰も見てはいないから、となだめる。鉄の棍棒で打ち据えられたため、白い肌に赤黒い痣がいくつか出来てしまっていた。その痣にそっと触れ、私は再び悔しさを噛み締める。
痛あい!ぺろみが小さく叫ぶ。おっと、ごめん。しばらく痛むだろうが重傷ではない。捲り上げた服をゆっくりと戻す。宿のベッドは敷いてあるものが硬く、傷だらけの体には寝心地があまり良くなさそうだったので、上に寝袋を敷いて寝ることにした。少しはましになれば良いのだが。
翌日、じんわりと痛む身体の節々をさすりながら階下の酒場へと降り、その一角を借りて食事を済ませた。すでに数人の客が居るが、当然ながらシェクばかりが目に付く。ぺろみは周りをきょろきょろと見渡し、客の一人に狙いを定めたようだ。
こんにちは!と声をかけながらテーブルの向かいの席に座る。突如現れたフラットスキンの奇妙な女に動じる様子もなく、そのシェクは静かに挨拶を返す。私も少し遅れてぺろみの隣に座った。左腕の包帯が気になったのか視線を感じたので、昨日ちょっとあってね、とだけ喋る。
席に着いてよりこの方、ぺろみはシェクの顔、というよりは頭をしげしげと見つめている。私は相手が気を悪くしやしないかと思い、終始気が気ではない。しかしぺろみが興味を持つのも無理からぬ事だ。シェクの頭には、その特徴的な角が生えていなかったのだ。
「何だ。頭の角を探しているのか?フラットスキン。」
ぺろみからの探るような視線に耐えかねたのか、我々への侮蔑を込めた一言を放つ。
フラットスキンという言葉は、シェクたちが我々のようなグリーンランダーという人種を指して呼ぶ時に使う、蔑称のようなものだ。シェクは身体の一部にごつごつと盛り上がった硬い皮膚を持ち、それがある種の鎧のような役割をするという。それを持たない我々は、平たい肌――フラットスキンという訳だ。
少しばつの悪そうな顔をして、ぺろみは応える。
「うん。えっと、その……角はどうしたのかなあって。」
上手い言い訳が思い付かなかったのか、単刀直入に疑問をぶつけた。私はシェクが今に怒り出したりしないかと、横で肝を冷やしている。そんな心配に反して、シェクは小さくため息をついて問う。
「ひとつ聞かせてくれないか。戦場において残っているのは自分一人だけになり、周りは敵だらけだ。そんな時、お前ならばどうする?」
ぺろみは少し考えて、死んだふりをする、と答えた。ぺろみらしい答えだ。昨日の死んだふりは、あまり上手くいかなかったようだけれど。シェクはふん、と鼻で一笑して続ける。
「ずる賢いフラットスキンが考えそうな事だな。我々は違う。最後まで戦い、果てるのがシェクの戦士としての使命だ。しかし――」
少しずつ表情が険しくなってゆく。
「私は生き残ってしまった。そして逃走者の烙印を押され、角を切り落とされた。戦士としての地位も失い、今や奴隷同然の有り様だ。」
それっきり黙ってしまった。重い空気に包まれる。店の外から聞こえてくる喧騒の中に、今すぐに席を立って逃げてしまいたい気分だ。
「…でも、生きてるよ。生きてたら、まだ戦えるし、きっとまた活躍できるよ。」
その場を取り繕うかのようなぺろみの言葉ではあったが、私もうんうんと頷いて同意する。生きてさえいれば、チャンスはある。それは真実だと思うのだ。
確かにそうかもしれないな、シェクは小さく呟く。
「ところでお前たちはどうしてここに来たんだ?放浪者のようには見えないが。」
本題に入る時が来た。待ってましたとばかりに、私はスクインへとやって来た顛末を話した。シェクは私の話を興味深々といった表情で聞き、なるほどと頷く。
「今の生活から抜け出すには都合が良いかもしれないな。戦いの中に身を置く事は私の願いでもある。そういう事なら、お前たちと一緒に行くとしよう。」
やったあ!と興奮気味に立ち上がるぺろみ。我々は固い握手を交わし、歓迎の証しとした。
ぺろみは初めて訪れる場所に好奇心を刺激されたようだ。周辺を散策したいと言い、軽い身支度をして出掛けて行った。あまり遠くへは行くなよ、と背中に掛けた言葉が耳に届いたかどうかは定かではない。
我々の新たな仲間として加わったのは、ルカというシェクの女だ。我々を助けてくれたあの時の戦士と同じように、鋼の板を携えていた。その武器の名もそのものずばり、板剣というそうだ。ものは試しと得物を握らせてもらったが、両手で振り回すのにも四苦八苦するほどの重量。これはとても使いこなせそうにはない。腕の傷が開いてしまいそうだったので、早々に手放す。
さて、傷が癒えるまでもう少し街に滞在したいところだが、食糧と路銀の残りがすでに心許ない。食糧に至っては人数が増えたこともあり、帰りの分が足りるかどうかといったところだ。
道中危険な目には遭ったが、初めに企図した通りに仲間を得ることができ、旅の成果は上々と言えるだろう。私は住み処へと戻る事に決め、帰り支度を始めようとしたところでぺろみが宿に戻ってきた。
私のベッドの上に小さな麻袋を置く。黙ってはいるが、その顔は得意満面といったところ。袋の中を覗いてみると、キャットの束がいくつか入っている。千キャット以上はありそうだ。これだけあれば、あと二、三日ほどは滞在していられるだろう。しかしどこで手に入れて来た?盗んで来たんじゃないよな?
「殴られ損は癪だからね。持ってた物は全部貰って来たんだ。あ、ちゃんとお礼はしたよ?まだ生きてた人にはね。」
どうやら我々が襲撃された場所まで行き、倒れている盗賊たちの身ぐるみを剥いで、どこかで売り捌いてきたようだ。大したもんだねえ!とミバールが手を叩いて賞賛を送る。私としては、そういった野盗じみた行為に手を染めて欲しくないと思っているのだが、ぺろみはこの地で生きてゆくための術を自分なりに理解し、少しずつ身に付けつつある。盗賊の連中については、まあ因果応報といったところだろう。それにしてもお礼とは何だろう?ありがとう、などと言葉を掛けてきた訳でもあるまいし――まさか。
「…とどめを刺してきたのか?」
恐る恐る聞いてみると、ぺろみはにっこりと微笑む。そして服のポケットから巻きの小さくなった包帯を取り出してみせた。安堵のため息が洩れる。
「盗賊狩りは面白そうだな。実入りも悪くなさそうだ。奴ら、数だけは多いからな。」
ルカのシェク然とした発言に、そうでしょうと深く頷いて同調するぺろみ。
まずい。このままではぺろみがますます調子付いて、本当に盗賊たちを襲い始めかねない。確かに、地道な野良仕事に精を出してわずかな糧にありつく暮らしよりは、他人に対して暴力を行使し略奪する方が楽なのは道理ではある。盗賊たちはその道理に実直なまでに従って生きている。しかし私は聖人君子になりたい訳ではないが、こんな世の中にあってもなお、盗賊行為を自ら行うにはやはり気が咎める。さりとてその盗賊たちに手を焼いているのもまた事実であり…。複雑な気分に言葉を失う。
「ジャグロンガーは、真面目さんだね。」
また私の頭の中を見透かされている。その割に、危険な目に遭って欲しくないという私の思いは、今ひとつ届いていないようなのだが。
「ジャグロンガーはお家を守って欲しいな。実際に手を汚すのは、わたしがやるから。」
そんな事を笑顔で言われると、まあいいか、と思ってしまう。私が守ってやりたいのは、住む場所よりもお前自身なのだ。自分の中の矛盾した気持ちを上手く整理できない。
もはや私にこの女を止めることは出来ないのかもしれない。むしろ、御せると思っていた事自体が間違いだったのか。考えてみれば、主導権は初めからぺろみが握っているのだ。我々が出逢った、あの日から。